~霧降り峡谷・北西部・最奥頂上~
「やった……!」
「ええ……!」
ゴスペルが壊れるのを見たエステルとリタは明るい表情をした。
「うむ!この我がいるのだ!当然の結果だな!」
「よかった~!もう、これで戦わなくてもいいんだよね!?」
「うん……!本当によかった………!」
「………………………」
一方アムドシアスは胸を張り、ミントとツーヤは”竜化”を解いて安堵の溜息を吐き、カファルーは竜を一瞥した後、エステルが装着している腕輪に戻った。 そしてエステル達はアガットに駆け寄った。
「アガットさん……凄いです!」
「見事な一撃でしたよ。」
「ヘヘヘ……。竜も何とか倒せたし、一件落着といった所か―――」
ティータとリタの賞賛を聞いたアガットが安堵の溜息を吐いたその時
(…………見事だ………………)
突然、エステルに念話が届いた。
「え……」
「い、今の声は……」
「どこから聞こえてきた!?」
突然の念話にエステルとティータは驚き、アガットは周囲を見回した。
「………まさか。」
「えっと、もしかして………」
「あの竜から………ですか………?」
一方リタとミント、ツーヤは竜を見た。すると竜はゆっくりと起き上がった!
(見事だ……人の子……そして異界の者達よ。我が名は”レグナート”。この地に眠る竜の眷族(けんぞく)だ。)
「あ……」
「これは……お前が喋っているのか!?」
竜――レグナートの念話にエステルは呆け、アガットは驚いた表情で尋ねた。
(私は、おぬしらのような発声器官を持っていない。故に『念話』という形で語らせてもらっている。おぬしらはそのまま声に出して語りかけるがいい。)
「そ、そうか……」
「ふえぇ~……」
「ミント達とはまた違う竜なんだね………」
「うん、そうだね。」
レグナートの説明にアガットは戸惑いながら頷き、ティータは呆けた声を出し、 ミントは首を傾げて呟き、ツーヤはミントの言葉に頷いた。
「こ、言葉が通じるのなら確認したいんだけど……。もう、あたしたちと戦うつもりはないのよね?」
(うむ、あの機(はたらき)に操られていただけだからな。よくぞこの身を戒めから解き放ってくれた。礼を言わせてもらうぞ。)
「あはは……ど、どういたしまして。」
レグナートにお礼にエステルは苦笑しながら受け取った。
「フン……礼はいい。俺たちがここまで来たのはてめぇを解放するためじゃねえ。これ以上の被害を防ぐためだ。」
(私が被害を与えてしまった街や村の事だな……。意志を奪われていたとはいえ、確かに私にも責任があるだろう。さて……どう償ったものか。)
「ま、まあ、悪いのは”結社”の連中なんだし……。ケガ人は出ちゃったけど、亡くなった人もいなかったし……。誠意さえ伝われば許してもらえると思うわよ?」
「そうだよ~!レグナートさんが悪いわけじゃ、ないよ!」
アガットの言葉を聞いて考え込んでいるレグナートにエステルとミントは慰めの言葉を言った。
(ふむ、誠意か……。このような物で伝わるか自信はないのだが……。人の子よ、もう少しこちらに近付いてはもらえまいか?)
「う、うん?別にいいけど……」
「……ったく、何だってんだ。」
そしてレグナートのはエステル達に念話である事を伝え、レグナートの念話に首を傾げたエステル達はレグナートに少しだけ近づいた。すると大きな金色の結晶がエステルとアガットの手に現れた。
「な……」
「わぁ……!」
「ほう………これが七耀石の結晶とやらか。うむ、そこらの宝石に負けぬほど美しく、輝いておる!」
突然現れた金色の結晶にアガットは驚き、ティータは目を輝かせ、アムドシアスは興味深い視線で結晶を見た。
「金色の輝き……。空の力を秘めた金耀石(コルティア)の結晶ですね。」
「……確かプリネちゃんから聞いた話だと、金色の結晶が一番価値があるんだよね?」
「うん、そうだよ!金色の七曜石が一番高価なんだよ!」
ツーヤは結晶の説明をし、リタはプリネから教えられた知識から思い出して呟き、リタの言葉にミントは頷いて答えた。
(私が付けた爪痕の償いだ。どうか、おぬしらの手から街と村の長に渡してもらえぬか?)
「な、なるほど……。うん、そういう事なら―――」
「―――駄目だな」
レグナートの頼みにエステルは頷こうとしたが、アガットは断った。
「ちょ、ちょっと!?」
「アガットさん……」
(ふむ、やはり物では誠意は伝わらぬという事か?)
