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トトリのアトリエ ~若き双剣聖の冒険譚~ 第1章 『若き双剣聖の誕生』

紅葉さん

この小説は、『トトリのアトリエ ~アーランドの錬金術士2~』の二次創作作品です。

2012-07-06 00:48:12 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:4062   閲覧ユーザー数:3993

第1話 とある漁村の1日

 

「お兄ちゃん、遊びに行こうよ~」

「ん?しょうがないな……それじゃ、行くか?」

「うん!ジーノ君も呼んで遊ぼう~!」

「あら、遊びに行くの?」

「あっ、ツェツィ(ねえ)。うん。ちょっと行って来る」

「遅くならないようにね。あと、村の外には出ちゃ駄目よ?」

「分かってるって。それじゃ、行って来る」

「行ってらっしゃ~い、気をつけてね~!」

 

俺の名は『ラインニア・ヘルモルト』。ヘルモルト家の長男だ。村の人たちからは、『ライナー』と呼ばれている。

現在俺は12歳。3歳上の姉、『ツェツィーリア・ヘルモルト』と、2歳下の妹、『トトゥーリア・ヘルモルト』がいる。

ちなみに、この姉妹2人も、名前が呼びづらい為に『ツェツィ』と『トトリ』と言う愛称で呼ばれている。

で、ジーノと言うのは、俺とトトリの幼馴染で、世界一の冒険者を目指すわんぱく小僧だ。

年はトトリより1つ上の11歳だが、トトリが2月の早生まれである為、実質同年代だ。

ちなみに、俺も1月17日生まれの早生まれである。

 

「ねーねー、お兄ちゃん。今日は何して遊ぶの?」

「そうだな……ジーノを呼ぶとなると、また冒険者ごっこじゃないかな」

「えー。私、またモンスター役になるからやだよ~」

「じゃ、今日はトトリが冒険者役だな。俺とジーノがモンスター役をやるよ」

「だって、ジーノ君、自分が冒険者役やるって聞かないよ」

「まぁ、俺が何とかして言う事聞かせるよ。トトリも楽しく遊びたいだろ?」

 

自分で言うのも何だが、俺はトトリをとても大切にしている。

単に兄妹だから、と言う理由だけではない。もっと大きな理由があるのだ。

それは、俺がトトリを守らなければならない、と言う使命感だ。

 

俺たち3人の母である、ある意味で大陸中に名を轟かせていた冒険者、『ギゼラ・ヘルモルト』。

冒険者としての腕前もかなりの物だったが、それより彼女の印象として根強く浸透していたのが、『行く先々で様々な物を破壊して回る』と言う清々しいまでの暴君ぶりだろう。

そんな彼女が、夫である『グイード・ヘルモルト』が造った船で、外海へと旅立って行ったのが、俺が8歳の頃、およそ3年前だ。

だが、俺たちが住むこの『アランヤ村』周辺の海には、『フラウシュトラウト』と言う、凶暴なモンスターが棲み着いている事で有名だった。

このモンスターは、村沿岸で漁をする分には手を出して来ないが、沖の方へ船を進めた瞬間に襲い掛かって来て、船を沈没させる事で有名な奴で、もちろん母さんの旅立ちの際も、このモンスターの存在が危惧されていた。

――母さんの旅立ちから数ヵ月後。

予想通りと言うべきか、アランヤ村に大量の船の破片が流れ着いたのだった。

当時、俺は既にこの状況が示す事態を理解していた為、母ギゼラがどうなってしまったのかも、大方想像がついた。

だが、幼かったトトリは、一体何がどうなっているのか見当もつかなかったらしく、1人呆然と立っているだけだった。

そこで運悪く、同じく気が動転していたであろう、父グイードが、『お母さんが死んだ』と、トトリに告げてしまったのだ。

以来数日間の間、トトリは泣き続け、泣き止んだ頃には、既に母の事はほとんど忘れ去ってしまっていた。

その痛々しい姿を数日間の間見続けて来た俺は、いつの間にか『トトリは俺が守らなきゃ』と言う責任を自分に課していたのだ。

今となっては、それが日常となってしまった為、重荷に感じる事もない。

だから、できるならトトリには、このまま平和な日常を過ごして欲しいし、できるなら、たかが遊びでも、精一杯、心の底から楽しんでもらいたいと思うのだ。

 

「ジーノく~ん、遊ぼ~!」

 

ジーノの家の前に辿り着いた時に、トトリが無邪気な声で言った。

程なくして、顔を見ればすぐにわんぱく小僧だと分かるような少年が飛び出してきた。

 

「よっ、ジーノ」

「よぉ、ライナー!トトリ!今日も冒険者ごっこやろうぜ!」

「えー、だって今日も私モンスター役なんでしょ?もうやだよ~」

「だって、俺が冒険者役なんだから、トトリとライナーがモンスター役やんないと、遊べないだろ」

「たまには、トトリにも冒険者役させてやってくれよ、な?」

「えー、でもなぁ……」

「何なら、メル(ねえ)を呼んできたっていいんだぜ?」

 

……我ながら、姑息な手段だなとは思った。

ちなみに、メル(ねえ)と言うのは、ツェツィ(ねえ)の親友で、俺たちにとっても姉同然の存在だ。

ツェツィ(ねえ)と大きく違うのが、とりあえず馬鹿力である事だろう。

何せ、俺と3歳しか年が違わないってのに、既に冒険者になっているぐらいだ。

当然、ジーノはともかく俺ですら喧嘩では適わないので、とりあえずジーノたちが言う事を聞かない時は、彼女の名前を出している。

……メル(ねえ)自身には内緒だが。

 

「くそっ……卑怯だぞ、ライナー」

「悪いな。今日だけでも良いからさ。トトリに冒険者役やらせてやってくれないか?」

「くぅぅ……メル(ねえ)は怖いしな……わかったよ」

「えっ?いいの?」

 

トトリが嬉しそうな顔をする。

この顔が見れただけでも、メル(ねえ)の名前を出した甲斐はあったと思う。

 

「仕方ないだろ。メル(ねえ)出されちゃ適わないし……」

「よし、それじゃ始めるか。今日はどう言う風にやるんだ?」

「じゃあさ、新米冒険者が、うっかりめちゃくちゃ強いモンスターがいる場所に入っちまった、って感じで」

「えー、それだと、また私負けちゃうよ」

「いいだろ、俺の方が強いんだし」

「あー……聞いた俺が馬鹿だった。とりあえず、いつも通りでやろうぜ」

 

そんな感じで、いつもと配役が変わった冒険者ごっこを始めるのだった。

――数十分後――

 

「きゅぅ~……」

「よっしゃあ、勝ったぁっ!!」

「だ、大丈夫か、トトリっ!?」

 

冒険者が、モンスターに、負けていた。

 

「ジーノ君、強いよ~……」

「モンスターは手加減なんてしてくれないぜ?」

「い、いや、遊びだし、少しぐらい手加減してやってくれよ……」

「えー、それじゃ面白くないじゃんか~」

 

結果だけ見ると、結局の所はいつもの冒険者ごっこと変わらないのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

第2話 数奇な出会い

 

そんな、平凡な日常を過ごしている内に、気づけば2年の月日が流れていた。

俺は14歳となったわけだが、実はこの間、具体的に言うと13歳になって数ヶ月後に、メル(ねえ)と共にアーランド共和国の首都『アーランド』へ出向いて来た。

理由は、冒険者になる為。

別にジーノのように世界一の冒険者になりたいとか、金銀財宝を手に入れたいとか、そんな理由でなったわけではない。

俺の場合はもっと単純。何と言うか、日常に刺激が欲しかったのだ。

一応今までも、メル(ねえ)に鍛えてもらっていたのが、ある意味では刺激になったのだが、それでは物足りなかった為、いっその事冒険者になってしまえ、と言う半ば投槍な考えで、そのまま冒険者となってしまったのだ。

とまぁ、俺の話はさておき。

そんな時に、ヘルモルト家の4人は、ある人物と数奇な出会いを果たす。

事の発端は、慌てて家の中に入って来たトトリの声だった。

 

