No.453736

そらのおとしものショートストーリー4th Unlimited Brief Works10(完結編)

水曜日から遠く離れた定期更新。
ていうか土曜日に10時に家に帰ったのが最近一番早い帰宅って生活で何ともかんとも。
それはともあれUBWの完結編。全10話、総11万字のショートストーリーもいよいよ終わり。
うん。毎週書きながらの更新は辛かった。

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2012-07-15 23:34:38 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1583   閲覧ユーザー数:1512

 

そらのおとしものショートストーリー4th Unlimited Brief Works10(完結編)

 

 

拙作におけるそらのおとしもの各キャラクターのポジションに関して その14

 

○桜井智蔵(UBW):UBWにおいては既に故人であり、物語には一切登場せず、また作中に影響を与えることもない。その意味では作品と全くの無関係。しかし、イカロスが地上に降りてくることになったきっかけに友蔵は深い関係がある。幻のそはらルート、そしてこのUBWでは一切の出番はなかったが、Heaven’s Hiyoriルートでは……。現段階では全てが謎に包まれている。

 

 

*****

 

「殺人チョップ……エクスカリバァアアアアアアアアァッ!!」

 鮮烈な黄金色に輝く閃光が空に向かって立ち昇る。

 光の発信源となった巨大スイカはまっ二つに割れて中からポニーテールに髪を束ねた少女が出てきた。

 少女、見月そはらは肩で大きく呼吸を繰り返す。

 空美学園の制服はスイカの体内で半分溶かされてしまい、白い上下揃いの下着が所々見えてしまっている。

「もう少し中にいたら……溶かされちゃっていたわよね、わたし……っ」

 体の方がまだ溶けていなかったのは幸運だった。そう思ってしまうほどに既に衣服には浸食が進んでいた。

 殺人チョップ・エクスカリバーは威力は強力だが連射は出来ない。

 ニンフを先に行かせる為に自分から巨大スイカの口に飛び込んだものの、すぐに脱出という訳にはいかなかった。

 巨大スイカの内部は頑強で特殊な防御障壁が敷かれており、通常攻撃では皮を打ち破ることが出来なかった。

 代わりに果汁だか胃酸だかがそはらを襲って来た。後はもう時間との戦いだった。そはらは必死にその赤い液体から逃げ回りながら必殺チョップ発動に必要なエネルギーの回復を待ったのだった。

 そしてギリギリというタイミングで右腕に宿る聖剣の発動に成功したのだった。

「そうだっ! ニンフさんはどうなったの!?」

 ニンフはカードの無効化に成功したのか? 

 カードの無効化にはこの戦いの勝敗が、そして人類の存亡が掛かっている。

「ニンフさんの元に行かなくちゃっ!!」

 カードが、ニンフがどうなっているのか分からない以上、そはらはここでじっと結果を待っていることなど出来なかった。

 そはらは温泉に向かって駆け出していく。

 真っ黒な空がやけに煩かった。けれど、普通の人間の視力と聴力しか持たないそはらにはその意味が分からなかった。

 

 

