No.453253

超次元ゲイムネプテューヌ Original Generation Re:master 第30話

ME-GAさん

30話です。Vの店舗特典どこにしよう…?

2012-07-15 11:08:14 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1537   閲覧ユーザー数:1449

 †

 

魔神。

災厄の神。

邪神。

絶望を司る神。

 

色々な名で呼ばれてきた気はする。

きっと挙げられないくらいたくさん呼ばれてきたかもしれない。

全て正解のように思えた。

 

だって俺は絶望そのものだから。俺は不幸をもたらすから。俺は邪悪を造るから。俺は全てを壊すから。

 

もう自分の意志でも止めることは出来ない。

目の前に広がる者は全て敵。それ以外に考えられないから。

だって、今もあの人は俺に向かって銃を構えているから。引き金に手を掛けて俺を撃とうとしているから。俺を、討とうとしているから。

顔なんて分からない。ただ、それが自分にとって敵となるか、邪魔な者となるかどうかってコトだけ。

いや、違うね。周りは全て敵なんだ。例え俺に危害を及ぼそうが及ばすまいが俺にとって自分以外は全部敵なんだ。

だって、俺は世界に恨まれるために生まれた存在だから。

みんなが俺に向かってくるのは当たり前のことなんだ。

だって、俺は忌むべき存在なんだから。恨まれる存在だから。

だから消してしまう。

だって、俺は死にたくないからから。

生きたいから。

 

 

殺すために。

 

自分の生を守るために他人の生を奪う。

これって変なことだと思うけど、誰もがやっていることなんだ。生きるために他者から奪う。食事みたいなものなんだ。

銃弾を弾いて、俺は腰を抜かして小刻みに震える男に剣を振りかぶる。

「や、嫌だ……! 殺さないでくれ!!」

虫がよすぎるよ。

だって、今あなたは俺を殺そうとしたじゃないか。俺に向けて、何の躊躇いもなく撃ったじゃないか。引き金を引いたじゃないか。

だから、俺も躊躇うことなんてしない。だってそうしないと殺されてしまうから。

 

『苦シィ……!』

『痛イヨォ……』

『タスケテ……!』

『ナンデコンナヒドイコトヲ!』

『ダレカ、コロシテクレ!』

『コロス! コロシテヤル!!』

 

……嗚呼、そうか。

やっとわかった。これは絶望の声なんだ。

俺の集められた絶望の、悲しみの力なんだ。

下界の人々の『怨恨』、『怨嗟』、『悲憤』、絶望する感情が俺の力になるんだ。

そうだ。

もっと叫べばいい。

もっと泣けばいい。

もっと悲しめばいい。

それだけ俺は強くなる。

それだけ俺は嬉しくなる。

それだけが、俺を昂ぶらせる。

さあ、もっと絶望すればいい!!!!!

 

 †

 

「ひゃははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

テラの笑い声が風に乗り、遠くまで届く。

もう、彼に人としての心なんて残っていないのかもしれない。

鬼神の力は心を壊す。

以前のように、生易しいものじゃない。抗いようのない強い力。

 

 

いや、これが彼の本性なのだ。

そのために彼は生まれたのだから。

 

 

重々しい音が響く。

テラは笑うことを止めてゆらりとそちらに視線を向ける。

プラネテューヌ軍の姿があった。

鎮圧隊、戦車、プラネテューヌの最新装備に身を包んだ軍がようやくこの騒ぎに乗り出したらしい。

テラを取り囲み、銃を構える。

しかし、テラはより一層乾いた表情で笑いブルブルと身体を興奮で震わせた。

「そうだ、それでいい……。俺は、俺はぁああああああああっ!!!」

片手で出構えていた剣を両手で持ち直し、剣を地面に突き刺し魔力を込める。

地面がゆれ、所々が突起し爆発を起こす。

それに怯まず、銃を乱射する者達を見てテラは更に表情を歓喜に染めて衝撃波を放つ。当たった場所から爆発が起こり、周囲を巻き込んで爆発は広まっていく。

大砲を発射する戦車に飛びこんでエンジンに左手で衝撃を与えて爆発、暴発して更に数台の戦車を巻き込んで大爆発を起こす。

 

