獣は怒りを存分に発揮するが。
人間は理性をもって怒りを抑える。
それは生物としての進化であり――退化である。
――86回目の〔私〕――
◆ ◆ ◆
粉塵が舞い散る中で。
銀の凶器を携えた魔物は、童姿の執行者と対峙した。
底の見えない歪んだ笑みをたたえ、こちらを射殺さんとする視線を受け止める。
だらりと下げた両腕の袖は――右の方は大きく引き裂かれ、左に至っては肩のあたりまで切り取ったように失われ、素肌が露出してしまっていた。
そして一際目を引くのは、全身に滴る鮮烈な赤。
両腕に走る無数の傷から溢れ出た血が、白であるはずの制服を余すところなく染め上げ、ぽたりぽたりと床に小さな血だまりを作る。
まるで赤鬼。あるいは吸血鬼。
どちらにしてもその形相と相まって、鬼と呼ぶのが相応しい風貌だった。
常人ならば失血死、そこまでいかなくとも貧血で確実に倒れてしまうだろうそんな状態で、しかし安心院不和は悠然と――幽然と立つ。
「正義のため、規律のため、治安のため。御高説は大変結構だけどな雲仙冥利、僕はそんな大層な言い訳なんざ聞いちゃあいねぇし望んでもいねぇんだよ。ルールがそんなに大事だってんなら、とりあえず僕が殺してやるから規律に従って死ね。治安を守って絶えろ。正義を貫いて滅びろ。墓の中で自分は正しいことをしたんだと自己満足に浸りながら朽ち果ててしまえ」
雲仙は頭を振って意識を覚醒させると、顔では冷静を装って鋭い笑みと共に答えを返す。
「ケッ! おい――おいおいおいおい不和さんよぉ。不戦主義者とかカッコイー通り名のくせに随分とまあ殺気立ってんじゃねーか!」
「戦いたくねぇって気持ちと殺したいっつー本能は別モンだよ!」
放たれた無数のドライバーと不可視の攻撃が互いの息の根を止めようとする。
弾き落とし、弾き落とされた凶器の群れに、不知火も鬼瀬も――めだかも、攻撃を放った雲仙すらも一瞬目を取られていた。
ただ一人、地を這うように疾駆する赤い影を除いて。
右手に巨大レンチを、左手にL型
身体を弓なりにそらし、両腕をしならせて振り上げたその姿は、さながら鎌首をもたげた大蛇のようであり――
後方で見ていた鬼瀬達は、雲仙の頭蓋が砕ける様を想像して目を背けた。
しかし、血と骨片が飛び散る惨劇が起きることはなく。
雲仙は頭上で両腕を交差させて赤蛇の双牙を受け止めていた。
凶器を通して不和の手に伝わってきたのは、ゴムの塊を殴ったときのような、衝撃を打ち消される不自然な感触。
「はっ! やっぱただの服じゃあねぇな! 最初の攻撃もあんま効果ねぇみてーだし!」
言いつつも、込められた不和の力はますます強くなっていく。
雲仙も、その小柄な体躯からは想像もつかないほどの腕力で押し戻そうとする。
「そりゃそーだ! 風紀委員会
「馬鹿な連中に大金持たせるとロクな事にならねぇっつーイイ例だなぁおい!」
軽口を叩きつつも、心の中で舌打ちをする不和。
雲仙本人の頑健さに加えてこの装備はさすがに厄介だ。
(……打撃でのダメージは期待できそうにねぇな)
勿論、攻撃が効かない部分を狙うような馬鹿な真似はしない。
最初から剥き出しの頭部や指先を狙い続けているのだが、それを見越した雲仙が『白虎』に覆われた腕を盾にして防いでいるためどうにも攻撃が通らない。
だが、それならそれで構わない。
「――ぉおらぁっ!!」
不和は右足の甲をガラ空きとなった雲仙の脇に引っ掛け、通常の蹴りのように弾くのではなく、持ち上げ、押し退けるようにして足を振り抜いた。
