No.449203

その名はケイト

瑞本純さん

オリジナル。魔女見習いケイトの話

2012-07-08 18:23:43 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:185   閲覧ユーザー数:185

 
 

 活気に満ちあふれるこの地に、ケイト・クラードは足を踏み入れた。

 ケイトが物珍しげにきょろきょろとしていると、師匠は一喝し、ケイトの首根っこを掴んで引きずる。

「今日はただ遊びにきた訳じゃないんだ。分かっているね、ケイト」

「はーい。師匠の師匠に会いに来たんですよね」

「そう、お前の今の実力を見てもらう為にな」

 そう言うとケイトの師匠は、師匠の家に一足先に行っている、と言って、ケイトをその場に残した。

 これも修行の一環なのだ。

 師匠の魔力を辿り、そこへ箒で向かう。

 箒の扱いが苦手なケイトは集中していないとすぐ地面に落ちてしまう。更に魔力を辿るという事にも神経を使わねばならない。

 ほとんどの魔女ならできるが、ケイトはまだまだ見習い。

 とても簡単に、とは、いかない。

 ケイトは大きく溜息を吐くと帽子を深く被り直した。

 どうせすぐに魔力を辿る事ができない。それならば少しは祭りを楽しんでもばちは当たらないだろう。

 帽子の影の下でひっそりと笑った。

 ケイトのいた田舎町と違ってここはとても賑やかだ。

 様々な屋台に珍しい出し物。豪華なパレード。

 ケイトは目を輝かせ、街中を歩き回った。

 そう言えば今は何時頃だろう、とケイトが時計塔を見た瞬間、大気を揺らす爆発音が耳を劈いた。

 思わず閉じた瞼をゆっくりと開ければ、先程まで何事も無く聳え立っていた時計塔から煙が昇っていた。

 一瞬で阿鼻叫喚の街へと化した。

 民間人は逃げまどい、魔法使い達は火事を食い止めようと魔法を使う。

「時計塔が爆発したぞ!」

「早く逃げるのよ!」

「時計塔の近くの公園には子供達がいるんだ!」

 その言葉を聞き、ケイトはひらりと箒に跨る。

 時計塔まで遠い。走っていくより苦手な箒に乗って行く方が早いのだ。

 ケイトが箒に力を込めるとつむじ風が巻き起こる。魔力が注がれ、箒はゆっくりと浮き上がっていった。

「時計塔の公園まで! 行け! 相棒!」

 ケイトの声に呼応するかのように箒は空高く舞い上がった。

 先程までいた場所には帽子が転がっていた。

「うっわああああああ!」

 叫び声も虚しく、箒は上下左右と好き勝手に動き回る。それも尋常じゃないスピードで。

 ケイトは振り落とされないように必死に箒にしがみ付いた。

 時計塔はすぐ目の前だ。

 そう思った瞬間、箒は停止した。

 空飛ぶ箒無しに空中に留まれる筈は無く、ケイトは盛大な悲鳴を上げて真っ逆さまに落ちていく。

 幸い、落ちた所が葉に覆われた大木だったから擦り傷と打撲で済んだものの、大事な箒は真ん中でぽっきりと折れてしまっていた。

 ケイトは痛みに耐えながら、木から飛び降りると、そこが時計塔の近くの公園だと言う事に気が付いた。

 怯え、腰を抜かして動けなくなった子供達が視界に映る。

 いつ時計塔が崩れるか分からないこの状況、迷う暇さえもない。

 ケイトは子供達の元へと飛び出した。

 数人の子供達を抱え、この場を脱出しようとしたその瞬間、時計塔の崩落が始まった。

 瓦礫が落石のように降り注ぐ。

 一回目、二回目は避けられたものの、三回目はもう足の踏み場が無い。

 そして三回目の瓦礫がケイト達を目掛けて落下してきた。

 自分が犠牲になるだけなら腕の中の子供達を投げ捨てれば良い。

 だけど、崩落は止まらない。いつか子供達にも当たっていまうだろう。それでは意味が無いのだ。

 ケイトは子供達をその場に下ろすと、呪文を唱え、腕を前へ伸ばす。

 バリアーの魔法は苦手だった。一度も成功した事が無い。

 だが、ここは鍛錬じゃない。

 成功させなければならないのだ。

「私の全魔力使ってでも、この子達は護るんだから!」

 ケイトがそう叫んだ瞬間、目の前に分厚いガラスのような膜が出来た。

 成功したのだ。

 ほっとしたのも束の間。

 少しでも集中を切らすとバリアーは薄くなってしまう。

 早く瓦礫の落下が収まる事を願いながら、ケイトは唇を噛み締めた。

 どれ程時間が経ったのだろう。

「ケイト!」

 懐かしいとさえ感じてしまう師匠の声にケイトの意識は現実へと引き戻される。

「し、師匠……」

「お疲れ様。もう時計塔は崩れ落ちました。瓦礫が降ってくる事はありません」

 良く見ると、この場にはケイトと師匠しかいない。

 子供達は無事なのかと問いただしたかったが、衰弱したケイトは上手く言葉を紡げなかった。

 ケイトの言いたい事が分かったのか、師匠はにこりと笑って、無事ですよ、と一言だけ言った。

 ほっとしたケイトはそのまま意識を飛ばす。

 ケイトの身体を抱きかかえると、師匠は、ほっと息を洩らす。

「本当に、良く頑張りました」

 そう呟き、ケイトの頭に帽子を被せ、その場を去った。

 

 
 

 
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