「ニンフさ~~んっ! ……って、えぇえええええぇっ!?」

 温泉に辿り着いたそはらは目の前の光景を見て驚いた。

 何故なら、温泉だった筈のその場所は完全に腐っていたのだから。

 泥だかマグマだか何だか分からない暗いものがボコボコと以前水面から浮き上がっている。

 確証はないが、それに触れれば大変なことになる。下手をすれば死んでしまう。そんな嫌な予感がそはらを包んでいた。

 だがそはらが真に驚くことになるのはこれからだった。

「ニンフさんっ!? そんな所で一体何をやってるのっ!?」

 そはらはニンフを見つけて驚いた。

 ニンフは温泉の真上5mほどの球体の中にいた。

「カオスが……まだ生きてるの。だから、助けなくちゃ…」

 ニンフがその腐った球体から体を半分引き出した。その両腕には裸のカオスがグッタリとして倒れている。

「でも、カオスさんって確かイカロスさんにやられて死んじゃったんじゃ!?」

「確かにそう。でも、カードに取り込まれて鳳凰院・キング・義経と融合していたから分からないけれど、今のカオスは確かに生きてるの。だから、助けるのっ!」

 ニンフは飛び立って球体から逃げ出そうとする。だが、その泥に触れてしまった翼は飛行能力を失ってしまっていた。それどころか半分解けてなくなってしまっている。

「あっ……これ、ちょっとマズいかも知れない」

 ニンフは唇を噛み締めた。

「そはらっ。カオスをそっちに投げて寄越すからそっちでキャッチして頂戴っ」

 ニンフは声を張り上げた。

「それは良いけれど……ニンフさんはどうするの?」

 ニンフの真下は泥の沼。落ちればどうなってしまうのか分からない。

「私は……自力で何とかするわよ」

 ニンフは顔を背けた。その仕草だけでニンフには既に策がないことが見て取れた。

「ちょっと待ってて。わたしが今エクスカリバーを発動させて沼ごと吹き飛ばすから」

 そはらは慌てて右腕に力を込める。だが……力が一向に湧いてこない。

「そっか……今日はもう既に2回発動しちゃったから腕にエネルギーが残ってないんだ」

 再チャージには相当な時間を要する。それこそ寝て起きて回復を促すほどの時間が。

「カオスを早くここから出さないといけない。私のことは構わないからまずカオスを助けるわよ」

「でも、せっかくイカロスさんの野望を阻止できても、カオスさんを助けられてもニンフさんが大変な目に遭ったんじゃ智ちゃんはきっと悲しむよっ!」

「そ、それは……」

 ニンフが顔をうつむかせた。

「ニンフさんは絶対にわたしが助けるから」

「どうやって?」

「それは……」

 ニンフの質問にそはらも落ち込む。

 2人が途方に暮れたその時だった。

 

「まったく……ニンフもそはらも詰めの甘いお人好しよね」

 その少女の声はニンフよりも更に上空から聞こえてきた。

「「えっ?」」

 そはらとニンフはその声を聞いて驚いた。だって、それはこの場に居る筈がない者の声だったのだから。

「カオスをしっかり抱いて衝撃に備えてっ!」

「えっ? ちょっとっ!?」

 ニンフには訳が分からない。けれど、とにかく身を丸めてカオスをすっぽり包み込む体勢を取る。

「行くわよっ!」

 少女が合図を告げた直後、そはらの視界は空から飛来した無数の白い閃光に包まれた。

 そして、泥は跡形もなく見る間に消え去っていった。

 

 

 

 

「イカロス。お前の野望が叶うことももうない。いい加減、諦めたらどうだ?」

 ニンフがカードを発動させたことでUnlimited Panties Worksを操れるようになった智樹。

 上空に羽ばたいている数億枚のギャル達のパンツはイカロスの最強の攻撃手段であるゲート・オブ・アポロンさえも防いでしまう。

 事実、イカロスは智樹に向けて既に30近くのアポロンを放った。しかし、襲来するパンツにその攻撃は悉く不発に終わってしまった。

 けれど、イカロスは挑発的な瞳を崩していなかった。そしてその表情もいまだ余裕に満ちていた。

「…………確かに私はカードを失いました。けれど、世界最強のエンジェロイドであるこの私が、マスターと世界を屈服させて男たちを無理やりけしかければマスターの総受けは達成できます。単にやり方を変えるまでです」

