夏の夕日に照らされたコンビニの入り口に今日も一人の男が入っていく。店内は外とは違い冷房の効いた肌寒くも感じるくらいだ。雑誌棚を通り抜けドリンクの冷蔵庫の前に立つ。烏龍茶とアクエリアスを手に取りレジへ向かう。
レジの前には一人の女性店員が立っている。彼女に一目惚れしてから三ヶ月、毎日ここのコンビニを利用している。特に何かアピールをするわけではない。というかできていないだけかもしれない。嫌われたら怖いというのもあるが、コンビニ店員に気安く話しかけるのもあまりしたことがないので一向に進展なしだ。
俺の名は久木士郎、大学卒業してそのまま一人暮らしを続けるフリーターだ。俺がこのコンビニを利用し始めたのは結構前からだが彼女-名札の部分しか分からないから苗字が小森ということしかわからない-に出会ったのは三ヶ月前だ。風が強い日だった、春先ということもあって風も冷たく暖かい缶コーヒーでも飲もうとこのコンビニに入ったんだ。そのときレジを打ったのが彼女だ。俺にとっては長い時間だった気がする。目を合わせた途端、体が硬直し彼女に引き込まれた。本当は数秒の出来事なんだと思う。お金を出さずに突っ立っている男に払うよう金額を再度言われた時、時間が戻ったと思う。小銭を出しレジ台に置く。彼女が小銭を集めレジに入れるのを食い入るように見ていたのを昨日のように思い出せる。彼女の動きを一つとして見落とさぬよう目を動かして見ていた。
今日も彼女に会えたことに心の中で喜びレジでお会計を済ませる。彼女の打つレジのすばやさに目を奪われながらあっという間に至福のときは過ぎていく。コンビニを去るときの彼女の『ありがとうございましたぁ』に笑顔を返すだけの自分にもどかしさを感じてしまう。
車を飛ばして家に帰る、ラジオから流れてくる夏をイメージした曲が俺の心を現実に引き戻す。
1DKに本棚とテレビ、小さいテーブルがある。一人暮らしの部屋としては良い方なのだが、俺には狭苦しい部屋だ。家具をそんなに置かないのもある理由からでそのせいで俺には狭いと感じてしまうのだ。
その理由というのが、幽霊や妖怪などという普通の人じゃまず信じない存在のことだ。何故か俺には奴らが見えるし触れることも出来る。おかげで寄り集まってくるようで今俺の前には三体の幽霊どもが楽しそうに話をしている。一体が俺に気付きお帰りの挨拶をしてくる。全くこいつらのせいで今までどれほどの迷惑を受けてきたことか。
昔からこの手の連中は見えないことをいいことに色々悪さをしているらしい。しかし、俺には奴らが見える。よってより一層迷惑行為をしてくるのだ。もちろん大人しいのもいる。人と友好を求める者もいるくらいだからだ。
けれど、俺と同じように『見える』人は俺の近くにはいなかった。両親も姉弟も誰も そんなのはいない や お前は頭がおかしいんだ と決め付けて邪険にされてきた。おかげで友達はいないし、そういった噂を流されてることもあって他の奴らは近づきたがらなかったようだ。そのかいも?あって俺は奴らといる時間が増えた。楽しい時間も辛い時間も一人ではなかった。常に遊んでいる奴らと違って俺は仕事も勉強もしなければならなかったが、孤独ではないということが一番良いことだったんだろう。
しかし、今は奴らよりも彼女のことが何より重要である。幽霊が見え話すことが出来る男など恐らく相手にされないだろう。そのことで嫌われることが怖くて未だ声をかけることが出来ずにいる。
目の前の連中を無視して夕飯を作る。幽霊どもは話すことよりも俺がやっていることに興味を持ったのか、周囲をワラワラと飛び始める。
「調理の邪魔だから寄るな」
声を荒げてみる。親にしかられた子供のように元いた場所、テレビのあるテーブルの辺りへ戻っていく幽霊ども。毎日こんな調子だ。家に帰れば奴らが寄ってくるし、仕事先でも奴らに寄られて仕事はやりにくい。その上仕事先じゃ、幽霊や妖怪どもが見えるのが俺だけ。全く今も昔もかわらないことだ。
