第十六話 ~~蜀・魏 開戦~~
この日、俺たちは玉座の間に集まっていた。
そこにいる全員の表情が、緊張感に満ちている。
無理も無い。
ずっと懸念していた事態が、ついに動こうとしているのだ。
魏の動向を探るために出していた斥候からの報告があったのは一刻程前。
魏の軍勢が、出陣の準備を進めているというものだった。
まだ目的地ははっきりしていないが、それは十中八九この蜀だろう。
それは、以前司馬懿が俺に接触してきたことからも読み取れる。
愛梨 :「・・・ついに動いたか」
昴 :「それで、呉への応援要請は?」
麗々 :「すぐに早馬を出してもらいました。 ですが、今回は恐らく間に合わないでしょう」
涙 :「そっか・・・。 ちょっと厳しいな」
恐らく応援が期待できないだろうという事実に、全員が少し表情を曇らせる。
その空気に活を入れるように、愛梨が口を開いた。
愛梨 :「弱音を吐いている暇は無い! 呉の力が無くとも、我らだけで戦うぞ!」
涙 :「わ、わかってるよ!」
章刀 :「けど、実際問題どう戦うかだな・・・。 煌々、麗々、どう思う?」
戦うしかないにしても、精神論だけではどうにもならない。
ここは我が軍が誇る軍師の見解を聞いてみよう。
麗々 :「はい。 えっと・・・・きーちゃんはどう思う?」
煌々 :「コショコショ・・・・・」
麗々 :「うん・・・・うん。 やっぱりそうだよね」
恥ずかしがり屋の煌々が、隣に立つ麗々に耳打ちする。
それを聞いている麗々は納得したように頷いているが、俺たちにその声はさっぱり聞こえない。
やがて話しが済んだようで、麗々が俺たちの方へ向き直った。
麗々 :「魏に司馬懿さんがいる以上、下手な策は通用しないでしょう。 軍師として言いたくない台詞ですが、正面から迎え撃つしかないかと・・・・」
章刀 :「・・・・そっか」
この二人の事だ。
恐らく現在考え得るあらゆる策を何通りも考え、頭の中でシミュレーションを重ねたに違いない。
それを考慮してもなお策を講じない事が最良だと思える程に、司馬懿の力は圧倒的という事なのだろう
改めて、司馬懿の恐ろしさを実感する。
麗々 :「それと、これはまだ断定はできませんが・・・魏は恐らく、今回は本気では攻めて来ないと思います」
昴 :「・・・どういうことだ?」
麗々 :「赤壁の戦いから今まで、蜀と魏が直接ぶつかった事はありません。 となれば、まずは相手の力量を図ろうとするのが定石。 司馬懿さん程の軍師が、こちらの戦力も分からないまま全力で攻めてくるとは考えにくいです。 そして、それは私たちにとっては好機でもあります」
向日葵:「好機って?」
晴 :「・・・なるほどね。 麗々の言いたい事はだいたい分かったよ。 相手が様子見だからと言って、こっちもそれに合わせる必要はないと言う事だろう?」
涙 :「ん? つまり、どういうことだ?」
晴の言葉を聞いて、その場にいたほとんどが麗々の意図を理解したようだが、いまだに涙、向日葵、愛衣あたりは首をかしげていた。
章刀 :「つまり、向こうは様子見のつもりでも、こっちは全力で迎え撃つってことさ」
麗々 :「そのとおりです。 相手が全力で来ないのなら、そこをついて一気に突き崩します。 上手くいけば、敵を退けるだけでなく今後の戦いでの敵の士気にも影響するでしょう」
涙 :「なるほど、気を抜いてる相手を一気に叩いちまおうってことか。 そりゃいいな」
小細工なしの全力勝負と聞いて、涙は嬉しそうだ。
正確にいえば敵は気を抜いているわけではないが、こちらの力を見せつけるにはもってこいの作戦かもしれない。
桜香 :「それでうーちゃん、魏とはどの辺りで戦うつもり?」
麗々 :「こちらもすぐに準備して出発すれば、恐らく蜀と魏の国境付近でぶつかることになるでしょう。 あのあたりなら地形も広く、存分に動けるはずです」
愛梨 :「よし。 そうと決まれば、すぐに出陣の準備に移ろう」
晴 :「むぅ・・・。 しかし、久しぶりに帰ってきて最初の戦の相手が魏とは・・・・ボクも運がないね」
やる気まんまんと言う表情の愛梨のとなりで、晴はいつも通り気だるそうだった。
まったく何と言うか・・・・良い意味でも悪い意味でもマイペースな奴だよな。
愛梨 :「晴、そんな事を言っている場合か! 戦となればお前の腕の見せ所なのだ、しっかり頼むぞ!」
晴 :「それは分かってるけどねぇ・・・・・」
心 :「晴・・・・・しっかり、やる・・・・・」
晴 :「むぅ・・・・。 心にまで言われるとは・・・。 仕方が無い、少し気合を入れようか」
章刀 :「と、とにかく、準備でき次第こっちも出陣ってことで。 いいか、皆?」
全員 :「応っ!!」
こうして俺たちは、赤壁の戦い以来となる魏との直接対決に向かうことになった。
――◆――
蜀と魏との国境付近。
戦場となる予定の場所に先にたどり着いたのは、俺たちの方だった。
魏軍の姿はまだ地平線の端にも見えてはこない。
とはいえ、これ以上魏の領土に近づくのは好ましくないという麗々の提案により、俺たちは現状で待機することにした。
俺たちは、全軍を四つに分けた。
それぞれの隊が状況に応じて本陣からの指示で陣形を変えて戦う作戦だ。
それぞれの隊の指揮を執るのは、愛梨と昴。
涙と心。
向日葵と晴。
そして俺はひとりで一隊を指揮するという大役を任された。
残る璃々姉さんと愛衣には、紅蓮隊の時と同様本陣についてもらう事になった。
てっきりこの事に着いて愛衣はまた文句を言うだろうと思っていたが、案外あっさりと承諾してくれた。
どうやら、少し前に小蓮さんと何か話したらしいけど・・・・それが関係してるのかな?
