No.496646

ブルーアースより。(仮題)

yui0624さん

十五歳の少年、来島サインは『一気圧の者<ワンアトムス>』の体<バディ>を持っている。 西暦二十四世紀、宇宙暦ニ四六年。人々はテラフォーミング技術を発展させた『星造技術<スターメイク>』を駆使して宇宙に散らばり、巨大な生存ネットワークを形成していた。 そんな中、母星地球を中心とした優星帯域から遠く離れたド田舎惑星、劣星シュトアでは、時代差により優星帯域から少し遅れて「ロゥノイド移民法案反対勢力の活発化」が起きていた。 劣星シュトアを統一するザイロン王国第三王女、紫苑の直属兵士である来島サインは、勅命により反対勢力と戦わなくてはならなくなるが……。 「正直言って、めんどくせえ」 星間政府、時代差、ロゥノイド……そして"魔法器官"が目を覚ます。 存在<バディ>と思想<キャラクター>が交錯する、新感覚スペースアクション……になったらいいかなあ、と。 http://ncode.syosetu.com/n9212bj/ こちらでメインで投稿しております。

2012-10-15 22:52:20 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:590   閲覧ユーザー数:589

 

 

ブルーアースより

 

 

 

一章

 

 

 

 

 

 少年の身体(バディ)に、約0・25G(クォーター)では軽快にすぎる。

 少年、来島サインが纏う勇ましきザイロン王国の軍服が、甘い匂いのする夏風を切り裂いた。

 流れる黒髪、うらぶれた灰色の街並みに不釣合いな旧式のゴーグル型スマートアイ、低い鼻、引き結んだかさかさの唇、肩に縫い付けられた紫苑の花を頂く三つ月は第三王女直属兵士の証、細い腰を締める二重ベルト、ひび割れたアスファルトを叩く軍靴、

 ――その靴音に、サインは顔をしかめた。

 その少年の、一見すると暴力的な装備姿(バディ)には、しかしその所作のせいでいまいち煮え切れない幼い思想(キャラクター)が表出していた。

 

 先導する男の名前も、それに続く兵士たちの名前も、サインは知らないし興味もない。

 その兵団の最後尾に、ひときわ小柄で細身の少年が駆け足で続くのは、劣星シュトアを統一するザイロン王国の第三王女、紫苑からの勅命が下ったからに他ならない。

「ロゥノイド移民法案反対勢力の集会を討伐するザイロン自衛軍の作戦に参加せよ」

 何が不満なのかというと、サインの仕事は兵団の端っこに加えてもらって、見ているだけだからだ。サインは腰に軍刀と小銃を携えているし、母星地球に生まれ育った影響で『一気圧の者』(ワンアトムス)の体(バディ)を持っている。

その能力があるだけでも、兵士としては一目置かれる。

母星地球を周回している自然月(ムーン)よりも少しばかり大きいだけの惑星シュトアに育った人間と比べると、一気圧=1Gで育ったサインの身体能力は小柄ながら驚異的だ。法律によって普段その活動を制限するための枷が必要となるほどに。

 それだけの能力を持っているのだから、兵団に加えてもらったからには暴れまわって戦果を上げたいのかといえば、まるっきり逆だ。

 サインは、帰りたいのだ。

 そもそも王女の直属兵士になった理由自体、サインはよく分かっていない。

 歴史的なロゥノイド独立戦線の余波に巻き込まれて家族を失ったサインの元に、たまたま王女紫苑がい合わせて、たまたま気に入られて、たまたま「あなた、私の部下になりなさい」と曰われて、地球や火星を孕んだ優星帯域から約0・25光年(クォーター)近く離れたドの付く田舎に連れてこられたのが始まりだった。

 一人だったサインに温かい両親と可愛い妹ができたはいいものの、時折低級中学校の授業があるなしに関わらず、あるいは休日の予定のあるなしに関わらず、終いには朝昼夜の時間に関わらず「勅命です」の一言で呼び出されては、こうして意味があるのかないのかイマイチよくわからない作戦に駆り出される日々だった。

 その日々も、もうすぐで三年になる。

 サインは現在、中学三年生だった。

 そもそも、そんな十五歳の少年が戦闘作戦に積極的に参加するということ自体もあまり公にしたいものではないのかもしれない、とは思うけれど。

 じゃあ、最初から参加させんなよ、と思うのだ。

 帰ってお菓子を食べながらゲームでもしていたほうが百倍マシだ。

 

