●月村家の和メイド19
図書館から帰ってしばらくした夜。カグヤはその気配に気づいていました。
広域結界。
確か、余計な人を巻き込まない為の閉鎖空間でしたか?
誰が張っているのか、大体の見当はつきますが……。
「歯痒いですね……」
魔術を失っても、魔術との縁が切れたわけではありません。ですからカグヤには魔力の気配が今も伝わってきます。土地守の身として、今現在異変に気づいていながら何もできないと言うのは……、とても歯痒いのです。
「なのはには龍斗から話が伝わっているはず……、それなら、彼女が狙われたとして、も対処はできるでしょう」
問題は、相手がこちらの想定していた以上に強かった場合です。この時はせめて、相手より上回る数で相手をすればなんとかなるのですが、大丈夫でしょうか?
「いずれにせよ、カグヤは座して待つしかないと言う事ですね」
カグヤは瞳を閉じ、魔術を行使しようと試みますが、やはり訪れるのは脳内が焼けるようなあの痛みだけでした。
龍斗 view
龍脈内に結界が張られた時、俺もすぐに現場に駆け付けた。そこでは既になのはが戦闘していて、とても厳しい状況に立たされていた。槌を持った赤い女の子が、なのはに向けて一撃を与えた所が見えた。なのは障壁を張った様だけど、杭の付いた付いた槌は易々と破り、更にはレイジングハートをも傷つけ、なのはを吹き飛ばした。なのはがビルに激突した瞬間、俺は急いで駆け付けようと加速する。
その時、不意に下方から殺気をぶつけられ、急停止をかけながら刃で防御を試みる。
瞬間、刃と刃のぶつから甲高い音が鳴り響き、火花が散った。
「残念だけど、あなたはここで足止めさせてもらうわ」
そう言って目の前で黒い光の剣を握るのは、黒い髪に黒い瞳、黒を基調とする西洋風の服を着た、全身真っ黒な女性だった。その服は何処かの私立学校の制服の様なブレザータイプのデザインで、上には魔法使いの様な黒いマントを羽織っている。全身黒い所為か、胸の所に在る金色の十字架だけが、異様に鋭く光って見える。容姿から見て、歳の頃合は十六~十八に見える。
「誰だ!? この結界を作って、なのはを襲わせている奴の仲間か!?」
「ええ、私はヴォルケンリッター番外、黒の暗殺姫、クヨウ」
「ヴォルケンリッター? 番外?」
ヴォルケンリッターって言うのは組織名か? それの番外ってどう言う事だ?
「ふっ!」
考えようとしたところでクヨウと名乗った女性は、手に持つ黒い剣に魔力を込めて俺事振り抜いた。
「……つっ!?」
攻撃をいなしながら刃を避けるが、頬の端を僅かに斬られてしまう。
空中で身体を一回転させながら姿勢制御を行い、体勢を立て直す。なのはと違ってデバイスによるサポートの無い俺は、空中浮遊の魔術コントロールも自分で処理しなければならない。そのため、アクロバティック飛行しながらの戦いはまだキツイ。
「((魔剣|ブレイド))―――((起動|オン))―――!」
俺が最も得意とする魔術、武器に魔力を流し込み、明確な刀に変える魔術だ。草薙の剣レプリカは、両刃の剣だが、この魔術で俺の最も使いやすい刀の形状に変え、草薙本来の能力を俺の魔力分だけ増幅できる。
戦闘の準備は整った。距離を離した相手に視線を向けようとして―――そこに夜空しか見えない事に一瞬呆けてしまった。
瞬間、背後に危機感を感じた俺は、勘だけを頼りに振り向き様に刃を振った。
ガキィンッ!!
