No.485802

夏に咲く、笑顔の花

一色 唯さん

【Update:2012/02/20、Remove:2012/09/18】
土銀覆面企画(http://hkmen.web.fc2.com/ )へ寄稿させていただいたお話。いじめられっこの土方(ポニ方)くんと、アルビノ眼鏡っ子の銀時くん。学パロ同級生。
(pixivで公開していたものを移転しました)

2012-09-18 21:34:16 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:6656   閲覧ユーザー数:6648

君のためにいま何か出来るのならば。

苦しい時にそっと元気を与えてくれる、そんな花を咲かせたい――。

 

 

 

 

小さな頃から、外見をからかわれることが多かった。

容姿を他人からどうこう言われても、生まれつきのものは変えることなど出来ないのに。

 

「土方って女みたいな顔だな」

 

日本舞踊を習っていた俺は髪をずっと伸ばしていたため、高く結い上げた黒い髪を見て揶揄されることもあった。

 

それとは別に、勉強もそこそこ出来ることも妬みの対象なのだろう。

反論したところで、返される言葉はいつも決まっているんだ。

 

「何でも揃ってる奴は余裕でいいよな」

「すかした顔してムカつくんだよ」

 

言われ始めた当初は俺も我慢がならず、何度も逆上して喧嘩になった。

言葉では自分の気持ちを上手く表現できず、抱えてる思いを伝えられずに鬱憤だけが一方的に溜まり、最終的には手が出てしまう。

喧嘩を吹っかけた方が悪いと何度も先生や両親に叱られ、それでも周囲に理解してもらえないことが苦しかった。

 

クラスの女の子も同じ。

上辺だけの俺しか見ていない。

 

「かっこいい」

「すき」

 

大して話したこともないのに、どうしてそんな事が軽々しく言えるのだろう。

 

忘れ物をして隣の女の子に教科書を見せてもらえば、男からは反感の目を向けられる。

そして女の子同士は俺のことなどお構いなしで勝手に他所で互いを牽制し合う。

 

毎日毎日その繰り返し。

うんざりする。

もともと外交的ではなかった性格は、人との関わりを作らないよう次第に距離を置くようになっていった。

 

 

友達を作ろうとしないことには、もう一つ理由がある。

俺自身が…

同性に対して友達と割り切って接することが出来ないから、だ。

人とは違うその感情に気付いたのは、もうずいぶん前のことだけど。

 

 

 

 

そんな中学生活が三年目を迎えた、始業式の日。

クラス分けの名簿の中に知らない名前が一人加わっていたことに気付く。

新しい担任と共に挨拶に現れた彼は――

 

「坂田銀時、です」

 

打切棒に一言だけ、そう呟いた。

 

友好的とはお世辞にも言えない、独特の雰囲気を纏っている転入生。

白に近い銀色のくせ髪、赤茶色の瞳と銀縁の眼鏡、透けるように白い肌。

俺とはまるで対照的な容姿に思わず見とれてしまう。

 

「……」

 

一瞬だけ交わった、感情を読ませない視線。

どこか同じ闇を抱えている…、そんな予感が脳裏を横切った。

 

 

案の定、坂田はその特徴ある容姿から、クラスの中で浮いた存在となるのに時間はかからなかった。

群れを成したがる者からすれば、付き合いが悪く同調性に欠ける者を自ずと和の外にはじき出そうとするもので。

集団で何かを行う時は、俺と坂田だけあぶれてしまうことが続いた。

そうなると、必然的に行動を共にする機会が増えていく。

それでも坂田だけは敵対心を見せることなく、普通に接してくれた。

 

「銀時、って呼んでもいいか」

「おう、仲良くやろうぜ。十四郎」

 

普段の素っ気ない表情ではなく、ニッ、と無邪気に笑っていた。

初めて見せた綺麗な笑顔に目を奪われる。

とくん、微かな鼓動が脈を打つ。

 

ごく普通のクラスメイトの一人として扱ってくれる、たった一人の存在。

当たり前のことなのに、俺にとってはそれがとても嬉しいことだと思えた。

自然と親近感が湧き、銀時と一緒に過ごす時間が待ち遠しくなっていく。

嫌で仕方なかった学校生活を楽しみだと感じられるようになったんだ。

 

 

もっと銀時と話たい。

色んなことを共感したい。

時折見せるはにかんだような笑顔を、もう一度見たい。

 

純粋な興味が次第に淡い恋心へと変化していくことを自覚しながらも、そう思わずにはいられなかった。

 

 

