No.456756

魔法少女リリカルなのはDuo 10~12

秋宮のんさん

引っ越しだから長い……

2012-07-21 14:41:17 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1103   閲覧ユーザー数:1085

・第十 欠けた月に、祝福の風は吹く

 

「ラケーテン!!」

 杭の付いたハンマーを振り降ろされ、慌ててクイック・ムーブで後方へ逃げるカグヤ。だが正面に迫る赤い騎士は、僅かな停止もせずに突っ込んで来る。ハンマーの背に付いているジェット噴射が推進力になっているだろう事は容易に想像できた。

「ったく! 今回はお前らに用はないんだけどな!?」

「うるせぇ! テメエが捕まえたあたしらの仲間! 何処にいるか吐いてもらうぞ!」

 赤き鉄槌の騎士、ヴィータが幾度槌を振るう。

 攻撃の脇をしゃがんで素通りしつつ地面を転がりながらヴィータの後ろへと逃げるが、少し走ればすぐに行き止まりになってしまう。戦場はビルの屋上。周囲には飛び移れる高さの建物はない。そしてカグヤには飛行手段がない。あるとすれば飛鳥を使ったグライダーだが、アレはあくまで滑空。自由に飛べるわけでもないのに空中に飛び出せば、良い的になるだけだ。

 何より辛かったのは、カグヤが腰に差した刀を抜けない理由がある事だった。

(どうする? コイツを抜くか? いや、これはアレを使うための媒介だ。下手に使用して砕けたらシャレにならない……)

 ならばどうするか? そんなのは決まっている。抜いた刀で一撃必殺を打ち、確実に倒す。それしか方法はない。

(猛御雷を……、ダメか、アレは威力が拡散する)

 カグヤが新しく覚えた魔術、猛御雷には五つの欠点があった。

 一つは完成させた時に術式を保存できず、使用の際にもう一度組み直す必要がある事。

 二つ目は、未完術式故に肉体的なダメージが反動として出てきてしまう事。

 三つ目は、性質変換がまだ不得意故に、発動に遅れがある事。特に雷はまだ扱いなれていない。

 四つ目は、雷と言う性質上、物質に引かれて、威力が拡散してしまう事。

 五つ目、これが案外重要で、非殺傷設定の魔法術式を組み込んでいない事だ。

(殺傷魔法使ってるとフェイトがうるさいんだよな……)

 仲間になったフェイトに戦い方を享受してもらっている最中、カグヤの魔法の全てが威力が弱いだけの殺傷魔法だと言う事に気付いたフェイトが、非殺傷設定にするように進めてきたのだ。だが、カグヤは「非殺傷設定? そんな術式が存在するのか?」と、素で返した。さすがに呆れたフェイトは、バルディッシュと共に非殺傷の術式をカグヤに教えたのだが、カグヤの使う魔法の全てが異質な術式過ぎて、非殺傷設定を追加する隙間がなかったのだ。困ったカグヤは、元々威力が弱く、殺傷に程遠い霊鳥はそのまま、必殺の威力を持つ『猛御雷』には未完成と言う事もあり、非殺傷術式を追加するまで使用しない事を約束したのだ。

(それでも、バリアジャケット越しじゃあ、そんなにダメージにならないと思うんだがなぁ~。精々気を失うくらいだろう?)

 そんな疑問を抱きつつも、フェイトとした約束を律儀に守ろうとするカグヤは、やはり悪役に徹しきれていない。

(ま、それなら新しく組み上げた術式なら、殺傷魔法でも言い訳くらいにはなるだろ)

 そして、簡単に抜け道を見つけて約束を正しい意味で守ろうとしないあたり、善人としても徹しきれていないのであった。

「花と咲け―――」

 カグヤの口から朗々と紡がれる謡。それは以前、最強の己を垣間見るために使用した義姉の祝詞を、今度は自分専用の祝詞として組み変えた物だ。

「散って花弁が裂く―――」

 これによってカグヤは、より安全に、より深くの自分を垣間見る事が出来る。

 ヴィータの追撃を躱しながら、カグヤはゆっくりと祝詞を謡い、己の姿を垣間見る。

「燃ゆれ燃ゆれ、煌々と猛よ―――地に堕ちし鉄の屍―――瞬きの最中に光と消える―――……ッ!?」

 祝詞の途中、脳の神経が焼ける様な痛みと、イメージに雑音の様な砂嵐が襲いかかる。義姉の祝詞を読み上げた時と同じ、己に相応しくない祝詞に深層意識が拒否反応を起こしたのだ。

 右目に激痛が走る。右手で目を覆う様にして頭の痛みを押さえる。

 微細な回避は難しいと判断して、クイック・ムーブで極端に距離を取る。幸い、痛みはすぐに引き、深層にあった自分のイメージもしっかりと記憶に焼き付けた。

「いくぞ……!」

「!」

 カグヤが抜刀した事で、ヴィータも攻撃の手を止めて身構える。

「是の炎、万物焼く神名の槌(この炎は神の名を持ち、万物を焼く槌となる)」

 即席で術式を組み上げ、それを言葉にしてまとめ、魔術として成立させていく。

「神名を読(真名を明かす)」

 完成された新たな術の名をキーワードに、その力を解放する。

「迦倶槌(カグヅチ)ッ!!」

 刃に纏ったのは巨大な炎。真っ赤に燃えあがる高熱の剣(槌)。

 やはり即席故に未完成ではあるが、威力のみで見れば、それは猛御雷を超えた猛威の一撃だった。

「! にゃろ! こんな隠し技を……! アイゼン!」

 ヴィータの命令に愛機がカートリッジを三発リロード。忽ち愛機は螺旋の鉄杭を持つ、巨大な鎚へと変貌した。

「そっちがハンマーなら、こっちもハンマーだ! 喰らいやがれ! ギガントシュラーク!!」

 螺旋の鉄槌と業火の鉄槌が正面からぶつかり合う。

 力はヴィータの方が上で、僅かにずつだがカグヤは後退させられる。しかし、術の質はカグヤの方が上で、螺旋の杭は業火に炙られ、その形を変形させられていく。

(アイゼンが……!? いや、ここは退かねえ! このまま押し切れば間違いなく勝てる! 今回は小細工させる暇は与えねえ!!)

(正面きっての鍔迫り合いになってしまった……!? 刃には直接ヒットしてないから刀のダメージはない。持久戦に持ち込めば迦倶槌の炎がドリルに削られるより早く壊せる。……だが、それだと残りの魔力が―――!)

 踏ん張るカグヤの身体から、大幅に魔力が削られていく。元々許容できる魔力量が圧倒的に少なすぎる。いくら質に合わせた魔術術式でも、強力な力を使おうとすれば、その魔力はあっと言う間になくなっていく。

 しかし、カグヤが追いつめられているのはそれだけではない。

(今回使ってる刀は、((その時が来るまで|、、、、、、、、))使えない刀だ。俺はまだ、コイツ相手に((契約|、、))を使うわけには……!)

 

――使うか?――

 

 カグヤが頭の中で『契約』と言う言葉をイメージした瞬間、その声でない意思が思考に割り込んだ。

 思考が止まる。

 

(まだ出てくるな……!)

 

――でも呼んだだろう? だから声をかけた――

 

(良いから引っ込んでろ!)

 

――使う気があったのだろう? だから伝わる――

 

(まだ使わないって決めたんだよ! 解ったらすっ込んでろ!)

 

――本当は迷ってるんでしょう? だからまだ聞こえてる――

 

「うるさい……、黙ってろ……っ! 今話しかけるな……っ! 思考の邪魔だ……っ!」

「?」

 カグヤが内なる声に苦悩の声を漏らす。それを聞きとったヴィータは、意味が解らず片眉を動かす。

 普段ならこの機微にも気が付くカグヤだが、今はそこに意識を向ける事が出来ず、ウチの声に翻弄される。結果無駄に時間は費やされ、消耗戦の中で先に音をあげたのは、意識が逸れてしまっていたカグヤの方だった。

(何やってんだ俺は……!)

 疲労から、苦悶の表情を浮かべながら、カグヤは二択を迫られた。

 ここで捕まるわけにはいかない以上、契約を使いヴィータを倒すか。

 契約を使わないために、刀の損害を覚悟するか。

 カグヤは決めあぐねる。どちらを選択しても助かるが、どちらも現在受けるわけにはいかないリスクだ。

(それでも選ばねばならないなら……、俺は……っ!?)

 

――使う? 良いよ――

 

 カグヤが覚悟を決め、契約を使おうとした時、雷光が迸り二人の中間を引き裂いた。

「なんだっ!?」

 ヴィータはカグヤの仕掛けた雷撃の罠かと疑い、周囲を確認する。

「おいおい、まさか……っ?」

 カグヤは心当たりを一人思いつき、驚愕に目を見開く。

 そこには雷を纏った黒い騎士の少女が愛機、バルディッシュを構え立ちはだかっていた。

(カグヤ、ごめん。助けに来ちゃった)

(何してんだよ? 出てくんなっつたろ? 怪しまれるんだよ)

 カグヤの懸念は的中して、今の状況にヴィータが酷く混乱していた。

「おいてめぇ! これは一体どう言う事だ!? お前、そいつに捕まってたんじゃないのかよ!?」

 まるで怒声の様な問いかけに、カグヤは一瞬考え、一芝居を打つ。

「フェイト。……解っているな?」

(フェイト、下手に喋るな。無言でただ頷け)

 会話と同時に念話を送り、次の行動を教える。

 ヴィータとカグヤを一度見比べたフェイトは、カグヤの指示に従い、軽く頷いて見せた。それだけの行動だが、ヴィータは何か引っかかるような表情をする。

(察しの良い方じゃないみたいだが、それでも疑念を植え付けておけば何かと有利だ。あとは逃げるぞ)

 念話でフェイトに指示すると同時に、屋上から身を投げ出す。それを追ってフェイトも飛び降り、空中でカグヤを捕まえると、お得意の高速移動で敵前逃亡を図る。後方でヴィータが何か叫んでいたが、フェイトに追いつけるはずも無く、すぐに見えなくなった。

 

 

「なんで来たんだよ」

 街中の一角まで逃げた二人は安全を確認してから近くの喫茶店に入り、休憩も兼ねてお茶を飲んでいた。カグヤは一息吐いてから、予定にないはずだった場面に現れたフェイトに責める様な視線を向ける。

「ごめん。やっぱり心配だったから……」

 それに対して、つばの広い帽子被り、長い髪をまとめて隠して、度の入っていないメガネをかけている。一応行方不明者と言う事で、顔などを隠すようにカグヤに言われてしているのだが、言った本人は隠すことなく堂々としているのだから意味が解らない。フェイトはその事に付いて特に突っ込む事も無く、謝罪していた。

「実際、私が来てなかったら危なかったでしょう?」

「それは事実だが、その時はその時で対処できた。だから『大丈夫だった』というのも事実だ」

「解った。余計な事してごめんね?」

「あ、いや……、余計なことではないんだがな……」

 カグヤは感謝を述べない。だが必要以上にフェイトを責めもしない。しかし本人としては、その線引きをしっかりできているのかが解らず、ついつい言葉を濁してしまうのだった。

 そんなカグヤの心境を少なからず感じ取れたフェイトは薄く微笑み彼を立てる。

「うん。大丈夫。ちゃんと解ってるから」

「本当だろうな?」

「不安なら細かく言って欲しいかな? 勘違いしたくないし」

「……いや、説教臭くなるからやめとく」

 諦めたように溜息を吐いたカグヤは、机に置かれたコップを取ると、カフェオレを飲み干す。それに合わせてフェイトも自分の前に置かれたコーヒーを飲みほした。

「エリオは?」

「カグヤの言いつけどおり、アレを売ってお金にしてるよ。管理局の人間としてはあのロストテクノロジーを所有物として売るのは気が引けるけど……」

「それなら問題ないぞ。売ってるのは全部、俺が細工して個人じゃあ使えない物になっている。俺は闇市として商売してるから、購入後の責任は持たない。だけど、暴走した品物をどうにかできるのは俺だけだ。だから俺に連絡が来て、暴走を抑える商売が出来る。その後は管理局に情報を流してロストロギア指定されたテクノロジーを回収させる。販売、抑制、情報と三度美味しい仕組みだ。しかもロストロギアはしっかり管理局の手に渡っているからお前が心を痛める必要はない」

「別に意味で心が痛いよ……」

「闇商売してる連中なんて皆こんな感じだぞ? それを見抜いて自分の旨味にするのが購入者の眼力で責任だ。保障の無い闇市で買い物するくらいなんだからそのくらいは当然。実際目の良い奴はちゃんと避けてたしな」