甲高い金属音と刃の手応えを感じた。振り向いた視線の先には、さっきまで俺の正面に居た闇色の女性が、ナイフの様な黒い光を手に、必要最低限の攻撃を放っている姿が見えた。
たぶん、手にしているナイフはさっきの剣と同じ物だろう。彼女は魔力を固定化して、自由に武器を作り出せる能力があるようだ。っと言っても物質を創り出すのではなく、あくまで魔力を物体として扱うと言ったところだ。なのはの砲撃ではなく、フェイトの使う鎌と同じ物だろう。
だけど、そんな事はどうでも良かった。俺が気になったのは、まったく気配を感じなかった事だ。
「―――ッ!?」
今度は見失うまいと視線を彼女に固定したのだが、彼女がスススッ……、と、ゆっくり横に逃げただけで、次の瞬間には彼女の位置を見失ってしまう。止まって居たらやられると解っていても、下手に動けば瞬殺という事実に俺は勘だけを頼りに攻撃の瞬間に合わせて刃を振り抜き、必殺の一撃を防ぐ。
「……やはり、奇襲でないと完全に気配を消しきれないようね。足を止めるさせるために、初手に殺気を与えたのはミスだったかしら?」
「いや、それにしたってその隠密性は異常だろう? 目の前で確認しているのに、次の瞬間には見失うなんて、まるで―――」
まるで魔術師で言うところの((暗殺者|アサシン))。例えどんな状況にあっても、相手からの察知感知の能力を騙くらかす。隠密のエキスパート。そう考えれば全て辻褄は合う。相手の死角から((急所|心臓))を狙ってきた事も、斬激より刺突を重視した最低限の攻撃手段も、全ては『暗殺』の戦術だ。さっき目の前から消えて見せたのも、恐らくは歩法か、魔術による気配遮断。感知のエキスパートでも発見が困難な暗殺者を、俺が捉えられるわけがない。
などと考えている内に、また視界から消えては突き込み、また消えては再び突き込んで来る。全てが急所を狙った必殺。武器はナイフの様な短い近接用。だが時にはリーチの長いレイピアの様な物で突いてくる事もある。ともかく視界に捉えるのが難しい。そして捉えてもすぐに消えてしまう。ギリギリの瞬間に合わせて刃を振るい、攻撃を弾くのが精一杯だ。反撃でカウンターを入れようにも、何処に魔力を集中していいのか解らず、攻撃を放つ事が出来ない。まるでカグヤに八咫鏡で四方から連続で矢を撃たれている気分だが、こっちは全てが必殺な上、鏡と言う見える物がない分、性質が悪すぎる。
「こんな事してる場合じゃないのに!」
ビルに激突したなのはの事が気になる。敵も容赦なく追撃していたようだし、俺の魔力がなのはに送られなかったところを見ると、『((風総べる刃|エアレイド))』は使っていないみたいだ。いや、使う暇もなかったんだろう。
俺は意を決し、強引に急降下する。
地面に激突する瞬間、刀を地面に突き刺して停止、同時に龍脈に呼び掛け、霊力を体内に取り込む。今回の敵は龍脈に危険を及ぼす可能性がないとは言い切れない。だから龍脈の霊力を使っても問題ないはずだ。
「((広範囲斬激|クラスター))―――!!」
刃に乗せた魔力を斬激として周囲に薄く広く放つ。攻撃力としては威力が低いが、相手の足を一瞬止める事はできる。その隙に俺は全力のクイック・ムーブでなのはの元へと疾走する。
時間稼ぎに付き合う必要はない。今はなのはの元に行くのが先決だ。
「あれ?」
俺が到着した時、そこには赤い少女を捕らえたフェイトとアルフの姿があった。近くのビルの屋上ではなのはがユーノに肩を借りているのが見える。どうやらあの三人が助けに来てくれたようだ。
「そう言えば、以前使い捨ての許可証を三人に渡してたっけ?」
まさかこんな所で役に立つとは思わなかった。カグヤちゃんが許可証の存在を教えてくれていた事に感謝しないと。
などと思っているのも束の間、突然状況が一変した。
すごい勢いで現れた赤い剣士の女性が、フェイトを吹き飛ばし、アルフの方には褐色の肌をした男が殴り飛ばしていた。
「アイツ……ッ!?」
青い毛並みの獣の耳と尻尾。あの男の容姿には覚えがある。確かカグヤちゃんが襲われたって言う侵入者だ。
「なら、手加減は無用だ……っ!」
まだこちらに気が付いていない敵三人。一度合流している隙を狙って特大の一撃を放つ。
「刃悉く全てを裂く(デストロイ・ギガレイズ)!!」
頭上から放たれた幾重もの斬激が三人に降り注ぎ、三人とも散り散りになって回避する。その内の一人、鉄槌を持つ赤い少女が回避しきれず一つの斬激受けた。
やったのか?
