No.469450

別の夜の、また別のお話

ストライクウィッチーズの需要無いカプ、ペリーヌとルッキーニの組み合わせです……。こちらは先にpxivで公開したものと同じものになります。今後は向こうで公開している他のものに修正を加えて投稿しようかなと考えております。

2012-08-13 09:59:31 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:598   閲覧ユーザー数:596

 
 

 誰もいない炊事場で、一人お湯を沸かす。静かな基地のなかで、ただ一つケトルがシュンシュンと音を立てている。ケトルのお湯が沸騰したところでポットとカップにお湯をそそぎ温度を上げる。それから、乾燥したカモミールの葉をひと匙ポットに入れて、熱湯をそそぎこむ。

 カモミールの残りが減ってきたなとペリーヌは思った。

 夜、眠れない時はカモミールをハーブティーにして飲むのがいいのだが、葉がなくなってしまえばそれもできなくなる。基地の中でハーブを栽培できればよいのだけれど。基地の中にハーブ園を作るわけにもいかないし、日々の仕事に追われているから、繊細なハーブに十分な世話をする時間も作れるとは思えない。今持っている分の葉がなくなったら、望みは薄いが市場に行って乾燥カモミールが売っていないか探してみよう。

 ポットの中身をじゅうぶんに蒸らすと、カモミールのいい香りがした。茶葉を取り出してカップと共にハーブティーを部屋に持って行く。

 夜のこの遅い時間に一人でハーブティーを淹れるのはなかなかいい気分だった。元々は寝付くことができないときに気を休める意味で始めた習慣だったのだけれど、気持ちが落ち着くようになってからは、夜更かしをして考え事ができる楽しさの方がまさっている。消灯時間を過ぎたあと仲間たちが眠っている姿を想像しながら、物音ひとつたてない基地のなかに彼女らの気配を感じて、外から入ってくる冷たい夜風にあたりながらハーブティーの香りを嗅ぐのは悪くない。一人だけ秘密の楽しみを持っているということにささやかな優越感があったり、夜中に寝ないで好きなことをやるのに子どもじみたいたずら心が沸き立ってくる。お茶のあと、すぐに安眠できるのもカモミールのいいところだ。

 それから、誰も起きてこない時間だから、人の目を気にしなくて済むのもいい。夜着のまま、ランプを一つ灯した部屋から鍵をかけずに出てきて、お茶を淹れに行って帰ってくることができるのは夜にお茶をする醍醐味でもある、とペリーヌは思わないでもない。

 鍵を開ける手間もなく部屋に帰れるのは便利だし新鮮だ。ペリーヌは片手にポットとティーカップを持って空いた方の手でドアノブに手をかける。

 ドアを開けて、部屋に入ったところで、ペリーヌは思わず声を上げてしまった。

「ひえっ!?」

 自分のベッドに、誰かが横たわっている。

 ランプの灯りの端で、その誰かの足が照らされて、足から上に光が届かない。一体誰が――、ペリーヌはおそるおそる横になっている誰かの顔をのぞきこんだ。

 その顔は小麦色に焼けていた。髪はつやつやした黒髪で、うしろに伸びた髪の毛を左右にまとめてある。ロマーニャ生まれ特有の、はっきりとした顔立ちは、フランチェスカ・ルッキーニ少尉のものだった。

「ル、ルッキーニさん?」

 ルッキーニはすやすや寝息を立てている。深い眠りに落ちているようで、そのまま朝まで起きそうにない。

「ちょっと、ルッキーニさん」

 ペリーヌがルッキーニの肩を揺する。

「……起きてくださいまし」

 ルッキーニが起きる気配はない。

「ちょっと、起きなさい!いったいどうしてこんなところで……。ルッキーニさん、ルッキーニさん!」

 肩からがくがくと首を揺すってもルッキーニは寝息一つ乱さない。

「もう……どうしろと言うんですの」

 ため息が出る。

「ん……シャーリー……」

 そのとき、ルッキーニが手を伸ばして、ベッドの上をさまよった。その手をペリーヌが捕まえて、もう一度振り動かそうとすると、ルッキーニの両腕は反対にペリーヌの体を捕まえて、ペリーヌにしがみついた。