「エリオが少し心配になってきたかな? そんな場所で大丈夫かな……?」

「限りなく問題ない。変身魔法使わせてるし、既に騙せる相手だけアポ取った連中と交渉させてるから、適当な値打ちで売っぱらうだろう」

「出来るならエリオに変な事教えないで欲しいんだけどな……」

「さあ? そこまで知ったこっちゃ―――」

 言いかけてカグヤは口を噤む。空になったコップを見た店員が近づいてきたからだ。

「お客様、御飲物の御代わりはありますか?」

「それじゃあ、この『恋人限定トロピカルアイスドリンク』を一つ」

「へうっ!?」

「かしこまりました~~♪」

 とんでもない物を注文するカグヤに、フェイトが驚き、顔を赤くして変な声を漏らしてしまう。彼女が否定するより早く、妙に乗り気なウェイトレスが鼻歌交じりに去っていく。仕方なくフェイトはカグヤに対して抗議する。

「か、カグヤ……!? なんであんな事……っ!?」

「何に慌てている?」

「だって、……こ、こ、恋、人……って?」

「慌てる事はないだろう? 自分を偽っている状況で形成された立場など偽りにすぎない。偽りに一々反応するな」

「う、嘘だからって……! 恥ずかしいでしょう!?」

「ウソだから恥しくないだろう? 事実ならなおのこと恥しくないしな?」

「事実っ!?」

「……なんでお前、顔赤くしてんだよ? ただドリンク注文しただけだぞ?」

「……~~~ッ、なんでよりによってそれを選んだの……?」

「飲みたいと思っていたから」

 カグヤは結構真剣な目でそう告げた。

 あまりと言えばあんまりな理由にフェイトも項垂れてしまうしかない。

 考えてみれば、カグヤはずっと一人だったのだから、こんな友人と共に行動する事を知らずに生きて来たのだろう。だからこそ、『二人以上でなければ成立しない物』に飢え、本能的に求めているのかもしれない。そもそも、カグヤは自分が飲みたいのであって、フェイト本人にそう言った『行動』まで望んでいる訳ではないのだ。それなら軽い嘘にくらい付き合っても良いのかもしれないと、フェイトは納得する事にした。

「お待たせしました~~~♪」

 フェイトが覚悟を決めたタイミングを見計らったように、注文のトロピカルジュースが運ばれてきた。大きなグラスになみなみと注がれたドリンクに、ハートの形に曲がった口の二つあるストローが添えられていた。

 そのストローの意味する所に気付いたフェイトは、治まりかけていた血がまた頭に上ってしまっていた。

「待ってました! ……はむっ」

 余程楽しみにしていたのか、カグヤはすぐにストローに口を付けると、ドリンクを飲もうと吸う。しかし、ストローに引っ張られる液体は、途中まで上ってすぐに戻ってしまう。何度か頑張って吸うカグヤだが、上手く液体を吸い上げる事が出来ない。

 ストローから口を話さずしばらく考えていたカグヤは、徐に反対側の口をフェイトへと向ける。

「フェイト、こっち吸ってくれ? 片方だけが吸っても上手く吸えない様になってるみたいなんだ」

「へ? ……へぇ!?」

 思わぬ誘いに驚くフェイト、カグヤは意に介さずストローを向ける。

「早くしてくれ。いつまで経っても飲めないだろう?」

「あ、えっと……、でも……!? 私達、そう言うんじゃないし……っ?」

「? 良いから早くしろよ?」

「か、カグヤ……? 恥ずかしくないの?」

「何に?」

「だ、だって!? 同じコップから一緒に飲むんだよ!?」

 思わず身を乗り出して訴えるが、カグヤは別段変わりのない瞳で見つめ返して告げる。

「それの何が恥しいだよ?」

「だ、だから! ……か、か、間接、キ・ス……とか……?」

「ストローの口は別にあるんだから問題ないだろう?」

「でも一本のストローだし! 一緒に吸うんだし!?」

「口移しするわけでもないし、何に怯えてんだよ?」

「私はどうしてカグヤが冷静なのか聞きたい……」

 項垂れそうになるフェイトに、我慢できなくなったカグヤは、彼女の頬に手を添えて顔を上げさせると、その口にストローを無理矢理突っ込ませた。

「!?」

「のふぞ?」

 いきなりの事に硬直するフェイトを無視して、カグヤはストローを咥えながら告げる。

 ほどなくして、フェイトの口の中にカグヤが吸い上げる感触が伝わってくる。その感触が解ってしまうだけにフェイトの顔はドンドン赤面していき、既にトマトよりも真っ赤になってしまっている。

「吸へって? 飲へはい」

 カグヤに急かされ、フェイトは訳も解らないまま吸い上げる。すぐにストローから汲み上げられた冷えた液体が口内を満たし、気持良かったが、味は全然わからなかった。対して、かなり近い正面にあるカグヤの顔は、甘いドリンクに顔をほころばせていた。

(な、なんか……私だけが恥ずかしがっている事が不公平な気がする……)

 羞恥心に耐え切れなくなったフェイトが口を放そうとするが、それに気付いたカグヤの手がまたフェイトの頬に触れて動きを阻害する。

「~~~~~~~~……ッ!!」

 逃げるに逃げられない状況に陥って、きつく目を瞑りながら恥ずかしがるフェイト。彼女はあまりの恥ずかしさから気付いていなかった。カグヤの手を振りほどくのに、自分の手を使えば容易であること、ストローの反対側の口を塞げば一人でも飲めること、そもそもストローを使わず直接飲めば良いだけだと言う事。まして、普通のストローを注文すれば何の問題も無かった事。何一つにも気付く事が出来なかった。

「甘ウマ~~~~♪」

 そしてもう一人気付いていない男が、葛藤する少女の事など知らずに幸せそうな表情でドリンクを堪能していた。

 その後しばらくして、フェイトは限界に達して気絶する事になるのだが、その時になってやっとカグヤは一人で飲む方法がある事に気づくのだった。

 

 

 フェイトが疲れ切ってしまったので一人帰したカグヤは、その辺のぶらぶらと散歩していた。彼はただ散歩していた訳ではない。散歩するフリをして、その辺一帯に『霊蝶』をバラ撒いていたのだ。

 出来ればもっと管理局関係者に踏み込んだ情報が欲しいと考え、危険も顧みず関係事務所をいくつか周ってみたりもするが、不思議な事に誰もカグヤに気付く者はいない。

(千早を脱いでるだけでここまで存在感無くなるんだろうか……?)

 不思議の原因について妙な居心地の悪さを感じながら、歩いていると、ふと視界の端で何かが通り過ぎた。何かと思ってそっちに視線を向けたカグヤは、次の瞬間には我が目を疑い固まってしまった。

「もう~~……っ! はやてちゃんったら、私に仕事の殆ど押し付けて急に居なくなっちゃうんですから! 理由くらい教えてくれてもいいじゃないですか!? 『リインには私がおらん間の仕事をして欲しいんよ~~』って完全に雑用じゃないです~~っ!」

 っと言う愚痴を零しながら、ふよふよと飛んでいる十五センチくらいの女の子の人形みたいな物体が可愛く頬を膨らませている。

 一瞬意識が飛んでいたカグヤは、次の瞬間、混乱したまま、その小さな物体を両手で捕まえていた。

「わひゃあっ!?」

 突然後ろから掴まれた少女(?)は当然の如く悲鳴を上げ、拘束から逃れようと暴れ始める。しかし、文字通り体格の差が違いすぎ、非力なカグヤの腕からも抜け出せずにいた。

「な、なんですかアナタはっ!? 急にリインを捕まえて何のつもりですかっ!?」

「……な」

「『な』……? 『なにこれ?』っとか?」

「なにこれ~~~~~~~~~~~~~っ!?」

「当たりました~~~~~~~~~~~っ!?」

 カグヤは捕まえた人形少女を壊さないように注意しながら、指でまさぐり、関節を動かしてみたり、頬を撫でてみたり、髪の毛を弄ってみたりと、目の前にある不思議物体をもみくちゃにしていく。

「なんだこれは? 精霊? 妖精か? 土地神……って事はないな? じゃあなんだ? なんか触ってる感じは完全に人間と大差ない? もしかしてこれが妖怪? イヤイヤ、それにしては邪気が全く感じ取れん……。もしかしてミッドに存在する魔法生物か? だとしたら人間形状でこのサイズにした理由は何だ? 完全に愛玩用としてしか思えねえ? ……はっ!? まさかマジでその危ない方向目的に作られた何か!? ……だとしたらなんと完成度の高い一品だ。この可愛さは確かに引きつけられる物が―――待てこら俺っ!? そこは肯定し過ぎると目覚めてはいけないな何かに引っかかってしまう様な気がするぞ!?」

 一人で勝手に葛藤しているカグヤは、それでも手の動きは止めることなく、それどころか力加減を理解し始め、より丁寧に効率よく滑らかに動き回るようになっていた。

 それをされる本人としては堪ったものではなかったが……。

「ひえぇぇぇぇ~~~~~~~っ!? 一体何なんです~~~っ!? いい加減やめ―――っ!? ちょっ!? ちょっと何処触ってるんですか!? きゃんっ!? 今なんか変な所を―――っ!? あ、ああんっ♡ な、何今の……? ふぁ……♡ はわぁ~~っ♡」

 途中から艶めかしい声が上がり始めたあたりで、ようやく正気に戻ったカグヤは指の動きを止める。自分の手の中には、頬を朱に染め着崩れした少女が、荒い息をしながら、ぽ~~っ、とした表情で見上げていた。

「だ、大丈夫か?」

「え、えっと……、なんか……気持良かった? です……」

「良かったのか……!?」

「はい……、なんか癖になりそうな……?」

「……止めようと思ったけど、続けた方がいいのか?」

「あ、それは……、……、……、……、なんだか何かに目覚めてしまいそうなので止めておきます。それと……」

 彼女は荒い息を零しながら、潤んだ瞳で見上げる。

「とりあえず場所、移しませんか?」

 往来のど真ん中で人形としか思えない女の子を握って興奮している少年(これでも十九歳)の姿がそこにあった。

 

 

「『ゆうごうき』?」

 場所を変えたカグヤは、先程フェイトとお茶をしていた喫茶店に再び戻り、机の上でクッキーを食べる人形サイズの少女に訊き返していた。

「『融合騎』です。ミッドの歴史、ベルカの時代、魔導師と一体になり魔導をサポートした立派な騎士なのです!」

 えっへん! と胸を張るミニマム少女に、カグヤは小突かない様に気をつけながら、その頭を指先で撫でてみる。別に不快ではないが、あまり気分が良いわけでもないらしいミニマム少女は、どう言った表情をしていいのか悩んだ難しい顔になっていた。

「ミッドって、そんなのまでいるんだな……?」

「私達の様な融合騎は古代ベルカのモノです! 管理局でも、私の他にはもう一人くらいしか存在が確認されていないくらいなんですから!」

「ほぅ~~~? 絶滅危惧種なのな?」

「その保護監視指定動物扱いな呼び方やめてくださいです!?」

「絶滅種?」

「滅んでるじゃないです!?」

「危惧種」

「なににですっ!?」

「あ、髪の毛絡んで球になってる?」

「ええっ!?」

「ああ動くな……、ほい、取れた」

「ありがとうございます。随分器用なんですね」

「こんなの、((タコ糸の中に割り箸を入れる|・・・・・・・・・・・・・))訓練に比べたら大した事ないさ」

「逆じゃないんですかそれっ!?」

「逆ならどれだけ簡単か……」

「目が本気で怖いです!?」

「ところで仲間にならないか?」

「話唐突です!? なんでいきなり!?」

「あれ? そういやなんで俺はお前を誘ってるんだ? 別にそんな予定もなかったはずだが……? なんで?」

「私に聞かれても解りませんよ」

 自分の発言の真意が解らず、一人勝手に悩んでしまう。ミニマム少女はそもそもどうしてこんな話になっているのかを考え、訳が解らず首を傾げていた。

 二人が無駄な考え事をしていると、急にミニマム少女の方にメールが届いた。内容が気になったカグヤだが、詳しく知る理由もなかったので覗くのは控えた。だが元々好奇心が強い性格でもあるので、メールを確認する少女を見ていると『霊蝶』を使って覗き見してしまいそうだったので視線は外す事にした。

