~グランセル城内~
「うっわ~……」
「当然と言えば当然だけど……。今まで見てきたどの屋敷よりも圧倒的に豪華だね。」
「ただ豪華なだけじゃなくて歴史と伝統を感じさせる壮麗さ……。つくづく、旧き王国の格式と伝統を感じさせるねえ。」
城に入ったエステル達は城内の風景に感嘆の声を上げた。
「ようこそ、グランセル城へ。ジン選手御一行でいらっしゃいますわね?」
そこにカノーネとメイドの一人がエステル達に近付いて来た。
(げげっ……カノーネ大尉……)
(予想してなかったわけじゃないけど……)
カノーネの登場にエステルは嫌そうな顔をし、ヨシュアはカノーネを警戒した。
「ああ、そうだ。公爵さんの招待を受けて参上した。えっと……あんたは?」
一方、エステル達の様子に気付いていないジンはカノーネが何者かを尋ねた。
「うふふ、申し遅れました。グランセル城の警備を担当する情報部のカノーネ大尉と申します。ジン選手御一行におかれましては御優勝、おめでとうございます。試合を拝見させていただきましたが凛々しくて、本当に素敵でしたわ。」
「いやあ~、それほどでも。そちらこそ、その若さと美貌で軍の大尉とは本当に驚きですな。よほど優秀でいらっしゃるのだろう。」
「まあ……お上手でいらっしゃいますこと。でも、そちらの若き遊撃士殿ほどではありませんわ。」
ジンの賛辞を受けたカノーネは意味深な表情でエステルとヨシュアを見た。
「……!」
「………………………………」
カノーネに見られたエステルとヨシュアは何を言われてもいいように身構えた。
「エステル・ブライトさん。ヨシュア・ブライトさん。ツァイスの事件以来ですわね?」
「……うん、そうね。」
「ご無沙汰していました。」
カノーネの当り触りのない挨拶の言葉にエステルやヨシュアは笑顔で答えた。
「あいにくですが、ラッセル博士の一件はまだ解決していないのです。どうやら、博士と孫娘さんを誘拐した不届き者がいるらしくて。エステルさんたちにお心当たりはないかしら?」
「さ、さあ~。ぜんっぜん心当たりがないわねぇ。」
「あの事件は正遊撃士に任せて僕たちは王都に向かいましたから。その後の続報も聞いていません。」
カノーネは意味深な表情でいきなりラッセル博士達の事を尋ねたが、エステルやヨシュアは知らないフリをした。
「そう……ふふ。それは本当に残念ですわ。まあ、情報部の力をもってすれば誘拐犯の逮捕も時間の問題でしょう。楽しみに待っていてくださいね。」
(こ、この雌ギツネ~……)
不敵な笑み浮かべて博士達を捕まえる事を宣言したカノーネを見て、エステルは内心怒り心頭だった。
「わかりました。博士は僕たちにとっても恩人なのでよろしくお願いします。」
ヨシュアはエステルと違って、笑顔で答えた。
「それはもちろん……。さて、それでは皆さんをお部屋までご案内申し上げましょう。シアさん……あとはお任せしてもいいかしら?」
「はい……お任せくださいませ。」
カノーネに言われ、カノーネと一緒に来たメイド――シアが少し前に出て来た。
「念を押しておきますが……お客様に、つまらない話をして失礼をかけることがないように。いいですわね?」
「は、はい……わかっております。」
カノーネの言葉にシアは恐縮しながら答えた。
「うふふ、それでよろしい。それでは皆さん。よき夕べをお過ごしください。わたくしは、これで失礼しますわ。」
そしてカノーネはどこかに去って行った。
「うーん、なかなかイイ女だねぇ。」
「ジンさん、悪趣味ねえ……。あんな雌ギツネっぽいののどこがいいっていうのよ。」
「ああいう人がジンさんのタイプなんですか?」
カノーネに対するジンの評価にエステルは溜息を吐き、ヨシュアは以外そうな表情で尋ねた。
「はは、ああいうのに限って根が純情だったりするんだよな。そのギャップが、またそそるっつーか。」
「ダメだこりゃ……。どうでもいいけど何だかオジサンっぽいわよ。」
「ガーン!」
エステルの言葉を聞き、ジンは大ショックを受けた。
「あ、あの……」
そこにシアが恐る恐るエステル達に話しかけた。
「あ、ゴメンゴメン。あたしたちを部屋まで案内してくれるんだっけ?」
