No.451204

BIOHAZARDirregular PURSUIT OF DEATH第九章

※注意 本作はSWORD REQUIEMの正式続編です。SWORD REQUIEMを読まれてからの方がより一層楽しめるかと思います。
 ラクーンシティを襲ったバイオハザードから五年。
 成長したレンは、五年前の真実を知るべく、一人調査を開始する。
 それは、新たなる激戦への幕開けだった…………

2012-07-11 21:14:53 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:787   閲覧ユーザー数:777

 

第九章 『追跡!過去からの協力者!』

 

 

1978年 カナダ エルズミーア島

 

 北極圏に入る厳寒の大地を、一人の変わった老人が訪れていた。

 防寒用コートの下には、淡い雌黄色(しおういろ)の小袖袴を着込み、その顔には年齢よりも年かさに見える深い皺が刻まれているが、その目には老いを感じさせない強い意志が宿っている。

 借り物のスノーモービルを慣れない手付きで運転していた老人が、ふとブレーキを架けてその場に止まると、周囲を鋭い目で見渡す。

 それを見計らったかのように、突然老人の目の前の雪に覆われた地面が跳ね上がり、そこから奇怪な怪物が姿を現す。

 粘液質の肌をした肉食のゴリラとでも形容するべきその怪物は、老人を見ると同時に飛び上がると、鋭いカギ爪を振り下ろしてくる。

 老人は年齢からは考えれないような機敏な動きでそれをかわし、怪物と対峙する。

 よく見ると、怪物の体はあちこち腐敗し、左の眼球は崩れて頬へとぶら下がっている。

 それでも、怪物は鋭い牙が生えた口から唾液を垂れ流しつつ、老人を狙う。

 

「外道が……………」

 

 老人は日本語で呟きながら、分厚い皮手袋で覆われた右手の人差し指と中指を立て、眼前で構える。

 

「我、五行相克の法を持ちて六黒水気を持ちて素を貫く!」

 

 呪文を鋭く叫びながら老人は突き出した二本の指を足元の雪原へと突き刺す。

 すると、老人の周囲の雪が突如として盛り上がり、それが無数の槍となって怪物を貫き、一撃で絶命させた。

 怪物が崩れ落ちるのと同時に、槍もその形を失い、ただの雪の塊として地面へ戻っていく。

 

「間違いない…………ここだ………」

 

 老人は眼前に広がる広大な雪原を睨みつけながら、低く呟く。

 

「見つけた。ようやく………」

 

 そこで、ふいに老人は咳き込んで口に手を当てる。

 何度か咳き込んだ後に手を見ると、そこには僅かながらも血の混じった痰がへばり付いていた。

 

「長かった………長過ぎた。最早、我には奴らを、アンブレラを潰せるだけ力が残っておらぬ………………」

 

 老人は自嘲と悔恨の篭った声で呟く。

 

「だが、きっと現れるはずだ。我と同じ志を持った者達が………必ず…………………」

 

 老人の呟きは、雪原を吹き抜ける風にかき消されていった。

ラクーンシティの惨劇の起こる、二十年前の出来事だった。

 

 

 

2003年 イギリス

 

「看護婦と入院患者に死者二名、重軽傷者十五名、内重体が一名か」

「それくらいで済んだ、と思うべきだろうな」

 

 HCFの襲撃から三日が経過し、見舞いに来たクリスの報告に再入院となったレン達は苦い顔をした。

 

「対応が遅ければ死者はもっと増えていただろうな」

「ああ、それに重体のはずの奴が何でか平然としゃべってるし」

 

 前の病室とまったく同じ面子が入院している病室で、今朝ICU(集中治療室)から出てきたばかりのレンに全員の視線が集中した。

 

「っていうか、胸刺された奴がなんで平気なんだ?」

「狙いが正確に心臓だけだったからな。他の臓器や動脈の類は傷ついていない」

「心臓まであと3cmだったけどね」

 

 レンの寝ているベッドの側でカルテをまとめていたミリィが限りなく冷たい声で言い放つ。

 

「………ちょうど一押し分か?」

「それって一歩間違えれば即死なんじゃあ…………」

 

 両腕をギブスで固定されているレオンと、その付き添いをしているクレアが唖然とした表情で呟く。

 

「さすがサムライ、戦い方が無茶苦茶だな」

「五年前もそうだったからな」

 

 体中包帯だらけのカルロスとスミスが自分の手の中の手札を見ながらどこか感心したような声を上げる。

 

「あの時は未熟だっただけだし、今回は敵が強かっただけだ。別に好き好んで負傷した訳じゃない」

「好きで怪我されたらこっちが堪らないわよ………………」

「そうですね」

 

 ミリィのため息混じりの呟きに、レンのベッドの隣に座ってノートパソコンにデータをまとめていたシェリーが苦笑を含んだ賛同を漏らす。

 

「取りあえず、様態は安定したからこれを外して欲しいんだが」

「駄目」

「駄目です」

 

 レンが自分の手首に繋がれている手錠を示すと、ミリィとシェリーが同時にそれを否定する。

 

「刀傷15箇所、その内胸部に10cmに及ぶ刺創傷有り、肋骨癒着箇所全剥離、右脇腹に擦過銃創、切り傷打撲は計測不能、ひいき目に見てもまた全治三ヶ月。一ヶ月は絶対安静よ」

「そうですよ、動いたら駄目です」

 

 断言するミリィにシェリーがにこやかに肯定する。

 だが、ミリィの腰には護身用のスタンガン内臓の特殊警棒が、シェリーの手には電圧が最低にセットされたスタンナックルが装備されている様はどう見てもレンを看護、ではなく監視しているようにしか見えない。

 

「いざという時に動けないのでは困るんだが…………」

 

 レンがそれぞれの足首とベッドの骨組みに繋がれている手錠を指差す。

 

「外したらまた勝手に出歩くじゃないの!絶対に駄目!」

「半年前に比べれば軽症だぞ」

「そうね。あの時は胃が破裂しかかってたものね」

 

 ミリィが笑みを浮かべたまま、レンにまったく笑ってない瞳で微笑みかける。

 

「そうだったな。飯がしばらく食えなくて苦労したっけ」

「そ・う・い・う・問題じゃないでしょ?」

 

 ミリィが重低音の効果音が付きそうな表情でレンに迫る。

 

「とにかく!あたしがいいって言うまでベッドから一歩も出ちゃ駄目!」

「もしまた襲撃があったら?」

「その時は私がベッド毎持ち出してあげますから」

 

 シェリーが腕を持ち上げながらにこやかに答える。

 

「第一、銃もカタナも修理中だろが」

 

 カルロスが手札を交換しながらぼやく。

 

「サムライエッジはありゃ修理効かねえんじゃないか?グリップ歪んでたぞ」

 

 スミスが手札を交換しながら呟き、交換後の手札を見た所で表情が凍りつく。

 

「殴り過ぎたか?どうりでマガジンが入りにくいと思った」

「オレはカタナが折れなかった方が不思議だがな」

 

 クリスが呟きながら、懐からウェスカーの使っていたHVナイフを取り出し、振動スイッチを入れると、それを刃を下に向けて胸の高さまで持ち上げ、手を放した。

 ナイフは重力に従って落下し、そのままの勢いで床に鍔元まで突き刺さった。

 

「うげ…………」

「何それ…………」

 

 それを見た者達が絶句する中、クリスはナイフを拾い上げる。

 

「オレはウェスカーがこいつで車のボンネットや建物の柱を平然と切り裂くのを見た事が有る」

「成る程な。村正銘の刀じゃなけりゃ、一撃で折れてたな」

「修理にどれ位掛かるんだ?」

 

 レオンの問いに、レンは首を左右に振る。

 

「分からん。知り合いの腕のいい刀鍛冶の所に送っておいたが、あそこまで損傷していたら完全に打ち直しになる。銃は代わりを前に頼んでおいたのがあるが、村正以上の刀はそうそう無いしな」

「代わりって、あれか。そろそろ完成しているか?」

「銃はともかく、ニホントウなんてそうそう手に入る物じゃないしな」

 

 スミスがおとなしくカルロスにチップを払いながら思い出したかのように呟く。

 

「武器と体の修復が終わるまで、警備を更に厳重にするしかないだろう。院長が他の入院患者を全員他所に移してくれたしな」

 

 クリスの提案に、全員が無言で頷く。

 

「取りあえず兄さん」

「何だ?」

「そこの穴、塞いどいてね」

 

 クレアの指摘に、クリスが気まずい顔で先程ナイフが突き刺さった隙間を見つめる。

 

「あとね、シェリー。この間から言おうと思ってたんだけど…」

「何?クレア?」

「その眼鏡、全然似合ってないんだけど」

 