「めんどくせー」

 ぼそりと胸中で呟く。

 如何に、約0・25光年(クォーター)という距離の関係で優星諸国との時代差がある劣星シュトアと言えども当然無線通信は備えており、間違ってもそんな言葉を口にしてしまえば前方を駆けるオッサン共から非難の視線を浴びることは請け合いだった。

 彼らは皆少尉か中尉で、平均年齢は二十代後半だ。隊長を務める男も三十を少し上回る程度の、大尉だ。

 彼らの統率のとれた装備姿(バディ)には、律儀さ、勤勉さ、実直さという、サインが五年くらい前に地球は日本に忘れてきてしまった思想(キャラ)が表出していた。

 そんな中で、十五歳の少年である王女直属兵のサインは、名目上大尉なのだ。

 この異常事態が、またしても面倒くさい。

 サインの存在に何も言われない今回の部隊は、むしろマシだとも言えた。

 以前参加した部隊などでは、中学生でも分かるような直接的な嫌味や皮肉ならまだしも、明確に暴力や罵詈雑言を浴びたこともあるし、王女からのいささかわがままともとれる、「勅命」という不憫な役柄で作戦の監視をするだけなのにも関わらず、わざと最前線に行かざるをえないような編隊を組まされたこともある。

 それでも律儀に命令に従っている自分はなんて健気なのだろう、とサインは思う。

 従うしかないのが実際なのだけれど。

 本当はゲームをしたり、上級学校に通う愛しい妹を遊びに誘ってデートと勘違いされたり、家でゴロゴロして本や漫画を読むのが好きなのに。

 どうして重たい装備を抱えて自分とほとんど関係のない極めて政治的な作戦に参加させられているのだろうか。

 空を見あげれば真っさらな青空が広がっていた、皮肉にも。

 夏なのに。雲もないのは珍しいなあなんて思ったりした。

 夏なのだから、どうせ劣星なのだから。せめて健康にあまりよろしくなさそうな環境管理されていない薄汚い大気の元で、登山や海水浴に若い肉体(バディ)を発散させてやりたいと思うのが良い思想(キャラクター)というものではなかろうか。

 ため息一つ。

 昔から、ミスや怪我はこういう気の抜けた時に起こるものだと相場が決まっている。

 良くないことが起こらなければいいけれど、なんて思ったりもした。

 

 作戦は三部隊に分けて行われた。

 隊長同士が情報を交わし合い、三つの部隊は位置に付く。サインの部隊も駆け足を辞め、その場に屈んで待機となった。

 場所は首都ザイロン市南西にある、比較的上級市民も下級市民も混ざり合う雑多な街の一角だった。少し離れたところでは、大きな駅や商店街が広がっているはずだが、その中心部と比べると、幾分サインたちがいる場所は静かだ。それでも決して人通りは少なくなく、少し先にある大通りに目を走らせれば、小洒落たカフェや、いつからそこにあってなんのために現存しているのか理解しがたいような古い雑居ビルが並んでいる。

「よし、一番部隊、二番部隊の突入を待って待機」

 隊長がそう告げた瞬間、十人ほどの部隊から、ささやかな吐息が零れた。

 

 西暦二三五十年=宇宙暦ニ四六年。

 宇宙暦とはすなわち、星間政府発足から数えた年であり、初めて宇宙空間に独立国家が生まれた瞬間から数えた年でもある。月面国家アジン――星間政府の中枢を置くその都市が、宇宙暦を初めた。

 人々はテラフォーミング技術を発展させた『星造技術』(スターメイク)を駆使して宇宙に散らばり、巨大な生存ネットワークを形成した。

母星地球と月面国家アジンを中心、あるいは尖端として、太陽から離れていく方向へ人類は生存ネットワークを広げていった。その、母星地球と最も離れた星が、星間政府の管理する宇宙開拓衛星シャープだ。

