No.448462

ベルリンガーのいる街

君が空を目指すなら、僕は————————国家連合クロンメルン自由都市国家同盟の一国、コンドルール共和国、そこでは商業の自由が法の下に保証されている。大陸間の戦争が回避できなくなりつつある世界でも、中立を保ち、商人の声が街中に響く。それは、“大海の番人”と名高いコンドルール空海軍により守られてきた中立。それは今も変わらないはずだった。————————これは、商業都市国家コンドルール共和国の歴史の1ページ、その1ページに関わったある通信兵のお話である。————————小説家になろうとの同時連載開始。ゆっくり投稿ですが、お楽しみいただけると幸いです。

2012-07-07 22:06:59 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1071   閲覧ユーザー数:1048

 

少女は強くなりたかった。あんな思いは、もう、したくなかったから。だから、強くなりたかった。そのために早く大人になりたかった。大人になって、強くなれば、きっとあんな思いをしなくて済むはずだから。

 

 少女は強くなりたかった。あんな思いを、もう、させたくなかったから。だから、強くなりたかった。自分が強くなれば、自分のために誰かが引き金を引くなんて馬鹿げたことにならないはずだから。

 

 少女は強くなりたかった。あんな思いをする人を、もう、見たくなかったから。だから、強くなりたかった。忘れることが出来ない思い出を誰にも押し付けずに済むほど強くなりたかった。強くなれば、だれかの泣き顔なんて見ずに済むはずだから。

 

 少女は強くなりたかった。こんな思いを、もう、したくなかったから。だから、強くなりたかった。強くなれば、きっと自分の無意味な言葉でも、だれかに、あの人に届くはずだから。

 

 少年は強くなりたかった。あんな思いは、もう、したくなかったから。だから、強くなりたかった。逃げるしか出来なかった自分が嫌で、家族すら守れなかった自分が嫌で、その事実から目をそらし続けてる自分が嫌で。だから、強くなるしかなかった。

 

 

 

 あんな思いは、もう二度と。

 

 

 

 

 だから——————。

 

第一話 塔の上で

 

 

 

 

 

 時計塔の階段はいつもぎしぎしと嫌な音をたてる。機械油がしみこんで黒ずんだ踏み板に体重をかけるたびに、ぎしりとなる。あまり気持ちがいいものではない。日の光が入らず、どことなく湿っぽいのもマイナスポイントに追加だ。

 

 ぎしり、ぎしり。毎日の日課となっているとはいえ、毎日時計塔の最上部を何回も往復するのは思ったよりも重労働だ。時には大きい荷物も担いで上がらなければならないからたちが悪い。

 

 階段をふさぐように閉じられた、跳ね上げ扉を開く。目を差す日光に顔をしかめつつ体を引き上げると先輩たちが双眼鏡片手に海を眺めている。顔をなぜる風が気持ちいい。階段室とは大違いだ。

 

「おうテオ坊か。遅れるなよ!」

 

 双眼鏡から目を離さずに先輩が声をかけた。それに答えてから、さらに梯子に飛びつく。時間は11時59分、あと1分、ない。

 

 最上階に到着し、懐中時計をもう一度確認する。秒単位で合わせた時計の秒針を正確に読み取る。

 

 時計の針が12時ジャストを指したとき、天井から下がったロープを全力で真下に引く。

 

 ガラーン…ガラーン……。

 

 頭上で大音響の鐘が鳴る。街中に響く正午の鐘だ。

 

 これが僕———コンドルール空海軍情報管制局テオフィール・シュトックハウゼン空海伍長の仕事。周りからはベルリンガーなんて呼ばれてる。

 

 

 

 

「テオ、隣いいかい?」

 

 正午の鐘打ちが終わってそのまま最上階でピタをかじっていると、上司にあたるセリム・ファレスト少佐が梯子から顔を出していた。慌てて敬礼をしようとするが、右手でいさめられた。

 

「少佐がこちらにいらっしゃるなんて珍しいですね」

 

 横にきたファレスト少佐を見上げると糸目をさらに細くして笑った。

 

「この、足じゃな。梯子は少々きついがここまで天気がいいと風を感じながら飯を食いたくなるもんでな。特に今日はフォーマルハウト湾もきれいに澄んでる。たまにはこういうのもいいかと思って」

 

 ファレスト少佐はテオフィールの隣に腰掛けると、左手に持っていた紙袋を開け、白身魚のサンドを口に運んだ。

 

「こんなに天気がいいのになぁ……人間ってのは、光の入らない部屋で無線を聞いてなきゃならないってのは……なんだかなぁ」

 

「……なにかあったんですか?」

 

 ファレスト少佐の目は黒髪の奥でどこか遠くを見つめる。サンドを一口。飲み込んでから、少しためらうような間をおいて口を開いた。

 

「メルリアがクヌートに宣戦布告するらしい」

 

 息をのんだ。メルリアと言えばこの海の向こう、テオリア大陸の強国。クヌートと言えばこの大陸、グランディア大陸最大の統一国家だ。

 

「……また、戦争ですか?」

 

