聖川真斗は困っていた。
眼前には大きな瞳をくりくりさせてこちらを見上げている愛しい妹、真衣の姿がある。
彼女は少し首を傾け、こちらの返答を待っていた。
しかし真斗には返せる言葉が見つからなかった。
数瞬沈黙した後、
「ま、真衣。すまないがその質問の答えはもうちょっと待ってくれないか?」
自分より一回りも二回りも小さな妹に、目線を合わせる為にしゃがみこんだまま、彼女の肩に優しく手を置くと、そう言った。
「もうちょっと?」
「そ、そうだ」
「おにいちゃまにもわからないの?」
「あ、そうだ。そうだな。わからないんだ」
しめたとばかりに慌てて同意する。肩に置いた手に少し力が入ってしまう。
「でも、じいにきいたら、『そ、そのようなことはぼっちゃまにお聞き下さい。じいのような不勉強な輩には些か難問でございまする。誠に賢くあられるぼっちゃまならば、きっと知っておいででしょう』って言われたよ?」
また、くいっと可愛らしく小首を傾げて、執事の藤川―通称「じい」と呼ばれている―のセリフを、どもった部分まで忠実に再現して言う。
真斗の顔面に脂汗がつつーっと垂れる。
「そ、それは、」
「おにいちゃまならしっているんでしょ?」
年の離れた兄に全幅の信頼を寄せ、彼女は再び質問した。
「あかちゃんはどこからくるの?」
「あれ、マサは?」
時間は昼時、場所は早乙女学園のAクラス教室。サオトメート(購買部)で買った特大カレーパンに齧り付きながら、一十木音也は言った。
「あ、妹さんが急に遊びにいらっしゃったとの事で、今校門の方まで迎えに行かれているんですよ」
返すのは同じくAクラスである七海春歌。こちらは自分で持ってきた小さな弁当箱を丁度開いたところである。
「真衣ちゃんですよね。とってもとっても可愛い妹さんでしたよね~」
にこにこした笑顔を浮かべ、フォークに刺したたこさんウインナーならぬピヨちゃんウインナー(一体誰が作ったのやらやたら凝っている)を掲げたまま柔和に言うのは四ノ宮那月である。
「なんか那月が言うと変な怖さを感じるわね……翔みたいに扱うのはやめなさいよ……」
少し引きつった顔で突っ込むのは渋谷友千香。彼女もまた自作のお弁当を開いていたが、那月を見つめたままその手元は止まってしまっている。
「えぇ~何がですかぁ?」
「いやごめんなんでもない。本人に言っちゃったあたしが馬鹿だったわ……」
「気持ちはわかるよ友千香……」
少し陰った顔で音也も同意する。
「?二人とも何の話をしているんですか?」
春歌は二人の言っている意味がわからなくて、純粋に質問する。
「いや、知らない方がいいと思うよ、七海……」
「うん。聞かなかったことにしなさい」
「?」
春歌には全く意味がわからないままだったが、二人がそういうならと彼女は素直に引き下がった。
「でも、そっかあ。真衣ちゃんといる時のマサってお父さんみたいだったもんなあ。また勝手に遊びに来ちゃったのかな」
音也が思い出すように言う。真衣は前にもいきなり学園に遊びに来てしまったことがあり、その時の真斗がまるで父親の様に優しく真衣に接するのを見て、みんなはなんだかふんわりとした、穏やかな気分に包まれたのだった。
「真斗くんも真衣ちゃんも可愛かったですよねぇ。親子みたいで」
「聖川様はお母様が長い事入院されていますから、ご自分が真衣ちゃんの親代わりにならなければ、と思ってらっしゃるのかもしれませんね」
春歌がしんみりと言う。
「なるほど。父親じゃなくて母親代わりなわけか」
友千香は顎に手を当てて面白そうに言った。
「あはは、確かにマサって父親より母親の方が似合うかも」
笑いながら音也がそう言うと、その場の全員がうんうんと頷いた。
聖川真斗は聖川財閥の御曹司という立場に相応しく、寡黙で、秀麗で、とても真面目な日本男児であったが、料理や裁縫を得意とする器用さやその面倒見の良さから、みんなのお母さん的存在となっていた。
「実際、聖川様が料理や裁縫の腕を磨かれたのは、真衣ちゃんへ教える為だとおっしゃっていましたよ」
春歌が微笑みながら言う。
「じゃあマジでお母さんじゃん」
「他の人に頼むんじゃなくて、自分で教えようと思うところがまさやんらしいわね……」
「真斗くんすごいですねぇ~」
みんなが口々に言う。
「でもさ、実際マサんとこってお母さんがいなくて、女の子は真衣ちゃんだけなわけじゃん?結構大変そうだよな~」
最後に一口分残った特大カレーパンを口の中に放り込みながら、音也が言った。
「大変ってなんでですかぁ?」
「あー、そうよねー。男親って娘に接するのが難しいとかもよく言うし」
「男性だと、女の子の気持ちを理解するのが難しいこともあるかもしれませんね」
「特に思春期の娘なんてもうお父さん嫌い!とかよく言うもんじゃん。ま、あたしがそうだったんだけど」
友千香はぺろっと舌を出した。
「友千香、言ってそ~」
「まあ若気の至りってやつね。今はふつーにお父さんの事好きだし」
「つまり女の子の扱いは難しい、ってことですかぁ?」
ただ一人話に乗れていなかった那月は、みんなの話を聞きながらじっと考え込んでいたが、やっと合点がいったという様子で口を開いた。
「まあ簡単に言うとそういうことね」
「でもそれなら大丈夫ですよぉ」
那月は相変わらずのにこにことした笑顔で言う。
