No.495609

真恋姫無双幻夢伝 第一話

覇王の下に降りていた別の天の御遣い。彼は一刀とは異なる未来を描き、新たな国作りへと邁進した。
強くて自由人な主人公をお楽しみください。

2012-10-13 11:01:54 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:8066   閲覧ユーザー数:6414

 

 真恋姫無双 幻夢伝 第一話

 

 

「どうしてらのらー!」

「姉者、しっかりしろ!」

 

 ここはこの国の中心、洛陽。皇帝がいる都。今は夜遅いというのにも拘らず店の明かりは消えること無く、道々を行き交う人の流れが絶えることが無い。酔客は店を出ては別の店に入り、入らない者は自らの宿に千鳥足で帰るか、もしくは道端で寝そべっているかであった。

 黄巾の乱が静まった今、いや、その最中であっても、この都の繁栄ぶりはとどまることを知らず、この町の夜は常に空よりも地上の方が明るかった。

 それもこれもこの都にまで反乱軍を襲撃させなかった鎮圧軍のおかげであろう。皇甫嵩や董卓、曹操、袁紹といった名将達、その配下で活躍した公孫賛や孫策、そして名の知らぬ無数の義勇軍。これらが各地で戦い続けたおかげに違いなかった。そしてこの一週間余りの間、戦地から英雄たちが帰還し、朝廷はその功績を讃えて恩賞を与えた。

 民衆は喜び騒いだ。もう乱世が終わると。安心できると。

 しかしこの夏侯姉妹にとって愉快な話ばかりではなかった。むしろ今までの苦労がふいになったような感覚を味わっていた。

 

「ど・う・し・て!華琳たまより、玉なしどものほうがほめられたのだぁ~」

「落ち着けと言っているだろ!」

 

 そう、彼女らの主人、曹操は西園八校尉に昇格しただけであったが、都で穏穏と暮らしていた張譲ら宦官(十常侍)は列候になり権勢を極めていた。特に張譲は霊帝から『我父』と呼ばれ、この乱がおきた後もその権勢は留まるところを知らない。結局、実際に功績のあった武将は評価されることはなく、十常侍への賄賂の額でその評価が決まっていた。勿論各将は賄賂をかなり差し出したが、曹操軍は戦費に回したため賄賂の額が少なくなった(元々華琳自身が賄賂を嫌ったこともあったが)。

 その結果は前記の通りだ。

 この状況に対して、彼女たちは憤慨していたのだ。

 

「姉者、私だって悔しい。しかし、だからと言って酒で紛らわせるものでもなかろう」

「でも~くやしいのら~!」

 

 そんな姉の姿にため息をつく秋蘭。姉を担ぐ肩も少し痛くなってきた。しかし春蘭を憂う秋蘭の方もかなり酔っていた。

 

(ああ、姉者は可愛いな~」

 

 ついつい思っていることがこぼれ出てしまう。姉を見つめる秋蘭の表情には微笑みが絶えない。

 彼女たちは店を物色しながらこの眠らない街を歩いていく。春蘭はまた涙声で大きく愚痴る。

 

「もう~どおでもよいのだ~」

「………」

 

 秋蘭は珍しい姉の姿を不思議そうに眺めていた。愚痴とは本来心の弱い部分が出たもので、春蘭は酔ってもここまで愚痴ることはそうそうなかった。

 

(これほど弱気になった姉者を見たのはあの時以来だな)

 

 秋蘭は昔のことを思い出していた。一年前戦ったあの『化け物』を。そしてその化け物が去った後に味わった人生最悪の瞬間を。自らが赤く染め上げてしまった汝南の大地を。

 

「つぎはあそこにするぞー!」

 

 秋蘭がぼんやりしているうちに春蘭は次の店を決めてふらふら猛進していった。少し路地裏に入ったところ。他の店の隙間を縫うようにして張り出している屋台だった。確かに良い匂いは漂ってくるが、秋蘭は屋台というものがあまり好ましく思っていなかった。

 

「もう少しましなところを「いくぞー!」

 

 秋蘭の話も聞かず、春蘭は屋台の長いすにどっかり座るといきなり

 

「おやじー!さ~け、もってこーい!」

 

と叫んだ。仕方なく秋蘭は姉の隣に座った。

 

(屋台にしてはまだまともな方か…)

 

 屋台の中は小ざっぱりとしていて余計な荷物や生活品は存在してはいなかった(屋台を営む商人はその中で生活を営むことが多かった)。料理を置く机はまだ木目がしっかり見えるほどきれいに拭かれていた。

 

「いらっしゃい!そちらさんは何にします?」

 

 この屋台の店主と思しき男が秋蘭に向かって話しかけていた。あまり汚れてはいない前掛けや服装、白い鉢巻、この職業に向いていそうな明るい声、そして

 

(私より大きいかもしれない)

 

