~霧降り峡谷・王国軍飛行訓練場~
「どうぞ、こちらです。」
かつて空賊達がアジトにしていた場所を軍の訓練所になり、そして訓練所の守備隊長がミュラーを案内していた。
「……ほう。」
ミュラーは空賊団の飛行艇――『山猫号』を見て驚いた。
「ふむ……手入れが行き届いている。王国軍の方でしっかりと整備してくれたようですな。」
「はは、何度か飛行訓練に使用させてもらいましたから。私も2回ほど操縦しましたよ。」
ミュラーの賛辞に守備隊長は恥ずかしそうな表情で笑った後、答えた。
「いかがかな?実際に操縦してみての感想は。」
「いやあ、速度と機動性は我が軍の警備飛行艇以上です。確か、3年前に発表されたラインフォルト社製の高速飛行艇でしたな。失礼ながら、飛行艇といえばリベール製と思っていたので正直驚かされましたよ。」
「帰国の警備艇と比べると装甲は心もとないし、武装も多く積めませんがね。かといって偵察機にするには製造コストがかかりすぎる。正直なところ、あんまり軍用には向かない船ですよ。」
「ほう、そうなのですか。ふむ……いい船なのにもったいない気もしますな。」
ミュラーの話を聞いた守備隊長は残念そうな表情で山猫号を見た。
「本国ではもっぱら、貴族や資産家の道楽として使われているそうです。例の空賊団も、元々は同じ事情だったのでしょう。」
「確か……『カプア男爵家』でしたかな?」
「元、男爵家です。借財で領地を失ったことにより既に爵位も剥奪されています。実は、この船も抵当に入っており債権者が引き渡しを要求していましてね。」
「な、なるほど……。色々と事情があるそうですな。」
ミュラーの説明に守備隊長は顔を引き攣らせて、答えた。
「いずれにせよ、元帝国貴族が貴国で愚行を犯したのも事実。申しわけなく思っています。」
「はは、お気になさらずに。ところで、引き取りはいつ頃になりそうですか?」
目を伏せて謝罪するミュラーを笑って気にしなくていいと答えた守備隊長は尋ねた。
「早ければ数日中に。もっとも、そちらも色々と忙しそうな様子ですが。」
「はは……。クーデター事件の残党ですね。所詮は逃亡者たちの最後の悪あがきにすぎません。心配なさらずともすぐに逮捕できるでしょう。」
「うわ~、前来た時と少し雰囲気が違いますね~。」
ミュラーと守備隊長が会話をしていたその時、ドロシーが周囲の風景を珍しそうにみながら兵士と共にやって来た。
「ああっ、空賊艇!?へ~、まだこんな所に置かれていたんですね~。」
そしてドロシーはいきなり写真を撮り始めた。
「ん~、いいですね~。夜の照明に照らされた姿もとってもキュートです~。」
「おいおい、嬢ちゃん。できたら撮影する前に許可を取っちゃくれねえか?」
「ああ~っ!」
注意する兵士を無視して、ドロシーは何かを見つけたかのようにフラフラと動き、外を撮り始めた。
「だ、だからよ~……」
話を聞かないドロシーに兵士は呆れた。
「……彼女は?」
「はは、マスコミの人間ですよ。先ほど、この訓練場に押しかけてきたんです。確かに予約は入っていたんですがこんな時間に訪ねてくるとは……」
「なるほど……」
「ああああっ!?」
ミュラーと守備隊長が会話をしていたその時、ドロシーは大声をあげてミュラーに近付いて来た。
「へ~、見たことのない軍服を着てらっしゃいますね~。それに背もおっきいですし~。どちらの部隊に所属されているんですか~?」
「……いや、自分は……」
「あっ、申し遅れました~。『リベール通信』っていう雑誌のカメラマンをしているドロシー・ハイアットで~す。雑誌の特集で、この訓練場の写真を撮りに来たんですよ~。」
答えるのを迷っているミュラーを無視してドロシーは自己紹介をした。
「……エレボニア帝国軍所属、リベール駐在武官のミュラーだ。」
「エレボニアの軍人さん!?うわ~、お目にかかるのわたし初めてです~。10年前の戦争では王都に住んでいましたから~。」
「そ、そうか……」
ドロシーの話を聞いたミュラーはどう答えればいいかわからず、相槌だけうった。
「隊長、よろしいですか。」
その時、別の兵士が守備隊長の所にやって来た。
「なんだ、どうした?」
「司令部からの連絡です。例の残党の動きについて大きな進展があったそうです。」
~霧降り峡谷・飛行訓練場の裏口~
「はあ~、眠い眠い。早く交替時間にならないかね。」
その頃裏口を守っていた見張りの内の1人は暇を持て余して、愚痴を言っていた。
