「うへー………きっついよ…」
手合わせを終え、馬上でだらけている董頓に苦笑を向けてそのまま馬を進める。
聞いてみれば、彼女自身も自分に何か足りないのはわかっていたようであった。
それを知るために波才や私との手合わせを願ったらしいので彼女の願いどおり収穫はあった。今後は共に鍛錬を進めていく予定だ。
疲れ果てたままの董頓を置いて、集団の先頭にいる楼班の元へ行くために馬足を速めた。
そこでは見事に馬を乗りこなす楼班が、部下達に周囲の偵察を命じていた。
この辺りに詳しくない私では周囲の環境がわからないため、的確な指示は出しにくい。そこで集落を出立する時から彼女に偵察を監督してもらうようにお願いしていた。今日も移動し始める前から忙しく動き続けている。
数人の部下達が二人組みになって進行方向に先行したり、左手にある林の中を探索に向かいはじめる。それを見送っていた彼女は私に気づくとこちらに声をかけてきた。
「あら、劉封様。どうかされましたか?」
「聞きたいことがあってな。楼斑、よければ君達が公孫賛の元へ行く目的を教えてもらえないか?手伝えることがあれば手伝いたいのだが、何をなそうとしているかがわからなければ知らぬうちに邪魔をしてしまうかも知れぬ。それはできれば避けたいのだ」
それだけで楼斑は笑みを消して真剣な表情に切り替えた。
彼女はこのように自身をあっさりと切り替えてみせる。
いつかはその事を聞かれるとわかっていたのだろう。楼斑は呼吸を整えて静かに語りだした。
「そうですね。率直に言えば私達、烏丸族は今窮地にたたされています」
そして、それは重い口調で切り出された。
最近発生した賊徒。
その多くは民へと向かうが、烏丸へも相当な数が襲ってきているらしい。
戦力のある烏丸を襲う理由、それは皮肉にも波才が烏丸を襲った理由と同じ異民族だからだ。賊徒の中には同じように弱者であった民から奪うのを嫌う集団も多数存在している。
そのような奴等は大体が烏丸に来る。奴等は弱いのだが数が多い。幾度となく行われた襲撃の為に既に殆どの集落では矢が尽きかけており、今では槍を持って戦うしかない。接近して戦えばいかに馬上戦に長けた烏丸でも被害無しとは行くはずもないという。
楼班達の集落のように、迎撃に出ている隙に他の賊徒が襲いかかってきたという話もある。被害の出ている集落は増えるばかりで、戦士達も終わりの見えない戦いに疲労が隠せない。
この事態にどこかと手を結んで対処したいのだが、その相手にも非常に困っていた。
未だに関わりのある北の匈奴。もしもこの近辺で生活が出来なくなったときの為に逃げ場として付き合いを続けていたのだが、彼等は烏丸族を下に見て貢物を常に要求し、それが滞れば代わりにと女達を連れて行こうとする。しかし、そのような事をしておきながら烏丸が危機に陥ろうとも奴等がこちらまで助けに来る事はない。
このまま対応が出来ず賊徒に襲撃を繰り返されれば、いずれ烏丸は力を失い匈奴に吸収されることになるだろう。
そうなれば、せっかく生き残った同胞も戦奴として使い潰されいずれはこの世から烏丸族は消えてなくなる事になる。
かといって西にいる劉虞に従えば、徳高いという噂もあるし烏丸族も大事にはされるだろう。だが、劉虞は根本的に戦に向かないのだ。
烏丸への賊徒の襲撃は変わらずに来る。それを結局は烏丸族単体で迎撃を行わなければならず、今後も戦力には期待はできない。その上これから荒れていくであろう大陸で、彼等を守るために烏丸が戦う事になりかねない。
戦える者は増えず、守る者だけが増える。物資などの支援はあるだろうが、割に合わない。
そうなれば結局は烏丸は乱世にすり潰され、数多くの者が死んでいく事になるだろう。
南、冀州にいる袁紹は…確かに力があるのだが、様々な理由から論外なのだそうだ。
そこで幽州の東側、北平の太守公孫賛だ。
幽州刺史である劉虞と敵対してはいるが乱世を生き抜く力があり、治世も問題ないし民も大事にしている。商人との親交も深いために資金も豊富で、その上兵も相当鍛えられている。
