フェイトとアルフはルビーの出鱈目さをほんのちょっぴりだが体験した。
い…いや…体験したというよりはまったく二人の理解を超えていたのだが……。
「あ、ありのまま起こったことを話すぜ?絶体絶命と思って覚悟をきめたら、何故か主従揃ってすっぽんぽんで温泉につかっていた。な、何を言っているか分からねーと思うが、二人共何をされたのかわからなかった」
「あ、アルフが何を言っているのか本当に分からないよー!?」
「は!?」
フェイトの大声に、アルフの目の色が正気に戻る。
「あ、あたしは何を…?」
「い、いきなり顔の彫が深くなって、陰影が濃くなってた。そ、それとね!髪がこう…重力に逆らってまっすぐ天を衝いてたよ?」
怒髪天じゃないな…きっとマッチョなフランス人の幽霊が、亀から抜け出してきて取り憑いていたに違いない。
それを聞いたアルフが、あわてて自分の髪を確かめて、いつもどおりの手触りでほっとする。
何とかギャグキャラ路線は回避できそうだ。
「ごめん、フェイト…何かあたし疲れているみたいだ」
「仕方ないよアルフ…」
事実、この数時間でのストレスはとんでもないことになっている。
こんな状況が数日続けば、それだけで衰弱死できるかもしれない。
「…それで、ここは何処だい?」
「わからない…」
二人がいる場所は温泉…これは間違いない。
浸かっているのはちょうどいい温度のお湯だし、中央にある、自分達がよりかかっていた柱を中心にして、周囲をぐるりと石で囲ってある。
露天風呂のようだが、海鳴温泉ではない。
実際に入ってきたアルフが断言できる。
そして、この温泉のおかしなところはここから先だ。
「…何も見えないね?」
「ああ…」
…白い、とにかく白いのだ。
湯煙?あるいは濃霧?
温泉の端までは視認できるのだが、その先は真っ白で先が見通せない。
360度万遍無く、ホワイトアウトしている。
一度でも離れてしまったら、この温泉を見失って帰り着く事が出来ない気がするのは、考えすぎだと思いたい。
いきなり移動したことだけならば、転移魔法で説明がつくが、この場所やその他いろいろな説明がつかない。
幻覚とかご都合主義とか、そんなちゃちなもんじゃだんじてねえ、もっと恐ろしい物の片鱗を味わった二人だった。
特に、いつの間にか服を脱がされていたことについては、乙女的に危機感を感じずにはいられない。
幸い、体の痺れが解けて動けるようになっているようだ。
「ったく!!あの杖…」
『ルビーちゃんの正式名称は、愉快型魔術礼装カレイド・ステッキの人工精霊、マジカル・ルビーと言います』
「そう、そのルビーは一体何でこんなとこにあたし達を連れてきたんだ?」
ルビーの考えなど、理解できるのか?という気がするが、一応聞いてみたいとは思う。
『だ~って~、二人とも泥だらけだったじゃないですか~』
確かに、地面を転がされたり、汗をかいたり、フェイトに至ってはなのはと派手な空中戦までやってボロボロだった。
確かに、帰る前に一っ風呂浴びたいところではあったのは否定しない。
『これはもう、戦い疲れた体をルビーちゃんがリフレッシュして差し上げなくちゃと…』
「余計なお世話だってーの、あたしたちの事を考えてくれるってんなら、この世から消えてくれりゃあいいのに、っていうかあたしがぶっ壊してやる!!」
一通り言い終わって少しはすっきりしたのか、よし!っと気合を入れたアルフがフェイトを見る。
そこに、目玉焼きのように目を見開いているフェイトを見て頷いた。
「今の声はフェイトじゃないね?」
「…うん」
バッと、返事を聞いた途端、お湯を跳ね上げて立ち上がったフェイトとアルフが背中合わせに立って、周囲を警戒した。
いいコンビネーションだ。
