市が死んでから数日後、吉野から派遣された回収班が彼の音撃武器を回収した。殆どの場合留守を任されていたので一人でいる事は馴れていたのだが、戻って来る人間が一人だけになってしまうと、孤独感は倍増する。彼の部屋はそのままにしてあり、一夏は中に立ち入ろうとはしなかった。仏壇に置かれている音響に向かって手を合わせ、目を閉じた。
「簪、兄様は?」
「うん・・・・意気消沈って訳じゃないんだけど・・・・いつもより、怖い・・・・」
「そうか・・・・私も心無しか兄様の自主練がいつもよりキツくなっている様な気がするのだが・・・」
「焦っているだけだ。」
「え?」
ラウラと簪の言葉に口を挟んだのはマドカだった。
「兄は今焦っている。師はもう他界し、心の中に渦巻いている大きな蟠りの対処方法が分からなくなっているだけだ。」
「何でそんな事が分かるの?」
「只の勘だ。何より、私は兄の妹だ。これ位分からなくてどうする?しばらくそっとしておいた方が良い。余計な事をすれば兄の中での蟠りが更に増す。」
(兄、か・・・・・考えた事も無かった・・・・・私を解き放った・・・兄・・・・)
マドカ自身も一夏の事を複雑に思っており、どう接するべきか分からずにいた。
(だが・・・・良いかもしれない・・・・一時だけでも・・・・)
その頃、一夏はアリーナに出ていた。復興作業のお陰でアリーナの約半数は使用可能になっている。そこでは既に何人かが訓練機で自主練をしていた。その中には、代表候補の数人が混じっている。
「一夏・・・・」
「一夏さん、お久し振りですわね。」
「よう、お前ら。精が出るな。」
「一夏さんに負けっぱなしでは英国淑女の名折れですわ。」
「私も代表候補として負けっぱなしは面白くないからね。」
シャルロット、セシリア、そして鈴音に挨拶をする。
「それと、一夏さんサイレント・ゼフィルスの件ですが、本当にありがとうございました。イギリス政府の皆様も、いっそあれを一夏さんにお渡ししようか等と考えている方も小数とは言えいましたのよ?」
「それは流石にマズいだろう?興味深い申し出だと言う事は否定しないが、絶対数のある専用機を俺に渡した所でどうするんだ?それに、俺としては使い慣れているコイツの方が扱い易い。お前も知っていると思うが、俺は政府に縛られるのは嫌いなんだ。」
「まあ・・・・・このご時世ですから、仕方ありませんわね・・・・」
ちょっぴり残念そうな顔をしたセシリアであった。
「確かにな。ところで、お前フレキシブルは出来る様になったのか?」
「え、ええ、まあ・・・・」
「よし・・・・じゃあ、お前ら全員、掛かって来い。その上で反省点を挙げる。」
一夏は右手を前に突き出すと、瞬時にISを展開した。右手には既に草薙が握られている。雪羅もクローが展開されており、やる気満々である。
「みんな、気を付けなさいよ。コイツ私達代表候補生全員が相手になっても倒せないから。」
「そうですわ。未だに何をどうすればその様な力を身につけられるかは存じませんが・・・・いつか私達もその高みに登って見せますわよ!!」
(そうだ・・・・それで良い。高見を目指せ。そして己に誓え。たとえ挫折しようとも、這い上がると!!師匠とも、そう約束した!!)