 シェリーが何故か数日前から架け始めた伊達眼鏡を直そうとした指が止まる。

 

「確かにな」

 

 レンがボソリと呟いた一言に、シェリーの顔が完全に凍りつく。

 

「なあ、ひょっとしてあいつそういう趣味か?」

「さあな。それにレンがミリィと付き合い始めた原因は二年前のクリスマスに…」

 

 小声で話していたスミスに、ミリィが無言で肩を叩く。

 

「いや、何でもない………」

「ああ、そうか………」

 

 何か薄ら寒い物を感じた二人がそれとなく話題を逸らす。

 その時、少し前のヒットソングを模した着メロが病室内に響き渡る。

 

「オレのか」

 

 レオンが訝しげな顔で枕元にある衛星電話をクレアに取ってもらって耳に当てる。

 

『よお、派手にやられたそうだな』

「アーク!?アークか!お前今何処に?」

 

 電話の相手が友人である探偵のアーク・トンプソンである事に気付いたレオンの顔が一転して明るい顔に変わる。

 

『今か?イタリアだ』

「イタリア?」

 

 STARSの独立諜報員としてあちこちを飛び回っているアークの言葉にレオンの顔が再び怪訝な物へと変わる。

 

『凄いネタを掴んだんでな、近い内に詳細は伝える。それに今頃襲撃を警戒してるだろうが、その必要はないぞ』

「なんでだ?」

『ウェスカーが死んだ事でHCFの一角が危うくなってな、その隙を突いてアンブレラが攻勢に出ている。しばらくはSTARSまで手が回らないだろう。あと、この間入ったっていうサムライの件なんだが…』

「レンの事か」

『アンブレラ、HCF双方が彼を最危険人物に指定した。数ヶ月前まではランク入りすらしていなかった奴がお前とクリスを抜いて一気に首位だとよ。あのウェスカーにタイマンで勝ったって本当か?』

「本当らしい。生憎とオレは現場を見れる状態じゃなかったけどな」

『そうか。だとしたら危険度がAAクラスも頷けるな』

「AAって言えば…………」

『即時抹殺を要す、だ。アンブレラ、HCFの両方がそのサムライの抹殺をプロの殺し屋に頼んだらしい。下手したら今日辺り…』

 

 ふと、それまで寝ていたレンが急に体を起こす。

 

「寝てな…」

 

 それを見たミリィがレンへと向き直った瞬間、乾いた発砲音と共にガラス窓とレンの枕に小さな穴が穿たれる。

 

「狙撃!?」

「早速か!」

 

 その音の正体に気付いたクリスがグロッグ17を抜きながら窓際の影に隠れ、クレアが銃を使えないレオンを庇うようにしてキャリコM―100Pを二丁拳銃で構える。

 

「狙いはレンだ!安全な所へ!」

『分かったわ!』

 

 シェリーとミリィの声がきれいに重なり、二人掛りでレンの寝ているベッドを窓から遠ざけようとする。

 

「頭を下げていろ」

 

 そんな二人に声を掛けながらレンが再び横になる。その直後、先程までレンの頭が有った位置を二発めが通過した。

 

「なめるなぁ!!」

 

 役が出来かかっていたトランプを投げ出してベッドの下をまさぐっていたスミスが、そこから巨大なバーレットM82A1を取り出すとベッドをまたぐようにして構える。

 

「ちょっと待て!こんな狭い所で…」

「相手はここから500m位先のビルの屋上にいるぞ」

「あいつか!」

 

 レオンの抗議の声も聞かず、レンの指示に従って狙いを着けたスミスがためらいも無くトリガーを引いた。

 50口径弾の強力な銃声が病室どころか病院中に響き渡り、反動軽減用のガスポートから抜けた爆風が病室中に吹き荒れる。

 

「外れた!右に二度、下一度!」

「了解!」

 

 同じくベッドの下からM4カービンを取り出して、そのスコープを覗いていたカルロスの座標修正に従ってスミスが微妙に狙いを変え、二発目を発射。

 スコープの向こう側にいた狙撃手の至近距離を弾丸はかすめ、真後ろのワインの看板に大穴が開いた。

 

「下手くそ!」

「悪かったな!オレは突撃班で狙撃班じゃねぇ…って逃げやがったぞ!」

「ほっとけ、もう二度と来ないだろ。鼓膜くらいイカレてるだろうしな」

 

 自分が狙われたにも関わらず平然としているレンに全員が怪訝そうな視線を集中させた。

 

「何で狙われてるって分かった?」

「相手が一流では有っても超一流で訳じゃなかったんでな。殺気で分かった」

「あの距離からか?」

「師匠や従兄ならkm単位でいけるけど、オレじゃアレ位が限度だな」

「………………」

 

 今一信じられないような話にレンとミリィを除いた全員が顔を見合わせる。

 

『おい!どうした!レオン無事か!?』

 

 その時になって、通話中の電話がそのままになっているのに気付いたクレアがそれを拾うとレオンの耳元へとあてがった。

 

「全員無事だ。どうやら情報通りらしい」

『凄い音がしたぞ。何が有った?』

「狙撃されたからな、50口径で撃ち返した」

『…………病室だよな、そこ………』

「言うな」

 

 そのまま妙な沈黙がしばらく続いたが、おもむろにアークが口を開く。

 

『用心しろ。他にも凄腕の殺し屋と、HCFの暗殺者が送り込まれてるらしい。詳しい所までは分からなかったが、殺し屋の方はとんでもない奴らしいぞ』

「分かった、用心しておく。そっちも気を付けろよ。一応子持ちの身の上だろ」

『まだあんな大きなガキのいる年じゃないさ。ま、この調査が終わったら土産を買っとかないといけないけどな』

「大変だな。また何か分かったら頼む」

『OK。じゃあな』

 

 発砲音を聞きつけてやってきた面々に事情を説明していたクリスが、電話が切れると同時にレオンの方を向いた。

 

「アークからか。内容は?」

「レンがAAクラスの最危険人物とし認定されたらしい。アンブレラとHCFから最低でもあと一人ずつ暗殺者が送られてくるそうだ」

『!!』

 

 驚愕の情報に全員の表情が険しくなる。

 

「それと、ウェスカーが死亡した事でアンブレラとHCFの抗争が激化したそうだ。しばらく大規模な襲撃は無いらしい」

「問題はその殺し屋だな…………」

 

 クリスの深刻な声に全員が表情を曇らせる。

 

「とにかく、レンを安全な所に移さないと」

「まだ絶対安静よ。病院内の何処かじゃないと………」

 

 クレアの提案にミリィが補正する。

 

「病院内で狙撃とかの危険が無くて、警備が行き届きそうな場所か…………」

「有るか?そんな都合いい場所?」

 

 ベッドの下に取り出した武器をまた仕舞い込みながらスミスとカルロスが顔を見合わせる。

 

「二ヶ所、有る事は有るけど………」

「どこだ?」

「手術室とモルグ(死体安置室)、どっちがいい?」

「…………」

 

 ミリィの問いにレンは思いっきり表情を曇らせる。

 

「聞くまでもないと思うが…………」

「オレもそう思う」

「私も」

「確かに」

「普通そうでしょ」

「大抵はな」

 

 提案者と当人を除いた全員の意見が見事に一致する。

 

「すぐに部屋を移動するよう手配させるわ」

「そうした方がいい」

 

 そこで、クリスが何かを思い出したらしく、持ってきたバッグの中をまさぐると一冊の古びたノートを取り出した。

 

「そういえば、これが日本から送られてきたらしい。送り主は、オ、オミ?」

「おみわたり、だ。オレの母親の実家からだな」

 

 手渡されたノートの中身を見たレンの顔が怪訝な物に変わる。

 

「なにこれ?」

 

 それを脇から覗いたミリィも脳裏に疑問符が浮かんだ。

 

「……暗号か。陰陽僚に伝わる五行と五十音を掛けた奴だ。解くのにしばらく掛かるぞ、これは」

「暇つぶしが出来てよかったじゃねえか。ちなみにタイトルは何て書いてあるんだ?」

「………英訳すれば、バイオハザード・レポート」

『何っ!?』

「冒頭は従兄が解いておいてくれたようだな」

 

 ノートの中に挟まっていたレポート用紙を見たレンの顔が次第に驚きの表情へと変わっていく。

 

「何が書いてある?」

 

 クリスの問いに、レンは神妙な面持ちで顔を上げ、ゆっくりと言葉を選ぶようにして言葉を紡ぎ出す。

 

