No.482424

とある当麻の口説き文句

都城束音さん

夏の暑さが残る学園都市のある日、インデックスは夏風邪を引いてしまう。
当麻は暑い中、病院へ薬をもらいに歩いていた。
すると目の前にふらりと現れた人物、土御門舞夏に夏風邪の薬をもらう。
その薬が原因で……

2012-09-10 22:46:27 投稿 / 全15ページ    総閲覧数:7896   閲覧ユーザー数:7837

 
 

まだまだ夏の暑さが残る学園都市。いくら科学が進んだ町といえど、天候までは変化させる事は出来ないらしい。

 

「はぁ……まさかインデックスが風邪引いちまうとはなぁ……」

 

とある少年がこの町にある病院へ足を運んでいる。上条当麻だ。

同居人である『インデックス』が夏風邪を引いてしまったらしく、一歩も動けない状態なので、代わりに当麻が薬だけでも貰いに行こうとしている途中なのだ。

「はあ……あっちぃ」

 

言い終わるか言い終わらないかのうちに、突然当麻の目の前に、掃除ロボに乗った一人の少女が姿を現す。

相変わらずぐるぐる回っている。

『土御門舞夏』だ。少女は当麻の元へやってくる。

 

「何かお困りかね~?」

 

当麻の周りをぐるぐる回りながら、自分もぐるぐる回っているその少女は、まるで当麻を太陽とした地球のようである。

当麻は、ぐるぐる回ったままの舞夏に答える。

 

「俺の同居人が夏風邪なんだよ……んで、代わりに俺が病院に行こうとしてるわけだ」

 

舞夏は、なるほどなるほどーとか言いながら、メイド服のポケットをガサゴソ漁った。

 

「はいっ! この薬あげるから、シスターさんに飲ませてあげてね。この薬、夏風邪にとっても効くすごい奴らしいよ!」

 

薬の入った袋を当麻に差し出す舞夏。

 

「本当か? 病院に行く手間がなくなったよ! ありがとな!」

 

当麻は受け取った薬をポケットに入れ、来た道を引き返す。

 

「まったね~! シスターさんによろしく!」

 

「ああ!」

 

その『クスリ』は当麻の元へ渡った。

 

 

夕方、夕日が立ち込めるマンションの一角。

メイド学校の実習を終えた舞夏は、うー…んと背伸びをした。

今日はもう特に用事もないし、久々に兄の背中でも揉んでやろう。そう思い、彼女の兄、『土御門元春』の部屋へ向かおうとしたその時、同じく兄の部屋から「うー…ん」という声が聞こえる。

だがそれは、彼女のように背伸びをしたから……というより、悩んでいる最中だと言った方がいいのかもしれない。

 

「あれ? お兄ちゃん、どうしたの? 探し物?」

 

お兄ちゃんこと土御門元春は、机の上やら引き出しの中やらを懸命になって探している。

妹こと舞夏を見つけた元春は、これ幸いと彼女に尋ねた。

 

「ここら辺にあった『クスリ』を見なかったかにゃー? ピンクの錠剤シートなんだけどにゃー、確かにここに置いたのに……あれぇ?」

 

「それならシスターちゃんの所にあげたよ?」

 

「に゛ゃーー??!!」

 

「だって今日私に渡したじゃない」

 

舞夏はどうしたの? という顔をしながら、お兄ちゃんの為に紅茶を淹れてあげようと思い、部屋を後にした。

元春は慌てて舞夏に渡したはずの錠剤シートが入った救急箱の中身を確認する。

そこには、一つも減っていない『夏風邪用』ピンクの錠剤シートが陳列していた。

そう、元春は『夏風邪に困ってる人が居るかもしれないから』という理由で、困ってる人が居たら助けるようにと舞夏に渡していたのだ。

誰も居ない部屋で真っ青になりながら元春は考える。

 

『ここには舞夏に渡したはずの錠剤シートが……でも実際に渡したのはあのクスリで……』

 

…………しばしの沈黙の末、『土御門元春』は、威厳のある顔でこう言った。

 

「見なかった事にするぜよ……!!」

 

土御門の頭の中のコンピュータが、軽快なベルを鳴らした。

 

 

 

その頃、問題となっている『クスリ』は、上条家のテーブルの上で鎮在していた。

 

「はいインデックス、薬だぞ」

 

「薬なんて……嫌かも」

 

「そんな事言わずにさ……」

 

まだ熱があるのだろう。

顔を真っ赤にしながらその少女は薬を飲むのを拒絶する。

 

「はぁ……じゃあどうすればいいんだ?」

 

「じゃあとーまが薬を毒味して! 不味くなかったらあたしも飲むから!」

 

「いや、インデックス、病人であるお前が薬を飲まないでどうすんだよ……」

 

インデックスは当麻のベッドの深くまで潜り込み、そこから顔を覗かせるようにして喋った。

 

「とーま……! いつもとーまはそうやって自分ばっかり美味しい物食べてあたしには不味い物ばかり! これはどういう事なの?!」

 

「あーもう! 分かったよ! 俺が毒味すればいいんだろ!! ほら!」

 

当麻は机の上に鎮在している薬のうちの一つを取り出し、それを水で流し込む。

 

「ほら、別に不味くないぞ? だからお前も飲めよ、な?」

 

「うん……」

 

渋々了解するインデックスにホッとする当麻。

 

これは不幸だったんだにゃー……

上やんにとっては幸福だったのかもしれないぜよ?

あ、おい! 何するにゃ?!

とっとと失せるにゃー!

に゛ゃーーー!!!

 

 

学園都市に朝が来る。

月明かりが綺麗だった夜空も段々と青みを帯びて行き、やがては綺麗な青い空へと姿を変えて行く。

太陽が登って間もない午前六時。

その男は同居人の為に朝食を作っていた。

 

「うーん……むにゃむにゃ……」

 

同居人の女の子はごはんの良い匂いに目が覚める。

と、起きた事に気付いたのか、エプロンを着て料理をしているその男は同居人の女の子の元へ行く。

 

「おはよう、インデックス」

 

ふいに声を掛けられたインデックスは驚いた。

彼が彼女よりも早く起きて、かつ朝食を作っている事なんて初めてだったからだ。

 

「お、おはようなんだよとーま! 今日はなんだか早いんだ……ね?」

 

インデックスはそこで言葉を止めてしまう。

何故なら目の前にいる人物が本当に上条当麻であるか確信を持てなかったからだ。

いや別に髪を切ったとか、ツンツン頭がどうしたとか、どこかが変わったという訳ではない。強いて言えば、エプロンを着ている事くらいだ。

だがその当麻は別人のようであった。眩しいオーラというか、危険な香りというか。

普段の当麻とは違った雰囲気が、彼を包んでいた。

その眩しい笑顔に思わず頬を赤らめてしまう。

 

「どうしたインデックス? 顔が赤いぞ? まだ昨日の風邪がよくなってないのか……? どれどれ……」

 

「ひゃ………!!!」

 

いつものインデックスなら、もう既に彼の頭に噛み付いている所だ。だが全く動けないでいる。

それもそのはず、当麻はインデックスのオデコに自分のオデコをぴったりとくっつけてきたのだから。

 

「ととととーーーーま!!! なななな!!!」

 

どもってうまく言葉にならないインデックスを見て、ニコリと笑いながらその顔を離す。

 

「よかった。もう大丈夫みたいだな。俺のインデックスに何かあったらと思って心配したよ」

 

んにゃーーーー!!!!

 

今の台詞にインデックスは一気に顔を赤くする。もはや頭の中は禁書目録どころではない。

 

「ととととーま!!! 今日は悪ふざけが過ぎるんだよ!!」

 

んがー! と八重歯を見せて、噛み付く態勢を見せているインデックス。

 

「インデックス、俺を許してくれないか?」

 

「ななな何を???!!!」

 

いきなりの話題転換に着いていけず、聞き直してしまう。

そんなインデックスを見てくすりと笑うと、

 

「インデックスが今日も風邪を引いていたら……つきっきりで看病して、インデックスを独り占め出来たのにな……なんて思ってしまった俺をさ」

 

どぴゅーーー!!

