No.487863

【 #紅楼夢8頒布 】深読ノベリスト(プレビュー版)「序 凶兆ターンテーブル」

FALSEさん

紅楼夢にて頒布いたします古明地アームチェアデティクティブ新刊サンプルでございます/D-8b「偽者の脳内」となります/詳しい情報は後日ブログで紹介いたしとうございます http://false76.seesaa.net

2012-09-24 00:19:01 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:930   閲覧ユーザー数:917

 

 序

 

 願わくば、人間達に災いが降りかからないように。

 そんな願いを篭めて、彼女は回り続けた。

 

「おうい、雛! いるんだろう?」

 いるも、何も。

 鍵山雛は、常にこの淀みきった空気の中心にいる。麓から集まってきた、厄の蟠りの中に。

 くすんだ赤色のゴシックドレスと帯のように長いリボンという洋装だが、彼女は厄神である。普通の者なら厄を恐れて、直視すらも憚るというのに。

「そんな大声を出さなくても、私はいつだって厄の真ん中にいるわ?」

 茂みが揺れざわめいた。ひょっこりと顔を出した、明るい緑色のキャスケット帽は案の定である。

 河童の民族服とも言える、青いツーピースの耐水コートに大振りな一本の鍵を飾った河城にとりの姿。

「何だい、いつも通りに回っちゃってさ。今日が何の日だったか、覚えてるかい?」

「もう何度も聞かせて貰ったわ」

 今日は、にとりの晴れ舞台なのだ。以前より計画されていた架空索道が、遂にお披露目となる。

 山の頂に突如引っ越してきた立派な神様。彼女は妖怪の山の信仰に飽き足らず、下界の人妖にも手を伸ばそうとしていた。そこでの問題は、山の妖怪が下界の人間はおろか妖怪達にも排他的なことだ。

 玄武の沢より上に住む河童や天狗は幻想郷の外を模倣した、社会に近い組織を構築している。彼らは自分達に介入する者を嫌っていた。神様が受け入れられたのも、山に利益があると判断したからこそ。

 特に山の守りを司る白狼天狗達は、妖怪の山へと参拝客が入るのを頑なに拒んでいた。

 自分達が睨みを利かせるからこそ、山そのものが畏怖の対象となるのだ。そこに人間を招き入れては白狼天狗の面目が立たない。幾ら神様の方針でもそればかりは聞けぬ、というわけだ。雛にとってはどちらでも構わないのだが。

 そこで神様が考え出した苦肉の策が、架空索道の敷設である。参拝者は縄に吊るした搬器と呼ばれる籠に乗り込み、縄に引かれて搬器ごと山へと登る。白狼天狗の監視などお構いなしに山頂へ詣でられるという寸法である……しかし。

 白狼天狗を束ねる木の葉の大天狗は、搬器を通す代償として「籠の中にあるもの」を要求し出した。あからさまな通行費の請求である。無論神様が参拝客を脅かす真似を許す筈などなく、議論が紛糾すること数年。烏天狗や山伏天狗達を取り込んだ地道な根回しが実を結んで、ようやく着工にこぎ着けたという次第である。

 河童達が担務したのは、索道を動かす力を伝える原動機の建設だった。にとりはその中核とも言える。本来ならばこんな山の三合目の、樹海の深くで油を売っているべき立場ではあるまい。

「なあ、たまには見に来ておくれよ、新作発表会。厄なんてちゃっちゃとうっちゃってさ」

 雛は誘うにとりの言葉などお構いなしに、片足を軸にしてくるくると回り続ける。その周囲に纏わりつくのはただの人間でも肉眼で確認できるであろう、どす黒く禍々しい瘴気の塊のような何か。

「そういうわけには行かないわ。麓に、厄が戻ってしまうもの。あなたも厄が移ってしまわぬうちに、麓へ向かった方がいい。さもないと、会場で不幸なことが起こるかもしれないし」

