No.446926

垂水百済はマイナスである ――172回目の【僕】――  BOX―14 野郎ども、戦争の始まりだ。 後編

第十四話

2012-07-05 23:52:09 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2096   閲覧ユーザー数:2031

 目先の利益に惑わされていると、足元を掬われる。

 

 ――13回目の『私』――

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

『第二回戦! 水中二人三脚でーす!!』

 

 会場の熱気に充てられたのか、それとも放送部の血が騒いだのか、マイクを握り締めた阿蘇の実況もハウリングを起こしそうなほどに熱が入っている。

 

『今回もルールは至って単純! 各チーム代表者二名が片足を紐で結んだ状態で50メートルプールを走っていただきまぁす!!』

 

 一位の場合は15ポイント、二位は14ポイントと、ゴールした順に獲得できるポイントは下がっていき、最下位の十六位は0ポイントとなる。

 純粋な走力もそうだが、それより何よりチームワークが重要視される競技だ。

 

『普通なら陸上部が有利と思われるこの競技、審判長の不和さんはどう見ますか――ってあれ!? 不和さんはどこ行っちゃったんですかぁ!?』

 

 もぬけの殻となった席を見て慌てる阿蘇。

 ジャンクフードの山を胃袋の中に片付けた不知火が、今度はモチを()んで伸ばしながら、

 

『不和兄ぃだったら下に行っちゃったよ。「ここよりもっと近くで見たい」とか言ってたからスタート地点かどこかにいるんじゃない?』

 

「……はーい、こちら現場の不和お兄さんですよーっと」

 

 会場に響く不知火の声を聴きながら、不和はプールサイドにある長椅子に腰かけていた。着替えもせずに制服姿でいるその隣では、めだかが扇子を広げて何やら思案げな表情を浮かべていた。

 眉を顰め、若干不機嫌そうな声音で、

 

「……不知火はお兄ちゃんのことをよく分かっておるようだな。少し羨ましいと思わなくもないぞ」

 

「今は抱き着いてくるなよ? 容赦なくプールに叩き落とすからな」

 

 両手をワキワキさせてじりじりと詰め寄ってくるめだかに釘を刺していると、

 

「あらら? 黒神ちゃんだけや思たら不和クンも一緒やったん? 相変わらずべったりで羨ましーなぁ」

 

 鍋島猫美が意気揚々と現れた。

 

「なに疲れること言ってんですか。というか、コレには出ないんスね」

 

「ククク♪ ウチだけ出張っとったら団体戦にならんし、後輩にも出番やらんとあかんやろ? それに、黒神ちゃんがあの連中(・・・・)をどー見とんのか気になるしなぁ」

 

「…………あの連中?」

 

「とぼけなさんな。競泳部のトビウオ三人衆――実際相当厄介やで? ゼニのためなら何でもしよるし、リーダーの屋久島部長とか、変人奇人ばっかの特待生のなかでも輪ァかかっとんのに、そのくせ何考えとるかわからんし――」

 

 仮にも同級生を変人の中の変人扱いするあたり、鍋島の豪胆さは流石である。しかし、天才を毛嫌いするそんな自分自身も、実は結構な変人で曲者であるということを彼女は分かっているのだろうか。

 めだかは立ったまま、不和は片膝に頬杖をついた状態で話を聞いていたが、

 

「ふーん。――――だ、そうだけど? 何か反論はあるか?」

 

「……別に。理解されようなんて最初から思ってないよ」

 

 めだかと鍋島が声のした方を見やる。

 そこには競泳部チームの女子部員が冷え切った目をして立っていた。

 不和には最初から彼女がこちらに歩いてくるのが見えていたので特に驚くこともなく、むしろ興味が湧いたので意見を求めたのだ。

 

「それでも、何がしたいのかくらいは教えてあげる。あたし達はね、札束のプールを作ってそこで一日中泳ぐのが夢なんだ」

 

 そんな。

 そんなくだらない夢のために自分の命すら天秤にかけるというのか、と常人ならば言うだろう。事実、信念はともかく感性は常人の域である鍋島の頬を一筋の汗が伝う。

 めだかは腕を組んで無言を貫いてる。

 一番大きな反応を示したのは不和だった。

 かはははははははははははははははははっ!! とひとしきり笑った後、

 