「もしこれが本当なら…………おそらく最古のT―ウイルスによるバイオハザードの記録だ」

「何時の事だ?」

「…………皇紀2601年、西暦に直せば1940年の事か」

「それって!」

「二次大戦日本参戦の前年だな」

「ちょっと待て!いくら何でもそんな昔に…」

「いや、少なくてもT―ウイルス自体は1960年代には存在している。その元になったらしい始祖ウイルスがその時代に有っても不思議じゃない」

「詳細はこいつに書いてあるだろう…………取り合えず分かっている分だけでも英訳しておく」

 

 そう言いながらレンがレポート用紙の内容をシェリーがデータ整理用に持ってきていたファイルの裏側に写していく。

 

「著者は土御門 展善?二代前の土御門家当主か……ひょっとしたらこいつは………」

「何か心当たりが?」

 

 クリスの問いにレンは苦い顔をして黙り込む。

 やがて、英訳を終えた部分を手渡しながら口を開いた。

 

「聞いた話なんだが、彼は海外旅行が好きでよく世界中を飛び回っていたと聞いている。だが、それが旅行じゃなくて別の目的が有ったとしたら………」

「お前の先輩の可能性が有る訳か?」

 

 クリスの手の中の訳を覗き込みながらのカルロスの言葉に、レンは小さく頷く。

 

「あくまで可能性だがな」

「本人に聞けば早いんじゃ?」

「オレの生まれる二年も前に死んでるよ」

「妄想とボケの産物の可能性は?」

「それは無い。偉い博識な人で四ヶ国語ぐらい喋れたそうだからな。それに死因は老衰じゃなくて呼吸器系の疾患と聞いている」

「それにこれはどう見てもT―ウイルスによる物だ………」

 

 クリスが深刻な表情をして訳を他の者へも廻す。

 それにはこう書かれていた。

 

 

 

皇紀弐六〇壱年 六月十日

 来るべき日本の参戦に備え、ナチスのオカルト部門が中心となった妖術的戦略研究の為に我と小玉家当主・小玉 盛芽、軍の技術将校阿部少尉と共にイタリアに到着。

 地中海の孤島に作られた三国同盟秘密研究所へと案内される。

 戦略研究のみならず、兵器研究等も広く行われているようであり、明日所内の案内を約束される。

 

皇紀弐六〇壱年 六月十一日

 研究所の想像以上の規模に圧倒。

 兵器研究と言ってもこれ程あるのかと驚かされる程の多種の研究が行われている。

 中でも最新の細菌兵器の研究には興味を引かれた。

 ただ敵軍を病気にさせるだけでなく、自軍を強化させる為の物も研究していると知り、改めて科学の進歩に戸惑う。

 午後、ナチスの地政学者と意見の衝突により口論。危うく妖術戦になろうとする所を双方止められる。

 同盟国との対立は避けるべきと自戒する。

 

皇紀弐六〇壱年 六月十二日

 昨日の細菌兵器の詳細を知りたく、説明をしてくれた学者の元を訪ねるが病気で寝込んでいるとの事。

 最近所内で体調を崩す人間が多いとの話だが、言われて見れば食堂内で顔色の悪い人間が多い。が、皆食欲は有るようなので大した病気では無い模様。

 自らも健康管理に気を配る事とする。

 

皇紀弐六〇壱年 六月十五日

 病気の者、更に増えた模様。

 午後から予定されていた会議も病欠の者がいる為延期となる。

 同行した阿部少尉も少し体調が悪い模様。

 

皇紀弐六〇壱年 六月十八日

 早朝、突然の発砲音で目が覚める。

 何事かと聞いた所、例の病気で重体になっていた患者が突然発狂、傍にいた将兵に襲い掛かった為に止む無く発砲、射殺したとの事。

 この時点で症状を問わず発病している者は所内の三割近くに達し、伝染病の疑い在りとして医療対策班が急遽結成される。

 症状が悪化して昨日から寝込んでいる安部少尉の安否が気づかわれる。

 

皇紀弐六〇壱年 六月二十日

 一昨日以来、発病者がまるで魍魎が如く人に襲い掛かる件が本日で五件を数える。

 異例の自体故、我々も医療対策班に組み込まれ、初めて患者を見る。

 体の各所が腐り、うめく様はまるで屍鬼が如く、腕を掴まれた時の異常な握力はとても病人とは思えず。

 その上、我らの目前でいきなり発狂した患者が医師の一人に襲い掛かる。

 気付いた時にはすでに医師は絶命、その腸を引きずり出し貪り食らう様は妖魔その物。

 何らかの呪詛の可能性も考慮し、性急な対策が必要と思われる。

 なお、この日を持って発狂した患者は即時射殺が申し渡される。

 

皇紀弐六〇壱年 六月二十五日

 とうとう患者の半数以上が発狂、感染率は四割近くに達していた為、射殺もままならず所内は逃げる生者と幽鬼が如き死者がたむろする地獄と化す。

 指揮権を持つ将校とも連絡が取れず、とにかく生存者を集めて倉庫に立て篭もる事にする。

 逃げ込めた物はたった十名足らず、残るは幽鬼と化したかその幽鬼に食われた模様。

 残った人員で脱出を計画する。

 

皇紀弐六〇壱年 六月二十六日

 脱出経路を確保しに赴いた者達が幽鬼に襲われ、同行した盛芽ただ一人を除いて全滅。

 盛芽自身も重傷を負い、早急な治療が必要なるも薬品、器具双方無い為に応急処置に留まる。

 十年近く我に仕えてくれた者を失いたくはなき故に徹夜で看病する。

 すでに生存者、五名。

 

皇紀弐六〇壱年 六月二十七日

 生存者の一人、オズウェル博士により衝撃の事実が判明。

 この地獄絵図は研究されていた未知の細菌の変異体が感染する事によって引き起こされると断定される。

 所内には幽鬼のみならず、奇怪な怪物や巨大化した虫のような物まで跋扈する様がその裏付けとの事だが、それならば盛芽もすでに感染している恐れ有り。

 当人は射殺をほのめかすも、我の独断でそれを却下。

 更にオズウェル博士の進言により、しばし様子を見ながら治療法の確定に乗り出す。

 

 

 

『…………』

 

 訳を読み終えた者達に重い沈黙が下りる。

 やがて、おもむろにクリスが重い口を開いた。

 

「残りを訳すのにどれ位掛かる?」

「………最厳重用の暗号が残るページ全部だからな。急いでも半月以上は………」

 

 そこでページをめくっていたレンの手が止まる。

 

「何箇所か場所を指し示しているのが有るな。ひょっとしたら重要な手がかりが有るかもしれないな」

「アンブレラの秘密研究所とか?」

 

 何気無いシェリーの一言にレンは小さく頷いた。

 

「アンブレラがこの事を知っている可能性は?」

 

 レオンの問い掛けにレンは少し考え込む。

 

「おそらく無いな。多分陰陽僚の封印書庫に有ったのを偶然発見したんだと思う」

「今、アークはイタリアに居るって言っていた。ひょっとしたらあいつもこの事を探っているのか?」

「判っている部分だけでも送っておいたら?」

「いや、下手な連絡手段で内容を知られるとまずい、ジルにで持っていってもらおう。最大の問題は未解読の部分に何が書いてあるかだ」

 

 クリスの言葉に、全員の間に重い緊迫感が落ちた。

 

「……詳細は不明、しかも解読出来るのはこの重体の上に丸腰でその上殺し屋最低二名以上に狙われているサムライだけ………」

「……最悪」

 

 いつの間にか、全員の視線はレンへと集まっている。

 その当人はさして気にした様子も無く、ノートの内容をチェックしている。

 

「すぐに部屋を移して警備の人員を増やそう。大至急だ」

「出来れば予備の武器を持って来てほしいんだが」

「絶対安静!」

「解読手伝います」

「日本語と陰陽五行が分かるか?」

「一週間あれば覚えられます」

「………忙しくなりそうだな」

「ああ……………」

 

 

 

 

一週間後 イタリア

 

 郊外のカフェで昼食を取っていた男の前に、一人の女性が現れる。

 

「いい天気ね」

「午後から降るそうだが」

「傘を用意した方がいいかしら」

「風が吹かなければな」

 

 一連の暗号符丁のやり取りの後、女性―ジルは男―アークの向かいの席に腰を降ろした。

 

「レオンから話は聞いている。最重要機密を入手したって?」

「ええ。ツチミカド テンゼンという名前に心当たりは?」

 

 その名を聞いたアークの顔が僅かに緊張する。

 

「何処でそれを?」

「この間参戦したサムライがその人物が所属していたのと同じ組織に入っているらしくてね。彼が残した手記が発見されたの」

「何…」

 

 アークが思わず驚愕の声を出しそうになるのを必死に堪える。

 