アガットの言葉にエステルは驚いた後ジト目でアガットを睨み、ティータは心配そうな表情で見て、レグナートは静かな様子でアガットを見た。
「そういう意味じゃねえ。この大きさだと………1つ、1千万ミラといった所か。1万分の1でいい。これと同じ結晶を寄越しな。」
「へ………?」
アガットの提案にエステルは首を傾げた。
「犯罪でも絡まない限り、遊撃士を雇うのは有料でな。品物の運搬料だったら1000ミラ貰えりゃ充分だ。それさえ払えば引き受けてやるよ。」
「あ……」
「まったくもう……。素直じゃないんだから。」
(ふむ、そういう事か。それでは受け取るがいい。)
アガットの言葉にティータは安心し、エステルは呆れながら安堵の溜息を吐き、レグナートは頷いた後、アガットの手に小さな金色の結晶を出した。
「よし……契約成立だな。この2つは、責任をもって村長と市長に届けてやるぜ」
(うむ、頼んだぞ。ふふ……しかし、先ほどの一撃は中々だったぞ。銀の剣士と戦っていた時は何とも頼りなかったが……。一皮剥けたようではないか。)
「なっ……」
「 廃坑の事を覚えているんですか?」
レグナートの念話を聞いたアガットは驚き、ツーヤは尋ねた。
(操られてはいたが、意識は残っていたからな。小さき娘よ。おぬしの勇気と健気さにはなかなか感服させられた。ふふ……だから人間というのは面白い。)
「あ、あう……」
「あはは、意外とお茶目な所があるじゃない。」
レグナートの念話にティータは照れ、エステルは苦笑した。
(ふむ、そしておぬしは……。なるほど、道理で覚えのある匂いがするわけだ。”剣聖”の娘だな?)
「へ……!?」
「おいおい、どうしてオッサンを知ってやがる!?」
レグナートの念話を聞いたエステルはレグナートがカシウスを知っている事に驚き、アガットは驚きながら尋ねた。
(20年前、眠りにつく時、最後に会った人間の1人だ。剣の道を極めると言って無謀にも挑んできたのだが……。いまだ壮健でいるのか?)
「う、うん……。ピンピンしてるけど。……まさか竜とまで知り合いとは思わなかったわ。」
レグナートに尋ねられたエステルは頷いた後、呆れた表情で溜息を吐いた。
「わあ………お祖父ちゃんって、こんな大きな竜さんとも知り合いだったんだ!」
一方ミントははしゃいだ。
(フム…………それにしても、まさか我以外の”竜”達がいるとは思わなかったぞ………それも我とは異なった”竜”のようだな………人の子と”絆”を結ぶ竜等……今まで聞いた事がない。)
「………どうやら、あたし達の方が”竜”として、変わった存在のようだね、ミントちゃん。」
「う~ん………竜はみんな、ミント達みたいなのばっかりと思っていたんだけどな………」
レグナートの念話を聞いたツーヤはミントを見て言い、ミントは首を傾げながら言った。
(フフ……お前達のブレス………中々の威力だったぞ。100年も生きていない竜のブレスとは思えないほど、見事な威力だったぞ……)
「あ、あはは…………」
「す、すみません………」
レグナートの賞賛にミントは苦笑し、ツーヤは申し訳なさそうな表情で謝った。
(何、気にするな。…………それより我が眠りについている間に、世界は随分変わったようだな………)
そしてレグナートはアムドシアスとリタを見た。
「我はアムドシアス!ソロモンの一柱にして、美と芸術を愛する魔神ぞ!」
「冥き途の見習い門番、リタ・セミフ。お見知りおきを。」
見られたアムドシアスは高々と言い、リタは会釈をした。
(ほう………異界では、ソロモンの悪魔が現存しているとはな……それも人の子達に力を貸しているとは…………そしてそこの娘。お主からは命の息吹が感じられん………そしてその”魔槍”……普通ならそのような魔槍、手にした瞬間に正気を失ってもおかしくないのに、お主は理性を持っているようだな………)
レグナートはアムドシアスを見た後、リタを見て念話を送った。
「フフ。ある方達に救ってもらいましたから、今の私がいるんです。」
レグナートに見られたリタは可愛らしく微笑んで答えた。
「あ、そういえば……。ねえ、”レグナート”。ちょっと聞いてもいいかな?」
そしてエステルはある事を思い出し、レグナートに尋ねた。
(ふむ、なんだ?)