 っと、外した視線の先でウェイトレスが、器を熱々に焼いた『石焼』を持ってこちらに近づいてくるのが見えた。もちろん、カグヤの元に運んできてるのではなく、その奥のテーブルに持って行こうとしているようだ。石焼の中身は解らなかったが、食べた事のないカグヤとしては「どんなものだろう?」と少し気になって視線を固定していた。

 途端、テーブルに座っていた子供が悪戯で足を引っ掛け、ウェイトレスが派手に転び、持っていたトレイをこちらに向けて投げ飛ばした。高熱に焼かれた『石焼』を乗せたトレイを。

「んなっ!?」

 迫ってくる脅威に対し、カグヤは『回避』を脳内で判断した―――はずだった。

 気付いた時、カグヤは自分でも信じられない事に、机の上でメールを見たまま脅威に気付いていない、よく知りもしない他人を庇う様にして身を投げ出していた。

 結果は当然、ギャグ漫画によくある、どんぶりを頭からかぶってしまうシーンをリアルに再現してしまう。ただし、高熱に焼かれたどんぶりを。

「―――ッ!? あっついっ!!」

 ミニマム少女を庇ったカグヤは、自分の頭に熱が伝わると同時、脊髄反射でどんぶりを掴んで床に投げつけた。

「お、お客様!? 大丈夫ですか!?」

「な、なんとかな……」

 本当は怒りだしたいカグヤだが、ドッと疲れてそんな気分にはなれなかった。

「ガキ、悪戯する時は被害を考えろ。じゃねえと『悪戯』ですまされねえぞ?」

 その代わり、しっかり主犯に文句を言う辺り、カグヤは抜け目がなかった。いや、根に持っていると言うべきなのかもしれない。

「お客様こちらに……!? まだ頭に付いていますから……!」

「……これ、石焼ビビンバだったのか」

「は?」

「いや、別に何でも無い」

 ウェイトレスに招かれるまま、店員用の更衣室に連れてこられたカグヤは、そこでとりあえずの着替えを渡される。店員は着替えの間は出て行き、しばらくしたら戻ってくると言って消えた。

「さて、どうせならこの被害の要求に何かデザートでも頼むかな? そう言えばパンナコッタとか言うのがあったな? アレはどんな味がするんだ? いやいや、ここは贅沢にステーキあたりでも要求してやろうか? それとも―――」

「あ、あの~~……?」

 カグヤが被害請求について思案していると、胸の辺りから声が聞こえた。声に誘われ視線を下に向けると、そこには大事そうに胸に抱えられたミニマム少女の姿があった。

「そ、そろそろ放してくれてもいいと思うんです……?」

 どうやら咄嗟に庇った時からずっと胸に抱きしめたままでいたようだ。

 それに気付いたカグヤは、今回、自覚出来ない自分の行動の多さに、首を傾げながらミニマム少女を解放する。

「ああ、悪い?」

「疑問形なんですね……」

「いや、一応助けただろ? ……たぶん」

「助けた事を助けた本人に『たぶん』と言われるのは初めての経験です……」

「貴重な体験だな」

「なんで笑ってるんですか!?」

 ふざけるカグヤに対して、少女は呆れたような溜息を洩らす。仕切り直しとばかりに心配そうな表情でカグヤに訪ねる。

「怪我してないですか? 火傷とか?」

「あの程度の熱量なら火傷する事はない。焼き鉄も三秒くらいなら握ってられるしな」

「それ、普通は火傷するんじゃ……?」

「焼け難い体質なんだ」

「そうなんですか?」

「だから肌真っ白なんだよ」

「そっちの意味で焼け難いんですか!?」

「本当だけど冗談だ。火に対する耐性があってな、その延長線上に熱に対する耐性が皮膚にあるんだよ」

「ああ~~、なるほど~~」

「でも俺、耐性があるのは『焼ける』事に関してだけで、『熱される』事に対しては並み以下なんだよ。浜辺に帽子なしで立ったら十秒で病院だな……」

「何か解り難い体質ですね!?」

「ははは」

「もう~~……っ! ……ふふっ」

 何故か笑いが込み上げてしまった少女は微笑み、カグヤも微笑を浮かべて着替えを済ませる。

「……『時食み』」

「……!」

 突然、真剣な表情を作った少女がそう呟いた。

「黒いハーフポニーの髪に、赤い鞘、童顔の男性、管理局局員に対する勧誘の発言……、そして、私達が『影の魔獣』と呼んでいる物の本当の名前『時食み』を知っている反応……。やっぱりあなたが、指名手配の人だったんですね?」

「……さっきのメールか?」

「はい。同じ守護騎士と私のロードからの情報でした。『こいつには気を付けろ』と言う……」

「守護騎士? お前も闇の書の騎士なのか?」

「いえ、闇ではなく『蒼天の書』のです」

「……情報不足だった」

 まさか思わず話しかけてしまった相手が管理局の優良株だったとは露とも知らず、カグヤは片手で顔を覆い天を仰いだ。

「私の事は本当に知らなかったんですね?」

「知っていれば下手な接触などしなかった……。本気で今の俺は無防備だからな……」

 着替えのために刀も机の上に置いている。札も服の中だ。札が無ければカグヤに魔法は行使できない。罠も配置していない。口八丁で逃げるには相手に情報を知られ過ぎている。文字通り手詰まりだ。

「っで、どうする? 今ならお前でも俺を捕まえられるかもだぞ?」

「その前に、聞いておきたい事があるんです」

「……っと言いつつしっかりバインドかけるんだな?」

「まあ、一応……」

 手足首にバインドで固定されたカグヤに向けて、少女は質問を投げかける。

「どうして『時食み』を操ってるです? 沢山の人に被害が出ていますし……」

「さあ? 俺が操ってるわけじゃないから、そんな事知らんぞ?」

「へ? そうなんですか? ……でも情報だと―――」

「勝手にそっちが勘違いしただけだ。なんならフェイトとエリオに聞いてみろ? アイツらは真犯人を見てるはずだぞ?」

「ええっ!? で、でも御二人は確かアナタが捕まえてるはず―――!? まさかそれも勘違い!?」

「ああ……、いや、それは本当」

「だったら確かめようがないじゃないですか!?」

「……おおっ!? 確かに!?」

「今気付いてたんですか!?」

「しまった……、本気でしまった……」

「『頭が切れる要注意人物』って話でしたけど……抜けてる所もあるんですね?」

「失敬な事を言うな。俺の抜けてるところなんてエアーズロックくらいの大きさだぞ」

「?」

 知らない言葉を聞いたミニマム少女は辞典か何かの画面を呼び出し調べ出した。しばらくしてその情報を見つけたミニマム少女が驚愕の表情で叫び声を上げた。

「世界最大の大穴じゃないですか!? 管理外世界地球の!! しかも『地球のへそ』とまで言われてる大きさですよ!?」

「今の短時間でよく調べたな……。でも小さかったろ?」

「だから! 世界最大の大穴じゃないですか!?」

「だが、ブラックホールよりは小さい」

「比較対象は銀河系!? 分不相応にも程があるです~~~っ!?」

 いい加減ツッコミに疲れて、荒い息を落ちつかせるため、一旦間をおく。しかし、今更真面目に問いかける気もせず、適当な調子で質問を投げかける。

「真犯人さんは誰なんですか?」

「有名でもない奴の顔など知らん。名前は……名乗ってたか? 忘れた」

「忘れないでください!? 大切な事じゃないですか!? ……じゃあ、捕まってるお二人は無事なですか?」

「今確か……、あれ? 何させてたっけ? 忘れたぞ?」

「言う気が無いんですか?」

「怖い顔するな、本当に忘れただけで……ああ、そうそう! 今頃売り込みやってる!」

「人身売買!?」

「あれっ!? なんか言い方間違えたか!?」

「アナタと会話してると頭おかしくなりそうです……」

「あんまりな言い様だ……」

「じゃあ、何のために仲間集めてるんです?」

「そりゃあ、色々俺なりに野心があって」

「その野心ってなんです?」

「悪行」

「ストレートに言いましたね。管理局に直行させる以外の選択肢を見失いそうです……」

「まっ、少なくとも俺の行動を善意だと肯定してくれる様な酔狂な奴はいない。いても俺はそいつを信じない。それくらいには、やろうとしている事の善悪は付いてるつもりだ」

「………」

 今までとは違い、何処か潔く、だが決して諦めない眼差しが天を仰ぐ。ミニマム少女はその姿に、口にする言葉を見失ってしまう。今、自分は何を言うのが正しく、何をすると間違ってしまうのか? その境界線があやふやになっているような錯覚を得ていた。

「じゃあ、その目的を果たすと、何がどうなってしまうんです?」

「伝えない」

「捕まってるフェイトさん達はどうなるです?」

「少なくとも俺は関与しないし、関係しない」

「アナタはどうなるです?」

「確実に死ぬ」

「じゃあ、『時食み』について知ってる事を―――……え?」

 言葉の途中、カグヤの発言に気付き言葉が止まってしまう。改めて視線を向けるが、カグヤは何でも無い表情で変わらずに見返してくる。まるで、本当に取るに足らない物の話をしているかのように、表情の陰り一つ見せない。

「……死ぬって、どう言う事です?」

「語ったところで否定しかされない物を教えるつもりはない。逆に肯定する奴は信用できない」

 またそれか……。そんな言葉が脳裏を過ぎる。カグヤは揺るがない。それ故にどうしても気持が払拭できない。何故彼は自分の命に対してそんなに無為でいられるのだろう? 理解できない少年に、彼女は寂しい様な気持を抱えていた。

「どうしてそんな簡単に自分の命を蔑にできるんです?」

「してないぞ?」

「でも、確実に死ぬ事をしてるんでしょう?」

「ここに居る俺は結果的に確実に死ぬ。だけど、ここに居る俺が『生きている』と肯定するのは誰だ? 俺自身か? 他人の記憶か? 答えは主観。自分の命に対して『生きている』と肯定できる事実。それこそが『生きている証』俺はそのために行動している」

「どう言う事なんです?」

「さあ?」

「大事なところではぐらかさないでください!」

「お前は俺のなんだ? 俺の親友か? 何故それを教えねばならん?」

「尋問官という立場にはなれますけど?」

「なら命ある限り黙秘権を行使し続ける」

「………」

 取り付く島も無い。このまま管理局に連れて行ったところで、彼が心を開き教えてくれる日は絶対に来ない気がした。ここで捕まえても、彼が求めた願いが潰え、絶望にくれる少年が一人出来上がるだけだろう。

 本当にそれでいいのだろうか? 確かに彼は管理局局員に多大な被害をもたらしていた。しかし、不思議な事に死者は一人と出ていない。その全てが負傷者で留められていた。彼が時食みの首謀者ではないと言うのが本当だとすれば、以前情報に上がっていた『ついに殺された被害者』も、勘違いと言う事になる。

 知りたい……と思った。彼の本性を、彼が望む未来を、彼が選んだ答えを、彼が抱えている何かを、……だから彼女は、一つの選択を決意した。

「解りました! それじゃあ、私があなたにとって信頼おける相手になれば、教えてくれるですね!?」

「………はい?」

 ミニマム少女は怒った様に言うとバインドを解き、決意表明の様に伝える。

「今何を言ってもアナタには通じないと言うのなら! リインはアナタに協力してでも仲良くなって、絶対事情を聞き出して見せます!」

「………俺に拒否権は?」

「さっき誘ってもらった時の答えです! あるはず無いでしょう?」

「一応、俺は犯罪者―――」

「今、アナタが『時食みを操っている犯人ではない』と言う情報を管理局に流しました。真犯人が確認できたらそれも管理局に送ります! しばらく私は単独潜入調査をすると言うていで管理局を離れるので何の問題もありません!」

「この女ヤベェ……! まさかフェイト以外にもこんな厄介な仲間が出来るとは……っ!?」

 思わず頭を抱えるカグヤにミニマム少女は胸を張ってみせた。

「これからよろしくお願いしますよ!」

「……お前、よく解らん奴にそこまで全部話した上で仲間になるって本気か? 俺がお前を危険人物と判断して殺すかもしれないぞ?」

「それは大丈夫です」

「ヤケに言いきったな……? 根拠でもあるのか?」

 それを聞かれたミニマムは、待ってましたと言わんばかりの満面の笑みを作る。

「さっき、あんなに大事そうに私を助けてくれた人が、悪い人なんて思えませんから」

「……!」

 沈黙が間を支配する。

 やがて込み上げてきた笑いに屈したカグヤが口の端を釣り上げ、片手で自分の顔を覆いながら訊く。

「お前……っ、名前は?」

「『蒼天の魔導書』『祝福のエール』『幸運の風』……リインフォースⅡ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十一 『魔剣』の本領

