■24話 黄巾党殲滅戦・前編
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早朝と言えるかどうかという時間帯に詠から呼び出しがかかった。おかげで今日は鳥の声を聞けずじまい……やっぱりなんか物足りないんだよな。
詠が皆に話すことがあるとかなで皆で集まれる場所を指定して来たんだけど使いの人に聞いても場所がさっぱりわからん。他の人にも伝えに行くって既に部屋にはいないし……。
どうやら期せずして見慣れぬ地を開拓することになってしまった様だ。
そしてそんな時頼りになる侍女は……何故か見当たらない。いつもなら呼ばれてなくても1人ぐらい視界に入ってるのに、今日は誰も見えない。
最近は迷わなかったし、ガッカリしたような顔させたからか? それともまだ早すぎて活動してないとか? んー、そういえば侍女達がどんな活動をしているのかそういえば全く知らない。
どんな活動を? 地下組織? とか色々下らない事を考えていると一人の侍女が通りかかったのですかさず声をかける。よかった、これで目的の場所に行くことが出来そうだ。
突然の事だったからか侍女は暫く停滞を続けていたけれど、いきなり慌てたように指笛を吹く。そして続々と集まる侍女侍女侍女。
え? なんですかこれ……ドッキリですか? 一刀の差し金ですか?
そんな風に混乱している俺を余所に侍女たちが整列していく。
その結果目の前に一杯広がった光景は
片手を135度で止め、手のひら奥の道へといざなうように広げ、頭を下げながらもう片手ですこしスカートの裾を掴んで詠たちの場所まで同じ格好をした侍女達の行列。
何だろうこの特別待遇。他の人にこんなことやってるの見たことないんだが、仕事しすぎではないだろうか? それとも俺が迷うのがいけないのか? この前ガッカリさせた腹いせか何かだろうか?
考えても分からないので侍女達で出来た道を進んでいるのだが、恥ずかしいことこの上ない。俺はどこの貴族だと問いたい。
そして通り過ぎた後、視線が背中にかなり突き刺さっている気がする。でも恐ろしくて振り向けません……とってもいい笑顔してそうな気がするから。
そんなとんでもない道を通りながら詠たちの待つ場所へと到着したものの、今回の1件で大いに悩む事にってしまう。
これはもう迷わない方がいいんだろか? それとも迷った方がいいのか?
メンバーが揃うまでそんなことに頭をフル回転させる時雨であった。
◇◇◇◇
皆が揃った所で俯きながら詠が話し始める。その姿は何処か暗く、これから話す内容もあまりいいものでは無いと皆が察する。
「昨日の夜外戚達から書簡が届いたわ。ボク達に黄巾党の殲滅を命じてきた……けれどボクたちにはそれほどの戦力がまだない」
なるほどとそれぞれが思い思いに頷いていく。既に8万にも膨れ上がっている黄巾党を殲滅するには1万届くかどうかという董卓軍では手も足も出ないのは事実だろう。
「詠ちゃん……ごめんね、私に力がなくて」
「ううん、月のせいじゃない。全部月が殿下と仲が良いのを利用しようとする外戚と遊び呆けている霊帝が悪いのよ」
「え、詠ちゃん! ダメだよそんなこと言っちゃ」
「そうやで、いくらあいつらが気に食わないからってどこに耳と目がいるかわからんのやから」
「危険……」
言ってはいけない事を口にしてしまう詠にそれぞれが周囲に目配せして注意を促す。気持ちは皆理解しているが何処に耳があるかわからないのだ。
いつもの詠らしくない態度に落ち着かせる意味を込めて注意するがそれでも詠は納得いかない様に顔をゆがませている。
「それはわかってるけど、どうしても収まらないのよ」
「ならその収まらなさを黄巾党の奴らにぶつければいい」
皆があまりにも暗い雰囲気をしているので爆弾発言を投じる。効果は劇的で困惑したり、嬉しがったり、首を傾げたりと様々な反応が生まれる。
「時雨、あんた今の話聞いてたの?」
「聞いてたけどさ、なにも戦うのは俺達だけじゃないだろ? それに俺はそろそろ兵達の調練の仕上げに実戦を経験させたかったところだ」
普段から政務をさせられているのだから俺達だけで攻める訳がないと分かっている。それに数の差は黄巾党が上だが武将と兵の質で言えばこちらの方が圧倒的に上なのだから策を立てればさほど心配はないのではないかと思っている。
「それでも私達の戦力がないってことには変わりがないが……それに他の諸侯が連携してくれるとも限らないわ」