「暗号で書かれてるらしくて、現在解読中だけど、分かっている部分はここに」

 

 手渡された資料をアークは手早く目を通していく。最後の行を読み終えると、彼は大きく息を吐いた。

 

「間違いない。今オレが追っているのはこの人物の足跡だ。未確認だが、彼はアンブレラのかなりの部分まで把握していたらしい」

「手記には秘密研究所の場所らしき物まで書かれているらしいわ。ただ解読にはしばらく掛かりそうだけど…………」

「こっちも重要情報が有る。前に話したHCFの暗殺者は、すでに病院内にいる」

「!」

「正確にはHCFの襲撃の前から病院内にスパイとして潜り込んでいたらしい。分かっているのはファントムレディというコードネームだけだ」

「すぐに知らせないと!」

「注意した方がいい。潜入工作のスペシャリストとの話だ」

 

 焦りながらも、ジルは連絡用の衛星電話のボタンを押した。

 

 

 

「クリスだ」

『クリス!大変よ!』

「ジルか。どうした?」

『HCFのスパイが病院にいるらしいの』

「………やっぱりか」

『気付いてたの?』

「この間の襲撃がやけに手際よかったんでな。オレ以外にも勘のいい奴は何人か気付いてるだろう」

『アークが調べた限りでは、ファントムレディっていうコードネームしか分からなかったらしいわ、特定は出来る?』

「いや、それとなく医者、看護婦、出入りの業者まで探って見たが、全員半年以上も前からここに出入りしている。ここの院長とSTARSの関係を知ってだいぶ前から潜り込んでいたらしいな」

『………そう。とりあえず持ってきたデータは役に立ちそうよ』

「残りは解読を急がせてるが、思ったよりてこずっているらしい。後半は予想通りT―ウイルスの追跡行になってるらしいが、詳細は今だ未解読だ」

『何だか、あのサムライが来てから急に慌しくなったような気がするわ…………』

「そうだな。だが、今じゃ間違い無くあいつがSTARSのトップガンだ。失う訳にはいかない」

『そうね。取り合えず、予定通りしばらくこっちでアークのアシストに回るわ』

「ああ、頼んだぞ」

「ジルからか?」

 

 背後から掛けられた声に、携帯電話の電源を切りながらクリスは振り返る。

 そこには、背中にレミントンショットガンを背負ったバリーの姿が有った。

 

「ああ、無事接触できたそうだ」

「そうか、まあ向こうは向こうで頑張ってもらうか」

 

 バリーはそう言いながら周囲を見渡す。

 割れたガラスが片付けられただけの病院内のロビーには、重火器を持ったSTARSメンバーが警備の名目の元うろついている様は、まるで最前線の軍事基地を思わせた。

 

「そういえば、屋上で見つかった妙な機械の報告がスコットランドヤードから来てたが、見たか?」

「いや、まだだ」

「オレもざっと目を通しただけだが、なんでも強力な低周波の発信機らしい」

「低周波?」

「なんでも超音波の一種で、レベッカが言うにはそれを使ってあの小さなBOWを制御していたんじゃないかって話だ」

「そんな物が開発されてるとはな。一度BOW用戦術を見直す必要が有るかもしれんな」

「かもな。まあ、あのサムライには必要無いだろうが」

「全治してればな。オレが入院してた時だってここまで警戒してなかったが………」

「………来るとしたら、そろそろか?」

「だろうな…………」

 

 

 

その日の夜

 

 一人の看護婦が、医療用カートにコーヒー入りのサーバーと複数のカップを載せて、物静かな廊下をカートを押しながら歩いていた。

 やがて、廊下の突き当たりにある部屋の前て立ち止まった彼女は、その部屋の前に立っている人物へと声を掛けた。

 

「毎日ご苦労様ですね」

「お、レイラさん。また差し入れですか」

 

 その部屋、手術室の前に立っていたSTARSメンバーの一人が、顔なじみとなったその看護婦に気軽に挨拶しながら、カートの傍へと近寄った。

 

「あんたも物好きだな。他の看護婦のほとんどは辞めるか他所に行っちまったってのに」

 

 同じく手術室の前で警備に当たっていたバリーが苦笑を漏らしながら、彼女の注ぐコーヒーを見つめる。

 

「怖くないって言ったらウソになりますけどね。患者をほっとく訳にもいきませんし、それにいざって時はまた皆さんが助けてくれるでしょ?」

「どおだかな。ひょっとしたらこの中のサムライを先に助けようとするかもしれないぞ」

「だったらそれより先に逃げ出しますよ」

 

 それを聞いた警備の二人は一頻り笑った後、彼女の入れてくれたコーヒーに口を着けた。

 ここ数日で定例になっている差し入れ、のはずだった。

 だが、そのコーヒーを飲んだ二人の手から、カップが滑り落ちる。

 陶器に似せた特殊セラミック製のコーヒーカップは床に落ちてもさして大きな音を立てない。

 それを見た看護婦の顔には、先程までの笑顔が消え失せ、今まで院内では誰にも見せた事の無い冷徹な表情へと変わっていた。

 

(第一段階は成功)

 

 その看護婦―HCFのスパイ“ファントムレディ”は手早く床にこぼれたコーヒーを拭き取り、カップをカートへと戻した。

コーヒーに入れておいた薬品は一時的に服用した者の意識を短時間だけ喪失させ、擬似的な記憶喪失状態へと陥れる事が出来る代物だった。

 警備の二人が突っ立ったまま、目を虚ろな物にさせているのを確認した後、彼女は手早く手術室の中へと潜り込んだ。

 薄暗い手術室の中、本来なら手術用のベッドに横になっている人影を発見すると、ポケットからボールペンに偽装してある小型拳銃を取り出す。

 その小ささの割に完全なサイレンサー機能まで備えているHCFの最新装備を手にした彼女は、無言でそれを人影の首筋に押し当て、スイッチ型のトリガーを押した。

 コーラの口を開ける程度の小さな発砲音の後、人影の生死を確認しようとした途端、突然手術灯が完全点灯する。

 

「そこまでだ、ファントムレディ」

 

 眩しさに目が眩みながらも、彼女は後ろを振り返る。

 そこには、こちらに銃口を向けているクリスを筆頭にしたSTARSメンバー達の姿が有った。

 

「残念だけど、それは外れよ」

 

 クレアの一言で彼女は後ろを振り返る。先程銃弾を撃ち込んだのはなんと医療練習用のダミー人形だった。

 

「馬鹿な………ここが一番警戒が厳重だったはず………」

「警戒はな。悪いがサムライの案でな、自分の居る所は一番警戒を薄くしてくれとさ」

 

 自分が完全に罠にはまった事を悟ったファントムレディは強く歯を噛み締めながら、黙って両手を上に上げようとした。

 

「両手を上げさせるな。何か仕込んでいる事が有る。靴にもな」

 

 そこで、突然後ろから聞こえてきた声にクレアが振り返ると、そこにはまだ両腕にギブスを付けたままのレオンの姿が有った。

 

「レオン!まだ寝てなきゃ!」

「いや、寝てもいられないんでな」

 

 クレアの脇からファントムレディの方へと近寄ったレオンは、厳しい目で彼女を見つめた。

 

「悪い事は言わない、投降してくれ。ファントムレディ………いや」

 

 そこでレオンは一呼吸置くと、懐かしい名前を呼んだ。

 

「…エイダ」

「!?」

 

 その名前を聞いた事の有るクレアが、驚愕の表情でレオンとファントムレディ―エイダの両方交互にを見た。

 

「………エイダ・ウォンは死んだわ。五年前に」

「じゃあなんて呼べばいい?レイラ・フォウリー?アキラ・マドック?それともキム・カーリン?」

 

 今まで使った事の有る偽名を次々に並べられたエイダが、僅かに驚きの表情を浮かべると、次には呆れたような笑みを浮かべた。

 

「いつから、気付いてたの?」

「生きているのは二年前から知っていた…………もっともここに居るって気付いたのは、ほんの数日前からだがな」

「あなたの所にだけは行かないようにしてたのが、逆効果だったみたいね」

 

 自嘲的な笑みを浮かべた次の瞬間、彼女の手の中に飛び出し式のトラッパーガンが現れた。

 

「ばれたからには、こうするしかないの」

 

 エイダがその銃を自分のコメカミに充てる。

 

「待て!エイダ!」

「今度こそサヨナラ、レオン」

 

 エイダがトリガーを引こうとした瞬間、突然背後の手術用ベッドが上へと跳ね上がる。

 驚いたエイダが振り返って銃をそちらに向けようとした時、そのみぞおちにスタンガン付きの拳が叩き込まれた。

 