夕飯を済ませ、明日の仕事のために速めにベッドに横になる。明かりを消すと静かになる。やや騒がしい声も聞こえる気がするが、気にしないで寝る。
携帯のアラームにたたき起こされ、身支度をして車に乗る。朝は奴らがいないのでゆっくり準備が出来る。家から車で十五分のところにある駅前の本屋で仕事をしている。やや広めの店舗で十時開店から一・二時間は暇なもの、昼頃から夕方にかけてすごくお客がやってくる。まぁ、各停の駅だが駅の周囲にマンションやら一戸建てが増えた近年では昔以上に降りる客も増えたんだと思う。勤務時間が十八時までの早番だから少しは楽だ。閉店準備やらレジ閉めなんかがある遅番は面倒でシフトを入れるのを止めた。何より遅番で仕事をすると彼女に会えないこともある。遅番を入れていた三ヶ月前、たまたま早番に回されて帰りが早くなったんで家の近くのコンビニ寄った際に出会ったことがキッカケなのだから。あまり遅い時間にあのコンビニへ行くと、彼女の姿はない。どうやら二十二時には帰ってしまうようだ。始めのうち、何度かそれで会えなかったことがあった。それで入れるシフトの時間を遅番から早番に変えたのだ。
昼過ぎのラッシュが終わった頃、じれ番をしてた俺の前にセーラー服を着た彼女が現れた。隔週の少女雑誌を持っている。向こうもこちらに気付いたようでお互い笑顔でレジを済ませる。
「ここの本屋で働いていたんですね。私、ここ結構利用するのに気付きませんでした」
いつもと逆の立ち位置、俺は昼のラッシュ時に何度が見たことはあったが俺がレジを打っていないときに来ていたはずだ。
「そうなんですか、これからもご利用ください」
普通の店員の挨拶をしてしまった。客とあまり話していると店長がうるさく説教を始めるので長く話したくともできないのだ。しかしたまにはレジ番も悪くない。この時間帯はなるべくレジにいることにした。
会計を済ませ、雑誌を袋に詰め彼女に手渡す。笑顔でそれを受け取ってくる。仕事以外での彼女の笑顔を見ることが出来た今日はラッキーなことだ。
出口まで目で追いかけると、入り口の前にいた学生服を着た男と一緒に歩いていくのが見えた。その男もあのコンビニで見たことがある。男の俺から見てもカッコいいと思うような顔立ちをしていて背もそこそこある。まさかあの男と付き合ってるのか? 制服の色からして同じ高校に通っているようだが、ただ見ているだけの今の俺には知る方法がない。今日か明日、コンビニ行ったときに聞いて見るか? さりげなく声を掛けられればいいのだが…。
夕方、遅番のバイトとレジを替わる。この時期は日がまだ夕焼けになる前に交代のバイトが早々とやってきて忙しくなる時間前に交代時の引継ぎ連絡が出来る。冬だと寒いせいもあってなかなか来なかったり、ドタキャンしたりする奴も出てくる。人が少ないわけではないが、他は皆忙しいのか代わりを名乗り上げる奴はいない。よって早番でやってる奴が大体遅番までやるハメになる。休憩が二回あるのはいいが、昼も夜も仕事漬けだと体が持たなくなるんでなるべくならやりたくないものだ。
遅番と交代した俺は、ロッカーに向かい荷物を持って店を出る。着替えらしいことは店の名前が入ったエプロン一枚のみなんで弾に持って帰っては洗濯してまたロッカーに放り込んでおけばいい。飲食業だと制服やら何やらで荷物が増えることがあったが、ここに来てからはそういったことがなくなり楽なことだ。
西の空がオレンジ色に染まる頃、あのコンビニへ車を向かわせる。昼間会っている事もあって会えるかわからないが、行かずに悶々とするより、行っていなかったとわかればそれでいい。
