~リベール上空・定期船リンデ号~
「うわ~………雲が一杯あるよ、ママ!」
「はいはい。相変わらずミントは無邪気ねぇ……それにしてもいい天気ねぇ。この分だと、ルーアン地方は絶好の観光日和じゃないかしら。」
「かもな。もっとも、今は観光以外で熱くなってるみてぇだが。」
ミントの無邪気さに微笑んだエステルの言った言葉にアガットは頷いた後、気になる事を言った。
「観光以外?」
「市長選挙だ。逮捕されたダルモアの代わりに2人の候補が出馬したらしい。」
「へ~、そうなんだ。でも、確かにそうよね。いつまでも市長が不在でやっていけるはずないんだし。」
「そういや、あの事件はお前らが事件解決したらしいな。後からジャンに聞かされたぜ。」
アガットはかつてルーアンで起こった事件の解決をしたエステルを感心した様子で見ていた。
「あ、あはは……。うん、アガットが抜けてからヨシュアとクローゼでね。まあ、記者の人にも助けられたし、親衛隊が市長を逮捕したんだけど。」
「フン、自分の力だけじゃないと分かってるんならそれでいい。それにしても、あの制服娘がクローディア姫だったとはな……。城で聞かされた時には、さすがの俺もビビったぜ。後、メンフィルの貴族共がまさか皇女だったとはな………あれも驚いたぜ。」
「あはは、気持ちは判るけどね。そういえば、オリビエもそうだけどクローゼとも生誕祭以来なのよね……。ううん、ティータと博士、それにジンさんとも……」
アガットの感想に苦笑しながら同意したエステルは今まで出会った旅の仲間のその後が気になり、尋ねた。
「ティータと爺さんなら俺の方から事情を伝えといた。お前たちのことをあまりにも心配しやがるからな。」
「そうなんだ……。ありがと、アガット。」
「ま、いずれ手紙を出すなり、直接挨拶に行くといいだろう。ジンのやつは、生誕祭のあとカルバードに帰っちまった。お前によろしくと言ってたぞ。」
「そっか……。挨拶くらいしたかったな。」
「まあ、姫さんの方は学園に戻ってるらしいからな。せっかくルーアン地方に行くんだ。ヒマを見て挨拶すりゃあいいだろ。……そう言えばメンフィルの皇女共はその後、どうなったんだ?」
それぞれのその後を報告したアガットはリフィア達の事が気になって尋ねた。
「あ、うん。あの後ロレントの大使館に帰ったよ。……ロレントで少しの間だけミントと一緒に遊撃士の活動を行っていて、ヨシュアの事も含めて報告しに会いに行ったんだけど、リフィア達、あたしが渡した剣を修復してもらうために
向こうの世界のこの棒を作った人に頼みに行くために、向こうの世界にいるってあたし達に対応してくれたルースって人が教えてくれたんだ。」
「その棒を作った奴か…………かなりの腕を持っている鍛冶師なんだろうな。」
アガットはエステルの背中にさしてある棒を見て呟いた。
「そうね。それに武術の腕もかなりあるらしいわ。ミントは寂しくない?」
アガットの言葉に頷いたエステルはミントに尋ねた。
「ほえ?それってどういう事?」
エステルに尋ねられたミントは首を可愛らしく傾げた。
「ほら、ツーヤにも会えなかったじゃない。」
「あ、うん………心配してくれてありがとう、ママ。でも大丈夫だよ。それがツーヤちゃんの進む道なんだから。ミント達、それぞれの”パートナー”を見つけた時、それぞれの道を行くために別れる覚悟はしていたもの。」
「ミント……………」
「へっ。ガキのわりにナマ言ってるじゃねえか。」
凛とした表情のミントを見てエステルは驚き、アガットは感心した。
「えへへ………でも、アガットさんってやっぱり優しいね!」
「ハア?どういう意味だそれ。」