『あはぁ~ルビーちゃんの固有結界、ヴァルハラ温泉バージョンへようこそ~あんまり気持ち良すぎて、そのまま魂が昇天しないようにお気をつけくださ~い』
…相変わらず、相手の応答を待たずに話を進める声は聞き間違えではない。
しかも狙っているのか、言葉の中にどうにも聞き逃せない言葉を混ぜてきやがった。
「ど、どこに隠れているんだい!?」
四つの目が周囲を見回すが、ルビーのあの特徴的なシルエットを見つける事は出来ない。
フェイトは周囲を警戒し、アルフは歯をむき出しにして構えた。
『アルフさんバイオレンス過ぎ、なんかいいことあったんですか~?』
「この上なく厄介な奴に目をつけられるって言う悪い事があったんだよ!!」
『カリカリするのはいけませんね~、お肌の大敵ですよ~?温泉に胃腸系への効能を加えときましたんでゆっくりしていってくださいね~』
ストレスの元凶が何言ってんだ!?である。
会話をしているようで話が通じていない。
『ちなみに、さっきばら撒いていたのは毒じゃなくてしびれ薬です。びっくりしました?』
「そんなこたー聞いてないし、どうでもいいんだよ!!」
命にかかわっていたかもしれない事でさえ、突っ込みどころの多さに埋もれてしまった。
「……」
そんなアルフの怒声と、ルビーの能天気な声を聞きながら、フェイトはアルフの育て方を間違えたかなーと思いつつ、冷静に声の出所を探している。
近い…近くにいる。
ここまではっきり声が聞こえてくるのだから、間違いはあるまい。
だが、その方向が分からない。
周囲のすべてから聞こえてくるような気がする。
姿を消す魔法か何かを使っているのだろうか?
『フェイトちゃ~ん?そんなに一生懸命探さなくても、ルビーちゃん隠れてませんよ。最初からここにいるでしょう?』
「「は?」」
あわてて周囲を見回すが、やはり白い湯煙ばかりで、何の姿も見つけられない。
『ここですよ。こ~こ~』
「だから、どこだよ!?」
『上をご覧くださ~い』
「上…」
言われたとおりに、上を見上げた二人は…。
「ひゃ!?」
「デカ!!!」
悲鳴とともに硬直した。
そこにいた…いや、あったのはルビーだった。
しかも、下手なビルより高いサイズになったルビーだった。
『どーですかフェイトちゃん?このジャイアントなルビーちゃんは?』
「すごく…大きいです」
『イエス、さすがフェイトちゃん!!期待を裏切らないその天然に惚れちゃいそうです!!フェイト惚れ!!』
「え、ええ!?」
…フォローのしようがないほどに、今のは完全にフェイトが迂闊だった。
…何が起こったのか理解できずにわたわたしている辺りが実にほほえましかった。
箱入りにも程があるが…ナイス箱入り!!
「な、なんでお前、そんなにでっかくなってんだよ!?」
アルフも、こういう未知との遭遇は初めてで、パニックになっているようだ。
『え?うーん、なんででしょうね~一生懸命頑張って育ったから?』
「どういう成長期だそれは!?」
「アルフ、ちょっと黙って…」
目の前で大慌てするアルフを見て、逆に冷静さが戻ってきたか?
なおも怒鳴り倒そうとするアルフを押さえて、フェイトがルビーに質問してきた。
その判断は間違いなく正しいはず、このままアルフに任せておけば、ネバーエンドだ。
「固有結界ってなに?」
『魔導師の結界とは基本的に違いますね~ぶっちゃけ、ここはルビーちゃんの世界であり、世界丸ごとルビーちゃんってことです』
「端折り過ぎだ!!」
フェイトは、ここから帰れたらまず、アルフに徹底的に待てを覚えさせようと思った。
いい加減大声で耳が痛い。
ついでに、ルビーの言う事は話半分も信じていない。
いきなり巨大化したくらいだ。
ここまでの常識はずれが、いまさら何をしようと大抵の事では驚きはしないが、いくらなんでも自分の世界を作り出すなどと…それは神の所業ではないか?