車を飛ばしコンビニへ向かう。気持ちが焦るせいなのか、赤信号に何度もつかまる。いつもより五分ほど遅く目的に着いた。話をしたがためにレジの方をチラみと見てからドリンクの前に行く。店内には運良く誰もいないようで店員も裏に引っ込んでいて誰がいるのかわからない。お茶の棚で適当なのを数本持ち、おにぎりの棚で三・四個掴んでレジに商品を置く。裏から出てきたのはあの男の店員だった。こちらの顔に気付き態度が変わった。
「またあんたか。今日はあの子いないぞ」
目を見るなりそういって商品をスキャンする。合計金額を言い、乱雑に袋へ詰め込む。こちらがお金を出す前にすばやく詰め込まれている商品たち。
「あんたさ、ここのコンビニくるの止めてくれないか? 特にこの数ヶ月あの子がいるときにだけ外から見てから入ってくるし。うざいし迷惑なんだよ」
今日はえらく機嫌が悪いらしい。他に客もいないことを言いことに散々愚痴を言い続ける男店員、詰めた袋をドンとレジ台に置く。
「今日は機嫌が悪いんですね?」
お金を渡すときに笑顔で聞いてみた。しかし男店員はこちらが下手に出たこといいことにさらに怒り始める始末だ。めんどくさいのはどっちだ。俺とは関係ない客の話も混ぜ込んでいるらしく、お釣りを貰ってもまだ話を続けている。
「それであんた、あの子に気があるだろ? だったら諦めろ。あの子は俺といることが楽しみなんだからな。あんたのせいで迷惑してんだ、明日からくんじゃねぇぞ」
そうはいかない。折角話すチャンスがめぐってきたのに今度はこっちかよ。同じ学校行ってるだけで客と話すなとか何言ってんだこいつは。その上客に対して店に来るなとかおかしいにも程がある。
「客に店に来るなってここを利用すること自体は問題ないだろ。それにあの子がお前の女って認めないし」
けんか口調に言ったことがまずかった。さすがに殴りかかってはこなかったが、ガン飛ばしをして裏へ引っ込んでいった。そうとう彼女に重いがあるのだろう。こちらも負けてられない。
それから毎日のようにお店へ行っては、彼女と放せる機会を探していた。しかし、そういうときに限って他に客がいたりあの店員が一緒に仕事をしていたりとチャンスがない日々が数日続いた。特にあの店員がいるときにはこちらがレジに向かうときになってレジ打ちを変わるようにしているらしく無愛想な対応をされた。よく顔をあわせるんでそいつの名前も覚えた。中山というらしいそいつは、他の客に対しては俺のように雑な仕事はせずむしろ丁寧で気が効く店員だと見ていて思う。もちろん、仕事中ということもあるのだろう。2人でいちゃつくようなことは見ている限りない。そういったそぶりを中山がすると彼女が嫌がるところもちらほら見ることが出来た。
二人の仲は友達同士といった感じだ。主に中山が彼女を物にするために頑張っては空回りしているように見える。
本屋の方はというとあれから一度も彼女を見かけていない。単に用がないだけなのかもしれないが、俺がいない日に来ている可能性もある。週四でシフトを入れてもらってることもあって恐らくそのいない日に来ているのだろう。俺がコンビニに通いつめてることに気付いた幽霊どもは、仲間をそのコンビニ集めて俺が幸せを掴まないように何やら呪いをかけていたようだ。おかげで一ヶ月ほどあの店員と会う機会が多かった気もする。
月末の給料が入ってからは少しコンビニで大目に飲み物を買っても大丈夫なくらいにはなった。長く働かせてもらってこともあるのか、八月の給料から時給が増えて余裕の部分が多くなった。
そして夏が終わり涼しい秋へ空も空気も変わり始めた頃チャンスは巡ってきた。秋の雨はまだ生ぬるいようなじめっとした雨になることが多い。今日もそんな天気だった。昼間商品の有無で質問してきた中年の女性客に俺は、店の在庫がないことを説明し取り寄せになると客に話した。しかしその本がないことに腹を立てた客がかんしゃくを起こし何時間もレジ前に居座り説教を続けた日だった。ここの本屋にレジが数台あることをいいことに、俺を捕まえてずっと本の話やら日頃のうっぷんやらだんなの愚痴やらをぶちまけていった。