「ねぇ、お兄ちゃん、お姉ちゃん、家の外に、変な人が倒れてるよ~」

「はっ?倒れてる?変な人?」

「うん。変な杖持っててね、変な服着てて……お腹すいて、一歩も動けない~って言ってるよ」

「そ、そうなの?と、とにかく、家の中に運びましょ。ライナー君、トトリちゃん、手伝って」

「お、おう」

「うん」

 

行き倒れていたのは、トトリの言ったように随分と奇抜なデザインの洋服を着た女性だった。

うっわ~……ピンクピンクピンク……ピンクが好きなのかこの人。髪までピンクっぽい色してるし……。

とりあえず、家の中に運んで、料理作って食べさせてみたのだが……。

 

「もぐっ、もぐっ、はぐっ、ずずずっ」

「そ、そんなに慌てなくても、大丈夫ですよ。まだ、たくさんありますから」

「はぐっ、あぐっ、あ、あのっ、ずずずっ、本当に、もぐっ、ありがとうございました」

 

とりあえず、食べながら喋んないでくれと思ったが、一応話を聞いていよう。

 

「ずずずっ、あのまま私、もぐもぐ、はぐっ、死んじゃうんじゃないかって」

「……お話も、食べ終わってからで」

 

ついにツェツィ(ねえ)が痺れを切らして言ってしまった。まぁ、俺も同意見だけど。

 

「ぷは~っ!ご馳走様でした、美味しかったです!本当にありがとうございました!」

「え~っと、あの……」

「あの、お姉さん、何をしてる人なんですか?」

 

俺が聞こうとした事を、トトリに先に言われた。

 

「こ、こら!いきなり失礼よ!」

 

それをツェツィ(ねえ)が諭すが、謎の女性は嫌そうな素振りも見せずに、

 

「あははっ、全然いいですよ」

 

と、朗らかに笑いながら話し始めた。

 

「あのね、私は錬金術士で、色んな人に錬金術を教えるために、旅をしているの」

「錬金術?」

 

よくわからない単語が出て来たので、女性に訊ねてみる。錬金術士ってのは、多分錬金術をする人の事っていう解釈でいいんだろうけど。

 

「えーっとね……色んな材料をぐるぐる~っと混ぜて、色んな物をぱっと作れちゃう事なんだけど……」

「あー……えーっと……よくわかんないです」

 

そんなに抽象的に説明されても、普通の人にはわからないと思う。

 

「う~ん……実際に見せた方が早いかな~……あの、使ってない釜とかってありますか?できるだけ、大きい奴」

「釜、ですか?確か、物置の方に……ライナー君、手伝ってもらっていい?」

「まぁ、いいけど」

 

何となく、どの釜の事を言ってるのかは想像できた。あれは確かに人1人じゃ持てなさそうだ。

物置から、以前ツェツィ(ねえ)が買ったけど、よく考えてみたら4人家族でこんなにでかい釜を使う必要はないって事で封印されてた釜を引っ張り出す。

……って言うかこの釜、何人家族なら丁度よく使えるんだ?でかすぎだろ……。

 

「よいしょっと……これで、いいですか?」

「はい、バッチリです!それじゃ、ちょっと1人にしてもらってもいいですか?誰かに見られてると、緊張しちゃって……」

「は、はぁ、わかりました。ライナー君、トトリちゃん、向こうに行ってましょ」

 

そんなわけで、謎の女性が行う錬金術、と言う行為の終了を、別室にて待つ事に。

 

「一体、あんな釜で何するのかしら。怪しい人じゃなさそうだったけど」

「そうだな。材料を混ぜて何か作るって言ってたけど、具体的に何するか、とかは教えてもらってないし……あれ?トトリ?」

 

気づくと、トトリの姿がなかった。

どこに行ったのか気になったが、妙な所で好奇心旺盛なあいつの事だから、きっと彼女の様子を見に行ったのだろうと思った。

……その、数秒後に、とんでもない事態が起きた。

 

「わ、わ、わぁ~!!もう駄目~!逃げてぇ~!!」

「……何だ?何か向こうの部屋で騒いで――」

 

――ガシャーン!!

俺はこの時から、あれほどの規模の爆発を間近で見た事はない。

だが、今思い返してみれば……

この出会いが、最愛の妹トトリの人生を、良くも悪くも大きく変えたと言う事は事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

第3話 強面凄腕剣士

 

家を爆発させ、段々こっちが申し訳なくなってくるほどぺこぺこと頭を下げまくっていた錬金術士の女性。

彼女の名は『ロロライナ・フリクセル』で、愛称はロロナであると言う。

で、何でか知らないけど、トトリがロロナさんの弟子になってしまったのだった。

トトリ曰く『面白そう』との事。

初めはヘルモルト家の3人(無論、俺とツェツィ(ねえ)と父さんだ)は反対したのだが、作り方さえ間違えなければ問題はない、と言うロロナさんの必死の説得によって、弟子入りが許可されたのだ。

そこで、家の修理も兼ねて、トトリが錬金術をやる為のアトリエも一緒に作る事になった。

 

「本当にごめんなさい。私のせいで……」

「だから、もういいですから、ね?」

「そうですよ。気にしないでください」

 

未だに落ち込んでいるロロナさんを、ツェツィ(ねえ)と2人で慰めながら、父さんが家を修理するのを手伝う。

トトリはその間、突如彗星の如く現れたジーノに連れられてどこかへ行ってしまった。多分遊びに行ったのだろう。

しっかしまぁ、これで20代……ツェツィ(ねえ)より年上だと言うから不思議だ。

どう見てもツェツィ(ねえ)の方が大人っぽい……傍から見たら多分ロロナさんの方が年下だと思うだろうな。

と、ボーっと考えていた所……

 

「ライナー、悪いんだが、木材が足りなくなってしまってね。採って来てくれないかな」

「ん?あぁ、いいよ。行って来る」

 

流石に丸腰で行くほど馬鹿ではないので、俺は自室(だった場所)へ向かい、愛用の剣を掴んで高台から下る坂道へ向かう。

 

「じゃ、ちょっと行って来るよ」

「あっ、行ってらっしゃい。気をつけてね~」

 

ツェツィ(ねえ)に見送られながら、坂道を下り始める。

アランヤ村周辺の森や洞窟と言った場所は、既に踏破しているし、生息するモンスターたちも、苦戦するどころか一撃で沈められる程度の強さでしかないため、俺の足取りも軽かった。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

数十分後、俺は冷や汗をかかざるを得ない窮地に立たされていた。

シルクハットと手袋が印象的な球体のモンスターに囲まれたのだ。

確か名前は『スケアファントム』……冒険者になる前、モンスターについて予習していた時に、類似するモンスターを図鑑で見た事がある。

どうやら、アーランド周辺を始め、アランヤ村のずっと北にも生息しているらしく、生息域から出てここまでやって来たのだろう。

と、のんきに解説している場合じゃない。こいつは新米冒険者が対峙するには荷が重過ぎるモンスターだ。

一応俺も、冒険者になってから1年ほど経ってはいるが、まだコイツとやり合えるほどの経験は積んではいない。

ましてや……4体だ。とてもじゃないが、制圧できるとは思えない。

しかもこいつらは霊的なモンスターの中でも特に性質(たち)が悪く、人間を見つけた瞬間、地の果てまででも追いかけて来るらしい。

なら、方法は1つ。

ある程度応戦し、集中が途切れた時を見計らって逃げる。

 

「はぁっ!」

 

とりあえず斬り掛かってみる。便宜上、ここからはスケアファントムA、B、C、Dと呼ぶ事にしよう。

案の定、スケアファントムAの体は霧散し、俺の剣を空を切る形となった。

その隙を突くように、スケアファントムBが、妖しく光る球体を飛ばして来る。

体をひねってそれを剣で弾き、軽くステップする事で体勢を立て直す。

しばらくの間は牽制かな、と思ったが、今度はスケアファントムCが、俺の頭上に瞬間移動して来る。

 

「げっ」

 

