「空飛べないってことはあたしの魅力半減じゃん? やだなー」
「魅力? そんなものお前にあるのか」
「ファントムちゃーん、背中には気を付けてねっ☆」
「なにがねっ☆ですか、二人とも戦場でもボケ倒さないでください」
「ああ、さっちゃんもすっかり厳しくなって……あたしゃ悲しいよ」
「ふざけるな俺はいつも本気だ」
「え? それ嘘やろ? ふざけんなや」
遠州市の南区に位置する廃棄港を、プラネットスターズの機装達がこそこそ通信しながら西へと進んでいく。
ガルダとファントムが前方に、その数メートル後方から僕とケーティが続く。
どこか生ぬるい雰囲気が漂っているのは気のせいではないだろう。
それはそのはず、あくまで僕らは南から突撃する民兵の撤退援護を要請されただけだった。
とはいえ、機装が無いのはどこか心もとない……
しかし、僕だけ安全地帯でのうのうとするのは嫌だった。
「町谷大尉から音声信号を受信しました、全員に送信します」
途中、ケーティが町谷副官から回されてきた通信を配信した。
ヘッドセットから、偽装の交渉任務に当たる市役所の行政部長と、聞いたことのない声のやり取りが出力され始めた。
「…………、……るほど。妥協案で満足しろ、と」
「あ、ああ。お前らの軍勢へライフラインを期限付きに供与する。議会は本会議、各委員会ともに法案審議を中止する。兵士に志願する男子の数は年々減っておる。貴重な命が奪われることは許されん」
「ほほう。できれば我々の意見を全面的に汲んで欲しいものだね」
「では殺害を思いとどまって欲しい。他にサイボーグ用燃料も純金インゴットも用意できるぞ」
「あは。いやあ泣かせるねえ」
「なっ、なにが可笑しい! なんなら兵器も原油もくれてやる!」
「アレも欲しい、コレも欲しい、もっと欲しい。……だがねえ。もっと、もーっと欲しいものがある」
「なんだ、お前らは他になにが望みなんだ!」
「俺らが本当に欲しいのは。おまえらとあいつらの首だ!」
マイクロフォンからサイボーグのかな切り声が聞こえた瞬間だった。
先行していたガルダとファントムが横殴りの爆風で吹き飛び、僕の目の前も爆炎で何も見えなくなった。
頭が痛かった。酷い耳鳴りもする。
目の前は霞んで何も見えやしなかった。
どうやら寝転がっているらしい。
頭の中がひどく掻き回されて何も考えられない。
少しして頭を打ちつけた時の、あの甲高い痛みが襲ってくる。
どうした、なにがあった?
「路肩……弾です! 待ち伏せ……!」
バンバンと何かが爆発する音に混じって、女の子の声がした。
この声を最近よく聞くようになった。
ああ。そうだ、僕は戦場にいるんだ。
コンクリートの上でのた打ち回りながら、吹き飛んだヘルメットを手探りで求めた。
だが、その右手は酷く震えてまともに動きやしない。
「……形さん! 安形さ……!」
意識を手放しそうになる寸前、僕の視界は急に開けた。
夕焼けと血飛沫で彩られた僕の足が引きずられている。
これだとホントに両親へ戦死報告が届くかもしれないなあ……
見慣れた機装が首に巻いたスカーフを解き、僕の口へと押し付けてきた。
また泣きそうになってるのか君は。もういいって。
黄色いスカーフがみるみるうちに赤く染まってゆく。
その有様をぼんやり見ているうち、意識はやっと非情な戦場へと舞い戻った。
激しい銃声と鬨の声が混ざり合った騒音と火薬の爆ぜる臭い。
一週間前、初めて触れたあの忌まわしい戦場の甘く暴力的な香りに、僕らは再び包囲されていた。
「な、なにが、あったんだ」
「私達が待ち伏せされていたことだけしかわかりません! 先行の二機とも通信ができません!」
廃倉庫の一つに僕を引きずり身を隠したケーティは短機関銃で応戦していた。
向かい合う倉庫の屋根に群がる幾つもの敵影が、機関銃の砲火を浴びせてくる。
錆びたトタン板とケーティの装甲に幾つもの火花が散る。
何か、何か出来ることはないのか。
鼻血でぐしゃぐしゃになっていた顔を拭きながら歯を食いしばった。
両手にはスカーフしかない。
この戦場で僕は右耳と頭部をやられた戦傷者でしかなかった。
情けない。
機装があれば!