精神的にも体力的にも疲れていた俺は店に寄るのをためらった。雨もかなり降っていたし、またあの店員と顔をあわせるのも嫌だった。けれど、何ヶ月も続けたことだったせいで、気付い時には店の前に車を止めていた。着いてしまったものは仕方ない。傘をささず店内までダッシュした。入ってすぐ元気な彼女の声が聞こえた。声のした方を見ると、九月に入ったばかりなのに中華まんの準備に追われている彼女を見つけた。店内にはまだ客がいたがあの店員がいない。このチャンスを逃すと次はいつになるかわからない。何も持たずレジへ向かう。俺の動きを見て彼女もレジへ入る。特に物を持っていないことに気付き、きょとんとしているが気にして入られない。いつあの店員がやってくるかわからないからだ。
「あ、あの。き、今日は話があってきました」
何から話したらいいのか、頭の中がごっちゃになっていて呂律も回っていない。あたふたとして、落ち着きのないアホな人だと思われてしまう。今はそれでもいいか。一言でも多くの言葉を彼女に伝えることが重要だ。
「私に何か御用ですか? いつも来てくださいるお客様ですよね。ご利用ありがとうございます」
笑顔の彼女に興奮した気持ちが少し落ち着いた。
「この数ヶ月、このコンビニを利用し続けたのは小森さんあなたに一言いいたいことがあったからなんです。」
深呼吸をし、今までの動揺を消した。
その一言を言うためにチャンスを探し続けた。あいつが邪魔をしてくれたおかげで夏は通り過ぎ、このままではいつになるかも分からないとさえ思った。
「好きです、付き合ってください」
深く頭を下げた。今彼女がどんな顔をしているのか分からないが俺は恐らく顔を真っ赤にしているに違いない。そんな顔を見られるのが恥かしくてレジ台より下になるまで頭を下げた。
「あ、あの。頭を上げてください」
恐る恐る顔を上げてみる。彼女も顔を赤くして俯いた。俺もだが向こうも目を合わせにくいようだ。そりゃそうだ。こんなこと言われて何も変化しないのなら、さっきの時点で別の答えが聞こえてくるはず。
「……このお話、私が仕事終わるまで待ってもらえませんか? 今はまだ仕事中なので話しにくいですし、他のお客様もいらっしゃいますので」
言われて周りを見る。雑誌を持った男の客が俺の後ろでこっちを凝視しているし、入り口であの店員がこっちを見て睨んでいる。あの店員が俺の胸倉を掴んでそのまま俺を外に引きずっていく。
「終わるまで待っていてくださいね」
彼女の声が最後まで聞こえる前に駐車場に放り出された。このまま殴られると思った。どこまで聞かれていたのかは分からないが、こいつも彼女に気があると思われる。他の男が自分の好きな子に告白なんてしていたら怒るのが普通だ。
しかし殴ってこない代わりに顔を近づけてボソボソを何かを言っている。
「聞きにくいから、もうちょいはっきり言ってくれないか? それとも外じゃ言えないようなことなのか?」
相手の目を見て話す。人として基本だ。だがをれを言った途端、こいつが怒鳴り始める。しかも顔面近くでだ。
「なんで告白なんかしたんだ。小森は俺と一緒になるんだ、お前みたいな他所者になんか邪魔されたくないんだ。ずっとここまで二人できたんだ。これからも俺と小森の間に邪魔者なんか入れさせない。だから貴様も入ってくんな」
