No.497307

天馬†行空 十九話目 大義の旗の下に

赤糸さん

 真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。
 のんびりなペースで投稿しています。

 一話目からこちら、閲覧頂き有り難う御座います。 
 皆様から頂ける支援、コメントが作品の力となっております。

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2012-10-17 21:46:11 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:6428   閲覧ユーザー数:4801

 

 

「劉焉……確か、元は幽州で治世に当たっていた人物でしたか」

 

「黄巾の乱が起こる前には益州へ異動したと聞いたことがありますねー」

 

「そう。その劉焉であってるよ」

 

「士壱さん、劉焉が一連の事態に全て関わっているってのは一体どういう!?」

 

 劉焉。その名が出た瞬間、嫌な汗が腋の下をつうっ、と流れ落ちる。

 住んでいた土地を追われ、テント暮らしをしていた江州の人達。

 忘れもしない雲南での初陣。

 なにより、その名は夕が憎む相手の――。

 

「ちょ、ちょっと落ち着いて北郷! 今、全部話すから! 子龍さんも座って!?」

 

 思わず立ち上がって詰め寄る俺を、士壱さんはばたばたと手を振りながら抑える。

 劉焉の名を聞いた、あまりの衝撃に気付かなかったが、星も士壱さんに詰め寄っていた。

 

「……ふう、吃驚したぁ。北郷も子龍さんも行き成りどうしたの? 劉焉と何かあった?」

 

「まあ、少々因縁のある相手でしてな。……士壱殿、それよりその手紙の方を」

 

「あ、うん。まず事の起こりからだけど、黄巾賊が発生するより以前、成都太守の劉焉は益州北部を平らげた後に雲南郡を攻めたんだと」

 

 ……。

 

「雲南太守の雍闓殿はそれに抵抗。兵力差は二倍以上の劉焉軍を、南蛮の助力もあってか退けている」

 

「その雍闓殿は南蛮を服従させておられる、と?」

 

「いや、それが同盟関係にあるらしいよ、稟。それと、戦の後は建寧と永昌、姉上の交趾が雲南を中心に同盟を結んだんだ。勿論、南蛮も含めてね」

 

「伯珪さんも五胡の一部とは(よしみ)を通じておられましたねー。同じ様な気質の方なのでしょうか?」

 

 獅炎さんと白蓮さん……面倒見が良いところは似ている、かな?

 

「それは分からないけど……っと、話が逸れたね。雲南攻めが失敗した後、劉焉は北から侵入してきた五胡と、荊州から流入する黄巾の対処に苦慮したようだよ」

 

 ……そう、ここまでは既知の情報だ。

 

「で、本題はここから。黄巾騒ぎが収まった後、ある程度は治まったものの未だに襲撃が続く五胡への備えの為か、劉焉は北の武都にかなりの兵力を割いているらしい」

 

「宵殿、具体的な兵の数は分かりますか?」

 

「姉上曰く、表向きには三万ほど」

 

 ? 表向き?

 

「実際にはどうなんですかー?」

 

「姉上の調べでは……今のところ、およそ六万」

 

「倍ではないですか! しかし士壱殿、表向きと言うのは?」

 

「間諜によると、夜陰に紛れて兵と物資の輸送をしているらしいよ。しかも配置は董卓殿の領地でもある天水寄りに」

 

 ……それは。

 

「士壱さん、劉焉は董卓さんを攻めると?」

 

 俺の問いに、士壱さんは黙って首を縦に振った。

 

「表に見えていた劉焉の動きは今言った通りなんだけど、姉上が言うには黄巾の乱が本格化して都が慌ただしくなった頃から動いていたらしいんだ」

 

 固唾(かたず)を飲んで言葉の続きを待つ。

 

 

 

 

 

「北郷が知っているかは分からないけど、劉焉は益州に入ってすぐに都との連絡を断った。表向きは漢中(かんちゅう)にて発生した米賊(べいぞく)に道を断たれた、と言ってね」

 

「米賊?」

 

「漢中の張魯(ちょうろ)が主宰する宗教のことだよ。正確には五斗米道(ごっどゔぇいどー)って言うらしい」

 

 え!? あ、あれ? 確かあの宗教の名前は『ごどべいどう』だったんじゃあ……?

 今のはごっどゔぇいどー、だったっけ? 士壱さん、えらく流暢に発音してたな……巻き舌で。

 

「ご、ごっどぅ? し、宵殿、今やけに聞き取りづらい単語があったような」

 

「べ、べぇえい――ぴっ!?」

 

 風さんが舌噛んだ!?

 

「ご、ごっどぶえい? ……コホン。士壱殿、それで裏の方は?」

 

「あ、うん。裏って程のものじゃないけど、恐らくは独立だね…………風、何かゴメン、大丈夫?」

 

 口元を押さえて悶絶する風さんに水を差し出す士壱さん。

 

「……えっと、どこまで話したっけ? ……そうそう、成都に入るなり都との連絡を断った劉焉は以後、周辺の諸侯とは勿論のこと、中原の勢力とも外交らしい外交を行わず、周辺の郡を併呑(へいどん)していた」

 

 一旦言葉を切ると、士壱さんは茶碗を傾けた。

 

「……ふぅ、失礼。だけど、黄巾の乱で皇甫嵩将軍達が出陣した頃、後宮にこっそり出入りする巴蜀の人間が居たらしい。その頃、都に居た姉上の知人が姉上に宛てた手紙に目撃談が詳しく書かれていたみたいなんだ」

