「んっ……まだ、やっぱり痛い。動くのはちょっと無理みたいですね」
軽くのびをしただけなのだが、傷口からかなりの痛みがはしった。
「当然じゃない。正直、最悪な事態になっててもおかしくは無いほどだったもの……でも、だから驚いているわ」
そう言ったシャマルさんは驚くというより、信じられないといったような表情をしているように見えた。
「何がですか?」
「傷の治り具合よ。こんなに早いなんて……」
自分ではわからないけど、どうやら私の自然治癒力は相当に高いらしい。
改めて過去の自分を思い出してみると確かに怪我をしてもすぐに治っていた気がする。
自分の身体が丈夫なことに感謝をした。
「この調子ならかなり早く傷は塞がるわ。でも念のためすぐに戦闘をしたりしないでちょうだい」
「はい。わかりました」
正直なことを言えばあまり休んではいられないが、それで無理をして失敗なんかしたら意味が無い。
ここはシャマルさんの言うとおり、大人しくしておいたほうが良いだろう。
「それじゃあ、私はちょっと用事があってここを離れるけど、何かあったら呼んでちょうだい」
私は軽く頷きそれを見たシャマルさんは部屋から出て行った。
そして私はふと思った。
(……一人になるとやることがない。どうしよう?)
まぁ、普通に考えれば眠るなりすればいいのだろうが、私は眼が覚めてから一時間と経っていない。
つまりは、その…………全く眠くないのだった。
案の定それから眠ろうと十分間ほど眼を閉じたりしたが意味が無かった。
『眠れないのですか? マスター』
そんな私の様子を察してくれたのか、エターナルパルスが話しかけてきてくれた。
「うん。起きてからあまり時間が経ってないから」
『でしたら私の話に付き合っていただけませんでしょうか? ただ……あまり良い話ではないので断わっていただいてもかまいません』
……めずらしい、そう思った。
この子から話があると言い出すのはそうでもない。
でも話すことを躊躇するようなとこを見せたことがめずらしかった。
だからこそ、どんな話なのか気になった。
「うん。いいよ」
『ありがとうございます』
一言だけ例を言うと、本題へと入った。
『では最初に、マスターは今回の出来事をどう考えていますか?』
「どう考えてるって?」
『深く考えなくても大丈夫です。思ったままを言ってみてください』
「えーと……じゃあ、今回の一連の出来事は管理局を狙ったもの、とか?」
『そうですね、不確定要素はありますが私もマスターと同意見です。では、どうしてそう思いましたか?』
「……やっぱり、あの手紙があったから」
今更かもしれないが、あれはやっぱり妙だ。
言い方は悪いかもしれないが、普通の一般民家に届いたメールを何者かが何らかの方法で盗み見るような真似は腕に自身があれば出来るのかもしれない。
それでもこの管理局の情報が盗むという行為は到底信じられるものではない。
挙句の果てにはこれはクロノさんから教えてもらったことだが、その犯人の出所をつかむことが出来なかったというのだから驚愕といっても過言ではないだろう。
『その通りです……そしてここからがまず問題です』
「……どういうこと?」
『マスターは、あの手紙の内容が問題だと思いますか? それとも、手紙の出所が問題だと思いますか?」
どちらも問題だ、そう言おうとした。
そこで気づいた。この子が何を伝えようとしているのか。
「その二つの選択肢に含まれる意味がそれぞれ違う……そういうこと?」
『はい。今のこの現状を考えた上で内容にだけ視点を向ければ、何者かが管理局を狙うために仕掛けたものだという可能性があります』
それは、確かにそうだ。
もしかしたら本当に全て悪い偶然が重なっただけなのかもしれないが、手紙を見てからあの海上での出来事までがそうである証拠は無い。
つまり偶然であったという可能性が零ではない以上、仕組まれた可能性も存在するということだ。
……けれど、この子はそれだけ話すつもりなわけではない。
これらの話はあくまで内容に視点をおいたらこんな可能性があるというだけである。
問題はもう一つある。
すなわち管理局に手紙を送ってきた何者かの出所のほうだった。
「……ねぇ、エターナルパルス」
『何でしょうか、マスター?』
「もしかして次にこう言うつもりだった? “出所のほうに視点を向けると他にも意味もあります”って」
『……その通りです』
当たって欲しくはなかった。
だって、それは――
「じゃあ、もしかしたら……管理局の中に事件に深く関わっている人がいるかのしれないってこと?」
『あくまで、可能性ですが……』
……出所に視点を向けると、違う意味もある。
その意味とはすなわち管理局の誰かの仕業というものだ。
管理局といえど万全ではない。
事実がそうであるかどうかはわからないが、この子が言おうとした通りもしも外からより管理局の中からであれば、今回のような手紙をある場所に送るといった行為が簡単であるという可能性があるとすれば……
だけど私は――
「認めたく、ない……」
『そのように思うのは当然だと思います……やはり話すべきではなかったのかもしれません。ここで終わりにしましょう。申し訳ございませんでした』
「……待って」
落ち着く時間が欲しい。
だから話を終わらせてもらえるのは助かる。
そんな私の気持ちとは裏腹に口は勝手に動いていた。
「“ここで終わり”ってどういうこと?」
考えすぎでなければ、ここでなんていい方をするってことは続きがあるってことだ。
この子は何を話そうとしていたんだろう?