「真斗くんはすっごくお母さんらしいですから」
「聖川様はお美しいですもんね!」
「それはなんか違うと思うわよ春歌……」
口々に勝手なおしゃべりに興じていると、がらっと教室の扉が開いた。見ると、まさに話題の人物である真斗が教室へ入ってくるところだった。
「あ、マサ、ちょうどマサの話してたんだよー」
音也がひらひらと手を振って呼びかける。
「真衣ちゃんは無事迎えられましたか?」
「……ああ」
何故か青白く脂汗をかいた顔で真斗は答えた。
「あれ、真衣ちゃんはいないんですかあ?」
「いや、その」
「おにいちゃま~」
真斗が口を開こうとした絶妙のタイミングで、彼の妹は駆け寄ってきた。
「真衣!少し待っていろと言っただろ」
走ってやってきて抱きついた妹をぽすんと受け止めると、真斗はその頭を撫でながら軽く諌める。
「だってせっかくおにいちゃまにあいにきたのに、ひとりぼっちなんてつまらないもん」
ぷうと頬を膨らませて言う。その可愛さは犯罪的なもので、那月はもちろん、その場にいた皆は思わず倒れてしまいそうになった。
「ねえ、おにいちゃま、はやくおしえて?」
真衣は無垢な瞳で真斗を見つめる。
「あかちゃんはどこからくるの?」
緊急会議が開かれることとなった。
場所は変わって、校内にある生徒が自由に使う事を許されている多目的広場だ。備え付けられて楕円形の大きなテーブルの一つに、皆は顔を突き合わせて座している。
ちなみに真衣は今この場にいない。一度質問を投げかけられて真斗へキラーパスをかました藤川が、一旦庭の方へ連れ出して時間を稼いでくれている。キラーパスに対するせめてもの償いのつもりであるらしかった。
「一十木、何をニヤついているんだ」
真斗がキッと厳しい視線を音也に送る。彼は議長然として真ん中に座っていた。
「いや、すげえタイムリーな話題だったんだな、って思って……」
笑いが抑えきれないのか、手元で口を覆いながら言葉を発する。
「噂をすれば影という感じですね……」
「嘘から出た誠?とかも近いわね」
「エスパーさんみたいですねえ」
「だから一体なんの話をしているんだ」
話が呑みこめないことに少し苛立った真斗は、いつもはクールな表情を崩し、眉間にしわを寄せていた。
「ごめん、本題に戻ろっか」
「ああ、つまり簡潔に言うと。真衣にどのように妊娠・出産の仕組みを伝えればよいのか、という事だな」
真斗は何故か堂々と言った。
「どうって……」
友千香がポツリと呟く。
「難しいですね……」
「赤ちゃんねえ……なんかありがちだけどさ、こうのとりさんが運んで来てくれるーってのは?」
うーんと腕を組んで悩んでいた音也が、ぱっと思いついたように言った。
「それがだな、以前真衣に同じ質問をされたことがあって、その時にこうのとりが運んでくるという説明をしたんだ。だからもうこの手は使えない」
苦しそうな顔で真斗は意見を却下した。
「え?一度聞かれたことがあるんですか?じゃあどうして真衣ちゃんは再び同じ質問をしているんでしょう?」
日ごろから丁寧に手入れされている艶めいた髪を揺らしながら、春歌が疑問を口にする。
「先日、同じ幼稚園のお友達と再度そのような話題になったらしくてな、
『おい、おまえあかちゃんがどこからくるかしってるか?(でかい声)』
『……?あかちゃんはこうのとりさんが運んで来てくれるんじゃないの?(高い声)』
『おまえ何にもしらないんだなー!そんなわけないだろー(でかい声)』
『し、しってるもん!ほんとはしってるもん!(高い声)』
という会話を経て、実際そうではない事を知ってしまったらしい。しかも知っていると言ってしまった手前、事実を知ってその知識をその子に披露しなくては気が済まないらしくてな」
これも早乙女学園でアイドルとしての鍛錬を日々積んでいる成果なのか、やたら演技力を発揮し、女の子声と男の子声を使い分け顛末を説明した真斗に、他の皆は若干引き気味だった。
「真衣のことを『おまえ』などとふざけた言葉で呼んだ学友への罰はひとまず置いておくとして……真衣の質問をどうにかしなくてはならないだろう」
「いや、真衣ちゃんの友達に怒っちゃうのは大人げなさすぎるんじゃないかな……」
冷めた笑いを浮かべながら音也がやんわりと言う。
「何を言ってるんだ!婦女子に、それも俺の可愛い可愛い世界一可愛い妹、略して世界一妹である真衣にそのような口を聞くなど、万死に値する!!」
「ごめん、つっこみどころが多すぎるからもうスル―するね」
声を荒げて言う真斗に音也は抑揚のない声と死んだ目で答えた。
「普通に言うんじゃ駄目なんですかあ?」
那月がぼけっとした声で提案する。
「普通ってどんなのよ」
「だから、男の人と女の人がセッk」
「アウトー!!!」
爆弾発言をぶちかます前に、翔がずざーっと那月の前にスライディングしてきてファインプレーを決めた。
「翔ちゃん!どうしたんですか?今のすごくすごくかっこよくて、可愛いかったです!!」
「『可愛かったです!』じゃねえよ!!昼間っから女子もいる前で何言おうとしてんだてめええ!」
目をきらきらさせて翔を見つめる那月に、翔が再度渾身の力でつっこんだ。
「え~赤ちゃんがどうやってできるか、ですよ~」
「はぁ!?お前マジ頭おかしいんじゃねえのか!」
「しょ、翔くん、那月くんは悪くないんです」