 

「後宮、ですか。ふむ、劉焉の目的は亡くなられた何皇后、或いは十常侍と伝手を作る事ですか」

 

 稟さんは目を閉じ、眼鏡をくいっと上げる。

 

「あ、そうか……十常侍は確実だとして、何皇后は亡くなられたから劉焉との繋がりは無いと思ってたけど……ひょっとするとひょっとするかもね。流石は稟だ」  

 

「いえ、こちらこそ話の腰を折ってすみません。どうぞ、続きを」

 

「うい。稟の言う通り、この時点で劉焉は十常侍と繋がりを持ち、何らかの密約を交わしていたと推測出来る。後宮を訪れた劉焉の部下と思わしき人物はその後も何度か出入りしていたらしい」

 

 密約か……董卓さんを都へ呼び寄せる為の、かな。

 

「黄巾の乱が終わり、しばらくして何進将軍が暗殺され、十常侍、張譲(ちょうじょう)の要請で董卓殿が洛陽に入った。……そして董卓殿が相国に就き、袁紹殿と袁術殿が都を去る」

 

 張譲、確か十常侍の中で一番に出てくる名前だ。『三国志』で十常侍と言えば、彼と趙忠(ちょうちゅう)が有名どころだが……。

 張譲は色んな本や漫画などでも十常侍のリーダー格に位置づけられているし、趙忠は霊帝から「我が母」とまで言われた宦官だった筈。

 

「董卓殿は天水、安定の二郡を治める豪族だけど中原では無名も同然。だけど都入りした翌日には相国に任命された。これは劉協陛下のご英断とも受け取れるけど……それにしたってあまりに急すぎる」

 

「そこに劉焉の思惑が介在している、ですな?」

 

「そう……としか思えない。董卓殿は勅を受けて相国に任じられたと聞くけど……それが本当に陛下の下された勅かどうかも怪しくなってきたね」

 

「あれ? 董卓さんの任命式に劉協陛下は――」

 

「――出られなかったんだよ北郷。……更に言えば、それから今日まで、一度も御姿を御見せになられていないそうなんだ」

 

「ええっ!?」

 

「このことは稟と風には話してある。子龍さんは張遼殿とよく会ってると聞いたから、あまり詳しく宮中の内情を知っているのも不味いかなと思って話さなかった……御免なさい、子龍さん」

 

「いえ、確かにそれを知っていれば文遠殿の前で態度に出たやもしれません。お気になさらず」

 

 向き直り、頭を下げた士壱さんに星は穏やかに声を掛けた。

 

「……有り難う。北郷の方は、ここしばらく例の老人探しに没頭していたみたいだから、そっちに専念してもらおうと思って話さなかったんだけど……」

 

「あー……確かにあのお爺さんの事で一杯一杯でしたから……。気を遣って頂いてすみません」

 

 今朝方に偶々袁紹さん達のことを思い出してピンと来ただけだし、それまでは士壱さんの言う通りあの老人の事しか頭に無かった……あちゃー。

 

 

 

 

 

「うん、じゃあ話を戻すよ。『勅』についてだけど、先帝の時代には十常侍が帝の印綬を勝手に使って勅を出していたことがある。まあ、知ってる人は知ってるけどね」

 

「行政が腐っているのは知っていたが、その大元は完全に腐りきっていたのか……」

 

 星が唇を噛み締め、搾り出すように声を漏らした。

 

「今回の事変で、十常侍の大半は袁紹殿達に誅滅されたと思っていたんだけどねぇ」

 

「……董卓さんの昇進が早い裏には、十常侍さん達の影があるかもでふねー……ぇう」

 

 風さん……舌が痛いなら無理して喋らなくても……。

 

「趙忠や張譲みたいにある程度名と顔が知れた面子は兎も角、あまり表に出ない連中も居たようだから。あ、後、張譲は董卓殿を呼んだ本人だから生き残ってるかもね」

 

 リーダー格はしぶとく生き残ってる、か。

 

「宵殿の調査で分かっている部分では、袁紹の宦官粛清時に趙忠、段珪(だんけい)が死亡。董卓殿の官吏粛清で、更に二名が死亡しているとの事です」

 

「残りは張譲とやらを入れて六名、か」

 

 稟さんの言葉に、星が渋い顔で頷く。

 

「こいつらが劉焉との取り決めで、董卓殿を昇進させる勅を出した。結果、董卓殿は亡くなった何進将軍の兵と引退した丁原殿の兵と、なによりあの『飛将軍』と『神速』を配下に加える事が出来た――」

 

「――その反面、朝廷に蔓延る自尊心の高い文官達と、中原の諸侯からの嫉妬を一身に受ける事になった」

 

 士壱さんの言葉を稟さんが引き取る。

 士壱さんは一つ頷くと、稟さんに先を続けるように促した。

 

「では失礼して。……ここで言う文官達とは、先程一刀殿と星殿に話した『清流派』の者達です。司徒の王允殿を中心とした文官の一部がこれに属していますね」

 

 ん? 王允って、確か……史実では暴政を行う董卓の打倒を目指した人だったよな?

 もしや、董卓さんが『こちら』では良い人なのと同じで、王允さんの性格も真逆になってたりするのかな……?