と、秋蘭が思うほどの巨躯が印象的であった。その男は秋蘭に話しかけながら、春蘭に酒を一杯提供していた。

 

「ああ、そうだな。私にも酒を。後は適当な肴をくれ」

 

 秋蘭はそう言うと隣に座る姉の様子を見た。ぐでんぐでんに酔っぱらいつつも「ぷはー」と笑顔で酒を飲み干す春蘭の姿は、まるでいっぱい遊んできた後に水を飲み干す子供の様であった。

 

(ああ、なんて可愛いんだ)

 

と、秋蘭は目を細めその姿を見続けた。実際はただの酔っ払いが息巻いているだけであったのだから、秋蘭のシスコンはもはや病気に近かったのだが。

 見惚れているうちに店主は秋蘭にも酒と肴が乗った皿を出した。

 

「変わった料理だな」

「焼いた鳥を串に刺したものですよ。熱いうちにお召し上がり下さい」

 

 食べやすいように一口大に切った鳥を串に刺して焼いたものだった。タレが少し焦げた香ばしい匂いに食欲がそそられる。

 秋蘭は前歯を使って一欠けら口に含み、もぐもぐと食べてみた。

 

「これは、うまいな!」

「ありがとうございます」

 

 秋蘭のつぶやいた感想に店主はすかさず反応した。焼きすぎない鶏肉に絡んだ甘辛いタレ、そして炭のおかげで程よく香りづけされていた。特にパリッとした表面と小さいながらも肉汁が詰まった内面という両方のうまみがいっぺんに舌の全体に広がっていく感覚はやみつきになりそうであった。

 

(さすがは帝都。これほどうまい料理が眠っているとは!)

 

 普段は料理に淡白な秋蘭でも(あくまで姉と比べてだが)、この味には感動を覚えた。

 

「しゅんら~ん。わたしにもたべさせろ~」

 

と、言われた秋蘭が反応する暇もなく、春蘭は酔っているとは思えないほどの俊敏さで皿から残りをかっさらった。そしてそのまま食べてしまう。その途端に目を見開いて声を上げる。

 

「うっまーい!てんしゅ、ほめてやるぞー!もっともっっとくれ!」

 

 ありがとうございます、と答える店主。秋蘭だけではなく料理にうるさい春蘭にも褒められたのだ。この味は本物であろう。

 

(華琳様にも紹介できる味だな、これは)

 

 秋蘭は自分の主君の喜ぶ顔を想像した。隣の春蘭もきっと同じことを思っているはずであろう…酔っていなければ、多分。

 ここは衰えることが無い町、洛陽。その片隅で美しき武将二人は、鳥の焼ける音を聞きつつ酒を楽しむ。下半分が欠けた月は地平線の彼方に消えていく頃であった。

 

 

 

 

 

 

 洛陽の中心部、漢皇帝がいる宮廷を囲む城壁の外側には数多くの高級宿舎が設置されている。その多くは皇帝に拝謁に来た諸侯や重臣たちが泊まるための宿である。普通の民営のオンボロ宿とは違い、漢が直営する世にも美しき宿であった。外装は勿論のこと、内装のいたるところまで丁寧に作られており、細部にまで金細工が施されていた。昼前さんさんと降り注ぐ太陽の光を見事にその魅力に変え光り輝いていた。

 これも漢王朝の威信を表したものの一つであった。

 

(うっわー。でっかいなー)

 

 その宿の門前ではその場にはふさわしくない一般庶民の服を着た女の子が一人佇んでいた。後ろ髪を頭の高い位置で二つにまとめた小さな女の子だった。

 

「こらっ!お前、そこで何している」

 

 少しの間その場で止まっていると、すかさず門の脇に居た守衛が二人、怒鳴りながらその女の子に近づいてきた。

 

「あっ、あのっ…ここは曹操さまのお宿ですかっ?!」

 

 急に問いかけられたことに驚いた少女は大声で二人に尋ねた。逆にその声の大きさに驚いてしまった守衛はどもりながらも答えた。

 

「う、うむ。いかにも。ここは曹将軍の宿じゃ」

「ここに夏候さまはいらっしゃいますか?!」

 

 この小さな体のどこから出たか分からないほどの声の大きさに辟易し、守衛はないがしろに答えた。

 

「いらしたからどうだというのだ!」

「あのっ、夏候さまにお届けに参りましたっ!昨日店に忘れた財布ですっ!」

 

 守衛たちが少女の手元を見ると、大事そうに握られた財布が一つそこにあった。守衛の一人が急いで門の中に入ろうとするが、もう一人の守衛はそれを押しとどめた。彼の眼はかなり膨らんだその財布を見続けていた。

 彼は少女に向かって、にやにやしながらこう言った。

 

「よし、ご苦労であった。俺たちがそれを夏候将軍に渡してやろう」

 

 守衛の発言に少女は困惑の表情を浮かべた。

 

「で、でもっ、兄ちゃんからは直接手渡ししろって…」

「大丈夫だ。さあ、それを渡しなさい」

 

 優しい物言いで守衛はもっと近寄ってきた。いつの間にかもう一人の守衛も同じようににやにやした表情でその少女の傍に寄ってきた(まるで逃がさないように)。そしてその一人が少女が持つ財布に手を伸ばしたが、少女は体を捻ってそれを拒んだ。

 

「いいからそれをよこせ!」

 

 急に変わった口調に、少女はやっと男の目論見に気付いた。

 

(こいつら、財布を奪う気だ!)