「…バルディッシュはどこ?」
気を抜くと、ルビーのペースに持って行かれそうになるのをこらえて、フェイトが、一番肝心な事を聞く。
フェイトもアルフも、何も身につけていない。
当然だが、バルディッシュも手元になかった。
『え~っと、バルディッシュはですね~』
ルビーがいきなり言いづらそうに言葉を濁した。
まさか…破壊されてはいないだろうな?
バルディッシュの中には、フェイトのジュエルシード三つが入っている…まさか解体して取り出した?
『ちゃんとお預かりしていますよ?』
「返して下さい」
『だめです』
「何故?」
『温泉に水着は邪道です』
「水着じゃないですから!!」
「え?」
最後の疑問符で時が止まった。
目を据わらせたフェイトが、ギギギっと言う感じで声の主…要するにアルフを見る。
「何、アルフ?」
「いや、ごめんよフェイト、あたしもあのバリアジャケットは水着兼用だと思っていた」
『水陸両用ですね。あ、空もか』
「違うもん!!アルフの馬鹿!!」
「げ!!」
ゼロコンマでのカウンター。
馬鹿と言われたアルフが、湯船の中にずぶずぶと沈んでいく。
「あ、アルフ?ご、ごめんね…ちょっと言い過ぎ…」
やはりフェイトはいい子!!
『フフフ、アルフさんをワンターンキル。成長しましたね~フェイトちゃん』
「あ、貴女にそんな事言われたくないです!!それに殺してません!死んでません!!」
涙目のフェイトの言うとおり、ルビーにだけは何も言われたくないだろう。
「にゃはは、アルフさん大丈夫?ルビーちゃんにまともな会話を期待しても無駄だよ」
「はっ!?」
あやうく、湯船に沈んで溺死しそうになっていたアルフが、三途の川の半ばから呼び戻された。
見ればルビーの根元で、最初の自分達と同じく背中を預けているなのはがいる。
彼女もまた、服を脱いでバスタオルを体に巻いた入浴フォームだ。
「な、なのはさん!?いつの間に!?」
まだアルフからは、恐怖が抜けていないようだ。
敬語が治っていない。
基本的に、動物は自分より強いものには勝てないのだから、仕方がないと言えば仕方がないのだろうか?
「何って言うかね…もうルビーちゃんはそういうものなんだって割り切らないと、突っ込み疲れちゃうよ?」
にゃははと笑うなのはの笑顔に、あきらめの色を見たアルフが悟る。
「…マジで?」
「マジでだよ」
敵同士のはずなのに、心と心が通じ合った。
敵の敵は、すなわち味方…かなり一時的なものに思えるが。
「な、何で彼女まで…」
なのはの登場で、一番動揺しているのは実はアルフではなくフェイトだったりする。
「フェイトちゃん…」
そしてなのはも、名前の後に続く言葉がない。
『フフフッ戦い終えた二人は、裸で向き合う事によって新たな展開に発展するのです!!』
案の定、ルビーだけはいつもの通りだった。
更に、まんま昔の番長理論だった。
かなり使い古された展開を、リアルでやろうとするのはどうかと思う。
『さあ二人とも、思いのたけをぶちまけるのですよ!!レッツ・オープン・マイ・ハート!!』
「そ、そんな事言われても…」
「むちゃくちゃだよルビーちゃん?」
なのはとフェイトがたじろいだ。
――――――――――――――
…ど、どうしよう?
なのはは本当に困っていた。
フェイトとお話をしたいと思ってはいたが、何を話せばいいか分からない。
何故かと言うと、なのははフェイトの覚悟を見てしまったから…たとえ痛くても、怪我をしようとジュエルシードを手に入れるという彼女の思い。
それが何なのかはなのはにはわからない。
でも間違いなくその思いは真剣だ。
それを目にしてしまっては、彼女の邪魔をする事が良い事なのかという疑問が浮かび、それによる迷いが震えとなって、戦いの中で現れたのだ。
なのはがジュエルシードを集めるのは、ユーノにお願いされたという事もあるが、自分に何ができるか試してみたかったからだ。
別に責められる物ではないと思うが、子供の清廉さと、フェイトの意思を見てしまった後ではどうしても不純な気がしてしまうなのはだった。
――――――――――――――――――
…どうしよう?
