No.469886

恋姫外伝~修羅と恋姫たち 十七の刻

南斗星さん

いつの時代も決して表に出ることなく

常に時代の影にいた

最強を誇る無手の武術『陸奥圓明流』

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2012-08-14 10:04:09 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:5229   閲覧ユーザー数:4771

【十七の刻 乱世の奸雄】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――時は後漢王朝末期、

約四百年の長きに渡りこの大陸を支配してきた漢王朝にも終息の時が訪れようとしていた。

この頃の王朝は宦官の専制政治による腐敗、それにより悪化する治安、民衆に課せられる重税、それにより賊徒と化す民達、さらには疫病や凶作といった天変地異が重なって罪なき民達の苦しみの声は大陸を覆い尽さんとしていた。

 

中平元年(184年)太平道の教祖・張角は各地の流民などを募り【黄巾賊】といわれる反乱軍を結成、『蒼天すでに死す、黄天まさに立つべし、歳は甲子、天下大吉(漢は既に命運は尽きており、漢に代わって太平道が甲子の年に王朝を起こす時である)』の理念の下に立ち上がった。これが怨嗟の声をあげていた各地の民たちに広がり大陸各地で黄巾の乱が勃発、瞬く間に巨大な勢力と化したのであった。

 

当初は漢を打倒し民達の為の新たな国作りを目指して結成された黄巾賊であったが、勢力が巨大化するに従いその理念は消えうせ各地の村々などを襲う巨大な暴徒の集団と化していった。すでに官軍の力ではこれを抑えることの出来なくなっていた王朝は帝の名の下、全国の諸侯に対し黄巾追討の命を下したのだった。

 

時は、さらに半年ほど進む……。

 

 

 

 

――予州沛国・陳留

 

二人の少年が馬を走らせていた。

整備された街道ではなく、獣が通うような山道を全力で駆け抜ける。

空は日が落ちかけ木々で覆われた山中はすでに黒く塗りつぶされ、すぐ側の足元すら影に覆われているのにである…。

時折藪へと突っ込み、生い茂った笹の葉などが皮膚を切る。

それでも少年達は馬の速度を緩めることなく駆け抜けていく。

 

ガサッ

 

そんな音と共に二人と二匹は藪から川沿いの街道へと抜ける。

するとそれまで顔を伏せるようにしながら無言で馬を走らせていた二人が同時に顔を上げ、互いに不満をぶつけ合うように口を開いた。

 

「おい仲権どこが近道だ!こんな道、獣も通らんぞ!余計に時がかかったわ。たまに貴様を信じればこのざまだ…二度とは貴様に乗せられぬぞ!!」

「何だと子和…元はと言えば貴様が出立の日時を忘れて眠こけてたせいだろうが!約束の刻限になっても来ぬから心配になって尋ねてみれば案の定…貴様なんぞと同行しようとした己が迂闊だったわ!!」

少年達は互いに罵ったかと思えば睨み合う、が互いに溜息をつくと正面に向き直り馬を走らすことに集中する。

「やめよう…今は互いに言い合ってる時ではない…」

「ち、今だけは同感だ、とにかく急ぐぞ!」

そう言うと互いに無言となりさらに馬の速度をあげんと手綱を扱くのだった。

 

 

二人の少年はこの陳留を治める刺史、曹孟徳の親族である。

少年の一人は、曹純 字を子和。

もう一人は名を、夏侯覇 字を仲権 と言う。

曹純は一族の党首たる曹操の従姉妹たる曹仁の腹違いの弟で、夏侯覇はやはり曹操の従姉妹の夏侯惇・夏侯淵の弟である。二人は同い年でありまた互いの姉同士が従姉妹でもあり主君でもある曹操に使えていることもあり、幼き頃より一緒に育てられていた。

そのため互いに本当の兄弟のように思っていたが、似通った性格の為かよく互いに罵ったりもした。だが本音は互いに信頼し合っているので喧嘩は表面上のことだけだったが。

 

もう随分な刻を全力で走らせている為か、互いの馬が限界に達しようかと言う時になって二人は陳留刺史・曹孟徳が治める城にと到達した。

しかしすでに陽は落ちとっくに城門が閉まっている刻限になってしまっていた。

「…どうしてくれる仲権…貴様のせいだぞ…。」

「何だと子和…元々貴様が日時を間違えるから…。」

互いに罵りあうも疲労もあってかいつもの元気がない。睨み合おうかと上げた視線と地面へと互いに落とし同時に溜息をついた時、城門の影から二人を呼ぶ声が聞こえてきた。

「まったくお前達は変らんな。互いにいい歳なのだから少しは大人になったらどうだ?」

そんな声と共に一人の女性が二人の前に現れた。

「「秋姉!」」

その人物を目にした二人はそれまでの疲労が嘘のように、女性へと駆け寄った。

「久しいな『功真(こうしん)』に『 ( らい)』元気だったか?」

「秋姉こそ変りないようで、春姉も元気?」

 

――功真…曹純の真名、雷…夏侯覇の真名である。

 

そして二人に真名を許されているこの女性…名を夏侯淵 字を妙才 そして真名を秋蘭。夏侯覇の姉であり曹純の従姉弟にあたる。一族の主たる曹操の側近中の側近であり、大陸随一の弓の名手でもある。