「シャーリー……」

「私はシャーリーさんじゃありませんわ、離れてくださいまし!」

「あれ……?」

「起きなさい……っ!」

「シャーリー……どこ……?」

 ルッキーニの手がペリーヌの体中をまさぐる。

「あっ、ちょっと、どこを触っていますのっ!」

「あれ……?ない……シャーリー……?」

「こら、やめ……なさい、ルッキーニさん!」

「うう……ん……シャーリー、シャーリー……」

「私はシャーリーさんじゃありませんったら!」

「ないよ……シャーリー……。どこにいるの……」

「ちょっ……苦し……おやめなさい……って!」

 ペリーヌは力ずくで自分の体からルッキーニの腕を引きはがした。しかしそれでもルッキーニはペリーヌにすがりついてくる。眠って、うなされたまま。

「この……いい加減にしなさいなっ!」

 とうとう我慢の限界を越えて、ペリーヌの手がルッキーニの顔面を張った。

「うじゅ!」

「いい加減目が醒めまして……?」

「シャーリー……?」

「違います!」

「あれ……誰?」

「誰、じゃありませんわよ!ペリーヌです!ペリーヌ・H・クロステルマン!シャーリーさんじゃありませんわ!」

 ペリーヌは息巻いた。

「どういうつもりですの!こんな夜中に人の部屋に勝手に入りこんで!それに……、何が無いですってぇ!?」

「え……?」

「とぼけるんじゃありませんわ!いきなり人の体に抱きついて『無い……』だなんて!一体何が無いって言うんですの!」

「えっと……」

 ルッキーニの視線がペリーヌの顔から下に降りる。

「ムネ?」

「お黙りなさい!」

「だって」

「だってじゃありませんわ!まったく失礼な……!それで?どうしてこんな所にいるんですの、あなたは」

「えー……と。わかんない」

 ペリーヌは頭をかかえた。

「なんていい加減な……」

「だって、わかんないんだモン。夕方外に行くでしょ、木に登って寝るでしょ、それから……たぶんだけど、途中で目がさめてシャーリーの部屋に行こうとしたんだけど」

 そこから先は憶えていないのか、とペリーヌは思った。

「それで、気が付いたら私の部屋にいたという訳ですの?」

「たぶん」

 かかえた頭が重くなった。おそらくは、ペリーヌが部屋を出て炊事場でハーブティーを淹れているわずかな間に、ルッキーニが起きてきて寝ぼけたまま部屋に入って来たのだろう。鍵をかけずに出たのは失敗だった。不用心なのはわかっていたが。

「じゃあ、ここはペリーヌの部屋なの?」

「そうですわ、シャーリーさんはここにいませんわよ。わかったらさっさと出てお行きなさいな」

「でも眠いー。ねえペリーヌ、今日はここで寝ていい?」

「何を莫迦なことを言っていますの!早く出ていきなさい!」

「ケチぃー」

「ほらっ……早く!」

 ペリーヌはルッキーニの首根っこをひっつかんで無理矢理ドアへ引きずった。ルッキーニも抵抗したが、結局部屋からつまみ出されてしまった。

「ペリーヌのケチ!いじわる!」

 ドアの向こうからルッキーニが抗議する。

「お黙りなさい!皆さん眠っていますわ、静かに、さっさと!自分の部屋に帰りなさいな!」

 まったく、こんな夜更けに、とんだ騒ぎになった。

 ルッキーニはなおも廊下から不満を言っていたが、やがてチェッと舌打ちをするとペリーヌの部屋の前から去って行った。

 やっと静かになった部屋を見回して、ペリーヌは溜息をついた。せっかく淹れたハーブティーもぬるくなってしまった。ペリーヌはまた大きなため息をつく。ぬるくなったハーブティーを捨てて、また淹れなおそうか……そうするには残り少ない茶葉をまた使わないといけないし、時間も遅い。仕方なくペリーヌは我慢してぬるいカモミールティーを飲むことにした。冷えたカップにポットの中身を注いで、机の上に読みかけになっていた本を開く。本来なら、淹れたてのお茶を適度に温まったカップに注いで、静かに読書を楽しむつもりだったのに……。静かで、自由な時間は徹底的に邪魔されてしまったのだった。今日は、読書を短く切り上げて、すぐにでも眠ってしまおう。香りは落ちているものの、カモミールはペリーヌを安眠させてくれるだろうから……。