「はっ、そいつぁまた金の亡者らしい夢だな」

 

「――っ! 馬鹿にするの!?」

 

 女子部員――名前は確か喜界島――は、顔をわずかに紅潮させて敵意を露にする。

 不和はゆらりと立ち上がった。喜界島の背丈は不和よりも頭一つ分低い。若干猫背になって喜界島と目線の高さを合わせると口端を吊り上げ、からかっているような底意地の悪い笑みを浮かべ、

 

「理解されようなんて思っちゃいねぇんだろ? だったら僕がお前らの夢をどう言おうが勝手だろーが。それともあれか? 口じゃあどうとでも言えるけどやっぱ悔しいか」

 

 四人に好奇の視線が突き刺さる。

 完全無欠の生徒会長と、引退したとはいえ未だに名高い反則王、あの(・・)不知火にすら兄と呼ばれ親しまれているフードの怪人、そして今大会でめだか以上に話題をかっさらった競泳部の紅一点。

 これだけの面子が(めだかと鍋島は傍観しているだけだが)何やら険悪な雰囲気を醸し出しているとなれば、衆目が少なからず集まるのも無理はなかった。

 喜界島は握った拳をわなわなと震わせて不和を睨み付けていたが、自分を抑えるように溜め息を一つ吐くと、そのまま何も言わずに踵を返して三人から離れていった。

 

「やーれやれ、嫌われちゃったかねぇ」

 

「とかゆーとる割に、悪戯が成功した子供みたいな顔やで? ええ根性しとんでホンマに」

 

 いやいや反則王(あんた)ほどじゃねぇですよー、とケタケタ笑う不和だったが。

 

『おおっと生徒会! 合図と同時に飛び出したあっ! というかこれは――』

 

 阿蘇の実況で第二競技がスタートしたことに気付く。

 応援者の歓声で溢れるプールの方へ視線を移せば、

 

「…………なーにやってんだかねー、あの馬鹿どもは」

 

 善吉と阿久根が競争していた。

 他のチームと、ではない。二人で互いに押し退けあうようにして競争しているのだ。足を結んでいるのだからそんなことをしても意味がないというのに。

 俺の先に行くな虫が! アンタこそ足つってしまえ! と罵詈雑言を撒き散らしながら、しかしそれでも首位を独走しているのに笑えばいいのか呆れればいいのか。開会の挨拶のときにチームワークを見せていただくと言っていたのはお前らだろうに。

 

『これは酷い! お互いにパートナーのことなど全く考えてない勢いで走っております! なんと醜い絵面だあ!!』

 

『あーひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!』

 

「半袖ちゃんったら嬉しそうねー」

 

 放送ブースでは阿蘇がマイク片手に白熱し、不知火が腹を抱えて大笑いしていた。

 身内――というわけでもないが、ああも恥を晒していると友人として情けなくなってくる。

 

「……お兄ちゃん、あやつらが動くぞ」

 

 めだかにフードを引っ張られる形で再びプールに目を戻すと、ちょうど競泳部の代表走者――屋久島と種子島が25メートル地点まで走り終えて立ち止まっているところだった。

 疲れたわけでも、勝負を諦めたわけでもないだろう。金の懸かった勝負を途中で投げ出すような連中とは到底思えない。

 不知火や鍋島の忠告がそう判断できる材料だったが、喜界島も『あたし達の夢』と言っていた。つまり、あの二人は喜界島と同等――いやそれ以上の金の亡者ということになる。

 二人はわずかに身を屈めると一気に水底を蹴った。

 

「……そうだよなぁ。そもそもプール(ここ)はあいつらの縄張りだ。泳いではいけないっつールールがない以上、ゴールすればいいだけなんて単純な競技で本気を出さねぇわけがねぇ」

 

『お? おおおおっ!? こ、これは競泳部!! 信じられない! 絶対にありえません!! なんと足を繋いだまま泳いでおります!!』

 

 屋久島と種子島は白い直線をプールに描きながら、呆気にとられている全チームをごぼう抜きにして瞬く間にトップに躍り出た。

 団結力があるとかそういう問題ではない。

 第一競技での絶息もそうだが、一歩間違えば溺死確実の危険な行為だ。

 めだかに袖を軽く引かれた。彼女の鋭い視線は水から上がる屋久島たちと、彼らに歩み寄る喜界島に向けられていた。

 