 

インデックスの顔から勢いよく鼻血が飛び出した。

 

 

「ふぁあああぁぁぁぁ……」

 

当麻にビリビリ女と呼ばれているその少女は大きな欠伸(あくび)をした。今日もまた一日が始まる。

 

『ここで待っていればあいつに会えるわよね……べ、別にあいつに会いたい訳じゃないんだから……あ、あいつと勝負をしたいだけなんだから!』

 

なーんて思いながら。

きっと今日もあいつは不幸を嘆きながらここを走ってくるはず。美琴はそう思いながら、しばし朝の静寂を楽しむ。

 

「短髪ぅぅぅぅ!!!!」

 

ドタドタという足音でその静寂が破られる。

向こうから土埃をあげながら、修道服を着たシスターが走って来た。……鼻血を垂らしながら。

 

「あんたは……あいつん所の。どうしたの? そんな必死な顔して……」

 

家から飛び出して来たインデックスは、ゼェゼェ、ハァハァ言いながら呼吸を整える。

 

「あ…あのね?! とーまが、とーまが変なの!!」

 

「え? あいつがおかしいのはいつもの事じゃん。あはは」

 

豪快に笑う美琴にインデックスは肩を揺さぶりながら否定する。

 

「違うんだよ! そうじゃなくって!! とにかく変なんだよ!!!」

 

何がどうなのさ? そう聞こうとした所に当麻が現れる。

 

「おはよう、"美琴"」

 

当麻が妖しくも爽やかな魔性の笑みを浮かべる。

そして今まで言われた事のなかった、『美琴』という言葉と、その笑顔を見ただけで美琴は顔を逸らしてしまう。

 

『こ、こいつ……い、いや"当麻"の笑顔が眩しい……なんだろ? いつもより胸が…胸がドキドキするよ……』

 

このまま黙っていても怪しまれるだけだ。そう思った美琴は、動揺を悟られないよう普通通りを装って言葉を続ける。

 

「め、珍しいじゃない……あんたがこんなに早く来るなんてさ……あは、あはは」

 

「いてもたってもいられなくってな。早く来ちまったんだよ」

 

え? と戸惑う美琴の体を当麻はいきなり抱き寄せた。

 

「ちょ、ななな! なんなのよ!!」

 

電撃を浴びせようとするが、彼の右手、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』のせいでそれは遮られてしまう。

真っ赤になりながらパニックを起こす美琴の耳元で当麻はそっと囁く。

 

「昨日から寝ても覚めても"美琴"の顔しか頭に浮かばないんだ……一分一秒でも早く、お前に逢いたくてな……"美琴"。責任とってくれよ?」

 

ビリビリビリビリ!!!!!

 

今度は美琴が壊れる。

 

『はいぃぃぃぃぃ??!』

 

美琴はインデックスを抱えてその場から逃げ出した。

 

 

一人残された当麻はその魔性の笑みを浮かべながら、自分の通う高校へ向かって足を運んでいた。

 

「この付近で……あれ? と、ミサカは当初の目的を忘れ、知人に目が行ってしまいます」

 

能力者のものと思われる不自然な高圧電流がこの付近で確認された為、偶然近くを通っていたミサカ10032号はその確認の為にこの場所までやってきた。

すると、偶然顔なじみのあの人が居たので、彼女は彼に声を掛けようか迷っているのである。

すると、突然目の前が真っ暗になった。

 

「だぁ~れだ?」

 

聞き覚えのある声が後ろから聞こえて来る。この人は……ミサカ達にとっての英雄であり、ミサカ10032号と特別仲が良いあの……

 

「貴方は上条当麻さんですか? とミサカは真っ暗な中で耳だけを頼りに当ててみせます」

 

「ふふ。よく分かったね。さ、こっち向いてごらん?」

 

ミサカは言われた通りに彼の方へ体を向ける。

だがそこには彼の姿はない。いや、実際にはミサカの体をきゅっと抱きしめているのだ。

ちょっと緊張気味で固くなったミサカの体を気にしながら、当麻は美琴にした時のよう、耳元で囁く。

 

「ミサカ……ありがとう。お前たちが生きてくれてて俺はとても嬉しい。お前達は確かにクローンかもしれない。でも、お前達は生きているんだ。だからずっと……ずっと一緒に俺のそばに居てくれないか?」

 

Error!! Error!!

 

彼の言葉はミサカネットワークを介して皆に配信される。

この言葉を聞いていた全ミサカは顔を真っ赤にし、その場を転げ回って居たという。

……その日ミサカネットワークは、大幅点検となった。

 

 

「ヤ、ヤバイぜよ……」

 

土御門は一人、早めに学校に来て生徒に怪しい奴が居ないかを確かめていた。

昨日の薬の不注意、一回は見なかった事にしたが、やはり事の発端が自分自身にあるという事を知られてしまったら身が危ない。

なので早めに対応すべく、こうして早めに学校に来たのだ。

すると、一人の生徒が登校してくる。『吹寄制理(ふきよせせいり)』だ。

彼女は教室に入って来るなり何かを取り出し、それらを教室の至る所に設置しだした。

 

「ふ、吹寄サン? な、何をしてるのかにゃー……?」

 

まさかこいつが? と思った土御門であったが、次の吹寄の言葉で、それらの可能性は消える。

 

「決まってるでしょ。上条の為のものよ! あいついつも不幸を嘆いているじゃない? だからこのトラップに引っかかってもらって、本当の不幸はなんたるかってのを教えてあげるのよ!」

 

「な……なるほどにゃー……」

 

分かったような、分からないような。吹寄が薬の使用者でない事が明らかになったのと同時に、土御門の中の黒い物が当麻へ向けられた。

 

「よし! 出来た! 後はあいつが来るのを待つだけ!」

 

トラップを設置しながら吹寄は満足そうな笑みを浮かべた。

今回、吹寄が『上条修復プログラム』と称して調べ上げて来た、このトラップワークは三つ。

まずは扉の下に紐を設置しておき、転んだ拍子に引き金となって降り注ぐチョークの粉の山、そして最後に手動で発動するゴムボールの嵐。

これらを全て受けてもらった上で、吹寄の説教タイムが入るという寸法だ。

 

「これじゃあ、上条くんが可哀想。もっと自分に素直になるべき」

 

吹寄が驚いて後ろを振り向くと、そこには表情一つ変えないで立っている『姫神秋沙(ひめがみあいさ)』の姿が。

 

「どどど、どーいうこと!! 私はただ上条を思って……じゃなくて!! 別に健康食品にしか興味ないんだから!」

 

姫神がいたずらな笑みを浮かべ、教室内を駆け回った。

それを追いかける吹寄。なんだかとても絵になる気がすると思ったのは、きっと土御門だけではないはず。

だがしかし、ここでこの二人の容疑は晴れた為、あんまりこうしてゆっくりはしていられない。

土御門は教室を出て行った。

ややしばらくして、廊下が騒がしくなった。

 

「お、上条か? 私の『上条修復プログラム』をとくと味わうがいいさ!!」

 

ガラッ! と音がして吹寄が仕掛けた側と反対の扉が開く。そこに真っ赤になった、修道服を着ている女の子と、常盤台中学校の生徒が走り込んで来た。二人は肩で息をしながら呼吸を整えている。

 

「あ、あなたたちは誰? なんでこんな所に?」

 

この学校の生徒でない人が入って来たので少し驚く吹寄。

すると、そんなのはお構いなしのように、二人は慌てた口調でまくし立てる。

 

「とーまが、とーまが壊れた!!!」

 

「「はぁ?!」」

 

シスターの言葉に、吹寄と姫神は思わず声を合わせてしまう。この人たちは何を言ってるのだろう?

 

「そ、そのあいつが……と、当麻が! おかしいの!! いやおかしいのはいつもなんだけど。今日のは特に度を越してるというか……一味違うって言うかぁ……!!!」

 

一生懸命説明しようとしてくれてるのは分かるが、『上条当麻がどうかした』という事しか分からない、吹寄と姫神の二人。

 

すると、不幸というかなんというか、ゆっくりとした靴音が廊下の向こうから近付いてきた。

 

たったった……。

 

上条修復プログラムの一貫の罠が仕掛けられた扉の前で止まる。

予測通り。とばかりに吹寄はほくそ笑む。すると、ガラッとドアが勢いよく開け放たれた。

 

『さあ、足に引っかかって転びなさい……!!』

 

他の三人は動向を見つめる事しか出来なかった。

だが次の瞬間、吹寄は眼をひんむいた!

