第六章 祖は、誰の人形たるや?
<In the dream phase 3>
僕は――ひとりぼっちだった。
「よくやったぞ……Pf値の改良に成功したことがこれで実感できる。能力の上乗せがさらに可能で、こうなれば適正次第で能力の昇華もできるかもしれない! ……次は塩化ベンゼンジルコニウムとの配合比も考えてみるか……ぶつぶつ」
僕には父が居た。
父は、研究所の所長だ。
お母さんは、知らない。
いつも僕は、父にベッドに寝かされて、眠たくもないのに薬で眠らされて、
その間に、僕の頭は父にぐちゃぐちゃと混ぜられているみたいだった。
ある時は起きた途端に、どこのどんな場所からでも視界に映るものははっきり見えるくらい目が良くなったり、起きたら勝手にベッドを壊したりしていたこともあった。
父はそれを、「能力の安定化が進んでいない、ある一定の能力に固定するためにはどうすればいいんだか……」とまた、ぶつぶつ言っていた。
ある日、それが叶った。
僕がベッドから降りて少し歩くと、びゅうびゅうと、部屋の中なのに気の狂った妖精がダンスを踊っているみたいに、風が吹き荒れた。
父は、少しびびりながらでも、満足そうに割れたメガネを拾い上げて、小躍りしていた。
その頃に、僕はきっとフラウ、と名付けられたんだと思う。
次に起きても、その次の日も。
僕の周りには風の妖精がついていた。
風の楼、を意のままに操れる。
だから――風楼(フラウ)。
それから父はもっと、もっともっと、狂っていったんだと思う。
僕みたいに、子供をたくさんどこからか連れて来て、
みんなみんな、頭の中をぐるりぐるりと混ぜていた。
父に一度だけ聞いたことがある。
ナノマシン、というやつと、他にも色々と入れている。僕にも、同じものを入れているんだよ、と。
その他の子供たちも、次に起きるたびに、僕と同じような、狂った妖精を連れるようになった。
最初に起きた黒い髪の、黒い肌の子。この子は、触るとびりびり痺れる、そんな妖精を持っていた。
次の子は、見たものをなんでも一瞬で、全部覚えてしまう子だった。そんな妖精を連れていたんだと思う。
他にも、自由に飛べる子だとか、嘘ばかりしゃべる子も居た。
父は、もっともっともーっと、狂っていった。
そのうち、怖い子が増えた。
あんまり怖いから、思い出したくない。
子供たちはやがて、父の言いつけで、研究室の外に出ることが多くなった。
半分くらい、帰ってこなかった。
帰ってきた子も、血だらけだったり、すごい怪我だったり。
僕も、いつか行くんだろうな、と思っていた。
その予想は、1カ月で当たった。
父が何をしようとしているのか、分からなかったけど。
最初は、「この金持ち、ムカつくからちょっと家ぶっこわしてこい」だった気がする。
怒られるのが怖いので、僕は目には見えない風楼の妖精と一緒に、そいつの家に行った。ちょっと妖精を踊らせるだけで、家まるごと吹き飛んでしまった。ちょっとやりすぎたかと思ったけれど、父は大満足だった。
父から狂ったお仕事を言いつけられるたびに、風楼の妖精は、色んなことを覚えていく。
色んなところから風を集めて、渦にして、物を壊す。
そこらへんでふよふよ流れている風を、一瞬で僕の物にして、えい、って前に突き出すだけで、大人だってイチコロだった。
風に乗って飛べた。
デンシャよりも速く走れた。
僕は父の狂いに、従い続けた。
僕は一人だった。
初めて人間を殺した日から一年くらいかな。
父は偉くなって、僕なんかには構ってくれなくなった。部下の人から伝言を聞いて、父に逆らう人の治める街に、僕は行くことになった。
そいつだけを殺せば良かったから、仕事は簡単だ。窓際に立っているそいつを、外から暴風の妖精が吹き飛ばして、そいつは五階から落ちて死んだ。ものの5分で終わった。
やることが無くなった僕は、街を歩く。
だけどこの街は裕福だ。『一人』なやつなんて居なかった。僕と同じくらいの子供は、みんな遊んでいるし、とにかく幸せそうな……そんな人間しか見なくて、僕は胸くそが悪くなっていたんだと思う。
ところが、一人だけ――違う子を見つけた。
その子は、周りとは全く見た目も存在も異なっていて、目立っていた。すぐに目に止まった。
