No.497649

超次元ゲイムネプテューヌXWorld 第三十二話 【血闘】

遅れてすいません…。
相変わらず他の皆様のキャラとは協調性ゼロの4人でございます。
そしてME-GAさん、燐さん、藾弑さん、キャラ崩壊してたら申し訳ないです。

2012-10-18 22:32:55 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1046   閲覧ユーザー数:934

 

現在ラステイション

 

 

「……どういう状況だ。」

 

午後の白い光が地面を指すラステイションの都市、その一角で氷室は目の前の光景を見つめながら一人静かに呟いた。

辺りを行き交う人々に自我は無い。

人々は氷室の目前の光景を見ても、騒ぐ事もなければ立ち止まる事すらない。

何故こうなったかを知る者は既に彼方へと消えている。

ゆえに氷室には今の状況をただ陰鬱に思考する事以外に道は無いのだ。

 

(カレー臭ェ……こいつはカレー屋だった(・・・)のか?)

 

氷室の目に映るのは建物の残骸だった。

瓦礫の山には所々から白い煙が立ち上り、そこから香るカレー臭はそよ風に乗って辺りへ撒き散らされた。

そこの従業員のものだろうか? 地面に広がる深紅の血溜まりが固まっていない事を見ると、この店が崩壊してからさして時間が経ってないと思われた。

だが氷室にとってそんな事は些細な問題でしかない。

本当の問題はそこに居るべき人物が見当たらないことであった。

 

(あの兎女を尾行させといた蝙蝠は……この瓦礫の中か。)

 

氷室はがすとから情報を得ようと黒い炎の中に身を落としてこの場所へやって来た。

だがそこにがすとの姿は無く、あるのはこの瓦礫の山のみであった。

そして一番の問題は、がすとを尾行させていた蝙蝠が瓦礫に飲まれてしまった事だった。

氷室の使う炎での移動術は基本、氷室が行った事のある場所の記憶をたどり、そこを炎でつないで移動すると言う手段である。

一見便利そうだが、この術は一度行った事のある場所へしか行けない為、一度見失ってしまった標的を追いかけるのは不可能に近い。

それを解消するために蝙蝠があるのだ。

氷室によって飛ばされた蝙蝠はその場所の情報を氷室に伝え、それを基にして氷室はそこへ炎を繋ぐのだ。

だがそれは常にそこに蝙蝠が居て初めて成り立つ芸当である。

瓦礫の中に埋もれたであろう蝙蝠の死体がそれを伝える術は無く、もはや氷室ががすとを追跡するのは不可能となってしまっていた。

 

(これからどうすっかな……。)

 

後頭部を掻きながら氷室は何気なく空を仰いだ。

空は相変わらず不気味に変色を続け、見る者の心を不穏の色に変える。

しばらく黙り込んでいた氷室だったが、突然何かを思い出したかのように目の色を変えると、右腕を突き出して指を開き、力を込め始めた。

開いた手の平から轟音と共にどす黒い炎が渦を巻き始めると、氷室は物も言わずその中へ姿を落として行った。

 

 

 

 

  ◆◆◆

 

 

 

 

「ここは変わらずにあるんだな。」

 