 

す、ぱしっ!

 

当麻は目線を下にも向けないまま、ひょいっと軽々しくロープを飛び越え、おまけに上から降り注ぐチョークの粉がめいっぱい入った箱を一粒も零さず受け取ってみせる。勿論、視線は自ずと吹寄の方を見たままだ。

吹寄は一瞬面を食らったが、慌てて我に返り最後のトラップ、ゴムボールを投げつけてやる。

吹寄は球技には自信があり、『落とさないフォークボール』だって投げる事が出来る。

 

ひゅん!!

 

いくら子供用ゴムボールといえど、吹寄の投げたボールだ。きっと二百キロ以上の速さは出ているだろう。それが当麻目掛けて飛んで行く。すると、当麻は『にこっ』と笑った……笑った?!

 

バシィィ!! シュルルルル……

 

当麻が突き出した手のひらでボールが回転しながら勢いを失くし床へと落ちる。

まだ誰も来ていない教室で、当麻を除く四人の女子が空いた口が塞がらずにお互いの顔を見合わせていた。

その中ただ一人、上条の動向を見ている生徒が居た。吹寄だ。

当麻はその受け止めたボールをドリブルさせながらゆっくりと吹寄に向かって歩いていく。そして狙いもせずにおもむろにそれを放り投げる。

 

ひゅっ……ガタン!!

 

それは弧を描き見事にすっぽりと、空いていたロッカーに入り込んだ。

思わず吹寄を除く三人は拍手をしてしまう。

当麻はさも当然だというかのように、それには眼もくれず吹寄の前に立ちはだかる。

 

『あぁ……もう終わりだ……』

 

そう思った吹寄は、床にへたへたと崩れてしまう。

だが、いつまでたってもなにもされる気配はない。吹寄が顔をあげると、目の前には屈み込んだ当麻の顔がすぐ近くにあった。蛇に睨まれた蛙の如く吹寄はその場で固まってしまう。

すると当麻は吹寄の顎をくいっと持ち上げた。

 

「いたずらなお姫様だ。どうしたんだ? ん? 腰抜かしちゃって……」

 

「ぁ……ぅ……」

 

声も出せない。

すると当麻は柔らかく笑った。

 

「ふっ……俺が何かすると思ったか? バカだな……こんな可愛いお姫様を傷つけるものか……でも……」

 

ちゅっ!

 

当麻の唇が、そっと吹寄の額に触れる。

 

「ッッッ!!!!」

 

「これは……悪戯(イタズラ)の罰だよ? お姫様……」

 

きゅいーんどっかーん!!!

 

吹寄は真っ赤になってその場で卒倒してしまう。

 

それを見てインデックスが八重歯を見せる!!

 

「とーま!! なんて羨ましい……じゃなくて! ちょぉぉっとおふざけが過ぎるんだよぉぉぉ!!!」

 

超高速でインデックスが当麻の元へ。そしてオリハルコンのツノさえも噛み砕くだろうと言われているインデックスの顎が当麻の目の前へ。……しかし!

 

すっ……キュイン!!

 

なんと当麻は、それをワンステップでかわす!

 

『え、えーーー?!』

 

いつもの当麻を知っている三人は絶句する。あの、あのいっつも不幸って嘆いている彼が?!

違う、いつもと違う! 戦闘力が大幅にアップしてるぞ?! あれだったら一方通行なんか余裕じゃないのか?!

 

みんなが驚いているなか、当麻はインデックスに甘く語りかける。

 

「なんだよインデックス……お前もしてほしかったのか? ……バカだな、いつでもしてやるよ? ……俺のベッドの上でな……」

 

ぶしゅーー!! どくどくどく……

 

ドクドクと鼻血を垂らすインデックスの周囲は正に血の海だ。インデックスはその中に沈没していた。

 

「な、なにあれ?!!」

『いつもの上条くんじゃない……これはまるで……』

 

一瞬気を抜いた僅かな隙に、当麻は姫神のもとに進み寄っていた。

 

「おはよう姫神」

 

姫神は何か物足りなさを感じる。

そう、自分だけ下の名前で呼んでもらってないのだ。

 

「わ、私を……下の名前で呼んで……」

 

めいっぱいの勇気を振り絞ってでた言葉に、上条は優しげな笑みを浮かべて

 

「ごめんね、"秋沙"さん。挨拶が遅れたね? これはほんのお詫び」

 

まるで騎士が女王にするかのように(ひざまず)き、姫神の手にそっと口付けをした。

 

ぼふん!!

 

姫神の顔が一気に真っ赤になる。

 

さらっ……

 

「!!!?」

 

突如自分の髪の毛を撫でられ、姫神はビクンと体を震わせてしまう。

見れば当麻がその指で姫神の髪を優しくかきあげているところだった。

 

「綺麗な髪だ……つい触ってしまったよ。女性の髪に触るだなんて失礼なのに……罪作りな髪だね? "秋沙"」

 

ぷしゅーー! どどど!!

 

ついに自分の事を下の名前で呼び捨てされ、不覚にも顔から火が出る。

 

『な、なに……?! 今日の上条くんは一体何があったっていうの……!』

 

 

キーンコーンカーンコーン……

 

チャイムが昼休みの時間を告げる。

みんなそれぞれの場所へ移動し、思い思いの所で昼食をとる。

 

「昼食おうぜ!」

 

「おうよ!」

 

といった具合に、神様が味方してくれたのか、はたまた悪魔が降臨したのかなんだか分からないが、教室は『上条被害者』だけの四人になった。

ここまで来て、被害者の総数は五人。

……もう一人は職員室でウンウン唸っている。

黒板にはデカデカと自習の文字が書き込まれており、小萌先生は既に一時間目の授業で当麻の毒牙にかかっていた。

 

「小萌先生……大丈夫かな……」

 

部外者である二人、美琴とインデックスは、意識がもうろうとしていた吹寄の手配でこの学校の事務室に待機させてもらう事が出来た。その為、実質二人は小萌先生の出来事を知らないでいる。

 

「何かあったんですか?」

 

美琴が吹寄に聞く。

 

「ええ……まあね……」

 

吹寄はみんなに話し始めた。

 

 

一番先にそれに気付いたのは、他ならぬ小萌先生自身であった。

一時間目は自由選択授業となっており、少人数で授業を受ける事になっている。

 

「えーっと今日は……土御門くんは早退、田中くんは体調不良で……」

 

といった具合に、初めから少人数な上に欠席者もいる為、実質この少人数授業は三人だけということになった。

 

「AIM拡散力場についてですが、まずパーソナルリアリティを……」

 

小萌先生はとても強い視線を感じた。振り返ると、その人物は机に肘をたてながら、自分の方をじっと見つめている。

 

「ど…どうかしましたか? 上条ちゃん?」

 

すると上条はふッと不敵に笑いながら

 

「いえ……ただ貴女を見つめていたいだけですよ、小萌先生。働く女性の姿というのは美しいものだ、ましてやそれが貴女のような女性なら尚更」

 

小萌先生はその大人のような口説き方に一瞬ドキッとしたが、すぐに真面目な顔をして当麻をたしなめる。

 

「お、大人をからかうもんじゃありませんよ! 上条ちゃん!」

 

「からかってなんかいませんよ。むしろ御礼を言いたいんです。貴女に……俺たちに勉学を教えてくれるという崇高な職にありながら、その美しさで俺の心をも癒してくれる……出来れば俺のこの胸の高鳴りについて教えて頂きたいのですが……無論、個人授業で……ね?」

 

吹寄と姫神の見る前で、まるで茹で上げたタコのように顔を赤らめていく小萌先生。おもむろにチョークを手に取ると黒板にでっかく『自習』とだけ書いて教室を後にしてしまった。

 

それから昼に至るまで、生徒は誰も小萌先生の姿を見ていない。教室もそのままだ。

二時間目の授業からは、不幸中の幸いと言うべきか、ずっと男性教論だったために上条のチャーム(姫神命名)を受けた者は居なかった。

 

「いつからこんな事に……?」

 

「分からないけど……朝からずっとああなんだよ」

 

「そうなんです……いつもの場所で待ち伏せしてる時から……」

 

小声で相談しあう美琴たち。

 

「そういえば今日上条に……」

 

ボンッ!!