咄嗟に後方にステップする事で奇襲をかわし、他のスケアファントムの動向を意識する。

1、2、3……1匹、足りない。

そこまで考えた時、背後から気味の悪い、甲高い声が聞こえる。スケアファントムの独特な鳴き声だ。

振り返らずに右に転がり、しゃがんだ状態で視点を修正する。

今度は、4匹全てのスケアファントムが目に映った。

 

「……参ったな」

 

読みが甘かったらしい。とてもじゃないが、集中が切れるのを待っていてはあと何日もかかりそうだ。

ならもう、真正面から戦うしかないのかもしれない。

 

「はぁぁっ!!」

 

再び、気合と共に斬り掛かる。が、やはり透過したスケアファントムAの体を斬り裂く事は出来ず、剣は空を斬った。

そして、計ったかのようなタイミングで再び球体を飛ばして来るB。

今度はそれを、受けずにかわしてみる。

左にステップする事で球体を回避した俺は、さっきまで俺がいた位置に、スケアファントムCが降り立つのを見た。

さきほどと同じ奇襲を仕掛けて来たらしいが、今度は受けずにかわした事で、二重に回避する事が出来たらしい。

すかさず、右側に向かって剣を振り抜く。

回避が間に合わなかったらしく、ようやく、相手に一太刀浴びせる事ができた。

逃げるタイミングを与えず、自分の足の位置を修正しながら、斬り込み易い体勢を作る。

怒涛の連続攻撃によって、スケアファントムCの体は空気の一部になるように霧散して行った。

残るは3体。さぁどうしようと思ったが、悩んでいる時間はないらしい。再び奇襲攻撃を仕掛けて来た。

 

「くそっ……」

 

回避した所に別のスケアファントムが放ったと思われる球体が飛んで来て、俺に命中した。

しかし、決定打にはならなかったようで、腹部に多少の痛みを覚える程度で済んだ。

 

「やっぱ厳しいな……」

 

ゴースト系のモンスターは、自在に体を透過させられる事が厄介だ。

こちらの直接攻撃なども、反応できる範疇(はんちゅう)であれば、困った事に楽々回避してみせる。

おまけに、攻防一体の瞬間移動も可能と来ている。まさに死角なし、だ。

俺が攻略法を練っている最中に、再びスケアファントムAが球体を飛ばして来る。それを剣で弾きながら、次に動くスケアファントムを見極めようとするが、時既に遅し。俺の頭上には既にスケアファントムBがいた。

いや、待てよ……これひょっとしてチャンスなんじゃないか……?

咄嗟に俺は、剣を握る右手を頭上に振り上げてみた。

空を斬るかと思われた剣は、しかしそうはならず、見事にスケアファントムBの体を斬り裂いた。

残り2体を残す所となったスケアファントムだが、さすがに慌てているようだ。

このまま行けば勝てるんじゃないか……そう思った直後。

 

「うぐっ……!」

 

不気味な声と共にスケアファントムから溢れた、異様な霧に包まれた俺は、体が上手く動かせなくなった。

本格的にヤバいなと感じつつも、何か、この状況を打開する策はないか、必死に案を搾り出そうとした……その時。

 

「はっ!」

 

突然飛び込んで来た黒衣の男が、2体のスケアファントムを瞬く間に葬り去った。

俺はぽかんとしながら、あれ、この人もしかしてメル(ねえ)より強いんじゃね?とどうでもいい事を考えていたのだが、巨大な剣を鞘に収めた男が、俺に向き直り話し掛けて来た。

 

「大丈夫か?」

「えっ、あっ、はい。ありがとうございます」

 

身長が結構高めの人で、かなり表情がキツい。……こう言っちゃ失礼か。目つきが鋭い。……同じか。

まっ、それはともかく、何歳ぐらいなんだろうか……20代後半あたり……かな。

 

「む?君は……」

「えっ?何か?」

 

何だ?俺に見覚えでもあるのか?と思ったのだが……。

 

「君は、私の顔を見ても、怖がらないのか?」

「……はい?」

 

……今、何とおっしゃいましたか?あなたは。

えーっと、つまり……この人は、自分の顔を見ても怖がらないのか、と言ったんだよな。

別に、怖くないと思うんだけど……。

とりあえず、その旨をこの人に伝えようと思った俺は、即座に口を開いた。

 

「あの……特に、怖いとか思いませんけど……」

「……それは、本心か?」

「は、はぁ……本心も何も、嘘つく必要なんて無いと思うんですけども」

「……そうか」

 

何かめちゃくちゃ嬉しそう。

まぁでも、言われてみれば、失礼だけど『強面』って言葉が似合う人だな。ひょっとして、気にしてるのかな?

 

「あの……もしかして、結構怖がられたりするんですか?」

「むっ……ああ、まぁな。目の合った子供には、片っ端から泣かれる始末だ」

「そ、そんなに怖いんですかね?」

「……そう、かもしれないな」

「あ、あー……あんまり、落ち込まないで下さいよ。そりゃあ、ちょっと表情が険しいかな、とは思いましたけど……」

「……やはり、そうなのか」

 

まずった。

直感的にそう悟った俺は、新たな言葉を付け加えようと口を開いた。

 

「あっ、いや、あの!でも、別に怖くはないですよ!ただ、もうちょっとこう……にこやかにしてれば、子供と目が合っても、泣かれる事は無いと思いますよ」

「にこやか、か……こんな感じか?」

「いや、まぁ……すみません、やっぱり、普段どおりでいいかと」

 

言っといて何ですけどごめんなさい。はっきり言ってその顔の方が怖いです。

何て言うか……怪しい人っぽさが3割ぐらい増した気がする。

 

「そ、そうか。と、こんな話をしている場合ではなかったな。君は見た所、新米冒険者だろう?」

「あっ、はい。さっきは、助けてくれて本当にありがとうございました」

 

本当に危ない所だったので、頭を下げて謝辞の言葉を述べる。

 

「いや、礼には及ばない。だが、それにしては、あの敵を相手によくも耐えていたものだな」

「いえ、偶然ですよ。次やったらあそこまで耐えれるか……って、いつから見てたんですか?」

「……すまない。ほぼ最初からだ」

 

早く助けろよ、と思ったが、口には出さないでおく。一応命の恩人だ。

 

「本当ならば、すぐに助けようと思ったのだが、君の動きが予想以上にいい物だったので、どれほどの物か見させてもらっていた」

「そしたら、本当に危ない状況に陥ったから、仕方ない、助けてやろうと思って、加勢に入ったと?」

「ああ。悪い事をした」

「いえ、まぁ僕もいい経験になったんで、責めはしませんよ。結果的に、命も救ってもらった事ですし」

「しかし、その歳で命の危機に瀕したと言うのに、さほど臆した様子はないな。肝が据わっている、とでも言うべきか」

「さぁ……どうなんでしょうね。一応、『怖い』って自覚はありましたよ。ただ、焦った所で、相手が逃げてくれるわけじゃありませんし、何か策はないかと考えていたんです」

「ほう。度胸もあれば、あの状況でも冷静さを失わない、か。君ならば、精進を怠らなければ、相当な冒険者になれるだろう」

「ありがとうございます。ところで、迷惑じゃなければ、お名前聞かせてもらってもいいですか?」

「ん?私の名か?ステルケンブルク・クラナッハと言う。長いので、ステルクと呼ぶといい」

 

ステルケンブルク……ステルク……う~ん、聞いた事ないな……。

名のある冒険者なのかと思ったけど、違ったのか?

