― 呂蒙Side ―
呉の地を離れてからもう一週間と少しになります。
私は未だに一刀様から掛けられた問いに明確な答えを出す事ができません。
正確に言えば既に答えは出てはいるのですが・・・。
ですが、その答えにいたる為の理由が私にはわかりません。
一刀様が呉の地を離れる本当の理由が。
『天の御使い』であり、孫家の一人の『将』でもある一刀様の動きを各勢力が注視していることが一つ。
その中には孫呉に吸収された楊州の豪族達も含まれる事は忘れてはいけないはずです。
『呉』と言う国が建つにあたって皆が皆賛同したわけではないと言う事。
洛陽の件で呉の将のほぼ半数近くを楊州の平定、交州の併合に残したのはそういった理由もあったのですから。
あっさりと賛同した者もいれば、力ずくで反抗した豪商達もいます。
前者は今の『呉』と言う国を受け入れ、領内の統治にも積極的に貢献してくれています。
ですが、後者は表面上は従っては居ても裏では何をしているのか判ったものではないのです。
その豪族達が動向を注視しているのは呉の王である孫伯符こと雪蓮様。
領地の開墾や土地の開拓を請け負う代わりに許しを得た彼らは雪蓮様のお考え一つで反旗を翻していた自分達の行く末が変わるかもしれないと言うのが大きな理由でしょう。
そしてもう一人、それは『天の御使い』である一刀様です。
反抗的な豪族達が雪蓮様に抱いているのは命の危機からくる純粋な恐れ。
ですが、一刀様に抱くのは恐らく恨みだと思います。
豪族達が媚を売っていた袁公路・・・正確には一刀様が処罰した悪官、その者達と繋がって甘い汁を吸っていたことは既に判っています。
そう言った者達にとって一刀様は稼ぎの種をすべて根こそぎ刈り取った邪魔者で自分達を不利に追い込んだ張本人と言うわけです。
一刀様はその者達にとっては恨みの対象であり敵でしかないと言う事になります。
そう言った者達にとって『天の御使い』と言う名など関係ないのでしょう。
自らの命の行く末を握っている雪蓮様に直接逆らおうと言う気概は無く、一介の将として其処に居る風の噂でしか聞いたことの無い『天の御使い』は恐るるに足らない、そう考えている節さえあります。
一刀様が自ら動いて見せたのは『寿春』『洛陽』『長沙』のこの三つだけ。
楊州でただじっとしていた豪商達にとってはその活躍を風の噂で聞いただけ・・・そういった者が殆どです。
もし、その目で一刀様を・・・一刀様率いる北郷隊を見ていれば考えは変わっていた事でしょう。
何か事を起こす時は徹底的に完膚なきまでやるのが私の知っている一刀様ですから・・・。
そして、呉に併合されたとは言え未だ開拓が始まったばかりである辺境の地・・・交州の地へ赴く意味です。
戦後処理、開墾に先の戦で切り取った荊州南部の統治体制の確立、そして軍の再編成・・・やらなければいけない事を数えれば限が無いほど忙しい、それが今の孫呉の状況です。
そんな中、一刀様の休暇・・・その理由は交州に居る友人達に会いに行くと言うもの。
忙しいこの時期に、普通であれば往復するだけでも大変な交州の友人に会いたいからと言う理由で長期の休暇など取れるはずもありません。
ですが、忙しくて猫の手も借りたいはずの冥琳様は二つ返事で一刀様の休暇をお認めになりました。
恐らくは一刀様の動きを注視している者達の『目を逸らさせる』為だと思います。
ですが、何故その必要があるのか判らないのです。
今の呉と言う国は領地も広げ多くの者がその統治や平定に忙しなく働かなくてはいけない・・・そんな状況にあります。
孫文台こと美蓮様の仇・・・と言うのも変ですが、その敵である黄祖も打ち倒しましたしこの先を憂うような戦も無い筈です。
今一番恐れるべき事は内部での反乱なのですが将も兵も充実し、民の生活も以前とは打って変わって豊かになりつつあるこの時に馬鹿正直に反乱を起こすような輩など其れこそ恐るるにたら無いと私は考えています。
外部も内部にも敵対するものがほぼ居ない状況で何を理由としているのか・・・。
ですが、目的地である南陽の城壁が目前と迫っていました。
だから私は意を決して一刀様に聞くことにします!