 

自分で思い出して勝手に自爆する吹寄。

 

「上条にキスされた……上条にキスされた……上条に……ブツブツ」

 

こんな事を言いながら頭の中を核分裂させている。

さっきの言葉のせいで、姫神までもが壊れ出す。

 

「上条くんが……私の髪の毛を……さらっ……って……えへへ……」

 

妄想世界にトリップする寸前だ。

 

と、そこにあの人物がご登場つかまつる……

 

「お、みんなここに居たのか。一緒に弁当食べようぜ」

 

「「は、はい!!」」

 

みんなに緊張が走る。また上条は何かアクションを起こすのではなかろうか? 今度はどんな事されるんだろう……ある意味心のどこかで楽しみにしている自分が居るみんなである。

 

「お、吹寄それ美味しそうだな? 貰ってもいいか?」

 

「え? えと……はいどうぞ……!!」

 

吹寄はすっかり大人しく……というか飼い慣らされてるというか……せっせとしおらしく当麻に弁当の中身を渡していた。

 

「ありがとな……おい吹寄ほっぺにソースついてるぜ?」

 

「ふぇ? あ、ホントだ」

 

確かに言うとおり、吹寄の頬には先ほど食べたと思われる串カツのソースがこびりついていた。するといきなり当麻の気配が吹寄の背後に移る。

 

「きれいにしなきゃ……な? (ぺろっ!)」

 

ビシビシッ!

 

当麻はなんと吹寄の頬についたソースを舌で舐めとっていた。

ついに吹寄に限界が訪れたようだ。頭の上半分を教室の天井にまで届かせる勢いで吹っ飛ばす。目から、耳から、口から故障を表す黒煙がモクモクと立ち上っている。

 

「しっかりするんだよ! 気を持って! がぶり!」

 

インデックスが噛みつきの連打をしているが、吹寄は一向に起き上がろうとしない。オーバーホールが必要なようだ。

 

「あんたって奴はぁ……!!!」

 

美琴が覚醒した。これまで以上ないくらいに。多分今能力テストを行ったらLevel5所ではないだろう。

ピンッ……という音がする。美琴がコインを弾いたようだ。そして身体に電気を貯める。これは……超電磁砲(レールガン)だ!

 

「これでも食らって大人しくなれっ!!!!」

 

これ以上ないくらいの高圧電流をまとった超電磁砲が放たれる。しかし、この攻撃でさえも当麻には子供が喚き散らしているような……そんな風にしか思っていないようだ。

当麻は自慢のその右手で能力を無効にしながら、愛おしそうに美琴を見つめる。その眼差しに美琴は何も言えなくなってしまう。

 

「今度こそ……むぐ?!!」

 

当麻の指が美琴の唇に触れる。

何も喋るなという意味だろうが、美琴にとってはパニック以外の何ものでもない。

 

しーっ。と言いながら当麻は美琴の耳元に口を寄せる。甘い吐息が耳にかかって美琴は思わず体を固くする。

 

「いや、美琴が俺の妹になってくれたらなぁ……って思ってたんだよ。でもやっぱ……」

 

頬に優しい手が伸びる。美琴は抵抗できずなすがままだ。そっとその暖かい手のひらが美琴の髪を揺らしながら頬を包み込む。

 

「美琴が俺の妹になったら……美琴と結婚できないだろ?」

 

ぶちっ! どさっ!!

 

美琴を形成する大事な何かが壊れたらしい。その場に頭から突っ込む。

なんかゲコ太魔人が地球を侵略してどーのこーのとかワケの分からない事を口走り始めた。

……大丈夫?

 

『私がなんとかしないと……』

 

この昼の時間はまだ何もされていない姫神は、まだ壊れていないでいた。

さて……と、この負傷者だらけの戦場でどう戦ったものか……と姫神は頭を悩ませた。すでに吹寄、美琴は戦線離脱状態だ……あ……!

 

「料理だけじゃなくてインデックスも食べてしまいたいな……ほら、あーーん」

 

ぐしゃっ!! どくどくどく……

 

机に突っ伏したインデックスの周りから真っ赤な鼻血がどくどくと垂れ流し状態になっている。

……いくら食欲旺盛といえど、こんなに血垂らしてたら出血多量で死んじゃうぞ?

 

「シスターちゃんも戦線離脱……と」姫神は自分の頭のスコア表に書き込む。

こうすると、残っているのは姫神だけだ……なんとかしないと。

 

「ん? なんだい?」

 

視線を敏感に感じ取った当麻がこちらに音もなく寄ってきていた。

姫神の髪を撫でながら笑いかける。

 

「秋沙、どうしたんだい? 食が進んでないみたいだけど」

 

『今度は負けない!』

 

(何か戦闘音的な音楽を流す事推奨)

何をどう負けないのかは甚だ疑問だが、拳を見えない場所で握り締めながら姫神は固く誓う。

 

「目の前でイチャイチャされたら気になる。いくら上条くんといえど、食欲もなくなっちゃう……」

 

最大限の嫌味をぶつけられても当麻はどこ吹く風だ。幻想殺しが効いてるのか?

逆に余裕なのか、笑みまで浮かべている。

 

「ははっ……そうか 妬いちゃったんだな?」

 

「ど、どこをどうすればそうなるの?!」

 

慌てて後ろに下がってしまうが、当麻はそれを許さない。

手で壁を押さえつけて姫神の逃げ道を塞いでしまう。姫神にしてみれば当麻に壁に追い立てられたようなものだ。

 

「寂しがらせちゃってたとはね……こんな可愛らしいレディーを放っておくなんて、我ながらどうかしてたな……」

 

「どうかしてるのはあなたの頭……! そんなジョークちっとも笑えない……!!」

 

どうにか余裕ぶってみせるが、姫神の頭の方こそどうかしちゃいそうになっているのだった。

 

「そうだな……その通り。どうかしちゃったのかもな……姫神の余りの可愛さに俺はどうかしちゃったのかもしれない……」

 

「な……なっ!!!」

 

ちゅっ

 

ほっぺに柔らかい唇を感じる。すぐ真横には当麻の顔が……。

 

どっくん!! ずがががが!!

 

姫神は放物線を描きながら、机の上に吹っ飛んだ。

 

 

放課後、学校の正規の活動が終わった後の時間。

用がなければ児童・生徒・学生は下校となるが、一方で、昼休み以上に、遊んだり、図書館で本を読んだり、教師に授業の質問を行ったり、学校行事などの準備を行うことに活用される時間でもある。

そんな中、あの男が外を出歩いていた。……上条当麻だ!!

 

「誰が俺を呼び出したんだろうな……?」

 

当麻の下駄箱の中に謎の手紙。

勿論当麻はそれを捨てるはずもなく、その手紙に書かれた場所に足を運んでいるのであった。

 

「駅前に来い……ねぇ……ふふ」

 

当麻が不敵な笑みを浮かべる。

どんな相手が待ち構えているのだろうか、どんな事をしてくるのだろうか……。当麻には楽しみに思えて仕方がないのだ。

 

すぅ……

 

「ん?」

 

駅前だというのに、人の気配が全くない。辺りが森みたいに静まり返っている。

軒並み並ぶ大手デパートには誰も出入りしておらず、四車線もある大きな車道には、車の一台も走っていない。路上駐車された車は乗り捨てられたかのように無人である。

 

「さて、お前が俺を呼び出した張本人か?」

 

「上条当麻、あなたは少しやり過ぎです」

 

女はTシャツに片脚だけ大胆に切ったジーンズという服装である。

しかし、腰から拳銃のようにぶら下げた長さ二メートル以上もの日本刀が、凍える殺意を振りまいていた。

 

神裂(かんざき)か。どうしたんだ? 一体?」

 

当麻が余裕な口振りでにやりと笑う。

 

「とぼけるのも大概にしてください。あなたの今日の一連の行動、異常です。ここで私があなたを更生させます!」

 

当麻と神裂の間には十メートルもの距離があった。

なのに次の瞬間、巨大なレーザーで振り回したように当麻の頭上スレスレの空気が引き裂かれた。

……斜め右後ろにある風力発電のプロペラが、まるでバターでも切り裂くように音もなく斜めに切断されていく。

 

「なるほどね、そっちも本気ってワケか。いいよ……じゃあ……」

 

神裂はゾッとした。あれだけの事をやってのけても彼は歩みを止めないからだ。

 

「だったら……!!」

 

(シュン)、とほんの一瞬だけ、何かのバグみたいに神裂の右手がブレて、消える。

次の瞬間、風の唸り声と共に、恐るべきスピードで何かが当麻を襲う。

上条当麻を台風の目にして、地面が、街灯が、一定の間隔で並ぶ街路樹が、まとめて工事用の水圧カッターで切断されるように切り裂かれた。

だがしかし……!