それはさておき、これで戦う準備は整った。
あとは、魏軍が来るのを待つのみだ。
蜀軍兵:「伝令―――っ!!」
章刀 :「っ!?」
少し先へ偵察に出した兵が、慌てた様子で戻ってきた。
蜀軍 :「北方約2里より、魏軍がこちらに向かっております!」
愛梨 :「旗は見えたか?」
蜀軍兵:「はっ。 “夏候”の旗が二本。 それから“張”。 そして、“曹”です!」
昴 :「夏候充に夏候衡、それに張虎か。 フム・・・様子見と言う割には随分な面子ではないか。 それに“曹”とは・・・・まさか曹丕か?」
愛梨 :「なんとも言えんが、とにかく敵の将も手強い。 十分に気を引き締めてかかるぞ」
涙 :「おうよっ!!」
向日葵:「う~、なんか怖くなってきたよ~」
晴 :「大丈夫。 いざという時はボクが守るさ」
向日葵:「ほんとっ?」
心 :「全員敵なら、全員・・・・殺す」
章刀 :「とにかく皆、無茶はするなよ」
桜香 :「そうだよ。 皆、無事に帰ってきてね」
それぞれが、戦いに向けて気持ちを切り替える。
そうこうしているうちに、魏の軍隊はかなり近くまで来ていた。
章刀 :「よしっ! 行くぞ皆っ!!」
全員 :「オオオーッ!!!」
俺のかけ声を合図に、蜀軍の全員が雄叫びをあげて全身を始めた。
それを見た魏軍も、速度を上げて真っ直ぐに突っ込んで来るようだった。
むこうも、真っ向勝負は臨むところってことか・・・・。
麗々 :「関興隊は鶴翼の陣を展開して前進してくる敵を包囲、迎撃! 周倉隊、馬承隊は魚鱗の陣で両翼から突撃! 関平隊は偃月の陣で奔走、各隊を援護してくださいっ!」
章刀 :「了解っ! 関平隊、行くぞっ!!」
本陣から、麗々の指示が飛ぶ。
すぐに各隊が指示通りの陣形を展開し、敵に突撃する。
俺たちもすぐに偃月の陣を展開した。
この陣形は隊長である俺が最前にでる事になるが、この方が俺としてはやりやすい。
――◆――
―――――魏軍前方、関興・趙統隊
鶴翼の陣を展開していた愛梨と昴の隊は、順調に敵の先鋒を包囲しつつあった。
その陣の中心にいる愛梨と昴は、前進しながら次々と魏軍の兵を蹴散らしていた。
昴 :「このまま前進し敵を完全に包囲する! ひるまず進めーっ!!」
蜀軍兵:「オオオォーーーッ!!」
愛梨 :「雑兵では相手にならんぞ! 貴様らの将はどこかっ!」
???:「ここだーーっ!!」
愛梨 :「っ!?」
“ギイイィン!!”
昴 :「姉上っ!?」
突然現れた人影が、愛梨を襲った。
不意をつかれたが愛梨はそれを受け止め、体勢を立て直す。
顔を上げると、そこには大きな剣を携えた少女が立っていた。
愛梨 :「貴様・・・・夏候充か?」
夏候充:「ほう・・・・私を知っているのか。 なかなかやる様だが、そういう貴様は何者だ?」
愛梨 :「蜀王・劉禅が一番槍、関安国!」
夏候充:「なるほど、貴様があの武神・関羽の娘か。 どうやら私は当たりを引いたようだな」
愛梨 :「それはこちらの台詞だ。 武魏の大剣・夏候惇の娘・・・・相手にとって不足はない。 昴、手を出すなよ!」
昴 :「フム・・・仕方が無い、今回はゆずるとしましょう。 ・・・・ご武運を」
そういって昴が立ち去ると、愛梨と夏候充は向き合ったまま互いの武器を構えた。
愛梨 :「行くぞ、夏候充!!」
夏候充:「来い、関興っ!!」
―――――――――――――――――――――――――
――◆――
―――――魏軍左翼、馬承・呂玲埼隊。
涙 :「オラオラオラーーっ!! 馬承様のお通りだぜーーっ!!」
心 :「邪魔・・・・・・!」
心と涙は隊の先頭に立ち、敵をなぎ倒して行く。
特に心の力はすさまじく、彼女の戟の一振りで10人近い敵が吹き飛ばされる。
彼女の通った後には、魏軍兵の小さな山ができていた。
涙 :「へへっ。 このまま反対側までぶっちぎってやるぜ!」
???:「おーおー。 えらい威勢ええやんけ」
涙 :「!?・・・・・」
心 :「・・・・・・・・」
順調に突き進む二人の前に、一人の少女が立ちはだかった。
少女は片手に青龍刀を持ち、二人の進路のど真ん中に堂々と立っている。
少女は二人に青龍刀の刃先を向けると、自分を親指で指さしてこう言った。
張虎 :「いきがるんはええけどな。 それはこの張虎様を倒してからにしてもらおか?」
涙 :「な・・・・こいつが張虎か」
相手の名を聞いて、涙は少し驚いたように構える。
しかし対照的に、隣にいた心は興味なさそうにプイっとそっぽを向いて・・・・
心 :「涙・・・・こいつ、任せた・・・・・」
涙 :「え? いや、いいけど・・・・・何でだ?」
心 :「・・・・・・・・・・・・・・・・・めんどくさい」
張虎 :「なっ・・・・!?」
涙 :「あ、そう・・・・・」
どうやら熱血っぽい張虎の様子を見て、相手をするのが嫌になったらしい。
そのまま張虎に背を向けて、心が立ち去ろうとした時だった・・・・・
“ガギィン!!”