 

「現状、清流派と劉焉の繋がりは確認出来ていません。また、清流派の活動は、今のところ三日に一度集まり日頃溜まった愚痴を吐き合うだけのものだとか」

 

「まあ、彼等は最低限の仕事はこなすし、賄賂なんかを受け取ってる訳でもない。所謂汚職官吏ではないから、相国も処断する訳には行かなかったんだろうね」

 

 稟さんが冷めた口調で語り終えると、士壱さんは苦笑いと一緒にそれだけを口にした。

 しかし、それはまた随分とスケールが小さいと言うか、えらく小物臭い派閥だな。

 

「そっちの対処は董卓殿や腹心の賈駆殿がされると思うから、私達は劉焉の方を考えようか。先ずは、劉焉が董卓殿を攻める目的なんだけど……それについては、姉上がこう推測している」

 

 威彦さんの意見か……何だろう?

 

「劉焉は袁紹殿達の挙兵に乗じて、天水、更には安定を攻め取り、長安を攻略する足がかりにしたいのだ、ってね」

 

 ――! 成る程、反董卓連合を発生させれば、董卓さん達は大規模な連合軍に注目せざるを得ない。兵の大部分はそちらに向けることになるだろう。

 劉焉はその隙に後方の郡を切り取るつもりか!

 

「更に、戦が長引けば洛陽まで一息に取るつもりだろう、と姉上は推察している」

 

「馬鹿な! 皇室に連なる一族の者が、都に攻め上ると言うのですか!?」

 

「成都へ赴任した直後から中央との関係を断ち切った奴に、そういう殊勝な心掛けは残っていないと思うよ?」

 

 驚きを(あらわ)にした星に士壱さんは顔を顰めて言葉を返す。

 

「しかし……今まで中原の騒乱を尻目に益州に籠もっていた劉焉が、何故今になって中央へ出ようとしているんだろう?」

 

 腕を組み、士壱さんは誰にとも無くそう呟いた。

 その時、何時も通りに眠たそうな風さんが表情を変えないまま、ぽふりと手の平に小さな握り拳を打ち付……ゆっくり乗せた。

 僅かな音だったが、皆がそちらを向くと風さんはなんでもないといった感じに無言でふるふると首を横に振る。

 

「? えっと、まあ劉焉の腹は兎も角、袁紹殿が連合を発足させれば董卓殿を攻める大義が出来る。劉焉はそれを利用して、侵略ではなく大義の兵に乗じる形で天水を攻め取るつもりだろうね」

 

「連合が長引けば、それだけ都へと攻め上れる時間が増える。もしかしなくても劉焉は中原の諸侯達と董卓さんの戦を長引かせる為に介入しようとするんじゃあ……?」 

 

「私も一刀殿と同じ意見です。劉焉は恐らく両軍に間諜を潜り込ませ、天水を攻める本隊へ戦況の連絡を行わせる。もし天水攻略に手間取るようなら、戦況が有利な方へ偽報を流させるつもりではないでしょうか?」

 

「董卓さんに関しては、都に居る十常侍さん達を使えば混乱させられそうですしねー」

 

 威彦さんの推測通りなら、劉焉は最上の戦果を望む筈。当然、こちら側の戦にも間接的に関わって来るだろう。

 

「お、風の話で思い出した。陛下が御姿を御見せになられないのは十常侍が関わっていると私は考えてる」

 

 皇帝が政務の場に一切姿を見せていない現状は董卓さんへの批判に繋がって行く……劉焉はこの効果を狙って十常侍に指示を出した、か。

 うん、それは確かに――

 

「陛下が既に劉焉の元へと連れ去られた可能性は?」

 

 ――うっ!? 星の言う通り、その可能性もあるか?

 

「もしそうなら陛下を旗頭とした上で、自分が中心となって天下に反董卓連合の発足を呼びかけるんじゃないかな? ……でもそれをしない場合は――」 

 

「――あくまで袁紹を表に出し、自分は彼女に乗じただけ、という形にする……もし事が失敗しても、被る責を少なくする為に」

 

 士壱さんの視線を受けた稟さんがすらすらと意見を口にする。

 

「劉焉さんは天子を奉戴する気が無いのでしょうねー」

 

「……そうね風。もし劉焉が洛陽を攻め取った際はどさくさ紛れに陛下を(しい)するかもしれません。未だ推測の段階ではありますが、劉焉からは天子になろうという野心を感じます」

 

 そうか、陛下を連れ去ってしまえば、もし事が失敗した時には内部の誰からその事実が漏れるのか判ったものじゃない。

 その点、今まで権勢を保ち、保身に長けた十常侍なら陛下を隠しおおせると踏んだのだろうか?