うずたかく積まれた残骸の山に頭から突っ込む雲仙。
どれだけ常識外れな膂力を持っていたとしても。
所詮は声変わりもしていない十歳の子供。
想像以上に重かったものの、不和が蹴り飛ばせないほどではなかった。
「めだかちゃん、ぼーっと突っ立ってんじゃねぇ! さっさと善吉達のところに行きやがれ!!」
前を向いたまま、不和はめだかを怒鳴りつける。
「…………任せても、よいのか?」
めだかは不和をこの場に残していくのを躊躇っているようだった。
「ここに居たってお前に出来ることなんか何もねぇんだよ! つか今の僕にとっちゃ邪魔にしかなってねぇし――なあ!」
苛立ちをぶつけるように、レンチを足元にあった残骸に突き刺して宙に打ち上げる。
その直後、不和を――そしてその後方に立つめだかを狙って放たれた不可視の攻撃が残骸にぶち当たり、バラバラの細かな鉄クズに変えた。
さらに駄目押しとばかりに四方八方から不規則に無軌道に追加で襲い掛かる攻撃を、不和はレンチをフルスイングして弾き返す。
そのまま回転した勢いでめだかの方に向き直った。
牙を剥き出しにして不和は吠える。
「
彼の身勝手な物言いにめだかは一瞬俯いたが、すぐに顔を上げ、
「……わかった。ここは任せたぞ」
小さくそう言って踵を返し、不和が壁に空けた大穴から風のように飛び出していった。
「いいの不和兄ぃ? お嬢様泣きそうな顔してたよ?」
「いーんだよ。あいつがここに居てもホントに邪魔なだけだし、助けに行きたくてウズウズしてたみてぇだしな」
逃げるでもなく身を隠すでもなく壁際にぽつんと立っていた不知火の問いに、雲仙が埋まった残骸の山を再び視線を向けつつ答える。
(――ったく、あいつは一体誰の身を案じてやがるのやら……)
どこまでも優しい妹分に、思わず苦笑が漏れる。
気持ちを切り替え、不和は改めて雲仙の動向に全神経を集中した。
会話の最中も攻撃は続いていたが、雲仙の姿をこちらから確認することは出来ない。
接近戦を度外視して距離を置き、本来の戦闘スタイルである遠距離攻撃に専念することにしたようだ。
「半袖、逃げる準備だけはしとけよ。ドキドキワクワク楽しんでやがるのは……まあお前だから仕方ねぇとしても、いつ巻き添え食うかわかったもんじゃねぇからな」
もっちろん! と場にそぐわない明るい返事を聞きながら不和はレンチをベルトに差し、両腕を大きく左右に広げるように振るった。
不和が主に使っていた武器は、巨大レンチを除けばL型
「冥利くぅん? お兄さんはもうさぁ、かくれんぼを純粋に楽しめるような年頃じゃねぇワケよ」
ギャリィンッ! と
「ぶっ貫く!」
全身の骨と筋肉を使った、文字通り渾身の投擲。
八つの朱い閃光が残骸の山を穿ち、突き刺さり、貫いた。
◆ ◆ ◆
雲仙冥利は苦戦を強いられていた。
姉とよく喧嘩して泣かされているせいか、年上から与えられる苦境には慣れている。
加えて、彼はあの十三組に所属して一年以上も生き延びてきたのだ。
この程度の苦境は理事長に
純粋に戦いであるのなら、どんな強敵が相手であったとしても、勝てないまでも一泡吹かせることくらいは出来る自信がある。
だがしかし、果たしてこれは戦いと呼べるような代物なのかどうか怪しいところだ。
そもそも今戦っている相手からしてデタラメなのだから始末が悪い。
強敵なんてレベルではない。
凶敵――むしろ狂敵。
強い弱いの話ではなかった。
(何がヤベーってあのヤロー、本気でオレを殺しに来てんじゃねーか!)