 にとりはそんな雛の警告を、明るく笑い飛ばした。

「大丈夫だって! 万が一そんな厄がついたって、雛が全部集めてくれるだろう?」

「もう。そんなに私の仕事を増やしたいのかしら?」

 釣られて、雛も笑う。彼女に近づいて不幸が降りかかろうがお構いなし、常時楽天的に雛と接しようとするにとりは、彼女にとって実に稀有な存在だ。

「でも、やっぱり駄目ね。今日は特に麓からの厄が多いわ。回収に専念しないと今日中に終わらない」

「厄ってのは、湧き水みたくほいほい無尽蔵に出てくるものなのかい?」

 雛は困り顔を作った。厄の量というのは、一日でさほど変わらないものだ。人妖が日々を過ごす中で僅かずつ蓄積したものを、雛が集めて引き受ける。幻想郷の住人の数とほぼ比例するのだ。それが今日に限って総量が増えるのは、いかなる理由だろう。

「とにかく、今日の会には気をつけた方がいいかもしれないわ。あなたの作った機械に何か悪いことが起こるとは思えないけれど」

「ありえんな」

 間髪を入れずに、淀みのない返事が戻ってきた。飾りの大鍵が服に食い込まん勢いで、胸を張る。

「ああ、今回のは自信作だからね。雛にも見せられたらなあ。あいにく、あのエンジンをここに持ってくるのはちょっと難しいからね。山頂までパワーを伝えるのに相応の機構を誂えねばならなかったから、当然装置は大型のものになるしな。更には核融合のエネルギーを余すことなく利用するために……」

「ねえ、にとり」

 雛は半ば笑いながら、話に割り込んだ。技術屋の多くの例に漏れず、彼女の発明品自慢は長くなる。

「あなたのことだから、それがきっと凄いものだというのは分かるんだけど。それはあなたが居なくて動かせるものなのかしら?」

「うっぷす。いっけねえ、ついつい話し込んじった」

 やおらにとりは鼻を摘まむと、なぜか雛の眼前で横っ飛びする。と、いきなり彼女は茂みに消えた!

 一瞬後、大きな水音が雛の耳にも届く。樹海に生い茂る下草に埋もれ、下流に続く小川があったのだ。

 にとりは水面に顔を出して、大声で雛を呼んだ。

「じゃあさ、終わってからでもいいから来てよ! 丸々一刻は動かし続ける予定だから!」

「あまり期待しないで待っててくれると、助かるわ」

 樹海に隠された川の流れるに従い、にとりの声が少しずつ遠ざかっていく。

「諦めんなよ! 諦めたらそこで試合終了だって、偉い人が言ってたぞ! じゃあ試運転が終わっても、エンジン回して待ってるからね! 約束だよ!」

 徐々に距離を離すにとりの声を見送りならぬ聞き送りながら、雛は内心苦笑するのだった。

 別に、一期一会というわけでもなかろうに。仮に今回の試運転を見られなかったからとて、にとりが造った機械はその場に残り続ける。厄集めが一段落した時にでも見に行けば済む話だ。

 

 ――試運転が上手く行けば、の話だけれど。

 

 厄神とは遠くにあって、人間達が不幸に見舞われないように見守るものだ。今までもそうだったし、これからも変わることはないだろう。

 だから雛は、回り続ける。掛け替えのない友人に、厄が降りかからぬようにと。

 

 §

 

 水の中は、紛れもなく河童の領分である。泳ぎで、しかも川下りならば、鳥よりも早く山を降りられる自信がにとりにはあった。

 河童本来の泳法と経験、そして背に負った巨大なリュックに内蔵されたスクリュー推進機構が水中の最善ルートを導き出していく。

 川底に沈む丸石などの障害物を巧みに躱しながら、泳ぎ進むこと十数分。水の上に感じる気配を頼りに顔を出すと、緊張が電撃のように体を走り抜けた。

 ――これは思った以上に人間が多いな。

 樹海に入る手前、樹林が疎らになって見晴らしがよくなった丘陵地の向こうに、かなりの数の人間が集まっている様子が見える。その人集りの中心からぴんと張った紐のようなものが数本、三十度ほどの傾きを以て上空に伸びていた。その延長線に霞んで見えるのは、妖怪の山の山頂である。

 あれこそが山頂の神社、守矢神社に人を運ぶため建設された架空索道であった。

 十数人が乗れる程度の大きさを持つ籠にかの縄を通し、麓と頂上から原動機を用いて籠を牽引する。天狗のように空を飛べない人間でも空を自在に歩くことができるという、外の世界の画期的な乗り物だ……と、神様からは聞いている。

 建設に数年を要したとはいえ、その期間の大半は天狗達に対するネゴシエーションである。一度建設が決まった後の建立速度たるや実に幻想的な速度であった。基礎の大半は、神様が数日とかけずに作り上げてしまったのだから。にとり達が手伝ったのは、僅かな技術的後押しに過ぎない。