周囲の勢力では文句なしに優秀なのだが、唯一つの問題は公孫賛は異民族嫌いだということであろう。
だが、楼班は今の状況ならば可能性があると見ているという。烏丸の戦士達に調べさせたところ、周辺領から比較的裕福な北平へと多数の賊が侵入してきており、公孫賛も近辺の賊を滅ぼしてはいるのだが人手が全く足りていないのだ。
公孫賛は北の匈奴を警戒する為に国境へも多数の兵を配しており、その上減った戦力から烏丸族へと対応する為の兵も常に残している。動かせる兵力は公孫賛のもつ兵力の半数もない。
最近では殆ど戦力に期待できない義勇兵を募ろうか、というほどに追い詰められているらしい。
そこで烏丸族の出番だ。
公孫賛は異民族は嫌いではあろう。だが、このままでは手が回らない場所の民が賊に襲われる。それを天秤にかけさせるのだ。烏丸の戦力と、烏丸の為に残しておいた戦力を使えるのならば、兵の数が全く違ってくる。
民を守るためならば公孫賛も折れるかもしれない。その可能性に賭けるのだと。
今こそ烏丸と公孫賛の関係を変える最大の好機。
だからこそ、城でそのまま討たれる可能性がある危険な任務なのに、大人の娘である楼斑が直々に出向いている。
劉封はきっかけでしかない。
烏丸の戦士達を連れて行けばおそらく城にすら入れない。
かといって、戦えない楼斑一人を使者として送れば、この荒れた時代だ。無事に辿り着ける可能性は極めて低いだろう。
どうするか悩んでいた所に偶然にも漢人の青年、劉封を助ける事になった。彼は武に長け偶然にも公孫賛の元に向かうという。
だからこそ、楼斑はこれに便乗する事にした。
公孫賛との同盟は今まで敵対していた事もあり反対意見が非常に多いのだが、それは丘力居がその地位をもって無理矢理に黙らせた。
もし、ここで同盟が反故になったり、同盟を結んだ後に烏丸が不遇に扱われたならばその不満はそのままそれを進めた丘力居と楼班へと向かうだろう。しかし、そうなれば二人で命をもって彼らに謝罪し、新たな大人をたてて劉虞と和を結ばせる。そうすれば、公孫賛との同盟がならずとも暫くは生き残れると判断したらしい。最善ではなくとも次善の行動がとれる。
だが、その時に烏丸内部で仲違いがあっては不味い。だからこそ、私怨が絡み扱いの難しい賊徒の処置を独断で劉封に任せることで、意見を戦わせていた烏丸族内部の不和を防ぎ大人への不満という形にしたという。
まさか、波才を部下にするとは思わなかったが、漢民族の部下ならば北平へも連れて行ってもいいと判断した。
と、言うことらしい。
彼女と丘力居殿は、この同盟に命を賭けている。
それどころか、この同盟がなるかどうかに遼西烏丸族の今後がかかっている。
やはり烏丸族にもなにか思惑があるとは思っていたのだが、それは私の想像以上に大きな物であったらしい。
しかし、不思議な言葉を聞いた。
烏丸族は確か袁紹と親交があった筈だ。それが論外だというのにはいまいち納得が出来ない。
それに、この時から袁紹は冀州に居ただろうか。
良く考えれば劉虞も黄布の乱の後に幽州の刺史になったと書物で読んだ気がする。
書物に誤載があったのかもしれない。記憶と一致しないのだが、私の記憶と一致しないからおかしいと彼女に聞くことも当然できない。しかしこれはもしかすると非常に大きな問題かも知れない。この事は少し考えなくてはいけないだろう。
「話はわかった。しかし、簡単に私を信じてよかったのか?私がこのまま楼斑を攫っていくという可能性を考えなかったのか?」
私と出会って数日。目覚めた当初は命の危険があり協力もしたが、それも去った今では私の判断一つでいつでも攫ってしまえる。
人となりを知るには共に過ごすにはあまりに短い時間でもある。そこに女性が二人で合流するのに危機感を持たないようなら危険だ。考えを改めさせなくては…
そう思ったが、それに返ってきたのはいつも通りの微笑み。
「ふふっ、劉封様に攫われるというのは魅力的な提案ですが、そのような事を微塵もする気がないのにその仮定は無意味です。私は劉封様を信じるに足る御方と判断したのですから。これでも人を見る目はあるつもりなんですよ?」