 

「ステルクさん、ですか。冒険者の方ですか?」

「いや、そうではないのだが……新米冒険者たちの手助けや尻拭いをしている内に、いつの間にか現場監督のような立ち位置に就いてしまっていてな」

「あぁ、道理で。それだけの腕ですから、名のある冒険者かと思ったんですけど、名前は聞いた事無かったんで。」

「なるほどな。少しばかり、頭も切れるようだな。君の名は?」

「ラインニア・ヘルモルトと言います。僕の方も、名前呼びづらいんで、ライナーで結構です」

「ヘルモルト……失礼だが、君の母親の名を教えてもらってもいいかな?」

「母、ですか?ギゼラ・ヘルモルトですけど」

「……ギゼラとは、あの、ギゼラ・ヘルモルトか?」

「『あの』がどれなのか分からないですけど、多分そうだと思います。結構有名な冒険者だったんで」

「そう、か……あの暴君と呼ばれた冒険者の息子……それなら、あの動きも納得だな。しかし、『だった』とは?」

「母さんは、数年前に亡くなりました」

「亡くなった?すまん、それは、病か何かか?」

「いえ、船に乗って海を渡ったんですけど、数日後に、船の破片だけが流れ着いて……多分、沖の方に住み着いてるフラウシュトラウトにやられたんだろうって話ですけど……」

「ふむ……フラウシュトラウトか……あのギゼラ・ヘルモルトでも、倒せないモンスターはいたのだな……すまん。酷な事を思い出させてしまったか」

「あぁ、大丈夫ですよ。さっきも仰った通り、それなりに肝は据わっているつもりなんで、受け止め切れてますし」

 

と、そこまで話して、俺は木材採取と言う(めい)がある事を思い出した。

 

「あっと、すみませんステルクさん。僕、家の手伝いの最中なので、これで失礼しますね」

「むっ?手伝いか……出来るなら、協力するが」

「あぁ、いえ、いいですよ。ついさっき、家が大破したんで、修理の為に木材の採取を頼まれて」

「家が大破?ずいぶん平然と言ってのけたが、それは大事(おおごと)じゃないか?」

「まぁ、そうですね。どこぞの錬金術士さまが景気よく吹き飛ばして下さいまして」

「……ちょっと待て。今、錬金術士と言ったか?」

「えっ?あぁ、はい。確か名前は……『ロロライナ・フリクセル』って言ってましたよ」

「……彼女の(ほう)、か」

 

ステルクさんは溜息交じりに、あからさまに呆れたような表情を見せた。

『彼女の(ほう)』と言う言葉に若干、違和感を覚えたが、今は気にしない事にしよう。

 

「ステルクさん、知り合いなんですか?」

「まぁな。よければでいいが、彼女に『あまり無茶はするな』と伝えておいてくれ。ステルクと言えば通じるはずだ」

「はい、わかりました。ちゃんと伝えておきます」

「それでは、失礼する」

 

と言い残して、ステルクさんは去って行った。

しかし驚いた。ロロナさんとステルクさんが知り合いだったとは。運命とはこの事か。

まっ、とりあえず手ごろな木材を集めて、さっさと村に帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

第4話 冒険者ギルドからの依頼

 

ステルクさんに命の危機を救ってもらってから数週間後。

ツェツィ(ねえ)が作ったパイを食べながら、午後のひと時を過ごしていた時の事だった。

 

ガシャーン!!

 

「またやったか」

「そうみたいね……」

 

手に持っていたパイを皿に戻しつつ席を立ち、ツェツィ(ねえ)と共にトトリのアトリエへと向かう。

案の定、煙をもくもくと上げる釜のそばでうろたえるトトリの姿があった。

 

「またやったのか」

「あっ、お兄ちゃん、お姉ちゃん……ごめんなさい」

「いいっていいって。さて、と……さっさと片付けるぞ」

「でも、今度からは気をつけてね」

「う、うん。わかった」

 

そんなわけで、トトリ、ツェツィ(ねえ)の2人と共に、爆発で散乱した物を元の位置に戻す作業を始める。

しっかしまぁ、また派手にやったもんだなぁ……跡形もなく吹き飛んでやがる。

 

「今度は何を調合しようとしたんだ?」

「んーっと……ヒーリングサルヴなんだけど……」

「そんなに難しくないやつじゃない。どうしたの?」

「え、えっと……実は、材料間違えちゃって……」

「……そりゃまた、超基礎的なミスだな」

「あ、あはは……ちょっと、うっかりしちゃった」

「まっ、いいんだけどさ。次からはちゃんと参考書見て、そういうミスはしないようにしろよ」

「うん。わかってるよ」

 

そんな会話を交わしながら、およそ半分を片付け終えた時の事だった。

 

「ライナー、いるかな?」

 

アトリエに入って来たのは、父グイードだった。

 

「ん?父さん。どうしたんだ?」

「ああ、実は、お前宛に冒険者ギルドから手紙が来てね。渡しておこうかと思って」

「ギルドから?そりゃまた珍しいな」

 

直接ギルドの方から通達が来るのは珍しい事なので、俺はすぐに封を切って中身を取り出した。

それによると、どうやら『グリフォン』の群れがアーランドへと近づいているらしいので、アーランド周辺に防衛線を張り、片っ端から片付けていく、と言う、仮呼称『アーランド防衛作戦』を決行するとの事。

現在の俺の冒険者ランクはゴールドだが、一応、シルバー以上の冒険者全員に通達を出しているらしい。

ちなみに言うと、冒険者にはランクと言う、まぁ、簡単に言うとどれほどの腕を持っているかの目安が存在する。

下から順にGLASS(ガラス)IRON(アイアン)BRONZE(ブロンズ)SILVER(シルバー)GOLD(ゴールド)PLATINUM(プラチナ)DIAMOND(ダイアモンド)COBALT(コバルト)GALAXY(ギャラクシー)と多種多様だ。

 

「……なるほどね」

「どういう内容なんだい?」

「何か、中々手強いモンスターの群れがアーランドに近づいているらしくて、有力な冒険者を集めて、向かい打とうっていう計画らしい」

「有力な冒険者か……お前も、そんな風に言われるようになったんだね。私も鼻が高いよ」

「そんな大層なもんじゃないけどね」

 

グリフォンとは俺も何度かやり合った事はある。体の大きさならばグリフォンの方が大きいが、総合的な強さで言うと、先日相見(あいまみ)えたスケアファントムの方が数倍上だ。

 

「って言っても、このモンスター、俺にとってはそんなに強いやつじゃないから、ちゃちゃっと片付けて、さっさと帰って来るよ」

「そうか。そう言うと思ったよ。頑張って来るんだよ」

「えっ!?い、今から行くの!?」

「まあね。手紙によると、防衛隊自体はそろそろ出すらしいから、今から行かないと間に合わなそうなんだよね」

「そ、そうなんだ……で、でも、ライナー君がわざわざ行かなくても……」

「ん~……情けないけど俺、暇つぶし、みたいな感覚で冒険者になっちゃったしさ、これぐらいは冒険者ギルドに貢献しといた方がいいかと思って」

「そ、それは、そうかもしれないけど……」

「お兄ちゃん、行っちゃうの?」

 

ツェツィ(ねえ)と同じように、トトリが心配そうな表情で俺に話し掛けて来た。

 

「ああ。心配すんな。さっきも言ったけど、今回相手にするのは大した奴らじゃないから」

「う、うん。でも、気をつけてね」

「わかってるって。んじゃ、早速行って来るよ」

「ああ、行ってらっしゃい」

 

3人の家族に見送られて家を出た俺は、坂を下って村の広場へ向かう。

案の定、停めてある馬車を、見慣れた長髪の男性が手入れしている最中だった。

彼の名は『ペーター・リーツ』。主にアーランドとアランヤ村を行き来する馬車の御者をしている。

ツェツィ(ねえ)とメル(ねえ)の幼馴染で、俺も幼少期から顔を合わせているので、気安く声をかけた。

 

「よっ、ペーター(にい)

「よぉ、ライナー。何か用か?」

「悪いんだけど、すぐアーランドに向かいたいんだ。馬車、出してもらえないかな?」

「ああ、いいぜ。それじゃ、早速出発するか。丁度整備も終わったしな」

「ありがとう。じゃあ、頼むよ」

 

何度も乗って乗りなれた馬車に乗り込む。

さぁ、これから数日間の間は寝て過ごす事になりそうだ。

何て言ったって、やる事がないのだ。剣の鍛錬をしようにも相手がいないし、素振りをしてるとペーター(にい)がやめてくれと言う。景色を楽しもうにも、これまでの旅でほとんど景色を憶えてしまったし、新鮮味がない。