「あなたに”ゴスペル”を付けたのは、あのレーヴェっていう男なのよね?”実験”とか言ってたけど……一体、何の実験だったか分かる?」
(ふむ……誤解を解いておくが。漆黒の機(はたらき)を私に付けたのは、あの銀の剣士ではない。『教授』と呼ばれていた得体の知れぬ力を持つ男だ。)
「ええっ!?」
「なんだと……!?」
レグナートの説明を聞いたエステル達は驚いた。
(銀の剣士は、『教授』の供としてここに現れた。そして私が暴走してからは、被害が大きくなりすぎぬよう様々な手を尽くしたのだ。彼が暴走を押さえなければ私は街や村を破壊し尽くすまで止まらなかったに違いない。)
「う、うそ……」
(もしかして……火事の時、先生やミント達を助けてくれたのは……あの人なのかな?)
(……かもしれないね。先生の話でも、助けてくれたのは”銀髪の青年”って言ってたし……)
「野郎……どういうつもりだ。」
レグナートの念話を聞いたエステルは信じられない表情をし、ミントはある事を思い出してツーヤと小声で会話をし、アガットはこの場にいないレーヴェの真意がわからず、考え込んだ。
(そして、『教授』の目的はただ1つ。あの機(はたらき)が私に効くかどうかを見て完成度を確かめたかったのだろう。”輝く環”の”福音”としてな。)
「な……!?」
「か、”輝く環”!?」
「ちょ、ちょっと待って!もしかして”輝く環”がどういう物か知ってるの!?」
レグナートの念話を聞いたアガットとティータは驚き、エステルは血相を変えて尋ねた。、
(………………………………。それは、何処にもないが遍(あまね)く存在しているものだ。無限の力と叡智と共に絶望を与える存在でもある。それを前に出した時……人は答えを出さなくてはならぬ。)
「へ……」
「フム……どういう意味なのだ?」
レグナートの意味ありげな念話にエステルは首を傾げ、アムドシアスは尋ねたが
(私から言えるのはここまでだ。これ以上の関与は古の盟約により禁じられている。おぬしらを助けることも彼らを止めることもできない。)
レグナートは答えず、翼ををはためかせた。
「わわっ……」
「お、おい!?」
(さらばだ、人の子と異界の者達よ。おぬしらが答えを出した時、私はもう一度姿を現すであろう。その時が来るのを祈っているぞ。)
そしてレグナートは空へ飛び去っていった。
~ボース地方・上空~
一方その頃、モルガン、ユリア、ナイアル、ドロシーはアルセイユの艦首にて連絡が来るのを待っていた。
「ずいぶん遅いですねぇ。エステルちゃんたち、大丈夫なのかな~。」
「まさか、返り討ちにあったんじゃねぇだろうな……」
中々連絡が来ない事にドロシーとナイアルは不安げに呟いた。
「その場合、危機を知らせにジークが戻ってくるはずだ。今は彼らを信じて待つしかない」
「ですがねぇ……」
「………………………………。夕刻まであと1時間……それを過ぎたら突入を開始する。大尉、準備をしておけ。」
「了解しました……」
モルガンの指示にユリアが頷いたその時
(その必要はない。)
突如、4人の頭の中に声が響いた。
「な、なんだぁ!?」
「今のは……!?」
「どこから聞こえたのだ!?」
「あれ~?なんか大きいのが下から上がってきますよ~?」
突然の事にナイアル達が驚いている中、ドロシーが何かに気付いた。
「なにっ!?」
すると下から飛んで上がって来たレグナートがアルセイユの前に姿を現した。
(リベールを守る兵(つわもの)たちに告げる。我が名は『レグナート』。古よりこの地に眠る竜の眷族だ。悪しき者に操られていたが遊撃士たちによって解放された。詳しい事情は彼らから聞くといい。)
ナイアル達に念話を送ったレグナートは返事も聞かず、さらに上空へと飛び立った。
「………………………………」
「はわわ~……。見えなくなっちゃっいましたねぇ。」
「えっと……。追いかけないんですかい?」
あまりにも驚く出来事にモルガンは呆け、 ドロシーは呑気に呟き、ナイアルは遠慮気味にユリアに尋ねた。
「……あの高度まで行かれたらお手上げだ。”アルセイユ”が無事でも我々の方が窒息してしまうだろう。」
「やれやれ……。これは、あやつらから徹底的に顛末を聞き出さなくてはならんな。」
ナイアルの疑問にユリアは溜息を吐いて答え、モルガンは溜息を吐いた後、口元に笑みを浮かべた。
こうして、ボース地方を騒がせた古代竜の騒ぎは幕を閉じた。エステル達は、モルガンに詳しい事情の説明を求められ……ようやく解放されてから、レグナートから預かった金耀石の結晶を市長と村長にそれぞれ届けた……………
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第277話