そう呟く氷室の目の前には広大な緑の平原と扇のように枝を広げた大きな林檎の木が一本だけ生えていた。

ここはプラネテューヌの中央から大分離れた郊外の一角、人通りも殆ど無く、1番近い街からも相当の距離がある。

ここを訪れるものといえば、ここを偶然発見した氷室と空を飛び交っている小鳥ぐらいである。

特に氷室はとりわけこの場所を気に入っており、この世界に飛ばされてからもこの場所へ常に蝙蝠を飛ばしておいたのだ。

黒い炎が消えると同時に氷室は昼の光に包まれて輝くまだ紅く熟さない果実を実らせる大木の幹へと歩みを進めた。

大きく扇状に広げられた枝は氷室にとってうっとおしい存在である日光を避けるのには申し分の無い働きをしていた。

氷室は頭上に揺れるまだ熟していない林檎を4つむしりとると1つを右手に、もう3つを傍の地面に置くと、体を緑の絨毯に預けて仰向けになった。

そしてそのまま、右手に持った熟していない林檎に歯を突き立て、がりりと噛んだ。

ここに生る果実はまだ熟す前から清涼な甘味を口中に充満させた。

氷室の顔にはこの世界に来てようやく2度目、微笑ではあるが純粋な笑顔を見せた。

果実の香りを乗せたそよ風が吹き抜けるその中で、氷室は再び林檎に口を近づけていた。

 

 

 

 

 

現在プラネテューヌ

 

 

「そろそろ片を着けさせてもらうぜ。」

 

重い声を上げながら、ライは闘争本能をむき出しにした瞳で目の前の紅夜を睨みつけた。

ライの体に流れる悪魔の血は全身を燃え上がらせるかのごとく沸き立ち、ライの闘争本能をより一層かき立てた

 

 

「……。」

 

今にも襲い掛かりそうな雰囲気を醸し出すライを目の前に、紅夜の表情は曇りを見せていた。

先ほどまでのライの身体能力は、紅夜の想像していたそれを遙かに凌駕していた。

体全体を包み込むような悪寒は更にその大きさを増していた。

無意識のうちに、自らが握る双剣に力が入る。

もはや紅夜の瞳は、ライ以外を映す余地を与えなかった。

 

「突っ立ったまんまじゃ勝てねェぜ!?」

「そっちこそ!」

 

先に地面を蹴ったのは紅夜だった。

一瞬で距離をつめ、右手に握る双銃剣に魔力を込めるとライの腹をめがけて振り払った。

双剣銃が銀光を放ちながら迫るのを、鋼の光がせき止めた。

ライの左手のガントレットが紅夜の双剣銃を受け止め、硬質な金属音を辺りに響かせた。

その音に耳を傾ける間もなくライの右手は5本の指をそろえ、紅夜に向かって手刀を放った。

 

「――ッ!」

 

寸での所で紅夜はバックプロセッサのスラスターで宙に舞った。

ライの手刀が虚しく風を切るのを見届けると、紅夜はライの周りをかき乱すように旋回し始めた。

徐々にスピードを上げるその動きにライの目が追いつかなくなっていく一瞬を紅夜は逃さなかった。

距離をとりつつ、ライの背中が自らの視界に入った瞬間にバックプロセッサを駆動させ、一気に肉薄した。

 

「これでッ!!」

 

ライの頭上に紅夜の姿が映る。

それと同時に左に双銃剣を構えた紅夜の腕がライのわき腹まで迫った。

その一撃はライの腹を大きく切り裂――

 

「残念。」

「なッ――!!」

 

くことは無かった。

ライは全てを周知していたように両腕を左のわき腹へ持ってくると、そのまま紅夜の両腕を掴んだ。

悪魔の笑みがライの顔に浮き出たのを紅夜が見る事はなかった。

一度大きくその両腕を上へ上げると、ライはその反動を利用して思い切り下へ振りぬいた。

紅夜の体はライを軸にして見事にその場で弧を描き、アスファルトの地面を抉るように叩きつけられた。

 

「が……ッ。」

 

紅夜自身の推進力が加わったこの投げ技に、さすがの紅夜も苦痛に顔を歪ませた。

ライはそのままの姿勢で右腕を紅夜の腕から離すと同時に、上へ振り上げた。

一切の間を空けずに、振り上げたその腕は地面に横たわる紅夜の腹目掛けて渾身の力で振り下ろされた。

瞬時に事を悟った紅夜はバックプロセッサのスラスターを吹かし、その場から飛び退いた。

ライの放った拳は勢いそのままに紅夜のいたアスファルトの地面を砕き、その欠片を宙に飛ばした。

 

「さすが……。」

 