 

「チェックメイトだね」

 

何時の間にか神裂の後ろに回り込んでいた当麻が、神裂の肩をポンと叩く。

 

「ッッッ!!!」

 

「待たせちゃってごめんな。お前の好意に気付いてやれなくて……だからさ……」

 

当麻の柔らかい手が神裂の頬を包み込む。そして……

 

「これは君の好意に気付いてあげられなかったお詫び。男としての好意の受け止め方だよ……火織……」

 

ちゅっ

 

なんと、なんとなんと! 当麻は神裂の……神裂の唇にキスしたではないか!!

 

どっかーん!!!

 

ひとたまりもなく神裂は吹っ飛ぶ。

 

学園都市駅前の道路に、大きな薔薇が咲き乱れた……

 

 

「どうしよう……神裂さんまでやられちゃったよ……」

 

さっきの二人の戦いを見ていたチャームの被害者一行。

当麻といえば、まるで戦場跡地のようにいろんな物の残骸がブチまけられた道の真ん中で、勝利の余韻に浸っているようだった。

少しして、ステイルの仕業と思われるルーンの効果が消え、駅に人が一人、また一人と本来あるべき姿に戻ろうとしていた。

当麻もそれを感じ取ったのか、周りにまだ誰も居ない事を確認した後、元来た道へと踵を返してしまった。

 

「彼は一体どうしてしまったのでしょう、とミサカは……ボフン!」

 

もう一人のチャームの被害者であるミサカも、ミサカネットワークの修復が完了したのと同時に吹寄一行と合流した。が、今、また何かトラブルが起きたようだ。

それを美琴が斜め四五度のチョップをかまして元に戻す。

 

「あんたまで壊れてどうするの! とりあえずみんな! 神裂さんをどうにかしないと!」

 

美琴を先導に、皆一斉に神裂の元へ行く。もしかしたらもうお分かりかもしれないが、神裂を呼んだのは魔術サイドで一番関わりのあるインデックスだ。

同じ女性として許せないという事で立ち上がってくれた神裂であったが、このザマである……

 

「神裂さん、大丈夫ですか?!」

 

インデックスと同じく大量の鼻血を流す神裂火織(かんざきかおり)

うつ伏せで倒れているので、べちゃっという音をさせながら声のした方向へ顔を向ける神裂。

トレードマークである白いTシャツは彼女自身の血で真っ赤に染め上がり、見方によっては幽霊のようにも見えなくはない。

 

「わ、私は大丈夫です……しかし、彼は一体どうしたのですか……? あそこまでの戦闘能力、そして大胆な行動……唇にキ……あわわわわわ!!!」

 

さっきの事を思い出したのか、鼻血まみれの頬が急に赤くなる。

嫌な予感がした吹寄は、後ろを振り返ってみると……やっぱり……

 

「えへへへへへ……あたしは平気だよ? えへへへへへ」

 

何も聞かれてないのに答え出すインデックス。あ、鼻血。

 

「を~っほっほっほ……わたくしはダイジョウブデスコトヨ? ほらごらんなさい……空から眩いばかりの光を背負い給(たま)う第三大魔王ゲコ太男爵が世界を救いし幻想殺しと共に君臨を……」

 

美琴に関してはもう原型すら留めていない。最早人類でも解読不能な言語を話し始めており、これを解読出来るのは、ツリーダイアグラムくらいしかないだろう。……いや、無理か。

 

姫神に関しては、頭の中が上条くんで一杯のご様子である。えへへ~上条くん~あーーん

 

ミサカは……

 

「兄と妹から繰り広げられる禁断の愛っ! 超えてはならぬ一線を超えてしまい、兄妹以上の肉体関係へとトリップ…………」

 

とりあえず豪速のゴムボールを投げつけてやる吹寄。罰は当たらないだろう。

 

もう一人は……

 

「いや、そんな……わたしは……こ、子どもですか? ……三人くらい欲しいですね……」

 

鼻血が作り出した綺麗な薔薇の中で妄想を繰り広げる幸せそうな神裂。

 

パシン!

 

吹寄が手を叩いた。その音にみんなようやく現実に戻って来たようだ。おかえりみんな。

 

「みんなよく聞いて。 あのままじゃ上条はずっとああだ。みんなあんな不抜けた上条でいいの?!」

 

一斉に吹寄に視線が行く。

 

「吹寄、顔が『あのまんまでもいいかもしんない』って言ってるんだよ……」

 

鋭いツッコミだ、インデックス。

皆一様にウンウン頷く。

 

「そそそそそんな事思ってないもん! ばーーーーか!」

 

小学生かお前は……というツッコミが見事に全員の頭に浮かぶ。

 

「確かにあのまんまじゃ困るわよねぇ……なんであんな風になったんだろう? 昨日までは普通だったのに……今日のあいつときたら……キタラ……ききききききにがぴーーーーーーががっがががが……」

 

喋っているうちに美琴は、また日中の事を思い出したらしい。ファックス送信音を出しながら漏電している。その美琴にミサカがチョップする。

 

「さっきの仕返し……にやり、とミサカはしてやったりの顔でえっへん」

 

今はそんな事してる場合じゃないだろう……

 

「うーん……当麻が変わっちゃった理由……」

 

「シスターちゃん、何か知ってるの?」

 

インデックスはうーん……と考える。あ、そういえば!

 

「この間まであたし風邪引いてたの。それでとーまが風邪薬を貰って来たんだけど……誰から貰ったって言ってたっけ……」

 

「それをよく思い出すのです!」

 

神裂含め、みんなが一斉にインデックスの顔を見る。

しばらくして……

 

「あ! そういえば舞夏から貰ったとか言ってたんだよ!」

 

「舞夏? 舞夏って確か土御門元春の……」

 

神裂の口からその言葉を聞いた吹寄は、何かを思い出したかのようにこう言った。

 

「そういえばあいつ、今日学校早退したわ!」

 

思い当たるのはそいつしか居ない。舞夏と呼ばれる妹が、当麻をおかしくするはずなのないと皆は思ったのだ。

 

『諸悪の根元は土御門(アイツ)かぁ……!!』

 

いい笑顔のみんなの頭に次々に血管マークが浮き上がっていく。インデックスに関しては、禁書目録がインデックスの周りをぐるぐる取り巻いている。顔は穏やかな湖面のような笑顔だけに恐ろしい。

 

「うふふ……どのようにして遊んで差し上げましょうか……」

 

自慢の愛刀をジャキジャキさせながら神裂が呟く……いい笑顔で。

 

「この十字架……今はいらないかな……」

 

十字架をカチャカチャさせている……いい笑顔で。(それはシャレにならん!)

 

「そういえばちょうど、超電磁砲(レールガン)の調子を確かめたかったのよねぇ……」

 

身体に電気をまといながら、美琴も同意する……いい笑顔で。

 

「とりあえず上条ふんじばって、張本人にどうかさせましょう。後は……うふふふふ」

 

鬼の顔を浮かばせながら、ギリギリの平穏さを保った吹寄が言う……いい笑顔で。

 

「じゃあとりあえず当麻捕まえようか? あははは」

 

禁書目録の中から、ある一冊の文章を提唱しながら、インデックスが提案する……いい笑顔で。

 

あぁ、土御門の葬式が目に浮かぶようだ……合掌。

 

とそこに、この道路の有様を嗅ぎつけてきたのか、ジャッジメントが。

 

ヒュイン!