 ……もしそうなら、劉焉が都入りした時には真っ先に口封じの為、十常侍を始末するだろうな。

 例え反董卓連合が早い段階で解散したとしても最低限、天水だけは奪うつもりなんだろう。

 六万もの兵を集めているのは、短期決戦を狙っている証拠だ。

 その後は何かしらの理由をつけて――例えば、董卓さんが都入りしただけで容易く乱れる王朝には最早天命は無い、とか――都へ兵を上げることも考えられる。

 

 そこまで考え、ふと視線を感じ、顔を上げると向かいに座っていた星と目が合った。

 

 ――瞬間、はっと息を飲む。

 

 星は、雲南での参戦を決意したあの日と同じ目をしていた。

 

 その瞳に宿しているのは怒りの色か――。

 

 

 

 

 

「……ここで子龍さんが聞いたあの『不審な門番』の話をしようか。尤も、その兵士達の素性については皆もう予想が付いてると思うけど」

 

「董卓殿が相国になるのは予め決められていた事。後は一刻も早く悪評を流布させる必要がある。考えるまでも無く、それは劉焉の尖兵です」

 

 ぞっとするほど冷たい声が稟さんの唇から漏れた。

 稟さんの目は眼鏡に反射する光で見えないが、唇は真一文字に結ばれ、眼鏡のブリッジに当てられた指は微動だにしていない。

 心なしか、その身体からは冷気が漂っているように感じた。

 

「……ふむ。士壱殿が一人で董卓殿に助力するようにと申された意味が徐々に見えてきましたな」

 

 ややおいて、星がポツリと呟く。

 

「劉焉の間諜は董卓殿の配下も見張っている可能性が高い。ましてや文遠殿ほどの武人であれば尚更」

 

「そんな人と互角以上に渡り合える星ちゃんも目を付けられるかもですねー」

 

「星殿は伯珪殿の『白馬長史』と並んで『昇り竜』とも呼ばれる事があるぐらいですから、可能性は否定できませんね」

 

「いざ事が起きれば確実に誘われるだろうね、星」

 

 ちなみに俺にはそんな二つ名は無い。

 どちらかというと北平では裏方に徹していたし(戦では他の人のサポートが主、内政面では客将なので深く関わらなかった)、名声を得る事に興味が無かったというのもある。

 

「ま、まあそれはさて置いてだ」

 

 どこか照れくさそうに咳払いをする星。

 

「問題となるのは風や稟の言う通り、劉焉の『目』が私に付くことだ」

 

「ん……そいつらに一旦目を付けられたら、星が董卓さんに協力しなくても監視が解けないかもしれない、かな?」

 

 俺の問いかけに星は軽く頷いた。

 

「一刀の考えを聞いたときの反応と宮中の様子に注目しておられる事を加味して、もしかすると士壱殿は陛下をお救いするおつもりではないか? と私は考えた」 

 

 口元に手を当て、星はやや俯き加減に言葉を紡ぐ。

 

「……であれば、私に監視が付いた状態でここに留まると、私だけではなく皆にも目を向けられかねない。最悪、こちらの動きが筒抜けになる恐れがある」

 

 俯いたまま、少し早口に星は話し続けた。

 

「故に私は単独で動くべきだと判断されたのではないですかな?」

 

 一気に語り終えると、星は士壱さんに不敵な笑みを浮かべて見せる。

 

「――っ。ははっ、これは子龍さんに一本取られたね」

 

 鳩が豆鉄砲を食らったように目を真ん丸くした士壱さんは、我に返ると膝を叩いて少し笑った。

 

「陛下の不在を知ったのは昨日。すぐにこれは不味いと思ったよ、董相国の立場が危ういものだと分かった事もだけど、交州に手を出し始めた劉表の件があったからね」

 

「風さんが言ってた蒼梧郡の事ですか?」

 

「そう、劉表は蒼梧に自分の息がかかった者を派遣して、少しずつ交州全体に手を広げていく腹だね。尤も、交易の拠点になってる交趾が狙いなんだろうけど」

 

 ――なんだそれ。

 

 都で面倒事が起きそうな今、皇室の血縁は揃って領土を増やすのに欲を出してるのか。

 

「っ、反吐が出る――!」

 

 堪えきれず、声が出た。

 

「――まったくだよ。とは言え、一刻も早く都が落ち着かないことには劉焉や劉表の動きを抑えられないからね」

 

「宵殿……黄琬殿には、もう『付いている』のでしょうか?」

 

「今、この屋敷にはそういった連中が居ないのは手紙を読んですぐに確認したけれど、黄琬様は……分からない。本当は黄琬様を通じて董相国に協力を申し出たかったのだけど……今となっては宮中のどこに『目』が潜んでいるか判らないからね」

 

 稟さんの問いに、士壱さんは力なく頭を振る。

 

「何とか協力者は探すつもりだけど、差し当たってすぐに動けるのは事情を知っている私達だけだ」

 

 表情を苦しそうに歪め、士壱さんは星に顔を向けた。

 

「…………子龍さんが抜けるのは非常に痛いけど、事を秘密裏に運ぶ為には止むを得ない」

 

「事情が事情ゆえ仕方ありませぬ、頭を上げてくだされ」

 

「――有り難う。本当は北郷も子龍さんに付いて行かせてあげたいけど……」

 

「いえ、荒事も起こる可能性が高い現状では寧ろ一刀が残るのは正解でしょう。幸いにして、武に重きを置く者達が名を馳せた黄巾の乱において一刀の名は然程知られていません……ですが今はそれが逆に有利に働く」

 

 そう言って、星はいつもの不敵な笑みを浮かべる。

 

「そっか……うん、期待出来そうだね」

 

 士壱さんは星と俺を交互に見て、笑みを浮かべた。

 

「士壱殿、ではこれより先は事が成るまでの間、私は董卓殿の下へ赴きましょう。――一刀、こちらは任せたぞ」

 

「星…………解った、気を付けて」

 

「うむ。だがこれから先は自分の心配をした方が良い。私は戦う相手が見えているから良いが、お前の相手は未だ見えぬ部分が多い連中なのだから」

 