そこには、宇宙のさらに先で起こっている現象を観測するための機器や研究設備が運び込まれている、らしい。

 地球・シャープ間の平均距離はおよそ半光年(ハーフ)と呼ばれており、さすがにそのシャープ付近には人が定住している星はほとんど存在していない。

 人類が定住している惑星の中でも、特に母星地球に近く、技術の発展速度がお互いに拮抗している惑星を優星と呼び、それらの密集している空間を優星帯域と呼ぶ。

反対に、地球から遠ざかり、物理的な距離差のせいで技術=時代が著しく遅れてしまった星たちを劣星と呼ぶ。そして、サインが現在暮らしている惑星シュトアは、劣星である。

 つまり、必然的に技術的遅延=時代差というものが発生してしまう。

 技術だけではない。

 物資が足りず、多くの劣星は地球型惑星ほどの大きさを持つことが許されない。

 それが劣星諸国が『星造技術』(スターメイク)にかけられる経済的限界だったから。

 だから重力が足りず、惑星シュトアの圧力は一気圧の約四分の一=約0・25G(クォーター)と呼ばれている。

 

「一番隊、二番隊、突入」

 ゴーグル型スマートアイのバンド、耳部分のスピーカーから、他部隊の人間の声が聞こえた。スマートアイは、小型化されたパソコンの一種で、それ自体は二百年以上前に発明されたものだ。優星諸国ではとっくの昔に眼球に移植するディスプレイ技術が開発されているため、わざわざ重たいゴーグル型やグラス型を使用している者は稀だが、シュトアではそれだけの設備が存在しないため、必然的に旧式の物を用いている。しかも、それすら部隊内で装備しているのは王女直属のサインだけで、他の隊員の装備は古き良きトランシーバーだ。

 サインもかつては、優星の最たる母星地球で暮らしていた。

 ド田舎惑星も住んでみればなんとかなるもので、今の暮らしに特別な不満を感じてはいなかった。

 王女直属という身分故に、経済的にも困らない。

学校も、バカは多いが悪いやつは少ない。

このままザイロン王国で一生を終えるのもいいのかもしれない、とすら最近は思う。

 それでも、憂鬱だ。

 あるいは、人間がその憂鬱だという感情を消し去ることは、宇宙のどこへ行っても叶わないことなのかもしれない。

 人間という殻(バディ)がある限り。

 

 中学三年生のサインは、夏を控えてあるイベントを終わらせたところだった。

 そのことを、路上立膝という退屈な待機時間に思い出していた。

 イベント=進路希望調査。

 宇宙に時代差という格差があるように、ちっぽけな惑星内にも格差というものが存在する。ザイロン王国では、生まれた瞬間から、その家庭の経済状況によって下級市民と上級市民とに分けられる。誰かがそうしたのではなく、そうならざるを得なかった。

 金持ちの家は自分の子供を少しでもよく育てようとする。

 公立の学校の利用者は、金のない下級市民となり、貴族や上級市民は自然と家庭教師を雇うようになる。そういう者たちを客にするために上級学校が開かれ、そこで学んだ人間が社会を作り、ビジネスを行う。

 必然、格差は広がる。

 政治で格差を埋めるにも、下級市民は学んできた絶対量が足りないため、政治家を目指す上級市民や貴族に論理で勝てないのだ。

 中には、小学生に速読や速記を教える上級学校まで存在するほどである。

 そうすることで、より多くの知識を短時間に詰め込めるからだ。

 第三王女紫苑が、整った顔を歪め、思想(キャラ)を込めて「この星は腐敗している」とこぼしているのには、サインも頷くばかりだった。

 

 

「なんだ、こいつは」

 全隊員の耳元に、不吉な声が流れた。

 その直後、激しい音が耳を叩いた。

銃声だった。

一斉に全員が顔を上げる、サインも。

 目標地点の建物は小奇麗な雑居ビルの一つで、サインたちの部隊はいわば後衛だった。ビルから少し離れたところに待機し、突入する一番隊、二番隊をアシストする。

 一番隊と二番隊は、それぞれ表の階段と、屋上から突入する。

 発端は、近頃ようやくザイロン王国にも普及し始めたインターネットだ。その掲示板に書き込まれたある文句が、問題となった。

「ロゥノイド移民法案反対」という大それた文句の掲示板に書き込まれた文句は、「この機会に、人の在り方というものに異議を唱えるべきではないか」というものから始まった。その後とうとうと持論を展開した末に、書き込み者は、

「私はロゥノイドを含む全ての存在に異議を投げかけ、その答として死を与えたいと願う。賛同者は七月二十日、下記に集合せよ」

 と締めていた。

 その集合場所こそが、その三階建て雑居ビルの二階にあるバーであった。

 ロゥノイドを狙った犯罪が増えている中で、この書き込みは、計画的にロゥノイドを敵視する集団の発生であると判断した政府は、ザイロン市自衛軍の出動を要請した。

 書き込みの中には、強力な武器を持っていることをうそぶくような文言もあったためである。

 