戦火を背景にテラは高笑いを続ける。

その姿は、まるで世界の終焉を映しているように不気味で、禍々しかった――。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

プラネテューヌ軍簡易野戦テント内。

苦い表情でギルバは戦況を見ていた。次々に送られてくる負傷、損害、死亡報告。それが送られてくるごとにますます彼の表情は苦々しくなる。

「クソッ!」

バン、と荒々しく組み立て式の机を叩く。

彼の部下である一人の軍人男性(大佐)が口を挟む。

「火力が足りないのではないでしょうか? もっと戦力をつぎ込んで……」

「ふざけるな! これ以上は仲間を死にに行かせるだけだ……」

「しかし……!」

ギルバは拳を握り、荒々しく椅子を蹴って立ち上がる。

「何処へ……!?」

「私が前線で指示を出す! 武装を用意しろ!」

ギルバはそれだけ叫ぶと静かに野戦テントを去っていく。

 

 *

 

前線部隊は壊滅状態。

テラは剣を振るい、肩に担ぐ。

「つまらない……! もっとまともにやり合えるヤツはいねぇのか!」

キョロキョロと辺りを見回すも、最早人影は見当たらない。テラはフンと鼻を鳴らしてゆったりとした足取りでまた歩き出す。

しかし、その藍色の瞳が一人の人影を捕らえる。

同じく最新装備に身を包む男性。強面が更に表情を厳しくさせて厳格な雰囲気を醸し出している。

しかし、その瞬間に男性――ギルバは目を見開いた。

「――テラ……?」

太股のホルダーに装備していた銃に伸ばす手から力が失われる。戦場では私情を出さずに指令に従事する知将、戦将と謳われた彼の表情は崩れて唇はわなわなと震えている。

しかし対するテラは新たなる標的を見つけ、ニヤリと口元をつり上げて剣を構えて大地を蹴る。

「テメェは楽しませてくれるのかぁぁあああああっ!!」

最早、彼に他人を認識する能力はない。目の前に立つ者は例え誰であろうと敵。動く物は敵。獣の如くに本能のままに動く彼にとってはもう父も誰も関係なかった。

テラの大剣を正気に戻ったギルバが腰に差した剣で防ぐ。ビリビリと衝撃が彼の身体を襲い、テラはそれを蹴って飛び退く。

姿勢を落として下から狙う。剣を横に薙いで剣を弾く。

「ッ!?」

ギルバは咄嗟に両手で剣撃を防ぐ。しかし、躊躇いもなく彼の右腕はテラによって切り落とされる。

「ぬおっ……!!」

「つまらないな……」

右足でギルバの鳩尾を蹴り飛ばす。崩壊したビルの残骸に背中を強打してギルバは呻きながら地面に倒れる。

そんな彼を一瞥して踵を帰し、また歩き出す。彼の今には情もない。望むのは命を懸けた戦いのみ。ロクに戦いにもならないような彼など眼中になかった。

だが――

「テ、ラ……っ!」

「ッ……!」

ギルバは違った。

己の息子が今、過ちを犯そうとしている。左手で彼を抱え込むようにして抑え込む。

「チッ……!」

テラの力ならば、今の彼を払いのけることなど造作もなかった。

ハズであった。しかし、テラは何故か彼を払いのけることが出来なかった。何か、己の中で邪魔をする者が現れていたからだ。

「ッ……!」

「止まれ……ッ! お前は……こんなことがしたかったの、か……っ!」

「や、めろ……! 俺に、話しかけるなぁっ!」

しかし、テラの思いとは裏腹に身体の力はどんどん抜けていく。

まとわりつくうざったい感情がテラ、いや『鬼神』を更に苛立たせた。その不快な思いに更に表情を歪めて鬼神は今にも泣きそうな表情でなおも叫んだ。

「邪魔なんだよ……! お前も……『俺』も!!」

堪える力を押しのけて鬼神はギルバに拳を叩き込んだ。衝撃に飲まれてギルバの身体はボロ雑巾のようになりながら地面を転がっていく。

握っていた大剣の姿がブレ、そして姿を消す。

「俺が弱いから……なのに、何で――!?」

鬼神は両手で頭を抱えて蹲る。狂気の意識の中でなおも残る『テラ』の意識に鬼神は苛立ちを募らせる。

「お前は……『俺』は俺に身を預けていればいいんだ! 邪魔をするな!!」

右手で拳を作り、ヨロヨロと立ち上がるギルバを見据えて悔しそうな表情をしながら大地を蹴って走り込む。

涙を零し、不快な感情も全て捨てるように、叫びながら。

「うぉぉおおおああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 †

 