 観衆として集まっているのは、神様の呼びかけに応じた物見遊山の人間達だろう。だが日中とはいえ、人里から少々距離がある山の麓までやってくるのは相当な物好きに違いない。案の状、観客達の中には少なくない数の人外も混じっていた。

 にとりはというと、支柱もなく山頂に伸びる縄の仕掛けについて好き勝手な憶測を並べている観衆を横目に彼らの背後を大きく回り込んだ。人間と馴れ合うのは、あまり得意ではない。お披露目が始まるまで大人しく身を潜めていることにして……

「おや技術者代表殿、ようやくご到着ですね」

 背後から突然閃光が走ったお陰で、心の臓が停止するかと思えた。近くにいた一部の人間達が一斉に、にとりに注意を向ける。瞬時に顔が赤く染まった。

「ちょ、ちょっと、空気読め射命丸!」

 閃光の正体は、背後を確認するまでもなかった。にとりにとっても知った顔である。そこに立っていたのは、手巻き式の写真機を手にした黒髪ショートカットの少女。頭に被った赤い頭巾とモノトーンのシャツとスカートは、烏天狗に共通のものだ。

「いいじゃないですか。どうせ後で、顔見せ興行があるんでしょう? 今のうちに視線に慣れておいた方が、人見知りで大恥かくこともありませんって。というわけで、ちょっと笑顔作って貰えませんかね」

 射命丸文は憤慨するにとりを前に悪びれもせず、シャッターを切り続ける。その騒ぎを聞きつけたか、二人に注目する人間の数は増え続けていた。

 にとりはたまらず、顔を手で覆った。

「人見知り言うなっ! 私はこれから、架空索道を動かさなきゃならないんだ。万が一失敗したら様にならんだろうが! あんたは適当に野次馬でも取材して、試運転が終わるまでの時間稼ぎでもしてろ!」

 踵を返して、脱兎の如く走り出す。突然始まった河童と天狗のやり取りに興味を示した人間達の視線から、一刻も早く逃れるために。

「あやや、つれないですねぇ。この催し事の、影の主役みたいなものじゃないですか」

 が、約一名の視線からは逃れられなかった。文は全く涼しい顔で、疾走するにとりの横を並走する。烏天狗最速を謳う彼女は、地上でもやはり速い。

「あー、うぜー! 何で着いて来るのさ⁉」

「それがあなたの言う野次馬にはもう、一通り話を聞いてしまいましてね。無論八坂様と早苗さんにも、試運転に先駆けたコメントを頂戴しておりますよ。後は焼き芋屋台の真っ赤な姉妹に、白狼天狗……」

 急ブレーキ。足で地を踏みしめて、慣性を殺す。盛大な摩擦音と共に土埃が舞った。

「あんだって⁉ あの石頭連中、何しに来たんだよ。まさか、試運転の妨害でもする気じゃあるまいな」

 文もまた高下駄を地面と鋭角に傾けて、にとりの前に立ち止まると、大袈裟な素振りで肩を竦めた。

「重篤な事故が起こらぬよう、警備するそうですよ。八坂様もあれらを出し抜いた手前、いやとは言えないようですね。ほら、あの辺りにいる連中です」

 にとりはスカートに並んでいるポケットを探り、先端にレンズのついた円筒形の物体を取り出した。測量用の遠眼鏡を片目に当てて、文が示した方角を探す。問題の集団は、群衆から少し離れた所にいた。

 みな白髪に天狗の頭巾を被り、袖が独立した白い狩衣に赤い袴。そして紅葉の紋章があしらわれた、大きな盾と反り身の大剣を持つ。

 あまりにも馴染みの、白狼天狗の集団。

 望遠レンズの中の白狼天狗達は、顔を見合わせて何か話し合っている。が、そのうちの一人が何かに気がついたようににとりの方を指差した。白狼天狗全員の刺すような視線に晒される。にとりはそれに対し、戯けて手を振って見せた。

