第3箱「信度6強くらい」
『序章・その終』
今回の語り部:
おう。杵築 樹だ。
いきなり質問して悪いのだが、皆は気を失ったことはあるだろうか。
まあほとんどの者がないと答えるだろう。しかし漫画やアニメ、所謂フィクションの世界では、気絶という行動は極々普通に行われていて、見る者も何の疑問も感じずにこれを受け流している。これは怖い。
実は気を失うことは非常に危険な状態であることをご存じだろうか。何が原因であるにせよ、気を、つまり意識を、失う―――それはつまり生死を彷徨っていると言って過言ではない。
そして今俺の目の前には、何の躊躇も何の遠慮もなく、さも当然で当たり前のごとく、簡単に俺を気絶させた恐ろしく怖い人がいる。
―――報道部部長だ。
先がカールしている深緑色の長い髪。それよりも明るいエメラルドグリーンの瞳。眉は細く鼻筋は通っていて、唇は艶やかなことこの上ない。
一言でいえば容姿端麗。黒神並みの美人さん。
「あら、目を覚ましたのね樹さん。大事をとってもうしばらく寝てた方がいいわよ」
俺を気絶させた張本人が、よく言ったものだ……。
俺はたった今目を覚ました。ソファーに寝かされていた。随分と寝ていた気がするが、腕時計を見ると、そんなに時間は経っていないことが窺える。
周りを見渡すと、校舎のどこかの部屋であることが分かった。部屋の中央にはいくつもの作業机が並べられており、その上にはパソコンやらプリンターやら何やらが置いてある。
そしてその部屋中を、何人もの生徒が、紙やら新聞やらカメラやら録音機やらを持って縦横無尽に忙しそうに走り回っている。
言うまでもなく、ここは箱庭学園報道部の部室である。
そして、部屋の隅に置いてあるソファーに寝ている俺の目の前に、今言った通り報道部部長がいる。椅子に腰掛け何かの本を読んでいる。
他の部員は忙しそうなのに、この人は優雅だ。部長がこんなのでよいのだろうか。
「……あのー、部長さん。本読んでないで状況を詳しく教えて貰えないでしょうか」
ソファーから上体を起こし、読書中の部長に尋ねる。
すると部長はパタンと本を閉じ、深緑の髪を靡かせながらこちらを向いて、口を開いた。
「そうね。教えてあげるわ。一気に言うからついてくるのよ」
「……はい」
「1、アナタは放課後に薪さんから勧誘を受けた
2、ワタシが加勢に行き、アナタを気絶させた
3、ワタシと薪さんでこの部室へ運び込み、このソファーに寝かせた
4、数分後、つまり今、アナタが目を覚ました
これだけよ。簡単でしょう?」
確かに簡単だが、細部が全くつかめない。
「部長さん。俺が聞きたいのは、
1、俺をどうやって気絶させたのか
2、報道部とは
3、どうして俺を報道部に入れたいのか
4、部長のプロフィール
この四点です」
部長に合わせて四つの箇条書きにしようと思ったのだが、最後余ってしまったので適当に入れた。
「それじゃあ順番にお答えするわ。
1、樹さんをどうやって気絶させたのか?
A、ワタシのスキルで。
詳しくはまだ言えないけれど、ワタシは音声情報を、より正確に言うならば聴力を操るスキルを持っているの。応用すれば、他人の聴力を調整して他人を難聴にすることも、気絶させることも、殺すことだってできるのよ♪
あ、ちなみにワタシのスキルについては『秘中の秘』よ。言ったらどうなるか……分かってるわね?」
「…………はい」
「よろしい。フフフ♪」
微笑んでいるが、目だけは笑ってない……。
つーかスキル? もしかしてこの人
「2、報道部とは?
A、
主な活動内容は、インタビュー、聞き込み調査、それらをネタにした学園新聞の制作・発行、学内テレビ・ラジオ番組の放送、インターネットサイトの運用などが挙げられるわね。
部員はみな自分に合った何かしらの係に所属し、その分野を専門的に極めることを目指すの」
この学園、専用のテレビ回線とかあったのか。知らなかった。
それにさすが報道部部長と言うべきか、インタビューしてるみたいな答え方だ。
「3、どうして樹さんを報道部に入れたいのか?