 サインは、顔をしかめた。

 銃声が聞こえる。一つや二つではない。続けざまに、だ。

その幾多もの音が街に響き渡る。窓ガラスが割れる音がして、コンクリートや木など、様々な硬さを持った何かが砕ける音が聞こえた。

「……応援を、要請」

 砂嵐を擦るような雑音の中で聞こえたその言葉に、隊長が振り向いた。サインは目を逸らしたが、後衛の突入は決定したようなものだった。

 瞬間、全員の耳元の無線通信にはっきりと流れた声があった。誰の声なのかはわからない。

「逃げろ」

 間を置かず、壮絶な悲鳴。

 ひきつっている。サインは、自分の頬がひきつっているのが分かった。

 違う。この敵は、今まで自分が見てきた敵と違う。

 自分が今まで投入されてきた作戦が、大したものじゃないということくらいは子供の頭でも理解していた。事実、サインは人に向かって引き金を引いたことがないし、やばいと思ったときは躊躇わずに逃げていた。紫苑も、勅命を下しはしても、逃げ帰ってきたサインを咎めるようなことはしなかった。

 やばい。

 今回は、本当に。

 サインは、根拠もなくそう思った。

 しかし。

「行くぞ」

 立ち上がった隊長、後に続く部下。サインも、重たい腰を上げた。腰の小銃を引き抜いて、お守りを握り締める受験生のように握りしめた。

 軍靴を鳴らし、部隊は狭い階段を目指した。

 

「おい、『一気圧の者』(ワンアトムス)」

 隊長の声だ。無線から聞こえる。

「はい」

「俺たちは階段で二階に突入する。だから、同時にお前は割れた窓から突入しろ。敵は全員撃て。銃声が聞こえただろう。死にたくなければ、敵を撃て」

「了解」

 部隊と分かれて、サインは道に残りビルの窓を見上げた。

 全力を出すまでもない。窓までは四メートルくらいだろうか。

 窓ガラスは粉々に砕けてサインの足元に散らばっていた。ぽっかりと口を開けた窓だった空間からは、皮を突き破って骨が飛び出てきたような見栄えで窓枠のアルミサッシが変形して飛び出していた。ささくれだつように風に揺られながら飛び出している白い枝は、サンシェードだ。相当取り替えていないのか、見た目は白ボケたような木の枝にしか見えないが、元の色は白のほうだろう。ガラスやプラスチック片の他にも、道には木くずや銃弾が散らばっている。

 

 『一気圧の者』(ワンアトムス)のサインは、ザイロン人の四倍近い高さまで跳躍することができる。

 だからこそ、今回のような扱われ方をすることは珍しいことではないし、王女の護衛としては、うってつけの身体能力だとも言える。

 比較的大きな質量の惑星に居住する優星諸国に比べ、劣星であるシュトアなどの住民は、平均体重にして五分の一ほど軽くなる傾向があると言われている。筋肉や骨格の成長からくる違いだ。体格面から、サインは戦闘で有利なのだった。

 それでも、恐いものは恐い。

「3、2、1、ゴー!」

 南無三っ。

 膝を曲げ、ゆるりと飛んだ。わけない高さだった。本当にやばそうだったら、その脚力で全力で逃げるつもりだった。突入だけはしよう。そんな律儀さをサインは持っていた。自分の脚力なら、銃を向けられてもぎりぎり逃げ切れる。

 立ち向かうことはできないが、銃口を向けられても脚が固まらずに逃げられる程度には、この生活に慣れてしまった。

 この腐敗した生活に、慣れてしまった。

 とはいえ恐怖をしっかりがちがちの両手指に抱き込んだまま、暗い室内に飛び込んだ瞬間、サインは、おかしな存在を見た。

 男がいた。

 その男の周囲に、数え切れない数の拳銃が、浮いていた。

 

 男は分厚いコートを着ていた。

 頭は刈りあげており、顔は鉄を無理やり彫刻したように無骨だった。彫りが深く、体格(バディ)は熊のようで、一目でザイロン王国の人間ではないことが分かった。地を踏みしめる丸太のような脚から、劣星の育ちではなさそうだ、と推察できる。