「か、一刀様!お聞きしたいことが・・・あります!」
「ん?なに?」
「一刀様の問いの答え・・・其れは『目を逸らすこと』の一点ではないかと思います!」
「ん、正解」
「で・・・でも、まだわからない事があります」
そう言った私の目を一刀様はじっと見つめてきます。
それに耐えられずに、つい袖で顔を隠してしまうと私の頭に一刀様の手の感触が感じられました。
「わからない事がある・・・其れも正解だよ亞莎。恐らく誰にも判らないことだから」
その答えに私は顔を挙げ、一刀様のお顔を見ました。
私の目に映ったそれは何処か儚さを感じる曖昧な一刀様の表情でした・・・。
― 張梁Side ―
「「まだ着かないの~?」」
「もう姉さん達は・・・あと少しだから二人ともがんばって」
何時ものように疲れた、お腹すいた、まだ?等の愚痴を軽く流しながら目的地までの道を歩く。
洛陽から始まった『数え役萬☆姉妹』の長い公演もようやく終わりに近づいてきています。
曹操様から助けていただいた私達姉妹の命、そして私達の活動を領地限定とはいえ認めてくださった事には感謝の念を抱かずにはいられません。
今回の公演は『黄巾の乱』を経て洛陽で巻き起こった『反董卓連合戦』そしてその後領地内で袁本初が起こした戦によって疲弊した領地を慰撫して回る公演です。
洛陽から順に
そして最後にもう一度
今はその旅も終盤に差し掛かり今向かっている幽州の最後村での公演が終われば残すは并州と出発地点であり、最終公演地である洛陽を残すのみ。
そんな長かった度も私達だけでは安全に乗り切ることは難しかったと思います。
曹操様が護衛を付けてくれなければ無事乗り切れなかった可能性のほうが高かった筈です。
視線を前方に向けるとその護衛である曹操軍の方が先導しています。
流石にこの旅にずっと着いて周る訳にもいかずに領地毎に交代していますが・・・。
私達の旅に曹操軍直々の護衛がついている為か多くの度の人達や商人、商隊等がぞろぞろと後ろに着いて周るのは少しうんざりですけどね・・・。
「ねぇ、れんほー」
「なに?ちぃ姉さん」
「この先の村ってどのくらいの規模なの?」
「護衛の人達は二百人位だって言ってたわ」
「へ~、こんな辺鄙なところにそんなに住んでるんだ~」
「天和姉さん・・・それちょっと失礼すぎじゃない?」
「え~?そうかなぁ~?でも、ちーちゃんだってそう思ったでしょ?」
「まぁ、確かに・・・」
「二人とも失礼だからそれ以上は言わないで・・・」
まったく姉さん達は・・・。
でも、確かに辺鄙な場所なのは否定できないかも。
まぁ、幽州自体なんだか端っこの方にあって地味な土地だし仕方ないのかも・・・。
そんな他愛の無い会話をしている私達姉妹。
ちょうど話題も途切れて姉さん達が愚図り出そうとしたその時、前方から村が見えたとの声が聞こえてきた。
これで姉さん達の愚痴を聞かなくてすみそう・・・そう思った私は悪くない。
― 黄忠Side ―
-コツコツコツ-
闇の中を私は歩く。
重たい足を何とか前に進める。
行きたくは無い。
でも、必ず行かなければならない。
そうしなければ道は途切れてしまうのだから・・・。
「・・・失礼・・・します」
たどり着いた先・・・目の前の扉を開けるために喉から声を絞り出す。
そして、私はゆっくりと扉を開けた。
「遅かったですね」
「申し訳・・・ありません」
部屋の中に居た男が目を伏せながらそう言った。
「いえ、自分は構いません。此方を・・・」
男はそう言って一枚の手紙を私に差し出した。
またか・・・。
私は無言でそれを受け取り、ゆっくりと封を開ける。
「っ・・・・・・」
声を出すこともできずに目の前の男に目を向ける。
「辛い思いをさせてしまい申し訳ありません」
目を伏せ、そう言う男を私は睨み付ける。
「・・・・・・貴殿のお気持ちは察します。ですが、自分には如何する事もできないのです。始めてしまった以上、自分はもう引く事はできません。それにあの御方に私は逆らえ無いのです」
私は唯唇をかみ締める事しかできません。
自分の不甲斐無さが本当に恨めしい。
私の下した決断。
それが間違っていたのかもしれない・・・・・・。
私が下した決断で長沙は戦渦に巻き込まれ、そして私は此処に居る。
そして今、私は此処から逃げることが出来なくなっていました。
「・・・・・・貴殿の探し物は自身の真名に誓って手出しはさせません。それが自分の出来る精一杯・・・。決行時期は追って人を遣ります・・・・・・でわ、失礼」
そう言って男は部屋を出て行く。
「だったら・・・だったら返して下さい!!!璃々を返して!!!」
そんな誓いは要らない!
私の・・・私の璃々を返して・・・・・・。
私は唯平和な場所であの子を育てたかっただけ・・・。
例え中央から離れていたとしても、戦の無い平和な場所であの子と過ごしたかっただけ・・・。
中央に居ればあの馬鹿な男達の下らない争いに巻き込まれないだろう・・・そう思って。
なのに何故!?
