~上空・定期船セシリア号~
(僕のエステル……お日様みたいに眩しかった君。君と一緒にいて幸せだったけど、同時に、とても苦しかった……。明るい光が濃い影を作るように……。君と一緒にいればいるほど僕は、自分の忌まわしい本性を思い知らされるようになったから……。だから、出会わなければよかったと思ったこともあった。)
「………………………………。あたし……ヨシュアのこと気付けてたの?出会わなければよかったって……。……あたし……」
エステルはヨシュアの言葉を思い出し、今にも泣きそうな表情をしていた。
「アカン、アカンな~。」
そこに一人の青年がエステルに声をかけた。
「……?」
青年の声に首を傾げたエステルは振り向いた。エステルが振り向くとそこには七曜教会の神父の服装でいる青年がいた。
「澄みきった青空!そして頬に心地よい風!そんな中で、キミみたいな可愛い子が元気なさそうな顔をしとったらアカンよ。女神さまもガッカリするで、ホンマ。」
「えっと……」
青年の言葉にエステルは戸惑った。
「あ、ちゃうで?けっして怪しいモンとちゃうよ?ただ、乗船した時からキミのことが妙に気になってなぁ。なんか元気ないみたいやからオレの素敵トークで笑顔にしたろと、まあ、そんな風に思ったわけや。」
「………………………………。えっと……よく判らないけど、ありがと。」
青年の説明がイマイチ理解できなかったエステルだが、一応お礼を言った。
「まあ、ぶっちゃけナンパしとるんやけどね。どや、暇やったら下の展望台にでも付き合わん?ドリンク注文できるみたいやからお近づきの印に奢らせてもらうわ。」
「あ、あの……気持ちはありがたいんだけど……あんまり気分じゃなくて……。……ごめんなさい……」
「んー、そっか。それじゃあ、ナンパは止めて本業に切り換えた方がいいかな?迷える子羊導くのもお仕事やし。」
「本業……?」
ナンパが失敗したにも関わらず、あまりショックを受けていない様子の青年の言葉にエステルは首を傾げた。
「フフン、これや。」
首を傾げているエステルに青年は胸を張った後、自慢げに杯が描かれたペンダントを突き出した。
「え、それって……たしか七耀教会の……」
「ビンゴ。『星杯の紋章』や。オレはケビン・グラハム。これでも七耀教会の神父やねん。」
「へー、そうなんだ……って、冗談でしょ?」
青年――ケビンの言葉に頷きかけたエステルだったが、先ほどのケビンのナンパを思い出し、信じられなかった。
「なんでぇ?オレ、めっちゃ真面目な神父さんやで?3度の祈りは欠かしたことないし、聖典もほら、肌身離さず持ち歩いて……」
エステルの言葉を聞いたケビンは心外そうな顔をした後、証拠の聖典を出すために服の中を探したが
「………………………………。ゴメン、座席に忘れてきたわ。」
聖典が服の中に入っておらず、どこにあるかを思い出したケビンは気不味そうな表情をした。
「……説得力ゼロなんですけど。ふふ……。ホント、おかしなお兄さんね。」
「あ!今ちょっと笑ったな?うんうん。やっぱ可愛い子は笑顔でないとな。ま、そういうわけやからよかったら神父として相談に乗るで。ナンパは抜き、空の女神に誓うわ。」
「あ……うん……。で、でも……どんな風に相談したら……。あたし……。……んくっ………………」
ケビンの言葉に頷いたエステルは今にも泣きそうな表情で涙をこぼし始めた。
「え、ちょっと待ってや……。何か知らんけど!ゴメン、オレが悪かった!」
涙をこぼし始めているエステルを見たケビンは焦って、謝り出した。
「ひっ、えっ……。うううう……あああああっ……。うわあああああああああん……!」
ケビンの謝罪が聞こえていないエステルはその場で泣き出した。
「あー……よしよし、良い子や。今までガマンしとったんやな。気の済むまで泣いたらええよ。」
エステルの様子を見たケビンはエステルの肩に手を置いて、慰めた。
「うあああっ……!うわああああああああん……!」
そしてエステルはしばらく泣き続けた。
~定期船セシリア号内~
「えっと……ケビンさんだったっけ。ごめんなさい……みっともない所を見せちゃって。」