心 :「っ・・・・!?」
涙 :「心姉っ!!」
ほんの一瞬で間合いを詰めた張虎は、心に斬りかかった。
その一撃を心は後ろを向いたまま受け止め、首だけで振り返って張虎の顔を睨みつける。
張虎 :「そう邪険にせんといてぇな。 せっかくこうして戦場で会うたんやし、もう少し楽しんでいきぃや・・・・!」
心 :「おまえ・・・・・・!!」
ギリギリと互いの武器で押し合いながら、張虎と心はさっきのこもった視線をぶつけ合う。
そのまま心は涙の方へ視線を向けた。
心 :「涙・・・・・こいつ、心がやる・・・・」
涙 :「え?」
心 :「こいつ・・・・・邪魔・・・・・!!」
涙 :「お・・・・おう・・・・・」
どうやら完全にスイッチが入ってしまったらしい心の殺気を感じて、涙も少し気押された様だった。
こんな心は、まず戦場でしか見られない。
涙 :「気を付けろよ心姉! そいつ、強いぜ!」
そう言って、涙はその場を後にする。
心はコクリと頷くと、再び目の前の張虎へと視線を戻した。
張虎 :「へへ・・・・そうこなくっちゃな!」
心 :「・・・・・・殺す」
“ギイイィン!!!”
――――――――――――――――――――――――――
――◆――
――――――魏軍右翼、周倉・馬秋隊。
向日葵:「やあぁぁーーーーっ!!」
魏軍兵:「ぐあぅ!?」
敵の中を、向日葵の小柄な体が駆け抜けていく。
そのすぐ隣では、晴が敵を寄せ付けない勢いで刀を振るっていた。
晴 :「いいぞ向日葵。 なかなか強くなったじゃないか」
向日葵:「えへへ~。 でしょでしょ?」
向日葵の実力は姉たちに比べればまだまだ劣るが、それでも一軍を預かる将軍だ。
一兵卒とは比べるべくもない。
こと晴にいたっては蜀軍の中でも随一の実力を誇る。
一兵卒程度では、何人束になってかかろうと結果は変わらない。
晴 :「よっと・・・・」
魏軍兵:「ぎゃあっ!!」
戦場ですら見とれてしまいそうになる、晴の七本の刀を使った曲芸の様な戦法。
彼女の刀が舞う度に、魏軍兵の鮮血が飛び散った。
晴 :「ふぅ・・・しかし、さすがに魏の兵隊か。 これではキリがないな」
向かってくる敵を斬り伏せながら、小さく息を吐く。
この辺りは、さすがに魏軍の兵力といったところだろう。
晴 :「仕方ないな・・・・・っと!」
“ズバァーーーッ!!”
すると晴は、何を思ったか自分を中心にして地面に大きな円を描いた。
そしてその円の外側にいる魏軍兵たちを見渡して、刀を構える。
晴 :「さて・・・・この線は、この世とあの世の境界線だ。 死にたい者がいれば、超えて来るといい」
魏軍兵:「っ・・・・!!?」
その言葉と晴の放った余りの威圧感に、今まで勢いのあった魏軍兵たちの動きが止まる。
だが・・・・・・・
???:「へぇ~。 それじゃ、私が超えてみようかな?」
晴 :「!?・・・・・」
“ギイイィイン!!”
向日葵:「晴姉さまっ!?」
突然、矢の様な勢いで黒い影が晴を襲った。
その重い一撃をなんとか防いだ晴だったが、あまりの衝撃で自身が描いた円の外側へ飛ばされる。
対して晴を襲った人影は、円の中心に立って笑顔を浮かべていた。
???:「あれ~? 線を越えたのに死なないね♪」
晴 :「むぅ・・・・。 お前は・・・・?」
体勢を立て直した晴が睨みつけると、相手はニッコリと笑った。
曹仁 :「はじめまして、私は曹仁。 あなたは・・・・」
向日葵:「こいつーーっ!!!」
曹仁 :「ん・・・?」
曹仁の言葉が終わるより早く、その背後から向日葵が斬りかかろうとしていた。
不意をつかれた曹仁は、まだ武器を構えてすらいない。
晴 :「馬鹿っ! よせ、向日葵っ!!」
向日葵:「え・・・・・?」
曹仁 :「・・・あはっ♪」
“ガギィン!!”