ミントの言葉を聞いたアガットは心外そうな表情で声を上げて尋ねた。
「だって、ミント達が王都を出発する時、買物とかにも凄く気を使ってくれたもの!」
「言われてみればそうよね……ふふっ。」
「ば、馬鹿言ってんじゃねぇ。ったく……俺は到着まで席で寝てるからな。ウロチョロ船内を歩き回ってルーアンで降りるのを忘れるなよ。」
ミントの無邪気な笑顔とエステルの笑みを見たアガットは照れた後、船内に入った。
「まったくもう。憎まれ口ばっかなんだから。さてと、到着まで時間はあるし、船内を回ってみようかしら。」
「あ!ミントも一緒に回る!」
その後船内を探索していたエステル達は到着のアナウンスを聞いた後、席に戻った。そしてルーアンに到着したエステル達はギルドに向かった。
~遊撃士協会・ルーアン支部~
「いや~!来てくれて本当に助かったよ。何しろカルナさんが留守で掲示板の仕事が溜まっていてね。早速、ジャンジャンバリバリ働いてもらうとしようかなぁ。」
ルーアン支部の受付――ジャンはエステル達に会うなり、仕事がたくさんある事を言った。
「あ、あはは……。相変わらず飛ばしてるわねぇ。」
「よ~し!一杯仕事をやって、早く推薦状をもらうぞ~!」
ジャンの様子を見たエステルは苦笑し、ミントはやる気を見せた。
「掲示板の仕事はボチボチ片付けるつもりだが……。何か他に緊急の仕事はねぇのか?」
「それが、仕事は溜まっているけど緊急要請にあたる物はないんだ。市長選の管理は軍の管轄だし……。街も、市長選で盛り上がってるから観光客は少ないみたいなんだよね。」
「ふーん、市長選ってそんなに白熱しているんだ。誰が出ているんだったっけ?」
「観光事業を推進しているノーマン氏と港湾事業の維持を訴えるボルトス氏さ。ルーアン市長といっても、その権限は地方全体に及んでいてね。マノリアの住民も投票するし、マスコミもかなり注目をしている。ルーアン地方の未来を左右する重要な選挙になるのは間違いないね。」
「へ~、そうなんだ。未成年だし、住民じゃないから選挙権はないんだけど……。あの事件に関係した人間としてやっぱり動向は気になるわねぇ。」
「そのあたりは『リベール通信』が特集しているから読んでみることをお勧めしておくよ。あ……そういえば。実は1つだけ調べて欲しいことがあったんだ。」
「調べて欲しいこと?」
ジャンの言葉を聞いたエステルは首を傾げた。
「うーん、なんて言うか……。どう説明したらいいか非常に困る話なんだけど……」
「なんだぁ?ハッキリとしねぇヤツだな。いつもの図々しさでズバッと切りだしてみろや。」
言葉を詰まらせているジャンの様子にアガットは我慢ができず、言った。
「あはは、言ってくれるねぇ。それじゃあ言うけど……。『亡霊』について調べて欲しいんだ。」
「「「……………………」」」
ジャンの話を聞いたエステル達は怪しい物を見るよう目でジャンを見ていた。
「はあ、絶対にそんな顔をされると思ったんだよなぁ。だから頼むのは嫌だったんだ。」
エステル達の様子を見たジャンは溜息を吐きながら言った。
「……あ、いや、うん。ちょっと面食らっただけで。いったいどういうことなの?」
「うん……。ここ1~2週間なんだけどさ。『夜、白い影を見た』って報告がギルドに何件も寄せられているんだ。それも、ルーアン地方の各地からね。」
「夜、白い影を見た……。そそそ、それって!?」
「お化けさん!?」
ジャンの説明を聞いたエステルとミントは怖がった。
(前にも思ったけど、魔神や闇夜の眷属は怖がらないのになんで幽霊ごときをそんなに怖がるのかしらねぇ……(もしかしてリタも怖がるのかしら?))