残る選択肢は、『寝る』ただ1つのみなのだ。

走り出した馬車の穏やかな揺れに眠気が増して来た俺は、常備されている毛布の上で眠りに落ちたのだった。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

数日間の馬車の旅を経てアーランドへとやって来た俺は、ある人物に討伐隊への参加を申し出る為に、すぐさま冒険者ギルドへ向かった。

 

「こんにちは。お久しぶりです」

「あら、ライナーじゃない。本当に久しぶりね。元気してた?」

 

彼女の名は『クーデリア・フォン・フォイエルバッハ』。冒険者ギルドの受付嬢をしている。

星の数ほどいる冒険者の内の1人に過ぎない俺に対して、何故ここまで友好的な態度をとるのか。

その理由は、どうやら俺の冒険者ランクが上がるスピードが、彼女の予想を上回っていた為、かなり印象に残ったから、らしい。

彼女曰く、既に俺は何人もの先輩冒険者のランクを抜かして来ているらしい。

 

「このタイミングで来たって事は……防衛隊参加希望かしら?」

「はい、そうですね。自分の力を役に立てる時に使いたいですから」

 

さっきも言った通り、悪く言うと暇つぶしで冒険者になっちゃったんだから、これぐらいの貢献は必要だろう。

 

「あんたも物好きよね~。わざわざグリフォンいじめにアランヤ村からアーランドまで来るなんて」

「物好きって何ですか。モンスターの討伐は、冒険と一緒に冒険者の本分じゃないですか。それに、アーランドの為って言うなら、喜んで手伝いますよ」

「嬉しい事言ってくれるじゃない。今後ともよろしく頼むわよ」

 

……クーデリアさん、その笑顔、ちょっと怪しいです。

俺は今後、クーデリアさんに色々とコキ使われる事を覚悟した。

 

「それじゃ、後はこっちで手続きしとくから、あんたはとりあえず宿でも取って休んでなさい」

「はい、よろしくお願いします」

「まっ、土壇場になって手紙出したこっちが言うのも何だけど、ホントにギリギリだったわね。防衛隊出すの明日よ?」

「あっ、そうなんですか?てっきりもう始まってる物かと」

「外から来たのに気づかなかったの?……まぁいいわ。そう言う事だから、今日はゆっくり休んどきなさい。明日は全力でやんなさいよ?」

「わかってます。手ぇ抜いたりなんてしませんよ」

 

その後、明日の集合時刻を聞いた俺は、その時刻をしっかりと頭に刻み込みながら冒険者ギルドを後にした。

そしてその足で、毎回アーランドに滞在する度に利用させてもらっている宿に向かい、宿泊手続きをすませる。

自分の部屋に入った瞬間にベッドに寝転がり、長旅で疲れた体を存分に労う。

 

「はぁぁ~……疲れたぁ~……やっぱ馬車の旅ってキッツいな~……」

 

何せ、寝床が嫌ってほど硬いのだ。一応毛布はある物の、それでも木材の硬さが毛布越しに体に伝わって来るので、数日間の馬車の旅は、相当体に来る。

だから、宿を取って休むこの瞬間は、俺にとって至福のひと時なのだ。……帰る時はまた地獄だけど。

とは言ってみたものの、散々寝て過ごしてたので、今更寝る事も出来なさそうで辛い。

どうしよっかなぁ……武器屋のおやっさんに剣の手入れでもお願いして来ようかな~。

よし、決めた。とりあえず、おやっさんに剣を預けて、その後は『サンライズ食堂』で飯食って来よう。

あそこの飯はめちゃくちゃ美味いんだよな~。前に1回行ったんだけど、ものすごく美味かったもんで、未だにあの料理の姿が頭に残ってるぐらいだ。

 

「うしっ、行くか」

 

反動をつけてベッドから飛び起きた俺は、宿を出てまず武器屋へ向かうのだった。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

『男の武具屋』という、そのまんまな名前の武器屋の鉄扉を、俺は開いた。

凄まじい熱気に包まれた店内で、1人の巨漢が荒々しい金属音を響かせていた。

 

「やぁ、おやっさん。今日も調子いいみたいだね」

「おう、坊主か。久しぶりじゃねぇか」

 

禿頭(一応、本人も気にしているらしいので、口には出さない)の巨漢――『ハゲル・ボールドネス』は、俺を見るなり景気のいい笑顔で出迎えてくれた。

冒険者となったその日に、俺はこの店を訪れて、今もまだ使い続けている愛剣を購入したのだ。

免許の更新の為アーランドに出向く度に、ここに訪れて剣の手入れを頼んでいるので、俺は半ば常連客のような立場にいる。

故に、今ではすっかり顔も覚えられ、訪れる度にこうして気前よく出迎えてくれるのだ。

 

「今日もそいつの手入れって事でいいのか?」

「ああ、頼むよ」

 

俺は背中に携えた鞘ごと愛剣を除装し、おやっさんの逞しい腕にそれを託した。

 

「そんじゃ、ちょっと待ってな。すぐ終わらせてやっからよ」

「すぐってのはありがたいけど、ちゃんと丁寧にやってくれよな」

「馬鹿野郎、誰に物を言ってやがる!武器屋の名に懸けて、精一杯の仕事をしてやらぁ!」

「頼もしいな。それじゃ、悪いけど俺ちょっと飯食って来るから、その後で取りに来るよ」

「おう!それまでに、終わらせといてやるよ」

「ああ、それじゃ」

 

おやっさんに愛剣を預けた俺は、その足で『男の武具屋』の隣にある『サンライズ食堂』へ向かう。

ちなみに彼に敬語を使わないのは、本人に『堅苦しいのは嫌いだ』と言われたからだ。

それと、悔やむべく点が1つ。

冒険者ギルドから宿に向かうまでの途中にこの店と『サンライズ食堂』はあるので、今更ながら、宿を取る前に寄っておけばよかったと思う。

まぁ、過ぎた事を悔やんでいても始まらない。まずはこの飢えに飢えた胃袋をどうにか慰めてやる事が先決だ。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「こんにちは~」

 

挨拶をしながら、サンライズ食堂の中に入る。

すぐにカウンターの奥に立つ、俺より少し年上ぐらいの青年が声をかけて来た。

 

「おっ、お前か。久しぶりだな」

 

彼の名は『イクセル・ヤーン』。

このレストラン、『サンライズ食堂』の店主であり、唯一の従業員である。

……いや、もしかしたら他の従業員がいるのかもしれないし、彼は店主ではないのかもしれないけど、少なくとも俺は、この食堂の従業員は彼しか見かけた事がない。

 

「お久しぶりです。じゃ、今日もあれ頼みますよ」

「オーケー!ちょっと待ってな!」

 

見ての通り、かなり気さくな性格で、俺が言うのも何だが付き合いやすいタイプだ。

故に、2度目の来店ぐらいから色々と他愛もない会話をするなど、それなりに馴染んでしまっている。

まだほんの数回しか来てないのに、常連客よろしく『いつもの』とか、『あれ』とかで注文が通ってしまうのだ。

考えてみれば俺、『男の武具屋』や『サンライズ食堂』がある、通称『職人通り』に軒を連ねる店の人とは、総じて仲がいい気がする。

『男の武具屋』を挟んで『サンライズ食堂』の反対側にはロロナさんのアトリエがあるし、階段を下りた所にある雑貨屋にも何度か顔を出した事があり、その際、店主の女性とも何度も会話を交わしている。

理由は分からないけど、昔から俺は誰かと距離を詰めるのが得意な方だったと思う。

 

「ってか、お前、やっぱりあれか?グリフォンの」

「はい、そうです。たまにはギルドの方にも恩売っといた方がいいかと思いまして」

「ちゃっかりしてんな~、お前。まっ、その方が正解だとは思うけどな」

 

看板メニュー『イクセルプレート』を作りながら、俺と雑談するイクセルさん。

最初は料理に自分の名前付けるのってどうよ?って思ってたけど、今ではもう気にしてない。

って言うか、美味すぎてそんな些細な問題を気にするのが馬鹿馬鹿しくなったのだ。

そんなわけで『サンライズ食堂』を訪れた際には、必ず『イクセルプレート』を頼んでいる。

今度別の料理にも手を出してみようかと思っているが、しばらくは『いつものあれ』で行こうと思う。

 

