No.49093

ミラーズウィザーズ第一章「私の鏡」09

魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第一章の09

2008-12-29 02:21:46 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:431   閲覧ユーザー数:415

   *

 自身の歯ぎしりが頭蓋に響く。

 暴風と紛う烈風が、体を大地から引っこ抜こうとうねり弾けた。魔力を帯びた風に晒され、全身が荒れ狂う。だがそのすんでのところで耐え、逆に声を張り上げた。

〈汝貫くはアテンの矢〉

 構成は単純、即興の魔法だ。太陽神の加護を得た神霊魔術の一種。

 彼はクシュラ・カッシャ。『神』と名の付いた世界の源となる機構を使った魔法を操る魔法使いだった。独特の古びた色合いをした綿織の法衣は神聖なる霊装。衣服にあしらった全ての飾りが彼の幽星気を高めている。

 クシュラが構成した即興魔法は、これ以上彼を襲っている『風霊』の魔法を強くさせない為だけの牽制だった。クシュラの手にする錫杖が光を帯び、次の瞬間にはもう魔力が放たれていた。

 彼を襲う『風霊』の魔法による風の渦を物ともせず、その神の光は突き進む。そしてクシュラと相対している貫頭衣を被った魔法使いに襲いかかった。

 二人の魔法使いが対峙する試合場。魔法使い同士が死力を尽くして魔法戦を行っている真っ最中だった。

 クシュラ・カッシャが戦っている相手はカール・ルブラン・レガールという風使いとして有名な魔法使い。同じバストロ学園の生徒である。つまりは魔法戦と言っても授業で行われている「模擬戦」という訓練だった。

 攻撃魔法が迫っているのに、カールは対応する様子がない。逃げるか防ぐかしなければ、牽制のはずのその攻撃魔法で決着が付いてしまうのに。

 そう思ったとき、風の魔法使いの体が揺れた。

 瞬間の突風、カールは体の力を抜いて、自らが作った風に身を任せた。

 地を蹴って身を避けるなら、足で踏ん張る予備動作が必要だ。その仕草から次の行動を予測することも出来る。それなのに、突然体が吹き飛んでいくのだ。牽制のつもりとはいえ、魔法を放った側のクシュラには何事か一瞬判断が付かなかった。

 風を操るカールの体は風に乗り、海を行く帆船のように宙を自由に行く。当然のように、彼に放たれた攻撃魔法は外れ、闘技場と外を隔てる防護用結界に虚しくはじけ飛ぶ。

 そしてカールが操る『風霊』の魔法は、より強く激しさを増していく。まるで時間が経つ毎に勢力を増す台風のよう。しかし、恐らく『浮遊』の魔法を併用しているとはいえ、カール自身の体が宙を舞うほどだ、自然の台風などよりも遙かに強力で指向性を持った風である。

 カールはそのままの勢いで宙を行き、クシュラの頭上を取る。

『おぉぉ』

 観戦する他の生徒達からは感嘆の声が漏れていた。

 授業での模擬戦では、単に魔法の撃ち合いで終わることが多い。より手数の多い、魔力の高い方が勝つ。そんな面白味の欠ける試合ばかりだ。今のように同じ魔法を攻撃と回避に併用して見せただけで、大抵の者は目を見張ってしまう。

 その観客の中にクラン・ラカン・ファシードの姿があった。腕を組み、自然と背を伸ばした姿は凛々しくも雄々しく、そして悠然としいた。

 このバストロ魔法学園生徒会長にして序列五位のクランは、観戦席を盛り上げる二人の対戦を悲しく見ていた。

(たったあれだけで盛り上がるなんて……。そんなことだから誰も『四重星』の序列を脅かせないのよ。私程度に五位を許している時点で、この学園のレベルが知れるというもの。私は、私は攻撃魔法の才なんてこれっぽっちもないんだから……)

 クランはいつも不満だった。代々魔法使いを輩出しているファシード家の生まれとはいえ、クランは自分が魔法使いとしてそれ程優れていないことを知っている。

 いや、魔法使いに囲まれて育った身だからこそ、自分の不甲斐なさを自覚している。その自分が序列五位に収まっているのが心底気に入らないのだ。

 それは現状に満足しないストイックな精神を持った彼女の主観ではある。客観的に見れば、クラン・ラカン・ファシードは学園生徒の中で『四重星』に次ぐ実力者であることは確か。

(大体、『九星』がここ一年、誰も入れ替わっていないなんて、緩過ぎるんです。序列下位は死ぬ気で上を目指し、上位はそれを死守する。そうして互いに研鑽するのが序列の意義なのに、入れ替わりのない序列など、一体どんな意味があるというの。そんなの腐った体制でしかないわ。それに誰も疑問を感じないなんて)