振り下ろされた不和の攻撃を
衝撃こそ『白虎』で吸収できたものの、他人を傷つけることに全く躊躇いがないというか、殺す人間と壊す器物を区別していないのではないかと思えるくらいに、露出した頭部を正確に狙った遠慮忌憚も情け容赦もない一撃だった。
そして、その直後に見えた――見てしまった不和の目。
思い出しただけでも寒気がする。
フードの暗闇から垣間見えた目は、ギラギラと輝いているくせに濁り切っていてとても仄暗く、鬼火を閉じ込めたガラス玉とでも形容してしまえそうなほどに冷めていた。
(とは言え、やられっぱなしってのはオレも好きじゃないんでね!!)
気持ちを奮い立たせ、手の中でコロコロと弄んでいた武器を正面の壁めがけて投げつけた。
雲仙の武器は色とりどりのスーパーボール――その名も『超躍弾』だ。無論、その辺で売られているような玩具ではない。立派な武器として使えるように、素材にも気を使って改良を重ねた特注品。
壁や床、天井などに反射して、文字通り縦横無尽に跳ね回って対象に襲い掛かる全方位弾幕攻撃。
挨拶代わりにめだかを攻撃した時のものとは威力も速度もケタ違いで、直感で避けることは可能だとしても、目視できるわけなど、ましてや迎撃など到底できるはずがない。
できるはずがない――はずなのだが。
(簡単にポンポンポンポン打ち返しやがって! バッティングセンターじゃねーんだぞ、一体どんな動体視力してやがんだあいつは!?)
残骸の山の陰からわずかに顔を出して様子を伺う。
基本的に不和は回避に重点を置いた行動を取っていて、どうしても避けられないものだけレンチを振り回して弾いている。
向かってくるボールを全て視認しているわけではないようだ。
(……どーやら、防ぐときだけ『視る』ことに集中してるみてーだな)
めだかを追い出すとき、不和は『ようやく見えてきた』と言っていた。ならばまだ雲仙の攻撃を完璧には見切っていないということだ。
その弱点を突けば――温存している本命や切り札を使えば制圧も可能だろう。しかし使用してしまえば、近い将来必ずやってくるであろうめだかとの相対で決定打に欠けてしまうことになる。
かと言って、このまま続けていても、いつかはスーパーボールを使い果たしてお仕舞いだ。そうなったが最後、一気に距離を詰められてレンチの一撃を喰らう羽目になるだろう。
異常に満ちた十年を生きてきた雲仙ではあるが。
異常と異質では、次元も視点も価値観も根本的に違うのだと、嫌と言うほど考えさせられる。
はああぁ――と。
彼にしては珍しく、似合わない溜め息を吐こうとした。
そのとき。
「おっ……と」
ポケットに突っ込んでいた携帯電話に着信があった。
つい数分前に、嬉々として電話に出た所為で痛い目に遭った身だ。一昔前に流行ったホラー映画のように、着信に対して過敏に反応してしまうのは――まあ十歳の子供なのだから当然といえば当然だった。
液晶画面を確認する。
表示された発信者の氏名は『呼子笛』だった。
◆ ◆ ◆
反撃も奇策もなく、残骸の山の陰からゆっくりと姿を現した雲仙冥利に、しかし不和は油断することもなく、ベルトに挟んだ巨大レンチを引き抜いて構えた。
バキバキと、何かを砕くような音が不和の耳に届く。
また半袖がアメでも食べているのかとも思ったが、音は不知火がいる背後からではなく、雲仙が立つ前方から聞こえてくる。
「……あーあ。機種変したばっかだっつーのにどうしてくれんだよコレ」
雲仙の握った拳から零れ落ちているのは、画面や基盤の破片に無数のコード。
今となっては元々の形が何だったのかは不和にも判別できないが、それは雲仙の私物であるアイフォンの成れの果ての姿だった。