声を荒げる翔に春歌が慌てて間に入る。
「は?」
「ここにいるみんなで、赤ちゃんがどうやってできるかを考えているんです」
「なっ、ななな何言ってんだよお前!?」
翔は顔を真っ赤にすると、素っ頓狂な声を上げた。
「うるさいですよ、翔」
突如聞こえてきた特徴的な声(ささやきボイス)に一同が急いで視線を向けると、そこにはいつの間にやらトキヤが立っていた。
「トキヤ!いつの間に!?」
トキヤと同室である音也が驚いて聞く。というかここにいる全員(翔含む)がいつの間にか近くに出現したトキヤに驚いていた。
「先程から……七海君がお弁当箱を開く時にお箸を落としそうになってしまい、けれどどうにか落とさずに済みふっと恥ずかしそうに笑った時からいましたが」
なんとなく自慢するような口調で答える。
「それって教室にいた時からってことか……」
「この話が始まる前の出来事じゃないの……」
音也と友千香が青ざめた顔でひそひそと言い合う中、
「そんな所まで見ていらっしゃったんですか!?は、恥ずかしいです……」
「そうですね、君は本当にドジです……しかしそんな所もまた愛らしい……」
二人はなんだかいちゃついていた(ように他のメンバーからは見えた)。
「トキヤくん、細かい所まで見てますね~」
「いや、那月!その感想もおかしいだろ!っていうかつまりどういう状況なんだよさっぱりわかんねえよ!!」
翔が泣きだしそうな声で叫ぶ。
「うむ。説明するとだな……」
そうしてこの場の中で一人だけ状況を理解できていなかった(トキヤは盗み聞きしていたので知っていた)翔は、やっと事の次第を知ることができたのだった。
かくして緊急会議のメンバーは7人に増えた。
説明しておくと、この広場は廊下に面したオープンスペースである為、辺りを通り掛かれば会話が聞こえてこないこともない。
翔はたまたま通り掛かったところ、那月がアウト発言をぶちかましそうな事を第六感で察知し、急いでつっこみを入れにやってきてくれたのだった。
「やっと全部の意味はわかったけど……どうすんだこれ……」
翔が頭を抱える。先程真斗から説明されている間面白いくらいに表情をころころ変えていた翔は、現在頬をうっすらと赤くしている。
全員がうーんと唸っていると、顎に手を当てたトキヤが言った。
「普通に言うのでは駄目なんですか?」
「僕もそう言ったんですよお」
那月は仲間を見つけた、というように答える。
「ただふつーに言っちゃだめなんですか?男の人と女の人がセッk」
「っだぁー!だからそれはやめろって言ってるだろ!!」
拳を那月の前に突き出し、翔は那月の発言をすんでの所で止めた。
「ええ?何でですかぁ?」
那月が心底不思議そうに言う。
「間違ってはいないですよね?僕の言おうとしてたこと」
目線で同意を請われた春歌が、恥ずかしそうに答える。
「え?えっと……その、多分……」
「マジセクハラかよっ!」
翔が今度はびしぃっと左手を那月の胸に当て、関西風の突っ込みスタイルで制した。
「……?僕なにか変なこと言いましたか?」
「いや那月……今のは完全にアウトだよ……」
「あたしつっこみもう放棄するから」
「婦女子になんてことを聞くんだ……」
本当に分かっていない風の那月に三人がそれぞれ感想(?)を述べる中、
「全くです。ちなみに七海君、これは単純な疑問なのですが、今四ノ宮さんはなんと言おうとしていたのか、わかっていたら教えていただけませんか?」
「え、あの、えっと、それは……」
「お前もかよっ!!!」
翔は急いで那月の方からトキヤの方へ姿勢を変えると、また左手を叩き付けた。
「翔、痛いですよ」
「んなことはどーでもいいんだよ!七海に何言わせようとしてんだ!!」
「だから純粋に疑問に思っただけですよ。どうやったら赤ん坊が生まれるのかを本当に彼女が理解しているのかどうかと」
「どう考えても下心満載じゃねーか!!」
全く悪びれていない様子で涼しげな顔をしているトキヤに対し、翔はつっこみに疲れて、ぜえぜえと荒い息をして肩を上下に揺らしていた。
「とにかく本題に戻らないか。真衣がいつ戻ってくるかわからない」
切羽詰まった様子で真斗は言った。
「翔が無駄にテンションを上げたせいで私の提案がちゃんと聞いてもらえませんでしたので、そちらの続きからでいいでしょうか」
「あれはお前と那月が悪いだろ!っていうかお前がだいぶ悪いだろ!ってか、『普通に言う』ってのは無しだ!那月の言動でわかっただろ!!」
那月をぎらっと睨みつけながら翔は言う。
「翔ちゃんひどい……僕何も悪くないのに」
しゅんと肩を落とす那月。
「しょ、翔くん、あまりきつく言わないであげて下さい。那月くんだって、提案のつもりで言おうとしただけですし……」
「七海、マジ女神(ミューズ)」
音也がぼそっとつぶやく。
「いい加減に話を進めましょう。四ノ宮さんの言い方は小さな女の子に告げるにしては些か過激すぎます。もっと事実を平易に述べればいい」
トキヤがやれやれと言った感じで腕を組む。
「平易に……ってどんなのだよ」
翔が聞き返す。先程やや暴走気味であったトキヤであるが、普段の彼は冷静で常に努力を怠らない優等生である。全てにおいて能力は高く、なんだかんだこのような話し合いの場では頼りにされることが多い。
他のメンバーは期待して彼の返答を待った。
