1
人間は罪深い生き物だから、毎日、神様に懺悔しなくてはいけない。罰を受け、苦しんで、許しを乞い続けなければならない。
それが世の理で、一つの真実だ。
「この世は、あなた方が来世、神の傍で天使となり使えるための修業の場なのです」
私は今日も、神像の前で祈りを捧げる。
許してください。私のことを。罪深い人間のことを。
「この世での幸せは罪です。来世のために苦しみなさい。許しを乞いなさい」
私は今日も、神像の前で祈りをささげる。
私に罰を与えてください。私は全てを受け入れます。
「神を信じるのです。神を愛するのです」
私は今日も、神像の前で祈りを捧げる。
この世は、私たちが苦しむためにだけ存在する。
2
「ねぇねぇ、キミはマゾなの?」
礼拝中に知らない声が聞こえました。
ここは私の家です。泥棒でしょうか?
「何これ?」
礼拝中に目を開くのはもってのほかです。しかし家に異分子が紛れ込んだとなると話はまた別です。私は周りを見渡しました。不審者がいました。真っ黒。
黒いマントを付けた不法侵入者は、あろうことか神像を、ひょいと片手で持ち上げました。あぁ、なんてことを。しかも素手で。
「何するんですか! そんな無礼な!」
「へ?」
私ということが、礼拝中にこんなはしたない声をあげてしまうなんて。でも仕方ありません。だって、神様の化身である神像をそんな無造作に扱うなんて、許してはいけない行為だからです。
「あぁ、これ、そんな大事なモノなの? 子どもが幼稚園で作ったの? お上手お上手。ハハハ」
「そ、そんなにベタベタ触るんじゃありません!」
この方は、分かってやっているのでしょうか? だとしたらなおさら許せません。
黒いマントの人物から神像を奪い取りました。荒々しくならないように。そして布巾で綺麗に拭きます。
「フフフ」
その方は私を見てニヤニヤ笑っています。
そこで私は、この状況に改めて恐怖を覚えました。
「け、警察呼びます」
私は急いで電話に手を伸ばしました。
「ちょっと待ってよ!」
待てと言われても待ちません。
「ハハハ、捕まえた」
その方は突然、私を後ろから抱きしめました。な、何をするのですか?
「きゃあ!」
思わず嬌声が漏れました。恥ずかしくなって、顔が少し紅潮するのが分かります。
「フフフ、ダメダメ、今は僕だけを見てて」
耳元でささやかれました。客観的には甘い言葉なのに、恐怖心しか芽生えないのは、その方が不審者だからでしょう。
「ちょっとの間でいいよ。今だけ僕の話を聞いてくれないかな?」
ストンと力が抜けて、その場に崩れ落ちてしまいました。不審者は私の体を支えて、側にあった椅子に座らせました。
抵抗する気持ちはスッカリ削がれてしまいました。
「さて、これでようやくちゃんと話ができるね」
満面の笑顔で言われました。あぁ、なんだか、見惚れてしまいそう。
「僕はロール。自殺幇助人やってます。よろしくね」
3
「信じてよ。お願いだから」
ロールと言ったこの方の話は、到底信じられる話ではありませんでした。ことごとく神の教えに背く、悪魔のような存在でした。
「いやいや、違うの! 悪魔じゃないの! 神でも天使でも悪魔でも幽霊でもない人間でもないよく分からない存在なんだってば」
「よく分からないなんて、もうウソって言っているようなものじゃないですか。デティールに懲りすぎて矛盾が出ないように、そこら辺を上手くはぐらかすための予防線でございましょう?」
「そんなこと言われたってなぁ……、分からないものは分からないんだよ。キミはフェルマーの最終定理を解くことが出来るのか?」
それとこれとは話が違うでしょう。
「まぁ、そんなことは些末な事。重要なのは自殺の手伝いをしているってこと。僕にはその能力がある」
これも間違っています。この世界は苦行の果てに、来世での幸せを得るために存在するのです。そんな、苦しさに耐えきれずに自ら死ぬだなんて、神に背く行為なのです。
「神ね。教えね。背く行為ね。うーん。キミ、それマジで信じてるの? 頭おかしいの?」
「神を侮辱するなんて、許しませんよ!」
「いや、別に、許さなくてもいいですよ。僕には関係ないんで」
この方は、ヘラヘラと笑っています。この態度も気に入りません。なんで神をこんなに軽視出来るのでしょうか? 私には理解できません。
「まぁキミがどんな神様を信じてようが知ったこっちゃないんだけどね。キミ、どうやって自殺したいの? 正直に言っちゃおうか? 全部言って楽になっちゃおうか? 可愛い女の子は素直が一番だよ」
……いや、もう私は結構な年ですけど。それでもそう言われると、なんとなく気恥ずかしくなります。いや、そんなことを思っている場合じゃありません。
「私は自殺しません。自殺だなんて神を裏切るようなことは私、絶対にいたしません」
「てか、キミ、その、神って名前の人の何なの? 恋人なの? お父さんなの?」
さっき、神でも天使でも……と、自ら言っていたではありませんか。
「神は、この世の頂上に君臨され、世界のすべてを支配しておられる方です。私はその尊ぶべき神を、崇拝しております信者です」
でも一応答えます。
「ハハハ。神ってスゲェ。んで、そんなワケ分からんヤツ拝み倒してるキミもスゲェ」
「…………」
耐えるのです、耐えるのです……。
「フフフ、でもよ~、こんだけさ、自殺したがってる人がわんさかいるんだから、ぶっちゃけ神って無能なのな。ハハハ」
あ、駄目です。
頭のネジが、一本飛んだ音がしました。
「馬鹿にするな! 神は、我々人間に、あえて苦行をお与えになっているのですよ。自殺したがる人間は神の温かいご好意に逆らう、醜い腐った精神の持ち主なのです。悪魔に魂を売ったどうしようもないバカ達なのよ!」
つい激昂してしまいました。落ち着かないと。ゼイゼイと息が切れます。
しかし、なんなんでしょうこの方は。何故こんなに神を侮辱したがのか理解に苦しみます。
「おぉ怖い。せっかくのかわいい顔にシワが増えちゃうよ。スマイル、スマイル。ほら、ニコっ」
人差し指を頬に当てて、ロールは笑いました。なんで私はこんな目にあわなくちゃいけないのでしょう。
何故私が……。
……あぁ、まさか……。
「……あなた、もしかして、神のお使いでしょうか?」
「は?」
神の使いはキョトンとしていらっしゃいます。
「もう一度申し上げます。貴殿は神のお使いであられるメケオ様でございますでしょうか?」
「……へ?」
今の驚いた顔は、正体がバレそうになった為、焦ったからでしょうか?