あろうことか、彼は素手で自分の携帯電話を握り潰したのだ。
「半袖、針音ちゃん」
不和は静かに二人の名を呼んだ。
苦笑とも取れる笑みを浮かべて。
頬に一筋の汗を伝わせながら。
「……不和兄ぃ?」
「今すぐ、今すぐここから逃げろ。おふざけ半分とか怖いもの見たさとか風紀委員としての使命感とか、そんな余計なことは考えずに、身を守ることだけを第一に考えてまっすぐ逃げろ。僕の巻き添えになりたくなかったらな」
先ほどまでの雲仙とは明らかに様子が変わっている。
最近の子供はキレたら何をするかわからないと言うが確かにその通りだと、不和は最近見たニュースを思い出した。
不知火は黙って頷くと、いつものような足音を立てることもなく、この場から撤退した。
鬼瀬はどうすべきか決めあぐねているようだったが、不和にはもう一度説得する余裕などなかった。
雲仙が再び攻撃を開始したのだ。
無数の球体が前後上下左右から隙間なく迫ってくる。
「ちっ!」
後ろからの攻撃は無視して、前方の攻撃をレンチを盾代わりにしながら一気に駆ける。
一秒にも満たない一瞬の疾駆。
高く高く跳躍し、独楽の如く回転し、重力と筋力と遠心力を存分に活用して、その場から動こうとしない雲仙の頭部めがけて、巨大レンチを振り下ろした。
振り下ろそうと――した。
だが。
狂気を帯びた銀の金棒が、雲仙の髪に触れるか触れないかというところで。
不和は動けなくなった。
腕を下ろすことも、上げることもできない。
それどころか、振り下ろしの体勢のまま、全身が
「…………喜べよ、黒神は間に合ったそうだぜ。生徒会の連中も、俺がけしかけた前線部隊も全員無事。これでテメーらからしてみりゃ一件落着ってわけだ」
苦悶の表情を浮かべる不和を前にして、雲仙冥利は怒りを露にしながら言う。
「けど気に入らねぇ! 何が気に入らねぇって
「ごぶっ!」
無防備の鳩尾を思い切り殴られた。
肺に溜まった空気と共に、胃液と血を吐き出す。
鬼瀬の拳が生温く感じるほどに重い一撃だった。
「かっ……はははは」
けれど、構わず不和は嗤う。
悪戯が成功した子供のように。
心底愉快そうに、嘲笑う。
「だったらどーした。お前のお気に召すような状況を僕が作るとでも思ったのか? ――だとしたらお前はめだかちゃん以上に馬鹿正直のお人好しだぜクソガキ」
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ、とひとしきり笑った後、一切の感情が欠落した――三人目の悪平等・安心院不和としての素顔で一言だけ。
「ざまぁみろ」
と、満足げに口端を吊り上げた。
◆ ◆ ◆
どれほどの時間が経ったか。
不和はゆっくりと目を開いた。
雲仙の姿は既にない。鬼瀬も彼について行ったようだ。
散々殴られた身体が痛みを訴える。だが、そんなことはどうでもよかった。そんなことよりも、吊るされたままのこの状態から抜け出すことを優先した。
拘束された両腕を力任せに引き抜こうとする。ちなみにレンチは今持っていても仕方がないと判断して床に落としていた。
元々は他人の使っていた武器だ。
そうでなくとも、不和にとって武器は武器でしかない。
だから捨てた。
ベリ、ベリ、ミチ、ミチ、と。
皮膚が削がれ、肉が裂ける音が音楽室に木霊する。ようやく自由になった不和の両腕は、皮膚も爪も剥がれ落ち、まるで人体標本のように骨と筋肉が覗いてしまっていた。
「無茶をするわねまったく。普通の人間なら痛みのあまり発狂してるはずよ?」
と。
不和の背後から声がする。