 遠方からにも関わらず、彼らはそれに対し蝿を払うような仕草を見せると群衆の陰へと歩き去った。白狼天狗達はみな、千里先を見渡す目の持ち主だ。

「本当に警備なのかな……時に射命丸、椛は見た?」

 遠眼鏡を元のポケットに戻しつつ、にとりが文に尋ねる。垣間見た集団の中に、彼女の気の置けない将棋仲間の姿が見当たらないのが少々気にかかった。

「あの下っ端ですか? 最近は見ていませんね……まあ白狼天狗のシフトまでは我々の認知するところではありませんので何とも」

 再び架空索道の原動機に向けて歩みを進めながら、にとりは思索に耽った。無論、文も着いていく。

「気になりますか? 確かにあの子だったら、汚れ役を押し付けられてもおかしくはないですからね」

「どういう意味だ」

 文はいつの間にか手帳と筆を取り出し、にとりの横で悪辣な笑みを浮かべている。

「言葉通りの意味ですよ。あの集団は我々や八坂様を欺くための囮として……実働たる犬走が架空索道を失敗に導くための策を命じられているとしたら、どうでしょうかねえ」

「不吉なことを言うな。同じ天狗のくせに、他人事みたく言いやがって」

 そう、烏天狗や山伏天狗にとっては他人事なのだ。さもなくば文が神様と白狼天狗との確執など、記事に仕立てる筈もない。

「私としてはどっちに転んでも問題ありませんので。まあ精々原動機に妙な仕掛けが施されていないか、入念に確認することをお勧めしときますかね」

「下らん妄想並べてる暇があったら、とっとと去ね」

 先程の白狼天狗よろしく文を追い払って、群衆の中心にあるものを見る。丸木で組んだ小屋状の物体、架空索道の搬器である。今は茅で編んだ人形の類を青い袴の巫女が運び込んでいるところだ。人間と同じ重さのダミーを積み込んで、実際運行に支障が出ないかを見るのだという。

 本当に支障が出る程度のレベルで済まされるのか。

 今日の会は、気をつけた方がいいかもしれない。そんな雛の言葉が無性に思い返された。

 ――阿保臭い。奴らが厄を呼び込むってか?

 両の頬を平手で打ち、搬器の脇に置かれた小山のような構造物を見る。にとりが設計し、搬器を頂上まで輸送する核融合動力原動機だ。

 あれを立派に動かすことで、この場に纏わりつく厄など振り払ってくれる。そんな決意を新たにして、にとりは原動機へと歩みを進め始めた。

 

 

「ええ、あの。今日はカクーサクドーとかいうのの実験だったそうなんですけど」

「カクーサクドー?」

「それが、中止になっちゃったんですよ」

 

 

 

「そんな馬鹿な! ロープ断裂だと!?」

「こいつはやばい、緊急停止だ!」

 

 

 

「この私が、嘘をついていると……?」

「嘘の反対は本当。正しいの反対は『間違い』よ。事故を起こしたのが天狗さんじゃなくて、全く別の誰かだったりしないのかしら?」

 

 

 

「……その縄の先に、何かついていないか?」

「え、そうかな?」

「どちらかと言ったら、よくない類いの匂いだね。餌として寄越されても絶対に口に入れたくないっていう感じの……こいつぁ、何だ?」

 

 

 

「単刀直入に聞きたいんだけど。架空索道の事故を起こしたのって、あなた達かしら?」

「いきなりド直球で切り込んできたな、おい」

 

 

 

 ――キエエエエエエエエエエエエエエッ!

 

 

 

「……山の神が報復でやったとしか思えないね」

「噂が本当ならな」

 

 

 

「八坂様が犯人だ、とは一言も言うておりません」

「ただ、この山の風水を司るは守矢の神社であった筈です。あれほど大規模な山崩れが起きたのならば、八坂様方が察知していてもおかしくはありますまい。それとも何か、加護が不十分であったと?」

 

 

 

「お燐。もう一度、思い出して貰えますか? 架空索道の試運転会場に、どんな神妖がいたのか」

 

 

 

「……いや、おかしいでしょ。あの妖怪(ひと)は、山神や白狼天狗どもの心を読んだわけでもないんですよ? そのさとり様の推理なんかよく信じられますね?」

「逆よ、お燐。それは全く逆。お姉ちゃんが、心を読まずに考えたことだから、私は信じるの」

 

 

 

「ひゅいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」

 

 

 

 

 

 

「何してんの、姉さん」

「祈りましょう、穣子」

 

 

 

 

 

 

 深読ノベリスト ~小説家さとりと素敵な取材者達~ Coming soon.

 


 
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