向日葵:「きゃあっ!!?」
晴 :「向日葵っ!!」
次の瞬間、吹き飛ばされたのは向日葵の方だった。
曹仁はといえば表情一つ変えずに、先ほどの場所から動いてすらいない。
曹仁 :「う~ん・・・君じゃあまだ楽しめないな~。 あと五年したらまたおいで?」
吹き飛ばされ、尻もちをついた状態の向日葵を見下ろしながら曹仁は笑った。
向日葵:「・・・・ぁ・・・・ぅ・・・・・・・」
向日葵は曹仁を見上げたまま、膝が震えて立ち上がる事が出来なかった。
曹仁は笑っているが、放たれる威圧感は完全に向日葵を飲み込んでいる。
恐らく今、自分の一撃が斬りはらわれた事すら向日葵には見えていなかっただろう。
曹仁は、今の一撃で向日葵を斬ろうと思えば斬れたのだ。
圧倒的な実力の差を見せつけられ、もう立ち向かう勇気は無くなっていた。
晴 :「向日葵、少し下がっていろ。 こいつは、少々やばそうだ・・・・・」
曹仁 :「へへっ。 そう言う君こそ・・・・強いねぇ。 久しぶりに楽しめそうだよ♪」
まるで値踏みでもするように、晴のつま先から頭まで視線を移す。
そしておもちゃを見つけた子供の様に笑顔を浮かべた。
曹仁 :「そう言えばまだ名前を聞いてなかったね。 君の名前は?」
晴 :「周倉だ」
曹仁 :「周倉ね・・・・。 覚えておくよ。 例え今日でお別れになってもね」
晴 :「ボクは人の顔を覚えるのが苦手だが、お前は忘れなさそうだ」
言葉を交わしながら、互いにゆっくりと武器を構えていく。
周りにいた兵たちは、自然にその場から遠ざかって行った。
曹仁 :「それじゃ、ズバッと楽しく行きますかっ♪」
――◆――
――――魏軍後方、関平隊。
俺たちの隊は当初の麗々の指示通り、味方の隊をフォローしながら戦場をかけていた。
この偃月の陣は、とにかく動き回ることが大切だ。
もし少しでも止って左右から一気に攻められれば、簡単に陣形を崩されてしまう。
蜀軍兵:「関平将軍。 他の隊も全て敵と接触したようです」
章刀 :「ああ。 ここからは俺たちがどう動くかが重要だ。 皆、頼むぞ!」
とはいえ、俺たちの隊以外は全員将軍が二人ひと組で動いている。
仮に敵の将軍が相手でも、そうそう負ける事は考えにくいが・・・・
“ヒュンヒュン!!”
章刀 :「っ!!?」
“ギン! ギギィン!!”
蜀軍兵「ぐわぁ!!」
蜀軍兵「ぐふぅ゛っ!!」
前方から、突然数本の矢が飛んできた。
俺はとっさに払い落したが、後ろにいた兵士達の何人かがやられてしまった。
前方には、恐らく矢を放った張本人であろう人影が立っている。
片手に弓を持った、落ちついた雰囲気の少女だった。
少女 :「ほう・・・私の矢を防ぐとは、なかなかやる。 黒髪に風変わりな装束・・・・という事は、お前が関平か?」
章刀 :「そうだけど、そういう君は?」
夏候衡:「私は夏候衡。 弓の腕は、魏軍一だと自負している」
章刀 :「なるほど。 君が夏候衡か・・・・・」
確か愛梨たちに聞いた話では、魏軍でも腕の立つ将軍だったっけ。
よりによって弓使いとは・・・・あんまり歓迎しない相手だな。
夏候衡:「おしゃべりは終わりにしよう。 関平、この場で私の弓の餌食になるがいい!」
そう言い放つと夏候衡は弓を構え、俺に向かって二本の矢を同時に放った。
章刀 :「おっと・・・・・」
俺はそれを上に飛んでかわすが、その直後、既に夏候衡は上空の俺にめがけて弓を構えていた。
しかも今度は、一度に三本もの矢を手にしている。
夏候衡:「空中ではよけれまい?」
言い終わると同時に、彼女の弓から三本の矢が放たれた。
それはまるで吸い寄せられるように、空中にいる俺に向かってくる。
章刀 :「ちっ・・・・・!」
もちろん、いくらなんでも空中で矢をかわすことなんてできやしない。
俺はなんとか、飛んでくる矢を全て刀で斬りはらった。
そして、地面に着地する。
・・・・にしても、空中にいる相手にこれだけ正確に矢を射るとはね。
弓の実力は、多分璃々姉さんと五分ってところか・・・・たいしたもんだよ。
章刀 :「さすが、魏一の弓使いって言うだけあるね」
夏候衡:「お前の方こそ、私の矢をこうも防ぐとは大したものだ。 真が珍しく褒めていただけはある」
真・・・・というのは多分司馬懿の事だろう。
魏で俺の事を知っているのは、今のところあいつだけだ。
だが、今はそんな事はどうでもいい。
章刀 :「さて、どうしたもんかな・・・・・」
近づこうにも、彼女の矢がそうさせてくれない。
単体で飛んでくるならいざ知らず、二本や三本を同時に打たれると防ぐので精一杯だ。
なんとか一瞬でも隙を作れればいいんだけど・・・・
蜀軍兵:「関平さまっ!!」
章刀 :「っ! どうした?」
こんな状況だと言うのに、兵の一人が俺を呼んだ。
だが、随分と焦っているようだ。
蜀軍兵:「伝達兵からの報告で、現在魏軍右翼で交戦中の周倉将軍の隊が苦戦しているとの事です!」
章刀 :「何っ!?」
まさか、よりによって晴の隊が苦戦してるだって?
相手の将軍は一人じゃないのか・・・・・?