「この学園で死人が出ないよう――命を管理・調整するのが、安心院さんからスキルと共に与えられた私の使命ではあるけれど、だからと言って、自分から進んで無茶をする人間の面倒までは流石に見切れないわよ。特に、死ぬことも殺すことも躊躇わないあなたのような人間はね」
振り向けば、そこに立っていたのは見知った人物。
本来ならば純白であるはずのナース服を、真っ赤に染め上げて着用している女子生徒。
白衣の天使ならぬ、赤衣の天使――『レッド・エンゼル』。
不和にとっては知人以上家族未満の関係者。
封印されし
保健委員長――赤青黄だった。
「多忙な保健委員長様が一体こんなところに何の用だ?」
「あらまあ御挨拶ね。私は雲仙くんに要請されてここに来ただけよ? オーケストラ部の治療と搬送は終わったから、あなたが起きるまで待っててあげたの♡ どうせロクに手当てもしないでそのままにしちゃうでしょ?」
無表情のまま、赤は右手で不和の両腕を指さした。
その五指からは、魔界の住人を思わせる鋭利で長い爪が伸びており、異様な威圧感を漂わせていた。勿論、彼女の爪は伊達や酔狂で伸ばしているのではない。
安心院なじみの一京分の一のスキル、病を操り支配する『
彼女が自分で言ったように、なじみから能力を貸し与えられた理由は箱庭学園で死人が出ないよう調節することであるため、今のところスキルを使って世界をどうこうしようとするつもりはないだろう。他ならぬなじみの指令であるならその限りではないが。
「さ、治療するから腕を診せて♡」
不和のところに歩み寄ろうとする赤だったが、
「……それ以上こっちに近づかねぇほうがいいぞ。
「……?」
意味が分からず首を傾げる赤に説明するように、不和は制服の裏側に仕込んでいた小型のノコギリを取り出すと、何もないはずの中空を斬りつけた。
ギギギギッ、と耳障りな金属音が鳴り響く。
よくよく目を凝らすと、赤い線がまるで蜘蛛の巣のように音楽室中に張り巡らされて揺れていた。
「これは……?」
「超極細の鋼糸だよ。商品名は確か――『アリアドネ』だったっけか。今は僕の血が伝って浮き上がってるけど、初見ならまず間違いなく避けられねぇし感知もできねぇ。おまけに強度と切れ味は下手な刀以上ときてるから、迂闊に動こうものなら人間なんてズッタズタのバラバラだ。えげつねぇ得物を使いやがるぜ」
不和は刃こぼれして使い物にならなくなったノコギリを、赤に見せたあとで床に放り捨てた。
「これが雲仙くんの切り札ってわけね」
「ああ。たぶん、球状に巻き取った鋼糸をスーパーボールに紛れ込ませて投げつけたんだろ。僕ごときに使わなきゃならんような代物とは思えねぇがな。絶対マトモな値段じゃねぇだろコレ。知ってるか? あのクソガキの着てる制服、9000万くらいするんだとよ」
鋼糸の隙間を潜り抜けた不和は、赤の治療を拒むようにポケットに両腕を突っ込んで、音楽室を出ていこうとする。
「ちょっと、もしかしてそのままにするつもり!?」
先ほどまでの無表情とは打って変わり、焦り顔になって止めようとする赤に対して――重傷であるはずの不和はやんわりと肩を竦めた。
「僕のスキルは知ってんだろ? この程度なら自分で止血して人工皮膚でも被せりゃ済む。ま、死ぬほど痛ぇけどな」
「痛いなら早く治療させなさいよ! 放っておいて勝手に治るような怪我じゃないでしょ!?」
赤がそこまで言った。彼女としては全然まったく言い足りなかったが、そこまでしか言えなかった。
彼女の言葉を掻き消すように、轟音と共に校舎が鳴動し始めたのだ。
◆ ◆ ◆
善吉曰く、黒神めだかには四つの真骨頂が存在するらしい。
真骨頂その①――『上から目線性善説』。
