「くすくす。ねぇ、ごしゅじんさま、びっくりするかな?」
「そ、そうだね。いっつも、私達が驚かされてばっかりだもんね」
「た、偶には私達が脅かしてあげる番、なのです」
夜の森の中、茂みに小さな影が三つ。静まり返った暗闇の中、何をするでもなく身を潜めて小声の会話。
蜀の頭脳たる幼い軍師二人、諸葛亮こと朱里と鳳統こと雛里、そして黄忠こと紫苑の愛娘、璃々である。
三人が何故、こんな時間にこんな場所にいるのかというと、1週間前に遡る――――
「肝試し、ですか?」
「そう、肝試し。夜に墓地とか森の中とか、暗い場所を練り歩いたりして怖い雰囲気を楽しむ行事だよ。夏に涼む定番なんだ」
とある夏の日のこと。近年稀にみる猛暑に見舞われ、けたたましく鳴る蝉の声に人々はKO寸前の日々を送っていた。そこで御遣いたる北郷一刀に新案を求めたところ、
「なんというか、随分と原始的な方法ですな、主」
「そうでもないぞ、星。『病は気から』なんて言葉もあるくらい、人間ってのは複雑なようで意外と単純なんだ。例えば……女の子相手にこういう例えはどうかと思うけど、油虫(ゴキブリのこと)の姿を想像して、背筋に寒気が走ったりするだろう?」
「……成程。言いたいことは理解しました」
言われて想像したのだろう、星は具合が悪そうに顔を青ざめさせ、鳥肌の立ち気味な肌を軽くさすりながら答えた。
一堂に会する蜀の代表たる二人もまた、決していい顔はしておらず、
「う~、ご主人様~」
「物凄く解りやすくはありましたが、もっと良い例えはなかったのですか、ご主人様?」
「あ~……御免、桃香、愛紗」
「ですが、いい機会かもしれなませんな。皆、この暑さで参っておりますし、一度皆で避暑の意味も込めて大きな催しを開くのは」
「ついでだから、お食事会なんかも一緒にして、皆で集まってぱぁっと楽しもうよ!!」
「それいいなぁ。最近、皆とも中々会えない事、多くなってきてるし」
「そう、ですね。このまま。日程はどうしましょう?」
「1週間くらいは準備期間が欲しいかな。仕事もあるし、その片手間にってなると結構時間がかかりそうだから」
「それでも1週間でいい辺り、遊ぶことには全力投球の主ですな……兎に角、1週間後ですな。皆にもそう伝えておきましょう」
「あぁ、ついでに皆に怖い話を知ってる人がいたら、それを披露してもらえないかどうかも聞いておいて欲しいな」
「了解。私も何か考えておきましょう」
「それじゃ、1週間後に皆でその、肝試し? で盛り上がろ~!!」
それから1週間。
現在、時刻は夕刻。日は間もなく山間へと沈もうという時間帯。じんわりと残る熱気を緩やかに流す乾いた涼風の吹き抜ける中庭は、既に賑々しく折り重なる会話で満たされていた。立ち並ぶ木卓の上には所狭しと食欲をそそる料理の数々が香しい湯気を昇らせ、それらを口に運ぶ度にじんわりと栄養と活力が染み渡り、日々の疲労を緩和させていく。
「はいはい、ちょっと通してくれよ~」
「御主人様? って、うわっ!! なんだこの鍋、随分でっかいな!!」
「中身は……なにこれ、真っ茶色」
「おぅ、御免な翠、蒲公英。……月っ、詠っ、大丈夫~?」
「は、はい~、なんとか~」
「ちょっと、通してちょうだいっ!!」
ごった返す人混みの中、何とか押し分けながら何やら鍋と新たな料理の乗った皿を持った一刀とメイド姿の月と詠が進んでいく。それに釣られ、側を通る度に皆は鍋の中を覗き込み、首を傾げていて、
「よい、せっと。ふい~、中々重かった……」
「お館、これは?」
「焔耶か。カレーっていう天の料理でね、色んな食べ方があるんだけど、今回は俺んちで夏によくやってた食べ方にしようと思ってさ。月、ご飯持ってきてくれる?」
「はい~」
皿の上に盛られる艶々とした白米。そこに素揚げされた茄子や芋、瓜や南瓜が彩を添え、スパイシーなルーの香りが辺りに漂い始め、