「はい……。ご案内させていただきます。申し遅れました。私、侍女のシアと申します。今夜の晩餐会から明日までお世話をさせて頂きます。何か不便がございましたらいつでもお申し付けくださいませ。」
「ああ、よろしく頼むぜ。」
「それでは部屋まで案内していただけますか?」
「あ、はい。お部屋はお2階にございます。」
そしてエステル達はシアの案内によって、客室に着いた。
~グランセル城内・客室~
「うっわ……」
「こんな所に泊まれたなんてちょっと想像できなかったな……」
「いやあ~、何ていうかいい土産話になりそうだぜ。」
エステル達は客室の豪華さに驚いた。
「晩餐会が始まるまでしばらくあるかと存じます。城内は自由に見学して頂いて構いませんが、警備上の理由で立入禁止にしている区画があります。くれぐれも立入はご遠慮ください。」
「えっと、具体的にはどういう所がダメなわけ?」
どこが立入禁止になっている場所か気になったエステルはシアに尋ねた。
「まずは、女王陛下がいらっしゃる女王宮ですね。屋上にある空中庭園の一角に築かれた小宮殿ですわ。」
「空中庭園……。すごく綺麗そうな雰囲気ねえ。」
「うふふ、生誕祭の時にはそこのテラスから王都の市民に陛下が挨拶してくださるんです。空中庭園に出るくらいなら大丈夫だと思いますよ。それと、他の立入禁止場所ですが……。1階にある親衛隊の詰所と地下の宝物庫がそうなっております。」
「親衛隊の詰所っていうと……」
「たしかテロリストとして指名手配されてる連中らしいな?」
浮かれ気分だったエステル達は親衛隊の話が出て来ると、表情を真剣にし、ヨシュアやジンが尋ねた。
「は、はい……。現在、その場所は情報部の方々が使用されています。立入は禁じられているのでどうかご了承くださいませ。」
尋ねられたシアは言いにくそうに答えた。
「だいたい判りました。ところで、晩餐会に招待されている他の方々はどうしているのですか?」
「すでに全員お見えになっていますわ。たぶん、それぞれのお部屋で寛(くつろ)いでいらっしゃるかと思います。」
「そうですか……」
「それじゃあ、もうクラウス市長も来てるんだ。」
「はい、先ほどいらっしゃったばかりですわ。それでは私は失礼しますが……。何か御用がございましたら1階の控室までご連絡ください。」
そしてシアは部屋から出て行った。
「う~………ちょっと、惜しい事をしたわね………まさか、こんな豪華な部屋に泊まれるとは思わなかったし………」
シアが出て行った後、エステルは客室に泊まれない事を微妙に悔しく思った。
「ハハ………それだったら、ここに泊まるかい?リフィア達にはパズモにでも伝言を頼めばいいと思うし。」
悔しがっているエステルを見て、ヨシュアは苦笑しながら提案した。
「そんなの駄目よ!ミントと約束したんだから!それにミントと一緒に寝るベッドがあたしにとって、最高のベッドよ!」
「ハハ……エステルらしいな。」
「そうだな。………いつも思うが、お前さんのあの嬢ちゃんに対する愛情はそこらへんの親と比べ物にならないくらいの愛情だな。」
相変わらずミントを可愛がっているエステルを見てヨシュアは苦笑し、ジンは感心した。
「当然よ!あたしはミントのお母さんなんだから!」
2人に言われたエステルは自慢げな表情で胸を張って答えた。
「さてと……」
そして表情を真剣に直したエステルはジンに気付かれないよう、ヨシュアに目配せをした。エステルの目配せに気付いたヨシュアも真剣な表情で頷いた。
「……ねえ、ジンさん。あたしたち、ちょっとお城の中を見物しに行きたいんだけど……」
「晩餐会が始まるまでには戻ります。」
「やれやれ、試合の後だっていうのに若いモンはタフだねえ。いいぜ、行ってきな。俺はメシまで、この豪勢な部屋でのんびりと休ませてもらうぜ。」
そしてエステルとヨシュアは部屋を出た後、招待客である各市の市長やルーアンの市長代理で来ているコリンズに挨拶をした後、女王宮がある空中庭園に向かった。
~グランセル城・女王宮入口前~
「あ……」
「ここが女王宮みたいだね……」
空中庭園を歩いていたエステルとヨシュアは女王宮らしき建物を見つけた。しかし、そこには2人の特務兵が門番として女王宮の入口に立っていた。
「む……なんだ貴様らは。」
「おい……こいつら……」