と言ったのは拳を放ったライの方だった。

ライは完全にあの一撃で紅夜の腹を捉えたつもりだったのだ。

 

「お前こそ……。」

 

10m程距離を置いた場所で紅夜が呟くように言った。

少し前かがみになりながらも、その視線はライを捉えて離さなかった。

瞳に映るライは少し楽しそうな目で紅夜のことを見つめていた。

――これ以上長引かせるのはまずい。

紅夜の心の中での呟きは誰にも聞こえる事はなかった。

が、その呟きが紅夜の瞳の色を一変させた。

 

「悪いが時間が惜しいんだ。そろそろ……決める!」

 

その言葉を聞いた瞬間、ライの体を何かが貫いた。

物理的な何かではない。そう、それは圧倒的なプレッシャーだった。

今までも紅夜がライにプレッシャーを放っていた事は、ライ自身承知の上だった。

だが今、目の前の男から放たれるそれは、今までの物とは比べ物にならないほど大きく、ライの体を硬直させた。

 

(……これが本気…。いや、ひょっとしたらまだ底は見せてない、か…。)

 

紅夜は動かない。

視線をやや下に落としたまま、髪が風に揺られている。

双剣銃は握ると言うよりは持つ、という形で先程よりも軽く支えられていた。

紅夜の呼吸は深く、大きく肩で息を吸っては吐くを繰り返している。

やけに落ち着いたその態度は、今までのそれとは遠くかけ離れていた。

紅夜の姿を凝視するライの拳に力がこもる。

相手から目を逸らさないままに、ライはガントレットを体の前に構え、攻撃に備える素振りを見せた。

辺りは不気味な静寂とはち切れんばかりの緊張感で埋め尽くされた。

 

 

 

――風がそれら全てを一瞬で引き裂いた

ライの青い長髪を風がなびかせ、肌を撫でる。

それはライにとって恐怖以外の何物でもなかった。

ずっと注意を向けながら凝視していた紅夜は、もう既にそこには居なかった。

変わりにライの目に当たって来るものは風、誰の物かはもはや考えるまでも無い。

すぐさまライは後ろを振り向き、背後から一撃を加えようとしているであろう紅夜を迎え撃つ姿勢を取った。

その選択がいかに愚かである事かを知るまでも無く。

 

「はあッ!」

 

紅夜の声は後ろを向いたライの背後から聞こえた。

直後にライの無防備な横腹に紅夜の回し蹴りが叩き込まれた。

 

「ぐふッ!!」

 

顔が歪むより先に、ライの体はすぐ傍の建造物にめり込んだ。

大きな決壊音と共に建物の壁が崩れ、辺りに砂煙を立てた。

紅夜はひねった体を空中で立て直すと、靴の先を地面に当てて軽やかに着地した。

その瞳は大きな穴の開いた建造物の瓦礫と砂煙の中に、1つの人影を捉えた。

 

「……冗談きついぜ、まったく…。」

 

頭を右手で押さえながら砂煙の中で呟くライは曇った表情を見せた。

あれだけの一撃を受けてもなお、気絶することなく立ち上がるタフさは賞賛に値するだろう。

だがそれ以上の芸当をやってのけたのは紅夜だ。

あの一瞬で紅夜はライの背後に回りこみ、ライが背後を振り向く直前に再び背後に回り、一撃を加えたのだ。

それも、その姿をライに一度も目に止まらせる事のないスピードで、だ。

この時、ライは自分の全身から血を引くのを覚えた。

時刻は正午から少し経った程度、日が落ちるのは大分先の事だ。

 

(……詰んだか?)