そういって柔らかく笑い目配せを送ってくる。その様な事をいわれたら、外道でない限りその期待を裏切ろうと思わないだろう。
「…わかった。その期待を裏切らないように頑張らせてもらおう。しかしそうなると交渉では私は役に立てそうにないな」
話を聞いた結果、自分に出来ることがあるとは思えない。父が来るまでは公孫賛の元で働くつもりであったが、今はただの無官の男。
進言も出来ぬし、近辺の状況を知らぬ私が口を挟んでも好転はしそうにない。
「すまない。せめて楼斑の邪魔をしないように気をつけよう」
「劉封様がいなければ私は無事にここにいませんでした。あの時、死を覚悟したおかげでこの危険な任務にも赴けるのです。死んだ気になれば、という奴ですよ」
私の謝罪を笑って受け流し、逆に感謝の言葉を返してくれた。それだけで救われるというものだ。
彼女の願いを叶える為にもまずは無事に送り届けなくてはいけない。
そう考えながら槍を握り、前方から急いで馬を走らせて戻ってくる部下の姿を見つめた。
三日の道のりで、少数の賊に何度か襲われた。
多い時には50人近い賊が現れた時もあったが、董頓と私と波才の三人で10人斬り捨てた時点で逃げ出した。やはり波才の部下が特別であって、普通の賊徒はこんなものなんだろう。
そして三日目の朝方、ようやく公孫賛の居城が見えるようになって来た。
だが、このまま武装した集団が城に向かえばいらぬ混乱を招く可能性があるため、そこで皆を休ませて波才と董頓と楼斑を呼び、誰がまず挨拶に行くかを話し合うことにした。
「劉封様は確定です」
「大将だけでいいんじゃねえか」
「よくわからねえしめんどくさい。劉封でいいじゃん」
しかし、話し合いはすぐに終わった。まずは私が城に向かいこちらの人数と仕官したい旨を伝え、公孫賛に面会を求める。
問題は烏丸族の使者の事を伝えるかどうか、だ。使者の存在を伝えねば不義理だが、伝えれば面会自体を断られかねない。
だが、楼斑の希望で隠してでも面会を行う事を優先する事にした。話が出来なければ始まらない。と言っていたが、これが吉と出るか凶とでるか…
多少の不安を抱えながらも波才の部下から漢民族の衣服を借りて着替え、私は一人北平の町へと馬を走らせた。
そこは非常に賑やかな町であった。
中央の通りでは商人が大きな声で客引きを行い、行き交う民の血色も良く飢えとは無縁に思える。
高い城壁に守られ、町では兵士が定期的に警邏していて治安もよい。
子供だけで街中を遊びまわっている姿も見える。親達が安心して子供を外に出せる、そのような環境なのだ。
想像以上によい場所だ。
仕官したくなったという波才の言葉に静かに同意してしまう。
このような治世を行う公孫賛は、やはり烏丸の見立て通り優秀な筈だ。
そして民を大事にしている公孫賛ならばきっと楼斑の願いも叶うだろう。
そう思いながらも馬を引き町の中央にある城へと向かった。
ようやく城の入り口に着き、そこにいる兵士へ連絡と取次ぎを願った。
歓迎の言葉を受け、仲間と共に来た時にすぐにでも仕官試験の準備を行えるように準備しておく、と兵士は言っていた、
これで問題なく皆をここに連れてこれる。
受け付けてくれた兵に礼をいっていると、
「おやおや、いい馬を連れているではないか」
ふいに、城の方から女性の声が聞こえた。
あとがき
少ないですが更新しました。次の更新は多分来週です。同レベルの武人がおらず暇を持て余したあの方が登場する為、少し文が長くなるかもしれませぬ。
支援いただけた方ありがとうございます。ポイントの使い方はイマイチわかっていませんが、とりあえず100ポイント貯めて恋姫のポストカードゲットを目標に頑張ります!
Tweet |
|
|
18
|
1
|
追加するフォルダを選択
志半ばで果てた男がいた。その最後の時まで主と国の未来に幸あらんことを願った男。しかし、不可思議な現象で彼は思いもよらぬ第二の人生を得る事に。彼はその人生で何を得るのか…