「これで……大丈夫ね」
小さな荷袋を寝台へ放りその横に座る。
これで逃走の準備ができた。後は時が来るのを待つ。
ふと、寝台の布団が目に入った。何気なく撫で、思い返す。
睦事が終わり、落ち着いてからまず頭に浮かんだのは恨み言。
一刀の胸に額をぶつけ、拳を叩く。
『何で、何で居なくなっちゃうのよぉ……』
こいつが居なくなってから、月から笑顔が消えた。
月だけじゃない、蜀の皆だって、私だって……
『あんたが居なくちゃ……うぅ…えぐっ』
嗚咽で言葉が紡げない。手の動きも止まり、私の泣き声だけが部屋に響く。
と、頭に温もりを感じた。顔を上げると、一刀が困ったような、優しい笑みを浮かべ私の頭を撫でていた。
『ごめん。ごめんな詠』
それだけで、一刀のその笑顔を見ただけで、私が抱いていた恨み辛みが溶けてしまった。
心の内から感じる暖かさ。とても久しぶりだった。
そう、久しぶりなのだ。
漸く頭に浮かんだ当然の疑問。追求する前に、一刀の様子が変わった。
微笑みから急にはっとし、撫でていた手を止め、私から離れた。
反対を向き、頭を抑え唸っている。
『ね、ねぇ、急にどうしたのよ』
『……何でもない、大丈夫だ』
一刀はそう言い寝台に座る。
隣に感じていた温もりが遠ざかり、寂しさを感じる。
『すまない賈詡。無意識に真名を呼んでしまった』
『え……』
意味を図りかねる。
どういうことかと聞く前に、一刀は説明を始めた。
私に蘇った記憶の事。歴史を繰り返すという不可思議な現象について。
そして、今の一刀の事。
戸惑う私に、一刀はこの戦での月を助ける策を説明し始める。
簡潔に言うと、月と銀華と共に、銀華が前の戦中一刀の命で作らせた抜け道を通り、蜀へ保護される。
そのための根回しは既に済ませておいたとのこと。
矢継ぎ早に説明を終えると、一刀は服を着て部屋を出た。
部屋に残された私は、呆然と扉を見つめていた。
あの出来事から数日、私なりに色々と考えていた。
歴史を繰り返しているこの現象。
もっと早く自覚していれば、この戦自体を無くせたかもしれない。
そう考えると歯噛みしてしまうが、諦めるしかないだろう。問題はこれからだ。
蜀に保護されるというのは、自分の持つ記憶と同じ。ということは、その後の出来事は自分の知るものであるかもしれない。その時にこの記憶は、大きな利点となるだろう。
もっとも、今の蜀には一刀がいないため同じ事が起こるかは分からないが。
次に一刀の事。
私の知る一刀は、あんな性格ではなかった。武も無く、かといって何かに秀でているということもない。
……まぁ女の扱いには長けているが。
ともかく、今の一刀は"前"の一刀と比べると別人である。
しかし、
『ごめん。ごめんな詠』
脳裏に過ぎる言葉。
あの時の、頭を撫でてくれたあの時の一刀は"前"の一刀の様だった。
「……あーもうっ!訳分かんない!」
腹いせに撫でていた布団を叩く。
理解不能な事が多すぎるのだ。一刀本人から詳しく話を聞かなければ考えが纏まるはずが無い。
と、部屋の扉が開く。
斧を片手に銀華が入ってきた。
「連合軍が城門を突破したぞ」
「そう……なら行くわよ」
銀華が頷き、私は荷を持ち立ち上がる。
靄のかかった思考は置いておこう。
今は月を救う事が先決だ。
城門に取り付いた連合軍の兵。
散り散りになった董卓軍。
張遼は曹操軍に下り、呂布は連合軍の主力に囲まれ敗走。
頃合だな。
俺はすぐに逃げられる様に華雄軍の後方に居たのだが、現状何所を見渡しても剣戟が行われていた。
向かって来る雑兵を斬り伏せ、思案する。
何かあったときのため逃走用の抜け道を銀華に作らせていたが、思わぬ所で役に立った。
前の俺は、洛陽にいる董卓達を自分から保護しにいったが、他の勢力も進行している中劉備達を待つのは不安要素が大きい。
ならばと抜け道を使い自分達から合流させることにした。
銀華には賈詡と董卓の護衛を任せた。納得がいかない様子だったが、後から合流すると言い無理やり納得させている。
まぁ、合流する気は無いんだがな。
蜀に居れば前と同様賈詡も董卓も、延いては銀華も安全だろう。
俺は前までと同じ、根無し草に戻るだけだ。
次は呉にでも言ってみるかな。魏は後回しだ。
理由は言わずもがな、曹操が残念体型だったからだ。
別に俺はロリでも構わず愛でれるが、期待を裏切られただけに立ち直れないのだ。
まぁ目的は決まった。となればこんな血生臭い場所とはおさらばだな。
「れんどのー、どこにいらっしゃるのですかー……」
喧騒の中聞こえる幼い声。
視線を向けると、少し離れた場所で陳宮がとぼとぼ歩いていた。
周りの兵士もその場違いな光景か視線を向けている。
が、それもすぐ終わり、連合軍と思われる兵が武器を構えた。
あんの馬鹿ッ!