「どうして・・・どうしてなの・・・・・・」
流れ落ちる涙を拭う事も出来ず、今の私に出来る事は無力な自分を責める事だけ。
「璃々・・・・・・璃々・・・・・・」
蝋燭の火が揺れる部屋の中、私は一人涙を流し続けていました・・・・・・。
― 一刀Side ―
「よ!おひさー」
ビシ!っと手を上げながら見知った顔に挨拶する。
「長旅ご苦労様です、ご主人様」
「フン!久しぶりじゃない!・・・か、一刀」
「ほんまひっさしぶりやなぁ!元気しとったん?」
「うむ、久しぶりだな北郷」
「ご主人様・・久しぶり」
「別に来なくても良かったのですよ!」
快く(一部を除く)挨拶を返してくれる月達。
「で、アンタ結局何しにきたの?」
「え?休暇で旅行だけど?」
「ふ~ん・・・旅行ねぇ・・・・・・」
「まぁ、ええやん。久々に会えたんやし酒でも飲もや!!」
「そうですね。詠ちゃん、急いで準備しようね」
「な、何でボクまで!?」
「月様、私も手伝います!!」
「・・・・・・ご飯・・・食べれる?」
「もちろんですぞ恋殿!!」
相変わらずだなぁ・・・そんなことを思いながら歩き出した皆の後ろをついていく。
「一刀様、美羽さん達はいいのですか?」
「ん?あぁ、美羽達はまた明日かな。こっちでやる事やってからゆっくり会いに行くよ」
「やる事・・・ですか・・・」
隣を歩いている亞莎は考え込むように長い袖に隠れた手を顎に当てて云々唸り始める。
まったく真面目過ぎるんだよなぁ亞莎は・・・。
隣の亞莎の様子を眺めながら思わず苦笑してしまう。
俺が先に南陽、月達の居城に来たのはこの交州に農耕に使えそうな資源がある事を思い出したから教えに来ただけ。
その後は南陽の観光をしながら美羽達の所に遊びに行く・・・と言うのが今回の旅行日程。
本当は影も連れて来たかったんだけど塩の流れの調査や荊州の動き等、諜報活動主体である影の仕事が山積みで遊ばせるている暇は無いと冥琳に一蹴された。
当の本人もどうせ行ってもする事が無いからとさっさと調査に出かけていったし・・・。
「まったく・・・働きすぎなんだよ影は・・・」
亞莎には聞こえないように小さく呟き、前を歩く月達に目をやる。
洛陽を治めていた時の重責から解放されたからか、皆朗らかに笑っていた。
蓮華の話によれば此処、南陽は併合時、とんでもないほど荒れていたらしい。
ところがどっこい、月達は短い期間でこの南陽を大きいとは言えないけれど活気に満ちた場所へと変えていた。
冥琳がため息を吐きながら、こっちに置いておくべきだったかと呟いていたのには少し笑ってしまった。
実際に目にした俺も流石に驚いたのは言うまでも無い。
荒れ果てていた洛陽を復興させた手腕は伊達じゃなかって訳だ。
そんなこんなで始まった宴会はもう大騒ぎの一言。
詠が見つけてきた文官や霞が鍛えている武官の紹介から始まり途中で暴走を始めた華雄が霞に喧嘩を売る。
月は何故か俺の隣で酒を飲んであっという間に酔いつぶれ俺の膝を枕にぐっすりと眠っている。
恋は俺の正面に座り込み、あいも変わらず只管何かを食べ続けていて、ねねはと言うと恋の為に何処からともなく大量の料理を運んできていた。
亞莎はそんな宴会の様子に驚きつつも何処からか胡麻団子を見つけてきて幸せそうな顔でチビチビと食べていた。
ここは平和だなぁ・・・そんなことを思い、せっかくの休みなんだからと自分に言い聞かせる。
「よし、今日ははっちゃけるぞーーーーーーーー!!!!」
酒が入ってるからか、いつにも増して無駄なテンションで叫んだのは言うまでもない・・・。
― 韓遂Side ―
この時、
だが、此れだけははっきりと言える。
我等は見事に・・・。
「韓遂殿、なぜ直接洛陽へと向かわないのですか?」
隊の部隊長がそう問いかけてくる。
理由は簡単なものだ。
襄陽から南陽を抜けて洛陽へと向かう・・・確かに最短距離で洛陽に向かうには当然の選択。
しかし、今の荊州の異様さが
「この荊州の、襄陽の異様さをお主も見たであろう?あまりにも不自然・・・だが、その不自然さを襄陽に住む物達は気づいておらぬ。
荊州の半分を失ったと言うのにその事をまるで知らないかのように・・・いや、事実知らないのであろう。
確かに反乱はあった・・・だがそれを鎮圧したのは荊州南部の将であると思っているのか、はたまたそう言う風に伝えたのかはわからぬがな・・・。
襄陽に居る筈の軍は一切動かなかったという事実が、反乱は大規模なものではなかったと言う認識を民に植えつける事になって居るのは間違いない」