「ヘッ! どうやるってんだ? 最強の攻撃アポロンはもう俺には効かないぜ」

 イカロスが瞳を細めた。

「…………大技ばかりが有効な攻撃手段ではありません」

 イカロスは背中の翼を大きく広げた。

 そして──

「…………アルテミス。無限連射っ!」

 イカロスは上空に向けてアルテミスを大量に、そして連続して発射し始めた。

「そんな攻撃が今更効くかってよっ!」

 智樹は上空のパンツを操りアルテミスを破壊に掛かる。上空から降ってきたパンツがアルテミスとぶつかり次々と爆発を起こしていく。

 智樹の言う通りにイカロスが放ったアルテミスが智樹に届くことはなかった。

 だが、イカロスは笑っていた。

 

「…………ええ。効く必要はありません。道さえ開ければ十分ですので」

 イカロスは瞳を再び赤く煌々と光らせると智樹に向かってアルテミスを発射しながら一直線に駆け込んで来た。

「何っ!?」

 智樹は慌てて大量のパンツを上空からイカロスに向かって差し向けようとする。だが、アルテミスの爆発が邪魔をしてパンツの波は彼女の元まで届かない。

 イカロスが智樹に襲い掛かるまでに到達したのはたった2枚のパンツだけだった。水色と白のシンプルなパンツ。

「これは……っ!」

 智樹は2枚のパンツを急いで両手に掴む。そしてイカロスに対してその2枚を強化し剣として振りかざした。

「…………ニンフっ! どこまでも私の邪魔をすると言うのっ!」

 イカロスは怒りの表情を見せながら右の拳をその水色のパンツに向かって繰り出した。

「悪いなっ! 俺は、俺達は絶対に負けられないんだよっ!」

 智樹は2枚のパンツをX字に交差させながらイカロスのパンチを防いだ。

「…………ならば私はマスターの間違った想いを叩き潰しますっ!」

 イカロスが腰を落として両手の肘を脇腹へとつける。イカロスの体から放たれる闘気が急激に膨れ上がっていく。イカロスが接近戦の打撃戦を選んだことが智樹にも見て取れた。

「面白れぇええええぇっ! 受けて立ってやるぜぇっ!!」

 智樹が2本のパンツ剣を構える。

 そして、マスターとエンジェロイドが正面から打ち合う瞬間が訪れた。

 

「…………BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BL、BLッ!!」

 

「パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツ、パンツッ!!」

 

 智樹とイカロスは激しく打ち合いどちらも1歩も引かない。短距離戦に向かない中長距離戦闘用であってもイカロスには最強のエンジェロイドとしての意地があった。そしてニンフの力を得た智樹の側にも絶対に負けられない意地があった。

 技量という言葉では説明のつかない意地と意地、心と心のぶつかり合いがここに存在した。

「…………何故マスターは私の思い通りの存在になってくれないんですかっ!?」

「ほんとっ、人間らしい悩みを持つようになったな、イカロスっ! その悩みこそが、お前の成長の証なんだよッ!!」

 2人の攻防は続く。

 両者の実力は伯仲しており、その切り結びは永遠に続くのではないのかとさえ思われた。

 だが、そんな2人の剣舞の終焉は意外な形で訪れた。

「…………えっ?」

 智樹の前に2枚のパンツが飛来して来た。

 そのパンツは淡いグリーン色のものと犬がバックプリントで印刷されたものだった。

「アイツら……自分の穿いていたパンツを俺に託してくれたのか」

 そのパンツが誰のものなのか。そしてどんな経緯でここまで飛んで来たのか。

 智樹には語られずとも分かっていた。

「イカロス……確かにお前は最強だ。この星最強のエンジェロイドで間違いないだろう」

 2枚のパンツは智樹の持っている2枚のパンツ剣と合体し、2本の刀身の伸びたパンツ剣を形成する。

「けどな。今のお前はBLの野望を叶える為に1人きりだ。1人きりじゃ……俺とニンフとそはらの3人には勝てないんだよッ!!」

 智樹が両手を合わせ、2本のパンツ剣が融合して1本の長パンツ剣が完成する。

 智樹にはかつてない程の力が漲っていた。そしてその力を誤った方向へと力を用いてしまった少女に向かって振り下ろした。

 