「ああ、お父さん……」
とうとう彼女の装甲を突き破り、銃弾がその肌を貫いた。
耳鳴りに混じって、敵が部下へ命令を告げる声が聞こえた。
終わりだ。
それが二人への死刑宣告になるだろう……
「退け! いったん退けー! 首切り白虎だ!」
え。
なにそれ。
銃声が突然止み、背中を向けて敗走しだしたサイボーグ達の足音だけが耳に届く。
妙な肩すかしをくらった僕らはぽかんとする。
そして何故かこちらにパカラッパカラッっと馬駆ける音が近づいてくるではないか。
戦場に舞う硝煙を切り裂いて、僕らの前に「首切り白虎」は現れた。
それは、装甲化されたサイボーグ軍馬に跨った、腰まで届こうかという黒髪を持つ軍服美女だったのだ!
……今思い出してもアホかと思う。てか実際に思ったよ。この時。
「ふん、血生臭いあだ名もたまには役立つものね。そう思わない?」
唖然とする僕らへ彼女は上から目線で話しかけてきた。
僕は、その美しさに思わず釘づけになってしまった。
そう。鉄馬のプリケツにロープで括りつけられていたその青い甲冑にだ。
戦国時代の武士を模したような風体は、趣味の方向へと突き抜けている。
両肩に据え付けられた楯には、プラネットスターズの徽章と馬鹿でかい『31』の数字が描かれていた。
「興味の矛先そっちなんですか、安形さんは」
え。けーてぃなんかいった? ぼくみみやられたからきこえなかった。
馬上の女性はへたり込んでいる僕を睨みつけてから、にやりと笑った。
「待たせたわね。さっさと着装しな」
今度こそ確信した。
これが隊の教官で、それが僕の担当機装であることを。
「井之川教官、戦傷者に着装ですか!?」
片手で重機関銃をぶっ放す教官は、ケーティに怒鳴り散らした。
「脳震盪と鼓膜破裂なんざヨーチンぬっときゃ治るわ! いいから黙って撃ちな! このたわけが!」
「は……はいぃ……」
教官が乱暴にロープをほどくと、重力に従って機装は仰向けにビターンと崩れ落ちる。
情けない格好の彼に、僕は再び見蕩れてしまう。
おお、こりゃあ完璧な新品やが。
武装の事はなんちゃ分からんがこらムツごいのう。
やけども機能美あふれとるけんええわ、特にこの背中のガトリングが……
「早くしろ! この機械オタクが!」
教官のお叱りで我に返った僕は、一繋ぎになっている機装の胸へと足から滑りこんだ。
兜を被り顎の留め金を固定すると、隙間を作っていた装甲とパッドが身体に密着する。
脳神経と脳伝達回路網が接続され、目の前で計器が瞬く。
戦車級重機動装甲 coad『イヅラホシ』 key word rock 'n' roll
外装の割に随分と異国かぶれな鍵言葉だ。
計器全てに目を通し、異常が無い事を確認し終えた僕は機体に命を吹き込む。
「神経接続正常、出力120%超! 視覚装置接続完了! ……緑一色! rock 'n' roll! 」
立ち上がるイヅラホシの双眸に炎が灯る。
僕と機装は一つに重なる。
久しぶりの感触、それもこれまでよりずっと心地よく、魂を昂らせる興奮が神経を揺さぶり続けている。
これが欲しかったんだ。
この力が。
「ここは私だけで十分過ぎるわ! さあ、思う存分暴れてきなさい! イヅラホシ!」
教官から譲られた鉄馬に飛び乗ると、僕は最前線へと駆け急いだ。
戦場はやはり怖い。
けれども、機装を手に入れた僕にもう敵はいない。
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やっと主人公が暴れて出してくれたオリジナルSFライトノベル、第六話前編となります。
今回ちょっと長いので全後分割です。挿絵はちょっとだけ本気。
一話を読んでない方は(以下省略)です→http://www.tinami.com/view/441518
http://www.tinami.com/view/487926 ← 前 後 → http://www.tinami.com/view/490673
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