 その男の姿(バディ)には、苛烈な思想(キャラ)が表出していた。

 男は、銃を乱射していた。

 いや、男が撃っているのかはわからない。

なにしろ男は薄暗いバーのほぼ中央に仁王立ちで、腕も脚も全く動かすことなく、ただ立ち尽くしているのだ。そして、男の周囲に浮かんでいる無数の拳銃が、一人でに弾を吐き出し続けている。まるで拳銃の一つ一つに男の苛烈な思想(キャラ)が宿ったかのような光景だった。

 サインが降り立ったのは砕けた木製の客席の傍だった。

同時に突入した部隊が男に銃を向け発砲していた。

男がサインを一瞥した。

男の背後に幾つかの人影が見えた=決起した集団だろう。

男は彼らを守るように立ちふさがっていた。

 サインは拳銃を男に向けずに、握りしめたまま転がった。男はサインを一瞥しただけで、視線を本体=第三部隊へと戻した。にも関わらず、男を囲っていた拳銃の幾つかは確かにサインに銃口を向けたのだ。何者の手も借りず。

 魔法だ、とサインは思った。

 銃声は止まない。部隊は蜂のように狭いバーに散開し、撃たれながら=避けながら、男の周囲で放たれてゆく銃弾に応戦する。

 しかし、それが無駄な行為であることに、サインは気が付いた。部隊の誰もが、悟ったかのように同時に気が付いた。

 一発足りとも男に届いてはいない。それどころか、男の背後にすら当たっていない。

 バーの中、男を挟んで奥は傷一つつかず、綺麗なままだ。

 一方、サインや第三部隊、その他先行した部隊の死体(バディ)が転がっている店のもう半分は、爆発でも起こったかのようにぐちゃぐちゃにかき回されていた。

 そしてさらに、全員の目の前で起こっている出来事にはにわかには信じがたかった。

 男めがけて放たれた自衛軍の銃弾は、男の付近、浮かび上がり硝煙を撒き散らす拳銃の傍までくると、ぴたりと突進を辞める。

そして、次の瞬間消える。

消えた弾がどこへいってしまったのか誰もが一瞬戸惑うが、その答えは身を持って知ることになる。男へ向かって放たれた銃弾は、まるで見えないバットで打ち返されたかのように跳ね返ってくるのだ。

 やがて、誰も撃てなくなった、男以外は。

 その浮かぶ拳銃を操っているのが男であるということは、最早明白だった。

 サインは転がり、飛び交う銃弾の息遣いを頭上に感じながら、一つの決断を下した。その頃にはもう、室内で生き残っている自衛軍は片手の指で数えられるほどになっていた。

 当然だ、男に銃弾は届かず、跳ね返ってくる銃弾を合わせれば、男の発砲数はこちらの倍近いものになる。先行部隊の銃撃戦がどれだけ壮絶なものだったかは、想像するに難くない。

 ただの、小さな反政府勢力の鎮圧にすぎないと誰もがタカをくくっていたものだから、閃光弾や催涙弾を使用しようなどとは、誰一人として欠片も思っていなかった。

仮に敵が武装していたとしても、建物にはいった人数や性別などを考え、大した装備はないだろうと踏んでいた。突入し、拳銃の数を見せて「手をあげろ(ハンズアップ)」で終了だと思っていたのだ。

 全くもって、違った。

 待ち受けていたのは化物だった。

 

 サインは息を止め、じわりと滲む目をつむり、自分が入ってきた窓へ突進した。

 思想(キャラ)は力で、体(バディ)は権利だ。

 体(バディ)を横にして回転させ、窓枠下辺にぶつかりながら、外=空中=二階の高さへと転がり出た。何発か、男が放った銃弾を脚や肩に浴びたが、諸々の恐怖が交じり合い、それが最早恐怖なのか痛みなのか震えなのか、皆目見当のつかない有様だった。

 空中で目を開く。

 自分=自身(キャラクター・アンド・バディ)は生きている。

 素早く体をくの字に曲げると着地し、地面を強く、強く蹴った。

 肩越しに振り返ると、暗闇の中の男と目があった気がした。浮かぶ銃口が三つほど窓の外まで飛び出て追いかけてこようとしているように見えたが、サインは前を向き、ちょうど目の前に現れたビルの壁を蹴って強く、早く、加速し飛翔した。

 追ってはこないようだった。

 ずきん、と体(バディ)が痛み、見ると肩と脚から血が出ていた。

 そのまま、サインは下町の景色を眼下に川のごとく流しながら、ザイロン市内北区方向へと逃げ去った。

 

 

 

 