「それをどうにかして勝たせるのが詠、お前の仕事だろ? それにもう策は考えてあったりするんじゃないのか?」
今までの詠の動きを見ていて分からないはずがない。黄巾党が活性化するにつれて最悪の事態を想定して準備している姿などちらほら目撃しているのだから。
今回暗い雰囲気だったのは恐らく本当にそういう事態になってしまったからだろう。出来れば他の諸侯に頼る様なやり方は得策ではないし、自分の軍だけで処理できれば余計な隙を作らなくて良かったのだ。けれど今はこうするよりほかにないのだから仕方ないのだ。
「何を迷っているんだ! 私さえいれば黄巾党などもののかずにはいらん!」
意味ありげな視線を躱す2人の間に割り込み大言壮語を吐く華雄を軽く無視しつて詠が話を進める。
「そうね……一応考えてはあるわ。ボクたちは敵の本体とは戦わずに各諸侯へ敵の戦力を分断して押し付け、削っていくこと。それが今出来るボクにとっての最善の策」
「諸侯を名声で釣って押し付け、こちらは仕事をしたという事を示しつつ、兵を温存して内政に従事し、黄巾党の後に備えるわけね」
理解の声を上げた人物に視線が集まり、その人物が分かった所で皆絶句する。
「あ、綾殿がまともなことをいっているのを初めて聞いた気がするのです」
「そうやな……」
「っな何言ってるの、私は馬鹿じゃないんだから! 私塾に通ってた頃は時雨とも肩を並べてたのよ!」
「「「「!」」」」
綾の発言に改めて時雨を覗いた皆が絶句する。
「ほ、ほんまか?」
「嘘、やめ……たほう、が」
「嘘はよくない……」
張遼や恋はまだわかるとして親しいはずのかごめにまで嘘だと言われて綾はしばし落ち込んで地面にのの字を書き始める。
それを見て月が困ったように眉を寄せて擁護する。
「はぅ、皆そんなにいわなくても」
「月、無茶言わないで」
「へぅ……」
けれど詠の一言で沈んでしまい、綾はさらに落ち込んでいく。
「恋殿の言うとおり嘘はやめといた方がいいのです」
「うぅ……時雨〜」
陳宮の一言で遂に泣いてすがり寄ってくる。成り行きを理解できていない華雄以外は皆意見が同じのようだ。常日頃から馬鹿やってるからこうなるのに容量良いくせに学習しないやつである。
「本当のことだ。綾は普段から何も考えていないだけで、考えられないわけじゃないんだ……それに一刀もそのことについてはわかってると思うが」
「あ、ああ……お腹がすいて暴れたあの件だよな? 的確な判断とすばやい行動で被害を最小限に抑えつつ黄巾党を殲滅したって聞いたな」
半信半疑といった感じで話す一刀の言葉を聞いて思わずげんなりしてしまう。お腹がすくと食べる為に頭を使うのは昔からだが全く変わっていないようだ。
「え? それじゃ本当なの? ってことは政務も出来るの?」
「詠……すまないけどそれは綾が全力で逃げ出すから無理だ」
「ふん、ボクは軍師なのよ……逃げられないようにすればいいじゃない」
そういってニヤリと笑みを浮かべる詠を見て何処か不吉なものを感じる。けれどもうさっきまでの暗さは感じられないので今はこれでいいのかもしれない。
「うへ、やぶ蛇だったのこれ……」
俺に縋ってフォローしてもらったのに最悪な結果に気落ちする綾を撫でてやる。これから大変だろうが頑張れと意味を込めて
でも綾を逃がさないようにするという事は綾の部屋に行くつもりなんだろうけど……果たしてあそこから詠は帰って来られるだろうか。
なんて考えながら遠い眼をして、なじみ深い風景を思い出す。
「なんでもええけど、そろそろ準備はじめなあかんのやないか?」
張遼のその一言で無視されて今まで止まっていた華雄が再び動き出す。
「その通りだ! 卑しい賊など私が討ってやろう!」
そういって走って出て行く華雄。まだ話し合いは終わってないのにこらえ性のない奴である。
「あ、待ちなさい華雄っ……あんたまだ誰を送るかきめてないんだから! 霞ごめんだけど華雄を追って止めてきて」
「わかった、ウチも考えるのは苦手やから丁度ええし行ってくるわ。恋も一緒に来た方がええやろうからついて来るんやで」
そういって張遼が華雄を追って走り出し、その後をトコトコ恋が追いかけて行く。頭脳労働派ではないのは確かなのでそのまま見送った方がいいかと考えを改めて手を振って別れを告げる。
「ふぅ、邪魔者もいなくなったところで内容を詰めていくわよ、時雨、一刀、かごめ、月を守るために知恵を貸して」