その後泣き止んだエステルはケビン飛行船の中でケビンに謝った。
「ええて、ええて。女の子に胸貸せるなんて役得や。どや、ちょっとは落ち着いたか?」
「……うん。あたしエステル。エステル・ブライトっていうの。遊撃士協会に所属してるわ。」
ケビンの言葉に頷いたエステルは自己紹介をした。
「エステルちゃんか~。名前もめっちゃ可愛いやん。………………………………。……って、遊撃士協会?」
エステルの自己紹介に頬を緩めていたケビンだったが、エステルが所属している団体を思い出し、驚いた。
「うん、これでも遊撃士よ。えへへ、あんなみっともない姿見たら信じられないかもしれないけど……」
「いや、そんなことないで。よく見たらそれっぽい恰好やし。やっぱ何かの武術をやってるん?」
「棒術を、少しね。後、最近は剣術も始めたわ。……まだ実戦で使えるレベルじゃないけど。そういうケビンさんは本当に教会の神父さんなの?どう見てもそうは見えないんだけど。」
「あいた、キツイなぁ。まあ、オレは巡回神父やからちょい毛並みが違うのは認めるわ。」
エステルの指摘にケビンは苦笑しながら説明した。
「巡回神父?」
ケビンの説明を聞いたエステルは理解できず、首を傾げた。
「礼拝堂のない村ってあるやろ?そういう村を定期的に訪れて礼拝や日曜学校を執り行うわけや。ま、教会の出張サービスやね。」
「なるほど……そんな神父さんがいるんだ。」
「まあ。礼拝堂勤めの神父と違って法衣とかも適当なヤツが多くてな。そんなワケで大目に見たってや。」
「うーん、まあいいか。それじゃあ、ケビンさんはこれからどこかの村に行くんだ?」
ケビンの説明を聞き、納得したエステルは尋ねた。
「や~、実はオレ、リベールに来たばかりなんや。巡回神父の手が足りんらしくて本山から派遣されて来たんやけど。」
「あ、そうなんだ。教会の本山って……どこにあるのか知らないけど。」
「大陸中部にあるアルテリア法国ってとこや。まあ、グランセル大聖堂の大司教さんに着任報告する前にちょいと観光でもしたろ思ってな。で、こうしてブラブラしてるわけや。」
「ガクッ……ダメじゃない。ホント、いい加減な神父さんねぇ。」
余りにも神父らしくないケビンにエステルは呆れて溜息を吐いた。
「ええねん。いずれ巡回する場所の下見や。こうして、悩みごとがありそうな可愛い子と巡り会えたしなー。うんうん、これぞ女神のお導きやで。」
「まったく調子いいわねぇ。」
ケビンの調子のよさにエステルは苦笑した。
「……でも、ありがと。泣いたらスッキリしちゃった。ダメよね、うん。ちゃんとヨシュアを信じないと。」
「へ……?」
エステルの口から出た突拍子のない言葉にケビンは首を傾げた。
「あ、ヨシュアって、あたしの兄弟みたいな男の子なんだけど。いきなり居なくなっちゃったからあたし、ちょっと驚いちゃって……」
首を傾げているケビンにエステルは説明を始めた。
「いきなり居なくなったって……。それって、家出かなんかか?」
エステルの説明を聞いたケビンは驚いた後、真剣な表情で尋ねた。
「ううん、違う。一足先に家に帰っただけなの。だって家族なんだもん。勝手に居なくなるわけないんだから。」
「………………………………」
笑って説明するエステルをケビンは真剣な表情で黙って聞いていた。
「でも、ホント失敗したなぁ。告白はタイミング悪かったかも。ヨシュアに会ったらうまい具合にごまかさないと……」
「………………………………。……なあ、エステルちゃん。」
黙って聞いていたケビンはやがて口を開いた。
「ふえっ?」
話を遮られたエステルは驚いて声を出した。
「いや……。………………………………。あんな、オレさっきも言ったように観光中やから特に用事もないねん。せやから、ロレントって街で降りてエステルちゃんを家まで送ったるわ。」
「ええっ!?」
ケビンの申し出にエステルは驚いて声を上げた。そして飛行船はロレントの空港に到着した。
~ロレント発着所~
「は~、ここがロレントか。こう言うたらなんやけど発着場がある以外は田舎やね。」
飛行船から降りたケビンは周囲を見渡して感想を言った。