夏候衡:「右翼・・・・? はは、それはなんとも運の無い事だ」
章刀 :「!・・・・・どういう意味だ?」
兵の報告を聞いていたらしい夏候衡が、小さく笑みを浮かべた。
夏候衡:「右翼を任されている者の名は曹仁。 我が軍で最強の将だ。 持ちこたえているだけでも大したものだが、お前の仲間はまず勝てないさ」
章刀 :「曹仁・・・・・?」
聞いた事の無い名前だが、夏候衡が魏軍最強というからにははったりじゃないだろう。
事実、今こうして晴が苦戦してるんだ。
夏候衡:「助けに行こうと思っているなら諦める事だ。 お前もここで私にやられるのだからな」
章刀 :「ちっ・・・・・!」
再び夏候衡から矢が放たれ、俺はそれを払い落す。
くそ、早く晴を援護に行かなきゃならないのに。
こうなりゃ、イチかバチか・・・・・
夏候衡:「避けているだけでは勝てんぞ!」
夏候衡の弓から三本の矢が放たれる。
俺は文字通り矢の様なスピードで向かってくる三本のうちの一本に手を伸ばし・・・・
章刀 :「とった・・・・・!」
夏候衡:「なっ・・・・バカな! 私の矢を・・・・・」
俺は、飛んでくる矢の一本をつかみ取った。
そしてそれを放った本人めがけて投げつける。
章刀 :「返すぜっ!!」
夏候衡:「っ・・・・・!?」
さすがに弓で打った時ほど速度は出ないが、恐らく予想外であろう攻撃をとっさにかわし、夏候衡が体勢を崩す。
・・・・・・今だ!
章刀 :「はああぁーーーーっ!!」
夏候衡:「くっ・・・・・!」
俺は一気に夏候衡との距離を詰める。
夏候衡はとっさに弓を構えようとするが、体勢を崩した状態からでは俺の方が速い。
“スパッ!!”
俺は夏候衡めがけて刀を振り抜いた。
しかし斬ったのは彼女自身ではなく、弓の玄だ。
夏候衡:「な・・・・・・・」
当の夏候衡は、何が起こったのかいまだに信じられないと言った様子で目を丸くしている。
俺はそんな彼女の前に刀を突き付けた。
章刀 :「玄が斬れたら弓も使いようがないだろ? 今回は、これで決着にしてくれないか。 納得できないなら、次に会ったときに相手になるさ」
夏候衡:「・・・・・・・・・・・・」
夏候衡から返事は無い。
しかしこれ以上ここにいる暇は無いと、俺は刀を降ろして彼女に背を向けた。
章刀 :「行くぞ皆! 晴の隊を援護に行くんだ!」
蜀軍兵:「はっ!!」
俺は隊の兵に指示を飛ばし、晴の隊が交戦しているという魏軍の右翼へと向かった。
――◆――
―――――魏軍右翼、周倉・馬秋隊
晴 :「はあぁっ!!」
曹仁 :「おっと・・・・・!」
“ギィン!!”
晴の右手に持った刀が、曹仁のすぐ目の前をかすめる。
そこから間髪いれずに左手の刀で斬りつけるが、これは武器で払われた。
この二人の戦いが始まってから、既にどれくらい経っただろうか。
およそ一兵卒では目で追う事すらかなわない高速の攻防がずっと続いていた。
曹仁 :「それっ!!」
晴 :「くっ・・・・・!」
“ガギィイン!!”
今度は曹仁の一撃を、晴が二本の刀で止めた。
武器の巨大さもあるが、腕力では曹仁の方が僅かに上の様だ。
二人の攻防は、徐々に激しさを増して行く。
それに伴い晴は珍しく険しい表情を浮かべるが、それとは対照的に曹仁の表情はどんどん嬉々としたものに変わっていく。
曹仁 :「あははっ! いいね、いいね~♪ やっぱり強いよ君!」
晴 :「戦いの最中にいちいちうるさい奴だ。 少しは静かにできないのかい?」
“ギイイイィン!!”
言葉を交わしながら、互いの武器がぶつかり合い轟音が響く。
曹仁 :「さあね~。 私が負けたら、静かになるかもよ?」
晴 :「そうか。 なら、すぐに黙らせてやる・・・・・!」
そう言うと晴は少し距離を取り、両腰の刀に手を伸ばして構えた。
晴 :「七天罰刀―――“瞬・天”―――!!!」
曹仁 :「っ!!?」
瞬間、晴から目にもとまらぬ七太刀の暫撃が放たれる。
七本の刀全てによる時間にして一秒にも満たない暫撃は、その全てが確実に曹仁をとらえていたが・・・・・・
曹仁 :「わわわっ!!?」
“ギギギギギギギィン!!!”
晴 :「っ・・・・・・!?」
驚いたのは、技を放った晴の方だった。
曹仁は少し焦った様子を見せたものの、晴の七度の暫撃を全て防いで見せたのだ。
晴の“瞬天”は、複数を相手にした時よりも今回の様に一対一の場合にこそ意味がある。
ただ一本の刀で七回抜刀術を放つだけならば、速さにさえ着いていければその刀だけを見ていればいい。
しかし晴の場合はその七回の抜刀を全て違う刀で行う上に、その順番は完全にランダムである。
つまり、七本の刀の内どの方向から攻撃が来るのかが読めないのだ。
たとえ初見でなくとも、この晴の技を全て防ぎきるのは至難の技と言える。
曹仁 :「ふぅ~・・・・びっくりした。 今のは危なかったよ~」
晴 :「むぅ・・・・。 この技を初見で全て防がれたのは初めてだ」
正確に言えば、今まで七太刀全てを防ぎきれたのは五女の心だけだ。
しかし、それすら初見ではない。
曹仁 :「やっぱり楽しいね~♪ 次はどんな攻撃が来るのかな?」
晴 :「まったく・・・・。 つくづく気の抜ける奴だな。 だけど、なるほど・・・・・君にはこの技も通用しないようだから、少し戦い方を変えてみよう」
そう言うと、晴は急に足元に視線を落とした。
そこには、兵士達が使っていたであろう鉄剣が転がっている。
晴 :「よっ・・・・と」
“キン!”