 

 

 高町なのは悩んでいた。

 彼女の元には親友の一人、八神はやてから一通のメールを受け取っている。内容は今回の事件に対して最重要人物が、管理局の保護下で行動できない為、自分の仲間として行動を共にして欲しいと言う誘いの物であった。

 内容を読むあたり嘘偽りはもちろん、重要人物である『龍斗』と言う少年も悪い人間ではなさそうだった。それだけなら協力しても良いと思えたが、現状で管理局の戦力を削いでしまう事に些かの不安があった。それははやても理解しているところで、無理強いはしない様子だ。しかし、この『龍斗』意外に、時食みに有効な力を発揮できる者はいない。彼に力を貸す方が、事件解決の近道ではありそうだ。だからと言って今管理局を抜ければ、人民に対する防衛が弱まるのは確かだ。特になのはは、フェイトが掴まってしまう寸前に送られた情報で『なのはが時食みに対する有効な戦い方』と言うのを受け取っていて、現在管理局で時食みに対抗できる唯一の戦力として見られている。おいそれと抜けるわけにはいかない。

「う~~~~ん……」

 どちらにも理由があり、利点がある。その事がなのはの決断を鈍らせていた。

「それにしてもこの龍斗くん……写真と名前を見てると、なんだか胸につっかえるんだけど、なんなのかな~~?」

 そうやって疑問を浮かべていると、通信の着信音が鳴り、連絡が入る。なのはが出ると、通信班らしい局員が、推定ロストロギアを発見したので、その輸送の護衛をして欲しいと言う事だった。

 何故なのはがそんな仕事をしないといけないのかと言うと、近くに目ぼしい局員がいなかったからだ。完全に偶然。何が起きるか解らないロストロギアに対して断るわけにもいかなかったので二言目に承諾した。

 通信を終えたなのはは、しばらくメールを眺めると、

「ま、一度直接会ってお話してから考えれば良いよね? うん、考えるのはそれから♪」

 そう結論付けたなのはは、支度をしながらふと思う。

(そう言えば……、こう言った事件で最初っからお話を聞かせてくれる人がいるの初めての体験かも?)

 今まで、ろくに会話もしてくれない相手と、どうやって会話に持ち込むかで悩まされていた。それ故に、今回の申し出はなのはとしては嬉しい誤算だと言える。

(ちゃんとお話して、できれば力になってあげたいな)

 

 

 

 その頃、龍斗達一行は―――混沌を迎えていた。

「あ、あのキャロ―――?」

「近づかないでください! 半径三メートル以内に近づかないでくださいっ!!」

「ううぅ……っ、誤解だって……、さっき馬乗りになっちゃったのは、あくまでシグナムとの訓練で吹き飛ばされただけで……、ごめんシャマル、真面目な話してるから少し離れて?」

「だ、ダメですか? 私がいるとお邪魔なんですか!? 嫌いなんですか!? 目障りなんですか!?」

「なんでそんな自虐モードにっ!? そう言うんじゃなくて、会話の説得力と言うか……?」

「何をしている龍斗? まだお前の思いついた技とやらを見せてもらってないぞ! さっさと戻って来い!」

「頼むシグナム! せめて説得の時間を!?」

「うふふ……っ、私がこんなに近くに居ても、龍斗さんは他の女の子に御執心なんですね……」

「シャマルさん!? 俯いて怖い事呟くのやめてもらえませんかっ!?」

「………変態」

「これは俺の所為か!? 疑われる余地も無く俺の所為ではないだろう!?」

「解ったから早く稽古の続きだ!」

「マイペースだなシグナム!?」

「あ~~~……、なんやお茶が美味しいわ~~~……」

「はやてが既に傍観者どころか達観者の領域に!? ―――ってか止めろよ!!」

 事情を説明するまでも無く、状況が解ってしまうカオスな状況。その中心には一番自覚のない龍斗がいる。

 

 

「あ~~もう~~……っ! なんか日に日に疲れる事が増えてる気がするんだよな?」

「龍斗さん、お疲れなら私が癒して上げます♡」

 公園のベンチに座る龍斗の腕を抱きしめるようにくっ付いたシャマルが満面の笑みで提案する。その向こうでは軽蔑の視線を向けてくるキャロの姿があった。

 疲れの原因は主に仲間にある事を、はっきり口にできない事が恨めしい。心中ぼやく龍斗は、既に抵抗する気力を全て投げ出してしまっていた。

「……龍斗さんが私を無視する……。私の事なんて話し相手にしたくないほどにどうでもいい女んですね……?」

「最悪ですね」

「ちょっと会話する気力が無いだけでこれか!? 解ったよ! 俺が悪かったよ! これからはもっと構うよ! でも少し休ませてね!?」

「じゃあ、私が子守唄を―――!」

「八方美人」

「俺にどうしろと!?」

 消耗が続く会話の中、話題から外れていたはやての元に緊急通信が入った。

「なんやろ? ……メール?」

 内容を確認したはやては表情を真剣な物に変えると、龍斗達に伝える。

「皆! この近くでロストロギアが発見されて、そこになのはちゃんが輸送の護衛に付いたらしいんやけど、正に今時食みに襲われているらしいんや!」

「!? 場所はどこだ!」

 報告を聞いた龍斗は立ちあがり、くっ付いていたシャマルも離れると騎士の顔になって気持ちを切り替える。龍斗を睨んでいたキャロや、はやての隣に居たシグナムも、一様に同じ構えだ。

「この近くの市街地! 管理局への輸送中に襲われたみたいや!」

 

 

 

 時食みの力は絶大であり、一体いるだけでも対処は困難。一個小隊を殲滅できる力があると言っても間違いではない。その数が数百体もいるとなると、輸送警備員数十人しかいない状況は圧倒的に不利であった。

 しかし、高町なのははその状況で膠着状態に持ちこむ事に成功していた。

 時食みの群れ、正面に目がけて砲撃を放ち、その砲撃を受け止めさせている隙に他の部隊で横撃(おうげき)をかける。この作戦はまるでゲームの攻略技であるかのように上手くハマり、順調に時食みの数を減らしていた。

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンが残したメールと、八神はやてから送られた時食み対策の方法、二つの情報を照らし合わせた結果、なのはは現状での対処法を導き出していたのだ。

 しかし、それでも数の暴力には対処しきれず、砲撃の合間に時食みに進行され、部隊への被害も出始めていた。

(一度に砲撃で一掃できればいいんだけど、それだと砲撃事食べられちゃうし、アクセルで波状攻撃しても、二次元攻撃は全部対処されちゃう……!)

 フェイトの資料では二次元攻撃は対処が早いだけで効かないわけではないと記されていたが、それでも対応されるのでは弱点とは呼べない。まして対応される時点で無傷なのだから意味はない。

(でも大丈夫! 時間稼ぎは十分できるし、避難も終わった! 後は、援軍が来てくれれば横撃の人数が増えて、一気に数も減る! 保険にはやてちゃんに連絡は送った! やれる事全部―――!)

「アレ~~? ちょっと何よこレ~~!? 予定じゃもウ、アレを手に入レてル筈じゃなイの~~~っ!?」

 突如頭上からした声に見上げるなのは。その視線の先にはチャイナドレス姿の御団子三つ編み少女が憮然とした表情で見降ろし、

「だからリッちゃん! 声が大きいって!? 見つかっちゃったよ!?」

 真っ白な和服に身を包む黒い髪の女性がチャイナ少女を諫めていた。

(あのチャイナ服の子……!? フェイトちゃんのメールにあった真犯人の容姿と同じ!?)

 それに気付いたなのはは瞬時に対応しようとしたが、それより早く和服の少女が抱えていた錫杖を振るい、時食みを操る。

 今までただ突っ込んで来るだけだった時食みは、錫杖が奏でる音に導かれるように散開する。四方から取り囲むように接近する攻撃は、先程までなのはが行っていた作戦が通用しなくなった。

 それでもなのははアクセルシューターで大量のバレットを四方に真直ぐ撃ち出し、正面の囮攻撃を行い、控えさせている部隊に横撃をさせる。

「対応の早い指揮官ですね……? でも、こっちが押してる。数も時間も充分です」

「流石よ柊! そレでこそ私達の御母さんよ!」

「せめてお姉さんと……」

 自分達の有利を確信した柊と呼ばれた少女と、チャイナ少女。

 っと、次の瞬間、彼女達は突然光の縄に身体を縛られ、拘束されてしまう。

「バインド!? 一体誰が!?」

 柊が驚愕して視線を彷徨わせると、バインドと同じ桜色の光を放つ一人の女性が、自分達に向けて杖を構えていた。

「ディバイィィーーーン……」

「これだけの時食みを相手にしていて、こちらに攻撃する余裕があるんですか!?」

 無論、なのはにそんな余裕はない。だが、それでも両方を対応しなければならないのだ。時食みの群れに囲まれ、対応が困難になった以上、時間稼ぎも全滅のカウントダウンを数えるだけになってしまう。ここは統率者である柊を倒し、時食みを消させた方が良いと考えたのだ。

「バスターーーーーッ!!」

「くっ……! アイギスの盾!」

 放たれたなのはの砲撃を、柊は障壁を呼び出し受け止める。分厚い魔力の壁は、なのはのバスターを完全に受け切って見せたのだ。

「こんっ……、な、もの~~~~っ!!」

 続いてチャイナ少女が、バインドを強引に力で破った。

 自分の攻撃と捕縛を破られたなのはは、それだけで驚愕の表情を浮かべてしまう。

「この李紗ちゃんを嘗めなイでよね! こんな程度のやわやわロープなんて効かなイんだかラ!」

「リッちゃん? 出来れば管理局員相手に名乗るのは止めない?」

「ウっさイ柊! 私を残念な子を見ル様な眼で見なイでよ!」

「私の名前まで言っちゃいや~~~~~………」

「イや、もウとっくに呼んでたし?」

「そうだけど~~~……」

 そんな漫才みたいな応対の後、李紗は高町なのはへと視線を向ける。

「よくも邪魔してくレルわね! やっと見つけた祭具、そのアーティファクトは何がなんでももラウかラね!?」

「リッちゃん! それ以上情報与えちゃダメだから~~~!」

(祭具? アーティファクト? 回収したロストロギアの事? ……何かの儀式魔法に使うつもりなの? あの子達にはアレが何か解るの!?)

 こまめに情報を取り込み、対応策を講じようと頭を巡らせるなのは。だが、その思考は突然飛び降りて来た李紗によって中断された。

「破鎚空歩!!」

 飛び降りた勢いのまま、槌を振り降ろすが如く踏み抜いた足が、咄嗟に張ったなのはの障壁を容易く撃ち砕き、そのまま本人を地面まで叩きつけた。

(ガードを超える重い一撃!? パワータイプの近接戦闘型(クロスレンジ)!?)

 地面に着地したチャイナ少女を視界に捉え、なのはは状況の悪さに歯噛みする。

 着地した李紗は畳みかけるように地面を蹴り、重い拳を突き出してくる。そのため攻撃に対処しなければならないなのはは、周囲の時食みに対して対応できなくなってしまう。他の局員達は、なんとか自分達だけで対応しようと試みるが、やはり数の差と、圧倒的な実力者の不足は否めず、見る間に陣形が崩れ始めていく。

(この子に集中していると周りが危ない! 何とかしないと……!)