そしてフェイトも困っていた。
彼女にはジュエルシードを集めなければならない理由がある。
しかし、本来の持ち主はなのは達の方であり、それを無理矢理に奪っているのがフェイト達の方である。
泥棒猫と言われたら全く反論できない。
ジュエルシードをかけた勝負にしても、気が進まなそうだった彼女に、こっちが一方的に吹っ掛けて強引に了承させたうえに、脅しとはいえ、首に刃物?を突き付けて人質にしちゃったのが、とんでもなく後ろめたい。
フェイトも、これまた完全な割り切りができるほどに大人ではなかった。
要するに、相手に負い目があるのはお互いさまなのだ。
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「「……」」
二人とも何も言わないが、それゆえに緊張だけが高まってゆく、地獄のような空気の重さだ。
勝負の勝者と敗者。
勝ちはしたがボロボロにされた方と、負けはしたけどボロボロにした方…そりゃ~気まずい事この上なかろう。
視線を合わせるのですら勇気がいるはずだ。
「負けるな…がんばれ…がんばれフェイト…」
そして勝手に一人でヒートアップしている犬が一匹…温泉より暑苦しい。
空気も読めてなさそうだ。
『そういうバトル的な展開じゃないと思うんですけど?』
おかげで珍しいルビーからの突っ込みを食らった。
「うるさいよ。ご主人様を応援して何が悪いんだい?」
『やれやれ~アルフさんって、「フェイトはあたしが守る!!」ってなかなか無いお涙ちょうだいな感激シーンを素でこなしちゃったり、忠誠心MAXですよね~?前世はパトラッシュか忠犬ハチ公ですか?』
「知るか!!」
古傷をえぐられた気分のアルフ怒鳴る。
顔が赤い。
あの時は必死だったが、今思い返してみると恐ろしく恥ずかしいと自覚したようだ。
「それで、どうすんだよこれ?」
気を取り直し、アルフがルビーに質問した。
なのはとフェイトは全然動かない。
肉眼で心の壁が確認できそうなほどに、声をかけるのも躊躇うレベルで部外者お断りでもある。
アルフだって声をかけられないほどだ。
埒が明かないので、真面目にどうにかならないものか?
『こ、こーなったら奥の手です』
「奥の手?」
『≪お助け主婦、高町桃子≫のしょーかん!!』
ルビーがいきなりのたまうと、空間に穴があいた。
どうやらゲートらしい。
誰かが出てくる気配を感じる。
カードの演出をしない辺りで、まだましなのか?
「あーはいはい、もうあたしは何が起こっても驚かねーよ」
すでにアルフはルビーとの付き合い方を確立したようだ。
自分に被害が来ない限りにおいて突っ込まない。
下手に手を出すと飛び火してくるから。
「はーい、呼ばれてきたわよ。ルビーちゃん?」
現われたのは本物の桃子だった。
しかも、バスタオル一枚を体に巻いただけの、入浴どんとこいな姿…実は、こっそりスタンバっていた?