いい終わって俺の左頬に一発飛ばしてきた。なんだこいつ、独占したいだけか。まぁ聞いた感じだと幼馴染といったところなんだろう。そりゃ昔から一緒にいればあの子は俺のものとか言ってもおかしくはないか。でも世の中そんなにうまくいかないし、うまく行かせない。ライバルが怖くて人を好きになったり出来るか。有名人や著名人が相手なら諦めもつくが、相手がこんな独占欲だけで他人の気持ちをどうにかできると思っている奴なら負けやしない。だって俺だってこいつと同じくらいあの子のことが好きなんだから。
「悪いがそんな脅しには乗らないぜ。折角彼女と話すチャンスが出来たんだ、この機会を逃すものかよ。それとこれは返すぜ」
奴の左頬に一発当ててやった。
日が暮れるにつれてだんだん涼しくなっていく。夏が短かった今年としては例年通りの空の始まりなのかもしれないが、今の俺にはちょっと肌寒い気もする。奴がずっと俺を見張ってるおかげで、車に戻るのもためらって外にいるせいだった。別に車に戻ってもいいとは思うが、外からずっとガン飛ばされ続けるのも気が散って嫌だからだが。しかしこいつ、いつまで俺を見張る気だ? 彼女が出てきて一緒に帰るとか言い出すんだろうなぁ。俺に話をさせないつもりだろうが、めんどくさい限りだ。一言も口を聞かないでいてくれるのは非常に助かる。こんなときは携帯でゲームをしているのが一番時間つぶしにはいい。嫌な奴とおしゃべりをする精神を俺は持ってないからちょうどいい。
ふと携帯の時計を見ると二十二時と表示されている。もうそんな時間が経ったのかと横を見るとまだ奴がいた。飽きもせずこっちをチラチラ見てはまた目を地面に向ける。日はとっくに暮れて星の見えない若干涼しい秋の空。
扉の開く音がして店の前へ彼女が出てきた。俺と奴に気付き、先に奴の方へ向かって歩いていった。何か小声で話をしているようだ。奴の反応を見る限り彼女と一緒に帰るようせがんでいるようにも見える。そんなところをみると、俺は随分年下の人に恋心を持ったんだなと思ってしまう。話が終わったのか奴が渋い顔をして夜闇に消えていく。
「お待たせさせてしまい、申し訳ありません。なかなか中山君が話を聞いてくれず…」
「いいですよ。それよりもさっきの事なんですが、ここでは話しにくいのであればどこかへ場所を移しませんか?」
「その前に一つだけいいですか?」
「はい、なんででしょう?」
「お名前を伺ってもいいですか? まだ聞いていなかったので」
「あ、そうでしたね。久木士郎といいます」
自分の名前を名乗るのをすっかり忘れていた。自分の名前を言わずに相手の名前だけを知っているというのは、変な感じがすることだなと思う。
彼女を車に誘導する。大人しくついてくるようだ。いまどき店内で告ったとはいえ言った本人の車に何も疑問に思わず乗ってくるとは。それだけ信用されているということでもあるか。とりあえず、駅の方にあるファミレスにいくことを伝え車を出した。
コンビニからファミレスまでお互い何も言葉を発しなかった。彼女は何を考えているのかわからないが、俺は単に話しかける言葉が見つからなかっただけだ。夕飯を一緒にしているうちに何か浮かぶだろうと思っていたからだ。
車を駐車場に入れ、店内へ向かう。その間もお互い何もしゃべらず彼女は俺についてくるだけ。これはもしや、はっきりと断られるのか? もしくは脈があるのか? 俺には良く分からない。けれどご飯を二人以上で食べるのはどれくらいぶりだろうか。
禁煙席に通してもらい、メニューを見る俺はハンバーグセットとドリンクバーを彼女はえびグラタンとドリンクバーを注文している。店員が去った後、何が飲み物をとってくるからと聞いてドリンクバーのところへ行く。自分の分の紅茶と彼女の分のオレンジジュースを持って席に戻り、コップを彼女に渡す。軽く会釈をしておいしそうにジュースを飲む彼女見ながら砂糖とミルクを入れる。
「あの~さっきの話なんですが」
俺よりも先に彼女が口を開いた。そんなにじれったそうにしていたのだろうか。
「はい」