すると晴は、自分の刀を使って地に転がっていた鉄剣を宙高くに打ち上げた。
空に上がった剣は、豆粒のように小さくなる高さまで上がっていく。
曹仁 :「ん~?」
晴 :「よっ・・・・・はっ・・・・・!」
“キン! キン! キン!”
その晴の行動を、曹仁は不思議そうに見上げている。
しかし晴はそんなことにはお構いなしに、次々と転がっている鉄剣を打ち上げていく。
曹仁 :「・・・・・あのさ、何してるの?」
晴 :「まぁ見てるといい。 よっと・・・・・・これくらいでいいかな」
最後の一本らしい鉄剣を打ち上げると、晴はやっと曹仁の方へと視線を戻した。
晴 :「ちょっと聞くが、ボクがどうして刀を七本持っていると思う?」
曹仁 :「へ? そんなの、その方が強いからじゃないの?」
晴 :「まぁ、半分はそうだけどね。 正確に言うと、これ以上持てないからさ」
曹仁 :「はい?」
晴 :「本当はもっとたくさんの刀を一度に使った方が強いんだけどね、さすがにこれ以上は動くのが遅くなってしまう。 だから七本が、ボクが今の速さで戦える限界なのさ」
曹仁 :「えっと・・・・つまりどういうこと?」
晴 :「つまり言いかえれば、その場に剣さえあれば、僕は更に強くなれる」
そう言うと、晴はゆっくり上空を指さした。
晴 :「さぁ、そろそろだ。 上を見てごらん?」
曹仁 :「上って・・・・・・・・・なっ!!?」
言われるがままに見上げた曹仁の表情が一気に驚きの色に染まった。
見上げたその先には、先ほど打ち上げたご本の刀が曹仁に向かって降り注ごうとしていたのだ。
だが、こんな状況でもすぐに曹仁は元の笑顔に戻る。
曹仁 :「ははっ♪ こんなの、全部叩き落として・・・・・」
晴 :「言っておくが、それだけじゃないぞ?」
曹仁 :「っ!!?」
不意に下側から聞こえた声に、曹仁が視線を落とす。
曹仁が上を見ていた一瞬の隙に間合いを詰めることくらい、晴には訳の無い事だった。
晴 :「・・・・さぁ、一緒に舞ってみようじゃないか」
鞘に収めた刀に手をかけながら、晴がもう一度小さく笑った。
晴 :「―――“剣乱舞踏(けんらんぶとう)”―――」
“ズギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!!”
曹仁 :「ぐぅ・・・・・っ!!」
次の瞬間、上から降り注ぐ五本の剣と晴の刀の波状攻撃が曹仁を襲った。
その全てを恐るべき反射速度で受け切る曹仁だが、さすがにその表情は険しい。
晴 :「ほう・・・・全部うけきるとはさすがだ。 並の相手なら今ので終わっているところだが・・・・だけど、この技はまだまだここからだよ?」
曹仁 :「なにっ?」
“キン! キキン!”
曹仁に弾かれ、下に落下するはずだった鉄剣を、晴は自分の剣で弾き再び空中に上げた。
弾かれた剣は曹仁を囲むように乱舞し、牙をむく
曹仁 :「これは・・・・・!?」
晴 :「そう、これは剣の檻だ。 逃げようとすれば、それだけ君を傷つける」
これが晴の二つ目の奥義、剣乱舞踏。
七本の刀に加え更に複数の刀で敵を囲み、その状態を維持したまま戦う。
たくさんの剣が転がっている戦場だからこそできる技。
曹仁 :「こんなもの・・・・・・痛っ!?」
なんとかこの状況から逃げ出そうと試みる曹仁だが、そうして動けば周囲に舞っている剣がその身体を傷つける。
だが動かずにいれば、晴自身の刀で斬られ重傷は免れない。
そもそも、この技は晴も言った様にそこらの将軍クラスの実力では最初の数秒で勝負が付いてしまう。
今こうして持ちこたえているこどだけでも、曹仁の実力を物語るには十分だった。
だが・・・・・
晴 :「さぁ、そろそろ終わりに・・・・・・」
曹仁 :「くっ・・・・こんのぉおおおおお゛ーーーーーーっ!!!!!」
晴 :「っ!!?」
“ズバァーーーンッ!!!”