『お願いします。桃子さん!!』
「わかりました。二人の事は任せて頂戴」
そう言うと、微笑んだ桃子がなのはとフェイトの下に歩いて行く。
その後ろ姿がとっても頼もしい。
『やはり仕上げはおかあ~さ~んですよね』
「仕上げって言うか、丸投げだろ?」
『そうとも言うかもしれません』
「それ以外にどう言えって言うんだよ?」
アルフは、ルビーとの漫才スキルという実にいやなものを手に入れた。
―――――――――――――――
「こんばんは、フェイトちゃん」
「っつ!?」
「あ、お母さん?」
深く考え込みすぎたのだろう。
いつの間にか、直ぐ傍に新たな人物があらわれていた事に気がつかなかった。
「な…な…」
見覚えのある顔に、心臓が飛び出すかと思うほどに驚いたフェイトが、何かを言おうとするが…まだ桃子のターンだ。
「ごめんなさいねフェイトちゃん?この前は騙す様な事しちゃって」
「あ…いえ…」
謝られたフェイトがどぎまぎする。
騙したというのはこの前のシュークリームを受け取った時に、自分がなのはの母親だと伝えなかった事か?
つまりあの時、彼女は自分が魔導師であると知っていた?
「そ、そんな事…気にしていないです」
フェイトは騙されたとは思わない。
むしろ自分たちの関係を知っていれば、尚の事言いづらいだろうとすら思う。
…妙なところで物分かりのいい子だ。
「あれ、お母さん?フェイトちゃんのこと知っていたの?」
どうやらなのはは知らなかったらしい。
フェイトとしては、桃子に感じていたデジャブーの元が、どこから来ていたのかわかってすっきりした気分だ。
「それでね、お詫びをさせてほしいんだけど?」
「お詫び…?そんなこと…」
「フェイトちゃんの髪を洗わせてほしいの」
「え?ええ?」
言うが早いか、桃子はフェイトの体を温泉から引き揚げて連行してゆく。
こっちもまともに会話しようという気はないみたいだ。
フェイトはフェイトで、完全に泡を食ってアワアワ言ってされるがまま…桃子さん、案外強引。
「なのはもいらっしゃい。久しぶりに洗ってあげる」
「あ、うん…」
なのはも桃子について行く。
―――――――――――――――
「フェイトちゃんの髪って長いのに枝毛もなくてきれいね~」
「あ、ありがとうございます」
桃子に、髪だけでなく全身泡だらけにされながら、フェイトはそう言うしかなかった。
髪を誰かに洗ってもらうなど、どれくらいぶりだろうか?
…な、何故か…ドキドキする!?
フェイトの内心は心臓バクバクだった。
「私の名前は高町桃子、よろしくね」
「フェイト、フェイト・テスタロッサです」
――――――――――――
…自己紹介?
桃子とフェイトの会話に、なのははピンときた。
今までぼんやりしていた何かが形をとったようなそんな感覚だ。
「そうだよ…フェイトちゃん」
「え?」
「わたし、高町なのは!よろしくね」
「う、うん…」
今更の自己紹介に、フェイトがなのはの真意を測りかねる。
「私立聖祥大学付属小学校に通う、小学3年生なの」
そんなフェイトの戸惑いなんて知らないとばかりになのはは続ける。
「それでね…私がジュエルシードを集めるのは、ユーノ君に頼まれたから!ユーノ君はジュエルシードを見つけた人で、ばらばらになっちゃったからもう一度集めなくちゃならないの!!」
「……」
フェイトの顔から表情が消えた。
冷めた目でなのはを見ているが、直ぐ傍にいる桃子は何も言わない。
「それだけじゃなくって、私が魔法や魔術を使ってお手伝いがしたいってこともあるんだけど…」
「なんで…そんな事を話すの?」
フェイトにはなのはの考えていることが分からない。
自分が話したから、フェイトにも何故ジュエルシードを集めるのか、理由を話せと言いたいのだろうか?
「ううん、そうじゃなくて…フェイトちゃんに知って欲しいの、なのはの事を」
「ど、どうして?」
「…前ね、今のお友達と喧嘩したの…」
小学校に上がって、初めてアリサとすずかと同じクラスになった二年前。
すずかのリボンをアリサがとって…とられたすずかは泣いていて…それをみたなのははアリサをぶった。
思えばあの時、もっと良く話をしていれば…アリサをたたく必要はなかったのではないだろうか?
その後の取っ組み合いを防げたのではないか?
