No.474369

黄金色の麦畑と守り番達の話。

岡保佐優さん

魔女の娘さんが星座に別れを告げ、ガラスの山へ向かう道中でのお話です。ほんの少し切ないかもしれません。

2012-08-23 20:47:32 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:468   閲覧ユーザー数:468

 

昔あるところに、魔女の娘がおりました。

年端もゆかぬいかにも可愛らしい井出達をしておりましたが、今は旅人でもありました。

 

旅すがら寄った国を背にしながら暫く行きますと、

やがて大きな山の裾野までたどり着きました。

そこで魔女の娘が、黄金色に輝く畑にすっかり虜になりながら畦道を歩いておりましたが、

下のほうから何やら声が聞こえてきましたので、よくよく耳を澄まし、目を凝らしました。

すると麦の間々から、小さな小人たちがこれまた小さな斧やら鍬やらを振り回して挨拶してきました。

 

「とんと昔ここらを牛耳っておった輩の召使に一人、風変わりな女っ子がおったんだがな、

 お前さんの母上だったんだな!」

 

小人たちはまるで旧い友人のように、魔女の娘を馴れ馴れしい笑顔で歓迎しました。

魔女の娘の方も、それを機敏に察したもので、また彼らが往々にしてそういうものだと心得ていたので、

殊嬉しそうにして、この不躾な小人たちに言いました。

 

「ええ、ええ、お母様から聞き及んでおりますわ

 若い時分にはずいぶんご厄介になったからって

 この畑は、あなた方の領分でしたのね」

 

「畑にはいつだって小人や妖精がいるもんさ

 ところでまあ、母上殿は女中の時分から素養があったもんでな

 昔っから無口だし、ちいとひねくれ者だが、義理には篤い人柄でね

 今もそれほどはかわっとらんと聞いたよ

 それに、お前さんも負けず劣らずと見て取れる」

 

小人は魔女の娘に相槌すら打つ隙も与えず捲くし立てましたが、

娘の方も心から楽しそうに小人たちの話に耳を傾けておりました。

 

 

「ところで小人さん方

 この麦畑は本当に美しいわ

 まるで黄金が実っているみたい」

 

娘はいつになく興奮したように、小人たちに素直に畑の感想を述べました。

小人たちはそれを聞くと、心底誇らしげに言いました。

 

「そうだろう

 いやまったく娘さんは母上と同じように分別をお持ちだ

 神の祝福を受け、聖霊の加護の許小人が耕した地は、ただ人間が造ったもんとは訳が違う

 古から伝わる美しい場所には、神の息吹が隠っておるのだよ

 だからこそ吾等小人はその土地を護り耕すことこそに一生を費やすのさ」

 

「ええ、そうね

 美しい土地が幾世紀たとうとも美しい儘であるのは、

 偏に神と聖霊と其の地に住まう精霊たちの御心の賜物であると、お母様も常々仰ってましたわ

 小人さん方

 だからわたしたちは、魔女も人も、いつでも感謝を絶やさないことこそが最も大切だともね

 あなた方の御蔭で、素晴らしいものを観ることができましたわ

 本当にありがとう!」

 

魔女の娘は、軽やかにお辞儀をしながら、小人たちに笑顔を向けました。

小人たちは、いとしい我が子を見るように、

優しく優しく、彼女の手を取りました。

 

「然様

 ところがしかし昨今の人間等の蛮行は言うに及ばん

 この畑も、ひょっとしたらあの山一帯であろうとも、

 いつかは全く違った景色に成り果ててしまうことであろう

 悲しきかな、吾等の恩恵とは斯様に慈悲深く大きな恵みであろうとも、

 吾等自身はまるで野鼠も同然の存在

 そして人間とは、そうしたものには目もくれず天から降って来るものばかりを喧しく請う

 なんと理不尽なことよ

 だがどれ程の憤怒を以って仇為したくとも、吾等とは無力なのだ

 致仕方のないことなのだ」

 

魔女の娘は、先ほどのうれしそうな仕草から一変して、辛辣な瞳で小人の言葉を聴きました。

長い遍歴の旅の最中、そうした光景を彼女自身よく目にしていたからです。

魔女の娘は小人たちと同じくらい、或いはそれ以上に胸を痛めておりました。

 

「心美しい魔女の娘さん

 良いのだよ

 お前さんがそうして悲しんでくれるなら、どうかこの黄金色に輝く麦畑がこの地にあったことを、

 きっと忘れずに、後に生まれる新たな神の子等へと語り伝えておくれ

 吾等の時代は終わりを迎えつつあるのだ

 それが如何に価値あるものであろうとなかろうと、等しく与えられた終焉なのであろう

 無限の時を往くかに思える魔女たちにさえ、いずれ死が訪れるようにの」

 

もしこの地に住まうことが出来なくなったら、あなた方はどちらへ行くのかしら

魔女の娘は訪ねましたが、きっと小人たちが言うであろう答えは彼女には解っておりました。

ほんの少し、そうでなければ良いと思いましたが、

同時にそれは自身の未熟さに因る願いだとも、彼女は悟りました。

 

「もし別れがなかったら、あなた方は嬉しいかしら」

 

「そう悲観したものでもない

 別れがなければ新しきものが何一つ訪れぬということ

 魔女の娘さん

 吾等を想ってくれる、優しき友よ

 吾等はお前さんに会える日をずっと待っていた

 こうして漸く会えた事だって、新たな時代の訪れがあってこそなのだよ

 大切な友の旅の助けになるよう、吾等は餞別を授けようぞ」

 

 

 ・・・

 

「ときに、その巾着の中身についてはご存知かしら」

東屋と噴水が、ある晩娘に尋ねました。

 

「いいえ、まったくよ

 でも必要なときには自ずとわかるって、小人さん方は仰ってましたわ」

 

「ええ、ええ、そうでしょうね

 その小人も言ってたでしょうけれど、それまでは努々中身を見てはなりませんよ

 けれどもそうして誰とも平等に約束を護る貴女が、

 尽未来際と無事でいるようにわたしたちも山と共に見守ることにしましょうね」

 

「ありがとう、とても心強いわ」

魔女の娘は、東屋から夜空を見上げて、にっこり微笑みました。

 

 


 
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