 

誰にも聞こえる事のないライの心の呟きは、夜の闇よりも暗さを見せていた。

 

 

 

 

  ◆◆◆

 

 

 

 

「おらあッ!!」

「クソがッ!!」

 

テラとレオン、互いの怒号と武器の混じり合う金属音が耳障りな協奏曲を奏でる。

戦いは更に激しさを増し、辺りは闘気と轟音で支配されていた。

現在の戦闘の優劣を決めるとすれば、優勢なのはテラであった。

鬼神と化したテラはその圧倒的なパワーで徐々にレオンを押し込んでいった。

その剛勇無比な戦いぶりは、まさに鬼神と呼ぶにふさわしいものだった。

迫り来る飛鳥剣の不規則な動きを正確に読み取っては刃を重ねて弾き、斧剣から生じる重い一撃でレオンの手数を圧倒した。

対するレオンの動きを鈍らせていた物が2つあった。

1つは今もなお輝きを損なう事のない日光である。

基本的に人間は昼行性、悪魔は夜行性だ。

2種の遺伝子が相争った場合、基本的な生理現象は悪魔の優越が認められている。

しかし、半分は人間の血を持つがゆえにコストパフォーマンスを著しく低下させるとは言え、ダンピールは昼に出歩く事も可能である。

とはいえ、基本的生理の要求を拒む以上、日光がダンピールの体調を阻害することは否めない。

日差しは肌を焼き、細胞の1つ1つが針で刺されたような苦痛が生じる。

それに伴う喉の渇き、倦怠感、頭痛、疲労……昼の行動はダンピールにとってかなりのリスクを背負い込むのだ。

加えてレオンは他の3人に比べて身体能力の点で一歩劣っている。

だがそれを補って余りあるのが、レオンの持つ並外れた頭脳だった。

そこから生み出される無数と言っていいほどの戦術、相手の行動を数歩先読みする現状理解力、飛鳥剣を正確に操る器用さ……彼にとって戦闘とはチェスのような物といっても過言ではないだろう。

だが今、レオンはできるだけ相手から情報を引き出し、こちらの術は明かさない事を主旨としている。

それが彼の戦術に陰りを見せていたのだ。

 

「……。」

 

レオンは急に黙り込むと、地面を蹴って後ろへ跳躍した。

その視線はいつの間にかテラではなく、不気味な色の空に向いていた。

間髪入れずにテラも地面を蹴ってレオンを追う。

それを見越していたかのように、レオンの右手に禍々しく光る飛鳥剣は、その右手の動きと共に優雅な放物線を描きながらテラに迫った。

 

「チッ!」

 

前に出ていたテラは軽く舌打ちをすると、進む方向と反対の向きに地面を蹴って再び後ろに下がった。

白い弧を描きながら迫る飛鳥剣をテラは斧剣を横に寝かせてその一撃を弾いた。

弾かれた飛鳥剣は不規則な軌道を見せながら、吸い込まれるようにレオンの右手の中に収まった。

斧剣を握りなおしたテラが正面を向くと、そこには今までとは全く異なる表情を浮かべたレオンの姿があった。

今までの無機質な表情とはかけ離れた微笑が、レオンの表情に現れていた。

だがその笑みは純粋な笑みではない。人を見下し、嘲笑うような、そんな表情だった。

 

「馬鹿が。」

「何!?」

 

レオンの呟きにテラが厳しい目線を送った。

視線を送られたレオンは特に気にする様子も無く、武器を握り締めた両腕をだらりと両肩にぶら下げると、そのまま話を続けた。

 

「まだ分かんねェのか? 俺がここに来て、お前と交戦した本当の理由が。」

「? ……理由?」

 

テラが声を上げるのと同時に、レオンは距離を置きながらテラの周りを歩き始めた。

その瞳には既にテラを映さずに、不気味な色の空を凝視していた。

何か企んでいるのか? と、テラの疑念が斧剣を握る手の力を強めた。

 

「周知の通り、この世界の住人はチェスの駒みてぇなもんだ。ただ決められた行動を取るだけの駒に過ぎねぇ。だがよォ、俺達みてぇにそれに当てはまらねェ奴が居るのも事実だ。」