爆発は起きたが、今一手応えが解らず、爆煙が晴れるのを待っていると……、そこにはついさっき見た闇色の少女が、小型の障壁を幾つも展開して鉄槌の少女を守っていた。
「は、早いな……?」
もう追いついてきたのか? ―――っと、思った刹那には後ろに回り込まれ、巨大な剣の一刀を振り降ろされていた。
全力で剣を盾にしたおかげで必殺は間逃れたが、吹き飛ばされて、どこかのビルの屋上に叩きつけられてしまった。
クヨウ view
「クヨウ! お前大丈夫か!?」
「ええ、なんとか……」
強がっては見た物の正直堪えたわ。私は暗殺姫、隠れて隙をついて密かに被害を与えるのが役割。今みたいに盾となって守ったり、巨大な一撃で吹き飛ばしたりは、本来の私の役割ではない。誰が見ても無理をしているのは明らか。おまけに……、
「!? お前左腕怪我してんじゃねえか!? あたしを庇った時のか!?」
「ギリギリいけると思ったのだけど……、あの男の子には正面から戦わない方がよさそうだわ」
「だが、よく守ってくれた」
ヴィータと話していると、我らの将、シグナムが傍に来て賛辞をくれる。
「怪我は?」
「応急処置は……。今はちゃんと治療できないわ」
左腕の調子を確かめつつ、私は更に続ける。
「だけど、あの男の子の相手は私がするわ」
それを聞いたシグナムは頷いて、視線を下方の敵へと向けます。
「状況は実質四対四―――」
「我らヴェルカの騎士―――」
「一対一なら―――」
「負けはねえ!!」
烈火の将シグナムに続き、盾の守護獣ザフィーラ、私こと黒の暗殺姫クヨウ、鉄槌の騎士ヴィータ。それぞれが叫び、それぞれが定めた敵へと向かう。
我らの想いはただ一つ。大切な人を護るために戦う!
龍斗 view
「痛(い)ってて……、あの子、魔力の加減で出力攻撃も出来るのか、油断した……」
床から起き上って身体の調子を確かめるが何処も壊れた所はないようで良かった。
「やっぱり暗殺者……、威力系の攻撃は苦手なのか?」
(「龍斗、大丈夫?」)
疑問を口にしていると、懐かしい友人の念話が頭に届いた。
(「ん? ああ、久しぶりだなユーノ。こんな形で再開する事になっちゃったけど……、なのは達は?」)
(「皆無事だよ。でも、なのはは戦えるような状況じゃない。フェイトとアルフはもう戦闘に入った」)
(「フェイトは大丈夫なのか? バリア事斬られてたけど?」)
(「怪我は大した事ないみたい。でも苦戦するのは間違いない相手だよ」)
(「分かった。俺も戦闘に復帰する。……ところでユーノ? ここに来る時、ちゃんと許可証持ってきてる? あれなかったら、後でややこしい事になるんだけど?」)
(「ちゃんと持ってきてるよ! あの時のクロノみたいになりたくないし!」)
そりゃそうだ。
(「それじゃあ、まずはこれからの事だが、正直まともに戦うのは分が悪いし、なのはが心配だ。だから―――」)
「!?」
作戦を立てようとしたところで、俺の勘がかなりの大音量で警報を鳴らした。何度も味わった寒気に、俺は逆らう事無く刃を振るう。
一瞬後には刃同士がぶつかり合う鉄の音が響く。
目の前には、奇襲を仕掛けてきた闇色の少女が、魔力で作った赤黒いナイフを突き出している。
「今度は奇襲で受けるなんて、中々やるわね」
(「ユーノごめん! 話してる余裕ない!!」)
(「わ、分かった!」)