 真剣な目で語る星に、しっかりと目を合わせ、頷く。

 

「良し……では早速行動に移るとしよう。取り急ぎ、白蓮殿と桃香殿への手紙を書いておくか。一刀、私の分も張世平殿に渡しておいてくれ」

 

「了解。じゃあ急いで書いてしまおう!」

 

 椅子から腰を浮かす俺と星に、士壱さんが顔を向けた。

 

「北郷、私達はここで話を続けるから、そちらの用事が済んだ後にでも参加して欲しい。子龍さん、月並みで悪いけど……どうか御武運を」

 

(かたじけな)い。士壱殿こそ、御武運を」

 

「星殿……お気を付けて」

 

「ここでまた会いましょう星ちゃん。必ずですよー」

 

「ふっ、了解した。稟、風、そちらも抜かるなよ?」

 

 笑みを浮かべたままの星に、二人もまた笑みを浮かべて応える。

 うん、ようやく取るべき道が見えて来たかな。あの老人は気になるけど後回しにしよう。

 

 ――改めて、本格的に行動開始だ。

 

 

 

 

 

 ――時は再び、諸侯へと檄文が届けられ始めた一週間後へと戻る。

 

 深々と一礼した、足元まで届く銀色の美しく長い髪を首の半ばで無造作に纏めた鎧姿の少女は、口を真一文字に閉じたまま顔を上げた。

 深い青色の瞳が正面に立つ二人の人物へと、真っ直ぐに向けられている。

 

「徐晃、だったわね?」

 

「はっ! 徐公明、仰せによりただ今まかりこしました!」

 

 徐晃の、凛々しい声が玉座の間に響き渡った。

 正面に居る二人の少女、月はどこか憂いを秘めた笑顔で、徐晃に声を掛けた詠は満足そうに、それぞれが頷く。

 

「宜しい。これから貴女と貴女の部隊は董相国の下に置かれるわ」

 

「御意!」

 

 賈駆の言葉にいささかの逡巡も見せず、徐晃は頭を下げる。

 

「よし、ではこれより軍議を始める! 徐晃、貴女も参加すること」

 

「はっ!」

 

 一礼した徐晃が居並ぶ将の末尾へ付く。

 

「――では早速だけど。皆、これを見て頂戴」

 

 苦虫を噛み潰した顔で賈駆は玉座の間に集まった六人へ一枚の紙を回した。

 

「? 賈駆っち? これに何が……って、なんやこれは!!?」

 

「どうした張遼、行き成り……なんだと!?」

 

 汚らわしい物を扱うかのように賈駆から渡されたその書簡を受け取り、張遼は目を通すと唐突に怒りを爆発させる。

 張遼の様子に首を傾げ、横からそれを覗き込んだ銀色の短い髪の女性もまた、憤怒の表情を浮かべた。

 

「……………………」

 

「な!? なな、なんですとー!!?」

 

 もう一枚、同じ紙を董卓から渡された、短めの髪と瞳のいずれもが血の色のような真紅に染まった少女は、表情を動かす事無く読み流す。

 その傍らに控えていた、小豆色の瞳と明るい緑色の髪を左右で留めている小柄な少女は、食い入るように紙面に目を通した後、驚愕の声を上げた。

 

「……酷いです、ね」

 

「……これは」

 

 末席に控えていた二人、荀攸は書簡を読み終わるとハの字の眉を更に寄せて呟き、徐晃は僅かに声を漏らす。

 

「皆、読み終わったわ――」

 

「――詠! なんやこの胸糞悪いもんは!!」

 

「――これはどう言う事だ賈駆!!」

 

 読み終わったわね、といい終わるよりも早く、張遼と短い銀髪の女性が怒声を発して賈駆に詰め寄った。

 あまりの大声に詠は耳を塞ぐが、月は塞ぐのが間に合わなかったようでくらくらしている。

 

「うっさい!! そんなに大声出さなくても聞こえてるわよ!」

 

 耳を塞いでいてもよほど頭に響いたのか、詠も二人に劣らないくらいの大声で怒鳴り返した。

 

「へ、へぅ~」

 

「――ああっ!? ご、ごめん月!?」

 

 結果、隣にいる彼女の親友が一番の被害を被った訳だが。

 ふらつく親友の小柄な身体を詠は抱きとめる。

 

「あ~……ごめんな月。あんまり吃驚したんでつい――」

 

「――も、申し訳ありません董卓様! 私もつい!」

 

「いやいや、華雄はもちっと声抑えようや」

 

 ばつが悪そうに頭を下げる張遼は、大声で謝る華雄に突っ込みを入れた。

 

「…………月、だいじょうぶ?」

 

「へ、へぅ。あ、大丈夫です恋さん。霞さんも華雄さんも、行き成り倒れてすみません」

 

 詠に肩を借りる月に、恋と呼ばれた少女が心配そうに声を掛ける。

 

「月が謝る事無いわ。あの二人が突然叫んだのが悪いんだから!」

 

「そう言う詠殿こそ、そこの二人に負けないくらいの大声が出てましたぞ」

 

「ぐっ……う、うるさいわよ、ねね!」

 

 ふらつきながらも弱々しい笑みを浮かべる月に肩を貸したまま、詠は張遼達をキッ、と睨みつけるが、呆れ顔で呟くねねと呼ばれた少女に気勢を殺がれた。

 

