病院に搬送されて一夏は緊急手術を受けて、どうにか一命を取り留めた。出血多量で肺を貫通した穴は塞がるが、やはり時間はかかるそうだ。当然回復の為、意識は不明のままだ。栄養の点滴と輸血パック、心電図と、様々な精密機器に繋がれた。
「ですが、驚きましたよ。彼の心臓は、左側じゃなく、右側にあるんです。不幸中の幸いでした。この体質でなければ、本当に危なかったかもしれません。」
「そうですか・・・・ありがとうございました。」
連絡を受けた千冬は学園を飛び出し、ラウラも遅ればせながら病院に息せき切って到着した。
「更識、何があった?!」
目をまっ赤にして泣いている簪に詰問しても無駄と踏み、千冬は楯無にそう聞いた。
「一夏が・・・・一夏が、刺されました・・・・!」
だが、楯無も今にもまた泣き出しそうな顔をしており、化粧も完全に落ちてしまっている。何度も何度も涙を拭い去った。
「誰にだ?!言え!!」
第三者による犯行と聞いて千冬は気色ばみ、形相が豹変した。
「篠ノ之、箒です・・・・・・」
「何、だと・・・?!」
それを聞いた千冬は愕然とした。よもや自分の知り合いであり交流の深い、それも弟が意中の相手である箒が犯人だと聞き、驚くのも無理は無い。
「兄様は無事なのか?!」
「一命は取り留めた、けど・・・・意識はまだ・・・・」
ラウラも今にも泣きそうなのを後一歩と言う所で堪え、下唇を噛んでいた。
「面会はまだ禁止だから、今夜は帰った方が良いわ・・・・」
「篠ノ之は今どこにいる?」
「同じ部屋で意識不明の状態です・・・・・精神が、不安定だとか・・・・」
「精神が・・・・・不安定、だと?!ふざけるな!!」
遂に怒りのボルテージが限界を迎えて爆発し、ラウラは扉を蹴り開けて箒に掴み掛かった。
「貴様、どう言うつもりだ!!何故兄様を刺した!?答えろ!!」
だが箒は遠くを見つめたままもの言わぬ人形の様に静かだった。糸の切れた人形の様にされるがままだ。拳を振り下ろしたが、当たる寸での所で千冬に腕を掴まれた。
「離して下さい、教官!コイツは・・・・コイツだけは!!!」
「落ち着け、小娘!!こんな事をした所であいつの回復は早まらない!何より、そんな事をしたと聞いて、あいつが喜ぶと思うのか?!」
それを聞いて、ラウラの手から力が抜けた。
「しかし、どうすれば・・・・兄様は・・・」
一夏は眠るかの様に横たわっており、ラウラはその痛々しい機械に繋がれた姿を直視する事が出来ず、目を背けた。
「祈るしか無い。これ位の事で、お前の兄分はくたばる様な奴だと思うのか?私には分かる。あいつは死なん。必ず生きて戻る。誰よりもお前がそれを信じなくてどうする?馬鹿者が。」
ラウラは一夏の手に兄妹の証として贈られたペンダントを一夏の手に握らせた。
「必ず、戻って下さい・・・・兄様。」
それだけ言い残し、ラウラは走り去った。
「お前達も戻れ。ここにいた所で何も出来ないだろう?」
「そうですね・・・・簪ちゃん、戻りましょう?」
「やだ・・・・私は、一夏のそば、に・・・・いたい・・・・!」
しゃくり上げながらも簪は自分の意志を明確に告げた。
「まあ、いい。まだ休みは終わってはいない。その内学園の病院に搬送される。それよりも聞きたい。お前らは、あいつの何を見て来た?」
「え・・・・?」
「私とて馬鹿では無い。お前達二人の仲を取り持ち、修復した事位は知っている。そして更識姉、お前を倒す程の男だ。分かっている筈だろう、あいつは並の男ではないと。お前達二人の中を取り戻せるとあいつが信じた様に、お前達も一夏の生還を祈れ。だが、弟はまだ渡す訳にはいかんな。」
それだけ言い残し、千冬もまた拳を握ったまま病院を後にした。二人はガラス越しに横たわる一夏の痛々しい姿を見るのに耐えられず、顔を背けた。
「ずっとここにいる訳にも行かないから、私達も帰りましょう?」
だが簪は何の反応も示さなかった。
「しっかりしなさい!織斑先生の言葉をもう忘れたの?!私達が一夏の回復を信じないで、どうするの?!」
簪の肩を掴んで乱暴に揺すり、怒鳴りつけた。
(ん・・・・?ここは・・・・ああ、そう言えば俺刺されたんだったな。はあ・・・重ね重ね迷惑な奴だ。)
真っ白な何もない世界に、病院のパジャマを着たままで一夏は寝転がっていた。
(また、ここに来たのですね。)
一夏の頭の中に声が響いた。福音との雪辱戦前に聞いた優しい女性の声とは違う、凛とした声だ。
(お前は・・・・白式、なのか・・・?いや白騎士・・・・か?)