 軍服の上着を脱ぐと、サインは肩の傷を隠しながら歩いた。

 ザイロン北駅はサインが最も日常的に使用する駅で、そのロータリーを横切り、繁華街から住宅地方向へ歩く。途中、コンビニの裏にあったコインロッカーを開けて私物のジャケットを取り出すとそれを着た。ジャケットの裏地には、過去に傷をうけたときの血痕がついている。そして今日、上書きするはめになってしまった。

 軍服のジャケットを抱えてしばらく生ゴミ臭い川沿いを歩くと、低級市民を箱に詰め込んで組み合わせてぶちこんだような、集合住宅(アパート)街の一角が現れる。

 そのあたりは特別に家賃の低い土地で、それ以下になるとホームレスなどがたむろする、本当の貧民街になる。つまり、ザイロン市北区のその一角=北第二区は、ぎりぎり貧民街に浸かっていない、低級市民街だ。

 北第一区と言えば、ショッピングセンターや商店街、国家施設、市営施設、学校などがひしめき合うやや賑やかな場所で、そこへ徒歩で出られる位置に低級市民街がある理由は、単純に浄水場、発電所、工場などが多く、空気や水が悪いからだ。

 北第三区に行けばまだマシで、サインの両親や上級学校へ特待生で通っている妹は第三区に住んでいる。

 が、しかし、サインが第二区に住んでいるのには理由があった。

 

 川沿いに立つ素人が廃材を組み合わせて作ったのではないかと疑いたくなるような外見のアパートに入る。

 銃痕のせいで、サインの足取りはおぼつかない。

 ゴーグル型スマートアイの接肌部分が異様に熱く、汗ばんでいる。外せばよかったと後悔したが、既に腕を上げるのも億劫だった。

 三階に上がる、歩いてみるとわかるが、意外と建物の造りは強い。

「来島サイン」という文字を掲げた部屋の、隣の部屋の前に立ち、サインはインターフォンを押した。押す時にかしゃこ、と間抜けな音のするアナクロじみたインターフォンだ。プラスチックの外装が人工陽光に焼けてひび割れている。

 そもそも時代差を考えれば、惑星シュトア=ザイロン王国そのものがアナクロなのだが。

「はい」

「来島です」

「はい、今開けますね」

 部屋の中から、女の子の声がした。

 その声色から、物腰の丁寧さ、気品の良さが思想(キャラ)として表出していた。

 はっきり言えば、集合住宅(ボロアパート)の景観が不釣合いなほどに。

「お帰りなさいませ、サインさん……お怪我なさったんですか!?」

 扉を開いて現れたのは、若い女性だ。

 女性と言っても、サインよりも歳が五つほど上なだけで、その歳からすればむしろ見た目は幼く見えるほどだ。背も優星出身としては比較的小柄なサインよりもさらに低い。

 その出で立ちは、母星地球は日本の、古い給仕服がデザインとしては最も近い。

 弁柄の上は着物のように袖が広く、紺の下はロングスカートのように脚を隠している。。

 その格好は、そもそもザイロン王国を打ち立てた人間の起源が日本にあることから始まる。

『星造時代』=『星造技術』(スターメイク)がまだ一般的だった時代をそう呼び、その頃母星地球から多くの星間移民船が出発した。そのうちの一つ、日本から旅立った船が造った星の一つが惑星シュトアであり、そこに根ざしたシュトア人が作り上げたのが、ザイロン王国だ。

 現在のザイロンは時代としては二十一世紀初頭の日本に近いが、その端々には日本という文化が色濃く残っている場所や、あるいは宇宙時代の影響を大きくうけた部分などが混在している。

 特に服などは優星技術の影響を受けやすいため、街で和服を着ている人間はそう多くない。

 すなわち、女性はただの低級市民ではなかった。というよりも、そもそも低級市民ではないし、まして上級市民でもない。

 れっきとした貴族だった。

『星造時代』の開拓に貢献した一族の末裔だ。

「ちょっと看てもらえますか、かなり大したことあるんで」

「もちろんです、さあ上がって下さい」

 部屋に上がると、これまた異様な光景が広がっていた。

 狭いアパートのワンルームの中に、上級市民の家庭で使用されているような家具や調度品が、落ち着いた物腰で座している。

 その一つ、レースを敷いたソファに勧められたサインは、首を横に振った。

「脚も怪我してるんで、シャワー貸してもらえますか」

「わかりました」

 高価な調度品に血をつけるわけにはいかなかった。

 サインが脱衣所で服を脱いでいる間に、女性は救急箱を持ってきた。怪我をすると、いつも地球=優星帯域では常識と化しているメディカルシステムのことを思い出す。寂しさや郷愁というわけではないが、むしろ物悲しさに近いものを感じてしまう。