「か、はっ……」

 

 肺から空気を漏らしながら、エイダが床へと崩れ落ちる。

 その体をベッドの下に潜んでいた人物―シェリーが受け止めた。

 

「………シェリー、昨日から見かけないと思ったら、ひょっとしてずっとそこに?」

「うん」

 

 エイダを取り合えず床へと横たえながら、シェリーがさも得意そうに応える。

 

「レンが、多分来るとしたそろそろだから念の為にって」

「……………」

 

 よく見ると、ベッドに掛けられていたシートの影になっていたベッドの真下には、ノートパソコンやライト、果ては毛布や空になったカンパンの缶やチョコバーの包み紙等が影からはみ出さないように散乱していた。

 皆が呆れて絶句している所へ、薬の効果が切れたらしいバリー達が室内へと入ってきた。

 

「死んだのか?」

「気絶させただけよ」

「で、どうする?」

「取り合えず警察に引き渡そう。取調べは後からだな」

「……悪いが、彼女の事はオレにまかせてくれないか?」

 

 レオンの突然の提案に、クリスはしばし考えた後、小さく頷いた。

 

「……いいだろう。もっとも怪我が治ってからになるがな」

「来週にはギブスも取れるそうだ。そうしたら彼女を説得してみる」

「じゃあ頼む」

 

 気絶しているエイダが他に武器を持っていないかボディチェックした後、バリーが彼女を担ぎ上げる。

 

「これで半分は片付いたか」

「あと、最低一人か…………」

 

 

 

「そうか、上手くいったようだな」

 

 次の日の朝、死体安置室に置いてある司法解剖用のベッドに寝ながら、レンは事情を聞いていた。

 

「そりゃ、普通はこんなとこに好き好んで寝ているとは思わないでしょうけど」

 

 室内に本来の住人(ようは死体)が居ないとはいえ、普通の人間ならば無闇に近付かない場所を病室に選んだレンの神経を少し疑いながらも、ミリィはレンの包帯を取り替えていく。

 

「スパイが居るらしい事は気付いてたが、まさかレオンの知り合いとはな」

「詳しい事はオレも知らない。レオンは、ただ五年前のラクーンシティで知り合ったとしか教えてくれなくてな」

 

 事情を説明していたバリーが首を傾げる。

 

「あまり言いたくない間柄って事だろ。本人が言いたがらないんじゃ、無理に聞く必要も無い」

 

 素っ気無く言いながら、レンは枕元のカート(本来は手術道具用)に載せておいたレポート用紙をバリーへと手渡す。

 

「昨夜まで掛かってようやく前半は訳せた。案の定生き残りの中にオズウェル・E・スペンサーの名が有った」

「そこまではいい。問題は後半部分だ」

 

 レンは同じくカートに載せておいた古びたノートを手に取る。

 

「残りはいきなり年号が戦後に飛んでる。まだ途中だが、戦後になって例の事件の事を気にした彼は、趣味の旅行という事にして世界中を飛びまくって調べていたようだな」

「………そして、アンブレラとT―ウイルスに辿り着いた」

「恐らくは」

 

 バリーの推論に、レンが短く同意を示す。

 

「まさしくレンの先輩って訳ね」

「違うのは、当時彼以外T―ウイルスを追っていた人間は居なかったって事だ。彼には力は有ったが、仲間はいなかった。五年前のオレには力が無かった。……今のオレには、力と、頼れる仲間がいる………」

「ああ、そうだな」

 

 いつの間にか真剣な表情をしていたレンを見たバリーが、小さく笑みをこぼす。

 

「はいはい、とにかく今は力よりも絶対安静ね」

 

 包帯を替え終えたミリィが少し呆れた顔をしながらも、レンの腕に点滴の針を刺す。

 

「そうだ、その力が届いてるぞ」

 

 バリーはアメリカ名義となっている小包を、レンへと手渡す。

 

「完成したか」

 

 送り主がジョー・ケンド名義となっているのを確かめたレンが、手早く包装を解いていく。その中にはSTARSのエンブレムがプリントされたガンケースが入っていた。

 

「例の特注品か」

「ああ」

 

 ガンケースを開けると、そこにはサムライエッジを一回り大きくしたような、見た事も無い銃が収められていた。

 

「ベレッタ……じゃないな。45口径?」

「ああ、パーツのほとんどは知り合いの刀鍛冶に作ってもらった。45口径でサムライエッジ並の扱いやすさを保てないかと注文しておいたからな」

 

 銃を手に取って握り具合を確かめていたレンがその顔に微笑を浮かべる。

 

「予想以上だな。45口径をここまでバランスよく作れるとは」

 

 そこで、レンはスライド部分に入っている刻印を見た。

 

「サムライソウル、それがこいつの名前か」

「まさしくの名前だな」

 

 ガンケースの中に入っていた弾丸をマガジンへと込め、マガジンを銃へと入れると装弾せずに銃を構える。

 

「装弾数は十発か。後は撃ってみなくちゃ分からないか………」

「ええ、そうね」

 

 ミリィが笑顔のまま、その手に備品固定用のチェーンを握り締めた。

 

 

 

数日後

 

「やっぱり何もしゃべらないか………」

「らしいぞ。毎日の様にレオンの奴が無理して警察まで行ってるらしいんだが」

 

 一応退院許可が出ると同時に、院内の警備に廻されたカルロスからの話を、レンは解読の手を一時的に休めて聞いていた。

 

「レオンの奴も、いくら昔の女だからって、スパイが早々しゃべってくれるとでも思ってるのかね」

「さあな。まあ、そっちの方はまかしておけばいいだろ」

「それと、さっきから気になってたんだが…………」

「何だ?」

「お前、そういう趣味があるのか?」

 

 カルロスが指差した先、レンの下半身は細いチェーンでベッドに完全に固定されていた。

 

「これか、この間届いた銃を試射していいかとミリィに言ったらこうされた」

「………無敵のサムライも女には弱いか」

 

 カルロスはボソリと呟くと、深い溜息を吐いた。

 

「そういえばスミスは?」

「ああ、あいつだったらあちこちの骨董屋でカタナ探してる」

「無駄だと言っとけ。安物じゃ光背一刀流の技に耐え切れん」

「さっきムラマサとかいうカタナ見つけたからこれから交渉するって電話が……」

「今すぐ辞めさせろ。おそらく99%の確立で贋物だ」

「おいレン!いい物有ったぞ!」

 

 そこへ、嬉々とした顔でスミスが室内へと入ってきた。

 

「遅かったか…………」

「そうだな………」

「?何が?」

 

 レンは無言でスミスから刀を受け取ると、少しだけ鞘から出して即座に収めると無造作にスミスへと返した。

 

「幕末に大量生産された安物の贋物だ。今すぐ返してこい」

「え?でも場繋ぎぐらいには……」

「多分大技一撃で折れる。危なくて使えるか」

「あ、そ………」

 

 スミスがすごすごと刀を手に部屋を出て行く。

 

「そういえば、もう片方の殺し屋ってのもそろそろ来るんじゃねえのか?」

「警戒がきつい間は来ないかもしれんな。わざわざこっちが治るのを待っててくれるような連中とも思えんが………」

 

 ふと、そこでレンの脳裏にある人物が浮かび上がった。

 

「まさか、な………」

 

 

 

更に一週間後

 

「来ねえよな~………」

「諦めたんじゃねえの?」

 

 レンの隣のベッド(無論司法解剖用)に腰掛けながら英訳を手伝っていたスミスのボヤキに、スミスの左義腕を整備しながらカルロスが応える。

 ファントムイレディの暗殺未遂以来、何の進展も見せない状況に、全員が疑問を感じ始めていた。

 

「ま、怪我も治ってきたし、解読は進んでるしで悪い事はねえけど」

「動くな、こんな複雑なの整備した事ねえんだ。ただでさえ見た事無い動力で動いてやがるし………」

「わりい、わりい」

 

 医療用ルーペで覗き込みながら、内部の結線と特殊金属製の人工筋肉をチェックしていたカルロスの注意に、スミスは謝りながらも姿勢を正す。

 

「取り合えず、三分の二は訳し終えたな」

「内容は?」

 

 レンが解読の終えた部分をスミスへと手渡す。

 

「大した物だ。終戦後のイタリアから始まって、ドイツから南米、そこからオズウェル博士とT―ウイルスを追って北上。まさかラクーンシティの研究所を三十年以上も昔に突き止めてたとはな」

「だけど、ここに書かれている研究所のほとんどがもうSTARSかHCFの手によって壊滅させられてるけどな…………」

「ま、そんなに昔のじゃ仕方ないだろっ、と」

 