「第2種警戒体制ってのがこんなにヒマだったなんてな。さっきの嬢ちゃんがまた来てくれるといいんだが。」
「あのメガネの子かよ?お前、変わった趣味してんなぁ。」
もう一人の兵士が言った言葉に目を丸くした兵士は片割れの兵士を珍しがった。
「確かにユニークだったけど、なかなか可愛かったしさ……。お近づきになりたいな~って。」
「はは、だったら休憩時間に声をかけてみろよ。しかし……情報部の残党ってのは何を考えてるのかね。何でもラヴェンヌ廃坑に隠れていたそうじゃないか。」
「さーな。元エリート部隊の考えている事なんて俺たちなんかに判るわけないって。」
「……ご苦労、2人とも。」
見張りの兵士達が会話をしていたその時、守備隊長が内側からやって来た。
「こ、これは隊長。」
「見回りご苦労様です。」
守備隊長に気付いた2人は敬礼をした。
「ああ、そのまま聞いてくれ。どうやら情報部の残党がグランセルに現れたらしい。カノーネ元大尉を始めとする全メンバーは逮捕されたそうだ。」
「へえ、そうでしたか!」
「それじゃあこれで警戒体制は終わりですね?」
守備隊長の話を聞いた2人は嬉しそうな表情をした。
「いや、それなんだが……。グランセルで情報部の件以外の何かがあったらしく、その関係で司令部より『今夜は警戒体制を続けろ』との命令が来てな。悪いがこのまま宜しく頼むぞ。」
「うう……はい。」
「……了解しました。」
守備隊長の指示に兵士たちは肩を落として答えた。そして守備隊長は内側からどこかに向かった。
「はあ……。まったく冗談じゃないぜ。一体王都に何があったんだよ……」
「さあな……。ま、いずれにせよもう襲撃の危険はないだろう。後は交替時間まで適当に立っていればいいさ。」
「そうだな……。……あれ?」
1人の兵士が何かに気付き、唐突に声を上げた。
「なんだ、どうした?」
「いや、何か聞こえたような……」
2人は銃剣を構えて、周囲の警戒を始めたその時
「あ……」
黒髪の少年がいつの間にか兵士の背後に現れ、兵士に何かを嗅がせた。何かを嗅がされた兵士は倒れた。
「お、おい!どうしたんだ……。う……」
兵士の声に気付き、振り返った兵士も同じように倒れた。
「………………………………」
倒れた2人を黒髪の少年――ヨシュアは冷静な表情で見ていた。
「へへ、やるじゃねえか。」
「お見事。あっという間だったな。」
「ふ、ふん……。なかなかやるじゃない。」
その時カプア3兄妹達がヨシュアに近付いて来た。
「……大したことじゃないさ。気が緩んだ兵士を眠らせるなんて造作もない。」
「あー、はいはい。あんたに可愛げを求めたボクが馬鹿だったよ。」
ヨシュアの答えを聞いたジョゼットは呆れた表情をしていた。
「しかし、本当に『山猫号』はここに置かれているんだろうな?てっきり例の要塞あたりに運ばれたと思っていたが……」
「調べた限り間違いない。飛行訓練に使われているから整備もされているはずさ。」
「へへっ、ありがたいね。ただ、機体を動かすには『山猫号』の起動キーが必要だ。手に入れるアテはあるのか?」
ドルンの疑問に答えたヨシュアにキールはある事が気になり、ヨシュアに尋ねた。
「たぶん、先ほどの守備隊長が持っていると思う。エレボニア軍に飛行艇を渡す時に一緒に渡すつもりだろうからね。」
「力ずくで取り戻すわけだね。」
ヨシュアの話を聞いていたジョゼットは口元に笑みを浮かべてこれから強奪する方法を確認した。
「ただし、殺さない方向で。必要以上に王国軍を敵に回さない方がいい。巡回中の兵士についてもなるべく隠れてやり過ごそう。」
「まったく……無茶言ってくれるよね。まあたしかに、ボクも殺しは反対だけど。」
「へへ、当たり前だ。俺たち『カプア一家』に殺しと暴行はご法度だからな。」
「はあ、ホント俺たちって悪党になりきれないと言うか……。あの少尉の言った通りかもな。」
ヨシュアの作戦に呆れたジョゼットだったがすぐに同意し、ドルンも頷き、キールは苦笑しながら答えた。
「……ふふ。」
「な、何がおかしいのさ?」
唐突に笑いだしたヨシュアを見て、ジョゼットは尋ねた。
「いや……あまり時間はない。そろそろ始めよう。」
「う、うん……」
「いよいよだな……」
「おーし……気合いを入れるぜ!」
そしてヨシュア達は『山猫号』を奪還するために飛行訓練所に潜入を始めた………!
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