「どうやらね。我々クロンメリン自由都市連盟は中立を守ることになるだろうけど、なにせ当事国に挟まれてるから……」

 

「何があるかわからない、ですか?」

 

 確かに、コンドルールは双方の船舶や航空機が行きかう商業都市国家だから攻撃対象になりうる。クヌート側の港も大きいのがあるが、商業規模ではコンドルールのほうが上だ。

 

「テオ坊は大きいのは初めてだったね」

 

「まだ、入隊して四ヵ月ですから」

 

 そういうとファレスト少佐は笑った。

 

「そうか。まだ、四ヵ月なのか。立派になったな、テオ坊」

 

「まだまだです。やっとダイヤグラムを見なくても電報を打てるようになったんですよ。ベルリンガーとしては、まだまだです。それに……幼馴染には勝てませんし」

 

「アークライト飛行少尉のことか?入隊は向こうのほうが二年早いし、『スワローテイル』と『ベルリンガー』じゃ比較の対象にすること自体間違ってる」

「それはそうなんですけど……」

 

 少佐はまたサンドを齧った。

 

「今回も、また戦争に巻き込まれることになるだろう。テオ坊もアークライト少尉も自分もな。軍属である以上避けられないさ。両大陸の船が行き来するこの街も攻撃対象になりうるから覚悟がいる。当事国じゃないからって、危険がないわけじゃない。覚えあるだろ。六年まえの第一次大陸間戦争」

 

 えぇ、まぁ、と返事を濁したことにファレスト少佐は少しトーンを落とした。

 

「……嫌なこと思い出させちまったか?」

 

「いえ、なんでもないです。もう昔のことでまだまだ子どもでしたから、ただ怖くて逃げまわった記憶しかないです」

 

 ファレスト少佐はそうか、と言ったきり黙ってしまった。

持ってきていたコーヒーに口をつけた。砂糖をいつもと同じだけ入れてるはずなのにいつもより苦かった。ファレスト少佐はサンドを食べ終え、立ち上がった。

 

「これから忙しくなるぞ、テオ坊。軍隊の中でも俺たち情報管制局

ベルリンガー

は常に働いてなきゃ仕事にならん部署だからな」

 

 にやり、と少佐は笑う。

 

「覚悟しとけよ。テオ坊もフルに活躍してもらわなきゃならん」

 

「はは、お手柔らかにお願いします」

 

 ファレスト少佐は梯子を慎重に下りて行った。後に残されたテオフィールは苦い液体を一気に飲み干した。

 

 やはり、苦い。

 

 

(戦争、か)

 

 

 呟くと、立ち上がり梯子の手すりに手をかけた。

 

 

 コンドルール空海軍情報管制局はその名の通り、領海と領空の情報を管理する部署だ。天気、船舶や航空機の往来の情報管理、海上標識の管理、なぜか陸軍の管轄であるはずの国際電報の打電なんて仕事もある。軍部の動向を一般市民に伝える、すなわち広報も情報管制局の仕事だ。つまり、情報に関することなら何でも引き受けます的な部署なのである。

 

(だからって、これも仕事なのか?)

 

 情報管制局の本拠地である『空海軍港湾管理棟』――通称『時計塔』の地下でテオフィールはげんなりした顔でため息をついた。

 

 目の前に広がるのは巨大な資料保管庫。棚ごとにナンバリングがしてあるとはいえ地下二階分にもなる保管庫で一枚の資料を一人で探すのは結構大変なのである。

 

 しかも要件が『浮気してないのにしたことになってる!この人と同じ部署になってないことの証明に七年前の人事異動記録の写しがほしい!』だったりするとやる気も半減してしまう。相手は飛行大尉とかなり階級が上の人にゴリ押しされ、断りきれず引き受けてしまい、そんなことに人員を割くことができるはずもなく、自分一人で資料を探す羽目になってしまった。

 

(七年前の人事だから五七二から五七五か。うわ、地下二階の奥って遠いな)

 

 カンテラと脚立を持って急角度の階段を下りる。埃っぽい紙の匂いがする地下二階に着くと申し訳程度についている電気をつけた。ぼうっとシルエットが浮かび上がった本棚を次々と確認していく。

 

(五七〇番台は……ここか)

 

 天井のフックにカンテラをかけ、光源を確保すると、テオフィールは分厚いファイルを手に取りめくり始めた。

 

 どれくらい探していただろうか。

 

「テーオ君!根詰めてやってると目悪くしますよー?」

階段から聞こえてきたハイテンションな声に顔を上げると茶髪の女の子が天井からひょっこりと顔を出していた。

 

「ヴェールナー曹長?どうされたんですか?」

 

「もー、二人の時はエリナって呼んでって言ってるでしょー」

 

 ヴェールナー曹長はそういいながら、天井から飛び降りた。ネコのようにひらりと降りるとテオフィールの首筋に抱きついて来る。一七歳にしては平均以上に発育した上半身を背中に押し付けてきた。

 

「ヴェールナー曹長、近い!そして脚立に乗ったままだから危ない!」

 

「知ってるよー。わざとわざとー」

 

「なら、放してください!」

 

「ファミリーネーム階級付で私のことを呼ぶテオ君なんて放してあげないのだー」

 