「ハァ……ハァ……」

テラは地面に膝を突いて肩を大きく揺らしながら息をする。

いつも通り、ギルバの仕掛けたトラップをかいくぐった直後である。

「今日は……いつにも増して手の込んだことをしますね……」

半ば呆れたように制服に付いた汚れを払って物陰からそれを観察していたギルバにテラは視線を向けた。

しかし、特に気にした様子もなくギルバは物陰から姿を現して豪快に笑った。

「なに、お前が今日は調子が良さそうだと踏んだだけだ」

「勝手に私の生命を左右しないでください」

傍目から見れば健康でも、本人は体調を崩していることもある――まあ、テラは基本的に体調を崩したことはないのでそんなことは分からないのであるが。

やれやれ、とテラは溜息を吐いて散らばった教材を集めて脇に抱える。

「これから講義なのであまり邪魔はしないでくださいね……」

「何を言っている。あまり気を緩めるなよ?」

「分かりました……」

何を言っても無駄だと悟ったか、テラは溜息混じりにそう返した。この人はこういう性格だと、諦め癖が付いていたのかもしれない。テラは重々しい足取りで講義室へと向かっていくのだった――。

 

 

 

「あンのクソ親父……!」

テラは人知れず、そんな暴言を吐き捨てた。彼に握られていたシャープペンはボキリと嫌な音を立ててへし折られてその手はわなわなと小さく震えている。

本来ならば彼が校内でギルバのことを父親と呼ぶことはなく、あくまで上官に対するような態度で接していたはずなのにこの時ばかりは違ったのである。

爆発により大幅に削り取られた壁、ボロボロになった床面、既に講義室の端っこに吹き飛ばされた幾つかの机――。

事の顛末はこうだった……。

 

 

…………。

 

……。

 

…。

 

 

いつものように講義室で講義を受けていたテラ。

思えば、この時間だけがテラにとって安息とも呼べるべき時間でもあった。勉学が嫌いというわけでもなかったし、彼にとってこの時間こそが心休まる唯一の時間だと思って板であるが――。

 

ウィーン

 

機械音と共に講義室前方の額縁が機械仕掛けのように開き、中からはガトリング砲や大砲、レールガンやら何やら最新技術をふんだんに使った兵器がテラに向かって照準を合わせている。

『発砲シマス。周囲ノ皆様ハ、退避シテクダサイ』

AIがそう告げると同時にガトリング砲が毎秒/77発というスピードで発砲する。この時点でテラの怒りは有頂天に達していたわけではあるが、それよりもまずは己の安全の確保という本能的事実が優先となり、自分が使用していた机を持ち上げて銃弾を防ぐ。すぐにそれを叩き割って視界をクリアにして周辺を確認する。

ちなみにこの間、他の士官達は唖然としている。

レールガンがテラに照準を合わせてバリバリと電撃音を立てながら放射、テラは横に跳んで砲弾を避ける。砲弾は床に当たって散開、ここでようやく事態を飲み込んだ士官達は波打って講義室を去っていく。

それを確認したテラは腰の愛用の銃に手を伸ばし、爆撃弾を装填、厄介な大砲をまず打ち落とす。

ブシュゥ、と軽く煙を吐いた後に大砲は機能を停止させる。次々と銃弾の嵐がテラを襲い、机やら椅子やらを盾にしながらガトリング砲にも爆撃弾を発砲。大砲と同じく煙を吐いて沈黙する。

「弾切れ……か」

テラは腰の銃弾ホルダーに手を伸ばすが、効果のある爆撃弾は先程の2発と講義前で全て使い切ってしまったことに苛立つ。銃を元の位置に戻し、すぐ隣のナイフに手を伸ばし、レールガンと睨み合う。