気付いた時には俺は走り出していた。
間に合うわけが無い。
自分の冷静な部分がそう結論付ける。
しかし体は走るのを止めず、狙われている事に気づいた陳宮は顔を強張らせ怯えていた。
敵兵が武器を振り下ろす。
陳宮は腰が抜けたようでその場にぺたんと座り込んでしまった。
それが功を奏し、初撃は陳宮の頭上を通った。
しかし敵兵はすかさず追撃を向ける。
そこで漸く辿りついた俺は、陳宮と敵兵の間に飛び込んだ。
恋殿と逸れてしまった。
戦の情勢はすでに決している。
恋殿も連合軍の数の暴力に押され、撤退を余儀なくされた。
一緒に居たはずなのだが、行く手を阻む敵兵を対処しながらの逃走。
いつの間にか、自分の周りには護衛兵しかいなかった。
恋殿を探しに戦場を駆けるが、徐々に数を減らす護衛兵。
ついには敵兵に馬を突かれ落馬してしまった。
体の痛みを堪え、再び恋殿を探す。
最後の護衛兵も、敵兵と相打ちになり倒れてしまった。
自分は軍師、こうなっては雑兵一人にすら殺されてしまうひ弱な存在だ。
しかしそれでも恋殿を探すしかない。自分を守ってくれるのは、恋殿しかいないのだ。
「れんどのー、どこにいらっしゃるのですかー……」
声に応える人は居なく、変わりに向けられるのは敵意の篭った視線。
敵兵が一人、相対する。
その手に持つ血のついた剣を見て、背筋が凍った。
死にたくない。
迫る死の気配に、逃げろと頭が命令するが体は動かない。
その刃が自分に届く寸前、腰が抜けその場に座り込み命拾いした。
ほっとする間も無く、再び敵兵は剣を振る。
れんどのぉ……
震える喉から小さく漏れる言葉。
死を覚悟した直後、視界が何かに覆われた。
「ッてぇな!くそが!!」
陳宮に覆いかぶさり、左肩に激痛が走る。
すぐさま体制を立て直し剣を振るい敵兵を斬り倒した。
傷を確認するが、斬撃は肩の骨に阻まれ深くは無かった。
だが、左腕が思うように動かない。
「説教は後だ。じっとしてろよ」
呆然としている陳宮を左脇に抱える。
陳宮ぐらいの重さなら、言う事を聞かない左腕でもなんとか抱えられた。
あとは逃げるだけだが、一人ならともかく陳宮の事を考えると馬が無ければ逃げ切れないだろう。
加えて手負いの身。馬を探しに戦場を駆けるには無謀だろう。
──────置いていくか?
自問するが、すぐさま却下する。怪我をしてまで助けたのだ。自己満足だが、ここで置いていったら無駄骨にも程がある。
「死ねぇ!!」
「ッ!」
襲ってくる敵兵を蹴り飛ばし、倒れたところに剣を突き刺す。
ゆっくり考えている暇は無いか。
と、前方から騎兵が十数向かってくる。敵だ。
やるしかない……か
巻き込まれないよう道を開く兵共を尻目に、俺は真っ向から騎兵団と対峙した。
「ぐ…はぁ……はぁ……ちく、しょう!」
流れる景色。馬の背に縋るように体重を預ける。
血を流しすぎた。背中を斬られ、脇腹を槍に貫かれ、しかし全滅させ馬を奪取した。
後ろに乗せた陳宮がなにやら喚いているが、もはや耳に入らない。
こんなところで死んでたまるか!
内なる叫びとは裏腹に体からは熱が引き、睡魔が襲う。
「寒い……」
呟きは声にならなかった。
手を震わせながらも、落馬しない様手綱を陳宮に渡す。
陳宮が受け取った事を確認し、俺は意識を手放した。
※この一刀は強いですが、対多数は不向きです。
恋姫達の様に人外の膂力があるわけでもないんです。
なので、『ドーンッ!』とかいって小隊もろとも吹き飛ばせるわけでもないのです。
さて、手負いの一刀は生きながらえる事ができるのでしょうか。
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何気なくみたランキング。
週間閲覧数が一位になっていて驚きました。
小説を書くユーザーが減っているのもありますが、やはりうれしいですね。
これも皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
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