●月村家の和メイド08
全ては終わりました。
高町なのはも海鳴りに戻って、今は自宅でフェイトに対する処遇待ちなそうです。いくら母親に命じられたとはいえ、アレだけの危険物を断りなく集めていましたし、その過程もかなり危険な行動ばかり……、到底無罪放免とは行かないのでしょう。
ああ、その原因となった母親は身罷ってしまったそうです。龍斗はなんとか説得しようと、言葉を投げかけたそうですが、結局は虚数空間の深淵に堕ちて行ってしまったそうです。
プレシア・テスタロッサ。彼女がジュエルシードを求めた理由は、本当の娘、アリシアの復活にあったそうです。そのために記憶転写と人体創造技術を合わせたプロジェクトフェイトなる物を使い、生まれたのが『フェイト・テスタロッサ』だったらしいです。
アリシアとして作られたにも係わらず、アリシアになれなかったフェイト。なまじ姿が似ていただけに、プレシアはフェイトの事をアリシアの失敗作と見て、彼女に辛く当たっていたと龍斗から報告を受けました。
「俺は、アリシアの事は良く知らないけど……、それでもフェイトはプレシアの娘だったと思う」
海鳴臨海公園、ベンチに座る龍斗が悔しそうに俯いて言います。
そのベンチの後ろの木に背中を凭れさせながら、カグヤは彼女、プレシアについて考えてみます。
「そうですね……、それは例え当人達が否定しようと、それを生んだ者がいる以上、プレシアはフェイトの母親だったのだと思います」
「だけど、俺が何を言っても……、フェイトがどんな思いを伝えても……、彼女は最後までフェイトを受け入れず、娘と認めることなく……」
その時の映像は、重要資料としてカグヤも拝見させていただきました。ですから全ての詳しい事情は知っています。ですから……、だからカグヤは呟きます。
「そうでしょうか?」
「え?」
「いえ、彼女がフェイトの『あの』言葉を聞いて、本当に心を揺さぶられなかったのかと思いまして……」
『あなたが求めてくれるのなら、私はあなたの娘であり続ける。アリシア・テスタロッサではなく、フェイト・テスタロッサとして』要約すればそう言う事でしたか? その言葉を聞いて、本当にプレシアは何も心に抱かなかったのでしょうか? 恐らくそれは違うと思うのです。
「きっと、彼女はフェイトを娘として認めていたのだと思いますよ」
「え? だって、あの人はずっとフェイトに酷い仕打ちをしていたんだよ?」
「始まりは本当に暴走だったのでしょうね。本物(アリシア)に近い偽物(フェイト)は、やはり本物(アリシア)にはなれません。ですがやはり本物(アリシア)の影をチラつかせる。それは母親にとって、取り戻したはずの何かを、偽りで誤魔化されていると思ってしまっても仕方がないでしょう。なら、偽物(フェイト)を使って本物(アリシア)を取り戻そうと、考えが暴走するのは可笑しな事ではありませんよ。……娘に対する愛情が強ければこそ、それは大きな渦となるモノです」
「でも、もしそれなら、どうしてフェイトを……? あそこで彼女の手を取ったっていいじゃないか?」
「出来る筈がありません。人の心を取り戻し、フェイトを娘として想えたのなら、そのいたいけな手を握れるはずないじゃないですか……」
「どうして―――!?」
「その手を取るには、プレシアは罪を多く重ね過ぎた。そんな悪党の名を冠むる女を、母親と呼ばせたいわけがない」
「……っ!? じゃあ、フェイトのために……、フェイトの事を娘だと認めたから、彼女は死んだって言うのか!? そんな……、理不尽な……っ!」
フェイトを娘だと認めたから自分は死に、そうでなかったとしても、全ての計画が失敗した彼女は死を選んでいただろう。それは、あんまりな結果だ。
「本当に……、そんなバカなことを……っ!」
「さあ、……ただ|僕(・)なら、そんなバカをした。……そう思っただけだよ」
「へ……」
「義姉さんを|死なせた(・・・・)僕なら……、同じ状況に立たされた時、そうしたってだけだよ……」
「死なせたって―――!? カグヤちゃんの御姉さんが死んだのは病(やまい)が原因で―――!?」