真っ白な肌。
輝く銀の髪。
僕よりも年はもっと低いはず。きっと、学校に入るか入らないか、それくらいだと思う。
そんなうっとりしてしまうくらいに綺麗な彼女はしかし、この街の人からは……それは物凄く忌まわしきものだと、思われていたらしい。
彼女が歩く道に、誰も近寄らない。誰も彼女に話かけるものなど居ない。
投げかけられるのは言葉じゃなく、石だ。子供も大人も。
彼女は学校に通っていた。
靴を片方無くして、顔に傷を作って、家に帰っていった。
さすがに家では一人じゃないだろうと、こっそり家を覗いてみた。
「もうやめて……お父さん……!」
「軽々しくお父さんなんて呼ぶなッ! 血も繋がっていないくせに!」
ひょろひょろで眼鏡をかけた、神経質そうな男が、彼女の服を掴んで殴り、蹴倒し、倒れた彼女の上に圧し掛かって、言葉で罵倒していた。
「お前が……ッ! お前なんかが居るからいつまでも俺は会社で上の地位に就けない! 今日は俺よりも5つも下の奴がついに部長になりやがった! この俺がまだ係長なのにだ! 社長はお前の事を知っている。そのせいでロクな仕事も貰えないんだよ!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
父親と思われるその男は、彼女がぼろぼろと泣いて助けを請うとしてもなお、殴るのをやめなかった。
やがて殴り疲れたのか、男は部屋から去って行く。倒れたまま涙を流し動かない彼女に、化粧の濃い女が、何かの乗った皿を持って近寄る。さっきの光景は、見て見ぬふりをしていたようだ。
「コラさっさと起きな! あんたみたいな疫病神を養ってやってるだけでも感謝するんだね。まったく姉さんもとんでもない娘を産んでくれたもんだよ! これで養育費を相続してなきゃ、あんたなんかすぐ捨ててたよ。あの人はいつまでたっても偉くならないし、わたしゃ街で日蔭者さ。いいかい、これを食べたらすぐ自分の部屋にお行き!」
「……ありがとう、ございます」
彼女に与えられた皿には、小さなパンが1きれと、さいころくらいの大きさのチーズ。スプーンに一口分のミルクが添えられていた。
部屋に椅子と机はあるけれど、彼女はそれを使わなかった。地面に、犬や猫みたいに四つん這いになって、食事を進める。後ろには女が眼を光らせていて、机を使おうものなら許しはしない、と……憎いものを見つめる目で彼女を睨んでいた。
例え彼女が小さくても、あの量ならすぐに食べ終わる。皿をどこかへ持って行って、部屋から出て行った。
ずっと窓から見ていた僕は、心の奥深くに何か変なものが芽生えたのを感じた。彼女のことが気になって仕方が無かった。
どうせ仕事はすぐに済んだんだ。ちょっとくらい遅くなっても、父は怒らない。
いやもう……僕がどこかへ行ったって、どうでもいいのかもしれない。
彼女は二階に行ったようだった。屋根部分の割れた窓から、光る銀色が見えたから。
僕は一計を案じることにした。
小さな石に、メモを書いた紙を括りつけて。
投げた石は、妖精に運んで貰う。うまく窓の中に入った。
それから少し時間が経って。
ひょこ、っと彼女が顔を出した。
けれどなぜだろう。
僕は途端に恥ずかしくなって、隠れてしまった。
彼女の見つめる視界には、誰も居ない。
顔が引っ込んだ。
僕はもう一度だけ、メモを託した石を風の妖精に任せて。
その街を離れた。
『僕も一人ぼっちなんだ』
『明日も来てみるよ』
僕はその日から、彼女に会うことを目的にしたように、狂った仕事のあと、街に通った。
彼女は相変わらず、一人だったけれど。
ただ一回だけ、彼女がメモを見る顔が見えて――その時少し笑っていたのが、僕の何かを変えた、そんな気がしたんだ。
毎日、街に行く。
虐げられる彼女を救うことができたら、どれだけ良いことか。
そう思った。
けど、
僕は――子供だ。
殴られているのを止めたところで、そのあとどうすればいいのかを知らない。
ただ、少しずつ笑顔が戻り始めると共に彼女の肌には傷がどんどんどんどん、増えていって……そのうち彼女は学校に行かなくなった。
メモは受け取ってくれるけれど、一日中怒号と泣き声が聞こえる。