これはまあ、語るまでも述べるまでもない。真骨頂である前に、めだかの基本的な在り方でもある。
真骨頂その②――『ツンデレ』。
普段の凛とした佇まいから一転、ベッタベタに甘えまくるので善吉が真骨頂のリストに入れたのだろうが、どういうわけか不和に対しては九割方がデレであるため、いまいち実感が湧かない。
真骨頂その③――『行き過ぎ愛情表現』。
善吉によると激レアな現象で、水中運動会の際に喜界島とキスをしたのがそれだそうだ。幼稚園の頃までは誰彼構わずキスをしていたらしい。小学校入学の時点で止めさせた善吉を褒めてやりたいと思う。
そして。
真骨頂その④――『乱神モード』。
これまでの真骨頂とは文字通り毛色が違う。
純粋に、黒神めだかという人間の根幹を――本質を表していた。
怪物よりも怪物。
化物よりも化物。
知能も理性もなく荒れ狂う暴力の塊。
相手が雲仙冥利――十歳の子供であろうが、防護服だろうが、スーパーボールだろうが、火薬玉だろうが、鋼糸だろうが、まったく意に介さず正面から打ち砕き――叩き潰し、さながら暴風雨のように全てを根こそぎ削り取る。
善吉達の身を
結局のところ、生徒会と風紀委員会の対立を描いた荒唐無稽で人外魔境で常識を逸脱した今回の物語も、黒神めだかが何よりも異常であるという、分かり切った当然の事実を改めて周囲の人間――特にフラスコ計画に携わる者達に再認識させただけの話だった。
「……これで雲仙くんは途中退場。フラスコ計画の要である『
「さぁな。でもあのじーさんのことだ、これ幸いとめだかを勧誘するだろうよ」
満身創痍のめだかを背負って学園を後にする善吉達を、安心院不和と赤青黄は屋上から眺めていた。
不和の両腕は包帯でぐるぐる巻きにされて完璧な処置が施してあり、それが赤の手によるものであることは言うまでもない。その時に不和がとてつもなく嫌そうな顔をして最後まで拒み続けていたことも。
「一つ……聞いてもいいかしら?」
「何なりとどうぞ」
赤は善吉達から不和へと視線を移して、
「どうして彼女に雲仙くんを倒させたの?」
そう訊いた。
「あなたの過負荷なら、動きを封じられたあの状況からでも雲仙くんを倒すことは出来たはず。と言うかそれ以前に、あなたが鋼糸の網に気づけなかったことが私には不思議でならない」
「…………………………」
不和の持つスキル――『
一度体験した死に対して耐性を持つ、至極単純に言ってしまえば『死に
しかし、それが生まれ持った不和の過負荷であるとは、実はない。
赤の言う通り、本来の過負荷を発動すれば不和でも雲仙をどうにかすることはできただろう。それこそ、両腕をここまで破壊することもなく、逆に雲仙を徹底的に破壊することも。
不和は立ち上がり、土埃が着いた尻を払うと、腕に巻かれていた包帯を解き始めた。
赤の治療によって出血こそ治まってはいるものの、相変わらず人体標本の如き無残な有様のままだった。
「……どうあっても」
不和はゆっくりと口を開く。
「どうあっても理事会は――不知火理事長はめだかをフラスコ計画に取り込もうとするだろう。だったら、何も知らずに巻き込まれるよりは、これから自分達が何を相手にするのか、計画の要となる連中がどれだけ異常な化物揃いなのか、それを少し教えといてやるのも悪くないと思った。それだけだよ」
聞いた赤は「そう」と短く言って、後は黙った。
◆ ◆ ◆
モンスターチャイルドは退き。
完成と巡り会い。
フラスコ計画は加速する。
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第十七話