「……だから何だってんだ。」

「となると、意思を持った奴は俺達みてェなイレギュラーか、或いはこの世界に欠かすことの出来ない重要人物って仮説が立つわけだ。で、その意思を持った人間がもし、この世界を統治してる奴だったら……こんな街中でドンパチやってるのを見過ごしたりしねぇよなぁ…?」

「……!!! まさか!!」

 

全てを悟ったテラの表情が蒼白に変色した。

そう、テラの想像が正しければ、レオンにはもう1人(・・・・)、この場に居ない仲間がいるはずなのだ。

レオンは歩みを止め、視線をテラに向けると、嘲笑うかのように狂った微笑を見せた。

どこか遠くから、金属がこすれ合う音が聞こえたのはこの直後だった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「うああぁぁぁあああああッ!!」

 

キラの悲痛な叫びがプラネテューヌの市街地に響き渡った。

キラは頭に両手を当てたまま体を大きく跳ね上げ、虚ろな瞳で天を仰いだ。

まるで何かに怯えるように、或いは何かから逃げるように…。

 

「どっ、どうすりゃいいんだ!?」

 

キラの肩に手を置くクァムが、不安気な声を上げる。

素人のクァムが見ても明らかなほど、今のキラの状況は一刻を争う事態だった。

顔色は先ほどよりも更に白さを増し、まるで極寒の地に放り出されたかのように体が震えている。

どうにかしたいのはクァムも山々だったであろうが、素人のクァムにそんな芸当が出来るはずもない。

 

「だっ、誰か! 誰か!!」

 

クァムは視線をキラからはずし、通りの人ごみに向けて声の限り叫んだ。

だが、クァムの叫びは無情にも人ごみの中に虚しく溶けて行くだけであった。

人々はただ決められたように通りに沿って歩き続け、2人の方へ振り向く者さえいなかった。

――始めからこうなる事は分かっていた。

それでも、クァムには叫び続ける事しかできなかった。

いくら無駄と分かっていても、クァムの叫びがその場から消える事はなかった。

 

「どうしたんですか!」

「!!! 今の声は……!」

 

突如通りから聞こえた声に、クァムの全神経がそれに集中した。

その透き通った声は、人がひしめく雑踏の中でもハッキリと聞き取る事ができた。

いや、クァムがこの声を聞き取れた原因がもう1つ。

その声はクァムが以前、聞いた事がある声(・・・・・・・・)だったのだ。

クァムがその声を認識し、声の方向に目を向けた瞬間、クァムにとって見慣れた3つの影が人ごみの中から姿を見せた。

 

「ネプギア! コンパ! アイエフ!」

「えっ? どうして私の名前を知ってるんですか?」

 

2人に駆け寄るネプギアがクァムの呼びかけに首を傾げた。

と同時に、クァムはしまった、と思いながら3人から目を逸らした。

それもそのはずだ。

クァムが別世界でこの3人を知っていても3人がクァムを知っているはずが無いのだから。

僅かな間を空けてアイエフがクァムを疑いの目を持って見つめていた。

 

「何か怪しいわね。アンタ、何か隠してるんじゃない?」

「無い無い無い! 全然無い!!」

「それよりも、どうしたですか? 隣の男の子も何だか顔色が悪いですよ?」

 

アイエフの問い詰めにクァムがおどおどしながら答えていると、傍に居るコンパが口を挟んだ。

既にネプギアはキラの横に駆け寄り、キラの額に手を重ねながら声をかけていた。

コンパの言葉にクァムが思い出したように大声を上げた。

 

「ああ、そうだ! 俺の連れのキラって奴の事を見て『その必要は無いですぜ。』!!」

 

クァムの声を遮る様に、5人の立ち尽くす頭上から軽快な声が響いた。

今までクァムに聞こえていた凜と澄ました少女の声ではない。

声は確かに軽快無邪気であったが、その声は男の物だった。

すぐさまキラを除く4人は上空に視線を向け、声の主を探し出した。

だがいくら目を凝らして空を見つめても、人影どころか鳥一匹さえも見つける事は出来なかった。

 