『いえ、深い意味はありません。お気になさらないで下さい』
「嘘……それは、嘘でしょ?」
根拠なんて全く無いのに私はそう思い、またこれは間違ってはいない気がした。
『いえ……嘘ではありません』
「今、少しだけ言葉がつまった。やっぱり嘘をついてる」
いつもは冷静なこの子もただ一つ、私に嘘をつく時だけは言葉を濁らせたりつまったりすることがある。
長年一緒にいたからこそ知っていることだ。
「ねぇ、貴女は何を話そうとしたの? お願い、教えて」
『……それは』
「話しにくいなら僕の方から全て話そうか?」
「えっ?」
突然聞こえてきた声の方を向くと、部屋の入り口にクロノさんが立っていた。
「えっと、いつから聞いていたんですか?」
「君たちがあの手紙の出所について話し始めた頃からだな。入ろうかと思ったんだが、君たちが話している内容を聞いていたらどうするべきか悩んでしまって」
『クロノ執務官、あまり褒められた行動ではないと思いますが』
それは私も思ったことだ。
「確かにな、本当にすまなかった」
「いえ、謝って頂いたらもう大丈夫です。それより……」
「君のデバイスが話そうとしていた事柄についてか?」
「はい」
この子がここまで躊躇することとはなんなのか知りたかった。
「僕が話しても構わないが……」
そこでクロノさんは視線を私から外しこの子を見た。
『……お願いします』
「了解した。ただ先に一つだけ言っておくが、君の考えている通りではないかもしれないぞ」
『どういうことでしょうか?』
「聞けばわかるさ」
それ以上この子も何も聞こうとはしなかったので、クロノさんは話し始めた。
「いきなりになるが、君のデバイスが話すことを躊躇していた内容はおそらく手紙を送った犯人のことだ」
「あの……それってだれなんですか?」
「アリエス・エスベラント」
何も反応が出来なかった。
信じられないという思いを抱くと同時に、頭が真っ白になった。
(だから、この子も話せなかったの……?)
この発言に動揺を隠すことは出来なかった。
「落ち着いてくれ。話はまだ終わりじゃない。むしろ続きが大事なんだ」
「……続きですか?」
「確かに僕も最初は彼女が怪しいと思った。まず理由としては海での出来事が挙げられる」
(そんなにおかしいことでもあったのだろうか?)
それが私の素直な感想だった。
「その前に確かめたいことがある。リリス、君は上空から一つの剣が何故かなのはに向かって落ちてきたと言っていたが、間違いは無いか?」
「はい。間違いありません」
事実、私はこの通りなのはを庇い怪我を負ってしまった。
見間違いなはずが無い。
「君には信じられないかもしれないがあの時、上空にそんなものは確認出来なかった。もちろん魔力反応も存在しなかったんだ」
「……本当ですか? でも実際に私は――」
「酷い怪我を負ってしまった。だからこそ疑問だった。君には何故見えていたのか……いや、正確には君とアリエスという女性の二人だけが」
「あの人も見えていたんですか?」
「ああ。あの時、映像を見ていたから気づいたんだが、君より僅かに先に彼女が反応していた。本人にも聞いてみたんだが見えていたと答えていたよ」
……そんなことがありえるのだろうか?
あの場には多くの人がいたし、遠くから映像で確認してた人もいた。
なのに私とあの人だけが見えていたなんて。
でもクロノさんは嘘を言っているようには見えなかった。
「だから僕は、彼女を疑った」
「……私は、疑わなかったんですか?」
あの時あれが見えていたのは私も同じなのだから。
「君の怪我が命に関わる程のものでなければな」
そういえばシャマルさんも私の怪我がどれほどのものか言っていた。
(怪我が酷かったから候補から外れるなんて皮肉にも程がある……)
「話は戻すが、僕は彼女を疑った。だがもう彼女の疑いは晴れているんだ」
「えっ、本当ですか!?」
「もちろんだ。あの手紙は確かに彼女のもとへと送られたものだが、その時間から上層部のほうに届くまで部隊の仲間たちとずっと一緒にいたそうだ。その人物にも確認はとっているから間違いは無い」
よかった……
本当によかった……
でも同時によくないことにもなっていることにも気づいた。
「リリス。君もわかっていると思うが、これで全く犯人の検討がつかなくなってしまった」
『それにです、マスター。言い方は悪いかもしれませんが彼女が犯人だったとすれば、内部に犯人がいるということの証明にもなりました。ですが彼女は違った。ならばまたこの選択も入れつつ他の可能性も考えなくてはいけなくなりました』
「安心するのはまだ早い……ってことですね?」
「そういうことだ。だが少なくとも君の親しい友人が犯人である可能性はほぼ無くなった。そのことは素直に喜ぶべきだろうな」
「そうですね……ありがとうございました、クロノさん」
お礼を言われるとは思っていなかったのか――
「別に、礼を言われるようなことはしていないさ」
少し微笑みながら答えていた。
「さて、僕はそろそろ戻ることにするが、この話は他の人には話さないようにしてくれるか?」
「混乱を抑えるためですか?」
「わかっているみたいだな。そういうことだ」
クロノさんはそれだけ言い残すと部屋をさっさと出て行った。
それと入れ替わるかのように、今度はなのはが部屋に入ってきた。
「身体の調子はどう、リリスちゃん?」
本当に心配そうな顔で尋ねてきた。
「まだ少し痛いけど、傷の治りは早いみたいだから心配しないで」
「無理、だよ」
わかってた……。
この少女が心配しないでといって本当に心配しないわけがないことぐらい。
それでもやっぱり、大切な人の悲しそうな顔はさせたくはなかった。
「なのは。私は大丈夫だから」
「でも……本当なら、その怪我は私が――」
そのままなのはは泣き出してしまった。
(まだ色々と考えなきゃいけないこともあるけど、でもその前に……)
目の前のとても心優しき少女を泣き止ますことが最初に私がやるべきことだと思った。
(全く……本当に優しすぎるんだから)
そんなことを心の中で呟きながら、私はどうするべきか考えるのだった……
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第十八話です。