「簡単です。男性が女性に自らの体液、つまり精s」
「那月と同レベルじゃねーか!!」
翔はそのトレードマークである帽子をトキヤに思いっきり叩き付けた。帽子はぽすんっと当たって足元に落ちる。
「何をするんですか、翔。痛いですよ」
「だからそれはもういい!!」
額に青筋を浮かばせながら翔は叫ぶ。
「いや、那月よりひどいぞ!無駄に具体的だ!」
「どこがです?私が七海君に言わせたい単語は入っていないつもり……いや、待てよ……」
「もう七海にセクハラするのはやめろ!!」
翔が息も絶え絶えに叫ぶ。
「いいから話進めるぞ!!トキヤはもう何も喋んな!!」
「心外ですね。私のどこが悪いと言うんです」
「全部だよ!!」
「お前らいい加減にしろ」
翔がトキヤの方から声のした方へ目線を向けると、殺気を放った真斗がこちらを睨みつけていた。
「真剣に話し合いに参加する気があるのか、来栖?」
「俺かよ!俺は悪くないだろ!!」
翔は結構絶望した。
「とにかく。真剣に考えてくれ。真衣がいつ戻ってくるかわからん」
「うーん、やっぱり普通に考えると、なんというか、可愛らしい言い方が良いですよね」
春歌は顔の前で手を合わせて言った。
「可愛らしい、とはどのような言い方だ?」
「その……上手く言えないんですが、事実を淡々と述べるのではなく、小さい子が夢を持てるような言い方にした方が良いのではないかと。こうのとりさんと同じような感じで」
「なるほど……流石、七海君ですね。可愛いです」
「なんかそれ違うわよ……」
呆れたように友千香がつっこむ。
それを聞いた音也は、首を傾げて言う。
「でもさー幼稚園の友達?に「自分だってちゃんと知ってるぞ」っていうのが目的なんだろ?ちゃんとしたこと教えないと結局嫌な思いしちゃうんじゃ……」
「ならば一十木、お前ならどう言うんだ」
「え!俺なら!?」
いきなり問われた音也は自らを人差し指で差す。そのままの姿勢でしばし考えた後、結局顔を真っ赤にさせて、
「そ、そんなの、七海のいる前で言えるわけないだろ!」
と怒った。
「あれあたしハブられた感じ……」
友千香は呆然と呟いた。
「じゃあだめだろ。七海に言えないようなことを5歳の女の子に言うつもりなのかよ」
「それはそうだけど……でもじゃあどうすれば」
「さっちゃんに聞いてみますかあ?」
唐突に那月が能天気な声で言った。
「は!?っていうかお前、砂月のこと知ってんのか?」
砂月とはまあ簡単に言えば那月の別人格であり、存外に凶暴な性格の持ち主である。詳しくはゲーム参照。
「はい、この話はなんでもありですから」
「お前はただの登場人物のはずだろ!」
「じゃあはい、眼鏡外しますね~」
「「「「「「えっ」」」」」」
6人の声は綺麗に重なった。
止める間もなく那月はすっと眼鏡を外すと、ことんと机の上に置いた。
ゴゴゴゴゴゴゴとおなじみの轟音が辺りに響き渡る。
「あわわ、まさやんのせいで大変なことになっっちゃったじゃないの!」
「俺のせいなのか!?」
驚いたように言う真斗に翔が言葉を返す。
「根本的な所から考えるとお前のせいだなっ」
「思ったのだが、来栖は先程から喋り過ぎなのではないか?」
「全部お前らのせいだろーが!!」
そうして喋っていると、眼鏡を外した那月――砂月は、ゆっくりその面を上げた。心臓まで射抜けそうな鋭い眼光が皆に向けられる。
「お前達……またくだらないことに那月を巻き込んでるみてーだな?」
少し半笑いになりながら、目を細めて砂月は言った。
その言葉に春歌が口を開く。
「い、いえその」
「黙れ。これ以上こんなくだらない茶番に那月を巻き込むな。分かったら消えろ」
「正直突然現れたのはそっちなんだから、そっちが勝手に消えるべきだよね」
「音也!突然空気読めない設定を発揮して辛辣な言葉を吐くんじゃねええ!」
翔が慌てて突っ込む。
「あぁ?今なんつった?ちびィ!」
「俺かよ!」
翔は泣きそうな声を上げた。
「ま、待ってください砂月くん!」
今にも翔に殴りかかりそう(翔は胸元を掴まれ体が宙に浮いてしまっていて放心状態である)になっている砂月に、春歌は無謀にも声を掛けた。砂月が視線を春歌に送る。
「七海!?」
音也が驚いて声を上げる。
ブチ切れてしまった砂月に声を掛けるなんてそれこそ自殺行為である。特に春歌に関しては前科:楽しい事しようぜ事件などがすでに発生しているのだ。このままでは何をされてしまうかわかったものではない。
砂月以外の全員の身に緊張が走った。
「なんだよ?お前も俺に殴られたいのか?」
更に目つきを厳しくすると、砂月は春歌を睨みつけた。翔の事は釣り上げたままである。
「いえ……その、那月くんが言っていたんです」
「あ?」
春歌の言葉に砂月が片方の眉を上げる。意味がわからないといった表情だ。そうして砂月はここにきてやっと翔のことを吊り上げるのをやめて地面に下ろした。しかしその挙動は乱暴であった為、翔はどすんと背中から落下し、ぐえと声を上げた。
「何をだ」
「那月くんは言っていました。『さっちゃんに聞いてみますか』って」
「ちょ、春歌まさか」
春歌のやろうとしていることに感付いた友千香が何か言おうとしたが間に合わなかった。
「砂月くんは、『あかちゃんはどこから来るの』と女の子に聞かれたら、どう説明しますか?」
