黒髪の勇者 第三編第一章 シアール傭兵団(パート3)
翌朝、あれだけ浴びるように酒を飲んだにも関わらず足取りがしっかりとしている部下たちと共にシアールは税関を訪れた。貿易を行う商人にとっては最も頭が痛く、緊迫する瞬間でもある。何しろ、少し対応を間違えただけで余計な出費を強いられることになるのだから。
だが、その様な重要な手続きを前に、シアールの前に現れたのはバルト一人であった。
「他の人たちは?」
不思議に感じてシアールがそう訊ねると、バルトがさも当然という様子でこう答えた。
「昨日の話の裏付けを取るために、情報収集に当たらせています。昼には一通りの情報が集まるでしょう。」
根も葉もない噂話だけを信じる程バルトは無邪気でもないし、無垢でもない。如何に騙されないか。それを考えることが癖になっているのだろう。
「そこでお願いなのですが、馬車の移動を手伝って頂ければと思いまして。」
続けて、バルトがそう言った。
「それならお安いご用で。」
情報収集をして来いと言われて、シアールの手駒にはヒートを覗いて適格者が存在していない。いや、ヒートも講釈を垂れる癖があるから人から話を聞きだすことは本来は不得手である。要は体力仕事と護衛仕事以外にシアールたちがまともに行える仕事は殆ど存在していないのであった。
ともかく、倉庫から歩いて数分の距離にある関税局に一行は訪れた。面構えは立派な石造りの建築物ではあるが、その中に拠点を置く役人たちが同じように立派な人物であろうはずがない。
「これで全部かね?」
片手にバインダーと鉛筆を掴んだ検査官が、せいぜいの権力を誇示するようにそう言った。
「仰せの通りで、馬車四台のみでございます。」
「このご時世に随分と買いつけたものだな。」
「はい、おかげさまで。つきましてはぜひともご配慮いただきたく。」
バルトはそう言うと、懐から小袋を取り出し、さりげなく役人にそれを手渡した。一リリル金貨五枚が詰まった小袋である。贅沢をしなければ一家族が二カ月は余裕を持って暮らせる金額になるだろう。
「ふむ、商売熱心だな。」
鼻の下を伸ばしながら、役人は重々しく、そして少し滑稽にそう言った。
「こちらが物品のリストになります。麻薬や武器の類は存在しておりません。」
続けて、バルトが役人に商品の一覧表を手渡した。それをざっと眺めてから、役人が口を開く。
「よし、通関を許可しよう。関税の計算を行うので暫く室内で休まれると良い。」
その言葉にバルトは安堵した様子で小さな吐息を漏らした。それを受けてシアールは部下達に商品の見張りを指示し、バルトと共に税関の待合室へと移動する。そこにはバルトと同じように税関待ちの商人が多数存在していた。バルトと同じように、護衛の傭兵と同行している商人もそこかしこに見える。
「武器の流通が多くなっている様子ですね。」
空いていた椅子に腰を掛けた所で、シアールはバルトに向かってそう言った。先程バルトと役人が交渉している間に、偶然に他の商人の積荷の一部が目に入ったのである。本来武器の流通には相当に煩いグロリア王国に堂々と武器が輸送される事態が珍しい光景であった。
「お気づきになられましたか。おそらくミルドガルド西部からの輸入品でしょうね。海運で運んできたのでしょう。」
頷きながら、バルトがそう答えた。時間を惜しんで無視してきたが、ここから二十キロヤルク程度南東に向かった地点にアリア王国の飛び地であるオストラントと言う港町が存在している。東方との海運貿易を行うためにアリア王国が造り上げた港町であったが、ビザンツ帝国が統一され、実質的に陸路が塞がれて以降はグロリア王国との取引の為にも利用されている港であった。
「戦争が近いのかも知れませんね。」
何となく、シアールはそう言った。戦争ともなれば、シアールにしてみれば大きく稼ぐチャンスであった。何しろここ数十年、まともな国家間戦争は発生していない。止む無くシアールのように隊商護衛の仕事を行う傭兵団は多いが、稼ぎの質となればやはり戦争には敵わないからだ。
「そうなれば商売が苦しくなりますね。」
苦々しく、バルトがそう言った。武器商人はともかく、バルトが得意とする嗜好品の類は確かに戦争時には流行らないだろう。そう考えてシアールが口をつぐんだ時、バルトを呼び出す係員の声が待合室に響いた。