電子音と共に砲弾がセットされ、先程と同じように電撃音を発しながら砲弾が発射、テラは前に飛んで避け、壁を蹴ってレールガンにナイフを突き立てる。

「もう一丁!!」

左手にもう一つのナイフを構えて突き立てる。パリパリと軽い電流を帯びてレールガンはプスンと音を立てて沈黙する。

「ハァ……」

己が死ななかったことに安堵の息を漏らし、くると踵を帰して自分の荷物をひろおうと思ったのだが……。

「ハァ……」

先程よりも大きな溜息を吐いて現状、というか惨状に肩を落とした。

 

 

…………。

 

……。

 

…。

 

 

そして何故か事後処理がテラに回され、こうして夕刻に誰もいない講義室(崩)の一角で始末書を書かされていた次第であった。

「つーかアイツは何でこんなこと……」

ブツブツと文句を垂れつつも、次々と始末書に事案を書きこんでいくテラの背後に一人の男性がゆらりと立つ。

テラは気にした風もなく淡々と始末書に向かってペンを走らせている。しかし、流石に背後に回られて癪に障ったか、いや、もっと別の理由か……。不機嫌そうな表情で背後の男に視線を向けて口を開いた。

「いい加減にしてください……!」

多少怒りを込めたような口調で男、ギルバを憎々しく見据えた。しかし、ギルバは気にした様子もなく、寧ろおもしろがるように笑った。

「何事も経験だぞ、テラ? こうして始末書を書くのも立派な経験だ」

「そんな経験要らないし、だいたい貴方の所為でしょうが」

そんなギルバの言葉により一層不機嫌そうな表情に変えてテラは再び始末書に目を落とす。後ろからのぞき込む形でギルバは始末書に目を落とす。

「ふむ……なかなかよく出来てるじゃないか」

「貴方が設備を壊す度に俺に責任が回ってくるんですよ……。こっちの身にもなってください」

職権乱用もいいところだ、とテラは小声で漏らしつつも視線を書類から外さずにガリガリとペンを走らせる。

そんなテラの横顔を少しだけ、少しだけ寂しそうに見つめていたギルバはそっとテラの頭に自分の手を添えた。

「何ですか?」

なおも視線を向けずにテラはそう問うた。

「なに、最近、家でもお前と会っていないと思ってな。ちょっとした父子のスキンシップだ」

「気持ち悪いので止めてください」

こういうガラではないことくらい、ギルバも分かっていたのだろう。だからこそ、口先ではそんなことを言いつつもテラは嫌がるような真似はしない。

愛情も、ロクに与えられない世界で育ってきたテラにとってこれはちょっとした歓喜にまつわる事態でもあったのだろうか。少し頬を朱に染めて人知れず微笑を携えてペンを置く。

「終わったのか?」

「ええ、まあ」

書類を封筒に入れてガタと椅子を音を立てて引き立ち上がる。

「なんで付いてくるんですか」

「部屋がこっちの方向だからだ」

変な視線を送りつつ、テラはゆったりとした足取りで長い廊下を歩く。

ふとギルバが口を開く。

「今日の動きはなかなかだったな」

「どうもありがとうございます」

憎たらしく言い放つテラを見て薄く笑いを零しながらギルバは続ける。

「見ている分には面白かったぞ?」

「フザケんなクソ親父ィィイイイイイイイッ!!!」

ここぞとばかりに怒りを爆発させてテラは拳を握ってギルバに殴りかかる。

 

 †

 

感情を爆発させて鬼神はガントレットを鈍く光らせてギルバに向かって突っ込んでいく。

「ぉぉぉおおおおおおおおあああああああああああっ!!!」

悲しみも怒りも涙も全てを解放して、目の前にヨロヨロと立ちはだかるギルバに向かって右手を構えて振りかぶり、そして――――

 

 

 

 

 

 

 

「テラ、駄目ぇっ!!!」

 

 

 

ネプテューヌの叫びは届くことなく――

 

 

テラの右手は――

 

 

ギルバの心臓を――

 

 

貫いた――。

 

 

 

 