「……先ほど、第一競技が終わったあとであやつらに訊いたのだ。『貴様達は命が惜しくないのか』と」

 

「あー、そういやそんなことしてたなお前ら」

 

 放送ブースからは、大声なら聞こえても普通の会話までは聞こえてこない。視界には入っていたが、何を話しているのかまでは分からなかった。

 

「競泳部副部長、種子島二年生はこう言った。『そんなどうでもよいものなど要らない。命よりも金。一円に笑い一円に死ぬのだ』と、一片の迷いもなく言い切った」

 

「はっ! あの後輩にしてあの先輩ありって感じだな。いやこの場合は逆か?」

 

 金のためなら命など要らない、か。

 あながち冗談にも聞こえなくなってきた。

 今はまだお遊びの域を超えないが、近い将来、命と金のどちらかを取捨選択しなければならなくなったとき、喜界島たちはどちらを選ぶのだろうか。

 そんなことは考えるまでもない。

 

「一円だろーが一億だろーが、死んじまったらゴミクズと変わらねぇっつーのになぁ」

 

 眉間にしわを寄せていためだかの頭をくしゃくしゃと撫でる。

 そしてゆっくりと、まるで自分に言い聞かせるかのように。

 小さく簡潔に、しかしはっきりと。

 

「勝ってこい。勝ってあいつらを救って来い」

 

 不和は言った。

 

「欲に沈んだあいつらを掬って来い。金のために死のうだなんて二度と考えられないよう、あいつらの心に巣食って来い。お前ならそれが出来る。お前にしか出来ないことだ」

 

「ああ」

 

 めだかは頷く。

 

「ああ、勝つとも。そして救うとも。元より私は勝負事において手など抜かん。そんな無礼は論外だ。私は私の全力をもってあやつらと相対しよう」

 

 不敵な笑みを浮かべためだかは、戦場に颯爽と舞い戻る。

 それを見送る不和の背中に、

 

「ふぅ~ん……」

 

 何やら含みのある声。

 振り返ると、鍋島がにやにや笑っていた。

 

「…………なんです?」

 

「なーんも? あの黒神ちゃんをかるぅくあしらっとるから感心してただけや。ウチらが普段目にしとる黒神ちゃんとはだいぶ違とるからなぁ。ジブンに頭撫でられても嫌そうな顔しとらんかったし」

 

「……子ども扱いされるのに慣れてなくて珍しがってるだけでしょ。その気になりゃあ猫美先輩にだって出来ると思いますよ」

 

 不和はバツの悪そうな顔をして、誤魔化すように首を擦った。

 

 競泳部、現在35ポイント。

 生徒会、現在33ポイント。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「部活動対抗水中運動会!! いぃーよいよ最終競技でごっざいまぁす!!」

 

 阿蘇のテンションが上限を振り切っておかしなことになっている。

 ヒャッホーゥ! と腕を振り回す実況を余所に、不和と不知火は第三競技で使われたウナギを美味しく頂いている真っ最中だった。ものすごい勢いで蒲焼をかき込んでいく二人の背後には、平らげた空の重箱の塔がいくつも出来上がっていく。

 第三競技はバラエティ色の強い種目だった。

 競技名はウナギのつかみ取り。

 膝のあたりまで水位が下げられたプールに放流されたウナギを、各チーム代表者一名が制限時間内にどれだけ捕まえることができるかというものだ。

 一匹につき1ポイント。

 捕まえた数がそのままポイントにつながるのだが、現代高校生が粘膜に覆われたウナギの捕まえ方など知っているわけもなく、皆惨憺たる有様だった。それでも鍋島が9匹も捕まえたのは流石と言いたいが、それを嘲笑うかのように、喜界島は顔色一つ変えずに13匹ものウナギを捕まえて13ポイントをゲットした。

 生徒会からはめだかが参戦したが、例によって例の如く、彼女の周囲には一匹たりとも近寄ることはなかった。元々生徒会の――というよりめだかの独走を防ぐために用意された競技のようだが、余計な判断が裏目に出てしまったらしい。

 

 競泳部、現在48ポイント。

 生徒会、現在33ポイント。

 

「さぁて気になる最終競技の内容は――水中騎馬戦でぇす!!」

 

 生徒会が全ての競技を決めるのは不公平ということで、決定権は中立な立場にいる阿蘇に委ねられていたのだが、任せる方は気楽であっても任せられた方はそうでもない。

 盛り上がりが最高潮に達しているこの状況で、ロクでもない競技を提案をしたら水を差してしまうことになるのでは?