この少女の前では念話であっても他人と会話している余裕なんて全くない。それどころか、全神経を集中して戦わないと、まともに相手も出来ない。なんせ既にクヨウは姿を消してしまい、どこかからか俺を狙っているのだ。
追われる側としての持久戦。これは厳し過ぎる。正直もっと辛い修行を、あの両親から受けた事があるが、そんなの『そのおかげで混乱せずに戦えている』ってだけに過ぎない。
「っ!?」
右方から寒気を感じてなんとか一撃を受け止める。反撃に移ろうにも、受けた後にはもうあの子はいない。これじゃあ防戦一方だ。
「こう言うのは、カグヤの方が上手く戦えるんだけど……」
カグヤなら空中に配置した霊鳥の視界を利用して、空間全てを把握することだってできる。他にも、捕縛用の罠を張ったり、暗殺者対策の探知魔術なんかも持ってたりする。
そもそも俺は彼女の前衛として頼まれ、彼女が後衛でサポートするのが主流。彼女がいない状況では、絡め手の相手には厳しい立場に立たされる。
一瞬一瞬に繰り出される必殺の一撃。どれ一つにでも反応が遅れれば命を奪われる。神経を磨耗する事覚悟で、常に周囲に気を配る。それでも相手の攻撃はこちらの隙を見つけるように放たれる。なら逆に、隙のあるところに攻撃が来るのかと思い、ワザと隙を作った場所に、タイミングを合わせてカウンターを放つが、飛んできたのは魔力刃の飛刀。そして本体は別の位置から挟み込むようにナイフを突き出してくる。
「つっ……!」
なんとか躱して刃を振るうけど、やはり攻撃は当たらない。
「はあ……はあ……っ」
まずい、いつの間にか息が上がってきた。
一体どれだけの刃を交わしたのかも解らない。時間の経過にも気を配っていられた気がしない。もちろん戦況も解らない。気になっても気を逸らす事が出来ない……。
集中集中、ともかく集中……。打開策一つも思いつかず、ただ疲弊していく戦いが長引く。―――そんな時、誰かの念話が頭の中に届く。
(「フェイトちゃん、ユーノくん、アルフさん。私が結界を壊すから、タイミングを合わせて転送を!」)
なのはの声だ。それが解っても俺は他の皆みたいに労わりの声をかける余裕がない。なのはが動くと言うならなおのこと、この暗殺姫を引きつけておかなければならないんだ!
「全力解放(フル・バースト)―――」
短時間勝負。俺の中に在る魔力を全力で引き出し、ともかく威圧感だけで見えない相手を張り付けにする。霊力の供給があるのでガス欠にはならないはずだ……。それでも、全力解放を長時間はできない。ここは勝負だ!
(「大丈夫……っ! スター・ライト・ブレイカーで撃ち抜くから! レイジングハート、カウントを―――!」)
なのはの言葉に合わせ、頭の中にレイジングハートのカウントが聞こえる。
「……っ!?」
「! そこだぁーーーっ!!」
一瞬、なのはの魔力を溜める気配に反応した、クヨウの気配を感じ、その周辺一帯に向けて魔力で強化した黒刃斬夢剣を放つ。
「っ! スキルエフェクト・バージョンⅢ:『ガーディアン』!」
放たれた黒刃は、複数出現した小型の障壁に阻まれたが、今度は魔力をふんだんに使っている。何枚かの障壁を破壊し、クヨウにも微かだが刃が届いた。
「って、また消えた!?」
ありったけの一撃を当てたのに、それでもステルスを使う余裕があるなんて……、浅かったんだろうか?