「……ペリーヌ」

 カップに一口つけたところで、ドアの向こうからまた声がした。

「ペリーヌ、起きてる?」

 ペリーヌは返事をしなかった。廊下から聞こえてくるのは今しがた追い出したばかりのルッキーニの声だ。まだ起きているのか……。さっさと眠ってくれたらよかったのに。

「ペリーヌ、起きてるでしょ?ねぇったら」

 ルッキーニは戸を叩き始めた。

「起きてよ、ねえ、ねえ。部屋に入れて」

 しつこい。しかも寝ているペリーヌを起こしてでも入ろうという魂胆だ。まったく今更何の用だろうか。ペリーヌは眉間に皺を寄せて、いやいやドアに近寄った。

「……何の用ですの。今何時を回っているかわかっていらっしゃって?」

「ペリーヌ……、あのね、シャーリーの部屋に行ったんだけどね、シャーリーがドアに鍵をかけてたの」

 まったく。ペリーヌは今夜何度目かわからない溜息を吐き出した。仕方なくドアを開けてやると、ルッキーニが目を潤ませて立っていた。

「締め出されましたのね」

「外で寝てると、ときどきそうなの。遅くまでシャーリーの部屋に行かないと、シャーリーはわたしが朝まで外にいるって思っちゃうから」

 あのねぇ、とペリーヌは眉間を押さえた。

「貴方ね、そういうことがあるから、夜はちゃんと部屋にいなさいって言われてるんでしょう。それで、どうするつもりですの?これからシャーリーさんを起こして部屋に入れてもらうつもり?」

「でも、シャーリーはもう寝てるから……」

「私のことは起こそうとしましたのに、ね」

 ペリーヌはそう皮肉たっぷりに言ったつもりだったが、ルッキーニには伝わらないようだった。ルッキーニは肩を落としたまま廊下に立ちつくしている。

「ねえペリーヌ、きょうはペリーヌの部屋にいていい?」

「……」

 ペリーヌは絶句した。どうしてこんなことに?自分が夜遅くまで起きていて、

不用心に鍵を閉め忘れたからだろうか。そうしなければペリーヌは今夜も一人自由な時間を味わえるはずだった。炊事場に行くとき、鍵を閉める手間を惜しまなければ……。しかし、仮に、もし鍵を閉めていたらどうだろうか。このルッキーニは、一晩中どこの部屋に入ることもできなくて、朝まで廊下をうろうろしていたかもしれない。

「……また外に出て木の上で眠ったらどうですの?」

 とはいえ、ペリーヌは自分の立場上そんなことをすすめるわけにもいかなかった。自分は軍にいる人間として、最低限の規律は守るべきだと思っているし、それ以上にペリーヌはガリア貴族の端くれとして、隊の仲間にだらしない生活をしろと言えことなんてできない。というより、そもそもの話、自分の仲間で年下のルッキーニに、野外で寝ろなんてことは普通の人ならば言わないだろう。当然のことだ。

「でもォ……」

 ルッキーニ本人も、外に出るのは嫌らしかった。普段から野宿に慣れているはずなのに。それなら、仕方がないか……とも思えなくないが、それでも他人を自分のベッドルームに入れるというのは、なかなかためらわれることだ。