「ほらよ、イクセルプレート、お待ちどおさん」

「どうも。それじゃ、いただきます」

 

皿に綺麗に盛られた料理を眺めて、最初に食べたいと思った物にフォークを突き刺す。

口に放り込むと、ツェツィ(ねえ)の料理とは別に慣れ親しんだ味わいが、口いっぱいに広がった。

 

「やっぱり、何回食べても美味しいですね。レシピ教えてもらいたいぐらいです」

「教えてやってもいいけど……お前、料理できんのか?」

「……残念ながら」

 

ツェツィ(ねえ)に教わった簡単なパイぐらいなら作れないでもないが、あれも今まで形が崩れずに完成した事がない。

最近は『料理はツェツィ(ねえ)に任せよう。俺は駄目だ』と半ば現実逃避気味な思考に圧され、台所に立った事すらもない。

 

「んじゃ、駄目じゃねぇか。てっきり料理できるもんかと思っただろ」

「できるようにはなりたいですけど……現実って厳しいですよね」

「お前の歳で何人生を悟ったような事言ってんだよ……」

「いやでも、実際、厳しいですよね?」

「……まぁな」

 

イクセルさんと、少し現実の厳しさについての議論を交わしながら俺はイクセルプレートを平らげ、『サンライズ食堂』を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

第5話 アーランド防衛作戦・前編

 

翌日、午前8時30分。

俺は集合場所である、アーランド中央広場を訪れていた。

そこで俺を出迎えてくれたのは、意外な人物だった。

 

「おぉ、やはり来てくれたか。感謝する」

「あれ?ステルクさん、どうしてここに?」

 

確か彼は冒険者ではなかったはずだけど……。

 

「いや、人手がいるらしく、私にも声がかかったんだ。それに、私の騎士道に則って、アーランドは守らねばならんしな」

「騎士道……ですか」

 

何か、騎士について何かしらの情熱をお持ちのようだ。

でも、騎士って結構前に廃止された身分だよな?確か、『アーランド王国』が周辺の町村と合併して『アーランド共和国』になった辺りから、『騎士』はいなくなったはずだ。

実際、共和国になった時から今日(こんにち)まで、俺は自らを騎士と名乗る人はステルクさんしか見かけた事がない。

 

「そろそろ打ち合わせに入ろうと思うのだが、大丈夫だろうか?」

「あっ、はい。わかりました。どうぞ」

「それでは、君はあちらに向かってくれ」

 

ステルクさんが指差した方には、それなりの人だかり。

見ると、俺が行くべき場所の他に、3つ――合計で4つの人だかりが出来ていた。

俺が指示された場所の冒険者達と合流してから数分後、広場内をシャープな低い声が満たした。

 

「お集まりの諸君、本日は、アーランド防衛作戦に参加してくれた事、心から感謝する」

 

広場中央に立ったステルクさんが、多分精一杯張り上げているであろう声で演説を開始した。

ステルクさん、現場監督的な立場にいるって言ってたけど、様になってるなぁ……。

 

「前置きはここまでにして、本題に入らせてもらおう」

 

ステルクさんが、全ての人だかりを見渡しながら、続けた。

 

「今回4つの班に分かれてもらったのには理由がある。簡単な理由だ。東西南北の門にそれぞれ1班ずつ配置し、防衛線を張る為だ」

「へぇ……」

 

何か本格的な作戦っぽい。いや、まぁ、実際本格的な作戦なんだろうけど。

 

「だが、1つの集団が上手く機能する為には、それを統率する者が必要だ。そこで、今より指名された者は、今回の作戦において、陣頭指揮を執る事を命じる」

 

陣頭指揮、か……何かカッコいい響きだな。

まっ、多分この中には俺より冒険者ランクが高い人もいるだろうし、俺が選ばれるなんて事は……

 

「北門担当班指揮官、ラインニア・ヘルモルト!」

「はっ!?――は、はいっ!」

 

驚嘆、直後に応答、と言う奇妙な構図になってしまったが、無理もないと思う。

俺が……指揮官?

返事をした事で、たった今指名されたのが弱冠14歳の少年であると悟った周囲の人々はざわめいた。

不満に声を荒げる者、恐らくは俺の腕を見下してか、鼻で笑う者、あの歳で指揮官か、と羨望あるいは期待、もしくは驚嘆のつぶやきを漏らす者。

アーランド中央広場は、突如として多数の冒険者が一様に自らの思う所を吐露しあう場所となった。

 

「静まれ!」

 

ステルクさんが声を荒げると同時に、数秒前まで好き勝手に論争に勤しんでいた人々は静まり返った。

 

「まだ打ち合わせは終了していない。それに、この人選は、私が彼の戦闘能力を間近で見た事から来る物だ。決して、曖昧な直感から選んだわけではない。文句がある者は、後で私の所まで来るように」

 

俺が指揮官に選ばれた理由を早口に告げたステルクさんは、咳払いをして人選を続けた。

 

「東門担当班指揮官は、メルヴィア・ジーベル!」

 

ここで俺は再び驚くあまり、目を見開かざるを得なかった。

メル(ねえ)、しばらくアランヤ村を離れてたけど、まさかこんな所にいたとは……。

あとで一言ぐらい文句言いに行くか。

その後、西門担当班の指揮官が発表されたが、こちらは特に知らない名前の人だった。

 

「南門担当班の指揮官は、私が担当する。次に、具体的な作戦内容だが……」

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

ステルクさんの説明を要約すると、こうだ。

 

1つ、これは初歩的、って言うか、当たり前の事だが、自分達の任された門を全力で死守する。

2つ、最後の襲撃から30分経過して次の攻撃が開始されなかった場合、戦力の半数を別の門へ移動させる。

3つ、全ての門において2つ目の状況が起きた場合、それぞれの班から任意の規模の捜索班を索敵に向かわせる。

4つ、討伐対象を発見した場合、適切な対処をする。

 

とりあえず、こんな所だ。

2つ目と3つ目が俺の役目になりそうだが、そもそも人の先頭に立った事など1度もない。

上手くできるかが心配だったが、それでもやらなきゃいけない、と言う使命感が、今の俺の唯一の原動力だった。

打ち合わせ(と言っても、ステルクさんが文字通り独壇場の作戦の確認を含めた演説だったけど)が終わった後、各班は各々の持ち場に就いていた。

俺達、北門担当班も現在、持ち場である北門に展開し、来るべき時に向けてそれぞれの得物を握り締めて備えている。

北門担当班の構成人数は、俺を含めて25人。

いずれも、見た事のない顔ぶればかりだが、それでもちゃんと協調しなければならない。

正直、俺にとっては重荷以外の何物でもないのだが、ステルクさんに任されたからには、やり切るしかないだろう。

 

「皆さん、戦闘が始まる前に、聞いてもらいたい事があります」

「ん?何だ坊主」

 

俺に集まる視線。と同時に、率先して返答して来たのは中年の斧戦士だった。

あまり、大人数の視線を浴びる、と言う経験がないので、不快な事この上ないのだが、それに耐えて話を続ける。

 

「まず、それぞれ2人1組のチームを作ってください。グリフォン1頭につき、2人で挑みます」

「必要なさそうじゃないか?何せ、俺らは全員、1度はグリフォンとやりあった事があるんだ。1人でも十分勝てるぜ」

 

次に返答したのは、俺と同じぐらいの長さの剣を腰に携えた、若い剣士だった。

 

「グリフォンは本来、群れで行動する事自体が稀なモンスターです。仮に群れで行動したとしても、その規模はかなり小さい物だと思います。多くて、10頭ぐらいじゃないでしょうか。この人数なら、2人1組のチームを作っても、10頭程度なら手早く終わらせられますし、何より、1人より2人の方が効率もいいです」

「……まぁ、確かに、坊主の言う事も一理あるな」

 