 

「ジャッジメントですの。この辺りで異常な出来事が……ってお姉様?」

 

駆けつけて来たのは黒子だった。

お姉様を見て困惑しているようだ。

 

「黒子……これから壮大なバトルが始まるの……。だからここはあんたに任せたわよ」

 

「一体何が……ひっ!!」

 

神裂の服に付いた血を見て、とても驚く黒子。あ、インデックスの鼻血についてはこの際気にするなよ。

 

「そういう事なの。あたしこのバトルが終わったら、もう一度みんなでファミレスに集まりたい」

 

「お姉様……どうぞご無事で!!」

 

黒子が美琴達にした敬礼は、それはそれは立派なものであったという。

 

 

チャームの被害者が当麻を捕まえようと血眼になって探している頃、本人は何をしているかというと……

 

「って、ミサカはミサカは喜んでみたりっ!」

 

こんな奴と一緒に居た。まずい! 打ち止め(ラストオーダー)逃げろ!

 

「でね、でね! あの人ったら反射出来ないものだから、『ラストオーダーァ!!!』ってうるさくてさ! あははって、ミサカはミサカは愉快に話してみたり」

 

愉快そうに話す打ち止めを見て、当麻はチャームを発動させる。

 

「……お前は、そいつの事好きなのか?」

 

「え? ミサカはミサカは……その……」

 

打ち止めが顔を赤らめる。それを当麻は見逃さない。

打ち止めとの距離をぐぅんと縮める。

 

「だったらさ……俺の彼女になってみないか? 俺だったら君を幸せに出来る。君の為に全てを……」

 

ごすっ!!

 

当麻に豪速のゴムボールが当たる。ひとたまりもなく当麻は倒れてしまう。

倒れている姿も何かかっこいいのが腹立つ。

 

「よし、仕留めた! 姫神!」

 

「了解……」

 

どこから取り出して来たのか、姫神はその手に持っているロープで当麻をキツく縛る。

 

「あの、あのあの……」

 

顔を赤らめたままの打ち止めが何がなんだか分からずにオロオロする。

 

「今の事は全て忘れてください、とミサカは上位個体の頭をシェイクしながら訴えかけます」

 

一秒間に役百回の速度で打ち止めの頭をシェイクするミサカ。

……苦しそう

 

「ふぇぇぇぇ……」

 

「じゃ、行くわよ……」

 

ゆらり、ゆらりと鬼の行列はゆっくりと行進している。……ある人物の顔を思い浮かべながら。

 

 

「おいおい、俺を縛りあげてどうするつもりだい?」

 

あ、もう起きたんだ。

簀巻きにされた当麻が皆に担がれて道を行く。注目の的だったが気になどしていられない。

否、それを遥かに凌駕する怒りのオーラが皆の身を包んでいた。その怒気が鬼の顔を形造る。

 

「みんなよってたかって俺を食べちゃうつもりなのかな? いいぜ、ただし相手をするのはひとりずつだよ? それともみんな一緒に……」

 

「神裂さんっ!!!」

 

顔を真っ赤にしながら吹寄が指を鳴らす。それが言い終わるか終わらないかの内に、神裂が当麻の口にハンカチを突っ込んで猿轡(さるぐつわ)を噛ませる。……血だらけの。

もがもが……という声を無視してチャームの被害者一行は、当麻を肩に担いで歩いていった。

 

どがんっ!!!

 

まるでミサイルが一点集中して落ちて来たかのような騒音と共に、土御門(はんにんの)家の扉が開かれる。

 

「土御門くゥゥゥン!!!」

 

まるで秋田の伝統行事ナマハゲだ。泣く子はいねーがーとか言いそうな感じ。泣く子……じゃない土御門はその様子を自室の扉をひょこっと開けて覗き見ていたが……。

 

「やばい……krされるぜよ……!!」

 

どうにか部屋の窓から壁伝いに逃げようと試みて、窓を開ける……が!

 

「ひっ!!」

 

土御門家の丁度真下の道路辺りに、ミサカが待機していた。

 

「……、……、……」

 

ミサカが何か言っている。口の動きに合わせて土御門が声に出して復唱してみた。

 

「コ……ロ……ス……」

 

慌てて土御門は窓を閉め、自室のドアを開け放った!

 

バンッ!!!

 

「逃げるぜよ!!」

 

「逃げるって、どこかな?」

 

ドアを開け放った瞬間、インデックスがそこに立ち往生していた。

土御門は一気に脂汗を噴出させる。

 

「あはは……や、やあシスターちゃん……舞夏から話は聞いとるぜよー……こ、これにはにゃー、メイドに関係があったりなかったり……」

 

カッ!!!

 

言い終わらぬうちにインデックスの渾身の一撃が顎を打ち砕く!

 

「そのへんにしときな? シスター……」

 

インデックスの強烈な噛み砕きの攻撃がふいに止まる。

 

「だ…だずがっだ……」

 

「次はわーたーしぃ!!!」

 

吹寄の硬式野球ボールが土御門の顔面にヒットする。

その後、土御門の悲鳴が再三再四に渡ってマンション内に響いたのは言うまでもない……。

 

「に゛ゃーー゛…………がく」

 

あ、断末魔。

 

 

『はぁ! モテモテ薬ぃぃぃ!!!!????」

 

全員の素っ頓狂な声が見事に合致する。

土御門は割れたサングラスを元に戻しながら、鼻血を止める為のティッシュを詰めなおす。全身包帯まみれだ。

 

「そうだにゃー……あれは木山先生が偶然作ってしまったもので、それを昨日、舞夏経由で上やんが持って行ってしまったらしいんだにゃー……いてて」

 

皆から軽蔑と呆れのため息が流れる。後に残るのは白い非難の目だ。

 

「なんでそのような薬をあなたが?」

 

「あはは、考えてみろよねーちん。あれがあれば可愛いメイドさんを思うままに……あ~んなことや、そ~んなことも……え? そこまでオッケーなのかにゃ?!! 困るぜよ~、あはは……ぎゃーー!!」

 

神裂の質問から妄想に逃げようとした土御門を、美琴がビリビリで目を覚まさせる。しかし、首筋に電撃はキツイと思うが……

 

「それで彼はどうしたら元に戻るんですか? と、ミサカはいい笑顔で問いかけます」

 

ミサカがロープをきつくする。ああ、いい忘れていたが土御門は逆さ吊りにされて天井からぶら下がっていた。縄のキツさはミサカの思うがままに調節出来る。

土御門はぎぃぎぃと逆さに揺られながら自由になっている手でポケットをまさぐった。栄養ドリンク程度の大きさの赤い小瓶を取り出す。

 

「一応解毒剤も作ってもらったんだがにゃー、ただこれの使用法はいささか面倒な手段が必要なんだにゃー……」

 

それを吹寄が乱暴にひったくる。すると美琴が首筋に指を当てながら尋問を引き継ぐ。

 

「その手段ってなんなのかしらぁ……?」

 

「おう……その薬はだにゃー、木山先生に頼んで、あのクスリを飲んだ人以外の人の、口の中にある酵素に反応して解毒薬に変質するようしてもらったんですたい。えー……とつまりはだにゃ」

 

ビリッ!

