No.49932

とある雪の日の街角で

そうしさん

雪が降っている。
今年の初雪は、今日、クリスマスイヴだった。

2009-01-02 23:22:17 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:684   閲覧ユーザー数:667

 

雪が降っている。

今年の初雪は、今日、クリスマスイブだった。

 

 

 

 

 

「とある雪の日の街角で」

 

 

 

 

 

最初に二人きりの遊びに誘われたのは、夏休みも終わりに近い、9月の中頃だった。

具体的には映画を見て、ファーストフード店で軽く食べて、それでお別れ。なんてことない普通のデート。

それでも、彼と一緒に遊ぶのはとても新鮮だった。

見るものすべてに興味を持って、見るものすべてに何か輝くモノを見つけ出す彼と一緒に街を歩くのは、いつだって楽しかった。

自分の中に何か新しいモノを見つけるような感じ。

 

――きっと、こういうのを恋って言うんだろうな。

 

 なんとなく、そう感じていた。

 

 

 

「今日は何をしようか?」

そういった彼は、カバンをすごく大事そうに抱えている。何か入っているのかも知れない。日が日なだけに期待だけが高まっていく。

「うーん、とりあえずまだ食べてないから、ご飯食べたいかなー」

「そうなんだ? それじゃぁ、いつものところへ行こう・・・あ、でも今日なんか空いてるのかな」

いつもの店というのは、10月くらいに見つけてからデートするたびに必ず立ち寄っていた喫茶店。軽食も置いてあって、コーヒーも美味しい。安い割に量があって、大学生という身分柄大金を持つ機会がない私たちには丁度お手ごろな店なのだ。

何より、流れている音楽がとても良い。いつも違って、しっとりとしたジャズだったり、懐かしいポップスだったり、新進気鋭のロックバンドだったりと、明らかに店員の趣味で流されているけれども、不思議と店にマッチしている音楽たちは、心地よい空間を演出してくれる。

少し世間話をしながら歩いていると、目的地であるカフェ"空"にすぐにたどり着いた。

「いらっしゃいませ」

落ち着いた男性の声。でも彼はまだ高校3年生らしい。大学が決まっているから、ずっとここで働いているんだとか。

「いつものブレンドで良いですか? それとも時間的に少し食べてから?」

「えぇ、今日はサンドイッチでも頂こうかと」

私が言う前に彼が答える。私の好きなものまでしっかり覚えてくれている。一歩間違えたらストーカーだけど、私は嬉しく思っている。

「そうですか、でしたらこちらの席で少々お待ちください」

そういって微笑んでから、裏に入っていく少年を見る。きっとすごく面白いものが出てくるに違いない。

「何が出てくると思う?」

彼にそう問いかける。

「うーん、案外普通のサンドイッチなんじゃないかな? もしくはちょっと一手間かけてくれているとか」

「夢がないなー」

そういいながらあらかじめ出されていたお手拭で手を拭く。それを見て、真似をするように彼も手を拭いた。

「はい、お待たせしました」

そう言って彼が持ってきてくれたのは、クリスマスらしい感じに白いパウダーがふられたフレンチトーストだ。ものすごく美味しそう。

「うわぁ、美味しそう!」

「喜んでもらえたみたいで嬉しいです。 さぁ、食べてみてください。 すぐにコーヒーもお持ちします」

「ありがとう、頂きます!」

本当に美味しそうで待ちきれなかったので、隣に座っている彼に食べるかどうか問いかける間もなく、口に入れてしまった。

口の中でパンがとろける。食感も味も素晴らしい!

この店は本当に良い物しか出さないから好き。置いてあるCDも、出してくれる食べ物も、何より店員が目の前で入れてくれるコーヒーも、全てが最高だ。

「そんなに美味しいの?」

と、置いてけぼりにされていた彼が言う。ちょっと申し訳ないことをしてしまったと思いながら、彼の口にひとかけら持って行く。

「・・・あ、ほんとに美味しいね」

「でしょ? 初めて食べたけど、これは良い。 これからも頼もうかな」

「それ、オレが今適当に作ったやつなんで、メニューにはないんですよ」

と、店員が言う。

「それは残念・・・」

こんなに美味しいんだから、もうメニューに入れて、皆が作れるようにしてしまえば良いのに。

 

「だから、オレがいるときだけ、お作りします」

だから、この店は好きだ。自然と顔が綻んでいく。

 

 

 

「ありがとうございました」

 そう言う店員に手を振り、街に出る。

街はイルミネーションに包まれていた。いつの間にか夕方になって、町を歩く人もすごく浮ついているように感じる。

隣にいる彼を見ると、幾分緊張している様子。やっぱり、何かある。そう思った。

「次は、どうしようか?」

『次は』、の部分がちょっといつもよりも声が高かった。

「うーん、どこに行っても人でいっぱいだよね。 いつもみたいにウインドウショッピングしよう?」

と、わざと落ち着かないところに持っていこうとしてみる。ちょっとしたイジワルだ。

案の定彼は少し困った顔をする。だけど、

「・・・そうだね、そうしようか」

と、意外とあっさりOKを出した。

これには私のほうが面食らってしまった。

「どうかした?」

と、びっくりしている私に向かって彼が言う。

「あ、うん。 いや、なんでもないよ! 行こう?」

そう言って彼より一歩前に出て、手を差し出す。少しこっちから強引に持って行ってあげないと、内気な彼には伝わらないかもしれないから。

 