(貴方は、戻りたいのですか?あの世界に。)
一夏の質問を無視し、彼女はそう訪ねた。
(俺を待ってくれてる奴が何人もいる。そいつらを残したまま死んだんじゃどうにも不憫だ。それに、俺はまだ死にたいと思える様な年齢じゃない。後何十年かは生きていたいな。)
(貴方を刺した彼女は、どうするのですか?)
(どうするかはここを出てから考える。だが、俺を刺したからと言って殺しはしない。そんな事をしても何の意味も無いからな。)
(では貴方は、何故戦うのですか?)
(それは・・・・)
一夏は答えに詰まった。一夏は今まで何故強くなろうか等とはあまり考えなかった。捨てられた姉を見返そうと思って修行を積んでいたのは否定しようのない事実だ。だが師匠との生活を重ねる内に、人を守ると言う目標を見定めて来た。だが、どこか自分の中では違うと感じていた。
(分からない。俺が戦うのは、守る為だ。人を、守る為だ。)
(あなたの声からは、本心が聞こえない。)
(どう言う事だ?俺が嘘を言っているとでも言いたいのか?)
(貴方の目標はそんな漠然とした物ではない筈です。)
(俺は・・・・鬼の力を得て、ISの力も手にした。それを俺は守る為に使いたい。)
様々な人物の顔が頭をよぎる。猛士関東支部の皆、師匠の市、五反田兄妹、学園の生徒達、自分の未だ敬遠している姉、可愛い妹分のラウラ、そして簪と楯無の顔。
(俺は・・・・俺の守りたい物を守る為に戦う!あいつらはそれだけの価値がある!俺の傷をあの時治したのはお前だろう?もう一度俺を治してくれ。)
(時間が掛かります。今の貴方の体は疲弊し切っている。特にあの二段変身は体力を完全に削り切った。そこで体を貫かれたのです。数日は・・・一週間は間違い無くかかります。)
(一週間?!その間にあの二人が狂っちまったら手がつけられない。下手すりゃ自殺だ。どうすれば時間を短縮出来る?)
(貴方に出来る事は無い。私が・・・いえ、私達が貴方を救う。)
(私、達?やはりお前・・・)
だがそこで再び一夏の意識は闇に堕ちた。
時を同じくして、簪は楯無の隣で静かに泣き疲れた所為で眠っていた。その頭を優しく撫でてはいたが、楯無も遂に泣き出してしまった。『影』の組織の当主である自分を褒め、一人の女として接し、それだけで無く妹をも救ってくれた。鬼であり、ISの世界初の男性操縦者であり、一人の人間であろうとした恋人。その体を冷たい刃が貫いた情景は今でも目に焼き付いた。目を閉じようとする度に瞼の裏にそれが浮かび上がり、恐怖によって睡魔が消え去る。その繰り返しだった。
(一夏、早く戻って来て・・・・!お願いだから!)
「い、ちか・・・・」
何か良い夢でも見ているのか、簪は微笑を浮かべて彼の名前を呟いていた。それを聞いて、楯無は祈るしかなかった。只々彼が再び何食わぬ顔で、不敵な態度で教室のドアを開けて挨拶をする事を・・・・
「あちっ・・・・」
市も、部屋で熱燗を飲んでいたが、瓶を取ろうとした時に腕が一部鍋に触れてしまい、誤って猪口を落としてしまった。
「あちゃー・・・」
それは一夏が買い求め、自分も好んで使っている物だった。
「しばらく連絡が来ない・・・何かあったな・・・?あの馬鹿が・・・・」
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さて、背後から刺された一夏は・・・?