単純な力技と呼ぶには、あまりにも豪快な一撃だった。
曹仁は大きく叫びながらの戟の一振りで、自分を囲んでいた剣を晴ごと吹き飛ばしたのだ。
まるで台風の時の様な風が吹き荒れ、周りの砂が舞い上がり曹仁を中心にして大きな砂嵐ができるほどだった。
その砂嵐が少しずつ収まり、中から先ほどの攻防でいくつか傷を負った曹仁が現れる。
晴 :「・・・・・はは。 少々どころか、こいつは本当にヤバい」
その曹仁の姿を見ながら、晴は苦虫をかみつぶしたように顔をゆがめる。
曹仁 :「痛タタ・・・・。 久しぶりだよ、血を流したのなんて・・・・・」
晴 :「こちらこそ、今までこの技で倒せなかったヤツはいないんだけどね・・・・・」
肩の切り傷を見ながら、小さく息を吐く曹仁。
しかし信じられない事に、この状況でもなおその顔には笑みが浮かんでいた。
いや、彼女からすれば、この状況だからこそ・・・・と言えるかもしれない。
曹仁 :「こっちだけ血を流してちゃ不公平でしょ? 次は、君の番だよ」
そう言いながら、曹仁は武器を構えなおす。
その瞬間、周りの空気が今までより更に重くなったように晴は感じた。
晴 :「さぁ・・・・それはどうかな?」
空気が変わった事を悟り、晴も刀を構える。
その表情には、もはやいつもの余裕はない。
章刀 :「晴―ーっ!!」
晴 :「! 章刀・・・・?」
そこへ、ようやく章刀の軍が到着した。
――◇――
夏候衡を退けた俺たちは、ようやく晴の下にたどり着いた。
そこにいたのは晴と、向かい合っている一人の少女。
しかも、その少女のまとっている威圧感は尋常じゃない。
多分この子が夏候衡が言っていた、曹仁なんだろう。
章刀 :「晴、大丈夫かっ!?」
晴 :「章刀・・・・どうしてここに?」
章刀 :「お前が苦戦してるって聞いて加勢に来たんだ」
晴 :「むぅ・・・・まったくお節介なやつだな」
俺が駆け寄ると、晴はいつもの調子で冗談交じりにそう言った。
だけどその額には汗が滲み、肩も大きく上下している。
こんな晴を見るのは初めてだ。
曹仁 :「あれあれ? 援軍のご到着?」
突然現れた俺に特に驚く様子も無く、曹仁は首をかしげていた。
そして俺をじろじろと見つめた後、戦場には不釣り合いなほどニコッと笑った。
曹仁 :「おー、君もかなり強そうだねー。 今日は良い日だなー♪」
章刀 :「・・・・?」
そのあまりにも場違いな雰囲気に、俺は困惑してしまった。
だがそんな俺を見ていた晴は、怪訝そうに言う。
晴 :「油断するな。 見た目はあれだが、力は本物だ」
章刀 :「・・・・・ああ、わかってるさ」
俺だって、相手の力量を計り間違えたりはしない。
恐らくこの子の実力は、心や晴と同等か・・・・・それ以上。
多分、俺が一人で戦えば勝つのは難しいだろう。
魏軍最強の将・・・・・どうやらはったりじゃないらしい。
曹仁 :「ね、どうする? 私は二人同時でもいいけど・・・・あ、でも一人ずつ楽しみたいし・・・・う~ん、これは悩むね~」
曹仁は、腕を組みながら首をかしげて悩んでいる。
だが彼女の答えを聞く前に、晴が一歩前に出た。
晴 :「下がっていろ章刀。 こいつはボクがやる」
章刀 :「晴、だけど・・・・・」
晴 :「こいつと今まで戦っていたのはボクだ。 なのに途中から二人がかりというのは好かない。 それに、こいつは個人的にボクが倒したい」
章刀 :「・・・・・わかった」
おそらく、晴にも晴なりのプライドがあるんだろう。
そう言った晴の顔は、今まで見た事が無い程真剣そのものだった。
少し悩んだが、俺は手を出さずその戦いを見守ることにした。
曹仁 :「うん! やっぱり先に君と決着つけなきゃだよね♪」
それを見て、曹仁も嬉しそうに構えた。
晴 :「待っていろ。 すぐにそんな笑顔もできなくしてやるぞ」
曹仁 :「それは楽しみだな~♪」
対照的な表情の二人がお互いに歩み寄り、距離が近くなっていく。
それに伴って、二人の間の空気が一気に張り詰めていくのが分かる。
そして・・・・・・・・・・・
“ジャーン!! ジャーン!!”
晴 :「っ!?」
章刀 :「・・・・何だ?」
二人が互いに斬りかかろうとしたその時、戦場に大きな銅鑼の音が響いた。
これは・・・・・・ウチの合図じゃない。
曹仁 :「あっちゃ~・・・・・もう時間か」
すると、銅鑼の音を聞いた曹仁がガリガリと残念そうに頭をかいていた。
晴 :「どういうことだ?」
曹仁 :「ごめんねっ。 今回は様子見のつもりだったんだけど、あんまり楽しくてつい本気になっちゃった。 でも、もう撤退の時間らしいんだ」
曹仁は、顔の前で両手を合わせてペコリと頭を下げた。
まるで、待ち合わせに遅刻した女の子が謝る様なノリだ。
晴 :「帰ると言うならこちらとしては止めはしないが・・・・・・ここまでやっておいて釈然としないな」
曹仁 :「大丈夫だよ。 近いうちに絶対また君とは戦うからさっ♪ あ、それからひとつ聞きたいんだけど・・・・・」
晴 :「・・・・?」
そう言うと、曹仁は何かを確かめるように晴の顔を覗き込んだ。
曹仁 :「君ってさ、ひょっとして“銀髪の盗賊狩り”じゃない?」
晴 :「っ・・・・・!?」
章刀 :「・・・・・・・?」
なんだ?
銀髪の・・・・・・なんとかって。
よく聞き取れなかったけど、曹仁の言葉を聞いて晴の表情が一気に驚きに変わったのが見て取れた。
曹仁 :「あっ、図星!? やっぱりねー。 どおりで強いはずだよ♪」
晴の反応をみて疑問が確信に変わったのか、曹仁の表情が一層嬉々としたものに変わった。
対照的に、晴の表情は一層険しい。
晴 :「・・・・・驚いたな。 まさか、その呼び名を知っている奴が魏にいるとは・・・・」
曹仁 :「そりゃ知ってるよ、有名人だからねー。 少し前から全く噂を聞かなかったけど、まさか蜀にいるとは思わなかったよ」
晴 :「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
なんだか分からないけど、曹仁は晴の事を知ってるのか?