「俺達の想い………受け取りやがれぇえええええええええええぇっ!!」

 

 智樹の渾身の袈裟斬りがイカロス目掛けて放たれる。

 イカロスはその一撃を完璧には避けることが出来なかった。

「…………………クッ!?」

 体位を捻ってかわそうとしたが右肩口から上腕に掛けてを切り裂かれる。

 イカロスの右腕から真っ赤な鮮血が吹き上がる。

「…………この間合いでは、マスターの方が強いっ!? ならっ!」

 イカロスは後ろに向かって跳躍。智樹から5mほど距離を置く。そしてもう1つの秘密兵器を使うことを決心する。

「…………超々高熱体圧縮対艦砲(ヘパイストス)っ! 零距離攻撃も可能なこれならっ!」

 左手で大型の大砲を構えて智樹を吹き飛ばしに掛かる。発動までに時間の掛かるアポロンと異なり、ヘパイストスは発射した瞬間に爆発が可能。

 強力な火力故に智樹の体を半分吹き飛ばしてしまう可能性もあった。が、この際それを気にする余裕はイカロスにはなかった。

 急速にエネルギーを充填し、発射に備える。

 だが──

「遅いんだよッ!!」

 エネルギー充填が完了する前に智樹はイカロスに向かって突っ込んで来ていた。

 イカロスの考えは読まれていた。

「喰らえぇええええええええぇっ!!」

 智樹の剣が降りおろされ、エネルギー充填が完了しようとしていたヘパイストスをまっ二つに切り裂く。

 弾として発射される筈だった圧縮された高エネルギーは行き場を失い大砲と共に爆発を起こす。

「…………ウウウッ!?!?」

 イカロスは白い閃光の中に全身を包まれていった。

 

 

 

「ハァハァ……勝った、のか?」

 大爆発を起こし煙と巻き上がる土で何も見えなくなった前方を見据えながら智樹は息を切らしていた。

 イカロスの右腕は無力化した。ヘパイストスの爆発に巻き込まれた彼女が無事でいられるとも思わない。

 当分の間は戦闘不能に陥っている筈。それが智樹が下した判断だった。

 だが──

「…………ウラヌス・システム起動。アームよ。桜井智樹を捕獲せよっ!」

 土煙の中から1本の巨大金属製アームが飛び出てきた。

「なぁっ!?」

 その突然の襲撃に智樹はなす術もなく全身を掴まれてしまう。

「…………今のこの世界で総受けが実現できないのなら、マスターを異空間へと引きずり込み、悠久の時の流れの中で総受けパラダイスな世界が訪れるのを待つだけです」

「おぃいいいいいいいぃっ!?」

 智樹は晴れて来た土煙の中にイカロスの姿を見た。

 爆発に巻き込まれ全身ボロボロになったイカロスはこれまで以上に瞳を爛々と赤く輝かせながら智樹を見ていた。まるで余裕を感じさせない表情。

「…………異空間の時の流れは特殊です。人間であるマスターであっても、1万年と2千千年でも、1億年でも何でもなく過ごせます。だから、私と一緒に来てください」

 智樹を捕らえているアームはイカロスの後ろに広がっている黒い穴から飛び出ている。どうやらあの穴こそがイカロスが引きずり込もうとしている異空間への入り口に違いなかった。

「1億年が何でもない? そんな空間に放り込まれるなんて冗談じゃねえぞっ!」 

 智樹はアームから逃れようと必死に身体を動かす。体勢は僅かに変えられるものの腕ごと腰をがっちりと掴まれてしまっており拘束を解くことは出来ない。

 例え一瞬であっても異空間に飲まれてしまえば、次に出た瞬間にはどれほどの時が過ぎてしまっているのか分からない。

 自分の知る空美町は、自分の知る人々は全ていなくなってしまっているかも知れない。そんな恐怖が智樹を包んだ。

「…………大丈夫です。総受けパラダイスが実現するまではこの私がお側にいますから」

 イカロスの瞳が一瞬潤んで熱を帯びた。

 