 

土御門の首筋に微弱な電流が流れる。単純かつ効果的な要求を一言で言う。

 

「わかりやすく!」

「つつつつまりはだにゃー、この解毒薬は上やん以外の誰かが飲ませてあげなきゃいけないんだにゃー。……その、口移しで……」

 

「「「「はぃぃぃぃぃ?!!!!!」

 

呆れとも疑問ともとれる絶妙な叫びが充満する。

 

吹寄が左手に硬式野球ボールを、右手に毒々しい色の『健康飲料(げきやく)』を持ちながら土御門に詰め寄った。

 

「なんでぇ? そんな七面倒くさいぃ、クスリをぉ、作らせたのかなぁ? 土御門くゥゥゥン!!!」

 

顔は菩薩、ココロは修羅だ。目の奥で鬼達のオーディエンスが声高らかに、「こーろーせー! こーろーせ!!!」と叫んでいる。

 

「だってその方がカッコイイと思わないかにゃー。王子様のキスによって目覚めるお姫様……計算違いで上やんが飲むことになっちまったが……どうぜよ? ロマン溢れるいい薬だと……?! にゃーーっ!!!」

 

美琴の少々本気のレールガンが全身にヒットする。土御門はビクンビクンと痙攣を起こした後、失神したようだ。

 

ふと、周りの静寂に気付いた姫神が叫ぶ。

 

「あれ? そういえば上条くんは?!!」

 

全員がばっと後ろを振り返るも、猿轡されて寝かされているはずの当麻の姿はない。

しまった!!! 吹寄たちはバタバタとその場を後にした。

………、独り部屋に残され、ぎぃぎぃと揺らされながら土御門は思った。

 

「これ……外してくれないかにゃー……」

 

 

「というわけなんだオリアナ。俺の病気、貴女なら治せると思うんだけどなぁ……」

 

「あぁら、最近の子供は随分ませているのね?」

 

マンションのある一室に濃厚な空気が漂っていた。その中心にいるのは怪しげな目で笑みをこぼすオリアナと、それに負けず劣らず不敵な笑みを絶やさない当麻だ。

挑発的な目でオリアナは当麻の全身を舐めるように見回す。薄いピンク色のグロスが塗られた唇が三日月のように曲がり、そこからはみ出た舌が彼女自身の細い指を、絡めるように舐めとっていく。

 

「くすくす、いいわよ? お姉さんが今からたっぷりと教えてあ・げ・る」

 

バタン!! がしっ!

 

オリアナの部屋を開け放ったかと思うと、当麻の頭を吹寄がむんずと掴んだ。走って探し当てたためか、息が上がっている。

 

「どうもすみません。うちの馬鹿がご迷惑かけたみたいで! 行くよ上条!」

 

そのままずるずるとひきずって行く。

 

「ははは、吹寄せっかちだなぁ……そんなことしなくても後でたっぷり可愛がってあげるのに……」

 

「うるさいっ!!!」

 

吹寄の怒鳴り声と一緒に、げしっ!!! という音も聞こえた。蹴りでも入れたのかもしれない。

次第に遠ざかる後姿を見ながらオリアナは呟く。

 

「この学生寮に引っ越して来たオリアナよ。よろしくね~」

 

オリアナは手をヒラヒラさせていた。

……この日以降、美人なお姉さん目当てにこの学生寮に沢山の男が押し寄せて来たのは、ここだけの話である。

 

「とーまは見つかったんだね?」

 

吹寄にひきずられる当麻の姿を見てインデックスが声をあげる。

疲れた様子の吹寄がぐったりしながら答えた。

 

「どこかのお姉さんまで口説いてたよ……」

 

はぁ……というため息が皆の口からだだ漏れになる。

チャームの被害者一行は、インデックスの案内で土御門家の隣である、当麻の家まで来ていた。

当麻はソファーの上に転がされ、さっきよりも更に厳重に鎖で拘束されている。どっから持ってきたんだかSMショーで使うようなマウスボールも装着済みだ。近くにあったテーブルの上には、例の赤い小瓶が陽光(ようこう)に照らし出されてキラキラと輝いている。

それをじっと見つめながらおずおずと吹寄は切り出した。

 

「で……どうする? ……これ」

 

「ど……どうするって言っても」

 

インデックスも真っ赤になって俯いてしまう。これがあのおかしくなった当麻を治せる唯一の特効薬だとは、皆知っているのだ。知っているのだ……が。

 

今、みんなの頭の中はたった一つの言葉によって統一されていた。そう、たった一つの単語によって……

 

 

『キス……』

 

 

その言葉を認識した後のそれぞれの行動は様々だが……。

 

健康食品(げきやく)を貪り食ってる者、

鼻血を垂らしながら誰か見えざる人と婚約の話をしている者、

禁書目録ならぬ、ただの『オトナの参考書(アール18)』を読んで煙を出している者、

ゲコ太ストラップをカップルと観たてて赤くなっている者、

私は頬っぺに……って言いながらBreakin'している者、

早口でなんか意味わからん言語を喋っている者、とミサカは語り手みたく喋ってみますとか言っている者、

 

……まぁ どれが誰だか説明する必要……ないよね?

しかし、誰がやるか? という問題は中々解決しない。

皆が皆、お互いの心を気遣いあっている美しい姿が広がっていた。

 

「こ…ここここうゆーのはやっぱシスターでしょ? 一番イメージにぴったりだし……」

 

「そそそそそそんなことないんだよ? あたしは制理が適任だと思うよ……」

 

「わたわたわたしはいいよぉ!!! そうだ! 美琴ちゃんやったら? 美琴ちゃんはほら……上条のこと……」

 

「な?! ななななな何を言ってるのかしら?!! そんなコト全然ないからねっ! ゲコ太にしか興味ないんだからっ!!」

 

それはそれで問題だ。

 

「そんなだったらあたしが……年下の女の子にはまだ早い……それよりも神裂さんがやりたがってるよう」

 

「あ、あなた! なに言ってるんですか?! 私は彼より年上ですし……でしたら……」

 

「ミサカはミサカでミサカであるために、ミサカなので……」

 

ひっちゃかめっちゃか。

こんな調子では先に進むわけがない。そこには仲間の気持ちを気遣う崇高な心があった。

 

「仕方がないですね……! じゃじゃじゃあわたわた私がほほほほ保護者としてわたわた私がやりますっ!」

 

神裂がどもりながらも高らかに宣言した。

みんなの目がキラリと光る。

 

「皆様が嫌って申されるのでしたら、仕方がないですね……私としてもあまり好ましくないですが仕方がありませんよね。そうそう仕方ない仕方ない。こうしなくては、上条当麻は元に戻りませんから。あはは…嫌ですね……! やだやだ」

 

ぱしっ!

 

小瓶に伸びようとした神裂の手は吹寄に掴まれていた。

お互い笑顔で語り合う。

 

「何、手を伸ばそうとしてるんですか? あはは」

 

「貴女こそ、その手はなんなのですか? あはは」

 

………そこには仲間を思う崇高な心が……。

 

ギチギチという音が吹寄の掴んだ手首から響いてくる。二人は向き合って共に爽やかに笑いあっていた。

 

「第一、神裂さんは上条の顔を見ながらキス出来るんですか? 上条だって抵抗するでしょうし……」

 

がすっ!!

 

言い終わるか終わらないかの内に、神裂のとても長い刀の柄が当麻の腹に突き刺さる。

ガクッと身体中から力が抜ける当麻。例のボクサーのように真っ白に燃え尽きながら、気絶していた。

 

「……これで抵抗しなくなりました」

 

それを見たインデックスが顔をさーっと青くして呟く。

 

「うわー……これこそジャパニーズ殺陣(タテ)ってヤツなの……?」

 

「躊躇ない……なんというか怖いというか、すごいというか……」

 

感心している姫神とインデックスの後ろから一際(ひときわ)大きい声が響く!

 

「な……何をしてるんですか?! 今はそんな場合じゃないでしょう!!!」

 

美琴は涙目になりながらそれを咎めていた。二人の顔に反省の色が浮かぶ。

うんうん……やっぱりそこには仲間の気持ちを気遣う崇高な心が……。

 

「今、大切なのはどうやってあいつを元に戻す事かでしょ! そんな争いをして何にな………?!」

 

言いかけた美琴の襟首がミサカによって掴まれる。

 

「お姉様、さっきから何を微妙に小瓶に向かって移動しているのですか? と、ミサカはドスの効かせた声で問いかけます」

 

「あらあら? あんたこそ、その両手で握っている軍用自動小銃(アサルトライフルAK-47)は何に使うのかしら?」

 

オリジナルとクローンの笑顔の応酬が始まる。

 

……仲間の気持ちを気遣う崇高な……。

 

突如、姫神が床に転ぶ。転んだ場所には吹寄が足を延ばしていた。

 

「あれれ? どうしかのかな姫神?」

 

「私はあんまり薬について詳しくない……だから他に上条くんを治す方法が他にないか……土御門くんに聞きに行こうとしただけなのに……それなのに吹寄さんはヒドイ……」

 

「じゃあなんで玄関とは真逆の方向に手があるのかな?」

 

……気持ちを気遣う崇高な……。

 

…あれ?