それにしても、晴はどうしてあんな顔・・・・・・
曹仁 :「じゃ、私はそろそろ行くね。 また戦えるの楽しみにしてるよ。 “銀髪の盗賊狩り”さん♪」
そう言って手を振ると、曹仁は自分の兵を引き連れて後退していった。
その背中を、晴は変わらぬ表情でただ見つめていた。
章刀 :「晴・・・・・・」
俺は少し心配になって、晴に近づいた。
すると・・・・・・
晴 :「・・・・・ふぅ、疲れた」
章刀 :「え?」
晴はため息をつくと、空気の抜けた風船の様にヘナヘナと肩を落とした。
晴 :「まったく、あんな奴がいるとは聞いていないぞ。 おかげで全力でやってしまったじゃないか」
まるで子供の様に口をとがらせて、不満を言う晴。
章刀 :「晴、大丈夫なのか?」
晴 :「何がだい?」
章刀 :「何がって・・・・・」
さっきの曹仁の言葉で、少なからずショックを受けていた様な気がしたんだけど。
俺の気のせいなのか・・・・・・?
晴 :「そんなことより、敵は帰ったんだ。 ボクたちも戻るとしよう。 ボクは早く眠りたいよ」
章刀 :「・・・・・ああ、そうだな。 俺も疲れたよ」
なんだかいつも通りの様子の晴に、俺も苦笑しながら答えることにした。
もしかしたら、晴はいつも通りを装っているだけかもしれないけど。
“銀髪の盗賊狩り”・・・・・・。
それが一体何のことなのか、俺には分からないけど。
それは、今は聞かない方がいい気がした。
晴 :「何をしているんだ章刀。 早く行こう」
章刀 :「ああ、今行くよ」
なんだか、釈然としないところはあるけれど。
こうして、魏との初戦は大きな被害も出すことなく終わったのだった―――――――――――――――――――――――――
――◆――
――――魏・洛陽の城、玉座の間
司馬懿:「皆、お疲れ様。 ご苦労だったね」
蜀との大戦からしばらくして、魏の城に戻った曹仁たちは玉座の間へと集められていた。
集まった彼女らの前に立ち、司馬懿はねぎらいの言葉をかける。
夏候充:「別にどうということはない。 しかし、もう少しで関興を討ち取れたものを・・・・良いところで撤退の合図を出しおって!」
夏候充は、向かいに立っていた荀惲を睨みつけた。
あの撤退の合図を出したのは、他でもない荀惲だったのだ。
荀惲 :「仕方ないでしょう!? こっちにだって機というものがあるのよ! それにもう少しで討ち取れたですって? 結構苦戦していたくせに」
夏候充:「なにおう!?」
夏候衡:「よさないか春玲(しゅんれい)。 今回は敵を討つのが目的ではなかったのだ。 栄花(えいふぁ)の判断は正しいよ」
夏候充:「むぅ、秋玲(しゅうれい)がそう言うなら・・・・・」
夏候衡になだめられ、夏候充は叱られた子犬の様に肩を落とした。
司馬懿:「それで皆、蜀の力はどうだった? 話を聞かせて欲しい」
張虎 :「ウチがやったんは呂玲埼っちゅうヤツやったけど、ありゃ強いで。 正直、今日あのままやっとったら負けとったかもしれへん」
夏候充:「先ほどの栄花の話を認めるわけではないが、関興も相当なものだ。 さすがに武神・関羽の娘と言うところか」
夏候衡:「それを言うなら関平もだ。 真から話を聞いて警戒はしていたつもりだったが、まさかあれほどとは・・・・・」
司馬懿:「そうか、関平か・・・・・」
章刀の名が出て来た事に、司馬懿は嬉しそうに口の端をつり上げた。
そして、次は曹仁の方へと目を向ける。
司馬懿:「それから、咲夜」
曹仁 :「んー?」
司馬懿:「やけに機嫌がよさそうだけど、何か良い事でもあったのかい?」
曹仁 :「えへへ、分かる? 実はね、すっごく面白い相手を見つけたんだ♪ 本当に本気を出したのは久しぶりだよ」
荀惲 :「咲夜が本気でやっても勝てなかったの!?」
司馬懿:「へぇ・・・・・それは驚いたな。 まさか蜀にそれほどの将が居るなんて」
曹仁 :「だから、次に戦う時は絶対私が戦うからね! 誰もとっちゃダメだよ?」
夏候衡:「取らんよ。 だいいち、お前と互角の相手など私たちでは荷が重い」
この夏候衡の意見には、だれも反論をしなかった。
それほど、曹仁の実力は魏軍でも圧倒的なのだ。
司馬懿:「とにかく、今回は敵の力を見るためとはいえ戦闘半ばで撤退したんだ。 皆には苦い思いをさせてしまったと思う。 けれど、今回の戦いで蜀は手の内のほとんどをさらしたと言ってもいい」
荀惲 :「まぁ、そうでしょうね。 将軍も全員出てきていた様だし」
司馬懿:「おそらく向こうはこちらを圧倒して今後の士気を削ぐつもりだったんだろうけど、もとより勝つつもりの無い戦いに負けたところでさほど影響はでないさ。 名高き臥竜と龐雛の娘も、少々つめが甘いようだ」
集まった面々の顔を見渡しながら、司馬懿は言う。
そして、この先の勝利を確信するように細く笑った。
司馬懿:「覚悟はいいね皆。 次の戦いが終わる時が、僕らの王が天下をとる時だ・・・・!!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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ギリギリひと月以内の更新になりますww
ずっと思ってますが、戦闘シーンを書くのって難しいです 汗
なんとかごまかしごまかしで書いた感じになってるので、温かい目で見てやってください 礼