二人は理知的であり普段物静かなこの女性を大変好ており、曹純も夏侯覇と同じように姉と呼び慕っていた。

「それにしとも遅かったではないか…予定では今日の昼にはついているはずではなかったか?」

そう夏侯淵に問いかけられた二人は同時に相手を指差し「こいつが…」と互いに責を押し付けあった。

「わかったわかった…つまりいつもの事だな。まったく仕方ないやつらだ。」

憧れの女性に目を細めて呆れたような目で見られた二人は、顔を赤らめながら互いに肘で突きあう。

「子和如何してくれる?貴様のせいで秋姉に呆れられてしまったではないか…。」

「仲権…貴様こそ」

そう言って再び互いを責めだした二人に苦笑を漏らしながら、ふと思いついたように尋ねる夏侯淵。

「それにしてもお前達は未だに互いの『真名』を呼ばぬのだな。」

そう言われたとたんピタリと動きを止める二人。

「う、うう」「そ、それは…」

そう口篭るような声を漏らし、目を泳がせる二人。

「まあ二人の問題なのだから私からとやかくは言わぬが…幼き頃は真名で呼び合っていたのが急に字で呼び合ったら周りは変に思うからな…問題があるのなら早めに解決することだな」

そう言うと着いて来いと二人に声をかけ、城門の見張りの所に向かう夏侯淵。

「「…。」」二人は互いを気まずそうに見つめると、互いの馬を引き夏侯淵の後を追った。

(言えるわけないよなあ、互いに同じ人を好きになった恋敵だから決着つくまで、真名で呼ばないなんて…)

心の声を代弁するように深いため息を漏らした二人は、何も知らぬ渦中の想い人の後を追うのだった。

 

 

 

 

「ああそうそう、華琳様は特に何も仰せではなかったが、姉者が激怒していたからな。二人とも覚悟しておいた方がいいぞ。」

 

 

 

「「…え?」」

 

 

 

 

 

 

 

城の前で馬を降りる夏侯淵達。

すると城門の中からかなりの人々の話し声が漏れ聞こえてきた。

「…今日は一族の他に重臣たちも集まっているからな」

二人疑問に思っていたのが顔にでも出たのか、夏侯淵がそう呟くように言って来た。

 

夏侯淵に連れなわれて大広間へと行くと、そこには一族はもちろんなことかなりの数の陳留の重臣達も集まっていた。

二人してその光景に目を見張っていると、奥のほうから一人の女性が近づいてきた。

「おう!功真に雷、遅かったではないか」

「「春姉!!」」

 

――二人に春姉と言われたこの女性…名を夏侯惇、字を元譲、そして真名を春蘭と言う、夏侯覇のもう一人の姉である。

 

「まったくどこで道草を食っていたんだ?しかたないやつらだな」

腕を胸の前で組み、いかにも怒ってますとの姿勢を取る夏侯惇。

そんな姉の姿を見た二人は夏侯淵の時のように互いに非があると責め立てる。もっとも夏侯淵の時と違いその表情は必死そのものだったが。

「いやだって子和のやつが…」「あ、ずるいぞ元はと言えば仲権、貴様のせいではないか!」

またもや肘をぶつけ合う二人をみた夏侯惇は「うるさい!」との声と共に二人の頭に拳骨を落とした。

「ぐ、おう…い、痛い」「くっやっぱり春姉の拳はきつい」

「どちらのせいでもいいわ。まったく…あれほど今日は遅れるなと行っておいたのに」

そう言いながら二人を睨みつけていた夏侯惇だが、すぐにまあいいと頷いた。

「え?いいの」「いつもなら軽く5回は拳骨が飛んでくるのに…」

そう言いながらキョトンとする二人を軽く睨み返しながら、「今日はなにやら大切な発表があるらしいからな」と夏侯淵を伴い玉座の方へと行ってしまう。

するとそれを見計らっていたかのように、部屋の後ろからみごとな金髪をした小柄な少女が入ってきた。

「皆の者ご苦労である。今日態々集まって貰ったのは他でもない、皆もすでに聞いてのことと思うが、天子から直々にこの曹孟徳に命が下った…黄巾本隊の討伐である。」

玉座に着いた少女は左右に夏侯姉妹をはべらすようにすると、そう切り出した。

「我は勅命を奉じて黄巾賊を討つ!いまや国はやつらによって荒れ、民達の怨嗟の声は天にも届かんばかりである。よってこれを討ち大陸中に我が名を轟かせて見せようぞ!其の為にはお前達の力が必要だ、我に力を貸せ!我に続け!」

少女がそう言い放ち剣を頭上へと掲げると、一瞬の静寂の後部屋中の人々から喝采が挙がった。

 

 

――二人は周りの喧騒とは別にその少女…曹孟徳を見つめていた。

二人の姉達…夏侯姉妹や曹仁がこの少女の事をよく二人に話していた。三人とも誇らしげに、時には惚気ながら、嬉しそうに、照れくさそうに話していた。

二人も何度かこの少女に会ったこともある、その時の印象は『ちょっと意地悪で優しいお姉ちゃん』であった。

だが今の二人から見る少女はそのどれとも違った…二人はこの少女が怖かったのである。

見た目が怖いとか、表情が怖いとかではない…何かわからないが今日、少女を見た途端、恐怖を感じてしまった。何故か判らないが自身の本能が少女の何かが怖いと感じてしまったのである…。

「仲権…。」

「子和も、か…。」

掠れるように声をだす二人、そんな二人とは別に部屋の喧騒はますます大きくなっていくのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここに『乱世の奸雄』と呼ばれた三国志史上、もっとも偉大な英雄が立ち上がった。

 

曹孟徳…真名を華琳と呼ばれたまだ幼い様相を残した少女…

 

この少女との出会いは疾風に何をもたらすのであろうか…

 

修羅の道を歩む男と覇道を貫く少女…

 

二人の出会いの時は、刻一刻と迫っていた……。

 


 
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