 放送部員(エンターテイナー)の端くれとして危惧した阿蘇は、どーぞどーぞと迂闊にも不知火に決定権(オモチャ)を丸投げしてしまったのだ。

 不知火を知る者――たとえば善吉ならば躍起になって止めようとしただろう。押すなと注意書きがされているボタンを躊躇なく押してしまいそうな性格の不知火半袖ちゃんなのだから、これはもう、自分が楽しむための競技しか選ばないのは目に見えていた。

 だからこそ、不知火が水中騎馬戦という肉弾戦ではあるが無難な種目をチョイスしたのには驚いた。説明を聞いたら納得できたが。

 

「(もぐもぐ)まあこれも(もぐもぐ)水の中っつーことと(もぐもぐもぐ)騎馬役が二人だっつーことを除けば(もぐもぐもぐ)普通の運動会でやるような騎馬戦と(もぐもぐもぐもぐ)ルールはそう変わらねぇよ(もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ)」

 

「そうだねー(もしゃもしゃ)だけど(もっしゃもっしゃ)注目すべき点は(もーっしゃもーっしゃ)もっと他にあるんだけどねー(もしゃもしゃもしゃもしゃ)」

 

「あ、あのーお二人とも。できれば喋るか食べるかどちらかにしてほしいんですが……」

 

 解説2食事8という感じの二人に対し、さすがに冷静になった阿蘇が窘めるように言うと、

 

「(もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ)……」

 

「(もしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃ)……」

 

「喋ってくださいよぉ!!」

 

「「まあ冗談は置いといて」」

 

 示し合わせたように台詞を重ねてハイタッチする二人に、阿蘇はとても引き攣った笑顔を浮かべた。

 

「腹も膨れたし、改めて競技説明すんぞー。さっきも言ったがやることは普通の騎馬戦と何ら変わらねぇよ。ハチマキ取られたり、騎馬が崩れて水中に落ちたりしたら失格な」

 

「けーどそれだけじゃツマラナイし下位チームもやる気でないと思うからここで救済ルール発☆動! 量より質ってことで上位チームのハチマキほど高得点に設定します!」

 

 具体的には、現在一位のハチマキならば16ポイント、二位なら15ポイントという感じだ。上位チームほど狙われやすくなり、上手く立ち回れば逆転の可能性だって十分にあり得る。

 というのは建前で。

 実際には、生徒会と競泳部をぶつけるために仕組んだ挑発ルールだ。

 八位の生徒会が競泳部のハチマキを取れば、16ポイント加算で49ポイントとなり逆転。一位の競泳部も生徒会のハチマキを取れば9ポイント加算で57ポイントとなって優勝がほぼ確定する。

 競泳部が生徒会を無視して七位以上のチームを狙う可能性も無きにしも非ずだが、だからこそ不和は事前にめだかを焚き付けたのだ。彼女は他のチームなど目もくれずに競泳部との勝負を望むだろう。そうなれば不知火と不和の思惑通りに事は進む。

 不和は全員に姿が見えるよう立ち上がり、戦意を滾らせる猛者たちに言い放つ。

 

「お前ら、これが最後の戦争だ。金を得るか失うか、この勝負で全てが決まる。欲しけりゃ戦え! 実力で奪い取れ! 正々堂々なんて綺麗事はもう言わねぇ! 卑怯も卑劣も存分に振るえ! 結果が全て、勝てば良しだ!!」

 

 オオオオオオオォォォォォォォォッ!! とノリのいい男子勢から叫び声が湧き上がる。

 

「それでは位置についてよォーい…………」

 

 会場の空気は限界まで張りつめ、

 

「どんっ!!」

 

 生徒会――黒神めだかと。

 競泳部――喜界島は激突した。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

『おーっと早速生徒会と競泳部が組み合ったぁ!! これは互角のようにも見えますが、あの生徒会長を相手に中々の健闘ぶりだぞ競泳部!!』

 

