■閑話 あっちゃんの日常
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薄暗い空に微かな光が溢れだす、そんな早朝に紀霊隊の副官であるあっちゃんは1人家で修練を重ねる。
ゆっくりとした呼吸を意識し、体内の気の巡りを感じ取る。紀霊隊長から習って毎朝同じことを繰り返し続けている。もちろんそれには理由がある。
紀霊隊での暗黙の了解は『ただ強くあれ』……紀霊隊長の言葉を実践するだけの、期待を裏切らないだけの強さが紀霊隊には必要だと初めの挨拶、鍛錬で皆心に刻んでいる。
そしてその部隊を引っ張る隊長は私達よりも鍛錬する時間が短いながらも私達を上回る速度で成長しているのは日々の鍛錬でよく分からされる。それに置いて行かれないためには一日一日個人でも濃密な修練を重ねなければならないのだ。
現状、紀霊隊の中で確かに私は実力一つ抜きんでているがそれも何時までもつかわからない、何せ他のメンバーも同じような事をしているのだから。けれど任されたからには容易く負かされる気は無い。
紀霊隊長のあの圧倒的な強さ、豊富な知識、強靭な精神、それに反して瞳に時折浮かべる悲しみの色、すべてが紀霊隊の面々を魅了してやまない。そんな人の傍で副官として勤める事がどれほどの幸運か私はちゃんと理解している。
だから今日も誰よりも早く準備を追え、誰よりも多く訓練するために家を出て演習場を目指す。
途中露店でりんごを買って朝食を軽く済まし、歩きながら再度気を循環させていく。気の量というのはどうやら循環させ、丹田に留める様にイメージしていくことで増えていくらしい。
歩きながら集中するというのはなかなか難しいものがある。紀霊隊長はすでに意識せずに常に循環させ留めることが出来るらしく、慣れれば簡単と隊長は言っていたけれど。修練するたびに自分との差を思い知らされる。
簡単なんて次元ではない、かなり難しい。隊長は難しいのは最初だけだといっていたけれど全くそんなことは無い。隊長の感覚はどうやら常人のそれではなく特別なものだと今では理解しているけれど、それが理解できるまでは自分に才能がないのだと悩んだものだった。
第一気の循環をさせると必ず次の日は必ず筋肉痛になる。気の循環で使っていない筋肉なども刺激され、ずっと続ければ様々な筋肉が酷使された状態になるのだ。慣れてくれば筋肉痛どころ体が軽くなる感覚を得ることが出来るが、気での身体強化は効果はほんの少ししか感じられない。
気の量を地道に増やしていって体を補強する強度を増やせばそれで解決なのだろうけど、そこまで出来るのにどれほどの時間がかかるかわからない。
幸いにして私や紀霊隊の面々は才能がある。何故紀霊隊にだけ才能があるのかは謎だがそれもこれも紀霊隊長が何かしているのだろう。
何故そんなことがわかるのかと言われれば他の隊の者に気に関して質問され、紀霊隊長と同じように教えたものの、彼らが気を把握することは結局出来なかった。
私は記憶力がいいと自負している。だから手順自体に間違いは無いだろう、なら何が違うのか? 紀霊隊長が教えているかどうかではないだろうかと私は思うのだ。
紀霊隊長から稽古をつけてもらう時いつもよりも体に技術が身につくのが早いと実感できているのがそう推論させるのだ。
それにしても訓練時の厳しい紀霊隊長にはいつもドキドキさせられる。これが何かはわからないが優しくされた時よりも心臓が高鳴っているのは確かだ。
正直もっと厳しくしてもらいたいと思ってしまう時もある。もしかしたらこれも原因のいったんではないかと思ったのだけれど他の人はそうではないらしく、これは私だけが感じていることらしい。
あれこれと考え、時には集中しならがらも通いなれた道である、何の問題も無く演習場に到着する。
演習場についた後は武器を借りての修練。紀霊隊は基本的に全ての武器を扱わされ、その中で一番得意な武器を中心に鍛えていく。
これは何でもさせようとする紀霊隊長の方針なのだが皆これは無理だろと日ごろ考えながら行っている。
実際紀霊隊長はすべての武器を満遍なく使えるし、かなりの腕だとも思われる。けれど私達は紀霊隊長ほど才能が無いのだ。あれもこれもとやっていれば得意な武器がおろそかになってしまう。もし要求どおりにやろうとすればそれこそ地獄のような特訓をしなければならなくなってしまう。
今以上の訓練となるとやはり皆ついていけそうに無い。私は別として。
まずは槍を手にとって突きの動作を反復練習しながら使用武器の説明をしているときの言葉を思い出す。
「武器は消耗品だ。自分の武器を持つのもいいが戦場でそれが壊れて他の武器が使えないじゃ話にならん。だからお前達には何でも使えるようになってもらう」