A、必要だから。
現在報道部には
いや本当にさすが報道部部長だな。情報通すぎる。趣味はともかく、おばあちゃんの話など誰にもしたことないのだが。
……それにしても、人員不足ってだけの理由で俺はあんな酷い目にあったのか。泣きたい。
「4、ワタシのプロフィール。
それはつまり、ワタシのスリーサイズを聞きたいってことかしら?」
「違います! 名前とか役職とか、“所属”とかですよ!」
「フフフ、照れちゃって。かわいいわね。遠慮しなくても教えてあげるのに。
じゃあ名前から順番に言おうかしら。
所属:二年十組
性別:女
血液型:AB型
役職:報道部部長
通称:『
趣味:二つ名付け
髪型:深緑のフリルカールロング
服装:箱庭学園アレンジ女子制服
と、まあこんなところかしら」
「言う必要のないビジュアルまでご丁寧にどうも」
って、あれ? この人
「そして容姿は美人系・スタイル抜群。スリーサイズは上からB:89 W:57 H:83だわ」
言いやがった。自信満々に自慢しやがった。つーか、自分のことを美人系と言ったりスタイル抜群と言ったり、この人
「これで樹さん、アナタの質問に全て答えたわけよ。約束通り我が部に入部してもらうわね♪」
「っ!? そんな約束してないんですけど! 質問に答えていただいたことには感謝してますけど、俺は部活に入るつもりはないので帰らせてもらいます」
部室の
と同時に、
「お水……持ってきました……」
タイミングの悪いことに、内牧さんがコップ一杯にいっぱいいっぱいに注いだお水を、溢さないようにソロリソロリと持ってきた。注ぎすぎだろう。嫌な予感がする。
しかしそのまま無視して帰るのは可哀想なので、ソファーに腰を下ろし、コップを受け取ろう――としたのだが、その前に嫌な予感が的中する。
ドンッ
「きゃっ!」
報道部員の一人が内牧さんにぶつかり、持っていたコップが宙を舞う。
俺は水がかかると思い目を瞑った。が、一向に水が降りかかってこない。恐る恐る目を開けてみると、そこには頭から水を被った内牧さんがいた……。
いや、ある意味器用だな。その場には、俺、開聞部長、内牧さん、ぶつかった報道部員の計四人がいたのにも関わらず、内牧さんただ一人が水を被ってるなんて。
「すまん! 本当にすまん!」
「……こ、こちらこそごめんなさい!」
ぶつかってきた報道部員が内牧さんに謝る。そして何故か内牧さんも謝り返す。
「……はぁ~……。薪さん、体操服か何かに着替えてらっしゃい。風邪引くわよ」
「は、はい……!」
内牧さんは開聞部長に言われるまま、コップを拾い奥に消えていった。
「全く、勧誘も水運びもできないなんて……。ドジにも程があるわ」
「部長も大変そうですね……」
二人同時に溜め息を吐く。
「ところで樹さん、アナタは中学時代に部活選びに失敗して嫌気が差して、高校では部活に入らないと決めているらしいわね」
急に開聞部長に話しかけられ、帰るタイミングを逃してしまった。
「まあそうですけど……。って、本当に何でも知っているんですね。もう驚き桃の木扇風機ですよ」
「いえ、違うわ。ワタシは何でも知っているのではないの。ワタシが持っているのは、知識ではなく情報よ♪」
前髪を手でサラッと払い、キメ顔で言い切る。
「で、その事なんだけど、
「随分と自信があるようですね」
「ええ、とっても自信あるわ。信度6強くらい。入るだけで必然的に知り合いも増えて、学園生活が更に更に楽しくなる部活なんて他にないわ。『報道部に入れば、学園中が探検フィールドに様変わり! さあ君も報道部に入って、立派な探検家になろう!』」
「あのカンペはあなたの仕込みですか!」
「ええそうよ。カンペだけに完璧でしょう? フフフ♪」
……漫画的に言えば、「ずーん」って気分だ。成る程、あのイタい文句、内牧さんが考えたわけではなかったから、あんなにも言うのを恥ずかしがっていたのか。……内牧さんが可哀想だ。
「今日中に入部すれば、
「要りませんよ」
――と、よくある冗談に呆れ顔で返した途端、隣から「グスン」と聞こえた……。
恐る恐る隣を見ると、いつのまにかジャージに着替えてきた内牧さんが目に涙を浮かべつつ立っている。しまった。どうしてここまでタイミングが悪いのだろうか。つーか着替えるの早いな。
「……そんな……要らないなんて……グスン……ひどいよ……!」
「い、いやっ! 誤解だ内牧さん! なんか意味を取り違えてる!」
だが俺の弁解も虚しく、彼女はうわーんと泣いて、椅子に座っている開聞部長に抱きついた。部長は「よしよし大丈夫よ」と頭を撫でている。親子のように見える。……言っちゃ失礼だが、内牧さん本当に高校生だろうか……。
「要らないとか言ったらダメでしょ樹さん! 薪さんに謝って!」
え~…。部長に怒られてしまった。至近距離で俺を酷く睨んでくるので、かなり怖い。俺を気絶させたときは微笑んでいたというのに、人によって差がありすぎだろう。
しかしまあ、謝るしか道はなさそうだ。泣いている女子相手に誤解を解こうとしても無駄だからな。まず泣き止んでもらうために謝罪をしないと。
「……内牧さん、ごめんなさいっ! 許してくださいっ!」
本人っぽく謝ってみる。
「……グスン……」
「薪さん、入部するまで樹さんを許さなくていいわよ。」
おいこら部長! 余計なこと言うな!
「……本当にごめん。そんな深い意味はなくて。もう泣かないでくれ。ごめん! 許して!」
「……じゃあ……、杵築くん……入部してくれる……?」
うがっ。誰かさんのせいで許されるための条件がついてしまった。
……しかしそれにしても、俺はなんて弱い人間なのだろうか。部長の体の影から顔を半分出して、半泣きで上目遣いにこちらを見つめてくる女子を前にすると、
「…………分かった。入部するから許してください」
としか言えなくなるなんて。
「フフフ♪ 大成功だわ☆」
その時の開聞部長の、まるでイタズラが成功したことを楽しむイタズラっ子のような、または企みが上手くいき喜ぶ策士のようなあの表情を、俺は決して忘れない。
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原作キャラと原作には出てこない箱庭生たちによるスピンアウト風物語。
にじファンから転載しました。
駄文ですがよろしくです。