春歌の問いかけは非常に純粋でからかいの気持ちなど微塵もなかった。彼女は、もちろん翔が殴られるのを止めようという意識はあったが、ただ単純に那月の言っていた事を思い出し実行しただけであった。
「何言ってんだお前……」
砂月は呆れたように言う。そして片手で口元を覆いその顔を目の前の春歌から背けると、
「お、女のいる前で言えるわけねえだろっ……そんなこと……」
普段は強面のその顔を真っ赤にさせてしどろもどろになる砂月に、
「そこで照れるのかよ!」
翔がみんなの気持ちを代弁して言った。
「意外ですね。私みたいに何の恥ずかしげもなく説明ができるタイプかと思っていましたが……」
「トキヤはちょっと恥を知った方がいいと思うよ」
トキヤの発言に音也は間髪入れずまた辛口コメントを吐いた。
「おっ、お前もそんなはしたないこと口にするんじゃねーよ!」
「えっ?」
「と、とにかく、くだらない茶番は終わりだ!わかったな!わかったら、な、那月に代わってやる」
砂月はそう言ってそそくさと眼鏡を掛けると、逃げるようにさっさと那月にチェンジしてしまった。
「あ、さっちゃん戻ってきてくれたんですね~さっちゃんはなんて言ってましたかぁ?」
すっかり表情を穏やかなものに変え、那月がぽやぽやと言う。
砂月のまさかの赤面に衝撃(キモいとかそんな感情が主である)を受けていた皆はなんと言うべきか口を噤んだが、結局、
「とりあえず、お前よりはまともなこと言ってたぜ……」
と、翔がぼそっと呟いてその場はなんとなく収まった。
「いい加減に結論を出したい」
真斗は言った。
散々話し合い、というか無茶苦茶な言い合いを経ても良い方法が見つからないことに、皆は疲れを見せ始めていた。
「もうてきとーでいいんじゃないの……愛のヘリでやってくるんだよーとかそんなん」
「一十木ふざけるな。愛のヘリは、愛しか運ばん」
「そんな真面目に言うのやめてよ、マサ……」
音也程ではないものの、もうほとんどの皆が話し合いを放棄していた。
友千香などはどこからか爪やすりを取り出して爪磨きを始めてしまっている。
「あ、あの」
そんな中、一人律義にうんうんとうなって必死に考えを絞り出していた春歌が、おずおずと手を上げて言った。
「うむ、七海、何か良い方法でも見つかったか」
真斗がまるで教師が生徒を当てるように指名する。他の皆がやる気を出さない中あくまでも真剣に取り組んでいる春歌に期待して、次の言葉を待つ。
「ちょっと思ったんですが……神宮寺さんに意見を伺うのはどうでしょうか?」
春歌は言葉を続ける。
「神宮寺さんは女性と接することに長けていらっしゃるようですし、このような場合の対処法にも詳しいのではないかと……」
どうにか弱々しいながらも意見を述べた春歌に、真斗は先程の期待する様な表情から一転して、非情な目を向けるとぴしゃっと言った。
「却下だ」
「ちょっとまさやん、なんでよ、ってかそんなに冷たく言う事ないでしょ!」
友千香が春歌の肩を抱きながら非難の言葉を投げる。春歌は、つまらないことを言ってしまってすみません、と消え入りそうな声でつぶやいていた。
「そんな意見はたとえ七海の発案であっても受け入れることはできん。考えてもわかるだろう……」
真斗はそう言うとすぅ、と息を吸い込んだ。
「俺の可愛い可愛い真衣を神宮寺なんかと接触させて真衣が妊娠でもしたら俺はどう責任を取ればいいのだ!!!」
「あ!ほ!か!!!」
しばらく言葉を発さず力を溜め込んでいた翔が、渾身の力を込めて真斗につっこんだ。
「何を言っている!あの神宮寺だぞ……そのくらいやりかねん、むしろ喋っただけで妊娠してしまうかもしれん」
「んなわけあるか!!」
「ひ、聖川様、大丈夫ですよ」
春歌も、気が立っている真斗の神経を逆撫でしないように、気を付けながらフォローを入れる。
「真衣ちゃんはまだ5歳ですから、子供を妊娠できるような機能はまだ備わっていないはずです」
「七海そこにつっこんじゃうの!?」
真斗の方を向いていた翔が慌ててぐりんと体を回転させ春歌に叫んだ。日ごろからダンスのレッスンを怠っていないのだろう、技術力の高さを見せつけるような見事なターンだった。
「え、そういうことじゃないんですか……?」
「もっとつっこむべき所があるだろ!レンが人間扱いされてない所があるだろ!」
「そうですよ、七海君」
腕を組んだトキヤが呆れ顔で言い放つ。
「普通喋っただけで妊娠するわけがないでしょう」
「あ、そういえば……」
今気付いた、というように春歌がつぶやく。
「全く、しっかりしてください」
トキヤは呆れたように溜息をつく。そしてお得意のドヤ顔で言った。
「第一喋っただけで妊娠してしまうのなら、七海君はとっくに私の子供を妊娠しています」
「へーたまにはまともなことも言うんじゃねえか――と思ってたら結局セクハラかあぁぁ!!!!」
翔が今度は右手をグーの形にしてトキヤにぶつけようとしたが、トキヤはそれをひらりと躱した。
「事実を述べただけです」
「なんでお前いつもドヤ顔でセクハラすんの!?羞恥心とかないの!?」
クールな表情を崩さないでいるトキヤに恐怖すら覚えた翔は、半泣きになりながら言った。
「俺と……七海の……子供……?」
「俺の子供を七海が生むだと……!」
「お前らもいい加減にしろ!妄想にトリップすんな!」