『んー、互角って言うか問題なのは足場の方なんだよねー。変則的な二人騎馬だから上手に組まないとバランスは最悪になっちゃうし、そうなるといくらあのお嬢様でも全力は出せないだろうから。チームワークに関しちゃ競泳部の方が一歩リードってとこかな』

 

 不知火がのんきに解説しているが、当の本人たちはもちろんそれどころではない。

 めだかは足場が不安定であることに加えて、騎馬役の善吉と阿久根が耐えられないだろうと考えて全力を出せずにいる。

 一方の喜界島も、屋久島と種子島の高い団結力によって足場こそ確固たるものではあったが、水泳で鍛えた彼女の腕力をもってしてもめだかを倒すことが出来ずにいた。

 

「フッ。楽しいなあ楽しいぞ喜界島同級生。こうして触れ合うと貴様達の凄まじさが直に伝わってくる。私はそういう人間が大好きだぞ!」

 

「今更何言ってんのさ! あんたもあいつ(・・・)も散々人のこと金の亡者呼ばわりしたくせに!」

 

 互いに押すことも引くことも出ないまま、じりじりと膠着状態が続く。

 

「金のために命を捨てようとする貴様達を亡者と呼ばずして何と呼ぶ。命よりも金が欲しいだと? この私を前にして、よくもそんなことを平然と言ってのけたな!」

 

 めだかの両腕に力がこもり、喜界島の体勢が徐々に崩れていく。

 

「私は許さない。貴様のその発言を許さない。まったく不和の言うとおりだな。貴様達は金に溺れ、欲に沈んでいる!」

 

「黙れ! あんたにあたし達の何がわかる!! お金がなかったからあたしのお父さんはいなくなっちゃったし、お母さんは過労で倒れて今も寝たきりだ! お金がなかったから屋久島先輩は家族と離れ離れになっちゃったし、お金がなかったから種子島先輩が育った養護施設は潰れた!! どう考えたって命よりお金の方が大事じゃん!! お金を持ってるあんたなんかに――あたし達に何か言える権利なんかないよ!!」

 

 金のために死ねるなら本望だ。

 

「あたし達が死んでも誰も悲しんだりしないんだから!!」

 

 その一言とともに喜界島はめだかを突き飛ばした。

 

『生徒会長黒神めだか!! ここで押し負けたーっ!! 騎馬も崩れて立て直しも不可能! これは勝負あったーっ!』

 

「お金さえあれば命なんて――」

 

 荒く息を吐く喜界島の心に、

 

『金のために死んで、そして母親を独りにするのか?』

 

 不意にスピーカーから流れた不和の言葉が、楔のように深々と突き刺さった。

 

『金のせいで消えた父親と金のために死んだお前と、いったいどこが違うってんだ? お前の母親は、いったい誰のために倒れるまで働いていたんだ? わかってもらおうなんて思ってない? わからねぇよ。わかりたくもねぇ。金のために頑張って死にましたと、お前の死体の前で泣く母親に胸張って言うつもりか?』

 

 喜界島も、屋久島も種子島も何も言わない。何も言えない。

 どうしてそこまで金を欲するのか。何が自分達を変えたのか。

 そんなこと、言われなくてもわかり切っていた。

 わかり切っていたはずなのに。

 

『違ぇだろ!? そうじゃねぇだろ!? 家族と離ればなれ(・・・・・・・・)になるのが(・・・・・)嫌だったから(・・・・・・)目の前から(・・・・・)消えてしまう(・・・・・・)のが怖かったから(・・・・・・・・)、だからお前らは金を欲しがったんじゃねぇのか!?』

 

 不和の声は心からの怒りに満ちていた。

 何故だろう。何故、彼はここまで他人のために怒ることができるのだろう。

 

「……どうして?」

 

 思わず口に出た問いかけ。それに答えたのは不和ではなく。

 

「どうしても何もあるか! たとえ地獄のように不幸であっても、そんなことが命を粗末にしていい理由には――誰かを悲しませていい理由にはならんからだ!!」

 

『な、なんとぉ――――っ!?』

 

 会場が驚愕に包まれる。

 突き飛ばされ、沈んだと思われてためだかが、水面に立っていたからだ。

 

『いや、違います!! 水の上に立っているのではありません!! これは! これはぁぁっ!』

 

 めだかが立っていたのは善吉が身に着けていたヘルパーだ。騎馬が崩れた際に、善吉はめだかの着水点を狙って投げていたのだ。

 