「しかし、其れであれば各地を廻る商人などは気づくのでは?」
「その通りだ。・・・お主等は気づかなかったか?」
「・・・?恥ずかしながら何の事かわかりかねます」
まだまだだな・・・そう思いながら
襄陽・・・大陸屈指の肥沃な土地に恵まれ、ほぼ大陸の中心に位置する街。
その性質上大陸から様々な物が集まる。
各地の商人が荊州を訪れ、荊州に無い物を持ち込み・・・そして食料等を安く買い付け、其れを他で売る。
すべての商人がそうと言う訳ではないが、荊州に向かう商人はほぼそういった者達。
そうなれば必然的に荊州は各地の情報が集まる。
しかし、南荊州で起こった事が一切襄陽に伝わっていないと言う時点で怪しすぎるのだ。
だからこそ
外から来る商人達の動きを・・・。
そして一つの気になる点を見つけた。
東西南に位置する襄陽の街への入り口・・・北には城があり堅固な城壁で囲われている為、外へと繋がる門は無い。
東西南には町を囲む分厚い外壁と頑丈な門が鎮座している。
必然的に商人達はその3つの門から出入りすることになる。
西の門から来る商人は恐らく荊州、や曹孟徳の治める地から来る者達が多い。
南の門は荊州南部へと出入りする商人が多い。
東の門、荊州東部から出入りする商人は居るがそこまで多くは無い・・・筈だった。
理由は荊州の東には、かの孫伯符が治める呉がある・・・必然的に荊州東部の商人以外は長江を渡ってくる大陸の北側・・・徐州や青州、豫州や兗州からの商人達だ。
「品物を買っていかなかった・・・ですか?」
「その通りだ。まったく買わない訳ではない・・・だが、大量に運び込んでいた荷物は何処かに売ったのであればなんら問題はない。
其れが商人であるのだ・・・だが、逆に荊州で品物を仕入れる量が余りにも少なすぎた。
そして、逆に西へと向かう商人達は行きよりも多くの品物を運び出していたのだ。」
「まさかとは思いますが・・・まさかそれは・・・」
「お主が考えたことは恐らく
そう、恐らくは何者かが大陸東部より西部へと何らかの物資を輸送している可能性がある。
そして、荊州はその中継地点として使われている・・・いや、恐らくは荊州も加担しているのは間違いない。
今、荊州に出入りする殆どの商人はそれに加担しているか、そうとは知らずに雇われているかだろう・・・。
そして、それに気づいた
姿の見えぬ何者かに・・・。
そして、
あれだけ大規模な事をしている者が我等の事を気づいていないと言う確証が持てなかったのだ・・・。
もし気づかれていれば・・・そう考えれば何時までも荊州に居ては
だからこそ遠回りだとしても早急に荊州から抜ける事を選んだ。
「理由はわかりました、しかし何故漢中へ?」
「理由は簡単だ・・・漢中へ赴き、劉協殿・・・漢中王に付いている曹孟徳の部下から直接話を通してもらう」
なるほど・・・部隊長はそう呟き、隊の中へと戻っていった。
この時の我等にはこれ以外の道はなかったといって良い。
すべては、我等が動く前から予定されていたかのように・・・。
そして気づけなかった・・・。
我等は名も知らぬ顔も見えぬ誰かの手の上で踊らされていたのだという事に・・・。
あとがきっぽいもの
なんだか、また長い期間が空いてしまい申し訳ありませんorz
58話から59話まで長い期間空いていた所為も有り、プロットの複線を何処まで物語に編みこんでいたのかまったくわからなくなってました・・・orz
それもあり、複線の一覧を作る事とその回収先を何処の話に織り込むか等の作業でだいぶ時間がかかってしまいました。
今回で60話・・・本当に長かった・・・そして、まだ書きたい事もあるんですが、其れを入れ込むとこの章?がだらだら間延びするので本筋と関係ない話は省く事になりそうです。
今考えているこの章の話数は残り3~4話程度です。
その内最後の2話の大部分はノリと勢いで書き連ねたものをまとめる作業になるのでこの章のラスト2話程はまとめて投稿する事になるかと思います。
問題は60話以降ラスト2話の間の話・・・。
か、完成し次第投稿しますので申し訳ありませんがもう少々お待ちくださいorz
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大変・・・大変長らくお待たせしてしまい
本当に申し訳ありませんorz
第60話です。
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