これを聞いて最初は槍・弓・剣の練習ぐらいだろうと思っていたのだが、暗器・長刀・戦斧の練習までさせられているのだからたまったものではない。
最初は不満だらけの面々だったが実際紀霊隊長が全ての武器を使って皆を圧倒した後は素直に従った。あれは不満を溜め込んだだけなのだが紀霊隊長は何故かそこまで気が回わらないらしい。噂ではあまり人付き合いが得意ではないとか
周りの女の方を転がすのは得意で気遣いが苦手とはどういう了見だとも思いはするが、それも副官たる私が何とかすればいい話だ。
考えながら一通りの武器の訓練を終えてタオルで汗を拭き、水分補給した後は演習場の外周を走り出す。
一人で朝の冷たい風に吹かれながら汗を流したかったのだけれど、いらぬ邪魔者が着てしまったようだと隣に視線を向ける。
そこには仏頂面で併走する李福隊副官の子萌えが居た。
「なんで隣を走ってるんですか」
この間の戦いから異常に仲の悪い隊の副官同士で併走など傍から見れば可笑しい事この上ないだろう。
「そんなの私の勝手ではありませんか」
確かにそのとおりではあるがわざわざ隣に並ぶこともあるまいにと思いながら睨み付けるも平然と併走を続ける。
ため息を吐きつつ視線を前に戻して走っていく。
「紀霊隊長にちょっかいを出すのを辞めて下さい。李福様のご尊顔が悲しみで満ちるのは見ていて耐えられません」
子萌えの意味のわからない一方的な言葉をハッと鼻で笑い飛ばす。
「李福隊長が悲しんでいるのは貴方方が不甲斐ないせいではないのですか?」
その言葉に反応して青筋を立てて眉をひくつかせ、明らかに怒り狂っている子萌えが同じように急に立ち止まり、演習場に落ちている石を拾い。思い切りあっちゃんに投げつける。
それを軽くよけて睨み付けるも気にせず子萌えは次々に石を投擲してくる。それに対抗してこちらも全力で石を投擲する。
二人で石を投げ合いながら互いに罵詈雑言を言い合う。
いくばくかそうやって続けいき、当たりに石が無くなった所で場所を変えることを互いに提案し、了承して今度は剣を構えて斬り合いをはじめる。
実はこれもいつものやり取りである。石を投擲したのは今日が始めてだけれど子萌えが難癖をつけてあっちゃんが相手をするというのは日常となっている。
以前までは圧勝していたあっちゃんだけれどあの戦いを経てからというもの、子萌えが異常なほど粘るようになってきている為勝負自体は存外拮抗している。
「相変わらず粘るだけしか取り柄が無いな」
あっちゃんが辛らつな言葉をかけるのに対して子萌えは笑みを浮かべるだけに留める。
いつもなら文句を言い返してきてしかるべきだが何故か今日に限って言ってこない。何故だと思っていて気づいた。手がすべるのだ。
おそらく剣の柄に何か塗っていたのだろう。これを走りこみの前に仕込んで勝負を仕掛けてきたと見える。卑怯なやつだとは思わない、戦いはいつも非常なのだ。
剣を取り落とさないよう注意しながら剣を振い、ハンデがありながらも互角に戦っていく。
けれど子萌えの策が実を結び、ついにあっちゃんの手から剣が飛んでいく。二人で剣のトンで行った先を見るとそこにはちょうどやってきた紀霊隊長と賈駆様が立っていた。
「危ない! 紀霊隊長!」
と叫びを上げたけれど遅すぎた。こちらに振り向いていない紀霊に向かって突き進んでいく剣。けれど予想してた悲劇は起こらず、片手で紀霊がその剣をとめてみせる。
どこかホッとしながらも自分のしでかした事の重大さに気づき、慌てて近寄る。
「あっちゃん剣は無暗に投げる物じゃない、戦場では命取りだから気を付けろ。それから」
「たたた、隊長! すみません、ほんとにすみません。まさか私の剣がすっぽ抜けるなんて思わなくて! その、あの、首を切るのは甘んじて受けますから嫌わないでください!」
慌てすぎて紀霊隊長の言葉を遮ってしまったけれど、謝罪の意を表さなければどうなってしまうかわからない。最悪副官解任、打ち首なんてことも十分にありえる。何せ事故とはいえ隊長を命の危険にさらしてしまったのだから
だというのに注意されていることに対して何処か心地よさを感じてしまっている自分が恐ろしくなりながらも頭を下げ続ける。
「怒ってないから大丈夫だよ。ちゃんと気をつけろよ、俺じゃなかったら危なかったしな」
なんという度量だろうかと感激しつつ慌てて返事を返して逃げるようにその場を去ろうとする。もうこの場にいるだけで遣る瀬無いのだ。
「あ、待って。頼みたいことがあるから」