 

 

そうして遊んでいると、気付いたらもう夕飯の時間。いつもならそろそろお別れして、それぞれ帰るべき場所に帰っている時間。

でも、今日は家には多分帰らないと両親には伝えてあるから、時間を気にする必要はない。

「今日はどうする?」

「・・・え、何?」

やっぱり、彼は上の空だ。今日一日ずっとこう。ずっと上の空。

「なんだか今日は一日上の空ね。 どうかしたの?」

と、とぼけてみる。期待半分、怖さ半分に。

「うん・・・ちょっと、歩かない?」

「わかった」

即答する。だって、せっかくのクリスマスイヴに、このまま何もしないでお別れなんて、寂しすぎるから。

「じゃぁ、こっち」

そう言って、彼は歩き出す。それに付いていく。そろそろ正念場。もしくは、この友達以上恋人未満の関係に決着がつく。どっちに転ぶかは分からないけど。

 

 

 

――今の関係を壊したくない。

 

私がそういう風に考えるようになったのは高校のとき。

そのとき好きだった人に告白したら、

『俺とお前は友達だと思ってた』

といわれ、それっきり疎遠になってしまった。

私はこんな結果望んでない!

告白することで今まで仲が良かったのが一気に崩壊してしまうなら、最初から好きになんてなりたくない。恋なんてしたくない。仲の良い間柄のまま、ずっと友達でいたい。そう思うのは自然のことなんじゃないの?

そう考えて、それ以来告白はしてない。告白されそうになったら、誤魔化したりして回避してきた。

でも今、私はそういう雰囲気になりそうなのに誤魔化そうとしていない。心境の変化?きっと違う。

 

――多分、私は今、彼のことが本気で好きなんだ。

 

 

 

着いた所は、この街で一番キレイな装飾が施された、一本のとても大きな樹の下だった。

「キレイ・・・」

思わずそう呟いていた。この街にこんなにキレイなものがあったなんて知らなかった。

「とりあえず、これ」

そう言って彼が渡してきたのは、丁寧に包装された小さめの箱。

「これは・・・?」

「プレゼント。 今日はクリスマスイヴだから」

色々台詞を考えてきたらしく、彼の言葉には淀みがない。

早速開けてみると、そこにはペンダントトップが入っていた。八分音符の形をしていて、玉の部分にターコイズが埋め込まれている。

「これ・・・」

どうして?

「メリークリスマス・・・それと、誕生日おめでとう」

と、彼は言った。

 

 

 

正直に言って、僕は彼女の事があまり理解できていなかった。

どうして僕なんかと遊んでくれるのだろうか。

どうして僕の一挙手一投足に笑顔で答えてくれるのだろうか。

・・・どうして、他の人を見る目と、僕を見る目がこんなにも違うのだろうか。

最初は興味半分だった。

サークルに入ってきた彼女は、とてつもなくキレイな人で。

性格も良くて。

だからこそ、僕は疑った。

この人には裏があるんじゃないかと。

僕なんかとこうしてデートしてくれるのには、何か隠された秘密があって、それを達成するために僕を利用しているんじゃないかと。

でも、途中からそんなことはどうでも良くなった。

ただただ彼女を楽しませて、笑わせて、それで一緒に僕も楽しくなれれば、それだけで良かった。

そうしているうちに、好きになっていた。

いや、最初から好きだったのかもしれない。

とにかく、気付いたときにはこの人以外には考えられなくなっていて。

誕生日が12月24日だと誰かから聞いたときに、この日しかないと、そう考えて、プレゼントを用意した。

12月の誕生石、ターコイズ。

あまり光沢がなくて、石そのものの色をはっきり見せている。彼女の性格に似て、何か隠された一面を持っていそうな石。

これしかないと思った。

サークルで指揮者をやっている彼女だから、八分音符をかたどったペンダントトップに、ターコイズを埋め込んでもらった。

ちょっと臭いような気もするけど、これが一生懸命に考えた結論なんだからしょうがない。

きっと喜んでくれる。そう思ってこれにした。

 

 

 

目の前で、彼女が目をこすっている。ゴミでも入ったのかな。

そう思っていると、

 

トスッ・・・

 

という音と共に、彼女が僕の胸の中に収まった。

「あり・・・がとう・・・」

泣いている。

「本当に・・・ありがとう・・・!」

喜んでくれている。

「僕と、付き合って欲しい」

「私と、付き合ってください」

二人で同時に、何も飾らない、真っ直ぐな、だけど世界で一番キレイな言葉を、言っていた。

 

 

 

雪が降っている。

今年の初雪は、クリスマスイヴ、つまり今日。

そして、世界から見たら他愛もない、だけど何よりも美しい、ひとつの恋愛が終わり、始まったとき。

二人を祝福するように、しんしんと降り始めた。

まるで真っ白いキャンバスを作り出すように。

そのキャンバスに色を添えるのは他でもない二人であると言うかのように。

雪は、二人の世界を作り出す。

 

今日はクリスマスイヴ。

そして、黒と白が空を覆う、儚くも美しい夜。

 

 

 
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