「董相国も文和様も、連日、遅くまでこなされておられる政務にお疲れなのではないですか……? 新参者の私が申し上げるのもなんですが、どうかご自愛を」

 

「へぅ……ありがとうございます公達さん」

 

「ありがと公達。でも、今はそうも言ってられないでしょ?」

 

 荀攸の言葉に(まなじり)を下げた詠は、視線を手元の書簡に落とす。

 

「これに、対処しないといけないから……!」

 

「……袁紹殿は何を考えておられるのでしょう? 黄巾党の爪痕は未だ各地に残っているというのに、領地の治世をおざなりにしてまで――」

 

「――四世三公、その家柄故に現状を許容出来ないのでしょうね……自尊心の前には民の生活など二の次と言うことですか」   

 

 書簡がくしゃくしゃの皺だらけになるほど握り締める詠。

 徐晃は降って湧いた凶報を理解出来ないと言った風に頭を捻り、荀攸は乾いた声で呟いた。

 

「その様子やと、性質(たち)の悪い冗談、ちゅう訳やないんやな」

 

 指先が白くなるほどに書簡を握り締める詠の姿を見て、張遼は眉間に寄せた皺を深くする。

 

「冗談だとしても最悪の部類に入るけどね……!」

 

「詠ちゃん……やっぱり、私が張譲さんの話を受けたのが悪かったのかな……」

 

「――違う! 月は何も悪くない! 悪いのは騒ぎを起こすだけ起こしてから後始末もしないで領地に帰った挙句、こんな檄文を作って月を悪者にでっち上げた袁紹よ!!」

 

「でも、協陛下もあれから御姿を御見せにならないよ……」

 

「それも今回の騒ぎに関係してるわよ絶対! あれから姿を眩ました張譲達が陛下をかどわかしたに決まってる! 今、全力で捜索に当たってるから、すぐにお戻りになられる筈っ! だから、月がそんなに自分を責めることなんて無い!」

 

 両の瞳を悲しそうに伏せる月を、詠は必死になって励まそうとした。

 

「せや、月はなんも悪うない。今もそないにふらつく程、都に暮らしとる皆の為に頑張っとる」

 

「張遼の言う通りです。我らの行いは天下万民に対して恥じるところなど何一つとしてありはしません!」

 

 詠に追随する霞。華雄もまた凛とした声でそれに続いた。

 

「……敵が来る……? なら、恋は月を守る」

 

「呂布殿が往かれるのならば、ねねも着いて行きますぞー!」

 

 淡々とした口調ながらも、恋はその双眸に決意の色を滲ませ、ねねも気勢を上げる。

 

「此度の一件、例え四海の諸侯がことごとく敵になろうとも真の大義はこちらにあります。――董卓様。この荀攸が才、微力ではありますが如何様にもお使い下さい」 

 

「義真様であれば、己が信ずる主君の為に力を尽くせ、と仰るでしょうね……。――相国。徐公明、身命を賭して難に当たりたく存じます」

 

 荀攸が困り顔のまま、力強く一歩前に進み出る。

 徐晃が静かで、しかしよく通る声で宣言する。

 

「――皆さん……」

 

 その場に居るすべての者から真摯な眼差しを向けられた月は目元に滲んだ涙を拭うと、顔を上げた。

 

「詠ちゃん、霞さん、華雄さん、恋さん、ねねちゃん、公達さん、公明さん」

 

 一人一人の顔を見ながら、名前を呼んでいく。

 

「すみません、皆さんの力を貸して下さい」

 

 その瞳から、涙の色は消えていた。

 

「任せて、月!」

「よっしゃ! 任せとき!」

「我が武、愚か者共に見せつけてやります!」

「……恋、がんばる」

「ねねもやりますぞー!」

「董相国が為、お力を尽くします」

「はっ! 我が全身全霊を持って!」

 

 間髪入れず、皆が応じる中――。

 

「あ、そうや。なあなあ賈駆っち? 一人、推挙したいとっときの奴がおんねんけど」

 

 ――霞は、ぽんと手を叩くと楽しげな口調で詠に話し掛けた。

 

 

 

 

 

 ――檄文が最後に陳留の曹操へ届けられてから、二週間後。

 

 ――洛陽より東、汜水関(しすいかん)にほど近い連合諸侯の集合地点にて。

 

「あぁら華琳さん、随分とまたゆっくりなご到着ですわね? 華琳さんで最後、つ・ま・り、びりっけつですわよ」

 

「あー、はいはい」

 

(麗羽のことだから、多分、曹操の所には最後に送ったんだろうなー)

 

 嫌味を隠そうともしない袁紹の言葉をすげなく流す曹操の様子を見て、白蓮は内心苦笑する。

 

「さて、びりっけつの華琳さんでようやく全員揃いましたわね。最初の軍議を始めますが、私ほどに有名であるのならば兎も角として皆さんの中にはお互いに面識の無い方もおられるでしょうから、一応挨拶をお願いしますわ」

 

 曹操に対する嫌味はそのままに、尊大な口調で(袁紹にしては)わりとまともなことを言いながら、麗羽は白蓮へ視線を向けた。

 

「私からか。幽州の公孫賛だ、よろしく頼む。隣は軍師の沮授」

 

