第三章 『三河武士との邂逅者』
後悔に踏み込むのに試される勇気とは
配点(政治家)
山道、輸送の中継基地である関所の道上を三つの人影が進んでいる。秀康と酒井と正純だ。酒井学長の護衛として秀康と正純は同行している。
「正純君はさ、大罪武装のつきものの噂を知っているかい?」
前触れもなく口を開いた酒井の問いに正純は首を傾げ、秀康は怪訝な表情で酒井学長を睨んだ。
「おいおい睨むなよ、秀康。これも正純君の為だよ」
煙管をふかせながら酒井は気をそらす。そんなやりとりに正純はおろおろとする。
「――好きにしてください。ただ正純の意思は尊重してくださいよ」
それだけを言い聞かせて秀康は黙った。やれやれ、と酒井は頭をかきながら、話を続ける。
「大罪武装の部品は人間だっていう噂さ」
酒井の言葉に正純は言葉を失った。今、酒井が言った噂を正純は耳にしたことがある。
「人間の原罪である大罪の能力を武装化するには、人間を材料にするのが適格……」
「そうそう。名古屋から人が消えたのは実は大罪武装の材料にされたんじゃないかって」
「そ、そんなことはありえません」
正純は狼狽えながら声を荒げた。
「現に私は生きていますし、他の住民も転居届けも出していましたから」
「それを噂で済ませるのかい?」
酒井は空を見上げて煙管を吹き、
「俺さ、正純君がこちら側に来たら面白いと思うんだよね」
「こちら側というと?」
「俺の過去や、秀康の過去を平気で語られる側だよ」
正純は固唾を飲んだ。酒井が武蔵に左遷されたのは三河当主である松平公の嫡子の自害を止められなかったことの罰として。三河に住んでいた者なら誰しもがしることである。
だが、
「秀康の過去とは?」
「聞いたことはないかい? 松平公の嫡子、松平・信康は実は生きているって噂を。そして今、彼は新たな英雄を襲名して武蔵で生きているって」
正純は驚愕した顔で隣を歩く秀康を見た。彼は平然としながら進む。
「恐れずにもう少し踏み込んでみなよ。そしたらさ、世界観が一変してもっと楽しくなるよ。俺のことも、秀康のことも、トーリのことも、すべてを理解したらきっと面白いことになると思うよ。まぁ、秀康の過去はそれだけにとどまらないけどね」
酒井の視線を追って正純は再び秀康を見た。先まで隣にいたと思えば、秀康は離れた場所で表示枠を宙に展開して誰かと通神をしている。表示枠の横で走狗が激しく踊っている。何故、踊っているのかは分からないが、走狗の形状が浅間のハナミに似ている。
「誰と通神しているのでしょうか?」
秀康がたびたび通神をしている姿を見たことはあるが、誰もその相手を知らない。一番、仲が良い浅間でさえ教えてもらえなかったらしい。
「さて、ね。秀康は極東各地に友人がいるからねぇ、それこそ三征西班牙やP.A.ODAやその他の国々とも関係を持っている噂だ。それも信憑性の高い噂がね」
酒井の言葉に正純は数年前、秀康が突如消息を絶ったこと思い出す。秀康が各国と関係を築いているのであれば、おそらくその時が関係しているのだろう。
「ま、この話はここまでにしておこうかね。後は秀康にお願いするとしよう。正純君はこれから予定があるのかい」
「jud.〝後悔通り〟を調べてみようかと。そのことで皆のことが解ると言われまして」
「いいねえ。……待っているよ、正純君がこちら側へくることを」
正純が〝後悔通り〟へと向かうのと同時に秀康は通神を終えて酒井の元へ歩み寄った。
「……行きますよ、酒井学長」
「もしかして怒ってる?」
「jud. 大切な学友を荊の道に誘導したのだから当たり前です」
でも嬉しくもあります、と秀康は付け加えた。正純の過去も綺麗なものじゃない。襲名するために女性を捨てようとしたが、それも胸を削っただけの中途半端な形で襲名を失敗した。三河の〝新名古屋城教導院〟にいた頃はそのことでイジメなどにあっていたらしい。
そして彼女は武蔵へときた。副会長の役職にも就いて、忙しい日々を過ごしている。正純自身も充実した生活らしい。だけど過去の影響か、どこか武蔵の住民たちと一線を引く傾向にあった。だから今度の〝後悔通り〟を調べる行為によってその一線を越えてくれることを秀康は期待した。
◇
各務原の麓にある関所に秀康と酒井の二人は到着した。屋根のない広い門は開いており、門の先には橋がある。そしてその先に町が広がる。目につくのは町の中央にある新名古屋城だ。そして、それらの背景の前に三つの人影がある。
一人は、中年過ぎの、細身の男だった。
一人は、酒井と同い年くらいの、体格のいい男だった。
一人は、二人目の背後に控えたポニーテールの少女だった。
三人は三河の町を背後にして立っている。その人影に、真っ先に反応したのは猫背の酒井だ。
「松平四天王の内、榊原・康政と本多・忠勝の二人がお迎えとははね。――俺もまんざらじゃないってことかよ。
井伊はどうしたよ? 榊原にダっちゃん
酒井の言葉に榊原と呼ばれた初老は顔を上げて何かを言おうとしたが、隣にいる忠勝がそれを制止させた。その代わりに忠勝は半歩前に出た。
「――見せろ」
「は? おいおい、お前の〝見せろ〟って大体ろくなことじゃない――」
酒井が言い切る前に背後に少女の影が来た。遅れて風が打つ。忠勝の背で隠れていたことによる一瞬の遅れが酒井の背後を取らせた。
円弧を描きながら銀の煌めきが迫る。刀による斬り落としだ。それに対して酒井が見せた動きは全身による押し寄せだ。刀とは相手に当て、削ぐように引くことで相手を斬る。だから引くことのできない位置に体を入れることで相手を無効化にする手段だ。そして酒井の得物は短刀だ。距離が短いほどその特性は活かせる。
だが酒井は目を見開いた。少女はこちらに背中から押し寄せてきたのだ。その動きは酒井が短刀を抜く手前で歯止めとなった。少女の体で動きの制限をかけられた腕は動かず、短刀はぬけない。
だから少女は行く。体を回転させながら刀を振りぬこうとした瞬間、酒井と少女の間に一閃が落ちた。
「互いにそこまでです」
一騎打ちに熱が入っていたこともあるが、それでも秀康がいつ槍を入れてきたのか互いにわからなかった。
「松平四天王は大人げない年寄りの集まりですか? それと二代も感化されすぎだ」
「いや、あの、拙者は父上に命令されて……」
「おいおい秀康、あれはダっちゃんがいきなり仕掛けてきたんだから俺は悪くないよね?」
二代と呼ばれた少女は先までの凛々しい姿とはかけ離れておろおろとし、酒井学長も必死に弁解しているが、
「問答無用です。そこの二人も何、逃げようとしているんですか? こちらにきて座りなさい」
「いや、我、用事があるのを思い出した」
「僕も同様です」
汗をだらだらと流しながら忠勝と榊原もまた逃亡をはかろうとするが、
「こっちにきて座りなさい」
静かな起伏のない秀康の命令に二代と松平四天王は、秀康の眼前で正座した。そして秀康は彼らを見下ろしながら説教を始めたのだった。
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境界線上のホライゾンの二次創作です