 義腕のチェックを終えたカルロスが目に付けていたルーペを外す。

 

「さてと、自爆装置とギミックガン、どっちを付けとく?」

「いらん!」

 

 スミスが手早く左腕を引っ込める。

 

「ちっ、せっかく作ったのに」

「そういうの作ってる暇あったら、もう少し実のある事をしとけ」

 

 レンが呆れてる所へ、携帯の着信音が鳴り響いた。

 

「はい、スミス…ってミリィか。レンに?」

 

 スミスが懐から出した携帯電話をレンへと手渡す。

 

『あ、レン?あなたに見舞いって人が来てるんだけど』

「見舞い?」

『………ここの場所、家族にすら教えてないはずよね……』

「どんな奴だ?」

『タキシード着てステッキ持った手品師みたいなおじいさんなんだけど』

「!!」

 

 それを聞いたレンの頬を、一筋の汗が流れ落ちた。

 

「ああ、オレの知っている人だ。こっちに通しておいた方がいいだろう」

『そう、分かったわ』

 

 電話が切れると同時に、レンは真剣な表情でスミスとカルロスを見た。

 

「スミス、この戒めを解いてくれ」

「その手錠と鎖か?勝手に解いたらオレがミリィに怒られるんだが………」

「カルロスはシェリーに戦闘準備をするように言っておいてくれ。オレ以外で銃に頼らない戦闘手段を持っているのはアイツだけだからな」

「おい、見舞い客じゃ…」

「後で説明する」

 

 後が有ればな、とはあえてレンは言わなかった。

 

 

 

「レン、連れて来たわ…って何勝手に外してるの!」

 

 ミリィの怒声に反応したスミスが身を縮こませるが、レンは無言でミリィが連れて来た初老の男性を見ていた。

 

「まさか、あんた程の人が来るとはな……シャドウ・ジェントルマン(影の紳士)」

「こちらとしてはあなたの回復をもう少し待ちたかったのですがね」

 

 レンの傍へと近寄りながら、初老の紳士は手に持っていたステッキを軽く持ち上げ、次の瞬間にはそのフォルムが微かに揺らいだ。

 何が起きたかを周囲の人間が理解する前に、レンの手首に掛かっていた手錠の鎖が中央から分断される。

 

「やっぱ、こいつは………」

「“シャドウ・ジェントルマン”、リーヴィング・ステートマン。オレの知ってる中でも最強の暗殺者だ」

「!」

 

 それを聞いたスミスが、ホルスターから瞬時にしてゾンビバスターを取り出すと発砲。

 が、弾丸は僅かに首を傾げた暗殺者の先程まで顔のあった位置を通り過ぎる。

 

「なかなか怖い物を使いますな。だが…」

 

 暗殺者はステッキを一振りする。すると、そこから鮮やかな木目を思わせる刃紋を持った刃が飛び出してきた。

 

「当たらなくては意味は無い」

 

 スミスが次弾を撃とうとするより速く、暗殺者の体が予想以上の速さで間合いを詰め、刃を突き出した。

 

「がっ!?」

 

 正確に義腕の付根を貫かれたスミスが、驚愕の表情を浮かべながら傷口を押さえる。そこからは血とオイルの入り混じった液体が溢れ出した。

 

「……さすがだな。二十年前師匠と引き分けた腕前はそのままか」

 

 スミスの手によって緩められたチェーンから足を引き抜きながら、レンはそっと枕に手を伸ばす。

 

「なるほど、彼の弟子でしたか。彼はお元気で?」

「ああ、早々と息子に跡目継がせて楽隠居決め込んでる、よ!」

 

 レンが掴んだ枕をいきなり暗殺者に向けて放り投げると同時に、その下に有ったサムライソウルを枕越しにポイントする。

 立て続けに発射された45ACP弾が枕を貫き、ターゲットへと迫るが、すでにそこにはターゲットはいなかった。

 

「その程度のトラップに引っかかるとでも?」

「いや……」

 

 すぐ真横から聞こえてきた声に怯えもせず、レンはサライソウルを降ろす。

 その時、開け放たれた扉が閉まる音に、走り去っていく足音が重なった。

 

「なるほど、あのレディに応援を呼ばせる為ですか」

「いや、あいつがいるといつドクターストップ掛けられるか分かった物じゃないんでな。それに、あんたの狙いはおそらくオレ一人なんだろ?」

「その通り」

 

 暗殺者は小さく笑うと、レンの正面へと向き直りながら、おもむろに手にはめていた手袋を脱ぐと、レンへと放り投げる。

 

「お相手願いましょうか、STARSのサムライ………」

「いいだろう……」

 

 宙を飛んできた手袋を受け取ったレンは、ベッドの脇に置いてある結局スミスが返し損ねた安物の刀を手に取る。

 

「大丈夫か?レン?」

「さあな」

 

 心配そうにこちらを見ているスミスに、レンは短く答えながら刀を抜くと、鞘を投げ捨てる。

 

「おや、あなたの流派は居合い抜きが得意技では?」

「生憎と安物でな。オレの技にどこまで持つか………」

 

 レンは右手で刀を正眼に構えると、それと交差するようにサムライソウルを握った左手を刀の峰に添える。

 

「いざ、参る」

 

 次の瞬間、二人の間を無数とも思える銀光が交差する。

 甲高い金属音が鳴り響き、それが一段落したと思った瞬間、レンの体のあちこちから血が滴り落ちる。

 

「レン!」

「五撃か。思ってたよりは少ないか………」

 

 受け流し損ねた回数を冷静に数えながら、レンは滴り落ちる血を拭いもせず、暗殺者との間合いを微妙に摺り足で調整する。

 

「さすがですな。もう少し入るかと思ってたのですが………」

 

 暗殺者はステッキソードを一振りすると、それを前へと突き出すフェンシングの構えを取る。

 

「楽しませてもらえそうですな」

「失望はさせないさ」

 

 レンは刀を八双に構えながら、瞬時にしてサムライソウルを構えると発砲。

 しかし、完全に射線が見切られている弾丸はかわした暗殺者の脇を虚しく通り過ぎる。

 僅かに体勢の崩れた一瞬の隙を狙ってレンが間合いを詰めながら、刀を横薙ぎに振るう。

 暗殺者はそれを刃を下に突き立てるようにして受け止め、そのまま上へと跳ね上げる。

 レンが刀を構え直すよりも速く、暗殺者の刃がレンの胴を横薙ぎする。

 とっさにレンはバックステップでそれをかわすが、その後に斬り裂かれた患者服と血が宙を舞っていた。

 

「純粋にスピードだけならフェンシングが世界最速と聞いていたが、間違いじゃないようだな」

「いやいや、それに反応出来るあなたも大した者ですよ」

 

 再び間合いを空けながら、レンが刺突の構えを取ると、相手もそれに応じるように構える。

 次の瞬間、刃が無数に分裂したかと思わせるような無数の刺突が両者の間を交錯し、正確に突き合わされた剣先の奏でる無数の金属音が周囲に鳴り響く。

 最後に一際大きな金属音が響いたかと思うと、お互いの剣先を突き合わせた状態で、鍔迫り合いに入る。

 

「《烈光突》と互角か………」

「どうでしょうか?」

 

 極めて奇妙な鍔迫り合いから、レンの剣先が僅かに前に出る。が、次の瞬間レンは刃を横へと弾かせながら後ろへと飛び退る。

 

「剣士の差を決めるのは技術と剣。残念ですが、あなたの技量ではその剣が追いついていないようですな」

 

 レンが無言で刀を見る。剣先から少し下がった部分に一筋のヒビが入っていた。

 

「やっぱり安物は使うもんじゃないな」

「そのカタナが折れるのが先か、決着が先か。私としては前者はつまらない限りですがな」

 

 再び膠着状態に入ろうとした時、扉が破らんがばかりの勢いで大きく開け放たれた。

 

「そこまでだ!武器を捨てて地面に伏せろ!」

 

 バリーを先頭にしてなだれ込んできたSTARSメンバー達が、一斉に銃口を暗殺者へと向ける。

 

「やれやれ、剣士の決闘を邪魔するとは無粋な方々ですな」

「黙れ!早く武器を捨てろ!」

 

 バリーの恫喝に、暗殺者は呆れたような顔をしてステッキソードを下げる。

 

「!まずい!」

 

 唯一それが降参の意で無い事を悟ったレンが攻撃するよりも早く、暗殺者の体が微かに揺らぎ、次の瞬間にはなだれ込んできたSTARSメンバー達の真横へと現れる。

 

「な!?」

 

 ウェスカーの超スピードとも違う、全く無駄の無いフットワークで瞬時に移動した暗殺者は文字通りの目にも止まらない速さで刃を連続して突き出す。

 