 クランが苛立ちのあまり地団駄を踏みそうになったとき、試合場の模擬戦は終局を迎えようとしていた。

〈砕く! 砕く! 砕く! 我が風が汝が天上を砕き落とす。さすれば地は偏に汝を受け止めん〉

 風を体に受けて宙に浮く魔法使いの呪言に呼応し、空気が空に集まり、目に見えて膨れあがる。

(気圧差で空が歪んで見える。上空で圧縮した空気を一気に叩き落とす魔法ね。威力は充分。でも溜めが長過ぎる。相手の魔法で風が集うのを見ている前に魔法を操っている本人を攻撃すればいいものを。避けられても攻撃を続ければ魔法への集中を乱せるのに、何を悠長に驚いているのです)

 クランの感想通り、神霊魔術使いであるクシュラ・カッシャはまるで何もせず棒立ちのように見える。しかし、彼とて何もしていないわけではない。

〈我が願い聞き届けヘカウ、四つなるヌキセスウイ。フウジャイウイの糸を持て、シェヘブウイは連綿と紡ぎ、ケブウイの顎と成せ〉

 風が上空に集まった所為か、先程までの暴風が止み試合場に立つクシュラの呪言に余裕が感じられた。

 クランの考えとは異なり、彼はこのままでは攻撃魔法が当たらないとみて、『風霊』の魔法を妨害する方を選んだのだ。クシュラは風を司る四神の魔法で『風霊』への干渉を試みる。

 しかしそれを察したクランは、更にクシュラの判断を苦評する。

(馬鹿なの? わざわざ相手の得意分野に勝負挑んで。あなたは自分の魔法適正をわかってないの?)

 風使いのカール・ルブラン・レガールは宙を風に舞いながら口元を緩めた。それでクランには、もうこの模擬戦の勝負が付いたことがわかった。

〈穿て! 穿て! 穿て! 祖は原初なる風と水。其を満たし汝を注げ、さすれば我が一撃に穿てぬもの無し〉

 相手の呪言が紡がれたことに焦るクシュラ。彼の神霊魔術がほとんど効果を発揮していない。それ程までにカールの『風霊』の魔法は強力なのか。

 それで終わりだった。空が落ちる。それが最も適した言葉だろう。上空に溜まった空気が逆落としに、無力なる神霊魔法使いを押し潰す。

 目に見えぬと思っていた空気の塊が、白く濁る。圧縮された空気が急激に体積を戻して、水滴という質量を作りながらクシュラの体を押し潰す。

(あーぁ。全治三週間ぐらいかしら。どうせならお得意の太陽神の魔法でごり押しすれば、防御の薄い『風霊』なんて抜けるのに。砲撃魔法ってのはね。狙って当てるんじゃなくて、当たるよう先だって放つものなのよ)

 それは予想通りの展開。双方の魔法技能を把握するクランには読み通り過ぎてうんざりくる模擬戦だった。

(これが序列二十位台同士の戦いだっていうの? レベルが低すぎる。四位のカルノなら余裕で風を受けきってみせる。三位のマックなら風を集めるなんて自由を与えない。二位のジェルなら隙を見せた瞬間に砲撃を叩き込んでいる。一位のヒュースならそもそも初撃で終わっている。……なら私は? 私も、右往左往して負けたクシュラと大差ない? あの程度の相手なら勝てるけど、私は『四重星』のようには……)

 クランは歯ぎしりする。自分と『四重星』を毎日心中で比較する。その度に、自分の弱さを突き付けられる。

 『四重星』には勝てないという現状。それが打破出来ない自分。クランには自分の弱さを受け入れる強さがまだ備わっていない。

 苛立ちが自然と彼女の幽星体を荒げ、周囲に不穏な魔力を漏れさしていた。

(誰か、別に四重星に食いつけとは言わない。それでも『九星』を脅かし、序列に一石を投じてくれる人はいないの? 私すら倒して、私達を更に高みに引き上げてくれるような好敵手。そんな人が……)

「勝負あり! 勝者、カール」

 『風霊』の魔法がやっと収まり、平静を取り戻した試合場で、審判をしていた講師が勝ち名乗りを与える。序列二十位台同士の注目カードに決着がついたと、会場がざわついた。

「次、クラン! 対、レビノール!」

 呼び出しの声に、クランは何も言わず試合場に向かった。あちこちからクランの名を呼ぶ声援が聞こえる。さすがに生徒会長で序列五位ともなると顔は充分に売れている。

 相手は序列外のレビノール・プランバーグ。序列五位のクランにしてみれば格下もいいところだ。誰もクランが負けるとは思っていない。現れた対戦相手も、始めから勝つ気がないのか、覇気は全く感じられない。

(こういうのが嫌なんです。いくら相手が強いからって始めから諦めて。これなら、どんなに追い詰められても諦めることを知らないあの子の方が、よっぽどマシよ!)

 クランの不満は募るばかりだった。彼女は荒げた心のまま、素早く手で印を結ぶ。

 儀式魔法を得意とするクラン。印契によって足下に簡易魔法陣を出現させる。魔道の名門、ファシード家の血を受け継ぎし雄々しい魔力が、冷徹にも燃えさかるように顕現した。


 
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