事象とは"必然"と"偶然"の二つによって起こる。しかし、時としてその事象が"必然"なのか、それとも"偶然"によるものなのかは解からない事がある。では、彼の場合はどうなのだろうか?
刹那side
……一体、何が起きたのだろうか。あの時ティエリアからの頼みで指定された宙域を調べていた時に俺の脳や全身に痛みが走り、そのまま突如として発生した空間の歪みの様なものに呑み込まれた筈だ。
今の俺は何処かに俯せになって倒れている状態だ。というのも、体の前面に圧力が掛かり、そして背中から重力を感じるからだ。全身の感覚から恐らく地球の様な重力が発生する場所にクアンタのコクピットから投げ出されて倒れているのだろう。
だがあの空間の歪みの先がどうなっているのかなど解かる筈も無い。『地球の様な』というのもあくまで喩えであり、もしかしたら地球とは別の惑星かもしれないし、もしかしたらコロニーか宇宙船の重力ブロックかもしれない。目が覚めたらそこは独房だったなど洒落にはならない。
事態を確認する為にも俺はゆっくりと自身の目蓋を開いていく。そして映し出された光景に――俺は言葉を失った。
「なっ……?!」
目の前に広がるのは木、木、木……。何本もの木が森の様に生い茂っている。地球の植物と大差は無い……いや、寧ろそのものと言って良い。左腕を動かしてパイロットスーツの手首に備え付けられた小型の計器を見ると酸素濃度も地球のそれと同じで、周囲に有害な物質が蔓延している気配もない。
俺はゆっくりと立ち上がると、ヘルメットのバイザーを上げて風が吹いてくる方向へ木々の間を縫う様に歩いて行った。
……俺は再び言葉を失っていた。生い茂る木々の間を抜けた先には、地球と同じ光景が広がっていたからだ。まず目に入るのは住宅街だ。建築様式は日本のものに近いが、何処か古めかしい印象を受ける。ここから周りの風景を確認して知ったが、この山のほぼ半分を囲む様に住宅街が並んでいる。どうやら此処は地球に違いないらしい。
しかし何時の間に俺は地球に降りていたのだろうか。気絶していた所為で記憶が曖昧だが大気圏に突入した様な憶えはない。ガンダムは単体で大気圏突入が可能とはいえ、実際にはGNフィールドの展開や地球の自転に弾き飛ばされないよう軌道修正が必要である。
「そうだ、クアンタは……!!」
クアンタの存在を完全に忘れたまま此処まで来てしまっていた。あれだけの巨大物が宇宙から落ちてきたのだ、騒ぎにならない方がおかしい。早く所在を確認して隠すなりしないと面倒な事になってしまう。俺は元来た道を走って戻って行くが、何時まで経ってもそれらしきものが見つからない。全長18mを超えるものだ、視界に入らない筈が無い。しかし現に見つからないのだ。
「どういう事だ……」
俺が離れている間に何者かが持ち去って行った?ありえない。ガンダムには生体認証システムが搭載されているし、この短時間で重機を用いて運ぶ事も不可能。MSを使ったにしても俺が気付かない訳が無い。
……そうだ、クアンタと俺自身にはELSが融合している。脳量子波を使えば互いの位置を確認出来る筈だ。早速俺は目を"虹色に輝かせながら"脳量子波を発して呼びかける。すると握り締めていた右手から脳量子波と温もりの様なものを感じた。
「これは……」
開いてみたそこには、一つペンダントがあった。翡翠色の刀身と青い柄の剣を模したペンダント。クアンタのGNソードⅤを彷彿とさせるが、俺はこの様なものを身に着けていた憶えもましてや手に入れた憶えも無い。だがこのペンダントから間違いなく脳量子波が放たれており、何処か懐かしさも感じられた。そして無意識のうちに俺はその正体と思われる名を零していた。
「クアンタ…なのか……?」
『御目覚めですか、マイスター刹那』
「っ!?」
突如としてペンダントから放たれた声に驚き一瞬ペンダントを落としそうになるがなんとか持ちこたえる。
「……まさか、本当にクアンタなのか?」
『その質問に答えるのなら"YES"と答えましょう。私は間違いなくマイスター刹那の愛機のクアンタであり、そうでもあったもの』
「どういう訳だ。説明しろ」
何故クアンタがこの様な姿になっている?そして『そうでもあった』とはどういう事だ?クアンタが説明を始めようとした瞬間、目の前にディスプレイが投映され、そこに映っていたのはティエリアだった。
『無事か、刹那?!』
「ティエリアか。無事ではあるが…少々面な事になった」
『Ms...いえ、普通にマイスターティエリアと御呼び致しましょうか。この姿では初めまして、マイスター刹那の愛機であるクアンタです』