「おぉ……これは中々美味そうですな」
「そうだろ? 夏はいっつもこうやっていい汗をかくのが定番だったんだ」
「ところで主、メンマの素揚げは、」
「ないよ」
「……そうですか」
がっくりと肩を落とし、しかし直ぐに袖口から何やら壺らしきものを取り出して『ならば直接』とかなんとか言っているのが聞こえた。
「カレーにメンマは、合わないと思うなぁ」
「おぉ。こう、ぴりぴり来るんだな、この『かれえ』って料理は」
「そこがいいだろ、焔耶」
「あぁ。この揚げられた野菜の食感がまたいいな。さくさくしてて」
「揚げたてでないと味わえない食感だからな。放っておくと衣にカレーが染みてふやけちゃうからな。それもまた美味いっちゃ美味いんだけど」
弱火で煮込んで柔らかくなった野菜もまた、味が染みてて格別だと思う。カレーの味は家庭の味。味噌汁や唐揚げなんかと同じく、家庭の数だけ味があると言っても過言ではない。
と、
「あ、あわわ……」
「か、からいれふ……」
少し赤くなっている舌を出し、涙目でまともに呂律の回っていない二人の少女がそこにいた。
「朱里、雛里」
「ごひゅひんさま……これ、わらしたひにはひょっほからふぎまふ」
「あ~……やっぱりそうだったか。ほら、だと思って持ってきてるから」
と、一刀が取り出したのは、
「卵、れふか?」
「そ。ほら、混ぜてから食べてごらん」
「はむ……あぅ、美味しいです」
「辛さがなくなってすごくまろやかでしゅ」
いい具合に辛味が緩和され程よい味になったのだろう、それからはにこやかに微笑みながら舌鼓を打ち始めた二人。そこに、とたとたと小さな足音で歩み寄る紫色の可愛らしい頭が一つ。
「しゅりおね~ちゃん、ひなりおね~ちゃん、それ、からくないならりりにもちょ~だい」
「璃々ちゃん」
「おか~さんが食べてるの、りりだとからくてたべられないの~」
「そっか。いいよ、ちょっと分けてあげるね」
「はい、あ~ん」
「あ~ん」
さながら雛に餌を与える親鳥だろうか。
卵入りカレーに美味しそうに頬を膨らませる璃々。そんな彼女を見て嬉しそうに匙を差し出したり、自分も口に含んだりしながら笑う二人。
「微笑ましいですな、主」
「あぁ。腕を振るった甲斐があったよ」
「む? もしやこの料理、主が手ずから?」
「あれ、言ってなかったっけ? そうだよ、ってか俺の家の味なんだから、俺以外の誰にもこの味は出せないって」
『っ!?』
この後、『一刀の手作り』『一刀の家の味』という単語に反応した恋姫たちにより、カレーは鍋がすっからかんになるまで食べつくされたのは言うまでもない。
「さて、それじゃこれから肝試し本番を始めるわけだけども、その前にくじ引きで組み合わせを決めてもらう」
「組み合わせ、ですか?」
「あぁ。裏手の森には今日の午前中に俺たちが皆を怖がらせる仕掛けを色々と設置してきたから、3人1組になって決まった道を歩いてきて、途中にある目印の旗を取って帰ってくるって流れになってる。これからくじの入ってる箱を回すから、一人一人引いて行ってくれ。くじに書いてある番号がそのまま順番だ。1番引いた人から、こっちに集まってくれ」
順々に回される箱。次々に引かれていくくじ。それにつれて決まっていく組み合わせ。
やがて、それは当然ながら朱里と雛里の二人にも回ってきて、
「えっと、十三番、だって。雛里ちゃんは?」
「ん~、んしょ……あ、私も十三番だ」
「一緒だね」
「うん」
ぎゅ、と握り合う小さな手。親しい相手と同じグループになれれば、喜ぶのが道理というもの。それが親友ならば尚の事。
「それにしても、不思議な風習だね、朱里ちゃん」
「そうだね。天の国の文化はまだまだ知らない事だらけだよ」