「よそ見してルと危なイよ!?」

 一瞬、なのはが周囲に視線をやった隙を狙った李紗の裏拳が杖でガードしているなのはの防御を弾き、開かせる。無防備になった腹部を認めると、そこ目がけて破鎚の様な蹴りを叩き込む。

 腹部に襲った痛みに表情を歪めるなのはは、それでもそれでも瞬時に杖を突き出しゼロ距離から砲撃の体勢に入る。

 タイミング的に余裕で回避できると笑みを漏らす李紗だが、いざ逃げようとして自分の突き出した足が戻らない事に気づく。その足は、なのはの仕掛けた捕縛盾(ホールディングシールド)によって絡め取られていたのだ。

「ちょっ!? イつの間に―――!?」

「エクセリオン―――……!!」

「わ~~~~っ!! 待って待って!?」

「リッちゃん! 魔力!」

「!?」

 瞬間、なのはの構えた杖、レイジングハートから桜色の魔法砲撃が放たれ―――すぐ目の前で握り潰された。

「………?」

 あまりに現実離れし過ぎた光景に、流石のなのはもぽか~~ん、っとした表情になって呆けてしまう。何しろ目の前の少女は、ほぼゼロ距離で放たれた砲撃を構えた両手で受け止め、そのまま猛獣の顎の如く握り潰してしまったのだ。

 いつの間にか降りて来ていた柊が、錫杖を振って李紗のバインドを砕きながら疲れた表情で相方を嗜める。

「いつも言ってるけど、自分が魔導師だって事忘れないで? 貴女は魔力を使えば天下最強の格闘家なんだから?」

「イや~~、本当に忘レてたよ~~。つイつイ肉弾戦に集中しすぎちゃウのよね~~」

 李紗と柊の会話で、今まで李紗が一切魔力を使わずに攻撃していた事を知ったなのはは、驚愕を通り越して更に呆けてしまう。柊の例えた『天下最強』も過大評価ではないように思えた。

「リッちゃん! その人が司令官みたいだから、早めに倒しちゃおう! そうすれば残りは時食みで一掃できるよ!」

「了解ね! 子虎衝破(ことらしょうは)!」

 李紗の拳から衝撃波が撃ち出されたのに、なのはは咄嗟に横に回避。それに合わせるように踏み込んできた李紗の拳をラウンドシールドで受け止める。

「だからリッちゃん魔力!?」

「そウだった!? 罠に嵌めラレた!?」

「何もしてないよ!!」

 なのはのツッコミの後、李紗の魔力を乗せた拳がバリアを砕き、レイジングハートの柄を真中から易々と折って、彼女の胸にまで食い込む。堪らず呻き声を洩らしながら倒れてしまうなのは。しかし、それでも先程同様にホールディングシールドが彼女の片腕を封じていた。

(ただの拳に魔力を上乗せしただけでシールドを抜いてくるなんて……!? 自由にしてたら危ない!)

「何度縛っても無駄よ! この程度バインドくライ私には―――オよ?」

 李紗が直ぐにバインドを力任せに剥がそうとして、それが上手くいかない事に首を傾げる。それから気付くと、自分の反対側の腕も別の設置型バインドによって固定されていた。かと思った矢先、次々と新しいバインドが李紗の体を何重にも拘束していく。

「エッ!? ちょっ!? 何こレ……!? アウ~~~~~~……!!」

 またたく間にバインドが重ねられ、やがて小さな繭の様な物に包まれた形で李紗はバインドの球(・)に閉じ込められ、身動きが出来なくなってしまう。

「これだけすれば力任せには剥がせない。さっきの技で潰す事も出来ない……!!」

 なのははレイジングハートをリカバリーで折れた部分を修復すと同時にストライクフレームを呼び出し、突撃槍の如く構え―――突貫した。

「……! アイギスの盾!」

 慌てた柊が李紗の援護に盾を創り出すが、なのはの魔力で作った槍の先が盾を貫通してはずかに飛び出る。

「そしてもう一人が護るのも解ってる! わざわざ突貫したのはこれが理由!」

 敢えて相手に守らせる事で他の手段を取らせない。行動の制限をかける事が出来た。そして、盾を貫通しているフレームから、なのはは魔力砲を撃つ事が出来る。

「ストライク・スターズ……! ファイアーーーッ!!」

 放たれた砲撃は、今度こそ何物にも遮られる事も無く李紗に直撃し、爆発を起こした。

「リッちゃん!?」

 相方の柊も驚愕している姿から、予想通り彼女は何の援護も出来ていなかったと解る。あの一撃を受けた以上、李紗も戦闘不能になっているのは間違いない。だが心の警戒心が止まないなのはは、油断せず構え、晴れ始める爆煙を見据える。

「イや~~~……。今のは本気で危なかったかも?」

 声がした。それはできればなのはにとって聞きたくない声でもあった。

 煙の晴れた向こうに、茜色の魔力光に覆われた李紗の姿があった。

「『獅子王装飾』。これが使えるの思い出せなかったらやられてたかもね?」

「オーラタイプの魔法防御……っ!? だとしても、どうして無傷……!?」

 かなりの至近距離から放った渾身の一撃を、強度の固いシールドでもバリアでもない、フィールド系、それも淡く纏うオーラタイプの物で防がれた事に驚愕するなのは。言ってしまえばバリアジャケットの劣化版がオーラタイプだ。それで無傷となるとどれほどの実力者なのか正しく想像できない。

「……ん? 柊~~~? スフィア一つ壊レた。やっぱリこのレベルになルと五つじゃ賄えなイラしイよ?」

「あら? やっぱり『神秘の力の再現』って、魔法とは違うのね? 同じだと思って使うと石を無駄にしちゃいそう」

 李紗が腕にある腕輪の様な物に嵌められていたらしい石を柊に見せ、柊は興味深そうにそれを見ている。

(スフィア? 石? あの腕輪に嵌められてる物の事―――って……!?)

 相手の情報を少しでも把握しようと視線を向けたなのはは息を飲んだ。彼女達が『石』だの『スフィア』だのと呼んでいた物の正式名称を知っていたからだ。

 何故そんな物がミッド(此処)にあるのか? その疑問を考える前に、彼女達は行動を再開した。

「まア、イイや。そレよリ、さっさと目の前の敵を倒しちゃイましょウ?」

「リッちゃん、『獅子王装飾』は解いて? それを維持してると石がまた一つ壊れるよ?」

「了解妖怪! ぱっぱと済ませルよ!」

「『了解』と『妖怪』は似てるけど、そんなベタな……」

「………//////」

「あれ? ねえリッちゃん? もしかしてわざとじゃなくて本気で噛んだ?」

「そ、そんな事なイもん!?(マジ泣き」

「打たれ弱いね……リッちゃん……」

「よくも私を泣かしたな!? そこの白イの!?」

「「だから何もしてないってばっ!?」」

 敵にも味方にも突っ込まれてしまった李紗は怒り心頭(と言う名の八当たり)、ダンッと足を地面に踏み込み―――次の瞬間にはなのはの後ろで回し蹴りの体勢に入っていた。

 咄嗟にシールドを張って受け止めるが、その一撃に障壁は砕け、軽減された打撃が横腹を直撃、続いて休み無く拳を叩き込まれ、最後に後ろ回し蹴りを受けたなのは背後の壁に激突した。

「っしゃ~~~っ!! ―――って、のア~~~~っ!?」

 思わずガッツポーズをとった李紗の頭上からバレットの雨が降り注ぎ、床へと叩きつけた。攻撃を受けながらもカウンターに放っておいたなのはのアクセルシューターだ。

「イった~~~……! アレだけ痛めつけたのに反撃の余裕とか、……随分防御の固い―――」

 地面に手を付き、痛む頭を押さえながら状態を起こした李紗は―――間髪入れず放たれた砲撃に吹き飛ばされて、背後のビル内部にまで撃ち抜かれた。

「はあ……はあ……、力は反則レベルだけど、すぐに油断する。実践慣れしてないんだね……」

 壁に食い込んだ状態にあるなのはは、気を失っておらず、反撃の体勢を整えていた。バレットが当たったのを確認してすぐ、ディバイン・バスターを放ったのだ。

「確認もしていないのに油断しない。それが戦いの基本だよ……。じゃあ、どうしてこんな事してるのか事情を―――……あれ?」

 立ち上がったなのはは、その台詞をもう一人の柊に言ったつもりだった。正確には言う(・・)つもりだった。だが、柊がいるであろうと思っていた先には柊はいない。念のため李紗への注意を怠らず、周囲を確認しようとしたなのはの背後、その気配は現れた。

(―――魔力転移!?)

 気付いて振り返った時には、既に柊の錫杖が背中に触れていた。

「安心してください。私は攻撃はできないんですよ。『攻撃してはいけないルール』がありますから」

 言葉の真意は理解できない。それでもそれが何かの重要な情報である事は解る。だと言うのに、その時のなのはの意識は彼女が転移に使ったと思われる地面に出現している魔法陣に釘付けだった。

「ただし、攻撃以外は出来るんです。例えば……『相手の魔力を吸い取って』しまうとか?」

 錫杖を伝って、なのはの魔力が急激に柊に奪われていく。明確に言えば、彼女の手のひらの上に集められ、小さな石を創り出すのに使われているようだった。

(なん、で……?)

 なのはは混乱した。李紗の力でも無く、柊の技術にでもない。

(なんで、そんな物を……?)

 なのはが驚いていたのは、柊の魔法陣と、その手に持つ石が、((どちらも知っているモノ|・・・・・・・・・・・))だったからだ。

「う……っ」

 魔力を吸い取られ、膝が地面に付く。徐々に意識が闇に持っていかれる。

 このまま意識を失っては、今も時食みと抗戦している他の局員達が全滅してしまう。援軍が来るには最速でもあと十五分は必要だ。このままでは間に合わない。

 彼らだけでも助けられないか? 今の状況を打開できないか? せめて一矢報いる事は出来ないか? 

 考えるが、その全てが不可能だと言う様に身体の力は抜けて行ってしまう。

(ダメ……なの……?)

 脳裏に走馬燈の様な過去の映像が流れ始め、思わず歯噛みしてしまう。

 いなくなってしまった親友の話も聞けず、その残した情報も活かせず、事件に係わる重要人物と対面する事も出来ず、……あまりに無力な自分が悔しくて、だからなのはは、強く思った。

(負けたくない……っ! 負けられないっ!)

 最後に脳裏によぎったのは、自分が引き取る事になった最愛の娘の姿。帰りを待つ彼女のために、なのは諦めるわけにはいかなかった。

「ブラスターシステム! リミット1……リリース!」

「Blaster set!」

 なのは己の切り札、オーバードライブを使い、魔力を底上げ、更にビットが四機出現し全てが柊を狙う。

 逸早く気付いた柊は足元の魔法陣に滑り込み、間一髪、ビットから発射された魔法攻撃を躱し、別の場所へと転移した。場所は自分が壊した瓦礫の上で目をナルトにしている李紗のすぐ傍だ。

「無茶しますね……。魔力を吸い取られてる状況でもっと強力な魔法攻撃……。普通しませんよ?」

「一度経験した事があるから……。それに、今のは無茶しなかったら結局私も危なかったし……」

 と、虚勢を張るなのはだが、その実、殆どの魔力を吸い取られ、おまけに魔法使用に負担の掛るブラスターシステムを使ってしまい、コンディションは最悪だった。

 そして、最悪な事は重なる物で、柊が軽くゆすっただけで李紗が目を覚まし、何もなかったかのように飛び起きたのだ。

「リッちゃん? 何度も言うけど魔力使ってね? 獅子王解いてからまた使うの忘れてたでしょ?」

「ア………」

「今度はしっかり込めてね。大丈夫。もうあの人も魔力上乗せパンチ一発でダウンだから。とっくに右腕折れてるし」

 さきの連激で右腕がやられている事に気付かれたなのはは、相手の洞察力に自分の不利を更に認識させられてしまう。それでも負けるわけにはいかない。こうしている間にも、他の隊員が時食みと戦っているのだから。

「……あれ?」

 そこで、ふと気付いた。先程までしていた時食みの鳴き声が殆ど聞こえない。周囲の喧騒が最初より一段と小さくなってきている。

 どうして?

 そんな疑問が頭をよぎる。もし味方の援軍が来たのなら、逆にもっと騒がしくなっているはずなのに、どうした事か、周囲の喧騒は収まりつつある。……っと言う事は?

 そこまで考えたなのはは最悪の未来を想像してしまう。

 時食みたちが大人しくなる理由。それは、目的を果たし、暴れる理由がなくなる時。つまり―――。

「もう、貴女だけみたいですよ?」

 柊の言葉が胸に刺さる。それでもなのはは愛機を構える。予想が外れている可能性を無理矢理頭に持ってきて、零で無い可能性のために、彼女は諦めずに戦おうとする。

「今狂いて≪現在が狂う≫、後狂いて≪過去が狂う≫、先狂いて≪未来も狂う≫、飢餓の病を呪われし、黒く黒く先振れの≪空腹に耐えかねた、時を食べる獣よおいで≫、牙食らいて噛み千切る≪その牙で全てを食べなさい≫。巡れ巡れ≪おいでおいで≫、此処来たりてただ従え≪こっちに来てちょっと私を手伝ってくださいな≫」

 しかし、そこに追い打ちをかけるように柊が呪文を唱え、時食みを五体召喚する。

 李紗一人だけでも苦戦し、柊にも気を付けないといけない状況で、更に驚異的な力を持つ時食みの出現。魔力を吸い取られ、障壁を貫通する打撃を幾つも受けた身体で戦う事を強要され、なのはの敗北は火を見るより明らかだった。それでも諦めない彼女に、柊は無慈悲に時食みたちを向かわせる。

 黒い獣の牙が、なのはに向かって殺到する。

 正面に砲撃。それに対応した隙に横からビットがバレットを撃ち出し、三体の時食みを撃ち抜く。だが、残りの二体が四つのビットを喰らい、横の攻撃を消し去ってからえ目のに向かう。時食みの牙に『守り』が効かない事は解っている。だからなのはは襲い掛かってくる二体の脇を跳び出し躱すが―――、その先で大きく腕を振り上げる李紗の姿があった。

「イラっしゃ~~イ♪」

「Protection Powered!」

 咄嗟にレイジングハートが己が主を守ろうとカートリッジを三つ使ったプロテクションを発動。しかし、今度はしっかり魔力の込められた李紗の拳が打ち出される。

「獅子王拳!!」

 障壁は今まで同様に粉砕し、殆ど軽減されていない拳が胸の中央に直撃する。まるで心停止した人間に使う除細動器の電気ショックを受けたような衝撃が貫き、一瞬、確かになのはの心臓はショックで停止した。

「くわあっ……!」

 心停止により気を失ったなのはは、しかしすぐに目を覚ました。一部の管理局員が常備しているAEDと言うシステムによって心臓に電気ショックを与えて再稼働させたのだ。

「……かっ、かっは……っ!」

(AEDに頼るほどの衝撃……!? 障壁とバリアジャケットの上からだよ……!?)