「このやろ!」

 

 そちらを向いたSTARSメンバー達が次々とトリガーを引くが、半数は弾丸が出ず、残る半数は最初の一発で打ち止めとなる。

 

『!?』

 

 慌てて全員が自分の銃を確かめると、ハンドガンのハンマーが、ショットガンのマガジンチューブが、ライフルのロアレシーバー(マガジンを入れておく部分)がいつの間にか破壊されていた。

 

「銃とは悠長な物です。トリガーを引き、ハンマーが落ち、炸薬が爆発し、それが弾頭を押し出して初めて攻撃となる。のろいかぎりですな」

「黙れ!」

 

 何人かが腰のホルスターから予備の銃を抜こうとするが、暗殺者の手が翻ると同時に、切り離されたホルスター毎銃が床へと落ちた。

 

「無駄というのがまだ分からないのですか?」

「知るか」

 

 小さく呟きながら、暗殺者の背後へと回り込んだレンが袈裟懸けに刀を振り下ろす。

 そちらを見もせずに、暗殺者はステッキソードを持ち上げてその斬撃を防いだ。

 

「後ろから不意打ちですか。卑怯と言うべきか、実戦的と言うべきか」

「気付いている相手にやるのは不意打ちとは言わないだろ」

 

 しばし鍔迫り合いを行った後に、二人は素早く離れる。

 距離が開くと同時にレンはサムライソウルを連射するが、暗殺者は僅かに身を逸らしてそれを避ける。

 

(あと、五発……)

 

 冷静に残弾数を数えながら、レンはこちらを見ているスミスの方に足元の空薬莢を小さく蹴りながら僅かに目配せする。

 その意図に気付いたスミスが血まみれの手を拭いながら、慌ててサムライソウルのスペアマガジンをベッドの下に有ったガンケースから取り出し、弾丸を込めていく。

 

「なるほど、あなたは師とは全く違うタイプの方のようだ。彼は猛々しい虎のような方でしたが、あなたはあくまで回りの状況を冷静に把握し、的確に相手を追い詰めていく。さしずめ豹といった所ですかな」

「動物占いじゃキタキツネと出たけどな」

「狐にしては獰猛過ぎるでしょう……」

「確かに………」

 

 お互いの顔に笑みが浮かぶと同時に、双方が前へと進み、一瞬にして交錯する。

 その僅かな間に、両者の間で無数の金属音が鳴り響く。

 間合いが広がるより速く、レンは強引に体を切り返す。相手が振り向くと同時に、その心臓目掛けて全力の刺突を繰り出す。

 それが相手の体に到達するほんの数cm手前で突如としてその軌道上に相手の剣が出現、その軌道を的確に逸らす。

 再度お互いが交錯する瞬間、レンはサムライソウルを暗殺者の即頭部にポイント、すかさずトリガーを引くが、発射された弾丸はコンマ数秒のタイムラグを持って、下へと沈んだ頭部のかつて有ったはずの場所を通過する。

 お互いの体が離れる瞬間、無防備になったレンの背中を暗殺者の刃が斬り裂いた。

 

(やばいな………)

 

 振り返ったレンの額を、急激な運動による物とは違う汗が流れる。

 

(ウェスカーの時はまだしも互角だったが、今はこっちが俄然不利か)

 

 レンが隙を見せないようにしながら、ちらりと刀を見る。明らかに先程よりもヒビは大きくなっていた。

 

(見切りも技術も経験も、そして得物も向こうが上か。師匠と戦った時は、お互いの得物が同時に折れたせいで引き分けになったという話だったが………)

 

 レンが相手の様子を注意深く観察する。年齢のせいか、僅かに発汗している様子は有ったが、他に何らこちらの有利となる要素は見当たらなかった。

 

(ダマスカス鋼(ナイフ等に用いられる特殊鋼)の刃相手じゃ、おそらくこの刀が持つのはあと僅か…………一気に決めるしかない!)

 

 レンは覚悟を決めると、瞬時にしてサムライソウルを構えて残弾を速射する。

 それが自分を狙っていない事に気付いた暗殺者が訝しく思った瞬間、放たれた弾丸はそのすぐ後ろにあった医療用酸素ボンベを撃ち抜く。

 急激的に漏れた酸素に相手が気を取られた瞬間、レンはベッドを台にして天井ギリギリまで跳ね上がる。

 

「あああぁぁぁぁ!!」

 

 雄叫びと共に、刀を大上段に構える。それに気付いた暗殺者が驚異的な速度で刃を頭上にかざす。だが、そこにはなんの手ごたえも無かった。

 

(掛かった!)

 

 大上段に構えたまま、それを振り下ろさなかったレンが、暗殺者のすぐ手前に着地する。

 その反動を全力まで生かしながら、レンは最下段から跳ね上がるようにして刀を振り上げた。

 間に合わない事を悟ったのか、暗殺者はステッキソードの柄をその軌道上にかざす。

 刃と柄が激突した瞬間、砕け散ったのは刃の方だった。

 

(!柄もダマスカス製!!)

 

 自分のミスをレンが悟った時、駄目押しとばかりに暗殺者の刃がレンの手の中に残っていた柄尻を貫く。

 今までの激闘で限界に来ていた刀は、レンの手の中で完全にスクラップとなって崩壊した。

 

「残念でしたな」

 

 暗殺者の渾身の刺突がレンの心臓を狙う。それが突き刺さる瞬間、何かがその軌道を遮った。

 

「……ほう、それは?」

 

 感嘆の声を上げながら、暗殺者は自らの刃を遮った物、弾切れを起こしているサムライソウルを見た。

 

「生憎とこいつは日本刀の製法で鍛えてある。ダマスカス鋼の刃でも貫けないぞ」

 

 かなり無理のある体勢で刃を防いでいたレンの言葉に、暗殺者は微かに口を笑みの形に歪める。

 

「だが、銃は剣ではありません」

 

 刃を引くと同時に、暗殺者が凄まじいまでの連撃を繰り出してくる。

 レンはサムライソウルでそれを次々と受け止めながらさばいていくが、明らかにじりじりと押されていった。

 

「レン!!」

 

 その時、突然響いてきた声と同時に暗殺者の体に影が掛かる。

 暗殺者がとっさに飛び退った空間を、完全武装したシェリーの飛び蹴りが通り過ぎた。

 

「受け取れ!」

 

 その一瞬の隙に、スミスが投げたマガジンをレンは受けとると素早く装弾する。

 その間も、シェリーは果敢に暗殺者を狙って攻撃を繰り出すが、その全てが完全にかわされていた。

 

「これはこれは、勇敢なレディだ」

「下がれシェリー!お前じゃ無理だ!」

「くっ……」

 

 連続のパンチからハイキックへと繋げる得意のコンビネーションを完全にかわされたシェリーが、レンの指示に従ってレンの傍に一旦下がる。

 

(いいかシェリー、お前に頼みたいのはあいつの相手じゃない)

(えっ?)

 

 シェリーにだけ聞こえるような小声の日本語の指示に、シェリーは覚えたての日本語で聞き返す。

 

(もしもの時、あれをお前の手で守れ)

 

 レンはベッドの上に置いてある、解読しかけの古びたノートに視線を送る。

 

(恐らくアンブレラはあれの存在に気付いた。だからあれを解読出来るオレを消したがっている。解読方法は教えたはずだ、いざという時はお前が残りを解読しろ)

「そ、そんなのダメ!!」

 

 シェリーが叫びながら、暗殺者に迫る。

 だが、彼女の攻撃はやはりかすりもしない。

 

「そんな殺気丸出しの攻撃ではプロには通用しませんよ、レディ」

 

 ハイキックの空振りの隙を突いて、ステッキソードの柄がシェリーの太股を痛打する。

 

「!!」

 

 激痛が走ると同時に、まったく同じ場所をレンに叩かれた事と、その時教わった事をシェリーは思い出した。

 激痛を意図的に無視するよう勤めながら、シェリーは蹴り足をそのまま中段の逆軌道へと変化させる。

 予想外の行動に暗殺者の行動は遅れ、結果そのミドルキックをモロに食らい、吹き飛ぶ羽目となった。

 

「…油断しました。そのレディ、サムライの弟子のようですね」

 

 骨でも折れたのか、ダラリと下がった左腕をそのままにして暗殺者は立ち上がる。

 

「心頭滅却、でしたか。精神力で身体感覚を制御する東洋の秘術。まさかそのレディも使えるとは……」

「買い被りだな!」

 

 隙を逃さず、レンはサムライソウルを連射した。傷の激痛の為か、一瞬反応の遅れた暗殺者の皮膚を弾丸が僅かにかする。

 