神の声を聞いたかのようにつぶやく音也と真斗にも、翔は平等に律義につっこむ。
一拍遅れて那月も言葉を発した。
「僕と翔ちゃんの赤ちゃん……?」
「お前は何を言ってるんだぁああ!!!」
慌てて翔が那月の肩に後ろから飛びかかる。そして頭を掴むとぐらんぐらんと揺らした。翔の顔は赤くなっていた。
「しょ、翔ちゃん!?ふらふらするよ~!」
「うるさいっ、ふざけたこと言ってんじゃねえよあれか!読者サービスってやつか!」
「読者サービス?僕たちのドラマCDの応募券が付いてたやつのこと?」
「あれは応募者全員サービスだ!」
那月の頭を揺らしながらも怒りを込めたつっこみの手を緩めない翔のスキルに、みんなは感心し始めていた。
「俺がお前と子供なんか作ってたまるか!!」
「ち、違うよ翔ちゃん」
ぐらぐらと頭を揺らされ、喋りにくそうにしながらも那月はなんとか言葉を紡いだ。
「何が違うんだよ!」
「僕は七海さんのことを考えてたんだよぉ」
「じゃあなんで俺の名前出したんだよ!」
怒鳴りながらも那月が何を言うのか気になった翔は、頭から手を離すと「肩車両手離し」というアクロバティックな姿勢のまま続きを聞こうとした。
「七海さんが、僕の赤ちゃんも翔ちゃんの赤ちゃんも産んでくれて、その二人の赤ちゃんが並んだらきっととっても可愛いんだろうなあって思ってたんだよ」
「もっとアウトだったぁあ!!」
翔は那月の肩に跨ったまま、今度は自らの頭を抱えた。
「流石四ノ宮……常人とは考えることが違うな」
「くっ、セクハラではこの私が他の追随を許さない自信があったのに……」
「トキヤ、ちょっと黙っててくれる?」
三人が好き勝手に呟く中、翔は那月の肩から降りた。
「まったくお前らいい加減にだな……おい、渋谷、どうした」
翔の声に皆が目をやれば、友千香は暗い影を背負い、ニヒルな笑みを浮かべて右手で左手を抱えていた。
「いや……あたしを相手に想像してくれるやつは、誰もいないんだなって……」
「お前歌うめえし美人だし良い女だよ!いい男見つかるよ!だから心配すんな!!」
「ははありがと、翔ちゃん。……でもあんたもあたしで想像してはくれないのね」
後半は少々ドスを利かせた低音で、誰にも聞こえない様に友千香は吐き捨てた。
「す、すみません……私がおかしなことを言ったせいで混乱させてしまって……」
春歌は机に手をついて頭を下げる。
「そうですね、七海君。すべてはあなたが原因です。では責任を取って私の子ど」
「言わせねーよ!?」
翔は横からばっと入ってくると、トキヤの言葉を途中でぶった切った。
「お前ら落ち着け」
真斗はその場を収めようとするかのように、威厳を持って言った。
「このままでは埒があかんだろう」
「マサ!顔顔!」
そう言われた真斗の顔は、鼻血で血まみれだった。
「お前あれからずっと妄想してたのかよ!あほ!!」
「すまん」
翔は突っ込みながらポケットティッシュを差し出し、素直にそれを受け取った真斗は顔を拭きながら言った。
「しかし来栖、お前のつっこみは素晴らしいな」
「は!?」
「本当に翔ちゃんすごいです!」
「翔くんのつっこみは流れるようですよね」
「それは私も認めざるを得ませんね」
「あたしつっこみ放棄したのに、一人でここまで上手く回せるなんて……」
「ケン王ならぬ、つっこみ王って感じだよね」
「お前ら……褒めてんのか、それは……」
と苦い顔で言いつつも、王という字面に実は翔はまんざらでも無かったりした。
「というわけで、もうレンのとこ行くぞ。俺らだけじゃ前に進まない。っていうか俺がすげえ疲れるからもう嫌だ」
翔は疲れ切った顔で言い切った。
「いやしかし、来栖、」
「他の意見は聞かねーぞ。俺がどれだけ疲れたと思ってるんだ。第一俺らだけじゃセクハラとかセクハラとかセクハラとかしかもう意見が出ない」
横目でトキヤを見ながら言う。
「まったく、四ノ宮さんには困ったものですね」
「え~僕ですかあ?」
「自分は違いますみたいな顔するのやめろ!」
翔がまたしてもつっこみスキルを発動していると、
「やれやれ、さっきから騒がしいね」
話題の人物、神宮寺レンが、ゆっくりと彼独特のモデル歩きでこちらへ向かってくるのが見えた。真斗が驚いて立ち上がる。
「神宮寺!」
「おいおいタイミング良すぎだろ……」
翔がげんなりと言う。
「これギャグだからテンポが命なのよ、それがたとえご都合主義であってもね」
「そもそも始まりからしてタイミング良かったから問題ないよ」
「所詮二次創作なんですから、気にする必要は無いでしょう」
「お前らさっきから自分が登場人物だってこと忘れてないか?」
翔がつっこんでる間に、レンはつかつかと春歌の前まで接近していた。
「やあ、レディ。今日も可愛いね」
「じっ、神宮寺さん!そんなお言葉勿体無いです!!」
「またあたしはハブられるのね……と思ったけど歯の浮くようなセリフを言われるくらいならまいっかー」
友千香は自棄になってつぶやいた。
「あれ、クップル。どうして神宮寺さんと一緒に?」
レンの右肩にはクップルがひっついていた。
「ああ、この子猫ちゃんは、「連れて行ってくれこのままでは出番がない」ってすがる様な目でオレを見ていたんでね。連れて来てあげたんだ」
レンはそう言うとクップルを抱え上げ、喉の下を撫でてやった。クップルは満足そうに「にゃー」と鳴いたが、残念ながら彼の出番はこれで終わりである。