「本当に私なんかでいいんですか? まだ私学生ですし、年上の方とお付き合いしたことないんです」
少しずつ話してくれた。今高校三年生で気持ち的に余裕ガスこないこと。受験にするか就職にするかいまだ迷っているらしい。親の意見で受験することは決まっているらしい。俺は受験することを進めておいた。実際、高卒よりもバイトですら若干給料が高くなることも話した。それから就職を探すことも可能だし、バイトから社員に上り詰める奴もいることも話した。これは俺のバイト先の話だが。
料理が来ても食べることそっちのけで自分自身のことを話し続ける。俺が口を挟むのは相槌と間が少し空いたときだけ。よほどこの手の話が出来る人がいないのだろうか。あの男にでも話せばよいだろうに。
「す、すいません。私ばかり話をしてしまって。こういう話、友達とかにはどこまで話していいのかわからないし、話をしようとしてもついつい別の話で盛り上がってしまってダメなんです」
完全に聞き専っぽくなったが、たまには誰かの話を仕事以外で聞くのも悪くない。
「俺なんかで話が出来るならいいですよ。もしこれからも色々話をしていきたいのであれば時間作りますし」
「それで、その。私が大学受かるまで待っていただけないでしょうか。せめて三月まで、それまで待っていただければお付き合いしますから」
「返事だけでも今ではダメですか?」
彼女は首を横に振るだけ。女性の切羽詰った言い方をされるのは苦手だ。俺はその話に乗ってしまった。やや冷たくなった料理を食べ、彼女をコンビニ前まで送り家路に着いた。
受験が終わるまで誰とも付き合わないとは言っていたがあいつがどう動くか分からない。もしかしたらあいつにそういうように言われたのかもしれない。とりあえず今は彼女の言葉を信じるしかない。
家の帰ると幽霊や妖怪どもが楽しそうに俺の周りをふわふわ浮いたり走り回ったりしている。今日のことを聞いてくる。大方遠くから見ていたのだろうが、俺から直接聞きたいのだろう。今日あったことをじっくりと話してやることにした。
それからは毎日ではないがあのコンビニを利用するようにしている。以前よりかは減ったが彼女、小森さんに会うこともある。結局苗字しか知らないままだ。それでも幽霊やら妖怪などの『普通の人には見えない者達』と会話している自分よりかは遥かにマシだ。久々に人と、しかも恋話というすごく楽しい時間があった。たまに相談ということで俺に話をしてくれるときもある。そういうときはお店でレジを打ちながら待ち合わせを話したりする。勉強のことは俺にはよく分からない。卒業できるようにやっていた気はするが人に教えるほど出来るわけもないからな。主に学校でのことや友人と遊んだこと、幼馴染である中山のことも話の中には含まれていた。中山は小さい頃から一緒に遊んでいた奴だったらしい。どこへ行くにも一緒に出かけては日が暮れるまで遊ぶ子供だったらしい。外で遊ぶのも一緒、家の中で遊ぶのも一緒となれば男の側からすれば自分以外の男が彼女を連れて行くのは許せないと思うものだろう。今はまだ答えを聞かせてもらえてはいないが、あと数ヶ月の辛抱だ。それで決着が着く。学校では中山とうまくやっているらしい、彼女なりに機嫌取りなることもしているとのことだ。大学の合格が決まるのは三月、それまでこの中途半端な状況を維持しなければならないのはもどかしいが、それも約束だからゆっくり待つしかない。
そのときが来るのを楽しみに待っている。
終
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
コンビニ店員に恋をする士郎の片思いのお話。
追記:まさかこんなに多くの方に読んで頂けるとは思ってませんでした。今後も頑張って行きます! ありがとうございますm(_ _)m