「本当の心頭滅却とはこういう物だ」

 

 レンは無造作に暗殺者へと歩を進める。それに反応した暗殺者が繰り出した刃へと向けて、レンはいきなり自分の右腕を突き刺した。

 

「いっ!?」

 

 ただ呆然と戦いを見ていたSTARSメンバー達が、レンの予想外の行動に目を丸くする。

 レンはそのまま腕に力を込め、筋肉で強引に刃を押さえ込みながら腕を捻る。

だが、弾性に富んだダマスカス鋼で限りなく薄く作られていた刃はしなやかに曲がっただけだった。

 

「残ね…」

 

 暗殺者が薄く笑みを浮かべながら刃を引き抜くよりも速く、レンはサムライソウルを刃の腹に押し付け、トリガーを引いた。

ダマスカス鋼の刃は零距離から発射された弾丸にも耐え、逆に刃の突き刺さっているレンの腕から血が噴き出す。

 傷口が広がるのも構わず、レンは次々とトリガーを引いた。三発目で刃に亀裂が入り、四発目でとうとう刃はへし折れる。

 

「なんと…………」

 

 へし折れたステッキソードを見ながら、暗殺者は驚嘆の声を漏らした。

 レンは腕に突き刺さったままの刃を口で咥えて抜くと、床へと吐き捨てる。

 

「さすがですな。師匠と同じ手を使う」

「何?」

 

 暗殺者の言葉をレンが理解すると同時に、ステッキが反転、そしてそこから二つ目の刃が飛び出す。

 

「一度食らった手には対策を講じる。セオリーでしょう?」

「確かにな」

 

 自分にピタリと向けられている刃を見ながら、レンは状況の打開策を考える。

 

(刀は無し、銃は撃っても避けられる………よって支援も期待出来ない。八方塞がりか?)

 

 視界を目前の刃から、周囲で手を出し損ねている仲間達へと移り、そこでちょうど暗殺者の背後となっている場所でスミスが大きく義腕を振り上げているのに気付く。

 

「おらぁ!!」

 

 気合と共に、スミスの義腕が床をフルパワーで殴りつけた。次の瞬間、地震のような衝撃が室内を揺るがす。

 

「!?」

 

 何が起きたか暗殺者が理解する僅かな隙に、レンは後ろへと飛び退り、サムライソウルを構えた。

 最後のチャンスに掛けて、レンは残弾を全て連射する。

 放たれた弾丸の一発はたたらを踏んでいた暗殺者の胸へと突き刺さるが、残るは全てかわされる。そして、その弾痕から血が全く流れ出さない事にレンは気付いた。

 

(防弾か!?)

 

 レンの手の中で、サムライソウルのスライドが後退したまま停止、最後の弾丸が尽きた。

 

「覚悟!」

 

 暗殺者の全力の刺突がレンを襲う。レンはサムライソウルで何とかそれを受け流すが、予想以上のスピードに流し損ねた刃がレンの脇をかすっていく。

 

「見苦しい限りですぞ」

「諦めが悪いんでね」

 

 矢継ぎ早に繰り出される刃は徐々にだが、確実にレンを追い詰めていく。

 とうとうサムライソウルが手の中から弾かれ、床へと転がった。

 

「チェックメイト」

 

 暗殺者が勝利を確信した時だった。

 

「使え!!」

 

 何処からかクリスの声が響くと同時に、一振りの日本刀がレンの方へと飛んできた。

 それがどんな刀を確かめもせず、レンはそれに向けて手を伸ばす。

 

「させません」

 

 狙いを変えた暗殺者の刃が刀を弾くべく、迫る。だが、一瞬速くレンの手が刀の柄を握り締めた。

 

「あああぁぁぁ!」

 

 そのまま、レンは全力を込めて刀を空中で抜刀する。引き抜かれた刃は、寸前まで迫った凶刃をしっかりと受け止めた。

 その時になって、レンはようやくその刀に見覚えが有る事に気付いた。

 

「大通連(だいつうれん)!?」

 

 それは、刃の半ば辺りまでが諸刃となっている、極めて珍しい作りの日本刀だった。

 そしてそれの所持を許されるのはどんな人間かもレンは知っていた。

 

「変わった刀ですな」

「御神渡家の副当主にだけ許される刀だ。どうやら師匠はとっとと帰って来いと言いたいらしいな」

 

 鍔迫り合いから、両者が同時に離れる。

 レンは足元に有った大通連の鞘の端を踏んで宙へと躍らせ、それを受け止める。

 

「条件は五分」

 

 レンは一度刀を鞘へと納め、抜刀の姿勢を取る。

 

「御神渡け…いや」

 

 名乗りを挙げようとしたレンが、ふと出掛かった言葉を言い直す。

 

「STARSメンバー、ミズサワ レン。お相手仕る」

「お受けしましょう」

 

 暗殺者もそれに応じて、大きく刀を引いた刺突の体勢を取る。

 そのまま、しばらくの間両者は微動だにせず対峙する。

 お互いの傷口から滴る血が足元に小さな血溜まりを作っていき、何らかの偶然で同時に血がその血溜まりに落ちた瞬間、両者は動いた。

 レンの右手がかすみ、大気を斬り裂きながら超高速の抜刀が繰り出される。

 暗殺者の手から、目にも止まらない速さで刺突が繰り出される。

 お互いがもっとも得意とする技が激突する。凶刃がレンの胴体に突き刺さる瞬間、ステッキソードの握った腕を超高速の刃が斬り落とし、そのままの勢いで暗殺者の体を斜めに斬り裂いた。

 

「お見事」

 

 呟いた暗殺者の口から、鮮血が溢れ出す。

 

「あんたがもう五歳も若かったら、勝てなかったさ」

 

 血刃をそのままに、レンは暗殺者の傍に佇む。

 

「年は取りたくない物ですな………」

 

 自嘲気味の笑みを浮かべながら、暗殺者は軽く咳き込む。

 

「依頼を受けた時の説明がようやく分かりましたよ………あなたは味方の力を何倍にも高め、いかなる強敵にも打ち勝てる者………紛れもないヒーローです……」

「買い被りだな。オレはそんな大層な存在になるつもりは無い」

「……」

 

 苦笑を浮かべて何かを呟いた暗殺者の瞳から光が失われる。それを見届けると、レンは刀を振って鞘に収めた。

 

「大丈夫!?」

 

 ミリィが慌てて駆け寄ると、応急処置を始めた。

 

「向こうの腕がよかったからな、かえって傷は浅い。それよりも、これは何処から?」

「ああ、実は空港の方のトラブルでだいぶ前に届いていたのが送られてなかったんだ」

 

 大通連を持ち上げたレンに、クリスが手短に説明する。

 

「そんなに凄いカタナなのか?」

「御神渡家に伝わる二振りの秘め刀の一本だ。鬼女が使ったとされる本物の妖刀だよ」

「動かないで」

 

 いささか興奮気味に話すレンにミリィが一瞥をくれんがら、少し手荒に包帯を巻いていく。

 

「とにかく、これでもう心配は無くなったか」

「いや、逆だ」

 

 バリーの言葉をレンが即座に否定する。

 

「向こうも最早手加減無しで全面攻勢に出てくる可能性がこれで出来た訳だ。出来れば、もう少し時間を稼ぎたかったが………」

「時間?」

 

 気が抜けたのか、それまで放心したように座り込んでいたシェリーがそれを聞いてピクリと反応する。

 

「シェリー、そこの一番最初の訳と水差しを取ってくれ」

「?」

 

いぶかしみながらも、シェリーはノートと共に送られてきたレポート用紙と水差しを取る。

 

「こっちの体勢が完全に整うまで誰にも教えない気だったんだが………」

 

 レンはレポート用紙を裏返すと、そこに水差しの水を垂らしながら五芒星を描いていく。

 

「何を…」

 

 その行動を興味深そうに見ていたSTARSメンバー達の前で、レンはレポート用紙の裏に分からないように貼り付けられていたトレッシングペーパー(書き写し用の極薄の用紙)を慎重に剥がした。

 

「見てろ」

 

 そのトレッシングペーパーに、レンは水差しの残っていた水を全部ぶちまける。すると、白紙だったはずのそこに文字と地図が浮かび上がった。

 

「こいつは!?」

「従兄が訳しておいてくれたのは最初と最後だったんだ。恐らくこれがアンブレラの本拠地だ」

 

 シェリーが間近までよって書かれている事の詳細を読み取っていく。

 

「西経78度9分、北緯88度………ここは、北極!?」

 

 STARSメンバー全員がイギリスから忽然と消えたのは、その四日後の事だった。

 


 
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