「神宮寺、来てそうそうこんなことを言うのは俺も心苦しい……。だが帰れ」
真斗は全く心苦しそうにない表情できっぱり言った。
「冗談じゃないな、聖川真斗。お前の言う事を聞く必要がどこにある?」
レンはクップルを撫でながら、馬鹿にした様な顔で笑って言った。
「レディが俺を呼んでいるなら、オレはどこにでも馳せ参じるよ。ねえ、レディ?」
そう言って春歌に向かってウインクする。
「えっと、別に呼んではいませんが……」
「七海、マジレスはやめてあげようぜ!」
同じSクラスであるよしみからなのか、翔は春歌につっこんだ。しかしレンは全く気にしていないのか、涼しげな表情を崩さなかった。
「神宮寺、とにかくこの場から去れ」
「いやだね。お前がそう言うのなら、意地でもここに留まってやるよ」
「わからんやつだ、真衣が来る前にお前には帰ってもらわねばこま」
「おにいちゃま~!」
弾んだ声が真斗の言葉を遮る。これまたタイミング悪く、真衣がこちらに走ってくるところだった。
「真衣!?」
「おにいちゃまっ!」
掛けてきた真衣は元気よく真斗に抱きついて行った。
「真衣、じいはどうしたんだ?」
「おにいちゃまにあいたくて、おいてきちゃったの」
通常真斗ですら逃げ切れない藤川から逃げてくるとは大した身体能力である。真斗は内心、真衣は素敵な女性になるな……と感動していた。
しかし彼はそんな感動に浸っている場合ではなかった。
「あ、神宮寺のおにいちゃま!!」
次の瞬間、真衣は嬉しそうな瞳でレンを見つめた。
「やあ真衣ちゃん、ひさしぶりだね」
レンは少し屈むと、真衣に視線を合わせてやった。クップルはレンの元から離れると、春歌の近くまで寄って行った。春歌はクップルを抱き上げてやる。
「あれ、レンと真衣ちゃんって知り合いなの?」
音也が不思議そうに言う。
「ああ、不本意だがオレの家と聖川の家はお互いのことをよく知っているからね。彼女とも面識はあるよ。聖川がなかなか会わせてくれないけどね」
「お前なんかと真衣を接触させて妊娠したらどうするんだ!!」
「それはもうさっき散々つっこんだからもうやめろ!!!」
拳を握りしめ叫ぶ真斗に翔は飽きずにつっこんでやった。
「おいおい、聖川、お前何を言ってるんだ?」
レンは呆れたように言った。すると真衣が大きな目を向けて言う。
「おにいちゃまいじわるなの」
「ん?」
レンが優しく聞き返す。
「真衣のしつもんにこたえてくれないの」
「どんな質問だい?」
「あのね、神宮寺のおにいちゃま」
「真衣、やめ」
真斗が止めようとしたがこれも間に合わなかった。
「あかちゃんはどこからくるの?」
時が止まった、気がした。
真斗とレン以外の皆は「言っちゃった……」と思いながら、黙ったままその後何が起こるのかをただ待つしかなかった。
真斗は愕然とした表情で、口を開いたまま呆然とレンと真衣を見つめていた。
「なんだ、そんなことか……」
大方の予想に反してレンはふっと笑って言った。
「神宮寺のおにいちゃまはわかるの?」
「ああ……そうだな、真衣ちゃんは今好きな子とかいるのかな?」
少し含みを持たせた微笑みを浮かべて言う。
「すきなひと?」
「そう」
「おにいちゃま!」
「うーんと、そうじゃなくて。例えば幼稚園とかで、大好きだなあ、って思う様な男の子とかはいないかな?」
「うーん……。いないよ?」
しばし考えた後、真衣はそういった。
ちょっとほっとしている風の真斗をみんなはじーっと見ていた。
「そうか。もし真衣ちゃんに好きな男の子ができたとする」
「うん」
「おい、真衣にはまだ恋など早い!」
「ちょっと聖川さんは黙っていてください」
トキヤがレンと真衣の会話を中断させないよう制す。真斗以外のメンバーは皆、二人の会話の続きを聞きたかった。
皆直感で、これは良い方向に進むのではないかと確信していたのだった。
「そうして、両想いになったとする。それで、もうちょっと大人になってからかな。二人は結婚したりして赤ちゃんが欲しいな、って思うかもしれないよね」
「うん」
「そうするとね、神様が二人の気持ちを読んでくれて、二人だけのあかちゃんを作ってくれるんだ。そして二人の前に連れてきてくれるんだよ」
「そうなの!?」
真衣はその瞳を一層大きくさせるとびっくりして言った。
「そうだよ。真衣ちゃんは頭の良い子だから教えてあげたけど、こんなお話は難しいから、ちっちゃい子はわかってくれないかもしれないし、びっくりしちゃうかもしれない。だから、お母さんやお父さんはちっちゃい子には本当のことを教えなかったり、本当のこととは違うことを言ったりするんだ。だから本当のことを知らない子や、違うことを言ってる子もいるかもしれない。でもそんな子を見ても、馬鹿にしたり、間違ってるなんて言っちゃいけないよ?その子も大人になったらわかるはずだからね。真衣ちゃんは良い子だからできるよね?」
「うん!真衣できる!」
こうして何事も無く、平和に説明は終わった。
「レン……パネえな……」
「神宮寺さん流石ですね……」
「レンくんすっごく可愛いお話です!」
「ここまで上手く説明できるなんて、女子として負けたわ……」
「踏んだ場数が違うのでしょうね……」
「単に子持ちに手を出したことがあるんじゃ、」