神が私にもっと苦しみなさいとおっしゃっているのでしょう。あえて、お遣わせになったメケオ様に、このような態度をとらせているに違いありません。
冷や汗が流れました。私としたことが。先程から失礼なことばかり行っています。
「も、申し訳ございませんでした」
急いで土下座をしました。ひたすら許しを乞わなければいけません。
「いや、え、マジ? キミ頭イッちゃってるの?」
メケオ様は、まだまだシラをお切りになるようです。
4
「メケオ? 何それ?」
「とぼけないでくださいませ」
メケオ様はなかなか手強い存在でいらっしゃいました。
「僕はロールだよ。自殺幇助人」
「大丈夫でございます。全て分かっております」
「何が? 早く自殺方法を言ってくれよ~」
私が最近、挫けそうになっているのを、神は見ておられたのです。私の心に、自殺したいなんていう醜い心が芽生えつつあるのを、神はお見逃しにならなかったのです。
「申し訳ございません。私の心に、僅かながらの弱気があったことを認めます。これからはこのような背徳的な感情を抱かないよう、一層の精進を重ねてまいりたいと存じております。なにとぞ……」
「違―う! 話を聞けぇ! 僕が聞きたいのはキミの望む自殺方法だよ!」
「私、自殺などいたしません。神に誓いました。メケオ様、私の忠義は誠でございます」
「だからメケオじゃないし! ロールだよ!」
メケオ様から、だんだん笑顔がなくなっていきます。本気で私に苦しみをお与えになるのでしょうか?
私に、もっと苦しみを、神様のためになら、どんなつらい苦しみでも耐えてみせます。お好きなだけ私の忠誠心を試してください。
「あぁ、メケオ様、まだ私に苦しみをお与えになるのですね。私、覚悟しております。……最近はご無沙汰ですがまだ大丈夫です」
高ぶる鼓動を抑えるために、深呼吸をしました。
そして、そっと、スカートのファスナーを下ろします。
若い頃は、毎晩のようにされました。苦痛で涙が止まらなかったけど、耐え続けました。
「……狂ってやがる。笑えねえよ」
メケオ様が狼狽なさっているように見えます。
「どうかなさいました?」
上着を脱ぎ捨て、ブラジャーのホックに手をかけました。
「止めろ、今すぐ服を着ろ」
「は、はい」
慌てて私は服を身につけました。どこか、メケオ様の気に障る所作があったのでしょうか? 申し訳ない気持ちと、自らの失態に胸が押しつぶされそうになります。
「どこか、至らない点がございましたでしょうか? 申し訳ありませんでした」
「……いや、あのさ、思ったより重症だわコレ」
「も、申し訳ございません」
重症だなんて、そんな……。
「止めろ、土下座も止めろ!」
「はい!」
私は速やかに立ち上がりました。
「もう一度言う、僕はメケオ様とかいうヤツじゃない。ロールだ。そして、そんな崇め奉られるような崇高な存在じゃない。そういう扱いはするな」
ゆっくりと、メケオ様はおっしゃいました。
「は、はいロール様ですね。了解いたしました」
「あーもう、様とかめんどくさいのイラネんだけどなぁ……。やめてくれよ。なんか調子狂うわ」
メケオ様は右手で後頭部を掻きながら、気怠そうになさっています。
「あ、あの……、ロール様?」
「だから、『様』とか要らないから」
「は、はい。ロール……、ロールさん」
メケオ様に逆らってはいけません。一刻の無礼をお許しください。
「なんかやる気失せちゃったな。もう一度聞くよ。キミの望む死に方ってなに?」
「滅相もない。ロールさん。私は死ぬほど辛いことがあっても、決して死のうだなんて思いません。まだ疑っておいでですか? 私の忠義を……」
「はぁー。分からん。キミの心が全く理解でない。死にたいオーラがムンムンなのに、何でこんなハキハキと死にたくないと自信持って言えるんだ? あーもういいや。僕帰る。んじゃ」
そうメケオ様はおっしゃって、そのまま目の前から消えてしまわれました。
あぁ、やはり、こんな超常現象を起こすなんて、やっぱりあのお方は、メケオ様だったのです。
「神よ、私は感謝いたします」
私はこれからも、神へ祈りを捧げます。
あぁ、この苦しみに満ちた世界で、私は生きていくのです。
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