まるであの時のように

テラがギルバに殴りかかったときのように

テラとギルバの視線の先には、あの時の互いが――

 

鮮明に映し出された……。

 

 

 

 

 

 

 

――。

 

 

 

ギルバの身体から鮮血が迸り、テラの頬を、身体を紅に染めていく。

テラの身体は何か、見えない力に当てられたようにピクリとも動かずに目の前で苦しそうに呻き声を上げるギルバの姿を凝視していた。

彼の胸を貫いた右腕からはポタポタと彼の血液が滴り落ち、地面にみるみると紅い血溜まりを広げていく。

『テラ』は目を剥き、そして惨状を震えながら次第に感じ取っていった。己の為したこと、現実、全てを――理解した。

「なん、で――?」

しかし、それが分かったところで何もならない。それは、彼にとって最低にも近い現実となり彼の心を闇、漆黒に染めていく。

ギルバの顔を恐る恐る覗き込んでみれば、彼は今までにない穏やかな微笑を浮かべてテラの頭にそっと彼の左手を添えた。

「ッ……!」

「やっと、戻ったか……テラ」

「ッなん、で……! そんな……!」

テラはボロボロと涙を零しながら、掠れた声でそう告げた。そんな彼を見つめていたギルバの口から鮮血が飛び散り、地面を更に紅で染める。

「お、前……は、ずっと――」

テラの頬に血で染まった左手を添えてズルと力無くギルバの身体は地面に倒れた。テラの腕が抜かれた部分から新たに多量の血液が噴き出し、じわ、と地面を埋めていく。

テラは力無く膝を突き、彼の身体を揺り動かす。

「なあ……親父ィ……」

いくら彼の身体を揺すっても、彼の瞳は開くことはない。次第に冷たくなっていく彼の身体に触れて、テラはそれを悟った。

それでも、認めたくない事実として、彼は父を呼び続けた。

「なあ……起きろよぉ……。アンタは……どんな重傷でもぴんぴんしててよぉ……笑って、たじゃねえかよ……」

かつて過ごした日々がテラの脳裏にフラッシュバックしていく。訓練の日々も、堅苦しげなやりとりも、全てが彼にとって鮮烈な記憶として蘇った。

傷ついた身体を引きずって、一行は彼の傍らで気の毒そうに彼の所行を見届けていた。誰も声を掛けようとしない、いや掛けられないか。テラは彼女たちの存在など気に掛けることなく、ただひたすらに冷たくなっていく父の身体を何度も何度も揺り動かした。

「俺は……俺は……ッ」

テラの身体が小刻みに震えて、瞳の奥から雫が零れる。それは、絶対的な終わりを告げた、それを理解して、絶望し、それと同時に憤怒がこみ上げて、後悔の念に駆られたモノであった。

「テラ――」

ノワールが少し遠慮がちに彼の肩にそっと手を置いた。

テラは顔を俯かせたまま、まだ掠れた声で声を発した。

「ゴメン……」

「え……?」

そのまま、背中から地面に倒れるテラをベールが慌てて支える。次に彼の姿を見たとき、あの姿ではなく、元の彼の姿に戻っていたとき、一行はふと安堵の息を漏らした。そして、周囲の惨状を見回して、言いしれぬ不安が心の中に巣食っていた――。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「――ッ!」

テラは頭痛を感じて目を覚ます。

最初に目に入ったのは白い天井だ。そして横から己の顔を覗き込む影が視認できた。少し痛む身体を起こしてテラは人影の正体に視線を向けた。

「……イストワール……?」

「……はい」

少し心配そうな表情を見せるイストワールを見てから、周辺に視線を向ける。複数の簡易ベッドが並べられてその上には重傷を負ったらしい人々が横たわっている。

「……ここは?」

「キョウカイのイムシツです。ザンネンながらコンパさんのイエは……」

「……そうか」

テラは己の記憶を探り、自分が起こした事柄に後悔の念を抱いた。そして、それと同時に己の心中に空いていた穴が無くなっていることに気付くのに時間は要さなかった。

しかし、それとは別にまた大きな空洞ができていることに気付くのにも時間を要さなかった。

「……俺は、どうしたらいいんだろうな」

膝を抱えてテラは顔を埋める。多くの人々を傷つけた、しかし自分だけがこうしてのうのうと生きていていいのか、そんな自責の念に囚われてテラはポツリとそんな声を漏らした。