元来、怪談などに用いられるようなおどろおどろしい幽世の存在は日本文化がその主流を占めているという。日本における『幽霊』や『悪霊』の話は。諸外国におけるドラゴンやペガサスに代表される伝承の類に置き換えられるのだ。ドラキュラやフランケンシュタインなど非人間的な存在が世間に強く根付き始めたのは欧州でも中世など、人々が娯楽という文化を強く求めるようになる頃になってから、である。
とはいえ、この時代にも『そういった話』は歴と存在する。人間とは周囲の環境に強く影響される生物である。割れ窓理論に代表されるように、あまりに昏く静かな場所には近寄りがたいと感じる。冷たく粘着質な物質に触れれば嫌悪感を覚えるだろう。『夜の森に近づくな。二度と出られなくなるぞ』『先祖は大切に敬いなさい。私達がいるのはその人たちのおかげなのだから』最初は子供に言い聞かせるためだったはずのなんてことのない話が膨らみに膨らみ、いつしかその地方に強く根付く伝承の一つとなる、なんて事態も珍しくはない。いつ、どこで、どのように生きようと、同じ人である限り、根底にあるものは不変なのだ。
が、この二人に関しては少々異なる。現代でもそうであるように、この時代においても幽霊を信じるか否か、人々はやはりその二つに二分化され、そして朱里と雛里はこの場合において後者であった。それは軍師としての性分もあり、彼女達の生い立ちや経験もまた一因であった。軍師は不確定要素に頼ってはならない。それはつまり、不確定要素は思考の外に排除して物事を思案しなければならない、ともとれる。ある程度の礼儀こそすれども、存在そのものが不確定極まりない霊魂に思考回路が左右されるほど、彼女達は信憑性を感じてはいなかった。
「御主人様から聞いた話だと、お化け屋敷っていう施設もあるんだって。人間が幽霊に扮装してお客さんを怖がらせるんだって」
「態々怖がるためにお金を払うの?」
「そうみたい」
「……何で?」
「何で、かなぁ?」
改めて考えると、不思議な話である。ちなみに、作者はお化け屋敷の類はあまり好きではない。幽霊の存在は信じているともいないとも言えない俺にとって、お化け屋敷は『怖がる場所』ではなく『驚かされる場所』である。昔、修学旅行で級友達と入城したとき、悲鳴を上げる皆を余所に、俺は扮装した職員達を臨戦態勢を取りながらひたすらに睨み返していた。おかげで怖がらせるはずの職員の方がこっちを怖がるという本末転倒な結果に終わり、怖がりに入ったはずの皆は表に出た途端に大爆笑である。あの時のお化け屋敷の職員の皆々様、まことに申し訳ありませんでした。こんな駄文など読んではいないとは思いますが、この場を借りて改めて謝罪させて頂きます。
話はそれたが、端的に言えばこの娘達は今回の催しに対してさしたる恐怖心は抱いていなかったのである。夜間の森を歩けば十分な涼はとれるだろう、それくらいに思っていた。
「それじゃ、3人目は誰なのかな?」
首を傾げた、その直後であった。
「じゅうさんばんのひとってだ~れ~?」
『璃々ちゃん』
の、ようであった。彼女が高々と掲げるくじにははっきりと『十三』の文字が書かれていた。
「あ、しゅりおね~ちゃんとひなりおね~ちゃんなの?」
「うん、そうだよ」
「よろしくね、璃々ちゃん」
「うんっ!! おか~さん、いってきま~す!!」
―――――そう、ここまでは良かった。単に夜の森に雰囲気を楽しみながら涼みに行こう、その程度にしか、彼女達は考えていなかったのだ。この時点までは。
(続)
Tweet |
|
|
21
|
0
|
追加するフォルダを選択
投稿93作品目になりました。タイトル通り、第4回恋姫同人祭りに参加さして頂きました。
こういう話って苦手なもんで、自分の実体験を元ネタに恋姫風にアレンジしたものをお送りしようと思っちょります。走り書き気味なのは勘弁してつかぁさい、かいてる時間があんましないんです。(若干のランナーズハイも混じっております)
では、まずは自分の執筆している作品紹介から。
続きを表示