勿論…最終的に喧嘩することは防げなかったかもしれない。
それでも…。
「たとえ、目的のために競い合う事になっても…」
なのはは争いを否定しない。
結果的に、自分とアリサとすずかは友達になれた。
あの喧嘩がなければ、自分達は友達になれなかったかもしれないから…ぶつかり合う事でわかりあえることがあることを否定はしない。
「訳も分からずに傷つけあうのはいやなの!」
だが、相手の思いを無視して、問答無用で事に及ぶのは何か違うと思う。
ひょっとしたら、二人共に満足できる結果があるかもしれない。
「だから…」
まずは|自分(なのは)の事をフェイトに知って貰いたかったとなのはは言う。
フェイトが自分の事を語らないなら、自分から歩み寄ろうとなのはは言う。
「あ…その…」
ストレートな思いをぶつけられて、フェイトが答えに詰まった。
「すぐにじゃなくていいの、話したくなってからで…今日はなのはが自己紹介したかっただけだから」
「で、でも…私の名前は…」
「あんなのは自己紹介とは言わないの!!」
おちょくって名前を名乗らせるのを、自己紹介とは言うまい。
しかも、その時の相手はルビーで、なのはではなかったし。
「わ、私の名前はフェイト・テスタロッサ…」
「うん、よろしくねフェイトちゃん?」
「よ、よろしく…」
ここに…改めて二人は名乗り会い、相手の名を聞いた。
「よかったわね、なのは?」
「うん」
「なのはをよろしくね、フェイトちゃん?」
「え?」
…何か今、桃子の言葉に何か含みがあるような気がしたが?
「お互いの名前を知るのは、お友達になる第一歩よ」
「え、で、でも…」
「大丈夫、この世界では本気でぶつかりあう相手を、宿敵とかライバルと書いてともと呼ぶのよ」
「そ、そうなんですか?」
何か騙されている気がするフェイトだった。
「…な、何か大事な台詞を取られた気がするの」
そしてなのはは、奇妙な予感を感じていた。
「ま、まあいいの!じゃあさっそくお母さん、なのはもフェイトちゃんの髪を洗うの!」
「いいわよ。フェイトちゃんも後でなのはの髪を洗ってもらえるかしら?
「は、はい」
フェイトはこの後、かちんこちんに固まってしまう。
真っ赤にはなっても、抵抗する様子はなく、大人しく高町母娘に髪を洗われ、自分もなのはの髪を洗う事に…しかもそのあと、流れでなのはとフェイトに髪を洗ってもらった桃子がとても嬉しそうだったと言う事だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「すげぇ…」
アルフはそう言うしかなかった。
視線の先では、なのはとフェイトが握手をしている。
しかしアルフの注目は、二人より桃子に向いていた。
あの場を支配しているのは、間違いなく桃子だ。
直接何をしろと言わずに、それとなくきっかけを与えることで子供たちの自主性を促して、場を収めたのだ。
母性の力?マザースキル?
しかも終わりはきっちり締めていた…よく分からないがとにかく凄いと思う。
そして…。
「…お前、何を知っているんだい」
アルフが、ギロリと擬音をつけたくなる視線でルビーを見る。
『なんでもは知りませんよ~知っていることだけです』
どこの猫な委員長だ?
しかしアルフはそんなものには突っ込まない。
だって元ネタを知らなかったから…ただじっとルビーを睨んでいたアルフだが、不意に視線をそらしてふっと笑う。
「まあいいさ、ちょっとくらいなら感謝してやってもいい。でもあんな家族にぬくぬくと愛されて育った甘ちゃんに何が出来るってんだい?」
『なるほど、家族にぬくぬく愛されて育った甘ちゃんですか?』
アルフの本能が、嫌な何かを伝えてきた。
ルビーの言い方が気になる。
「何だい?」
『いえ別に、後でなのはちゃんにチクろうと一字一句忘れないように確認しただけです』
「が!!」
アルフが愉快な悲鳴をあげてムンクになる。
「や、やめとくれよ。それはちょっと洒落になってないって…後生だから」
一体どれだけ心に恐怖を刻まれているのだろうか?