「言われなくても」
「もちろん」
「わかった……」
「ねねも忘れてもらっては困るのです!」
ねねが怒りながら輪に加わり軍議は進んでいった。
◇◇◇◇
黄巾党討伐の日は思っていたより早くやってきた。それもこれも外戚達がまた干渉してきて急かしたからなのだが、それ以外にも各諸侯へ送った書状への了承の返事が早く来たことも関係している。
速かった理由としては黄巾党に悩まされていたのは少なくなかった為、元々討伐に出ようとしていた者も多数いたという事だ。
目の前に集結したその数を数えたところざっと3万に届くかどうかという所だろう。この数字は諸侯も兵力を温存しているからの少なさだろう。うちも人の事を責められない立場だから諦めるしかない。
こちらは俺、綾、かごめ、一刀が1000づつ、張遼が5000の騎馬、華雄が5000しか引き連れていない。
本当はもっと兵はいるのだが呂布が訓練している兵は有事の際の切り札として残してあるのだ。
総勢1万4千……厳しすぎる状況ではある。が、これも詠の指示である。集めた情報をもとに黄巾党の実力を推測した結果がこれなのだが、策を使えば簡単に片付きそうレベルなのだ。
「さて、布陣は出来たな。張遼殿は所定の場所に?」
「ああ、もう布陣し終えている。後は黄巾党のやつらを釣るだけだな」
「それは俺の部隊の役目だったな……」
「本当にやるの? 一番危ないじゃない」
心配そうに聞いてくる綾に大丈夫だと頷いて見せる。
「俺は時雨が一番適役だと思うんだけど」
「黙れ……一刀」
「え?」
ボソッと呟いた一刀はそれが聞きとがめられ、さらには恐ろしく冷たい声で返された事に驚き、その人物を見てさらに驚く。俺も勿論聞こえてはいたが、かごめは俺の事となると少しおかしくなるから俺はさして驚かなかった。
「かごめ、心配要らないから。なんなら俺一人でも大丈夫だしな」
「ん……わかった」
久々の戦場でピリピリしているかごめを宥めるが一刀を睨むのは一向に辞めない。遠くの子萌えが何かを感じ取ったのか一刀を思いっきり睨んでいたがこれは気にする必要はないだろう。
「私が行けばあんなやから物の数ではない! 私が行こう」
華雄殿は空気を読まないな……無視すればいいだけだから無視するけど。と思ったのだが無視できなかった人物もいた。
「それ……いい」
「コラコラ、華雄殿にはここにいてもらわないと。一番重要な役目で華雄殿にしか勤まらないのですから」
「む、そうか。そういうことならわかった。本当なら私の武を披露するところなんだが」
なんだかんだいいつつ俺の言葉に対して素直に従ってくれる華雄殿。あれから少しは学んだのかもしれない。
「それじゃあ俺は行って来るから。紀霊隊! 駆け足」
そういって一刀たちから遠ざかっていく、目指すは黄巾党がたむろっている場所だ。
「そういえばなぜ紀霊は全身鎧なのだ?」
遠ざかっていく時雨を見て最後に華雄がそうつぶやいた。
◇◇◇◇
黄巾党が見える位置に来て止まる。
「お前ら良く聞け! これから俺達はこれから囮になって奴らにケツをふらねばならん!」
静まり返る紀霊隊……というより戦場に来てからずっとこんな感じだ
「だからいつまでもウジウジされると鬱陶しい事この上ない、奴らが誘いに乗って来なかったらどうすんだ。第一お前らに俺は俺が殺すか寿命で死ぬまで死ぬなといったはずだが……ちゃんと覚えているのか?」
「もちろんです!」
誰よりも早く返事をするあっちゃん。慣れない喋り方をしたがどうやら意味があったらしく緊張は解けている様だ。
「ならば問おう! 何故そんなにも恐れている。敵はなんてことはないただの雑兵の群れ、俺が鍛えてきたお前らなぞに敵うはずもなかろう!」
言葉を聞いて少しずつ顔を上げ始める紀霊隊を見て追い打ちをかけていく。
「俺達が狩り取る命は俺達が願う平和を守るため! もし罪悪感があるなら己の力の糧とし、平和を掴み取って見せろ! いつまでも恐れている奴は俺がこの場で殺すぞ!」
言い終わる頃には全員が完全に俺を見据えてきてくれた。これでこそ紀霊隊だ、これでこそ俺が育てた奴らだ。
「怪我をしたら下がってもいい、今はただ俺に続け! 俺達の勝利のために!」
飛影に命じて黄巾党に突っ込んでいく。そしてそれに続きいて紀霊隊が突っ込んでいく。
嘲り、罵り始める黄巾党の強大な群れ。けれど寄せ集めの者たちに臆する理由は何もない。