「まったく……アンタの愛も歪み過ぎだってのよ」

 

 その声は突如上空、いや、大樹の枝の上から聞こえて来た。

「智樹、伏せていなさい」

 声は一方的に告げる。生命の危機を感じた智樹は拘束されたままの姿勢で地面に向かってダイヴする。次の瞬間だった。

「真螺旋パンツ矢っ!!」

 3枚のブリーフパンツが絡み合って作られた白刃の矢が智樹の横を突き抜けていく。

 そして──イカロスの額に深く突き刺さった。

「…………これは、マスターと守形先輩と鳳凰院・キング・義経さんのパンツ。3枚の男のパンツがいやらしくとても淫らに絡み合って1つに……男同士の完璧な融合……我が夢、成就せり……です」

 イカロスは満足そうな表情を浮かべると目を瞑った。そしてそのまま矢に吹き飛ばされる形で穴の中へと吸い込まれていった。アームも智樹の拘束を解き穴の中へと戻っていく。

 智樹はただ呆然とこの数瞬の出来事を見守っていた。

 

 そんな驚きの表情の智樹の前に赤い外套を着た少女が降り立った。

 

「よぉ……まだ、生きてたんだな」

 立ち上がった智樹は少女にそう声を掛けた。

「ゴキブリ桜井の生命力の高さはアタシにも適応されてたって訳ね」

 少女…桜井智子は智樹に向かって苦笑してみせた。

「でも……それももうさすがに限界みたい」

「限界って……っ!」

 智樹の声が思わず大きくなる。よく見れば智子の全身は傷ついている智樹以上にボロボロだった。

「だからさ、あの子の面倒はアタシがあの中で見ることにする」

「えっ?」

 智子は徐々に小さくなり始めている異空間への続く穴を見る。

「悠久の時があるのならアタシの体も治せるだろうし、傷ついたイカロスのことも労わってあげられるでしょ?」

「智子……っ」

 智樹は智子に向かって手を伸ばし掛ける。けれど、その手は途中で止まる。

「だってアタシもあの子のマスターなんだから。たとえイカロスにそれを否定されようと、面倒ぐらいは見てあげなくちゃね。それが世界の為でもあるのだし」

 振り返った智子の表情が晴れ晴れとしたものだったから。

 

「答えは得たから……智樹。これから、頑張ってみるわ」

 

 智子の表情は何時になく輝いて見えた。

「まあ、優秀を極めたアタシよりも出涸らしに過ぎないアンタの方が心配よね」

「何だとっ! それはどういう意味だっ!」

 再び茶化した表情を見せる智子に抗議の声を上げる。

「智樹はもう1人じゃないんだから。ニンフのこと、ちゃんと大事にしてやりなさいよ。それがアンタの選んだ道なんだから」

「分かってるっての、そんなことは」

「未熟極まるアンタでもちゃんと支えてくれる人がいるのなら何とかなるかしらね。ニンフへの感謝を日々忘れるんじゃないわよ」

「だから分かってるっての、そんなこと!」

「あっ、でも、幾ら仲が良くても子供は空美学園卒業してからにしなさいよ。経済的にも世間体的にも大変なんだから」

「うっせぇ~ってのっ!!」

 智樹は恥ずかしさから大声を上げた。

「まあっ、これからは一生懸命やりなさい。アタシから言えるのは以上ね」

 朝日が五月田根の敷地に差し込み始める。その陽に照らされて智子の全身が輝いている。

「さて、アタシはそろそろ行くことにするわ」

 智子は再び智樹に背を向けた。穴は着実に小さくなっていた。それは穴が閉じてしまうまで時間的な猶予がもう残されていないことを意味していた。

「そっか…………智子も頑張れよ」

「あったり前でしょ。アタシを誰だと思ってるのよ」

 最後に振り返った智子はとても楽しそうに笑っていた。

 