初夏が過ぎ、少しずつ日差しが強くなってきた頃。

銀時が体育の授業を見学するようになった。

 

「お前、どこか具合でも悪いのかよ」

 

尋ねてみても、薄く笑ってごまかすだけ。

 

「んー…、まぁ、ちょっとね」

 

しかし何か様子がおかしい。

登校してすぐに保健室へ向かう日もあった。

にわかに気温が高くなってきているというのに、銀時だけ冬物の制服を着込んでいる。

華奢とまではいかなくとも、線の細い身体をしていることも何か関係あるのだろうか。

 

余計なおせっかいかもしれない――

最初は本人が言い出してくれるまで待とうと思っていたけれど、やはりどうして気になってしまう。

 

夕方の教室、二人きりの放課後。

聞きたくて、知りたくて。

俺は、どんな風に切り出せばいいのかもわからないままに口を開く。

 

「お前のこと、教えてくれねぇか…?」

 

銀時の抱えてる悩みを少しでも分かち合いたい、その一心だった。

 

「なにを?」

 

夕暮れの朱い光が、教室に揺れるカーテンと銀時の髪を淡く染める。

 

「その…よく授業休んだりしてるし、何かあるのか、って…気になって…」

 

そんなこと聞いてどうするんだ。

余計な詮索をするなと切り捨てられることに僅かな戸惑いが生じて、語尾が弱まってしまう。

藪から棒に問いかけておいて、一人で勝手に動揺している様が滑稽に映ったのだろうか。

銀時はまつ毛を一度瞬かせると、背中を軽く仰け反らせながら声を上げて笑っていた。

 

 

窓から入った涼しい風が二人の頬を掠めていく。

深呼吸をして机に頬杖をつくと、俺の目を真っ直ぐに見ながら口を開く。

 

「俺さ、アルビノって言うんだ」

 

聞いたことのない単語に首を傾げると、スッと自分の手を差し出して俺の手と比べた。

日に焼けていない、透き通るように白い銀時の手。

 

「先天性色素欠乏症。メラニンの色素が生まれつき極端に少ないっていう病気、なんだとさ。だから髪とか目とかこんな色してんの」

 

――気持ち悪いよな。

 

そう呟き、自嘲の笑みが音もなく零れたから。

 

「そんなわけあるか」

 

柔らかいくせ髪をくしゃりと掻き乱してやった。

それが口下手な今の俺に出来る、精一杯の感情表現。

 

今までどんな思いを抱えながら日々を過ごしてきたのだろう。

自分の悩みがとてもちっぽけなものだったと痛烈に思い知らされる。

 

薄暗い教室が白い肌に影を落とし、物憂げなその顔を儚く浮かび上がらせている。

日光にろくに当たれず、生まれつき弱い視力を眼鏡で補わなければならない、難点の多い身体。

夏場は紫外線が強いから、屋外で行う授業は参加できないのが悔しいと言う。

ぽつり、ぽつりと打ち明けられる悩みの全様。

 

「俺がいくら仲良くなりたいと思って近寄っても、いつも先に外見だけ見られちまってさ。なかなか中身まで見てもらえねーんだよな。そこそこ良い性格してるって自信あるんだけどなぁ」

 

苦笑いをする銀時のこんなにも綺麗な心を、誰も見ようとしない現実。

こんなに純真で良い奴なのに。

 

「なんでお前がそんな顔するんだよ」

 

俺はちゃんと受け止められているのだろうか。

紅い瞳が、揺れる俺自身を映し出す。

 

「そいつが抱えてる悩みの大きさなんか本人にしかわからねーし、悩んでる本人は目に見える同情を欲してるわけじゃねぇよ」

「違う、同情なんかしてねぇ!」

 

一息に紡いだ言葉、それは本当だった。

上辺だけの心配とか、そういう薄っぺらな気持ちじゃない。

 

「俺は…、他人の痛みを理解してやれる心が大事だと思ってる」

 

自分でも何が云いたいのかよくわからない。

気の利いた言葉が出てこない自分がとてももどかしい。

護りたい、なんて大層なことは言えないけれど、独りじゃないんだということを伝えたかった。

ただ傍にいるだけで安心できるような、そういう存在になりたいんだ。

 

「そうだね」

 

言葉を詰まらせる俺に、銀時のあどけない笑顔が向けられた。

その顔を見る度に胸が苦しくなるのに、でもまたすぐ、もう一度見たくなる。

 

「だから俺もお前に話したくなったし、聞いてもらいたいと思えた」

 

自分を肯定してくれる言葉が、静かな教室に力強くこだます。

 