「音也、それは言うな……」
それぞれがレンを賞賛(?)する中、真斗はあまりの出来事に感情というものを全て失い、砂のようになっていた。
「じ、神宮寺」
しばらくして砂状態から回復した真斗は、レンに声を掛けた。
「その……礼を言わせてもらう。先程は邪険にしてすまなかった。お前の手腕は、見事だ」
「気持ち悪いことを言うなよ、聖川。別にお前の為にやったわけじゃない。レディには優しく接するのが俺のポリシーなだけだ。それがどんなに小さなレディでもね」
言ってレンは真衣を抱え上げた。
「真衣ちゃん、わかったかな?」
「うん、教えてくれてありがとう、神宮寺のおにいちゃま!えっとっ、りょうおもいになると、神様があかちゃんをつくってくれるんだよね?」
「ああそうだよ」
真衣はレンに抱きかかえられたままこくりと頷くと、
「じゃあ真衣、神宮寺のおにいちゃまがすき!神宮寺のおにいちゃまとあかちゃんがほしい!」
と満面の笑みでこの日一番の爆弾発言を放ってのけた。
ぴきり、と額に青筋の立つ音がした。
「嬉しいよ、真衣ちゃん。でもすこーし早すぎるかな」
「はやい?」
「うん。真衣ちゃんがもう少し大人になってから、またそんな嬉しいことを言ってくれるのを待ってるよ」
レンは何の恥ずかしげもなく、笑いながら真衣にそう言うと、
「わかった。真衣がおとなになるまでまっててね!」
と真衣も嬉しそうに答えた。
それは一般的に見れば非常に微笑ましい光景だったし、できれば笑顔で見守りたかったのだが、皆は素直にその空気に浸ることはできなかった。
この場に居るある人物の怒りがふつふつと煮詰まり、もうすぐ沸点を迎えようとしていることを悟っていたからである。
「ふ」
わなわなと口を震わせながら、真斗は遂に口を開いた。
「ふざけるなぁああああああ!!!!!!!!!!」
真斗の絶叫は防音設備が完備されているはずの早乙女学園で、全ての部屋に響き渡った。
かくして、真斗の絶叫に驚いた真衣が泣き出してしまい、レンがそんな真斗に対し「お前のせいだろレディを泣かせるなんて男の風上にも置けないな」などと言い、対して真斗も「うるさい元はと言えばお前が悪いんだこの歩くラブマシーンが」などと返し、しばらくの間すったもんだが続いたりもしたのだが、とにかく真衣は自らの疑問を無事解決することができ、最後は笑顔を浮かべて学園から去って行ったのであった。
「『であった。』じゃねーよ……結局俺が疲れて終わっただけじゃんか……」
翔は放課後、誰もいないSクラスの教室で再び机にうつぶせになって、独り言をつぶやいていた。
トレードマークである帽子は外されていて、机の上に置かれている。
「っていうか、その……さっきはつっこみに次ぐつっこみのせいで言えなかったけど……」
そこまで言って、一層小さい声でぼそりと呟く。
「俺だって七海と俺の子供とか想像してたっつーの……」
「私がなんですか、翔くん?」
「わぁ七海!?」
驚いて声を上げる。見上げると春歌が横に立ってこちらを見つめていた。
「私が何か……?」
「い、いや、なんでもない!!なんでもないっていうか……その……」
翔は少し逡巡し、言葉を続けるべきか、それとも今言ったことは胸の内にしまっておくべきか悩んだ。
沈黙が辺りを支配する。
こちこちと壁に掛かった時計の音だけが響き、時間だけが流れていく。
そうして翔は、
「……っ!あ、あれだ!お前ほせーし、ちゃんとご飯食えよ!もっと丈夫になれ!!」
結局早口でそれだけ言った。
「え?あ、はい体調には気を付けます。ありがとうございます」
春歌は深々とお辞儀をした。
「っつーか、お前なんでここに?ここSクラスだぞ?」
「いえ、その、実はお昼の出来事でお弁当をすっかり食べ損ねてしまいまして。トモちゃんと食べようかなーと思ったのですが、すぐにパートナーさんとの練習が入っているとのことで、一人でお弁当を食べる場所を探していたんです。そしたら翔くんの声が聞こえたので」
「いや、部屋で食べればいいんじゃねーの?」
「あっ!」
春歌はすごいことに気付いた、という風に珍しい大きな声を上げた。
「そ、そうですね、お弁当だから、学校で食べなきゃ、と思い込んでいました」
「お前……ほんと変わってんな……」
翔は面白そうに笑った。
「ちょーどいいや、俺もあれのせいで昼飯食いっぱぐれてたんだ。一緒に食ってやるよ」
「ほ、本当ですか?嬉しいです!ありがとうございます!」
「そんな頭下げなくていーから、つか一人で食べる気満々だったのかよ」
「はい、今まで学校ではずっと一人でしたし」
「その中学時代のぼっち話はもう勘弁してくれ……」
翔は机に放ってあった帽子を手に取ってしっかり頭に被ると、「やっぱりとてもじゃねーけどさっき考えてたことは言えねーな」と自分の判断に安堵した。そして、「あれだけ話し合いの取りまとめ(というかつっこみ)を頑張ったんだから、このくらいの役得は許されるよな」と思い、鞄から弁当箱を取り出したのだった。
おわり
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プリ春を目指して書いたギャグです。真衣ちゃんがきっかけでなんかみんなわたわたしてます。ゲーム設定とアニメ設定ごちゃまぜです。ギャグの為、一部のキャラが可哀想な扱いになっています。