五人を相手に一夏はまるで荒れ狂う暴風の様に動いた。一撃一撃が素早く、重い。
「武器を振る時はもっと腰を入れろ!リーチを最大限に生かして攻撃力を上げるんだ。銃撃は移動しながらだ、棒立ちじゃ的にされるぞ。」
的確なアドバイスをしながら戦闘を続ける。
「多対一の時は一塊になるな!広がって包囲して、時間差をかけて攻撃を仕掛けろ。」
結局は一夏の勝ちとなったが、依然と比べるとセシリアのビット運びも上手くなっており、フレキシブルも七割の確率で使える様になっている。鈴音も無駄に衝撃砲を撃たず、接近戦に徹してからの砲撃と言う戦闘スタイルを取り始めた。
「以前に比べると大分マシになったな。その調子で頑張れ。俺もお陰ですっとした。」
一夏は部屋に戻ってベッドに腰を下ろした。隣のベッドでは楯無が一夏のワイシャツ一枚と言う際どい姿で眠っている。
(全くコイツは・・・・人の服を勝手に使いやがって・・・・)
だが、楯無の寝顔は落ち着いた物で、見ていてどこか癒されてしまう不思議なオーラを放っていた。と言っても、一夏にしかそれは反応しないが。すると、突然手を掴まれてベッドの上に引き倒され、楯無が馬乗りになった。
「捕まーえた♪」
「どうしたんだ、急に?」
だが楯無は何も言わずに一夏とかなり濃厚なキスを交わした。楯無の舌が口の中に入り込んでまるで別の生き物の様に動き回る。
「教えてあげる・・・・私の、本当の名前・・・・玉籤よ・・・・更識玉籤。」
「玉籤・・・・綺麗な名前だ。でも、何で・・・?」
「ウチはね、原則当主の相手は本人が決める事になってて・・・・・その相手に本名を教える事がしきたりなの。」
「そうか。俺もそうしたいと思っている。あの口うるさそうな姉を説き伏せるのが最大の難関だろうがな。まあ・・・・俺がなんとかするさ。」
「ありがと。簪ちゃんにも、この事は伝えておいたわ。」
「分かった。でも、今でもまだ分からない事がある。師匠が送って来たこの鍵・・・・一体何を・・・・・あ・・・・・・まさか・・・・!?」
一夏は楯無を膝に乗せたまま起き上がり、ベッドサイドに置いてあるテーブルの引き出しから木製の箱を取り出した。ルービックキューブの様に模様が六面に施されている。それぞれ天、地、東西南北の漢字が彫られている。それに掛かっている小さな南京錠に鍵はぴったりと嵌った。
「やっぱり・・・・これの鍵だったんだ・・・」
鍵を差し込み、それを回すと、箱が粉々に砕けて散った。残骸の中から現れたのは、内側に立派な梵字の彫刻が彫ってある三つの指輪だった。鎖に通されており、それは、一夏も知っている物だった。それは、市が肌身離さず付けていた物だ。
「これ・・・・」
「師匠の物だ。」
コンコンコン
丁度扉でノックがした。
「開いてるぞ。」
入って来たのは包みを持って来た簪だった。
「元気、無さそうだったから・・・・はい・・・・」
包みの中には、手作りの物であろう抹茶風のカップケーキが入っていた。良い匂いが立ち上る。
「おお・・・すげー美味そう。ちょうど良かった。簪にもこれは聞いてもらわなくちゃ行けないんだ。」
「うん・・・・」
お湯を沸かし、紅茶を入れた一夏はテーブルを挟んで二人を見据える。
「さてと、これから先、猛士はオロチとの戦いに備えなければならない。当然、ファントム・タスクの残党を捜し出す為の協力も呼び掛けられるだろう。そうなったら、もう二度と聞けないと思うから・・・・・玉籤、簪、戦いが終わって、日常を取り戻したら・・・俺と結婚して欲しい。」
簪は思わず紅茶を吹き出しそうになり、楯無も覚悟はしていた物の、いざ面と向かって言われると俯いて黙ってしまう。二人が気を取られている隙に影武者の術で自分の分身を作り上げた。二人の左手薬指にそれぞれ指輪を嵌める。少し大きいが、入らないよりはマシだろう。
「「本物はまだ先になるけど、今はこれで勘弁してくれ。」」
「お姉ちゃん・・・・教えたんだ・・・・本名・・・」
「あんまり会えない分余計に、ね・・・・」
二人の一夏は簪と楯無にそれぞれキスを贈り、横抱きにして運び上げた。
「これからずっと、一緒にいたい。二人を・・・・ずっと、守りたい。」
その夜、一夏の部屋からは呂律の回らない喘ぎ声がしばらく聞こえたとか、聞こえなかったとか・・・・
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はい、そのまんまです。おまたせしました。定期的に書き溜めしていた物を投稿して行きます。話数は残り僅かですが、最後までよろしくお願いします。