念話のカウントは3まで数えられたが、そこからレイジングハートのカウントがずっと3を刻んでいる。俺は遠目にしか見れなかったが、どうやらデバイスが受けたダメージも相当だったみたいだ。
それでもカントは再開され、なのはが発射の体勢に入るのを感じた。
―――その時、身体中に嫌な寒気が走った。
アサシンに狙われていると分かっていながら、俺はなのはの方を直接目で確認した。そこにあったのは、なのはの胸を突き抜けた腕だった。
「―――ッ!?」
一瞬、頭の血が下がり、彼女の体が貫かれたのかと思った。しかし違う。それにしては血が出ていない。心臓を直接手で抉ったなら、あんな綺麗な姿は保っていられない。俺はそう言う血生臭い所を何度も経験して知っている。
なのはから突き出た腕が一度引っ込み、再び突き抜けると、今度はその手に桜色の光を放つ球体があった。予想するに、アレがカグヤの言っていた『リンカーコア』だ。
「なのはーーーーっ!!」
フェイトの声がここまで届く。今までに聞いた事の無い様な震えた声だ。
しかし、フェイトの行く手を赤い剣士が遮り、助けに行けない。
俺もクイック・ムーブでなのはの元に向かおうとするが、まるでそのタイミングを見計らったようにクヨウが剣を振り抜いてくる。最初より随分弱く、必殺の突きでなく、足止めの斬檄に変わっている。明らかに弱っているはずなのに、それでも俺は釘付けにされてしまう。おまけに俺も疲労がそろそろ限界だ。全力状態が長く続かない。
なのはのリンカーコアは、段々その光を失っていき、なのは自身もふら付いて、弱っているのが目に見える。その足が限界に達し、肩膝をついてしまう。
「! 式神『((天后|てんこう))』、術式『((風総べる刃|エアレイド))』!」
隙を作って、クヨウからの一撃を受けてしまうのを覚悟して、俺は式神『天后』の力を完全開放してやる。
俺の魔力の半分がなのはの元に渡り、彼女のバリアジャケットが天女の羽衣の如く変った。そして、新たに供給された魔力でなのは自身も持ち直したようだ。
その代償に俺は、クヨウに最大の隙を見せる事となる。
「っ!」
だが、ただじゃ終わらない!
「((全身反射障壁|リフレクト))―――!」
「っ!? ……はっ!」
全身を魔力オーラで包み、全ての攻撃を反射する膜を作った。反射障壁を全身に纏うなんて言う術式は長くは持たない。発動時間は一瞬。故にこのどうしても作ってしまう隙を利用して反撃の手段とした。
その作戦は見事にはまり、クヨウの必殺を受け止め、逆に弾き飛ばす事に成功した。けど、どうやら相手もただでは終わらなかった。
「っく、吹き飛ばされながら咄嗟に投げたのか……っ?」
左足の((脹脛|ふくらはぎ))に、魔力で作られた黒い飛刀が刺さっていた。同時に全力の限界で俺の身体から魔力が抜けてしまう。それでも霊力は供給しているので、魔剣だけは維持して敵に備える。
クヨウも隠れていなかったが、まだ余裕はありそうに見えた。隠れないのは何か別の理由がありそうだが、今の俺には解らない。
「す、すたー・らいと……―――」
なのはの声、かなりギリギリ状態でなおもレイジングハートを構え、集束魔法を放とうとしている。その姿はあまりにも痛々しく、思わず視線がいってしまう。もしかするとクヨウもこの姿に目を奪われていたのかもしれない。
「ブレイカーーーーーーーッ!!」
最後の力を振り絞った様な悲鳴と共に最大の砲撃が放たれる。
なのはの切り札だけあって、その砲撃は強固な結界を一撃で粉砕した。
その代償として、なのはその場に倒れ伏した。胸から伸びていた手は、もう消えている。
「なのはっ!? なのはっ!!」
彼女の名前を呼ぶが反応はない。ともすれば死んでしまったと言われてもおかしくないような状況に、俺がまだ冷静でいられたのは、『天后』の繋がりが彼女はまだ死んでいないと教えてくれていたからだ。
「お前ら……っ!」
内側から溢れる黒いドロドロに、俺は敵を見据える。
敵、そうだ敵だ! こいつらは、俺の敵だ!