向い合せた机の間では寄り添うことも出来ないけれど、心には手が届きそうな気がした。

それは叶わない願いと知っているのに、いつかはその心に触れてみたいと思ってしまう。

 

「綺麗な色だな」

 

もう一度、柔らかく風にそよぐ銀糸を掻き混ぜた。

好きだと思う気持ちと、これ以上はいけないと思う気持ちをごまかすかのように。

やめろよ、と無邪気な声を上げるその姿と、これから先も一緒に居たいから。

 

笑顔の花を近くで見つめられる――、今はただ、それだけでいい。

 

 

 

 

 

夏が本格的に近づき、体育では水泳の授業が始まる。

いつも見学を余儀なくされる俺は、席に残って土方が着替え終わるのを待っていた時のことだった。

何の拍子か、クラスメイトのひとりが冗談交じりにこう言った。

 

「土方って女っぽいよな。もしかして男の気を引こうとしてるんじゃねーの」

 

何を言っているんだコイツは。

他人に然程興味を示さないようにしている俺は、その程度にしか考えずに聞き流してしまっていた。

根も葉もない与太話など、馬鹿なことを言うなと激昂でもすれば良かったのかもしれない。

 

「違っ、」

 

必死に土方が弁解しようとしても、一度火のついた戯言は面白半分にエスカレートしていく。

 

「いつも坂田と一緒に居るしさ。案外狙ってたりして」

「…っ!」

 

しかし、その時土方は明らかな動揺を見せたんだ。

羞恥に頬を赤らめ、長い髪で顔を隠すように俯く土方。

 

「え、おい。マジかよ」

 

その反応から肯定したものとみなされ、噂は瞬く間に教室中へ広がった。

 

「やべぇ、キモい」

 

辛辣な言葉が残酷に飛び交う。

 

「おい、近寄るなよ。ホモ方」

 

軽蔑を含んだあだ名が即座に付けられた。

 

唖然としている俺と、苦しげな顔をした土方の視線が交差する。

泣き出しそうな何かを訴えかける瞳。

しかしそれは一瞬で、躊躇うように斜めに墜ちて逸れた。

 

「十四郎…」

 

ざわめく教室の雑音が二人の間を隔てていく。

 

「……」

 

結局反論が通らないまま始業の鐘が鳴り響き、無情にも授業が始まっていった。

 

授業中はもちろんのこと、その後も土方は何をするにもどこか蔑んだ眼差しを向けられていた。

普通に授業を受けているだけなのに、向けてもいない視線を向けられて気持ち悪いなどと密かに囁き合うクラスメイト達。

今まで見た目だけで持て囃していた女の子まで、周囲に踊らされて冷ややかな視線を浴びせる始末。

まるで恰好の玩具を得た子供のように、好き勝手に言い放っては徒に土方を傷つける。

その度に口を開きかけては眉間に皺を寄せ、苦しげな表情を浮かべていた。

 

それからだ、土方が俺のことを避けるようになったのは。

俺は事の一部始終を傍から見ていたし、濡れ衣を着せられていることも理解してる。

それでも土方は極端に俺を避けた。

いくら普通に接しても紺青の瞳を歪めるだけで、後ずさるように距離を置こうとする。

 

 

そんな日々が幾日も続き、見るに耐えられなくなった俺は、足早に下校する土方を強引に捕まえた。

 

「待てよ」

 

まだ少し日差しの残る夕暮れ時。

 

「離せ」

 

掴んだ手首を弱々しく振り解こうとするその表情に滲む、困惑。

表情なく和の外で過ごす教室の姿とは違う、どこか戸惑いと憂いを帯びた横顔。

何がそんな顔をさせるんだろう。

 

「だめ。離さない」

 

こんなに近くにいるのに、どうしても見えない壁が俺を寄せ付けまいとする。

言葉じゃ伝わらない想いがもどかしい。

 

一人で悩みを抱え込もうとする土方に、俺は味方だということを何とか伝えたくて。

下校途中にある公園に足を向け、無言の土方を引っ張って歩き続けた。

 

 

訪れた夕方の公園に誰もいないことを確認し、人目につかない場所を探す。

ここなら周囲を気にせずに話が出来るだろう。

大きな木の下に腰を下ろすと、木々の合間から射し込む木漏れ日が綺麗な光の筋を作っていた。

眉根を寄せたまま立ち尽くしていた土方も、少しだけ離れて木に寄りかかり腰を据える。

 

静かな木陰に風が凪ぐ。

手が触れそうで触れない距離。

預けた二人の背中を静かに支えてくれる、太く逞しい木の幹。

俺はそういう存在になれないのだろうか。

 