 サインは、シャワーを肩の傷にかけてもらい、痛みに顔をしかめながら尋ねた。

「キョウコさん」

「はい?」

「お姫様はどこに?」

「姫様はテラスで読書中です」

「キョウコさん、何度も言うけど生ゴミと生乾きの洗濯物が混じった匂いのするドブ川を見下ろす足場をテラスとは言いません。それはベランダです」

「あ、失礼しました……」

 洗浄し、アルコールをかけ、優星から輸入した貴重なメディカルシートを貼りつけて包帯で止める。キョウコと呼ばれた女性の手際は見事なものだった。

「ありがとうございます」

「いえいえ。これが仕事ですから。久々にサインさんの成長も見られましたし」

「キョウコさん、どこ見て言ってるんですか」

「大腿筋です」

「本当に大腿筋しか見てませんでしたか!?」

 それはそれですごい技術だ。というか大腿筋の成長を見てそんなに楽しいだろうか。

「相変わらず変態なんですから、お姫様に言いつけますよ」

「大丈夫ですよ、もうその点に関しては姫様には見放されてますから」

「それ全然大丈夫じゃないです」

 血のついた服をたたんだところで、キョウコは尋ねてきた。

「これ、クリーニングに、」

「ああ、いいですいいです、自分で洗濯しますから」

「でも」

「いいですから」

 キョウコに任せると貴族仕様の高級クリーニングに出されてしまい、軍服の存在意義を見失いかねないという経験があった。サインは奪い取るようにキョウコの細腕から軍服を受け取る。

 

脱衣所を出てワンルームの部屋に戻ると、

 空気が変わった。

 変わる原因があった。

「首尾を」

 ただ一言。

 サインの目の前に、一人の少女が立っていた。

 ザイロン王国第三王女、紫苑。

 黒髪、黒い瞳、僅かに黄色人種の血を感じさせはするが、しかし透き通った肌はサインの目には限りなく透明に映った。

 キョウコと同じように和風の衣服に身を包んでいるが、その細部に施された装飾、細工には圧倒的な格が存在している。

 そのほっそりとした気品のある神体(バディ)には、頑なに燃え上がる思想(キャラ)が表出していた。

 きり、と据えられた眼差し、あるいは背筋、指先、つま先、髪の一本まで研ぎ澄まされた緊張、気品、もしくは熱意。それらの穏やかさと、拭きあげるような熱量がないまぜになって同居している姿(バディ)。

 それはそのまま思想(キャラクター)だった。

 

 

 紫苑は、左手に文庫本を持ち、右手に鼻栓を持っていた。

 背景のアパート内壁と合わさって、サインは、思わず吹き出した。

「な、何がおかしいのですか」

「いや、まだやっているんだなあ、と思って。強情だなあと思って」

 幼い頃から王城で育った紫苑には、幾つかの頑なさ=幼さ=思想(キャラ)があった。

「仕方ないでしょう、狭い部屋にいるとストレスが溜まるのです」

「自分で住むって言い出したくせに」

 紫苑は唇を尖らせて、目を細める。そうすると、一気に表情(キャラ)が幼くなった。年齢はサインの三つ上で、侍女のキョウコの二つ下になる。

「これでも慣れたんですよ。昔はこの部屋で眠ることもできませんでしたから。ゆっくり本を読むときくらいは外に出たいのです」

「さすがに外で眠るわけにはまいりませんからねえ」キョウコの苦笑。

「第一区に行けば喫茶店でもテラスでもなんでもあるのに」

「来島大尉の報告を聞かなければなりませんから、席を外せなかったのです」

「あーそーですか」

「あ、今、やっぱり強情だ、って思ったでしょう。そういう顔をしてました」

「いーえーしてませんよー」

 軽口を叩くサインに呆れ=諦めて、紫苑はソファに腰掛けた。

 すっと、神妙な顔つきになった。

 キョウコはキッチンでお湯を沸かし始める。戸棚を開けたりする音とともに、甘い香りが漂った。

「それで、一人でこんなに早く逃げ帰ってきたわけを教えて頂きましょうか。怪我の理由も」

 サインは頷き、畳まれた軍服と一緒に抱えていたスマートアイを差し出した。

「映像記録と通信記録が残っていると思う。まずはそれを見て欲しい」

 