そんな彼の横顔を心配そうな表情で見つめていたイストワールは遠慮がちに声を掛けた。

「テラさんがセキニンをかんじることではありません……。わるいのはわたしとマジェコンヌですから……」

不思議と、テラにイストワールを恨む気持ちはなかった。彼女たちを憎む感情もなかった。ただ彼の胸の内には無力感と絶望感しか広がっていなかった。

それはきっと鬼神としてのはたらきなのか、彼の感じていたことなのか誰も認識できないが、しかしこの空間に置いてそんなことはさしたることでもないということは誰にでも容易に想像が付いた……。

テラは顔を埋めたまま、ポツリと呟く。

「もう、みんな俺のコトなんて何とも思っていないんだろうな……」

傷つけた、大切だと思っていた彼女たちを傷つけた。その事実はテラの心に深く突き刺さり、彼の心を弱らせた。

しかし、そんな声を聞きつけてイストワールは不謹慎とは思いつつも微笑を浮かべて小さく声を上げた。

「そんなコトはないですよ……」

イストワールはクイクイと手招きしてテラを医務室の外に誘導する。不思議に思いつつもテラはそんな彼女の後を追って部屋を退室する。

協会の長い廊下を暫し歩き、一つの宿泊部屋にイストワールは案内する。

「みなさん、テラさんがおきましたよ?」

そんな軽いノリでいいのかな、とシリアスな雰囲気の中でテラは心中の隅っこで思ったが、それ以前にもっと気になることがあったのでその考えは消え失せた。

テラは恐る恐るドアの影から部屋内を覗き込む。

『……』

「え、と……」

全員がテラの姿を確認して、ふるふると小刻みに震えながら瞳に涙を溜めていく。そんな現状にテラは少し戸惑いながらおずおずと口を開いた。

「あの……ただ、いま?」

果たしてどういった意図があるのか、そもそもその言葉は何を意味しているのかはテラにも彼女たちにも分からない。

だが、その声を聞きつけるやいなや、全員が突進するような勢いでテラに突っ込み、諸共廊下に倒れ込んだ。

「ッ~~~!」

後頭部を強打&全身に走る痛みで暫くの間、悶絶した後に全員の顔を見る。

「よかった……」

「心配したですぅ……」

「起きた……よかったぁ……」

「心配させないでよ……」

「よかったですわ……」

「テラ……よかった……」

全員が、その表情を歓喜に染めてテラを歓迎した。その様子にテラの瞳にもみるみる涙がにじみ、頬を伝っていく。

いくら拭っても止まることのない涙に不思議と嫌悪感はなく、ただ胸の内に広がる喜びだけを暫しの間、一同は噛みしめていた――。

 

 

それでも、テラは少なからず感じていた。

 

 

 

『幸せなど、長くつづくモノではないのに』―――と。

 

 