 そして、智子は陽光を浴びながら……小さくなっていく穴の中へと入っていった。

「じゃあな……もう1人の俺……」

 穴が塞がった空間に向かって智樹は小さく呟いた。

「智樹~~っ!」

「智ちゃ~~んっ!!」

 そして智樹の視界の隅には駆け寄って来る大切な人々の姿が映ったのだった。

 戦いはここにようやくその終わりを告げた。

 

 

 

「智樹。早く朝ご飯食べちゃってよ。学校に遅刻しちゃうわよ」

 制服にエプロン姿のニンフが可愛らしく頬を膨らませた。

「ああっ、悪い悪い。カオスにご飯食べさせるのに手間取っていてな。カオス、テレビに夢中になってないで先にご飯を食べなさいっての!」

 制服姿の智樹はニンフに頭を下げつつテレビの前にかじりついて離れないカオスに向かって叱って見せた。

「う~。分かった……」

 カオスは渋々テレビから離れてテーブルの上に乗っているニンフ特製の朝食を食べるのを再開する。

「まったく、子供の世話は大変だぜ」

 智樹が軽く溜め息を吐いた。

「智樹が子供に甘過ぎるのよ。まあ……子煩悩でちゃんとパパしてくれている方が私達に子供が出来た時に良いのは確かなんだけど」

 ニンフの頬がポッと赤く染まった。

「なっ、何言ってんだよ、お前は……っ」

 智樹の頬も赤く染まった。

「だって……智樹ったら……昨夜も……その……いつ、子供が出来ちゃうかなんて誰にも分からないじゃないのよぉおおおおぉっ!」

 ニンフは恥ずかしさが限界を超えて大声を上げた。

「その……すみませんっす」

 智樹は平身低頭土下座してみせた。言い訳は出来なかった。

「智樹お父様もニンフお母様もお顔真っ赤っか~~♪」

 楽しそうに笑うカオス。

 そんなカオスを見て智樹とニンフの顔が一層赤くなった。

 

「智樹お父様、ニンフお母様。小学校行って来るね~~」

 カオスが元気に手を振りながら桜井家の玄関を駆け出していく。

「おうっ。車に気を付けるんだぞ」

「授業もしっかり聞かないとダメよ」

 智樹とニンフはカオスに向かって手を振りながらお見送りする。

 そして少女の姿が見えなくなると今度は自分達が学校に行く準備を進める。

「やっべぇ。早く学校行かないと会長のそはらに怒られる」

「だから早くしてって言ったのよ」

 2人で慌てて靴を履きながら玄関を出る。

 