「何処だ! 出て来い!!」

「油断しないで!『そう難くなるな。俺はここでさァ。』」

 

誰の物とも取れない声がそう言うと、辺りに風が吹きぬけた。

5人は風に髪をなびかせながらも、上空から目線をそむける事はなかった。

直後に風が5人の間を縫うように吹き抜けると、5人の背筋を一瞬で凍りつかせた。

おびただしい殺気と共に風の勢いは増し、そして突然、その風は嘘のように収まった。

風と共に殺気が収まり、5人が緊張の糸を緩めたその一瞬を狙ったかのように、それは突然現れた。

 

「さいなら。紫の女神候補生。」

 

ネプギアの後方から響いた低い声が、ネプギアの目を死人のそれに変えた。

その時、確実に死の影がネプギアのすぐ傍まで迫っていた。

虚を突かれた3人が駆け出すよりも先に、死神はネプギアの命を刈り取ろうと動いた。

両手に大鎌を構えた死神は、ネプギアの背後を取ったまま、無防備な背中を目掛けて得物を振りかざし――

 

ガキィン!!

 

――辺りに硬質な音を響かせた。

 

「ぐっ……。」

「……えっ?」

「へぇ……。」

 

3つの人影が重なっていた。

死神の振るった大鎌はキラの抜刀した黒い太刀に受け止められていた。

ネプギアに鎌が振るわれる寸前に、キラはがネプギアを自分の背後に引っ張ったのだ。

先ほどから続く頭痛に表情を歪めながら、キラはその死神の顔を睨みつけていた。

 

「キラ!!」

 

クァムの叫び声と共に、いつの間にかクァムの両手に構えられていたマグナムが照準を死神に合わせたまま火を噴いた。

重厚な発砲音と共に薬莢が音を立ててクァムの足元に転がり落ちる。

銃口から放たれた弾丸は一直線に死神を向けて風を貫き、直進した。

 

「おっと。」

 

弾丸が死神の体に風穴を開けると思われた直後、何処からともなく吹いた風が死神の体を後方へと運んだ。

直進した弾丸はそのまま死神の体ではなく、後ろの建築物の壁に2つの穴を開けた。

直後に5人の意識は完全に目の前の死神の虜になっていた。

5人の視線が死神に注目する中、鎌を肩に担いだ死神がせせら笑うように口を開いた。

 

「餓鬼がそんな物騒なもん持ってんじゃ……?」

「……? あれ? 何で?」

 

死神は茶色の髪を風になびかせながら空中で胡座をかき、5人を見下した。

軽い口調で話すその死神が発する殺気に、5人は完全に硬直していた。

だがこの時、異変は既に起こっていた。

この場に居る全員に気配を見せることなく、静かに、そして確実に。

キラを悩ませていた何かが突然、霧のごとく消えてなくなったのだ。

 

「がああああぁぁぁぁあああああああ!!!!」

「「「「「!!?」」」」」

 

突如聞こえた絶叫。

その声の主は5人の目の前の死神であった。

今までの表情とは打って変わった深刻な顔を見せながら、死神は鎌を地面に投げ捨てると両手で頭を抱え込んだ。

困惑する5人を尻目に死神は顔色を蒼白に変え、再び叫び声を上げた。

 

『クスクス、あなたの絶望は一際濃いのね。一見してすぐに分かったわ。』

「てんめええええぇぇぇぇえええええ!!! 何のつもりだ畜生があああぁぁぁあああああ!!!」

 

死神の絶叫は留まる事を知らなかった。

5人には聞こえない、また、感じる事さえできない声と気配が死神にはハッキリと伝わっていた。

脳内に直接響くその声は死神の顔をこれでもかというほどに歪めた。

同時に死神の頭にあるビジョンが流れ込む。

それは死神にとって、最も忘れられない、そして最も思い出したくないビジョンだった。

 