 

 二人の大の男が小さな女の子を襲う。結果は火を見るより明らかであった…が、およそ一般の常識とはまったく正反対のことが起こった。

 

「おりゃー!!」

 

少女は一人の片腕を掴むと、自分の体の周りに円を描くように男の体を、投げ飛ばした。勢いよく飛ばされた男はもう一人にぶつかり、二人はそのまま地面にドンッと倒れ込んだ。

 

「ぐっ…」

 

 投げ飛ばされた方の男がよろよろと立ち上がる。もう一人は起き上がることなく、どうやら気絶しているようだった。油断していたとはいえ、いと容易く大の大人を投げてしまった少女の力に恐怖した。男は門へと走りつつ、あろうことか

 

「賊だー!賊が出たぞー!」

 

 と叫んだ。

 

(あっちゃー、やっちゃったよ。どーしよー!?)

 

 少女は正当防衛とはいえ、ついやり過ぎたことに後悔した。門内で騒ぐ声に益々不安がつのる。自らの非を認めたくないあまり逃げることもできず、呆然とその場に立ち尽くした。

 一方で男は叫びながら急いで門内に逃げ込もうとした。しかしその男よりも大きな影がその道を塞いだ。その男より頭一個分大きかった。

 

「なんだ、この騒ぎは」

「あっ、夏候惇将軍!」

 

 春蘭は門の前まで出てくると、投げ飛ばされた男の警棒を拾った。その男は少女を指さしながら彼女に報告した。

 

「こ、こやつです!こやつが賊です!」

「ほう、この者がか。何をしたのだ」

 

 男は助かった喜びと人を貶める喜びでついつい表情が緩んでしまっていた。

 

「極悪非道の輩です!いきなり私を投げ飛ばし、もう一人をぼこぼこに殴ったのです!」

「そんなっ!ボクは悪いことなんてしてないよっ!悪いのはそっちじゃないか!」

「黙れ!賊の言うことなんか信じられるか!夏候惇将軍、こやつは私の手には負えません。どうか捕まえて「ところで」

 

 男の言葉を遮り、春蘭は言った。

 

「お前は何を『よこせ』と言った?」

 

 春蘭の言葉に守衛は固まる。

 

「あ、いや、その」

「よもや、わたしの言うことも信じられぬというのか?ん?」

 

 春蘭は手でパチッパチッと持っていた頑丈な警棒を鳴らした。強いオーラを放つその笑顔は紛れもなく憤怒していた。守衛は涙ながらに最後の言葉を口にした。

 

「お、おゆるしを~」

「問答無用!」

 

 春蘭は高々と上げた警棒を男の脳天めがけて振りおろし、あっという間に男は仲間と同様に地面で昏睡してしまった。その光景に少女は目を丸くする。

 

(かっこいいなぁ)

 

 全てを威圧する存在感。そしてその根源となる強さ。その姿は酔っぱらいの時とは違い、頼りにされる武将そのものだった。

 少女はこの時、目標であり、憧れの人物を見出した。

 フンッと鼻を鳴らしてその警棒を投げ捨てた春蘭に、我に返った少女はあわててお礼を言った。

 

「あ、あの、ありがとうございま「お前、志願者だな」え?」

 

 戸惑う少女に対して春蘭は満面の笑みを浮かべる。そしていきなり近づくと、少女の顔を覗き込み頷いた。

 

「うむ、良い目をしているな。お前だったら立派な武将になれるだろう」

「え、いや、あの!」

「先ほどは見事な投げ技だった!足の踏ん張り、そして全身の筋肉の動き、どれも一流と言っていいだろう」

 

 春蘭に褒められた少女は顔を真っ赤にしながらはにかんだ。

 

「えへへへ」

「さあ、華琳様の下へ向かうぞ!付いてこい!」

 

 なんだかその気になってしまった少女は大股で歩く春蘭の後ろを早歩きでついて行く。片手に握られていた財布の存在などとっくに忘れてしまっていた。

 春蘭はふと思い出し、急に許緒の方を振り返った。

 

「おお、そうだ!まだ名前を聞いていなかったな。お前の名前は何だ?」

「はい!姓は許、名は緒、字は仲康と申します!」

 

 

 
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