 そのとき、部屋の窓の外から音が聞こえた。

「あら……、雨ですわね……」

 外にポツポツと聞こえた雨の音は、次第に強まっていった。

 ルッキーニはしおらしく、部屋の入り口に立っていた。仕方ない。今度は諦めの溜息を、ペリーヌは大きく吐き出した。

「仕方ありませんわね。お入りなさい。そのかわり大人しくしていないとまた追い出しますわ。いいこと?」

「いいの!?」

 ルッキーニの顔が明るくなる。

「大人しくすると約束すれば、ですわ」

「やった!」

「ちょっと、お待ちなさい!言ったそばから!」

 ルッキーニは部屋に駆け込むとペリーヌのベッドに飛び乗り靴を脱いだ。

「へへ、ありがと、ペリーヌ!」

「まったく、あなたって人は……!」

 もう一度溜息をついて、ペリーヌは本を広げてある机に戻った。

 ルッキーニはベッドの上で左右に転がっている。

「読書の邪魔ですわ、じっとしていなさい」

「ペリーヌはまだ寝ないの?」

 ペリーヌは答えなかった。

「ねえ、いつまで起きてるの?毎日夜更かししてるの?」

「……毎日ではありませんわ。時々、目が冴えるときだけ」

「眠れないの?」

「あなたがベッドを使ってるからですわ」

 むすっとして、ペリーヌは顔を背けた。

「そうじゃなくて、いつも眠れないの?」

「……」

「こんなに良いベッドなのに?シャーリーの部屋のより大きいよ?」

「それは関係ありませんわ」

 ペリーヌは本を閉じた。ルッキーニを部屋に入れるべきではなかった。今からでもシャーリーを起こして、ルッキーニを引き取ってもらおうか。ハーブティーもどうでもいい。これ以上部屋に居られるのなら、何もかも締め出してしまいたい。ペリーヌは立ちあがった。やっかい事はもう十分だ。

「ねえ、ペリーヌ」

 ルッキーニが起きだしてきて、ペリーヌの肩に手をかけた。裸足のままだった。

「わたしを部屋に入れたの、嫌だった?」

「別に、私は何とも思っていませんわ」

「わたしは、うれしかったよ」

 ペリーヌの目に、ルッキーニの瞳が映った。瞳はランプに照らされて青く黒く輝いていた。ペリーヌは、また椅子に腰を下ろした。

「少し前までは、」

 ペリーヌはルッキーニから目をそらしながら話はじめる。顔を見ながらだと耐えられそうになかったから。

「少し前までは眠れませんでしたわ。ルッキーニさんの言う通り」

 ルッキーニは何も言わなかった。

「慣れなかった……私がね」

「うん……」

 ルッキーニはペリーヌの傍らに立っていた。石畳に裸足で立っているのを見て、ペリーヌは自分の向かいの椅子をすすめた。

「でも、今は大丈夫だよね」

「そうね……今なら」

 雨の音は静まりはじめていた。ペリーヌは、頭の中にいろいろな風景が浮かんで通り過ぎていくのを感じた。自分の故郷、領地の人たち、それから仲間たち、坂本少佐、宮藤の顔……。

「ええ、きっと」

「うん」

 二人は、落ち着きを取り戻したように見えた。

「ねえペリーヌ、何飲んでたの?」

 ルッキーニが机の上のポットに気付いて言った。ポットは部屋と同じ温度になっている。それも仕方のないことかとペリーヌは思った。

「カモミールのハーブティーですわ。飲むとよく眠れましてよ」

 そう言ってペリーヌは、机を離れ戸棚を開けると、もう一つティーカップを取り出した。何もかも冷たくなっているから、それでいいだろう。それはそれで、気が楽なのものだから。ペリーヌはすっかり冷えてしまったハーブティーを半分ずつ、二つのカップに注ぎわけた。

「香りもなくなってしまいましたけど、これでよければ」

 ルッキーニは黙ってカップを受け取った。

「苦いね」

「冷めていますもの、仕方がありませんわ」

「そっか」

 お茶を飲み干すと、ルッキーニはそそくさとベッドに戻った。

「ね、ペリーヌ。こっちに来てもいいよ」

「それは私の、ベッドですわ」

 ペリーヌは失笑した。

「いいでしょ?」

「大人しくしてくれるなら、ですわ。約束できまして?」

 ルッキーニは黙ってベッドの右側を開けた。まったく、今夜は眠るのさえ一人ではいけないらしい。ペリーヌはまた小さく、溜息をついた。

 

 

「今度私の体を触ったら容赦しませんわよ」

「何のこと?ペリーヌなんて触るところないジャン」

「この……っ、ちょっと!近すぎるんじゃありませんの」

「仕方ないでしょ?狭いんだから」

「あなた、少しは遠慮なさいな」

「いいじゃん。ペリーヌも楽にすればいいのに」

「まったく、あなたって人は……」

「いいでしょ、きょうだけだから。じゃあ」

「仕方ありませんわね……いいこと?」

「おやすみ」

「おやすみなさいまし」

 

*おわり*

 
 

 
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