 今の一撃で肋骨が折れなかったのは奇跡に近い。だが、確実に罅は入り、上着部分のバリアジャケットは消滅し、肩が丸出しになっている。トドメは身体中に渡ったダメージが一時的な痺れとなって動きを封じていた。高町なのはと言う人物はまだ戦うだけの力を持っていた。だが、その身体に巡る痛みが動かす事を許さない。その一瞬の隙を、残り二体の時食みが襲う。

(それでも……! 負けないっ!!)

 歯を食いしばり、左手一本で握ったレイジングハートを時食みに構える。

 と、なのはの脳裏にデジャブが映った。

(あれ? ……前にもこんな事―――、ああそうか、ヴィータちゃんと初めて会った時、フェイトちゃんと再開した時、……あの時もこんな感じで……)

 時食みが飛び掛かり、その顎を大きく開き、なのはの視界一杯に広がって行く。

(こんな感じで……、すごくピンチで……、そしたらそこにフェイトちゃん(ヒーロー)が……)

 時食みの牙が、なのはの体に食い込む―――刹那。

 

 ―――ザガンッ!!!

 

 突如、岩を裂くような音と共に、なのはの視界が再び光を取り戻し、そこに一つのシルエットが浮かび上がる。

(そうだ……こんな風にヒーローが……)

 呆けたようにその人の形をしたシルエットを眺めるなのは。それとは対照的に驚愕の表情と声を上げる李紗と柊。

「時食みを斬った!? 三次元の攻撃でもなイのに!?」

「あなたは……!? 此処まで来ていたのですか……っ!」

 慄く二人を無視して、シルエットは振り返る。次第に光に慣れてきたなのはの目に、その青年は笑いかける。

「待たせて悪かった。俺は龍斗。援軍に来た」

「龍……斗……くん……?」

 笑いかける青年、龍斗の姿は、タイミングの良さを差し引いても、なのはの目には本物のヒーローの様に見えた。そして不思議と、彼の存在に胸がドキリッ! と強く高鳴った。

(私……?)

 不思議な高鳴り、なのはの左手が自然と自分の胸を押さえる。

(この人の事……知ってる気がする……?)

 

 

 

 龍斗はなのはを背に、庇うように立ちながら刀を水平に構え、戦闘態勢に入る。

「来るのが遅れて悪かった。先に時食みの殲滅と、負傷者の撤退を優先していたんだけど、思ったより手間取ってしまった」

「え? じゃあ皆は……?」

「まだ時食みは残ってるけど、大丈夫! はやてもいるし、シグナムやキャロも時食みの戦い方は良く知ってる。シャマルもいるから怪我人の治療も万全だ」

 その言葉に安心感を抱いたのか、なのははホッとして息を付く。それを肩越しに認めてから、龍斗は敵を見据えながら力強く告げる。

「後は、目の前の首謀者を俺が捕まえれば、それで終わりだ! だから、なのははゆっくり休んでいてくれ!」

 自信に満ちた強い言葉が、弱ったなのはにはとても安心させ、ゆっくりと息を吐く。

(それにしても……)

 と、龍斗は視線だけをなのはに向けながら思う。

(驚いた……。写真で見るより何倍も綺麗なんだな……)

 女性に対して感性が疎い自覚のある龍斗にとって、本人も驚く感慨だった。初めて生の彼女を見て、不思議と胸が高鳴ってくるのを感じるのだ。

(まるで初めて会った気がしなくて、ついいきなり呼び捨てにしちゃったけど……、よく考えたらはやて程じゃないにしろ、この人も管理局の偉い人なんだよな? まずかったかな?)

 敵の注意を怠らぬようにしながら、もう一度高町なのはと言う人物に視線を向ける。

 破れてしまったとはいえ、純白の服がドレスのように着飾れ、戦いの最中にあったと言うのに気高く経ち続けた姿には、髪の毛一本分の魅力も損なわれていなかった。

(な、なんか……、本当に綺麗で……、疚しい所を見てるわけでもないのに目のやり場に困る!!)

 無意味に頬を染めてしまいながら、それ以上なのはの姿を見られず、いい加減全神経を敵へと移す。視線の先には柊が警戒した強張った表情で睨みつつ一歩一歩ゆっくりと下がっている。

「……またお会いしましたね」

「そうだな。……そっちの子とは初めてだな?」

 話の水を向けると、李紗は考える素振りで龍斗を見つめ、しばらくしてから柊へと話しかける。

「柊! どウ言ウ事!? こイつ時食みを殺せルけど、アイツじゃなイ! アの鳥男とは違ウ!」

(鳥男?)

「前に話したよリッちゃん? この人が私とあーちゃんが会った時食み殺し……『時に狂いし者(タイムドロッパー)』です」

(なんだ? 何の話しをしてる? ……くそっ! 俺の事を話しているはずなのに、俺自身が把握できないなんて、気持悪い!)

 訪ねるのは簡単だが、その内容が自分が知れば彼女達にとっては良い事ではないだろう事は容易に想像できた。ならば訪ねたところで素直に教えるわけも無い。なら、やる事は既に決まっている。

 先手必勝。龍斗は完全にマスターしたクイック・ムーブで柊の背後へと瞬時に移動する。初めて会う実力未知数の李紗より、直接戦闘を苦手としている柊に向かった方が無難と判断したためだ。

 首の脊髄に向けて刀の峰を振り降ろす。だが、それは瞬時に間に割り込んだ李紗の魔力でコーティングされた腕が妨げた。

「ウチの長女(母親)に手を出さなイ……!」

 睨んだ李紗が言ってすぐに蹴りを放ち、龍斗を吹き飛ばそうとするが、再びクイック・ムーブで元の位置まで移動して回避される。

「リッちゃん……、助けてくれるのは嬉しいけどそのルビいらない……」

 柊の呟きを無視して李紗が龍斗に向かって突進してくる。近接戦(クロスレンジ)に自信のある龍斗は真っ向からこれを迎え撃つ。

 事実、二人の実力は圧倒的だった。それは実力の差がでは無く、二人のレベルその物がだ。

 魔力を使わずとも打撃で障壁を撃ち抜いてしまう李紗の格闘スキルは言わずもがな、魔力で強化を施しているとは言え、龍斗もまったく見劣りしていない。

 岩をも砕く李紗の拳を真っ向から刀で受け止め、反撃に斬激を二、三度打ち込む余裕がある。李紗は両腕を魔力でコーティングして刃を受け止めているが、龍斗の魔剣(ブレイド)が施された刃は、気を抜いた状態で受け止めればコーティング事、腕を斬り落とされかねない鋭さを誇っていた。

 互いに近接戦を得意とし、しかし実力は拮抗していなかった。

 尋常じゃない潜在魔力を秘めている龍斗には常に全力状態で戦う事が出来、その魔力で強化した肉体は、李紗の圧倒的な攻撃力を受け止められるほどだ。更に武器を持つ事でリーチも勝っている。だが、決定的な差は近接戦に対する純粋な実力。それが僅かに龍斗が勝っている。その証拠に、振りかぶった斬激を止め様とした李紗が、刀の柄を押さえ、攻撃の初動を抑えるが、龍斗は瞬時に片手を放し、フリーになった手で拳を放ってくる。下半身に隙が出れば斬激より足技を優先して放つ事もある。例え肉弾戦のみで勝負したとしても、それは龍斗の得意分野を奪うだけで、決定的な実力減少には至らなかっただろう。

「ムキ~~~~~ッ!! この~~~っ! オ前の体はタコの触手!? 一々足も手も頭突きも、果ては体当たリまで平然と出してくルな!?」

 戦況不利を分かりながら解っていない李紗は腕を振り回す子供のように(それでも拳の威力は冗談にならないのだが)龍斗に意味の無い文句を叫ぶ。

(よし、相手のパターンも読めて来た。これなら『龍』の変形で倒せるかな?)

 油断なく戦況を分析していた龍斗は、そこまで考え、歩法加速の『神速』で背後に回ろうとした時だ。

「リッちゃん! そこの壁に!」

「!」

 柊の指示に従い、李紗が瞬時に瓦礫の壁に隠れる。

「隠れたところで……!!」

 ((重複|フラクタル))をかけた魔剣の斬激で壁事斬り裂く。衝撃に軽い爆発が起き、少量の土煙が上がる。その中には李紗の姿はなかった。

「!? 何処……!?」

 直ぐに魔力の気配を探り李紗の位置を確認しようとして―――それより早く李紗が正面から現れた。

「剣を奪って! それが無ければ彼は殆どの魔法が使えない!」

 ベストなタイミングで柊の指示が飛ぶ。

 李紗の行動は早く宙返りするように跳び、下から両足で龍斗の右腕事刀の柄を挟み込むと、龍斗が対応するより早く身体事を捻り、その勢いのまま彼の手から刀を弾き飛ばした。飛ばされた刀は綺麗な放物線を描き、柊の真正面ギリギリ三センチの辺りに突き刺さった。前髪数本を持っていかれた柊はゆっくりと腰を地面にくっつける。

「だ、誰が……、私に投げろ、と……?」

「ご、ごめん! 柊!」

 謝罪を述べながら逆立ち状態のまま蹴り飛ばそうとする李紗に龍斗は大きく後ろに下がって距離を取る。

「! リッちゃん! 距離を詰めて! 離れちゃダメ!」

 李紗は柊の言葉に何の疑いも無く素直に従い、龍斗との距離を詰める。いくら刀を持っていなくとも、まったく戦えないわけではない。身体能力に回す分の魔力を増やせば、不得意状態も十分にカバーできる。その余裕から龍斗は無手の構えをとって応戦する。その判断は正しく、無数に撃ち出される李紗の拳を、悉く受け止める。

 異変が起きたのは反撃の一撃を放とうとして軸足を下げたその時だった。

 下げた足が瓦礫の一部に引っかかり、つんのめってしまう。後ろにこけてしまわない様にバランスを取ろうとした一瞬の反射行動。その間を逃さずに李紗の拳が龍斗の顔面を捉える。身体事捻ってダメージを逃がしながら後方に一足飛びする龍斗だが、着地する時に丸い石を踏みつけ足が滑ってしまう。なんとか手を付いて倒れるのは避けたが、その隙にまた李紗に距離を詰められてしまう。魔力で無理矢理強化したバカ力を使い、石版剥がしのように地面のコンクリートを持ち上げ壁にしようとするが、李紗は壁を壊すのではなく捻りを加えた跳躍で最低限最速の動きで滑りこんで来る。おまけに龍斗の持ち上げた壁を足場に、全身のバネを利用した突撃まで仕掛けてくる。

 何とか障壁を張って受け止めるが、流石に全身を使った体当たりは龍斗にしても防ぐのは困難だった。

「その調子リッちゃん! やっぱり彼はこう言った((狭い地形での戦闘経験が無い|・・・・・・・・・・・・・・・・・・))! このまま地形を利用すれば剣を持たない彼を押しきれるよ!」

「了解妖怪! ……(半泣き」

「ええっ!? なんでこの子泣きだしたの!?」

 李紗が二度も同じ言い間違いをしてしまった事を知らない龍斗は、自分が不利だという状況も忘れて叫んでしまう。

「ウルさイ!! よくも私に恥をかかせてくレたわね! 罰として美少年との○○○○をしなさイ!」

「何もしてねえよ! ……っていうか、今俺は初めてお前に殺意を覚えたぞ……?」

 男子との絡みネタを振られた龍斗の身体から怒りに煽られちょっぴり闇が漏れ出る。

 その脅威を一度身を持って経験している柊は過剰なまで反応し、慌てて李紗を下がらせる。

「リッちゃん戻って! それ危ないから!」

 李紗が下がったのと同時に、龍斗もなのはの位置にまで戻り、闇を引っ込める。龍斗としても使いたいのは山々だが、下手に撃って周囲の誰かに被害が及んでしまう可能性を考えると大っぴらに使えない。そもそも龍斗は力加減を苦手としている。あまりに巨大な魔力の資質がある半面、細かい力の調整を苦手としていたのだ。どうしてもムラが出てしまう以上、今回の様な市街地での使用は避けたい。特に闇は精神が引っ張られないようにするのにも意識を持っていかれ、なおの事加減が出来ない。

(まあ、出来ても闇は使わないけどね……。一度撃って解ったけど、アレは純粋な殲滅能力で、不殺には向いてない)

 非殺傷設定などと言うミッドでは当然の魔法技術を、龍斗が持ち合わせている訳も無く、結局は手詰まりに近い状況にあった。

 っと、その時なのはの傍に一本の杖がある事に気づく。なのはのデバイス、レイジングハートだ。

(待てよ……? ………もしかして、出来るかな?)