『後悔すんなよ競泳部。お前らは僕らの怒りを買ったんだ』

 

 不和の台詞に合わせるように、善吉も頷いた。

 

「ああ、さすがに俺も今のにはカチンときたぜ。だから今回は珍しくけしかけてやる。――めだかちゃん!」

 

「『やっちまえ!!』」

 

 兄のように慕う男と幼馴染の声を受けて。

 めだかは喜界島に向かって跳躍した。

 高く、まっすぐに、目の前の哀れな人間たちを救うために。

 飛びつかれた喜界島は勢いに勝てず騎馬から投げ出され、めだかとともに落ちていく。

 

「人が死んで悲しまない者などいない。貴様達が死んだら――私が悲しむ!!」

 

 そう言って、涙を流しためだかは喜界島の唇に己の唇を重ねた。

 善吉曰く、黒神めだかの真骨頂その③――行き過ぎ愛情表現。

 そのまま両者同時に着水した。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「え……っとお二人とも。この場合どういう判定になるのでしょうか?」

 

「水中に落ちたら失格ってルールなんだから、水に浮かぶヘルパーの上はまだセーフだよねー」

 

「それに、着水する前に競泳部のハチマキも取ってたみてぇだし、最後の攻防は有効と見るべきだろーな」

 

「そ、それでは生徒会には16ポイントが加算! 総合得点トップです!」

 

 あの一戦は、誰もが注目せざるを得ないものだった。

 生徒会と競泳部だけが戦っていたわけではないというのに。

 和やかな雰囲気の中、ホイッスルが鳴り響き、試合終了を告げる。

 

「あー、それでは部活動対抗水中運動会、以上をもって全競技終了とします。皆さんお疲れ様でしたーっと」

 

 黒子が集めてきたハチマキを、各チームの順位と照らし合わせてポイントに加算する。

 結果を発表するのも不和の役目なのだが……。

 

「それじゃあまあ、発表します。部活動対抗水中運動会、優勝は………………………………鍋島猫美先輩率いる柔道部チームです。おめでとうございます」

 

 …………………………は? と。

 この場にいる、生徒会の優勝を予想していた全員の気持ちが一つになった瞬間だった。

 阿蘇が説明する。

 

「えー第三競技を終えた時点で9位だった柔道部でしたが! 生徒会と競泳部がごっちゃごちゃやってる間に、柔道部チームはそれ以外の全チームのハチマキをゲット! その合計は103ポイントとなり、2位の生徒会に大差をつけてぶっちぎりのトップと相成りました!」

 

 えぇー、それってアリ? と心の声が聞こえてきそうだが、事前に不和と不知火ははっきりと説明したはずだ。水中であること以外は、普通の騎馬戦と変わらないということを。

 

「そもそも周りは全員敵なのにさー、みんな何のんきに観戦してたんだろーねー?」

 

 不知火の悪意しかない純粋な言葉に、柔道部以外の全員が項垂れるのだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 約束通り、優勝して生徒会よりも順位が上となった柔道部の部費は増額されたのだが、結局鍋島は獲得賞金を適当に分配してしまったらしい。

 水中運動会はレクリエーションとしては大成功だったが、部費の問題は最初から平等に分配すれば良かったじゃないのかと微妙な雰囲気のまま解決となった。

 そして生徒会にも一つの変化が。

 

「荒稼ぎしに来ました! 無駄遣いを見つけたら容赦なく売り飛ばしますからそのつもりで!」

 

 喜界島もがなを会計として雇い入れた。

 聞けば簿記一級の資格があるそうで、確かに予算関係の業務を任せるには最適な人材と言えた。

 レンタル料は1日320円。

 驚きのお値段! と唖然とする善吉や阿久根を余所に、喜界島はジャンプを読んでいた不和のところにまで来ると、

 

「ありがとうございましたっ!」

 

 深々と頭を下げた。

 

「いや……何で?」

 

 驚いたのは不和だ。

 礼を言われるようなことをした覚えがまったくないのだから当然だ。

 

「気にしないでください。あたしのケジメみたいなものですから」

 

 顔を上げた喜界島はにこやかに笑う。

 最初に会った時に見た、現実の全てを諦観しているような冷え切った表情ではなかった。


 
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