閑話休題。

先程の安らかな雰囲気とは真逆に一室内にはこれ以上のない程に重苦しい空気が蔓延していた。

それはテラを中心に次々と部屋内を進行しており、感染源たるテラは周りの少女達を一瞥して頭を垂れる。

「……ゴメン」

そんな彼の呟きに、相も変わらず不機嫌そうな表情を浮かべたアイエフがこれまた不機嫌そうな声を発した。

「……何が?」

そんな対応に暫く困ったような表情を見せてからテラは視線を外しながら少し小さめの声を漏らす。

「だって……俺の所為で何もかも……」

「テラの所為なんかじゃないでしょ?」

テラの言葉はノワールによって掻き消された。しかし、当のテラはふるふると力無く首を横に振ってまた俯く。

「俺はみんなといられない」

今回のことで、彼には確信が持ててしまった。

自分が彼女たちと居れば必ずまた傷つけてしまう、と。かつて、そうだったように。

だからこそ、彼なりの防衛心だったのかもしれない。

「俺の力は危険だから。俺はみんなを傷つけてしまうから」

彼の言いたいことも、彼女たちは十分に理解できていた。

彼が自分たちを思ってのことを言っていることも、全て――。

けれど、それ以上に彼女たちの思いはそんな狭間の中で停滞していた。

彼の気持ちを汲んでやることも、彼と共に居たいということも、全て自分たちが彼にとってしてやれることだと思っていただろうから。

「だから……俺を、捨ててくれ……っ!」

彼の声も、拳も、身体も、全て震えていた。

悲しき決断だということは、傍目から見ても十分すぎるほどに伝わっていた。

けれど、それでも彼女たちは決断した。

彼とは『正反対の』答えを。

「……そんな泣いている人を見捨てるなんてしない」

ベールはいつも通りの穏やかな声音でそう告げた。

テラは一瞬、戸惑うような表情で顔を上げて彼女を見た。

「なんで……?」

彼としては予想外の返答だったらしい。いや、望まぬ答えだったかもしれない。

己の所為で危険な目にあった少女達がそれでもなお、自分を捨てずに、それどころか以前よりも深く接しようとする心が、彼には理解できなかったのかもしれない。

何も知らずに生まれた彼にとってそれは、愚とも呼べるべき行為であったかもしれない。

立ち上がり、小さく叫ぶ。

「俺の所為で危険な目にあったのに!? そんなの、どうかしてる……!」

「……どうかしているかもしれない」

ブランは小さく、しかし力強く声を上げる。

「……でも、それ以上に私達は貴方を助けたいと思ってる。傍にいたいと思ってる」

テラは力無く項垂れて、また椅子に座り直す。

「テラさんが思ってるほど、私達は弱くないです。だから、もっと私達を信じて欲しいです……」

「ッ!」

コンパの言葉は、テラの心を抉った。

確かに、心の奥底で彼は彼女たちを弱い存在だと思っていたのかもしれない。

接していく内に、女神なんかじゃない、ただの普通の少女だと分かっていった瞬間に彼の中で彼女たちは護るべき弱き存在として構築されていったのかもしれない。

だからこそ、彼がこうして躍起になっているのも当然のことだったのかもしれなかった。

「弱くない……か」

テラはポツリとそう呟く。

何度も。

そして思う、『弱いのは自分じゃないか』と。

 

 

そう、今までの口弁だって単なる自己防衛だ。

大切だと思っていた人達を傷つけて、そんな辛い思いをしたくないから遠ざけようとしていた。

弱いのは自分じゃないか。

そうだ、俺は弱い。マジェコンヌを言う通りだ。

そう思うと、心が軽くなる。

そうだ、この娘達は自分が思うほど弱くないんだ。

外的な強さだけじゃない、芯に秘めた強い思いだってある。

何も分かってやらないで、勝手に己の中で自己完結して俺はそれで何を分かっていたつもりなんだろうな。

そうだ――。

そうだよな――。

 

自然と笑みが浮かぶ。

そんな俺を、彼女たちが見ていてくれる。

そうだ、これさえあれば、怖いモノなんて何もないだろう?

何も――。

「……俺、スゲー弱かった」

 

「みんなに頼ってばかりで、甘えて」

 

「逃げて」

 

「泣き叫んで」

 

「暴れて」

 

「迷惑、かけたよな……」

結局、どれも自分の我が儘、甘えだった。

一人で行かないといけない、そう分かってもみんながいると思って踏み出せなかった。それだって甘えだ。

そうか……。

 

 †

 

テラはきゅっと拳を握って顔を上げる。

不思議と、その表情には今までにないような前を見据える何かに染められていた。

「ゴメン」

また、彼はそう言った。

けれど、その表情は今までのように暗いモノではない、寧ろ希望に満ちあふれたようなそんな色を含めていた。

過去を捨てて、いや未来へと一歩進み、成長したというべきか。

テラは小さく笑みを零し、ざっと自分を取り囲む少女達を見回した。

「……うん」

小さく頷き、何かを確信したようにテラは小さく声を上げた。

それは決意の表れか、きっとそれは誰にも分からない。

ただ、それでも彼は今、胸の内に広がる僅かな幸せをこれ以上ないほどに噛みしめていた――。

 

 


 
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