「あ~あ。昔みたいに飛ぶことが出来たら……遅刻なんて絶対無縁なのになあ」

 空美学園に向かって走りながらニンフは溜め息を吐いた。その背中には以前生えていた綺麗な羽がもう存在していない。

「確かに便利な移動手段はなくなっちまったけど……こうして毎朝手を繋いで駆けていけるんだから俺は満更悪いものだとも思わないぜ」

「また……智樹は恥ずかしいことを平然と言っちゃってさ」

 ニンフは唇を尖らせる。けれどしっかりと繋がれた手を見ながら幸せそうな表情を浮かべてみせた。

「もう、あれから1年だもんな」

「そうね。1年過ぎたのよね」

 2人して駆けながら空を見上げる。

 万能のカードを巡る戦いが終結してから既に1年が過ぎていた。

 あの戦いでは数多くの被害が出た。尊い人名が幾人も失われた。そして、生き残った者たちにも深い傷跡を残した。

 カオスを救出する為に泥に塗れたニンフは翼を失った。翼を失ったことで飛行能力を失い、索敵能力も大幅にダウンした。

 そして彼女に訪れた変化はそれだけではなかった。

「私が眠るようになって……夢を見るようになってからも1年なのよね」

 エンジェロイドは眠らない。エンジェロイドに夢はタブー。

 その大原則がニンフに通じないようになった。彼女はこの1年智樹と同じ様に夜寝て朝起きる生活を送るようになっていた。

 身長も2cmほどではあったが去年よりも伸びていた。エンジェロイドは永遠に成長しないように設計されているのにも関わらず。

「例えエンジェロイドとは違う存在になろうとニンフはニンフ。それで良いじゃないか」

 智樹は爽やかに笑ってみせた。そして、その次の瞬間には非情にいやらしい笑みを浮かべてみせたのだった。

「それに睡眠を取るようになったおかげでニンフさんが俺の布団に潜り込んでくれるようになった訳だし。ムッヒョッヒョッヒョ」

「…………そう言えば清らかな乙女だった私が智樹の毒牙に掛かるようになってからも1年ってことよね。変態、馬鹿、エッチ、スケベ」

 ニンフは白い目を智樹に向けた。

「しょっ、しょうがないだろっ! 大好きな女の子が同じ布団に入って来て寄り添ってきたら理性なんか保っていられないっての! お前はもう少し自分の可愛さを自覚しろ!」

「…………バカ」

 ニンフは顔が真っ赤になって俯いた。智樹の手を力強く握り返しながら。

 

「ニンフの変化も驚いたけどさ……カオスの変化も凄いよな」

 恥ずかしさが込み上げて智樹は話題を変えた。

 ニンフも恥ずかしさが極限に達していたので話題替えに賛同する。

「あの子……完全な人間に生まれ変わっちゃったんだもんね」

 智樹に頷いて返す。

 イカロスの攻撃により絶命した筈だったカオスは、鳳凰院・キング・義経だった泥と融合することにより再び命を宿した。

 それもただ生き返ったのではなかった。カオスの体の作りは完全に人間のそれと同じになっていた。

 人間となったことでカオスはその身に宿していた強大な力の大半を失った。けれど、カオス自身はそれを気にしていない。そもそも彼女は強さに固執していなかったのだから。

 それどころか人間となったことで智樹とニンフの庇護を受けながら生活を送り愛に満ちた毎日を過ごしている。それはカオスがかつて望んだものそのものだった。

 仮に1年前のカード争奪戦に勝者がいたとするならば……それはカオスに違いなかった。最も幸福な形でその願いを叶えたのだから。

「まあでも、カオスの命ってあの鳳凰院・キング・義経と融合したものなのよね」

 ニンフの顔に影が掛かる。

「ああ。俺も将来カオスが鳳凰院の野郎みたいになってしまわないかちょっと心配なんだよなあ」

 智樹も顔を引き攣らせた。

 2人の脳裏にナルシストで傍若無人で自信家な大人になったカオスの姿が思い浮かぶ。

『あっはっはっはっは。見てみなさい。まるで人がゴミのよう。さあ、お兄さん。私の愛を受取りなさい。ジュテーム♪』

 智樹達は額から汗を滴らせた。

「カオスがどんな大人になっていくかは智樹パパの教育に掛かっているんだからね」

 ニンフが智樹の顔を覗き込む。

「それを言うならニンフママの教育がカオスの将来を決定するぞ」

 智樹はふっふっふと不敵に笑って返した。

「結局……私達がしっかりしていないとダメってことよね」

「そうだな。何たって俺達はカオスのパパとママだからな」

「カオスは私達の最初の子供だもんね♪」

 顔を見合わせて笑い合う。

 そはらが会長を務め大忙しの空美学園まではもう少し。

 智樹とニンフは更に速度を上げてゴールへと目指す。

 そんな2人を、空美町の新たな名物と化した野生の空飛ぶパンツ達が優しく見守っていたのだった。

 

 

 Unlimited Brief Works  完

 

 

 

 


 
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