「我が名は紀霊! 我を討ち取らんとする猛者はいないのか! それともただのクズしかいないのか? ただ怯えている腰抜けしかいないかっ!」
挑発に乗り黄巾党が俺めがけて襲ってくる。押し寄せる黄色い波は既に見慣れている。焦りはない、今あるのはただただ冷静で冷徹な己の意志だけ。
太刀と小刀が乱舞し血飛沫が舞い上がる……俺は強くなってる、前より確実に。
視界が前よりもずっと広く感じるし敵の動きが遅すぎる。紀霊隊の面々も良く見えるし俺がこの戦いで命を落とす可能性は低いだろう。
紀霊隊はどうやら教えておいた気が役に立っているらしく、皆それなりに奮闘している。まぁ調練の時よりも全然動きが鈍いが初めての実戦ではこんなものだろう。といっても妥協するつもりはないので叱咤する。
「どうした! 俺の紀霊隊はこんなものではないぞ!」
圧倒的な数を前に未だに動きがぎこちない味方を奮起させる。敵を釣るにはもうしばらく戦っていなくてはいけないのだから頑張ってもらわないといけない。
そうして一刻ほど戦って策通りに徐々に紀霊隊から負傷者が出始める。
「負傷したものは下がれ! まだ元気なものはそれを守りながら戦え!」
紀霊隊に命令を出すと同時に俺もわざと敵の攻撃を食らったフリをする。
「っくぅ!」
「き、紀霊隊長!」
演技だというのにあっちゃんが動揺している。思っていた以上に視野が狭まっているみたいだ、これは後で叱らないといけない。
「あっちゃん! 俺はそう簡単にくたばらない! だから動揺するな」
そういって戦場だというのに優しく笑いかける。すると安心したのか戦闘に戻ってゆく……とりあえずコレで一安心だろう。
敵を太刀で一刀両断しつつそろそろかなと思ったところで声をかける。
「ッチ、まずいな……敵が多すぎる。総員撤退! 撤退だ!」
微妙に棒読みだったり、殺しまくったりとバレそうなものだったけれど、調子に乗った馬鹿な黄巾党どもは簡単に追ってきた。
「全員遅れるな、遅れたものは帰ったらお仕置きする」
「っな、紀霊隊長のお仕置き!?」
なぜか俺の言葉に反応して鼻息を荒くするあっちゃん……一体どうしたんだ? 初めての戦場で体が火照っているのだろうか?
そんなあっちゃんを気にしながらも一刀たちのいる渓谷へと予定通り入っていった。
◇◇◇◇
所定の場所へ行くと一刀、華雄、かごめ、綾が待ち構えていた。
「無事に戻ってきたみたいだな」
「やっとか、私は待ちくたびれたぞ」
「時雨……元気?」
「なんかお腹すいてきた」
皆が思い思いに出迎えてくれる……綾のコメントに関しては詠がそういう風に仕組んだから仕方がない。お腹すかない限り頭使わないよなんて言わなければよかったな、ちょっとかわいそうだ。
「帰ってきて早速だけどもうすぐそこまで来てるから皆準備しろよ」
「わかっている!」
言うが早いか華雄はさっそく自分の部隊へと戻っていく。それに続いて綾、かごめ、一刀も戻っていく。
「さて、俺達も怪我は少ししたがまだ戦えるな?」
「「「おう!」」」
元気良く返事をしてくれる紀霊隊に思わず頬が緩みそうになったので……わざわざキリッと表情を作り直す。
「紀霊隊長が急にキリっとした……これは厳しい戦になるな」
なんだか勝手に誤解していくあっちゃん。間違えではないので訂正はしないがなんだか今日のあっちゃんは変だ。やはり初陣だからなのか?
疑問はとりあえず置いておき、目の前までやって来た黄巾党と対峙する。
「これより敵を蹂躙し、殲滅しつくす! 北郷隊、荀正隊、李福隊に後れを取るな、俺達が一番名を上げるぞ!」
檄に応じて紀霊隊から叫び声が上がってくる。それを見て満足しながら大丈夫だろうかと他の隊にも目をやる。
すると李福隊からこちらに負けじと咆哮が上がっているのが見えた……あいつら一体何してるんだと呆れながらも戦場でも変わらない姿に少し安心を覚えたのだった。
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■あとがき■
やっとストーリーが進んだ……。
でも編集が納得できなくて困った、時間が出来たらこの話もう少し編集しようかなーと考え中。
オリジナル作品の執筆に集中しすぎて恋姫の投稿時間が次の日に……ぬかったわ。
ダンジョン物がすべていけないんです。書くのが楽しいのがいけないんです。ああ……、書く時間がもっとほしいです。
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