ついに僕は、父に生まれて初めてのお願いごとをした。
『あの街を壊すって前に言ってたこと、僕に任せてくれませんか』
父は、あの街がとても嫌いらしかった。
だから仕事もとても多かった。
けど、街一個はあまりにも多すぎて……父はずっと手をこまねいていた。
それで、僕は父に言ったんだ。
『全部、壊させてください』と――
父は両手を挙げて喜んでくれた。
僕の力を限界まで引き上げた。いじられるのは好きじゃないけど、彼女を救えるためなら、なんだってよかった。
そして、起こる。
あの夢の出来ごとが。
僕は街を飲み込んだ。
僕の妖精が、街を包んだ。
彼女の父と母が出掛けて居る時に、
彼女の居る家だけを残すように、
風を。
竜巻を。
楼のように織り組んで。
風に消えて襲った。刺した。討った。
風が収まった時には、僕と彼女しか居ない。
衝動的だったから、僕は彼女を街から解放するだけのつもりだった。彼女を押しこめる街という名の檻を壊して。
だけど彼女は僕についてきた。
子供だった僕にはどうしようもなかったけれど……彼女を守るためにいっそう、父に言われる狂った仕事を全部、完璧にこなした。
彼女はきっとそれを知っていたんだと思う。いつだって血まみれだったし、血の臭い、銃の火薬の臭いが分からないわけがない。
僕が傷ついた時には怒っていた。普段はおっとりとしている彼女だけど、意外と意地っ張りで気が強い所もあった。
壊した街には小さな街が隣り合っていて、貧しい人らが集落を作っていた。彼らは彼女を痛みつけたりはしなかったし、彼女をそこに住まわせることにした。仕事が終わったら、僕はそこに帰ることにしていたんだ。
壊した街には新しく住み始める金持ちの人がまた街を作ったけれど、逆にその人達が捨てていく余った食べ物なんかは、この小さな街の人々にとってすごく助かっていた。
僕は、一人じゃなくなった。二人を知った。
幸せはいつまでも続くわけじゃないことも知ることになった。
家に帰ると、彼女の姿が無い。
近所の住人に聞いた。怖そうな人間が、何人か来ていた、と。
探したけれど、見つからない。
僕は途方に暮れながら、父の元に戻った。
そこで目を疑った。
なんで彼女が、父の隣に居る?
父は言った。
「やぁ……フラウ。随分と好き勝手なことをしていたようだなぁ。もっとも、私は彼女に大変満足したから、特別にお前を許してやろうと思うが」
「え、えっと……彼女は」
「あぁ。お話するかい? 大切な大切な彼女だものな。さぁさ、早く話してあげなさい」
彼女は変わらず白い肌で、輝く銀色の髪を身に纏っていた。ただ一つ、澱んだ瞳を除いて。
「シュカ?」
「…………はい」
「どうしてここに居るの?」
「マスターにお呼ばれしたので」
「……そういうことらしいよ、フラウ?」
父が、シュカの肩に手を置く。
明らかに、彼女は彼女じゃなくなっていた。
「分かりやすいように説明してあげよう。簡単に言って、フラウ。お前と同じにしてあげたんだよ」
「…………は」
それは、彼女が僕と同じように、
頭を混ぜられて、
狂ってしまった、ということ、だ。
父に詰め寄った。
彼女を元に戻す方法は?
フラウがもっと私の為に働けば彼女は元に戻るかも知れないよ?
働いた。
彼女を取り戻すために。
奪った。
殺した。
狂った。
彼女はいつまでたっても、父のものだった。
僕はついに父に反抗した。生まれて初めてのことだ。
それに立ちふさがったのは、彼女だった。
彼女は僕よりも強かった。
いや、それ以上に。
僕は彼女を傷つけることなんて、できやしなかったんだ。
敗北。
僕はまた、一人になってしまうのか。
ううん、もう何もない。全てを失った。
ならもう終わりでいいじゃないか。
海に飛び込んだ。
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夏コミ(C82)にて頒布する総合ライトノベル誌「LsB!」内の創作ライトノベルLittle prayer見本になります。
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