「なのは……さん。ちょっと良い?」

 龍斗は敵への注意を怠らずに訪ねる。

「え? なに?」

「その杖って、インテリジェントデバイス? ストレージとかじゃなくて高性能AIがあるっていう?」

「そうだけど? それがどうかしたの?」

「なら二人(・・)(一人と一機?)に訪ねるけど、俺にそのデバイスを使わせてくれないか?」

「使う? でも、いきなりそんな事言われても……無理だよ?」

「貸してくれるだけで良い。それとデバイスが一回だけ俺のサポートをして欲しいだけだ。大きいのを撃ちたいんだけど、俺は非殺傷設定が出来ない。その部分の助けが欲しいんだ」

「でも、レイジングハートに認証させるのに時間が……、相手もそんなの待ってくれないだろうし」

「認証する必要はない。その辺は俺がなんとかする。ただ、なのはのデバイス、レイジングハートって言った? その子が協力してくれる意思があれば充分なんだ」

「よく解らないけど……解った。やってみる。レイジングハート?」

「All right. My master.」

 デバイスとマスターの了承を得た龍斗はレイジングハートを受け取ると、それをいつもの刀のように構える。

「まさか他人のデバイスを剣の代わリにするつもリ? そんなんじゃ棒切レ一本持ったのと変わラなイわよ? 嘗めてんの?」

 李紗の挑発的な発言に対し、龍斗は小さくほくそ笑む。

「確かにこのままだとまったく意味がないがな。……ただ、俺がいつも使っている魔術、『((魔剣|ブレイド))』なんだが? どうやらお前達はアレを斬激補助とか、攻撃力強化とか、そんな風に考えてるみたいだな?」

 龍斗はデバイスを握り直し、いつものように『魔剣』の魔術を発動させる。

「『((魔剣|ブレイド))』の本領は刀を強化する事じゃない―――」

 魔力が注がれたレイジングハートは、本来そのシステム上、マスター認証していない相手のサポートは拒む。だが、龍斗の使用した魔法はその例外に中った。デバイスの形状その物を別の物に変化させる事以外は、デバイスに何の補助も求めていない。故にレイジングハートは((物質の形状を変換させる魔術|・・・・・・・・・・・・・))を受け入れ―――刀形へと姿を変えた。

 桃色の柄に金色の刃、鍔と刃は繋がっていないが、コアとなる赤い宝石が魔力の輪を作って刃と柄を繋げていた。

「これが魔剣の真骨頂。『全ての物質を明確な刀として変換し、使用者の最も扱いやすい形状へと完成させる魔術』俺にとって棒切れ一本は、百戦錬磨の刀を作り出せるだけの充分な素材だ」

「け、形状強制変換!? そんな魔法あり得ない!? これじゃあまるで製造魔法とでも呼ぶような技術!? こんな魔法なんて見た事ない!?」

 驚愕する柊を余所に、龍斗は刀を天に突き出すように水平に構える。片手で構えた所に、反対側からなのはが左手で一緒に刀の柄を掴む。マスターが接触する事で、レイジングハートに、これから放つ魔法を非殺傷設定に変えさせるためだ。

「いくぞ!」

「ディバイーーーーーン……ッ!」

 なのはの魔力がレイジングハートに加わり、魔法を非殺傷に変える。そのタイミングに合わせ、龍斗の魔力が雪崩込み、鋭利な刃物状に固定される。魔力が充分に満たされると同時―――龍斗は刀を振り降ろす。

「ブレイザーーーーーーーッ!!」

 放たれたのは黄緑色の斬激砲。隔てられる壁は全てを等しく真っ二つに斬り裂きながら、それでも非殺傷と言うとんでも技となっていた。ジェノサイドブレイバーより控えめだが、それでも形状は同じで、威力はアレの劣化版。故にその砲撃は正面にあった建物一つを二つに斬り裂き崩壊させてしまった。

 予想以上の威力だったため、手伝ったなのはは、呆けそうになってしまったが、慌てて敵勢力の確認に戻る。同じく龍斗も周囲を見渡すが、建物の崩壊で煙が上がりよく見えない。煙が晴れた時には、既に二人の姿は何処にもなかった。

「また逃げられた……。惜しい事をした」

「にゃははっ、まあ仕方ないよ。今回は間が悪かったんだよ。……でも、この後始末の方が私は不安かも?」

「………あ」

 崩壊した建物を前に、二人は手を放すのも忘れて呆然と眺めているしかなかった。

 余談だが、二人が我に返ったのは、時食みを一掃した龍斗のメンバーが戻ってきた時、シャマルがダークスマイルで呼びかけた時だった。

 

 

 

 

「えっと……ごめんね? 何か色々あってこんな所まで引っ張ってきちゃって?」

 龍斗達はとりあえず、現在なのはが一時間借りしている管理局施設へと訪れ、色々難しい手続きなどをしていた。はやて達は休暇中とは言え局員なので、その事に付いての報告書。龍斗は現地にたまたま居合わせた協力者と言う事で話を通していた。

 現在は全員がロビーに集まり、情報交換などをしようとしているところである。

「いや、それは良いけど……。それより、なんか問題があったみたいだよね?」

 龍斗は、ここに来る前、輸送車を調べていた局員となのはが驚いた表情で話しているのを思い出し、その事に付いて訪ねる。

「あ……、うん。龍斗くんには時食みについてとか、色々聞きたい事もあるし、それも踏まえて説明するね。……実は私達が輸送中だったロストロギアが、あのドタバタの最中、取られちゃったみたいなの?」

「え!? でも、時食みも主犯の二人も、ちゃんとなのはさん達が抑えてたんですよね!?」

 思わずキャロが漏らした言葉に、なのはは頷くしかない。

「……いや、俺があの柊って言う女の子に会った時、相方はあのチャイナ風の子じゃなくてゴスロリ風の幼女だった。もしかすると、あの二人を囮にその子が―――」

「ゴスロリ幼女とか貴女の趣味で言ってるだけじゃないですか?」

「―――……キャロ? 真面目な話してる時くらい言葉のナイフ止めてくれない?」

 そろそろ本気で泣きそうになった龍斗が震える声で訴えるが、キャロは「幼女とか言ってて恐いんです」と言いながら自分の体を抱いて龍斗から距離をとってしまう。

 キャロを知っているなのはは、自分の知らないキャロの意地悪な一面に思わず目を丸くしてしまう。

「それは違いますよ! 龍斗さんはもっと年上のお姉さんの方が好きですよね~~?」

 更にシャマルが龍斗の腕を抱きしめてひっついてくる姿も、なのはにしてみればあまりに意外な姿。見開いた目をパチパチと瞬きしてしまう。そんななのはの肩に、シグナムとはやてが左右から同時に手をやる。

「驚いたやろ? 私もメンバー入りしてから知ったんやけど、もう、あの二人どうしようもない感じなんよ……」

「お前もメンバー入りするつもりなら覚悟しておけ? 毎日これを見せられる事になるぞ……」

「頭も悩まされるよ?」

「精神的に疲れるぞ?」

「二人とも何があったの……!?」

 思わず訪ねるなのはは、その対面で両極端の地獄(天国?)攻撃を受けている龍斗のSOSを見逃すのであった。

 仕方なく龍斗は自力でシャマルとキャロを説得し、話を戻す。

「それで結局、輸送中のロストロギアってなんだったの?」

「えっと……、調べる前に盗まれちゃったから詳しくは解らないんだけど……、物質に変動を与えて融合させる物みたい?」

「物質の融合? それってつまり即席錬金術みたいに物質を合成できるって事か?」

「うん、たぶん……?」

「錬金術?」

 キャロは会話の中から出てきた単語に首を傾げる。

「錬金術って言うんわ、私らの世界である空想上の能力、魔法の親戚さんみたいなモノやね~?」

 はやてが説明して、キャロが頷くのを待ってから龍斗が質問を投げかける。

「アイツらがそれを盗んだ理由は何だろう? もしかして即席キメラでも作るつもりか?」

「解んないけど、もっと詳しく調べれば別の使い方もできるのかもしれないし……。龍斗くんは何か知らないの?」

「えっと……、ごめん。俺は時食みとかの事は知ってるけど、それが何で生まれたのかとか詳しいのとかはよく解ってないんだ」

 なのはの質問に申し訳なさそうな表情で答えた龍斗に、ずっと疑問に思っていた問いをキャロが代表して訪ねる。

「ずっと気になってたんですけど、龍斗さんは時食みに対して色々知ってるのに、どうして肝心な事知らないんですか?」

「そう言えばそうやね? それに、デバイスも無しに私らと同等の魔法戦が出来るんもずっと不思議やったんよ?」

 皆の視線が集まる中、その答えに窮し、困ったような表情で苦笑いを浮かべる龍斗。

「えっと……、なんでだろうな~~?」

「誤魔化した」

「誤魔化しました」

「誤魔化したね?」

「誤魔化したな?」

「誤魔化しているな」

 上から順に、きょとんとした眼差しのシャマル、怪しんでいる訳ではないが、やっぱり睨み気味のキャロ、普通に問い返すなのはとはやて、逃げるなと言う様に言い付けるシグナム。

 多種多様の眼差しに視線を逸らす事しかできない龍斗は、やっぱり乾いた笑みを漏らす事しかできない。

「……まあいいや。別に言いたくない事だって言うなら無理には聞かない」

 しばらく見つめていたなのはが、場の空気を変える様に言うと、集中していた視線も霧散した。

 龍斗の事情を聞かずに、時食みと犯人と思われる少女達の話へとシフトする面々。その姿を見て、龍斗は安心感と情けなさを同時に感じていた。色々事件の情報を知っているはずの者が、自分の事を何も語らないなんて、どう考えても怪しい事この上ないのに、誰一人、自分を嫌っているキャロでさえ問い詰める様な事をしてこない。その優しさは嬉しいはずなのに、何も答える事が出来ない自分に自己嫌悪して、素直に喜ぶ事が出来なかった。

 

 

 その日の夜、龍斗達一行は近場のホテルの一室を借りていた。龍斗は二部屋を主張したが、別に同じベットで寝るわけでもないし、部屋もかなり広い一室(金額も相当高く、龍斗は我が目を疑った)だったので、渋々ながら了承した。

 なのはに一通りの情報交換を終えた彼らは、今日はその近くで一旦休もうと言う事になった。だが、深夜になっても龍斗は寝る事が出来ず、テラスで夜風に当たっていた。

「こんな夜更けに何してるんです?」

 声に振り向くとテラスの窓を後ろ手に閉めているキャロの姿があった。

「キャロ? お前こそ寝ないのか?」

「少し御手洗いに―――何言わせるんですか!?」

「す、すまん……」

 真っ赤な顔をして膨れるキャロは、薄手の寝間着姿なので見ていてとても無防備感を感じる。おかげで、疚しい恰好をしている訳でもないのに目を晒したくなる心境にかられる龍斗。今の時間帯が暗くてよかったと密かに思うのだった。

