高校に入り、生まれて初めて参加する部活動。そこで俺を待ち受けていたのは、厳しい先輩と先生のしごき、深まる友人との絆、そして現れるライバルたちを退け、目指せ世界への道――!!
――なんてことがあるはずもなく。
「ねえゆみ姉ー、加速度って何ー?」
「速度の変化を経過時間で割った値だ」
基本的に、我が麻雀部の活動は味付けが薄めだった。
いや、部の存続の危機に対する危機感はもちろんあるよ? もちろんさ。
咲-Saki-《風神録》
東三局 『Default Player・前編』
カチ、カチカチ……
カリカリ……
二種類の音が響く麻雀部の部室。前者の音は、ノートパソコンを使って新入部員を募っているゆみ姉たちがマウスをクリックする音。後者の音は、ただひたすら出された課題を片付ける俺のシャーペンがノートを叩く音。我らが麻雀部はいつものように半荘を終え、いつものようにそれぞれの活動をするのであった。
「……ふぅ」
クルクルっとシャーペンを指で回してから机の上に置き、ググッと背伸びをする。
(ダメだ、斜方投射とか何が何やら)
相変わらず理数系は苦手だ。いや、だからと言って文系が得意というわけではないんだけどね。今更ながらよくこの高校に受かったものである。というか、ネトマ(ネット麻雀)に勤しむ傍ら、俺も勉強も一緒に見てくれるゆみ姉のスペックがマジ半端ない。
(……ダメだ、行き詰まったー)
ということでちっとばっかし休憩。コーヒーでも入れることにしよう。この部室、全自動雀卓こそないものの、冷蔵庫やケトルなどといった軽い喫茶をする事が出来る設備は整っている。といっても雀卓以外は各自不要となったものを再利用しようと部室に持ってきたものなのだが。
「コーヒー飲む人いますかー?」
俺の発言に対して全員手を上げたので、マグカップを四つ用意してコーヒーを入れる。俺とゆみ姉はブラック、部長は砂糖五杯、津山先輩は一杯っと……。なんというか、こうコーヒーに入れる砂糖一つ取っても人となりって言うのは見えてくるものだなぁ。
「はい、ゆみ姉」
「ん、ありがとう」
全員にコーヒーを配り終わってから自分のマグカップに口を付ける。安物のインスタントではあるが、この苦味が疲れた頭に染み渡る。個人的には糖分よりもこちらの方が回復するような気がする。いや、甘いものも大好きだけど。
「そっちの調子はどんな感じ?」
「ああ、なかなかいい人がいたぞ」
「え? マジ?」
今まで見つからずに今になって見つかったということは、俺と同じ新入生かな? もしかして、勧誘したら俺みたいにアッサリ入部してくれる人がいるかもしれない。今度他の一年生のクラスにも声をかけてみることにしよう。
入学してまだ一週間しか経っていないが、結構な人数の男子生徒と知り合いになれた。結構というか、ほぼ全員と言っていいかもしれない。くどいようではあるが、この鶴賀学園は去年までは女子校であった。それ故に男子生徒は女子生徒と比べて圧倒的に少人数で、男子生徒でコミュニティが出来上がるまでに大して時間はかからなかった。なんとうか、女子生徒ばかりの学校で肩身の狭い思いをする男連中が寄り集まったというところか。
ちなみに、佐賀は佐賀で元女子校というシチュエーションを存分に楽しむさらに少人数のコミュニティを作り上げているらしい。エンジョイしてるなぁ、色んな意味で。
閑話休題。
ゆみ姉の後ろからノートパソコンを覗き込む。ゆみ姉が指差すそこには『Default Player』の名前。
(どれどれ……)
そのままゆみ姉の後ろから対局を観戦することにした。
対局自体は南三局で終了した。下家が無用心な振込みをしてしまったため満貫を振り込み飛んでしまい、残り少なかった点数に止めをさされてしまったのだ。結果、三位だった対面の逆転勝利で終わったのだが……注目すべきは振り込んだ下家でも、逆転勝利を収めた対面でもない。
(ゆみ姉が二位、か……)
こう言ってはあれだが、ゆみ姉は手加減なんて器用な真似は出来ない。だから例え相手が初心者であっても全力で麻雀を打つ。時の運はあるものの、そんじょそこらの経験者ではゆみ姉から一位は簡単に奪えない。それは既に何回か直接対局している俺がよく分かっている。
そんなゆみ姉が『直撃していないのにも関わらず』ただの満貫で逆転されてしまったのだ。
そのような状況になってしまった最大の理由。それが……。
(上家……『Default Player』……)
決して素人などではない手堅い打ち回し。時には他家に振り込んでまでゆみ姉の和了を阻止し、降りるべきところでは降りる。派手な打ち筋ではないが着実に点数を稼ぎ、二位の位置からトップのゆみ姉を抑えていたのだ。三万点返しのルールのため、このままでは
華がないと言ってしまえば、それで終わり。
けれど。