エステルに気付いた一人の特務兵は警戒し、もう一人の特務兵はエステル達が胸に付けている遊撃士の紋章に気付いた。
「えっと……あたしたち、公爵さんに招待された者なんだけど……」
「こちらは、陛下のいらっしゃる女王宮でいいんでしょうか?」
「……その通りだ。」
エステル達は普通に自分達が何者かや女王がいるかを尋ねた。尋ねられた特務兵は普通に返した。
「だがここ数日、陛下は御不調でいらっしゃる。お目通りを願っても無駄だぞ。」
「や、やだな~。そんな大それたこと考えてないわよ。そりゃあ、ちょっとはお目にかかれたらな~って思うけど。」
特務兵の注意にエステルは苦笑しながら答えた。
「ところで、クローディア姫もこちらにいらっしゃるんですか?」
「いや、こちらには……」
「……おい。」
「とと、それは熱心に陛下の看病をなさっていらっしゃるぞ。もちろん、お前たちの相手をなさる余裕などないからな」
ヨシュアが尋ねた事に思わず答えそうになった特務兵はもう一人の特務兵の注意に慌てて誤魔化した。
「……こんな所で何をなさっているのですか?」
その時、女王宮の中から中年の女性が現れた。
「夫人……」
「もうお帰りかな?」
「もうすぐ晩餐会ですからいったん控室に引き上げます。ところで、こちらのお客様は?」
中年の女性はエステル達に気付き、特務兵達に尋ねた。
「武術大会で優勝したチームの者です。たかが遊撃士の身分ですが一応、招待客とはいえるでしょうな。」
尋ねられた特務兵は嘲笑しながら答えた。
「ムッ、たかが遊撃士って……!」
特務兵の嘲笑にエステルは怒ろうとしたその時
「無礼者っ!」
中年の女性が特務兵達を大声で一喝した。
「あなた方は、王城の招待客を侮辱するつもりですか!」
「や……自分たちはその……」
女性の迫力に特務兵達はたじろいだ。
「たとえ招かれたのが公爵閣下でも城を来訪された方は、陛下のお客様!その事を忘れてもらっては困ります!」
「りょ、了解しました。」
(す、すごい迫力……)
(ひょっとしてこの人が……)
特務兵をたじろかせた女性を見て、エステルは驚き、ヨシュアは女性の正体を察した。
「ですが夫人……彼らを通すわけにはいきません。その事は、大佐の説明で分かっていただけたはずですな?」
「……その事は聞き飽きました。」
特務兵の言葉を聞いた女性は溜息を吐いた後、エステル達の前に出た。
「申しわけありません、お客様。警備上の理由で、女王宮の付近に近づくことは禁じられています。できれば、晩餐会が始まるまでお部屋でお待ちくださいませんか?」
「あ……は、はい。」
「わかりました。そうした方が良さそうですね。……すみません。色々とお騒がせしました。」
頭を下げる女性を見てエステルは頷き、ヨシュアは特務兵達にも謝った。
「フン……」
「分かればいいのだ、分かれば」
「………………(ギロッ)」
「……どうぞ、気を付けてお戻りください。」
ヨシュアの謝罪にいい気になった特務兵達だったが、女性に睨まれると丁寧な物言いで言い直した。
そしてエステルとヨシュア、女性は空中庭園の広場に来た。
「……お客様の前で見苦しいところをお見せしましたね。申し遅れました。私の名はヒルダといいます。グランセル城の女官長として侍女の監督にあたっております。」
「やっぱり……」
「あなたがヒルダ夫人だったんですね。」
女性――ヒルダが名乗り出ると、エステルとヨシュアは納得した。
「おや……。失礼ですが、面識がありましたでしょうか?」
2人が自分を知っているかのような様子にヒルダは驚いて、尋ねた。
「えっと……ある人から教えてもらったんです。」
ヒルダの疑問に答えたエステルはユリアから貰った紹介状をヒルダに手渡した。
「この筆跡は……」
紹介状を読んだヒルダは驚きの声を出した。
「あ、それだけで判るんだ。」
「その紹介状と、遊撃士の紋章が僕たちの身分証明となります。」
「わかりました……。ここでは何ですから侍女達の控室に参りましょう。そこで話を伺わせていただきます。」
そしてエステル達はヒルダの案内によって侍女達の控室に向かった……………………
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第137話