「悪かったわね、田舎で。一応言っておくけど、礼拝堂だってあるし、それに”闇の聖女”様が住んでいる街だし、メンフィルの王様やお姫様が住んでいる大使館だってあるんだからね。」
ケビンの感想にムッとしたエステルは自慢げに言った。
「お~……あの噂の聖女さんや覇王もこの街に住んでいるのか………そりゃ、凄いな。」
エステルの説明を聞いたケビンは感心した様子で言った。
「ふふ~んだ。……ねえ、ケビンさん。ちょっと聞きたいんだけど、いいかな?」
「ん?なんや?」
「アーライナ教やイーリュン教と七曜教会って……仲が悪いの?」
「ハッ?なんでそんな事を思ったん?」
エステルの疑問を聞いたケビンは首を傾げた。
「えっと………七曜教会の信者の人達が、イーリュンやアーライナの神様を信じ始めて、信徒が減ったって習った事があるから。」
「おいおい……今の日曜学校はそんなキッツイ事も教えているんかいな…………」
エステルの説明を聞いたケビンは驚いた後、溜息を吐いた。
「あ、日曜学校じゃなく、シェラ姉――シェラザードっていう遊撃士の先輩が教えてくれたんだ。」
「遊撃士の?遊撃士がなんでそんな事を知っているん?」
「実はシェラ姉って、”闇の聖女”様の魔術の弟子なんだ!」
「ほへ~……そりゃまた、凄いな。あの”闇の聖女”から直々に指導して貰えるなんて滅多にないと思うで?」
エステルの説明を聞いたケビンは驚いた。
「えへへ……実はあたしも聖女様にちょっとだけど、魔術を教えて貰った事があるんだよ?それに聖女様からこのブローチを貰ったんだから!」
エステルは自慢げに言い、胸に着けていたペテレーネから昔貰ったブローチをとって、ケビンの前に突き出した。
「ん……?それって、確かアーライナ教の信者が着けているお守りやないか……という事はエステルちゃん、アーライナの信徒だったんかいな!?」
突き出されたブローチを見たケビンは驚いた。
「ううん。聖女様が遊撃士を目指すあたしの為にって、特別にくれたんだ!」
「ハハ……実はエステルちゃんって、凄い娘やったんやな。」
「えへへ……それほどでもないわよ。それで?さっきのあたしの質問に答えてもらってもいいかしら?」
ケビンの言葉にエステルは恥ずかしそうに笑った後、尋ねた。
「あ~………別に仲は悪うないよ。実際両方の宗教はさまざまな福祉をやっているし、”聖女”の存在が民間人に知れわたっとるからな。目の仇になんかしたら、それこそ空の女神(エイドス)を信じている信者達が離れていくわいな。それに実際、聖堂で作っている薬の材料でも希少な物や代わりになる材料を分けて貰ったり、”治癒の水”みたいな向こう独特の薬も分けて貰っているからな……ま、実際こっちも助かっている訳や。」
「ふ~ん……そう言えば七曜教会で七曜教会の”聖女”を世に広めたりとか福祉をやらないの?」
苦笑しながら説明するケビンにエステルは聞いた後、尋ねた。
「いや~”聖女”と評されるような人がこっちにもおったらええねんけど、残念ながらいないしな~……福祉に関しても、あちらさんと違って、メンフィルからの膨大な援助がある訳でもないしな~。」
「あ。そっか………そう言えば、イーリュンやアーライナの”聖女”はメンフィルの皇室の関係者だったわね。だからロレントにあるイーリュンの孤児院みたいな凄い所を経営できるんだ………」
ケビンの説明を聞いたエステルは納得した。
「ま、そういう訳や。……で、エステルちゃんの家ってどっちの方にあるん?」
「それなんだけど……。見送りなんて必要ないってば。街から出てすぐの所だし、これでも一応、遊撃士なんだから。」
「なはは、遠慮せんでええよ。レディの送り迎えは男の義務や。それに、自慢のカレシにも一度お目にかかってみたいしな。」
「カレシって……。そんなんじゃないんだけど。まあいいわ、家に着いたらお母さんに頼んでお茶くらいはご馳走してあげる。」
「サンキュー。ほな、案内したってや。」
そしてエステルはケビンを連れて、ブライト家へ向かった…………
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第175話