 一歩前に出て軽く手を挙げ挨拶する白蓮の横、沮授は無言で頭を下げる。

 白蓮の挨拶を皮切りにして、次々に集まった諸侯が名乗りを上げて行った(張邈(ちょうばく)橋瑁(きょうぼう)鮑信(ほうしん)王匡(おうきょう)など)。

 それを(表面上はいちいち頷くも)聞き流しながら白蓮は北平を発って、酸棗(さんそう)に着いてからここ数日までを思い返していた。

 

 ――少しでも速く都の情報を確認するべき、という点で意見が全員一致した後、白蓮達は素早く支度を整え、北平を出発する。

 急いだ甲斐もあり、集合地点に到着したのは発起人の袁紹に次いで二番目だった。

 先程、袁紹が先ず自分に自己紹介を促したのはその為だろう、と白蓮は考える(ただ単に、一番初めに目が合ったから、かもしれないが)。

 それはさておき、白蓮達は到着したその日に都へ間諜を放った。

 董卓軍として出てくる星とはまず連絡は取れない……ただ、戦場で上手くやれば何かしら接触は出来るかもしれない。

 北郷は手紙に「秘密裏に動きたい」と書いていたので、直接的な接触は避けるつもりだ。

 だが、洛陽には白蓮が師と慕う盧植が居る。曲がった事を嫌う先生だから、上手く連絡が取れれば北郷の力になってくれるかもしれない。

 

「寿春の袁術じゃ! ま、言わずとも、皆知っておろうがの!」

 

「美羽さまの補佐をしております張勲と申しますー。こちらは当方の客将、孫策さん」

 

 思索に耽っていた白蓮の意識は、その高い声に現実へと引き戻された。

 顔を上げると、小さな冠を頭頂部にちょこんと載せた『小さくした麗羽』のような袁術が精一杯胸を反らしている。

 御付きの張勲は、最低限の挨拶をすると袁術の姿に目を輝かせていた。

 

「……」

 

 袁術の横、少し離れて褐色の肌の女性が無言で頭を下げる。

 

(あれが、『江東の虎』の娘か。うわあ、おっかない目してるなぁ)

 

 刹那、瞳に浮かんだ剣呑な光を認め、白蓮は体を震わせた。

 

「平原郡の劉備です。こちらは軍師の諸葛亮」

 

「よろしくお願いします」

 

 居並ぶ諸侯の前で名乗り終えて緊張している親友に白蓮がにこりと笑いかけると、桃香はほっとした様子を見せる。

 

「涼州の馬超だ。こっちは一族の馬岱(ばたい)。馬騰の名代として参加する事になった」

 

「よろしくお願いしまーす」

 

 その桃香の隣で似た雰囲気の二人の少女が名乗った。

 

「あら? 返書では馬騰さんがいらっしゃるものだとばかり」

 

「最近では西の五胡がさかんに動いていてね……他にも――ッ!?」

 

「――そういう訳で、袁紹さんにはくれぐれも宜しくと言付かってまーす!」

 

 何か言いかけた馬超がいきなり素っ頓狂な声を上げたかと思えば、隣の馬岱が満面の笑みを浮かべて馬超の後を引き取り、麗羽に頭を下げる。

 

(あちゃー……馬超、何かマズイ事言い掛けたんだなー)

 

 白蓮は馬超が変な声を上げた時に、斜め後ろの馬岱が馬超の脇腹に手を伸ばしたのを見た。

 おそらくは思い切りつねり上げたのだろう。

 

「そうでしたの。馬騰さんも野蛮な連中を相手にしていてはなかなか落ち着けませんものね……」

 

「はい! ですので、これから宜しくお願いしまーす!」

 

(――っっ! 蒲公英、おま――)

(――いいから! お姉様はちょっと黙ってて!)

 

 馬超の様子が目に入っていないらしく、のんびりと受け答える袁紹。

 馬超は小声で馬岱に食って掛かっているが、何か言われたらしく、しばらくすると大人しくなった。

 

「では最後に、びりっけつの華琳さん、お願いしますわ」

 

「……典軍校尉の曹操よ。こちらは夏侯惇と夏侯淵」

 

 どこまでその嫌味を続けるつもりか、相変わらずの調子で促す袁紹を一瞥すると曹操が名乗りを上げ、左右に控える女性二人が黙礼をする。

 

(ん? ――今、こっちを見た?)

 

 気が付くと、曹操は元の位置へと戻っていた。特に視線は感じない。

 

(気のせいかな……? 何か、えらく鋭い視線を感じたような気がしたんだが……)

 

 

 

 

 

「洛陽までの道のりにある大きな関所は汜水関と虎牢関(ころうかん)です。戦闘はこの辺りか、その前後の広い土地で起こる事が予想されますね」

 

 案の定と言うか、軍議が始まると極力麗羽に喋らせないように話が進んでいく。

 今は、袁術のところの張勲が戦場と敵将についての報告を始めたところだった。

 

「各関所の将ですが、汜水関は華雄、虎牢関は呂布と張遼という報告が入ってますね。ただ、これは連合が出来る前の調査ですので、改めて調査する必要がありそうですねー……」

 

「張勲、質問して良いかしら?」

 

「はい? 何でしょうか曹操さん」

 

「皇甫嵩、朱儁、盧植の名前が挙がらなかった様だけど?」

 

「あ、はい。皇甫嵩さん達は黄巾騒ぎの後、十常侍さん達と反目して免職されて以降、復職されておられないみたいですねー」

 

「……そう」

 

 曹操が出した三人の人物の名前に白蓮は思わず身を固くする。

 ちらりと様子を窺うと、桃香の表情もやや強張っていた。

 