さっきの斧戦士が俺の意見に賛同し、「おしっ、んじゃあ2人1組作るぞ!」と声を張り上げた。

その声に応じたその他23名の冒険者達が、それぞれ近くにいる人と交渉を開始する。

それにしても、統率力がありそうな人だなぁ……俺なんかより、ずっとこの人の方が指揮官に向いてるよ。

と、自分を卑下する思考を巡らせていた俺に、斧戦士の人が声を掛けて来た。

 

「よぉ、坊主。2人1組って言ってもよぉ、俺ら全部で25人だぜ?割り切れねぇだろ」

「あぁ、大丈夫ですよ。僕は1人で動くので」

 

我ながら勝手な物だと呆れたが、目の前に立つ斧戦士は感心したように頷いていた。

 

「へぇ、その歳でグリフォンを1人で仕留めようなんざ、随分肝っ玉が据わってやがるなぁ。何となく、兄ちゃんが指揮官に選ばれた理由が分かった気がするぜ」

「自分ではまだ納得できてないんですけどね」

「まっ、若造どもの戯言(たわごと)なんざ気にしねぇで、胸張りな。兄ちゃんの腕がどれほどのモンかは知らんが、あのステルクが認めるほどなんだろ?だったら、俺としては納得の結果だぜ」

「ははっ、ありがとうございます」

 

『坊主』から『兄ちゃん』にランクアップしたようだ。

この人のお陰で、俺の心の中の天気が『曇り』から『快晴』に変わりつつあった。

今度、何かお礼をしようかな……と俺が考え始めた時――

 

「おい、来たぞ!」

 

1人の冒険者が叫んだ。

全員が同じ方向に視線を向ける。その先には、かなりの規模の土煙が立っていた。

 

「お出ましか」

「みたいですね」

 

斧戦士の人と言葉を交わしながら、俺は昨日おやっさんに手入れしてもらった剣を鞘から抜き放った。

 

「全員、2人1組の体制を崩さないまま待機!一気に相手取らず、1頭1頭確実に仕留めて下さい!」

 

俺の言葉に対して、そこかしこから『了解』と言う返答が返って来る。

俺は剣を下段に構えたまま、およそ数十メートルまで迫った敵の集団を見据えた。

数えられるだけで……1、2、3、4……ちょっと待て。

とてもじゃないが、10頭では済まない。いや、その倍もしくはそれ以上の数だ。

 

「な、何だよ、あの数……」

 

思わず、俺の口からそんなつぶやきが漏れていた。

 

「全員、隊列を解け!1人で1頭担当してもらうぞ!」

 

グリフォンの数を俺とほぼ同じタイミングで数えたと思しき斧戦士は、大声で全員に向けて叫んだ。

 

「どう言う事だよ、組になれって言ったり別々でやれって言ったり!」

「馬鹿野郎!あれ見てわかんねぇのか!2人で1頭相手にしてたら、あれが全部街ん中に入っちまうんだよ!」

 

確かに、2人1組、計12組+1人で狩れるのは単純計算で13頭のみ。

およそ半分の数、すなわち十数頭のグリフォンが、アーランドに進入してしまうわけだ。

それだけは、何としても回避しなければならない事態だ。

 

「すみません、僕の判断ミスです!文句なら後で受け付けますので、今はグリフォンに集中して下さい!」

 

なるべく下手に出た態度が功を奏したのか、さっき文句を付けて来た冒険者も黙り込んだ。

再びグリフォンの群れに視線を戻す。正確な数は……26頭か。

こちらの人数より1頭多い。誰か1人が2頭のグリフォンを相手取らなければいけない。

 

「お(めぇ)ら!行くぞぉっ!!」

 

掛け声と共に、25名の冒険者達が駆け出した。自分の体の倍ぐらいの大きさを持つ有翼の獣の群れに向かって。

直後、肉を断ち切る音、鋭い金属音、空気を振るわせる怒声、さまざまな音がこの戦場に響き渡った。

俺はその中で愛剣を振るい、わずかな時間の内に数回の剣戟を1頭のグリフォンを叩き込み息の根を止めると同時に、次のグリフォンへ挑みかかった。

 

「はぁっ!!」

 

気合と共に剣を振る。

俺の剣はグリフォンの頭頂部から、寸分の狂いもなく真下に振り下ろされ、見事に対象を両断した。

これで、残りの冒険者達が自分の仕事をきっちりこなしてくれれば終わる。俺はそう確信していた。

――第2の軍勢を、この目で捉えるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

第6話 アーランド防衛作戦・後編

 

「おい、兄ちゃん!このままじゃ奴らに制圧されちまうぞ!どうする!?」

 

斧戦士が俺に向けて声を張り上げる。

確かに、この場の指揮官である俺に判断を促すのは適切だろう。

しかしそれはあくまで、単なる既成概念に基づいた考えに過ぎない。

この場にいる指揮官は、指揮官としての能力を持ち合わせていない、ただの少年なのだ。

 

「誰か、1人でいいので、別の班に応援を要請しに行って下さい!それまで、何としても僕が防ぐので!」

 

俺は襲い来るグリフォンを愛剣の刃でやりすごしながら叫んだ。

数秒の硬直の末、1人の冒険者が声を挙げた。

 

「なら俺が行くぜ!さっと行ってさっと連れて来てやるから、待っててくれ!」

 

そして、冒険者の男性が走り出そうとする。

俺はその後ろ姿に向けて、一言付け加えた。

 

「すみません、よければ、あなたの剣を置いて行ってもらえませんか?」

「俺の剣、か?ああ、構わんが……」

 

そう言うと男性は、自分の剣を鞘から抜き出し、足元に突き刺した。

 

「勝手に使ってやってくれ。そんじゃ、行って来るぜ!」

 

男性がそのまま走り去って行く。

俺は男性が置いて行った剣を、左手で引き抜き、右手の愛剣と共に構えた。

……やれるか分からないけど……この状況を打開するには、やるしかない……!

 

「お、おい、兄ちゃん……まさか二刀流か?流石にそれは難しくないか?」

「でしょうね。僕もまだ練習中の身なので、上手く行くかは分かりません。もしミスしたら、フォローお願いします」

 

それだけ言って、俺は駆け出した。

後ろで斧戦士が何か言っていたが、迫るグリフォンが吼えた事によって、俺の耳に届く事はなかった。

左手に持った剣を、正面のグリフォンの右半身に叩き込む。

痛みによる苦痛か、それとも怒りか、どちらとも取れるような咆哮をしながら、グリフォンは獰猛な爪を振り上げて来た。

すかさず、右手の愛剣を振り上げられた右前足に向けて薙ぐ。一流の職人が前日に手入れした剣の切れ味はそれは凄まじい物で、グリフォンの右足を人間で言うなら脹脛(ふくらはぎ)に当たるであろう箇所から斬り飛ばした。

今度ばかりは痛みによる苦痛で挙げたと思われる声を挙げながら、グリフォンが大きく仰け反った。

その隙を逃さず、両方の剣をまっすぐ、斜め上へと突き出す。

剣は見事にグリフォンの胸を貫通し、グリフォンは光の粒子となって消え去った。

 

「――次っ!」

 

小さく叫ぶと同時に、俺の左右から迫る2頭のグリフォンに向けて、両手の剣を突き出す。

どこに刺さったかはわからないが、刃が肉にめり込んでいく感覚が、俺の腕に訪れる。

正直、そこまで小さくない不快感を抱いたが、今はそんな事を気にしている場合ではない。

そのまま、全身の力を振り絞って両手の剣を横方向に薙ぐ。

2頭のグリフォンは、刃が突き刺さった箇所から横に分断され、同時に霧散して行った。

 

「はぁっ!!」

 

正面から迫るグリフォンに向けて、右、左の順に袈裟斬りをけしかける。

両肩からバツ印を描くように体を斬り裂かれたグリフォンは、高く吼えながら後ろに仰け反る。

袈裟斬りの勢いを殺さないまま、俺は愛剣で、目の前のグリフォンの首を斬り飛ばした。

 

「うおぉぉぉぉっ!!!」

 