「それでは、手続きを済ませてきます。」
バルトはそう言うと一人で税関のカウンターへと歩いて行った。その間にシアールは周囲の様子を何となく眺める。どれも一癖も二癖もありそうな商人達であった。
戦か。
なんとなく、シアールはそう考えた。小競り合いで済まず、本気でビザンツ帝国がグロリア王国へと進軍してくればどうなるか。ビザンツ帝国はその統一以来目立った動きは一度も行ってはいないが、それでもシルバ教国と匹敵するだけの国力を有している事には変わらない。反対側のコンスタン王国や北方のフィヨルド王国にあるような山脈や河川と言った防壁も存在していない以上、グロリア王国が対抗する術は殆どないだろう。
今の内に、ビザンツ帝国とのコネを作っておくことも手だが。
そう思って、シアールは何となく首を傾げた。根なし草とは言え、シアールにも故郷はある。もう何年も戻っていないが、グロリア王国の外れにある小さな村がシアールの故郷であった。そして部下たちも、経歴は様々とはいえグロリアに何らかの因縁がある人間ばかりである。
国家なんて気にしたこともないが、故郷を裏切るような真似はどうにも居心地が悪い。
単純な利害とは関係なく、ついそう感じてしまうこともまた事実であった。
「お待たせいたしました。」
やがてバルトが戻ってくると、肩の力を抜いた様子でそう言った。役場の時計を見れば、午前十一時を指している。
「では、行きましょうか。」
続けて、バルトがそう言った。会合の時間にはまだ少し早いはすだが、と思ったシアールを待ち構えていたのはバルトの部下である商人たちである。どうやら情報収集を終えて戻ってきたらしい。
「どうだった、お前たち。」
早速とばかりにバルトがそう訊ねた。
「事実です。昨年の末にビザンツ帝国との小競り合いがあり、それ以降ビザンツ帝国との取引が実質止まっている様子です。」
部下の一人がそう答えた。
「他にも、シルバ教国を始めとした西部同盟から武器の輸入量が相当に増えている様子です。銃器、火砲、それから弾の類の取引量がそれまでの十倍になったとか。」
「ますます、緊急事態ですね。」
顔をしかめながら、合流したヒートがそう言った。
「お前はどう思う?」
シアールがそう訊ねる。その言葉にそうですね、とヒートは頷いた。
「今のところ防衛を主目的として武器の調達を増やしている様子ですが、ビザンツ帝国の兵力は五十万という噂もあります。誇張はあるのでしょうが、それでも十万程度はすぐに動かせるでしょう。そうなればかき集めても精々数万の軍しかいないグロリア王国は瞬時に滅亡することになるでしょうね。特に、昨年の小競り合いで西部同盟が目立った反応をしていないことが痛い。事情はあるのでしょうが、恐らく口を出すことがないと踏んで次は大攻勢を仕掛けてくると思いますよ。」
ヒートの冷静な分析に、バルクも神妙な表情で頷いた。
「そうなれば貿易どころではありませんね。暫く隊商を組まずに情報収集に当たった方が得策でしょうか。」
「或いは、戦乱が起こる前にムガリアに逃れる手もあります。ビザンツ帝国の目的は東方貿易の独占でしょう。貿易商人を無下に扱うことは無いと思いますよ。」
ヒートが続けてそう言うと、バルトがむう、と頷いた。そこらの参謀よりも的確な分析を行うヒートがどうして傭兵稼業などに手を染めているのか、シアールにはどうにも分からない。過去については決して話そうとしないからだ。
「ともかく、予定の商談を行いましょう。お前たち、資料は作成出来ているだろうか。」
場をとりなす様に、バルクがそう言った。
「こちらに。」
商人の一人がそう言って、バルクに束になった紙を手渡した。それをざっと眺めて、バルトはシアールに向かって口を開いた。
「では、向かいましょう。シアール殿、超過勤務になってしまいますが、商談までご一緒頂けるとありがたい。」
「勿論です、バルト殿。」
少しでも情報が欲しい。
その考えはシアールも同様だったのである。
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第三話です。
宜しくお願いします。
黒髪の勇者 第一編第一話
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