「お前らは……俺の敵だ!!」
クヨウ view
正直、驚いていた。
暗殺の能力に長けた我が身が、まだ年端もいかぬ子供に止められていた事に。私は闇の書のプログラム以外からも暗殺としての力をインプットされている。ヴォルケンリッターの番外で、新参者である自分でも、こんな子供相手に完全に気配を消した状態で一撃もクリーンヒットさせられなかったのは愕然とした。
いいえ、正直に賞賛しましょう。あなたは強いのだと。そしてこの勝負は私達の勝ちだ。結界は破られたけど、目的の物は回収できた。
(「結界が抜かれた……」)
我が将の声が念話となって伝わる。撤退を促しているようです。
(「シャマルごめん、助かった」)
(「うん、クヨウちゃんお願い」)
ヴィータの謝罪を受けたシャマルが、私に指示を出します。
(「隠密、撤退、暗殺は私の十八番。任せていて」)
いつものように全員が私の元に集まり、私の能力で完全に気配遮断を行えば、管理局と言えど追跡は不可能。故に私は常に影に控えていた。
皆が集まるまでの僅かな間、正面にはさっきまで戦っていた男の子を見る。彼はすごい形相でこちらを睨んで言った。
「お前らは……俺の敵だ!!」
その言葉は、まるで世界で初めての敵と巡り合ったかのように、とても荒々しい声で告げられた。
「それは、私だけの『役割』よ」
己が本来背負うはずだった業を、私はここで被った。あなたの敵は私だけだと、暗殺姫の誇りで突き返した。
皆が揃い、私はステルスを発動して、全員に気配遮断を行い、そのままシャマルの転移魔法で移動して撤退した。
龍斗 view
「なのはは!?」
奴らが全員消えたところで、俺は皆が集まるなのはの元へと向かった。
フェイトは青い表情になったなのはを抱き抱え、心配そうに見守る。
「大丈夫! 管理局には連絡が入った! 治療班を呼んでもらってる! 良いよね龍斗!?」
「構うもんか! 緊急事態で通す!」
この中で治療できるのはユーノだけだ。今は彼に任せ、管理局の医療班を待つしかない。
「龍斗……、龍斗も足に―――」
「俺の怪我なんて大した事ない。こんなの慣れっこだ」
そうだ。俺は慣れっこだ。もっと深い傷だって負った事があるし、それでも傷痕も残らず治った。それに比べたらこんなの大した事ない。傷の具合から見て、どうやら自然治癒が出来ない呪いでも掛ってるようだが、普通に治癒魔法は効きそうだ。なら、後で俺も診てもらえば治る。そんな事より今はなのはだ。
「あいつら……!」
立っていられないほどの疲労に倒れたなのは。『天后』で魔力が流れ込んだはずなのに、その身体には殆ど生気を感じさせない。
俺はなのはの手を握りながら、胸のドロドロを感じていた。
アイツらの事を考えると、頭が沸騰しそうだった。
ああ、そうか……、やっと解った。初めて解った。
そうか、これが―――、
これが怒り……!
俺は初めて『怒り』を知って、『敵』を見つけた。
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なぜかスポットライトが龍斗。
そして新キャラ登場!!