俺を恐れたか、それとも慎重になったのか、一箇所に固まっているグリフォンの群れ向けて、俺は駆け出した。

慌てて戦闘体勢に入ろうとするグリフォンの体を両手の剣で斬り裂きながら、数多の甲高い咆哮を聞きつつ、俺はその場を一息に駆け抜けた。

振り向けばそこには、光の粒子となって消えて行くグリフォンの群れ。辛うじて生き残った者達も、後続の冒険者達によって息の根を止められる、と言う光景が広がっていた。

それを見届けてから、俺は周囲に視線を配る。

どうやらしばらくの間、襲撃はなさそうな雰囲気だった。

 

「お、おい、兄ちゃん……お(めぇ)、何歳だよ?」

「へっ?あー、えっと……14歳、ですけど……」

「……ホントに、ホントなのか?」

「まぁ、そうですね。正真正銘、生まれてから14年しか経ってないですけど……」

「……はー……それにしちゃお(めぇ)……強すぎやしねぇか?」

「そう、ですかね?」

 

見れば、斧戦士の後ろに立つ冒険者達も、あれやこれやと、どうやら俺に関する話をしていた。

まぁ、確かに、二刀流剣術を上手く扱えたのはこれが初めてで、俺自身、それなりの手応えを感じてたりするわけだけど……。

 

「俺は、お(めぇ)ぐらいの歳の頃は、せいぜい近くの森で冒険者ごっこして遊んでる程度だったぜ?」

「そ、そうなんですか?」

 

何となく、ジーノの顔が頭に浮かんで来た。

 

「おい、大丈夫かっ!?」

 

門の方から、聞き覚えのある低い――と言っても、精一杯張り上げたであろう声が聞こえて来る。

紛れもなく、それはステルクさんの物だった。

息を切らしながら、数十人の冒険者を率いてやって来たステルクさんに、俺は事の顛末を伝えた。

 

「はい、もう大丈夫です。何とか、やり遂げれたので」

「はぁ、はぁ、伝令を寄越した者によると、かなりの規模だったと聞いたぞ。一体どうしたんだ?」

「あぁ、あの……それについては、ステルクさんさえよければ後で詳しく説明するので、持ち場に戻ったらどうですか?今、他の門、ほとんどがら空きじゃないですか?」

「いや、それについては心配はいらない。しっかりと、半数程度の冒険者は残して来ている」

 

流石ステルクさん、しっかりしてるなぁ、と思いつつ、俺は訊ねた。

 

「ところでステルクさん、そろそろ北門からは捜索班を出そうと思うんですが、いいですか?」

「む?何故だ?」

「いえ、その……さっきまで津波のように押し寄せて来てた群れが急に来なくなったので、もう当分は来ないだろうな、って言う、僕の勝手な推測なんですけど……」

 

まぁ、さっき『自分の勝手な推測』で失敗したばかりなんだけど。

とりあえず、二刀流剣術を使えるようになったからには、恐らくグリフォンに遅れを取る事など、満に1つもないだろうと、半ば自意識過剰な考えを持っていた俺は、そう告げたのだ。

 

「そう言われてみれば、そうかもしれんな……もし次の襲撃があったとして、北門の戦力は足りるのか?」

「はい、僕が残れば、多分大丈夫だと思います」

「……そうか。その言葉に、期待させてもらうぞ」

 

引き上げだ、と号令をかけながら、ステルクさんは大勢の冒険者と共に戻って行った。

……我ながら、ものすっごく自意識過剰、プラス、自己中心的な性格だなぁ、と思った。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

その後、斧戦士の人を中心に捜索班を編成し、森を索敵してもらったのだが、北門周辺にはどうやらグリフォンはいなさそうだった。

別の門に戦力を分散させてみた所、どうも北門だけでなく、アーランド周辺には既に数頭のグリフォンしかいない事が判明し、警備を強化して様子見、と言う結論を出したステルクさんの号令によって、この作戦はひとまずの終息を見た。

 

「ライナー、ちょっといいかな?」

「あっ、ステルクさん。お疲れ様です」

「……まずは、お疲れ様、と言っておこう。それで、早速本題に入らせてもらうが」

 

本題?まぁ、確かに、何の用もないのに話しかけて来たりはしないか。

何の話だろうと考えていた俺は、直後、驚愕せざるを得ない言葉を叩き付けられた。

 

「実は、冒険者ギルド本部より、君の活躍を称えて『特別功労賞』が授与されるらしい」

「と、特別功労賞ぉっ!?」

 

声が裏返りながら驚くのも、ご愛嬌という物。

何せ、特別功労賞と言えば、冒険者ギルドに大きく貢献した冒険者に与えられる、文字通り特別な勲章なのだ。

当然の事ながら、少し活躍した程度の冒険者にぽんぽんと与えるような物じゃないし、俺が知っている限りだと、14歳以下の冒険者(といっても、その存在自体が稀だが)に与えられたという経歴もないはずだ。

 

「へぇ~、凄いわねライナー。多分、史上初よ。14歳で特別功労賞って」

「うわっ、メル(ねえ)!?どっから湧いて出たんだ!?」

「あら、随分な言い草ね。あたしをゴキブリか何かと勘違いしてるのかしら?」

「い、いや、ごめん……謝るから頼む、その拳を下ろしてくれ……」

 

やばい、マジで怖い……多分このピリピリした感じ、殺気だよ……。

 

「と言うか、やっぱり史上初なんですね。僕の歳で特別功労賞もらうのって」

 

メル(ねえ)と目を合わさないようにしながら、何事もなかったかのようにステルクさんと会話を続ける。

 

「……おい、メルヴィア。そろそろ落ち着いたらどうだ?」

「これが落ち着いていられますかって。レディーをゴキブリ扱いしたのよこの子。ちゃんと教育しなきゃね~」

「いえ、ゴキブリ扱いなんて滅相もない。美人で麗しくお綺麗なメルヴィア様にそんな無礼な物言いをするなど、(わたくし)めには到底できそうにありません」

「……色んな言葉並べてたけど、多分3つとも同じ意味よ?」

 

知ってるよ、言ってから気づいたんだもん。

まぁ、とりあえず、メル(ねえ)の方も戦意を喪失したみたいだから、今度はステルクさんが苛立ち始めてるし、手短に話を終わらせよう。

 

「えっとつまり……僕はどうすればいいんですか?」

「そうだな……明日、正午に授与式を城の広間で行う予定だ。まずはその時刻までに、その場にいてくれるだけでいい。後は、賞を授与するだけだからな。肝の据わった君ならば、恐らく問題ないだろう」

「いえ、大衆の面前に出てく勇気はないですよ」

「まぁ、あまり気張る事もないだろう。平然としていればいいのだ、君は」

「はぁ……わかりました」

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「アーランド共和国冒険者ギルド所属、ラインニア・ヘルモルト殿。貴殿は、アーランド共和国の平和、並びに冒険者ギルドに大きく貢献してくれた。ここに、その功績を称え、これを賞する」

「ありがたく、頂戴いたします」

 

少し堅苦しいかな、と思ったが、できるだけ丁重な受け答えをしながら、俺は賞状を受け取った。

一緒に金色のバッジ型の勲章も貰ったが、付けるか付けないかは自由だそうなので、俺は付けない。理由、恥ずかしいから。

 

「特別功労賞授与者では初となる年齢、並びに、使用する剣術より、貴殿には、『双剣聖(そうけんせい)』の称号を名乗る事を許可する」

「……ありがとうございます」

 

ものっすごく、恥ずかしい。

双剣聖(そうけんせい)』……ヤバい、もの凄く俺のガラじゃない。

とは言え、ここで拒んではそれこそ失礼極まりないだろう。

多分この称号も、名乗るかどうかは自由だろうから、今後一切、名乗らない事にしよう。

 

「今後も、精進を怠らず、アーランド共和国、並びに冒険者ギルドに貢献してもらえる事を期待させてもらう。では、これにて、閉会とする!」

 

偉い人の号令と共に、けたたましいぐらいの拍手が湧き起こる。

……まっ、悪い気はしない、かな。

 

――この日。

最年少特別功労賞授与者、『若き双剣聖(そうけんせい)』が誕生したのだった。


 
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