『なんか今非常にGNビッグキャノンを最大出力で撃ちたくなったが…ペンダントが喋っただと……?それにそれが『クアンタ』というのは……』
『それを今マイスター刹那にも説明しようとしていたところです。丁度いいので一緒に説明する事にしましょう』
"Ms"とは女性に付ける敬称の筈だ。確かにティエリアは男か女か分かり辛い顔をしているが……イノベイドに性別はなかったと思う。
『君までそんな風に思っていたとはな……。一応言っておくが、僕は"男"として創られている』
そうなのか。
『まずは何故私が、マイスター刹那の愛機である『クアンタ』がこの様な姿になっているのか。マイスター刹那に話した"そうでもあった"理由についてお話しましょう。今の私はMSではなく、『IS(アイエス)』なのです』
説明を始めたクアンタが最初に放った言葉に、俺とティエリアは疑問符を浮かべる。
「『『IS』』?」
『正式名称を『Infinite Stratos』……。『IS』というのはその略称であり、パワードスーツの一種であるそれ以外の事は解かりません。現時点で解かっているのは私がその『IS』である事、私の各種構造・スペックデータ、そして此処が"マイスター刹那達のとは異なる地球である"事のみで、何故この様な状況に陥った理由までは解からないのです』
クアンタから次々と告げられた内容に俺達は驚愕せざるを得なかった。クアンタが『IS』なるものに変化した理由は結局解からず、ましてや此処が俺達が生きていた地球でないと告げられたのだ。驚かない方がおかしい。
『マイスターティエリア。貴方に確認しますが、貴方は私に搭載されているヴェーダのターミナルユニットを介して通信をしていますね?』
『あ、ああ。君達の反応が何処からも拾えない為にそうしたが……』
『私達の反応が拾えないのは仕方ありません。たった今、この付近を通過した気象衛星から地表に送られたデータを傍受しましたが、現在の時間は20XX年X月X日なのです』
「『なっ……?!』」
俺達が生きていた時代よりも300年以上も前だと?!まさか時間を跳躍したというのか?!
『同時にそのデータからこの周辺の地形や位置データも得ましたが、ヴェーダのデータバンクの中にはどの時代に於いてもその様な場所が存在しないのです』
『……それが、そこが"別の地球"たる理由か。まるで並行世界だな』
『その認識で間違っていないと思います』
……なんという事だ。地球外異性体とのコンタクトとはまた異なったあまりにもスケールの大きな話に思考を停止しかねん。
『ではクアンタ。何故君は自我を持っている?』
ティエリアが問う。そうだ、それではクアンタが自我を持つ理由にはならない。元来クアンタにAIは搭載されていない。
『それについては私の憶測も含まれますが、私自身は機体と融合していたELSの意識と太陽炉の個性が統合されて生まれたものだと思われます』
ELSは個々の自意識を持たず、脳量子波のネットワークで記憶と意識を共有している。また太陽炉には個性と太陽炉同士の相性の様なものが存在していると以前イアンから聞いた覚えがある。クアンタに搭載された二基の太陽炉は両方を同調させた状態での運用を前提に作られている筈だ。
「クアンタに同化していたELSという名の『脳』に太陽炉の個性が与えられ『自我』が芽生えたとでもいうのか?」
『恐らくは。伝えておきますが、私と融合していたELSは無事です。マイスター刹那と融合しているELSも同様ですが、どちらも少し混乱しています』
そればかりは仕方ない。俺自身も未だ混乱から脱け出せていないのだ。脳量子波で言い聞かせる他ないだろう。
『確認しよう。クアンタは現在『IS』と呼称されるパワードスーツであり、自身のスペックなどに関する事以外は一切不明。刹那達が今いるそこは僕達の地球とは異なる、並行世界の地球である』
『インターネットが使える環境があればそこから得た情報をターミナルユニットを介してそちらに送る事も出来ます。私に関するデータを同時に送るとしましょう』
「そうだな。目下の目的は情報の収集と整理だ。街に降りる必要がある」
『ではクアンタ。まずは君のデータを此方に送ってくれ。急いで解析する。刹那は後でクアンタと共に情報収集を』
「『了解』」
『……ところで、その格好でどうやって街に降りるつもりなのですか?』
「『あっ……』」
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第一話。導入編。