連れられてきた土方も、俺が何を云いたくてここまで来たのか察したのだろう。

片膝を抱えて座り、俯いていた横顔からため息が零れる。

 

「俺の噂、知ってるだろ」

 

何が、なんて聞き返さなくても解る。

 

「…知ってる」

 

聞きたいのはそんなことじゃない。

もっと奥深くの、核心の部分。

 

「あれ、さ。事実なんだよ」

「…うん」

 

時には言葉にしたくないことだってあるだろう。

軽蔑されるかもしれない、とか。

もう友達として普通に接してくれなくなるかもしれない、とか。

色んな葛藤をしていることが手に取るように解ってしまう。

それでも、土方の本当の気持ちを知りたかった。

 

 

ざわ、と風が木の葉と土方の長い髪を揺らす。

切なさを帯びた瞳をこちらに投げかけると、低い声音で小さく呟いた。

 

「俺はお前が好きだ」

 

どこか諦めを覚悟したような瑠璃色の虹彩が俺を映してる。

 

「気持ち悪いよな」

 

――男に惚れられるなんてさ。

だから隠してたのに、バラされちまったんじゃ元も子もねぇよ。

 

短いその言葉の中に、きっと何度も思い悩んだであろう心の膠着が窺い知れた。

今の土方は、自分があの日の放課後にみせた姿と似ている。

そして今俺が思っていることを、あの日土方も感じていたのだろう。

 

「俺が惚れてるせいでお前まで変な目で見られたり、巻き添えになるのが怖かった。それだけは避けたかった」

 

今にも泣き出しそうな、微かに震えた声。

必要以上に避け続けたことも、やはりそこを懸念したからということか。

どこまでも不器用で優しい奴なんだな、お前は。

 

「俺は周りからどんな目で見られようと別に構わねぇ」

「でも、」

 

動揺を隠しきれず、語尾を詰まらせる。

 

――迷惑だろう。

言い淀んだその言葉は、きっと胸の内に刺さっている小さな棘。

心の奥に刺さった棘をこの手で抜くことができたなら、また笑いかけてくれるだろうか。

わずかに高鳴る鼓動を抑え、言葉を探す。

 

 

傾く西日が茜から藍色に濃淡をつけて交わる空。

もたれかかったまま空を仰ぐ、土方のその横顔をそっと見つめる。

 

いつだって俺は土方の傍にいたい。

手の届く場所で、同じ歩幅で、同じ景色を見ていきたい。

それが友情とか、同情とか、そういう感情じゃないんだっていうことに気付いたから。

溢れ出したこの単純で明確な感情を、土方と分かち合いたい。

 

「俺は十四郎が好きだ」

 

そう思ったら、自分でも驚くほどすんなりと想いが零れ落ちた。

 

「…っ!」

 

驚きに目を見開き、はくはくと声にならない音を紡ぐ口元。

 

「俺からそう言われて気持ち悪いか?」

 

そっと肩を寄せると、瞬く間に土方の頬へ赤みが広がっていく。

 

「そんなこと、思うわけねぇだろ!」

「なんで?」

 

意地悪く顔を覗き込めば、眉間に皺を寄せて顔を顰めた。

 

「それは……」

 

ぐ、と言葉を詰まらせる。

 

「好き…、だから」

「だろ?」

 

ころころと変わる豊かな表情に目を細めて笑うと、つられて土方も安堵の笑顔を浮かべる。

 

――あぁ、やっと笑ってくれた。

 

ふわりと綻ぶその花の美しさを知っているのは、きっと自分一人だけだろう。

 

「初めて好きになった人が十四郎で良かったよ」

 

どんな時でも信じ合える気持ちが大切だって、そう教えてくれた人。

強い向かい風の中でも、二人なら頑張って歩いて行ける。

 

「俺も、銀時だから好きになったんだと思う」

 

少し戸惑っていた土方の指先が、投げ出していた俺の手に重なった。

そっと握り返せば、指を絡めとられて強く引き寄せられる。

繋いだその手が、離れてしまわないように。

 

「ありがとう」

 

想いが伝わるだけで、こんなにも嬉しくなれる。

不器用な優しさを愛しいと思えるんだ。

くすぐったいような気持ちがなんだかおかしくて、思わず顔を見合わせて笑い合う。

真っ直ぐに伸びた二つの影が、地面の上で一つに重なっていく。

 

 

夏の夕暮れの下、公園に咲いた向日葵が微笑みながら見守っていた――。

 

 

 

 

 

End.

 

2012/02/20


 
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