「それは、|殺してないだけで(・・・・・・・・)|死なせた(・・・・)|事に(・・)|変わりはない(・・・・・・)。死なせたくなかった、死んでほしくなかった、……でも助けられなかったのなら、それは死なせた事になるんだ。罪はなくとも罪悪感は残る。……罰も咎もない悲しみほど、堪えるものはないよ」
禁呪に手を染める気持も解る。僕も書物の全てを洗って知識を溜め込み、死者蘇生の方法を探ったんだ。それが不可能だと解った時の絶望はあまりにも深くて、その深さを測る事なんてできないほどだった。
「カグヤちゃんも……、生き返らせる方法があったら、どんな悪い事でも実行するの?」
「そうですね……。少なくとも、今なら蘇生とは別の方法で義姉さんを生き返らせる事はできると思います」
「え!?」
「龍斗を犠牲にすれば……」
僕は頭を木に持たれさせながら、龍斗を横から見降ろすように流し眼で見る。
振り返る龍斗の瞳は、話の流れ上、僅かな不安が見てとれました。それでも逃げないし驚愕の表情で見ないあたり、疑っていても信じようとしてくれているみたいです。
「……しませんよ。そんな事今更」
「……」
龍斗の瞳に安心が浮かぶと同時に悲しそうなものが滲みます。そしてなにも言葉をかけないのはきっと、僕が二度と義姉さんに会えない現実を肯定してしまうから、だからこれは、彼なりの優しさなのでしょう。
「……それをするには、僕は龍斗に会うのが遅すぎた」
忍お嬢様が僕を心配して訪ねに来てくれた。すずか様が、絶望にくれる僕に優しくしてくれた。だから僕は迷ってしまう……。彼女達との繋がりも|なかった事(・・・・・)にしてしまう、その方法を、使えずにいる。
呟いた言葉は、果たして龍斗に聞こえたのでしょうか?
どちらにしても、彼は何も語りません。語る事はできないのでしょう。僕達は似ているようで、ズレていて、合っているようで違うのですから。
「もしさ……、俺達が違う出会い方をしていたら、こんな風に話したりできなかったのかな?」
「どうでしょう……、ですがその時は―――」
感傷に浸ってしまう自分達に気付いて、僕は努めて自分を戻す。魔術師じゃない、気に入らない和メイドに身を包む、月村の使用人に。
「その時は、カグヤ達は敵となっていたかもしれませんよ?」
「ははっ……、そうだよな」
冗談っぽく笑ったカグヤに、龍斗も笑って応えます。
そうですね。カグヤ達はまだ子供なのですから、全てが上手く行くわけがありません。最後の最後に、犠牲者を出して終わってしまった事に落ち込んで、もの事を解った様に達観するにはまだ早いのでしょう……。ですから、これはきっと―――。
「さて、そろそろ戻ります。忍お嬢様に無理を言って出てきてしまいましたから」
「ああ、そしたら、フェイトの方でまた何かあったら―――」
「連絡しなくて結構ですよ」
「なんで?」
カグヤは背中を木から離すと、龍斗に背を向けて歩きだします。
「彼女達に力を貸したのは龍斗です。ですからカグヤに気を使う必要はないですよ。カグヤは土地を守る事しかしませんでしたから。それに……」
「それに?」
「昨夜……思い知らされましたから、出来るだけすずか様の元に居たいのです。魔術師、東雲カグヤとしてではなく、月村家のカグヤとして」
昨夜、別に何か大きな事件があったわけではありません。ただ、いつもボロボロになってくるカグヤに、すずか様はお心を痛めているのだと知っただけです。
疲れた体を引きずりながら、いつもの様に振舞って帰ったカグヤに、すずか様は何もお尋ねになりませんでした。その代わり、その時に見せた笑みが、とても悲しみに胸を痛め、苦痛に歪んでいたものだったので、解ってしまったのです。
すずか様にとって、カグヤは傷ついて欲しくない存在なのだと。自惚れていいのなら、きっと大切な存在なのだと、思っていただけているのでしょう。だから、カグヤもできる限り、心配をかけたくないのでございます。
「? ……そう?」
「はい♪」
カグヤは返事をして歩きだします。月村の……いえ、自分の家に向かって。
すずか様、カグヤは少しだけ『すずか様』を知りました。
これからもよろしくお願いしますね。
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すずかエンドになるまで、まだまだ続くよ!