『憎いでしょう? あなたの大切な人を殺した女神が。 あなたの憎しみを、絶望を、私に貸して?」

「うっせえええぇぇぇぇぇえええええええ!! だれがてめえの指図なんざ受けるかってんだクソがあああぁぁぁぁぁあああああああッ!!!」

 

天を仰ぎながら死神は今までで一番の怒号を、そこに何かが居るかのように訴えた。

それだけ叫ぶと、死神はすぐに視線をすぐ傍の建築物に向け、風に乗ってその傍へと移動すると地面に降りるなり両手を建築物の壁に突き立てた。

そして次の瞬間、死神は頭を後ろに振ると、その反動を利用して思い切り目の前の建築物の壁にその額を叩き付けた。

 

「「「「「!!!!??」」」」」

 

あまりに突然の出来事に5人の体は硬直したまま、視線のみを死神に向けていた。

依然として死神は狂ったように、否、何かを吹っ切るように怒号を上げながら壁に額を打ち付けている。

額が壁を叩くたびに額の皮膚が裂け、鮮血が容赦なく壁と自らの額、茶色の髪を深紅に染め上げ、壁の破片が崩れ落ちるまでになっても、死神は一向にその動作を止めようとはしなかった。

もはやそこに自我があるとは到底思えるはずもなかった。

 

「うがああああぁぁぁぁあああああああああ!!!」

 

死神は今までで一番の大声を張り上げると大きく背を反らし、頭を壊さんばかりの勢いで壁に叩き付けた。

その瞬間、5人は何処からか舌打ちのような音が聞こえたような気がしてならなかった。

血飛沫が辺りに飛散し、壁が大きく抉れると同時に死神は額を壁から離し、その傷口に左手を当てた。

手を当てた傷口からは血が止まることなく滴り落ち、死神の顔を血で染め上げていた。

それでも死神は何ともないような足取りで地面に放り投げた鎌の元へ近づき、無造作に拾い上げた。

 

「とんだ邪魔が入っちまいやしたが……続けようじゃねぇか……あぁ?」

 

全身を血で汚した死神、エスターは5人に向けて不敵な笑みを見せた。

鎌を構えてそびえ立つその姿は5人の瞳には本物の死神に見えて仕方なかった。

 

 

 

 

  ◆◆◆

 

 

 

 

プラネテューヌの市街地各所で戦闘が勃発している中、氷室の行動はいたってマイペース極まりない物だった。

燦々と輝く太陽を避けるためにあるような扇状の林檎の木の下で、氷室は3つ目の林檎に手を伸ばしていた。

視線は何処を見ている訳でもないが、目の前に広がる虚空を見つめているようにも見えた。

吹き抜けるそよ風は心地良く、木々を飛び交う小鳥のさえずりに耳を傾けていれば、それこそ大きないびきをかいて眠ってしまいたくなるような昼気だった。

氷室は手に取った林檎に無造作に噛り付くと、少しの間を置いて口にした林檎の欠片を吐き出した。

 

「……何の用だ。降りてきて話せ。」

 

低い声で言う氷室の意識はすぐ後ろの林檎の木の上に向いていた。

吐き出した林檎の欠片と手にした青々とした林檎の中身は黒く腐敗していた。

氷室は林檎を後ろに投げ捨てると、頭の後ろへ手をまわして手を組んだ。

その動作を見越していたように氷室の後ろから奇怪な声が聞こえた。

 

「あら、やっぱり気付いてましたか…。」

 

声は林檎の木の上のほうの枝から聞こえた。

緑色の葉の中に目立つ薄紫色の髪が葉と同じ動きで風にゆられていた。

声を上げてすぐ、その薄紫色の髪を施した少女は枝を蹴り、宙に舞った。

まるで彼女の周りの重力が、彼女を浮かせるためだけに働きを停止しているように、少女は一回の跳躍で氷室の目の前の地面に着地した。

 

「私と取引しませんか?」

 

振り向きざまに言う紫の瞳は氷室の瞳のみをそこに写していた。

 

 

 


 
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