(やっぱり、先生は出て来ないのか。先生の気性じゃ、例え免職されてても出てきておかしくないと思ったんだけど……残念な反面、これで北郷の手助けが出来るかもしれないと思うと先生が出てこなくてほっとしたな)

 

「……ふん」

 

 さり気無く、周囲に視線をめぐらせた白蓮は孫策が微かに鼻を鳴らしていたのに気付く。

 どこか、不機嫌そうな顔つきだった。

 

(? ……どうしたんだろ? 孫策……孫家……と言えば、確か朱儁将軍が先代の孫堅を取り立てたんだっけか。その関係かな、あれは)

 

 とは言え、白蓮には特に見当が付かない。

 今は、目の前の事と、この軍議が終わった後に桃香と相談をする事を考えようと白蓮は頭を振った。

 で、目の前の軍議は、誰が斥候をするか? で止まっている。

 

「誰も手を挙げないなら、汜水関の偵察は私の所が担当しよう。なに、足が速い兵は結構居るしな」

 

「では、調査のついでに汜水関は白蓮さんが攻め落としてくださいな。そんなことよりも、まだ大事な議題が――」

 

「――また無茶を言う……。流石に私だけじゃ無理だな。誰か、付いて来てくれないか?」

 

「あ! 白蓮ちゃん、私が一緒に行くよ!」

 

「おっ、助かるよ桃香。麗羽もそれでいいか?」

 

「誰が付いて行こうとどうでもいいですわ! それより、大事な議題――」

 

(どうせ自分が総大将をやりたいから、とかの話だろ……心底どうでも良いや。さて、都に出した間諜はそろそろ戻ってくる頃かな?)

 

 本当に大事な議題をそっちのけで騒ぐ袁紹の姿を生温かい目で見ながら、白蓮は今後の事に思いを馳せていた。

 

 

 

 

 

 ――連合諸侯が汜水関に向けて進発した頃。

 

 蝋燭の小さく、細い灯が土壁を照らす。小さな部屋は暗く、そして恐ろしいほどに静寂に満たされていた。

 橙色の光が照らすぎりぎりの所、輪郭さえ定かならぬ辛うじて人影と判る存在が椅子に座っている。

 

 ――不意に、蝋燭の火がゆらりと震えると部屋に何かの気配が一つ、増えた。

 

「『三番』、どうであった?」

 

「……『蜘蛛の巣』は二つ。それぞれは離れており、互いに触れることは無い様子」

 

 椅子の人影――黒い覆面の老人――の問いに、女性の低い声が応じる。

 

「ほう。で、場所は?」

 

「宮中に一つ。死亡した趙忠の邸宅にほど近い所に一つ」

 

「ふむ……では、『玉』はそこに納められておるか」

 

 くぐもった老人の声に『三番』が頷く。

 

「『石』は宮中の『巣』に勘付きかけている様です」

 

「だが、目前に迫る『大火』を消す事に注力せねばならず、『巣』の対処までは出来まい」

 

 覆面の下から、老人の平坦な声が漏れる。

 

「『二番』が宮中の『巣』を崩せると申しておりますが」

 

「あ奴がそう言った以上は出来るのであろう。許す」

 

「御意。――それと、もう一つお耳に入れたき事が」

 

「む?」

 

 

 

 

 

「以前、『頭領』が市にて接触した者が『玉』近くの『巣』に気付き、掃わんとしております」

 

 

 

 

 

 その報告を聞いた瞬間、今まで小揺るぎもしなかった老人の肩が微かに上下した。

 

「――あの時、儂に気付いた若造か?」

 

「はい」

 

『三番』に問い掛ける『頭領』と呼ばれた老人の声が僅かに高くなる。

 

「一人か?」

 

「いえ、数は四名。内一人は太尉の客分です」

 

「……ふむ。確か、交趾太守の妹であったか」

 

「はい。それと未だはっきりとは確認しておりませぬが、『三将』の一人と繋ぎを取った模様」

 

「それは、あの若造がか?」

 

「はい」

 

 女性の淀み無い返事を聞くと、老人は僅かに俯く。

 

「――『三番』」

 

「はい」

 

「出掛けるぞ、供をせい」

 

 僅かな逡巡の後、音も無く立ち上がった老人は、影のように付き従う部下を連れ、闇に包まれた街の中へと消えていった。 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 大変お待たせいたしました。天馬†行空 十九話目をお届けします。

 元凶の張った策に対しての相談、結束する董卓陣営、相変わらずの袁紹と集った諸侯、そして最後にあの老人の様子をお届けしました。

 諸侯の思惑に関しては、今回、白蓮の目を通しての描写しかしておりませんが、華琳や雪蓮に関しては今後書いていくつもりです。

 加えて、汜水関での戦闘までで一刀達がどう行動していたのかもいずれ書きます(おそらくは今回の件が終わった辺りで)。

 

 では、次回にまたお会いしましょう。

 

 

 

 

 

 ――さあ、いよいよ反撃の狼煙が上がりました。

 

 

 

 

 補足(今更な物も含みます)

 

 ・十常侍の人数は三国志演義基準の十人としています。

 ・本作品では外史に介入する者達の内、左慈と于吉は登場しません(貂蝉と卑弥呼も、出番は有っても閑話的な扱いに留まるかもしれません)。

 

 

 

 

 


 
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