犬耳がぺたんと垂れて、しっぽを隠して涙目のアルフの姿は…結構かわいいかもしれないと思う。
「と、とにかく!!次にあたしたちの邪魔したら手加減しないよ!?」
気を取り直し…と言うか、何とか虚勢を張ってアルフがルビーを脅して来る。
『手加減ですか~』
対して、ルビーはクスクスと笑いを漏らした。
「何だい?気味の悪い」
『いえいえ~ルビーちゃんの本気なんて、出さないで済むならそっちの方がいいんですけどね~』
「はあ?あんたフェイトとあたしをバカにしてんのかい?」
アルフの目が剣呑になる。
「その物言いじゃ、あんたがあたし達よりはるかに強いみたいじゃないか?」
『そんな事より、気をつけた方がいいですよ~』
「何…「アルフちゃん?」…え?」
名前を呼ばれ、振り向けば桃子がこっちを向いている。
「アルフちゃんも、こっちにいらっしゃいな、髪が砂だらけよ?」
縛られて地面に転がされたからだろう。
よく見れば、髪や犬耳が埃っぽい。
「いや、いいよ…適当に自分で…「…いらっしゃい」うっつ!」
桃子は声を、荒げもしなければ冷ややかでもない。
しかし、アルフの中の何かが反応した。
「女の子が身だしなみに気を使わなくてどうするの?」
「はい、よろしくお願いします!!」
この人には逆らってはいけないと…なのはに通じる何かが、この女性にもあるとアルフは本能で感じたのだ。
いや、むしろ桃子のそれが本家か?
アルフのヒエラルキーがどんどん下がってゆく。
「そう、いい子ね」
見た目は大人のアルフを、完全に子供扱いしている。
考えてみれば、桃子は最初からアルフをちゃん付けしていた。
母としての直感か、それとも超感覚的な何かか…桃子もアルフの本質がまだ幼い事を見抜いたようだ。
結局、フェイトとアルフは主従仲良く高町母娘に泡だらけにされることになる。
そんな感じで過ぎる、温泉の夜を…次元の違う場所で見ている一対の目があった。
広いホールにいるその人物は、手に持った水晶玉状のモニターをじっと見ている。
光源がそれ一つしかないために、その人物が女性であるということ以外には表情すら読み取れない。
水晶玉に映っているのは…おそらく自分が見ていることに気が付いている一本の杖…フェイト達と一緒に、サーチャーまで取り込んだのは当てつけのつもりか?
「……」
やがて女性は水晶玉の映像を消し、座っている椅子にもたれかかってため息をつく。
「…あの杖…まさか…ふ、ふははははは!!」
くぐもった笑いが漏れる。
無人で静寂の支配する空間に、その声は驚くほど大きく響いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
同時刻
「ふふっルビーちゃん…これはちょっとやり過ぎなんじゃないかな?」
「ルビー…覚えていろよ」
「きっと忘れられていますよ。ルビーはそういう奴なんです」
毒で体がしびれたまま、放置された三人(二人+一匹)の姿があった。
季節的には夏なので、凍死したりする心配はないだろう。
助けが来ないところを見ると、忘れられているようだが…未だに、しびれ薬の効果が続いていることに、性差別的なものを感じるのは気のせいだろうか?
「恭也?これはもう怒ってもいいんじゃないかと思うんだが、どう思う?」
「ここはきっちり怒るべき所だろう。親父?戦わなきゃ現実と!!」
「コノウラミ、ハラサデオクベキカ」
特に、ユーノがやばそうだ。
微妙に黒化している。
痺れている体を懸命に動かして、三人は手を握り合った。
ここに、ルビー被害者友の会が結成されたのだ。
その最初の活動は、一晩中ルビーに対する怨嗟を高め、悪口に花を咲かせる事……つまり、彼らは朝まで放置される事になったというそんな話。
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