暗幕の隙間から射す薄い陽光、香る薬品臭、白衣の背中には金の縁取りで「科技部」の三文字、机上のノートパソコンは室内を控えめに照らし、手足は拘束されて椅子に縛り付けられている。
縛られた凛一から見えるのは、ニ名。大柄な男子生徒と、窓際の女子生徒。男子生徒は仁王立ち。女子生徒の方は、端正な横顔、少年ジャンプを捲る音。
桜城凛一、十五歳、高校一年生にして、入学式の今日、その高校生活は拉致から始まった。
「俺は科学技術部部長、鎌倉武だ」
それはさっき廊下で聞いた。
背の低い凛一と比べると頭二つ分くらいは違う大柄な男子生徒が、どこの学校にもあるありがちな椅子に縛り付けられた凛一を遥か高所から見下ろしている。その男子生徒の格好は、奇抜にして異質。ブレザーを脱いだワイシャツ姿の上に羽織っているのは「科技部」と金文字で刻まれた白衣だ。
センスが悪い。この上なく悪い。
「早速だが、君を拉致したのには理由がある」
「なんですか」
「科技部に入りたまえ」
「イヤです」
「なぜ!?」
「なんで入学式直後の新入生をいきなり羽交い絞めにして拉致するような部活に入部しなきゃいけないんですか!」
部長を名乗る鎌倉は、大きな大きな溜息をついた。まるで人生という名の迷宮に憂いているかのように。人間の嘆かわしい様を憂いているかのように。
「これが科技部の伝統だからだ」
「新入生を拉致するのが!?」
「科技部は優秀な人材以外の入部を許可しない。よって、優秀な人材は入学のその日に声をかける。その場で入部を決めてもらう。それが科技部の伝統だ」
「強引にもほどがある……」
連れてこられたのは科技部とやらの部室だろう。薬品の匂いがするのもそのせいだろう、と凛一はあたりをつける。暗幕のせいで室内の様子は見えづらいが、室内には部長と凛一、そして女子生徒が一人いるだけのようだった。
今週のジャンプはまだ読んでいない。……気になる。
「大体、得体のしれない部活動にいきなり入れと言われて入部を決めるわけないじゃないですか」
「大丈夫だ、それを今から説明する」
「はあ、とりあえず、これほどいてもらえませんかね」
凛一はもう一度腕を動かそうと力を入れてみるが、血が止まるのではないかと思えるほどにきつく縛られた手足は、自力で自由にできるとは思えない。
「駄目だ。入部を決めれば解いてやる」
「選択肢ないの!?」
「もちろん、入部を拒否することも可能だが、その時はまともな学校生活が待っているとは思わない方がいい」
「脅しじゃねえか!」
鎌倉は一つ咳払いをして、机の上にあった懐中電灯を手に取ると、自分の顔を照らした。
発言するたびに手を大きく広げたり、自己陶酔ありきな感情の篭った喋り方を見るに、恐らくはスポットライトのつもりで当てているのだろうと想像できるが、凛一の角度から見上げると百物語でも始まりそうな雰囲気にしか見えない。
「まず、科学技術とは何なのか、ということから始めさせてもらおうか」
「……随分長くなりそうなテーマを選びましたね」
部活動紹介が始まるのかとおもいきや、人生論が始まった。
科学技術とは。
「宗教である」
「は!?」
「そもそも宗教とは!!」
「ちょ、ちょっと待て!」「いいから黙って聞いていろ!!」
凛一は口にガムテープを貼られた。どんどんなくなる選択肢。いるよなあ、喋りたいだけ喋って人の話を聞く気のないやつ。
おい、女子生徒、ジャンプに隠れて笑ってんじゃねえ。
「そもそも君たち若き日本人ははなぜ宗教を信じないのか? 簡単だ。君たちが、科学を信じているからだ。つまり根拠もなしに宗教を否定しているのではない。既に信じるものがいるから、新規に「神」という概念を導入する必要がないのだ!! 昔の人間が、地動説でなく天動説を信じていたのも、薬効や治療を魔法と崇めたのも、天候を神の御業と言ったのも、全て、それらを説明する適当な媒体が、たまたま神であり、宗教であったからだ。人々は、その時代時代の観念に適した理論を選択して文化、社会を形成するものだからな」
何言ってんだこの人。
「その時代に最も適した理論が宗教となり、人々が生きるのに必要な哲学となる。宗教とはすなわち、人生論だ。では、生きるのに科学が必要不可欠となってしまった現代人こと桜城凛一くんに質問しよう」
べりべりとガムテープが剥がされて発言権を与えられる。
「君は原子の存在を証明できるか?」
「はあ?」
「原子は粒なのかね? 波なのかね? 見せてくれたまえ。目の前にある液体が水であると証明できるか? 重力を見せることができるか? 熱エネルギーを見せることができるか? 君の目には実際に太陽の周りを回っている地球が見えるのか? 君は、科学技術の何を知っているのかね?」
「ええっと……」
「見えないのに、信じているのかね? それは神様を信じる行為とどう違うのかね?」
近づく鎌倉部長の顔は意外とハンサムだった。
そして凛一は、その質問に答えられなかった。
一見感情的に聞こえるその声音も、演説なのだと思ってしまえば恐ろしく上手に聞こえてくる。
「君の目に神様が見えないように、君の目に科学技術の根幹を成す原子という存在もまた見えていないはずだ。目の前の液体が水であるのか、それとも魔法のエネルギー体なのかを証明する方法も、君は持たない。君は知識として太陽と地球の関係を知っているだけで、その目で確かめたわけでもその手で証明したわけでもない」
部長が室内を歩き、暗幕の隙間から入り込んだ陽光に照らされて「科技部」がキラキラ輝いていた。
「イエスはその行いでもって自身が神であると、その時代の人間に証明してみせた。ブッダはその考えでもって自身が仏であるとその時代の人間に証明してみせた」
嬉しそうだ。とても嬉しそうだ。自分のことじゃないのに誇らしげに語る姿は、バラエティ番組の実験教室で呼ばれた理化学大学の教授そっくりだ。
「もう一度言おう。科学技術は、宗教だ」
「はあ」
「信じるものは救われる。宗教とはすなわち幸福の具現化であり、科学技術の発展とはすなわち人類の発展である」
部長は興奮していた。室内には見えないエネルギーが渦巻いて、せっせと熱を量産しているようだった。
「科学技術を信じて生きる我々人類が創りだした現代社会の最終目標、それは科学が神であり真実であるということを耐えず証明し続けることである!! 科学技術部の最終目標、それは、人類をさらなる高みへと昇華させ、世界を幸福で満たすことだ!!」
大きな息継ぎ。怒涛の演説。バカと天才の間の紙を擬人化したような、大胆不敵さ。
「その最低条件として、科学技術部は部員全員の幸福を約束する。このマニフェストは科技部設立以後三十年間一度たりとも破られてはいない!! さあ、我々と共に幸福を掴もうではないか!!」
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高校一年生になった桜城凛一は入学式で突如拉致されて!?連れてこられたのは科学技術部を名乗る集団だった――
長編の冒頭のみ投稿。続きはhttp://ncode.syosetu.com/n2571bi/1/ で