(全くだ。あ奴らなぞ、炎を使えば燃やしつくせるというのに。)
(そうよね。不死者達にとってニル達は天敵のような存在なんだから、別に怖がる必要はないと思うわ。大体エステル自身、不死者達の弱点である神聖と火炎魔術が使えるし、ミントが持っている剣も不死者達の弱点になるじゃない。)
(アハハ………エステルさん達の反応が普通ですよ……)
一方エステルの身体の中からエステル達の様子を見て呆れているパズモ達を見たテトリが苦笑しながら言った。
「なるほど、それで『亡霊』か。目の錯覚にしちゃあ各地からってのが気にはなるな。」
「うん、そうなんだよね。掲示板の仕事のついででいいから聞き込みをしてもらえないかな?」
「あ、でも、その、ねえ……。あまり安請け合いもできないし、考えさせて欲しいなぁ、なんて。」
ジャンの頼みを聞いたエステルはいつもと違い、あまり乗り気でない様子で答えた。
「ママ?」
エステルの様子を見たミントは首を傾げた。
「エステル君、ひょっとして……」
「え、やだ、違うわよ!?全然そんなことないんだからね!?この泣く子も黙るエステルさんが幽霊が苦手だなんてそんなこと…………ゴメンなさい。ちょっとだけ苦手かも。」
「ミントも一緒だよ、ママ!」
ジャンに察しられたエステルは慌てて言い訳をしたが、つい白状してしまって頭を項垂れ、その様子を見たミントが同意してエステルを慰めた。
「あはは。ちょっとどころじゃなさそうだね。まあ、実害があるわけでもないし、この話は無かったことに……」
「いや……引き受けた。」
エステルの様子を見たジャンが頼みを取り下げようとしたがアガットが首を横に振って答えた後、エステル達を見た。
「……忘れんな。俺たちの任務は『結社』の調査だ。少しでも妙な兆候があれば調べて『結社』の関与を検証する。そういう話だったろうが。」
「「あ……」」
アガットに注意されたエステルとミントは揃って声を上げた。
「人間、誰しも苦手なモンはある。たまには弱音を吐くのもいいだろう。だが、何もしてないうちから尻尾巻いて逃げ出すんじゃねぇ。」
「「………………………………」」
「やれやれ。ちょっとキツすぎないかい?」
アガットの言葉を聞いて黙っているエステル達を見たジャンが助け船を出した。
「……ううん。アガットの言う通りだわ。確かに、幽霊とかは苦手だけど……。ヨシュアが消えたことに比べれば、そんなの全然恐くなんかない……」
「うん!ママ達がいれば、ミント、へっちゃらだよ!」
「2人とも………」
エステルとミントの言葉を聞いたジャンは驚いた表情をしていた。
「フン、分かってんじゃねえか。」
「ジャンさん、その調査、あたしたちに任せてもらえる?」
「そう言ってもらえると助かるよ。すでに幾つか証言は集まったんだけど新たに3件の目撃情報が届いたんだ。まずは、エア=レッテンの関所に勤めている兵士の1人でね。夜の巡回中に見かけて腰を抜かしかけたそうだよ。」
「ひえ~……」
「兵士さん、とっても怖かったんだろうね………」
ジャンから詳細な説明を聞いたエステルは思わず声を上げ、ミントは兵士を可哀想に思った。
「2人目は、『レイヴン』のチームメンバーの1人らしい。これはアガットがいたら聞き込みはしやすいだろうね。」
「ま、拒否したところで力づくで口を割らせてやるさ。」
「やめなさいって……。武術大会の時に対戦したけど、結構心を入れ替えてたみたいよ?」
「フン……どうだかな。」
エステルに注意されたアガットは鼻をならした。
「まあまあ、穏便に頼むよ。そして最後の目撃者は……マーシア孤児院の子供たちさ。」
「えっ……クラムたちが!?」
ジャンの説明を聞いたミントは驚いた。
「ああ、テレサ院長が代わりに連絡してくれたんだ。ちなみに、マーシア孤児院は先日、建て直されたばかりでね。テレサ院長の希望もあってほぼ前と同じ形になったそうだ。」
「そうなんだ……良かった。院長先生と子供たちには挨拶に行くつもりだったし。お祝いがてら話を聞きに行ってみようかな。」
「ミントも勿論行く!」
エステルの言葉を聞いたミントははしゃぎながら言った。
「よろしく頼むよ。ただ、言った通り、緊急じゃないから後回しにしてくれても全然構わない。掲示板には他の仕事もあるからそちらをチェックしておくといい。3件の目撃情報を確かめたらここに戻ってまとめて報告してくれ。集まった情報を検討してみよう。」
その後エステルとアガットは近くにいるレイヴン達に聞き込みをするために港の倉庫に向かった。また、ミントは一人で仕事を少しでもかたずける事と関所の兵士から話を聞くために一端別行動にした…………
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第186話