「ちょっと目が覚て、たまたまテラスに目を向けたら、龍斗さんがいたので、……ちょっと気になっただけです」

「俺の事、気にしてくれたのか?」

「そ……っ!? そう言うわけじゃありません! えっと……! 龍斗さんの事ですから! 皆が寝静まった隙を狙って襲いかかろうとしてるんじゃないかと思ったんです!」

「酷い言われようだ……。俺はそんなことしねえよ」

「解りません! 現に私達、今までも『偶然』で抱きつかれたり触られたりしてます!」

 事実なので言い返せなかった。

「でもやらないよ。皆俺の事を信頼して同室を選んだんだ。その信頼を裏切りたくはない」

「……。どうせ下心からじゃないんですか?」

「無いと言えば嘘になるかな……?」

「! ほらやっぱり―――!」

「だって、同室にするって決まった時、俺を嫌ってるはずのキャロが文句言わなかったじゃないか? それって俺の事をそのくらいには信頼してくれてるって事だろ? せっかくキャロが信頼してくれたのに、その信頼を裏切って、また嫌われたくはないしな?」

「っ!?」

 キャロは口を噤み、柿の熟す姿を見るかのように真っ赤になっていく。

 しかし、恥ずかしそうに顔を染める割には珍しく反論する事なく、顔だけ後ろに背けてしまうだけだった。否定しない程度には自分を認めてくれたのかな? と龍斗は少しだけ笑みを作る。

 その笑みを直ぐに消した龍斗は、少しだけ真剣な表情で訪ねる。

「ねえキャロ? 聞いても良い?」

「な、なんですか?」

「どうして俺の事を聞かないの?」

 龍斗の質問を聞いたキャロは、背けていた顔を戻し、龍斗の表情を確認する。それが本当に真剣な物だったから、キャロは居住まいを正してから笑って答える。

「その答えは、もう龍斗さんは知ってますよ?」

「え?」

「っというか、今先に言ってました」

「え、えっと……?」

「龍斗さんが紳士の皮を被ったエロエロ大魔王で、どさくさにまぎれてエッチな事する様な獣で、全世界の女性の敵だとしても、男性として存在する一番最悪の生物だとしても―――」

「そこまで言われるような事俺したか!? ねえ! そこまで言われるほど嫌われてるの!?」

「でも……、誰かを不幸にしたいって考える『悪人』ではないって、信じてますから」

「……!」

 柔らかな笑みを向ける少女は、とても純粋無垢で、その姿は初めて会った時の険悪になる前の本来の姿で、思わず返す言葉を失うほどに綺麗だった。

「だから聞きません。言い難い事だって言うなら無理に聞いたりしません。いつか、話せるようになった時に話してくれれば、それで良いですから」

「……キャロってさ」

「はい?」

「本当は、とっても優しいよね?」

「ええ!? えっと……、そう、ですか……?」

「ああ、いつも言葉のナイフくらってるからついつい忘れがちだけど」

「そ、それは……! 龍斗さんが……!」

「うん、俺が悪い。嫌われても仕方ないって思ってるよ。……ごめん」

「………その、謝られても……」

 この時キャロは混乱していた。キャロは正直に龍斗が嫌いだった。いくら悪い人間でないと知っていても、信頼する事が出来ても、彼女にしてみれば初めて羞恥心を受ける事になった要因だ。そうそう許せる物ではなかった。

 だと言うのに、最近になって彼女は龍斗の事をそんなに嫌っていない気がしていた。第一印象があんな事だったため、下手な先入観が根付いたのか、龍斗本人を見る事が出来ていなかった。そのため彼女は次第に先入観が薄れ、龍斗本人が浮き彫りになってきている事に気付いていない。

 そんな複雑な乙女心に、本人はもちろん、龍斗も気付いていないのだからお相子と言えるのかもしれない。

「あはは……、そうだな。じゃあお詫びさせてもらってもいいかな?」

「お詫び?」

「とりあえず、何か欲しい物をプレゼントする、って言うのが定番だけど……。何か欲しい物ある?」

「あんまり考えてなかったんですね……」

「そんな事はないけど……、じゃあ、明日一緒に出かけないか? 何か欲しいモノ見つかるかもだし?」

「つまりお買い物ですか?」

「どうせ、明日もなのはとはやてが情報整理とか事後処理とかでこの町に居るだろうし、少しの間なら問題ないと思う。最近時食みとの戦いも増えて皆疲れてるし、休憩がてら良いんじゃないかな?」

「……そうですね? 悪い事じゃないでしょうけど……、一応皆さんに相談しておいてくださいよ?」

「解ってる。しばらく此処で休憩しないか? って相談しとくよ」

「ふふっ……。じゃあ、私はもう寝ますから、龍斗さんも早めに寝てくださいよ?」

「ん、ああ……」

 キャロが部屋に戻ったのを確認した龍斗は、また夜景に視線を戻すと軽い溜息を吐いた。

「信頼か……、結構重いな。俺に応えられるだろうか?」

「龍斗さんなら間違いなく応えられると思いますけど?」

「うわあぁっ!?」

 突然目の前に顔を覗かせるシャマルに、気配にまったく気付けなかった龍斗は、素っ頓狂な声を上げてしまう。

「い、いいい、いつから居たんだシャマル!?」

「キャロちゃんとデートの約束をしていた辺りでしょうか~~?」

「笑顔だけど物凄く怖い……!」

「本当に……っ!? 龍斗さんは何かと言うとキャロちゃんに突撃しますよね? シグナムとは訓練中に何度も肉体接触。はやてちゃんとは時食み対策の相談でナチュラルに近づきすぎ。なのはちゃんに対しては初対面にも拘らずいきなり呼び捨て。しかもその後も随分親しそうにしてましたよね? ……私とは大違いぃ?」

 言葉尻が妙に迫力が出ていて龍斗は物凄い危機感を感じた。今すぐにこの場から飛び出して逃げたい衝動にかられたが、ここで逃げたらもっと恐ろしい事になりそうだったので逃げる事も出来なかった。

「挙句の果てにはキャロちゃんを言葉巧みにデートに誘うなんて? 管理局員として逮捕しちゃいましょうか?」

「犯罪に至るべき行為をした覚えはないぞ!?」

「自覚してない方が性質が悪いんです!」

「そこでそれは卑怯だと思いませんか!?」

 不毛な言い争いに発展してしまいながら龍斗は考える事があった。初めて会った時のシャマルは普通に気配りの出来る女性だったのに、今では何だか少し感情の起伏が激しい気がする。一体いつからこんな風になってしまったのだろうかと、何も気づいていない原因の張本人は首を傾げるのであった。

「と~も~か~く~っ! キャロちゃんを誘ったんですから、私も誘ってくださいますよね!?」

「なんでそうなるんだよ……」

「嫌なんですかっ!?」

「イヤ全然。シャマルと出かけること自体は嬉しいと思ってるよ。むしろシャマルがそんな事言いだしてくれて切欠が出来たと思えるくらいだし」

「!? そ、そうですか! そうなんですね! じゃあ、さっそく明日―――は、キャロちゃんを誘っていましたよね……、明後日! 必ずお出かけしましょうね!」

 シャマルは念を押すようにして龍斗の腕を捕まえると、そのまま豊満な果実の間に挟んでしまう。

「あ、ああ、分かった。……分かったら、ちょっと離れないか?」

 柔らかな感触に慌てて遠回しに抗議するが、シャマルはむしろぐいぐいっ、と押しつけてくるのだった。

「嫌ですか?」

 ニッコリ笑って問いかけるその表情には、先程のダークオーラはなくなっている。だが、別の小悪魔的な何かを感じた龍斗は言葉に窮してしまう。

「嫌……って言うか、その……」

「私は、龍斗さんとならこうするの、全然嫌じゃないですよ?」

「だ、だけどだな? 何と言うか……、その……、当たってる……」

「ええ? 何言ってるか聞こえませんよ~~?」

 そう言いながら耳を傾けながら、更に身体を寄せるので、龍斗の腕は余計に柔らかな二峰に押し付けられてしまう。流石に恥ずかしくなってきた龍斗は、もう一度、先程よりも大きな声で「当たってるって……!?」と言うのだが、「聞こえませんって~~?」と訊き返され更に押しつけられてしまった。

 流石にここまであからさまに訊き返されればワザとだと気付きそうなものだが、何分恥ずかしさを我慢して頭に大量の血が回っている龍斗には、そんな単純な事を考える余裕もなかった。仕方なく黙って受け入れ、飽きて放してくれるのを纏うと思ったのだが、小悪魔シャマルはそれを許すつもりはなかった。

「私、龍斗さんの知ってるメンバーでは大きい方なんですよ?」

「え? ……ええっ!?」

 言われている事に気付いた龍斗は、ここに来てやっとワザと押し付けられているのだと言う事に考えが至る。

「わ、分かってたなら離れろよ!?」

「私とこうするのは嫌じゃないんですよね?」

「いや……じゃないけど……」

「じゃあ、ぎゅうぅ~~~~♪」

「~~~~~~~~~~~ッ//////!?」

 妖艶な笑みを向けたシャマルは、もはや腕を抱くと言う言葉が生易しい言葉であるかのようにぴったりとくっ付いてくる。おかげで龍斗の脳内は完全にオーバーヒート状態だ。

 そんな思考が真っ白になっている状態で、僅かに残った龍斗の危機回避本能が働き、どうにか別の話題で意識を逸らそうと試みる。

「あ、あのさ! さっきキャロにも聞いた事なんだけどさ!?」

「む、なんですか?」

 キャロの名前を出した途端、少し機嫌を損ねたようだが、それを気に掛ける余裕など彼には無い。

「シャマルは、俺の過去とか気にならないの? 今日だって、俺から訊き出そうと思えば聞き出す事も出来たんだろうに?」

「それですか? それはもちろん、私は龍斗さんの事は一杯知りたいと思ってるんですよ」

 少し困ったような表情で見上げながら「でも……」と、シャマルは続けた。

「それで龍斗さんを傷つけたり、嫌われたりするのは、もっと嫌ですから……。私は今こうして一緒に居てくれる龍斗さんを信じて、話してくれる時まで待っていようって思います」

「シャマル……」

「私、龍斗さんと一緒に居るのが長かった所為か、少しだけ分かるんですよ? 龍斗さんが今、どんな気持ちでいるのか。……例えば今は、ちょっと不安で、ちょっと嬉しい。でも、自己嫌悪してる。……違いますか?」

「うっ……、当ってる」

「ふふっ……、だから龍斗さん。私結構不安なんですよ。解っちゃいますから……」

「え? 何が? やっぱり俺が自分の事何も言わないから―――」

「龍斗さんは、皆の事ばかり目を奪われて、私の事あんまり見てくれてませんよね?」

「………え?」

 シャマルの言葉はあまりに予想外で、龍斗はどう返していいのか解らなくなってしまう。

「最初はずっと私だけを見ていてくれたのに、はやてちゃん、キャロちゃん、シグナム、……仲間が増えて、三人の方にばかり目がいってる」

「そ、そんな事……! 俺、シャマルの事、蔑にしてた?」

 自分ではそのつもりが一切なかった龍斗は、自分の知らない内にシャマルを傷つけていたのかもしれないと思うと、急に不安になった。だが、シャマルはその問いに対して首を横に振った。

「龍斗さんは私にもちゃんと優しくしてくださいましたよ? ……ただ、私より皆の方に優先順位があるだけです」

「そんなつもりはないんだけど……、もしシャマルにそんな思いをさせていたのなら、本当にすまん。……俺にとってもシャマルは最初に出来たパートナーだ。もっと大事にするよ」

「……パートナー……、その言葉は嬉しいけど……私はもっと……」

「? シャマル?」

 呟いた言葉があまりに小さく、密着していた龍斗の耳にも断片的にしか届かない。思わず訊き返すが、シャマルは軽く被りを振ってニッコリと笑顔を浮かべる。

「何でもありません。今は、この距離が私にとって心地いから……。だから、今回は龍斗さんが気にかけてくれるって言うだけで充分です」

「? よく解らないけど、シャマルがそれで良いなら」

「はい♪ 龍斗さんも、いつまでも悩んでちゃダメですよ? 皆、付き合いが短いようで、ちゃんと龍斗さんの事見てるんですから」

 そう言ってやっと離れたシャマルは、龍斗の返答も聞かずに部屋に戻って行ってしまう。

 その後ろ姿を見送った龍斗は、シャマルに抱かれた左腕が冷えて来るのを感じ、何だか名残惜しい気持ちになる。

「……もう少し、素直に受け入れておくべきだったかな―――って!? 何言ってんだ俺っ!?」

 恥ずかしい事を考えてしまった龍斗は、その後、別の理由で眠れなくなってしまうのだった。

 

 

 

 


 
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