 

ぴしっ!

 

氷の軋むような音が響いた気がした。その場の空気が急激にそこに集められる。(圧縮圧縮空気を圧縮ゥゥゥ!!)

それぞれの能力を活かしたバトルが繰り広げられようとしている……! この当麻の狭い部屋の中で!

ぶつかり合う視線は最早笑顔でもなんでもない。

狩者(ハンター)の目だ! しかもベテランの!

 

こんな調子では先に進むわけがない。

そこには殺気と腹の探り合いが渦巻くどす黒い心があった。

…………あれぇ?!

 

「さっきは良いって言われましたね。 吹寄さん?」

 

「あっれー? そんな事言いましたっけ? 忘れちゃいました。あはは 貴女はシスターだし、こんな淫らな事しないよね?」

 

「あたしだって当麻の事が心配なんだよ! これもとーまの心を癒すシスターとして、避ける事の出来ない道なんだよ! それより短髪、短髪にはまだ早すぎるんだよ!」

 

「あんた……私を誰だと思ってるの! 常盤台のエースよ! どうぞお気遣いなく! 妹、あんたは私の言う事聞くわよね」

 

「聞くも聞かぬも今は自由の身。お姉様に従う義務がありません。それよりも姫神さん、あなたはこんな事興味ありませんよね? と、ミサカは早口でまくし立てます」

 

「勝負事と恋愛事は別だというのが、(いにしえ)からのお約束でしょう?」

 

バチバチと火花が飛び散る。

ここは最早戦場、実弾が飛び交ってないだけの戦場である。

 

「……ではいきましょう。誰が彼の唇を奪うのか……! じゃんけんで勝負です……勝負は一回、後出しは負け……いいですね?」

 

全員がうなずく。皆の背後にはゴゴゴゴ……という音が実体化して現れていた。

 

「行きます…………じゃんけん……!!!!」

 

「「「ぽい!!!」」」

 

皆が出したのは全く別々の手。

つまりあいこ!

ちっという舌打ち音がそこらかしこから聞こえてくる。

 

この後もじゃんけんが続いたが、ずっとあいこのまま。能力を使っているのか使っていないのか分からないが、ただ一つだけ言える事……それは、皆は本気だという事だ。当麻の唇を制する者は一体誰なのか……!

勝負は時計の針が一回転するも、まだ勝負は続いている。

 

「はぁ……はぁ……皆さんさすがです……」

 

「そ、そろそろ本気を出すんだよ……」

 

「はっ……はっ……と、とっくに本気だと思ってたけど? 違ったのかしら?」

 

「ふぅ……ふぅ……み、美琴ちゃんこそ、声枯れてるじゃない?」

 

「はぁっ……くっ……お姉様、いい加減諦めろよゴラァ、とミサ……ぐえっ」

 

「私の事忘れないで……」

 

これだけは突っ込める。……皆、当初の目的忘れてるよね? 絶対忘れてるよね?

その時、永遠とも言えるその場を見事に打ち壊した人間がいた。

 

「ちょっと失礼するよ? やれやれ……神裂に僕の刻印(ルーン)は盗まれてしまうし、土御門からはSOSメールか……何かと思ってきてみれば……ふぅ、なんで僕はこんな所に来てしまったんだろうね?」

 

知らないって事は幸せだなぁ……彼には……ステイルにはきっと、僕はただのお遊びの為に呼び出されてしまったとしか思ってないのだろう。……呼んだの誰だ?

 

「さて、と……僕は遊んでいる暇なんてないんでね。失礼させてもらうよ」

 

タバコに火をつけて、一旦煙を吐いた後、じゃんけんに熱中している吹寄たちを尻目に過ぎ去ろうとした……が、

 

「ん? これが奴の言ってた栄養ドリンクというやつかな? 生憎君たちのせいで夜眠れてないんだ。頂くよ」

 

そういって蓋を開けて……あ…あぁぁぁ。

 

ぐびっ!

 

……飲んじゃった………。

 

その瞬間! 吹寄たちが一斉にそれを止めようとステイルに飛び掛って……。

よろめいたステイルが転んだ所に、当麻が寝かされていて……。

ステイルが顔面から当麻の顔に……。

そして当麻の唇が……。

 

あ…あぁぁぁぁぁぁぁ……!!!

 

 

ボーイズラブ

 

 

ステイルの口から当麻の口に、口移しさ……ががががががぴがっっががががががががが

 

 

……うーん……。

真っ白な天井が映る。当麻はぼんやりする意識を無理やりたたき起こした。

 

「? ……ここは……俺の家か?」

 

「目が覚めた? とーま」

 

周りには吹寄やインデックスが見下ろしていた。

一緒にとーーーーってもいい笑顔で涙と鼻血を垂れ流している。

 

「な、なんでみんな俺の家に……てか、妙にその生暖かい笑顔はんんなんだよ……?」

 

みんな何も言わずうんうんと当麻の肩をぽんっ!と叩いている。

美琴はしかし我慢出来なかったのかプルプルと震えだし、

 

「ふ、不潔ぅぅぅぅ!!!!」

とか言いながらキラキラ涙を流して走り去ってしまった。まあ美琴さんですし……しゃぁないやろ。

 

「なんで俺こんな所に……?」

 

「何も言うな……上条今日は飲もう……」

 

吹寄が溢れる涙を拭いながら肩を抱く。

 

「上条さん……何か欲しいものはないですか? 私、なんでも買ってあげますから……だから元気出してください…ね?」

 

まるで病死寸前の患者に言うように神裂が慰める。当麻の顔にはクエスチョンマークが乱舞(らんぶ)していた。

 

「そうなんだよ……あんなのカウントの内に入らないんだよ。野良犬に噛まれたと……?! うげ……」

 

「少しお痛がすぎますよ? とミサカは……」

 

「私にも出番を……」

 

当麻は頭をポリポリと掻きながら、お前ら何言ってんだ? というような表情を浮かべていた。

 

「それにしても何があったのか思い出せねーな……なんかとてつもなく恥ずかしいことがあったような……」

 

ぼんっ!!

 

その一言で今日一日の恥ずかしい記憶が皆の頭の中で上映され始める。

 

「お前らなんで赤くなってんだ? 何かあったのかよ?」

 

皆、首を千切れるほどにブンブンと真横に降る。

 

「で、では私達は帰りましょうか! 皆さん、行きますよ!!」

 

「お、おい教えてくれってば! 何があったんだよ! 神裂! 吹寄! ビリビリ! インデックス! 姫神! ミサカ!」

 

当麻たちの賑やかな声が、学園都市中に広がっていたという。

 

 

おまけ1

 

 

ぎぃぎぃと音をたてながら、逆さ吊りの土御門は頭にのぼりそうな血を必死になって抑えていた。

 

「みんないつになったら降ろしてくれるのかにゃー? もーしないから許してくれないかにゃー? まさか俺んこと忘れちゃった、なんちゅー訳ないよね? あー……なんかぼーっとしてきたぜよ……暗いにゃー……寒いにゃー…………あー メイド姿で羽根の生えた舞夏がやってきたですたい……ど、どこに連れていくぜよー? あはは……」

 

……合掌

 

おまけ2

 

 

「こンの三下がァァァ!!!」

 

皆さんは覚えているだろうか? 当麻がチャームを発動した相手というのを……。

その中に、チャームを発動しかけで終わった人がいたのを覚えているだろうか?

……そう、打ち止め(ラストオーダー)である。打ち止めが一方通行(アクセラレータ)にこの事を話したため、一方通行さんは大変お怒りなのである。

 

「三下の分際で打ち止めを口説くたァ良い度胸じゃねェかァ! 上条くゥゥゥン!!!!」

 

「不幸だぁぁぁぁ!!!」

 

……合掌

めでた……くないけどまあいいか。

この後、事を知った黒子にも追われる事は、この時の当麻には知る由も無い。

 

 
 

 
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