「エ、エリナさん!放してくださいっ!」

 

「しょーがないなー」

 

 にやにや笑いながらヴェールナー曹長改めエリナは彼を解放した。

 

「なにやってんの?人事異動記録なんて引っ張り出して」

 

「アーレンス飛行大尉からの資料開示請求です。なんでも浮気の疑いを晴らすためにどうしても必要だそうで」

 

「うわー。あの色ボケ大尉、いい年してなにやってんだかなー」

 

 げんなりした顔でそう言ったエリナはテオフィールを見るとにっこり笑った。

 

「それじゃあ、手伝うよー」

 

「え、いや。いいですよ。ヴェール……エリナさんも仕事はいいんですか?」

 

「大丈夫なんだなー。今日の分の打電は終わったしー、無線のウォッチはベテランぞろいで手伝うことないしー、暇だしー、頼まれた仕事はゆっくりのほうが(私にとって)都合がいいしー」

 

「なんか小声で問題なワードが入りませんでした?」

 

「それは気のせいなのだよー。ともかく、問題ないのだー」

 

 そ、そうなんですか……?と不安げに聞いたところ、ものすごい勢いで首を縦に振った。どうやら手伝ってくれるらしい。

 

「じゃあ、五七五番の棚お願いできますか?どうも結婚前で微妙に名前が違うらしくて」

 

 了解なのだー、と言って作業に入ってくれるエリナ。

 

「あれ?」

 

「?どうしました?」

 

 エリナの声に資料から顔を上げるとエリナは一冊のファイルを引きずり出していた。ファイルの表紙には『ファイルM230−A』とある。

 

「配架ミスですか?」

 

「そうだなー。戦闘技術開発課だから五〇番台の棚だなー。階も違うしこんな大胆な配架ミスするかなー?」

 

「実験的資料なんですかね。エリナさんも聞き覚えないですか?」

 

「ないなー。間違いなくないなー。いくら物覚えのいい私でもないなー」

 

 そういってぱらぱらとページをめくる。テオフィールもそれを覗き込んだ。エリナの肩越しに字面を目でなぞっていく。

 

「なんなんでしょうね」

 

「そうだなー。意味が解らない文字列と比喩だらけで何が何だかわからんなー。たぶん暗号なんだろうけど統一規格じゃないからデコードは無理かー。かなりの機密資料なのかもなー」

 

「……読んでていいんですか?」

 

「かなりやばいと思うけど、興味そそられるなー」

 

 そういいながらエリナはページをめくる。意味をなさない文字の羅列を眺める。テオフィールもそれを見ていた。見ていたのだが……

 

「こらーっ!」

 

「へぶっ⁉」

 

 後ろから飛んできた分厚い本が後頭部を直撃し、脚立から転げ落ちた。頭をさすりながら涙目で本が飛来した方向を確認するとハニーブロンドの長髪を揺らして、深い赤の飛行隊制服を着た女の子がズンズンと大股で近づいてくるところだった。

 

「人が呼んでるのにずーっと仕事場の地下書庫でイチャイチャしてるって、それはどういうことなのかなぁテオフィール・シュトックハウゼン伍長?」

 

「フェアリ……呼んでたの?」

 

 床に倒れこんだまま本を投げた本人、フェアリ・カートライトを見上げる。

 

「チッ、思ったより早く来ちゃったなー。残念ー」

 

「エリナ、あたしすぐに呼んできてって言ったわね?」

 

 フェアリは元々勝気な眉をひそめて、エリナを睨んだ。睨まれたエリナはそんなことどこ吹く風で、後頭部をいまださすっているテオフィールに手を伸ばした。

 

「もー。いくら飛行少尉殿とはいえ許可なく資料保管庫に立ち入られるのは困りますー。いくら旧知の仲であっても情報管制局

うち

の部下にあたらないでくださいー」

 

「あ・ん・た・が!さっさと呼んでこないのが悪いんでしょうがッ!」

 

「ごはっ⁉ふぇ、フェアリ、怒る対象と攻撃対象がずれてるべふぁっ⁉」

 

「アンタは黙ってろ、テオ!“できるだけ速やかによんできてくれ”って言ったのにこの無駄に上半身に脂肪の塊を蓄えた女は……」

 

「あらー、シュトックハウゼン伍長は“公務で”仕事中っていったはずですけどー?それならばプライベートなあなたの要件よりもー、そちらを早く終わらせてから行ってもらおうと手伝っていただけですー。加えて言えばー、先ほどの言葉は、まな板女が胸への憧れがひねくれて出たものと好意的な解釈をしておきますー」

 

「かーっ!これだから乳のでかい女は嫌いなんだ」

 

「世の中にはあなたのような人を好む稀な嗜好を持った人もいらっしゃいますー。諦めないことですー」

 

「その『余裕綽々です』みたいな気取り方に腹が立つ!」

 

「腹が立つのはわかったから、僕を蹴るのはやめてくれっ!」

 

 テオフィールの叫びは地下書庫に響き渡るほど大きかったが、舌戦が白熱しているフェアリとエリナには届かなかった。

 

 
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