 

 ひと通りの映像と通信を再生した後、紫苑は眉間に一層皺を寄せきっていた。

「悪い予感が当たりましたね」

「悪い予感?」

 すっと、紫苑が眉間の皺を消して、薄く微笑んだ。

 机の上には紅茶とクッキーが並んでいたが、口を付けたのは紫苑だけだ。座っているのも紫苑だけで、キョウコは紫苑の後ろに立ち、サインは紫苑の横に立っている。

 窓の外を、一羽のカラスが過ぎ去った。

 空はうっすらと白み、夕方が近づいていた。

 外から、廃品回収のトラックの広告音声が流れてくる。

 長閑だった。異常なほどに、求めていたつかの間の休息を、サインはようやく感じた。

「来島大尉、よく生きて帰って来てくれました」

「どういうことですか」

 紫苑がキョウコに目配せすると、キョウコは部屋の奥にあった棚から一冊のファイルを取り出し、その中から一枚の紙を取り出した。それを受け取った紫苑が、紙面をサインに見せる。

「星間政府から正式に声明がありました。魔法器官『意識電磁誘導(E・I・C)』の違法使用履歴が確認されたため、星間政府は直ちにこれに対処することを決定しました」

「はあ」紫苑が何を言っているのか全く分からない。

「映像履歴から違法使用者とされている人物候補が上がっていましたが、先ほど見せて頂いた来島大尉のスマートアイ映像の男が、その候補の内の一人と一致しています。映像解析をかけなければ断言はできませんが、まず違法使用者候補、コンラッド・ファズに間違いないでしょう。既に、映像履歴の地天である第三劣星軌道港に、星間政府からの派遣協力員が駐屯しています。ザイロン王国から協力要請を出して、本国に派遣員を召喚することにします」

「……つまり、どういうこと」

 紫苑の目配せを受けて、キョウコが口を開いた。

「えー、つまりですね、今回サインさんが接触した敵が、違法な魔法器官を使用しておりますので、星間政府からの派遣員と連携して逮捕に乗り出すことになりそうだ、ということです」

「……あの、魔法器官って、なに?」

 

 紫苑とキョウコは目をあわせて、そして盛大にため息をついた。

 キョウコが苦笑いで口を開く。

「魔法器官とは、正式に説明すると、「星間政府の技術管理法に定められている複製・習学・理解を、一部の資格者を除いて禁止されている技術」のことです。分かりやすく言うと、あまりにも危険、あるいは使用が現実的でない技術であるため、その資格を星間政府に認められていない者は、使用、所有はおろかその存在を理解することすら禁止されている技術、のことです。今回の『意識電磁誘導(E・I・C)』の他、分かりやすいものでは『星造技術(スターメイク)』、『個光学迷彩(マン・ステルス)』、核兵器や、制限の軽い三級以下のものですとクローンなどもこれに当たります」

「で、あの男が操っていた謎の技術が、その魔法器官、ってことか」

「その中でも、特級技術に当たります。危険度で下から三級、二級、一級、そして特級に分けられているんです。個人で膨大なエネルギーを扱える技術は魔法器官の中でも特級になりやすいんです。『星造技術(スターメイク)』は一級ですけど、国家単位や企業単位で資格を有している組織がありますし、光学迷彩も個人で扱うには特級ですが、軍事用の戦闘機などに使用する際には一級になります」

「特級って言うと……」

「まず、許可されません。特級技術が存在していることそれ自体、一部の例外を除いて違法なんです」

 理由は、聞かなくても理解できた。

 あの男一人で、ザイロン王国自衛軍三部隊を壊滅させた。

 いくら劣星のちんけな部隊とは言っても、あの人数の銃に囲まれて無傷でいられるわけがない=普通なら。

 それを可能にするのが、魔法器官=『意識電磁誘導(E・I・C)』だ。

「あの、……勝てるわけないんだけど」

「ですから、協力員を派遣してもらうのです」紫苑が、すすっていた紅茶を机に戻す。

「一体どんな人間が来たらあんなのを逮捕できるのさ」

 

 さもありなん、と。

「決まっているでしょう?」

 紫苑が言った。

 

「同じ、特級魔法器官の所有者です。もちろん合法の、ね」

 


 
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