何故か、その打ち方と性格に、惹かれるものがあった。
「いい打ち手だと思わないか?」
「うん……華はないけど堅実だ……ねぇ、ゆみ姉」
俺の言おうとしたことが分かったらしく、ゆみ姉は頷いた。しかし、ゆみ姉が行動に移す前に部長が動いていた。
『カマボコ:よかったら、麻雀部に入部してみない?』
学校のサーバーに作られたテーブル、そこに設けられたチャット機能を用いて部長が『Default Player』に話しかける。……というか部長、ハンドルネームが『カマボコ』ですか。いやまあ、別にいいんですけど。
部長直々の勧誘の言葉。しかし『Default Player』から帰ってきたメッセージは、そっけないものであった。
『Default Player:あまり興味がないので』
『かじゅ:そこをなんとか』
ハンドルネーム『かじゅ』ことゆみ姉が喰らいつく。部員が少ないのは事実。でも、たとえどんな人でも入部してもらいたい現在の状況でも、優秀な人材ならば欲しいに決まっている。インターハイに出場することが目的とはいえ、初戦敗退となってしては目も当てられない。出場するからには、勝たなければならない。『出場することに意味がある』みたいな言葉も存在するが、そんな綺麗ごとだけでは済まない事態だって存在するのだ。
そんな思いを込めた願い。是非とも入って欲しいという願い。
しかし、帰ってきた返事はとても不思議なものだった。
『Default Player:あなたたちは、私を見つけられない』
「……え?」
それは果たして誰の口から零れ出たものだったのか。部室にいる四人全員が、ここではない何処からか書き込まれたそのメッセージに言葉を失ってしまっていた。
『システム:Default Playerが退室しました』
「あ!」
俺たちが再び動き出したのは、そんなシステムメッセージが表示された後だった。
「引き止められなかったなー」
部長がいつものように「ワハハー」と笑うが、その表情は僅かに暗くなっていた。津山先輩にも視線を向けると、彼女の眉間には皺が寄っている。ゆみ姉もため息を吐いていて、この部室にいる全員が新入部員(且つ即戦力)候補を逃してしまったことを残念に思っていた。
しかし、気になることが一つ。
「ねえ、ゆみ姉、これってどういう意味なんだろ……」
「………………」
無言。しかし、首を左右に振ることで答えが返ってくる。
結局、その日はもう『Default Player』は姿を現さなかった。
「………………」
気が付けば、もう夕方だった。
先に帰ると言ったゆみ姉たちを「もう少し残る」と見送ったのは、今から一時間前。先ほどまで勉強していた机に、ノートを広げたまま頬杖を付いて窓の外をぼんやりと眺めていたら、いつの間にか夕方になってしまっていた。
窓の外、姿は見えないが運動部員たちの声が耳に届く。先ほども話したが鶴賀は女子生徒の方が多い。そのため声のほとんどが女子のものだが、よくよく聞くとその中に男子生徒のものと思わしき低い声もある。聞いた話では、十数人の男子生徒が集まって野球部を設立したらしい。きっと出来立てホヤホヤの野球部で、先輩の扱きなど無縁なノビノビとした部活動を送っていることだろう。
「はぁ」
一人暮らしのため門限なんてあるはずもないが、流石にそろそろ帰ることにしよう。
部長から預かっていた鍵を使い、戸締りをしてから昇降口へと向かう。
誰もいない廊下。一人歩きながら考えるのは、さっきからずっと変わらずたった一つのこと。
『Default Player』が残していった最後の言葉。
『あなたたちは、私を見つけられない』
一体どういう意味なのだろうか。いや、確かにネット麻雀なんかで個人の特定なんか出来ないし、見つけられないっちゃ見つけられないんだろうけど。
けれど、あの言葉には何か別の意味が含まれているような気がした。気がしてならなかった。
「……ん?」
それは、本当に直感だった。別に何かが見えたわけでも聞こえたわけでもなかった。人間が持つ五つの感覚の外、正しくそれは第六感。
けれど、俺は本能的に左を向いた。
そこは一年A組の教室。開きっぱなしとなった扉から中を覗く。夕方のこの時間に部活以外の用事で残っている生徒は流石にいない……はずなのだが。
佇む人影。揺らぐ姿。
「!?」
グシグシと目を擦ってから、もう一度教室の中を覗きこむ。
「……今のは……」
しかし、もうそこには誰もいなかった。
《流局》
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実は何話か加筆修正したのが溜まってたりする。
けどいつも更新する時間に更新するのを忘れるから今回はこんな時間に投稿。
※携帯から見づらいという声を聞き、現在他サイトへの同時掲載を検討中。