だというのにそんなことを気にせず声をかけてくる紀霊に対して相変わらず雰囲気が読めない方だと少し笑い、ほんの少しばかり気持ちに余裕が出来る。といったところで未だ緊張しているのには変わりない。
「な、なんなりと!」
裏返った声で返事をして直立不動で次の言葉を待ちわびる。
「これから雨が降るはずだから、この前一刀と考えたやつがあるんだけど、浄化槽とその水の貯水のために作った桶、これから試してみてくれない? 俺はやることがあるから」
放たれた言葉を吟味して首をかしげる。
「あ、雨ですか? 晴れてるようですが」
と咄嗟に口に出してしまって慌てて紀霊を見てみると、特に口答えを気にした様子は無く淡々と理由を説明してくれる。
そういうことならと請負、子萌えの元へと走っていく。こんなことになったのも全部やつのせいだ。新しい剣で伸した後に一刀様の元へ行こう決意する。
当然紀霊がいなくなった後石を投げあったり斬り合ったりと続いたが程なくしてあっちゃんの勝利で決着がつき、2人で一刀のところに向かった。
紀霊と一刀が考案した浄化槽と桶というのは演習場の隅を勝手に改造したものだった。こんなの作って何が変わるんだろうかとも思ったが、一刀様が言うには何でも清潔な水が出来るとか何とか、説明されたところで良くわからなかった為演習場に来ていた部下と共に全て指示通りにこなしていく。
かなり隅っこのほうで一本線引かれている場所を徐々に深くする為、斜めに掘っていき。そこに紀霊隊長がいつの間にか準備したらしい砂利や大きめの石をつめていき、最後のほうに大きな桶をセットする。
最後に布をかぶせ、最初の場所からしか水が入らないように工夫して完成する。
しばらくすると本当に雨が降り始め、最初の穴から水がどんどん流れ込んでいく。これをしばらく放置しておけば結果がわかるというので各自解散し、雨が上がったころに再度集合することになった。
結果を見るときは紀霊隊長も帰ってきていたので結果を見て一刀様とあーでもないこーでもないと議論を交わし始める。
他の面々は純粋に驚き、普通ならにごってしかるべきの水の透明度の高さに興奮で叫びを上げる。
まだ満足していない紀霊隊長と一刀様は結局紀霊隊長が政務に戻るまで議論しあっていた。これだけきれいな水があるのだから十分ではないのだろうかと思ったのだけれど、隊長達が言うにはもっと透明度が上がるはずだとか
もしそうならきれいな水を飲めることに喜びを隠し切れない。量は少ないがこれは仕方ないとあきらめよう。
本当にこの方の下についていると飽きることが無い。これからも頑張って行こう再度決意する。
その決意に水を差すようにこんなことをよりもっと李福様を構えと言う子萌えのつぶやきにその後紀霊隊と李福隊で演習というなの喧嘩に発展したのは言うまでも無いだろう。
◇◇◇◇
「どうしたんだかごめ? 李福隊の訓練で何かいやなことでもあったのか?」
各自隊の訓練中にかごめが訪ねて来たので隊で問題があったのだろうかと思いたずねてみたのだけれどフルフルと首を振り否定の意を表すかごめ。
「じゃあどうしたんだ?」
「これで…いい…のか、不安」
なるほど、訓練がちゃんと出来てるかどうかが不安というわけだ。確かにかごめは幼いし、魏で訓練を見ていた一刀や能天気な綾とは違って不安になってしまうのは仕方ないだろう。
けれどその分子萌えがちゃんと補佐してくれているはずなんだけれど、と疑問に思いながらも訓練風景を見に訪問してみると
「お前らの李福様への気持ちの分だけ腕立てをしろ!」
馬鹿な発言で限界までがんばる李福隊の面々がその場にいた。
これは不安に思っても仕方が無いなと思いつつしばらく様子を見てから子萌えに話しかけ、もうちょっとまともに出来ないかと提案したのだけれど
「萌えを否定するのですか!」と激怒され、取り合ってもらえず。とりあえずきちんと訓練していることは確認できたのでかごめに心配ないから命令してなと言い残し自分の隊へと戻っていった。
その後かごめの不安そうな顔は晴れ、子萌えは紀霊にかまってもらえたから喜んだんだとますます勘違いを深めたとか。
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■あとがき■
お久しぶりです。更新遅くて申し訳ない限りですが
今月はお休み自体少ないし、時間があまり取れないので勘弁です。
当たり前のようにストーリーが全く進んでませんがもうしばらくこんな感じです。
無駄話の多さが目立ちますが許してやってください。
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編集して再投稿している為以前と内容が違う場合がありますのでご了承お願いします